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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


雪に埋もれ消えた村

 雪が降る。白い……子供の頃に見た縁日の綿菓子の様な、淡く儚げな綿毛の様な雪がヒラヒラと舞い降りてくる。見た目にはこれほど美しいものはないかとさえ思うのに、北国雪は恐ろしい。可憐な綿毛は見た目よりもずっと沢山の水分を含んでいて、ちりも積もれば山となるように、雪は積もれば何もかも押しつぶす。樹齢を重ねた太い木々も、切り立った急な崖も、土をさらけだした山肌も、人が造った堅固な家も、何もかも覆い尽くし押しつぶしてしまう。
 けれど、今だけは無情な雪は優しい白いベールとなって死んだ村を覆っていた。破壊され蹂躙され、そして全てが燃え尽きて僅かに残った真っ黒な燃え滓の上に白い雪が降り積もっていた。全ては白一色に覆い隠されている。その上にも更に羽毛の様な雪が降り積もっていく。

「‥‥ひどい」
 一目で警察所属とわかる配色のMS(マスタースレイブ)から降りた本上・由美子(ほんじょう・ゆみこ)には、それ以上言える言葉が見つからなかった。ここには街とは音信不通となってはいたが確かに村があったはずだった。
 ようやく都市機能が回復を見せ始め、行政や警察の上層部も郊外や山間部に生存しているだろう人々の情報掌握と救助に重い腰をあげはじめた。そして、由美子達警察や自衛隊、救急からのレスキューから適格者を出向させ合同部隊を編成した。部隊は成果は順調にあがり、音信不通であった村の幾つかに到着し物資を届け、通信機を設置した。本格的な復興はこの深い雪が解けてからになるだろうが、それでも村の人々は皆由美子達を大歓迎をしてくれた。それなのに‥‥今、由美子の目の前にあるのは死の村であった。前回の任務で訪れた村の若者がこの村の場所を教えてくれたというのに‥‥間に合わなかったのだ。
「人の力で壊したものではなさそうです‥‥やはり、アレが‥‥」
 PP(パワードプロテクター)を装備したままの丹井・美沙桜(にい・みさお)は降り積もった雪をかき分け、その下にある燃え滓を露出させる。大黒柱の様な太い丸い木が折れて鋭角に曲がっていた。
「燃えてから折れたものではない‥‥折れてから燃えているけれど」
 これほどの太い木を素手で折れるとは考えられない。それが混じりけ無しの人間ならば、だ。言い換えれば、サイバーやエスパーならば、そして同等以上の能力を有する何かならば、この行為は可能だろう。更に雪を掻き、崩れた柱の隙間から中を覗いた美沙桜は僅かに顔を背け、視線を外した。
「どうしたの?」
 美沙桜のすぐ後ろに由美子が立っていた。MSに乗る為に必ず着用しなくてはならない全身を覆うスーツのせいで寒さはあまり感じない。美沙桜の答えを待つことなく由美子は柱の隙間を覗き見た。
「え?」
 見ているのに信じられない。無意識に由美子は口を手で覆い悲鳴を押し殺していた。真っ黒に焼けてはいるがそれは人であった。いや、人の切れ端であった。腕、足、胴、など大まかに分解された人体が真っ黒に焼かれて転がっている。それも1人分ではなさそうだ。
「‥‥あいつのせいですね」
 務めて冷徹な声が美沙桜の唇から低く響く。無言で由美子もうなずいた。

 数ヶ月前から所在の判らなくなったシンクタンクがあった。どうやらそのシンクタンクは無差別に、そして断続的に破壊行動を続けている。制御機能に重大な欠陥を負ったAIのせいで、シンクタンク善悪敵味方の判別が不能となっているらしい。目にした全てを破壊し行動不能‥‥或いは殲滅する危険がある。これもそのシンクタンクの仕業かもしれないのだ。

「なんで‥‥どうしてこんな‥‥酷いことを‥‥」
 燃え尽き倒壊した家は50を下らない。その全てに人が住んでいたとは思わないが、犠牲になった人の数は想像がつかない。あの激しい災過の日々を生き抜いてきた人達が、何故無惨にも命を絶たれなくてはならなかったのか。激しい憤りと怒りが由美子の胸を熱く焦がす。
「‥‥次の村へ急ぎます。第3班と4班は現状に残って周辺探索と基地を確保してください。後の班は即刻出発します」
 テキパキとした美沙桜の支持がひっそりと音のない村に響く。何処かでドサッと雪が落ちる音がした。立木か燃え滓に降り積もった雪がまとめて落ちて、真っ白な雪の上に小さな陥没を作る。
「此処を見捨てるんですか?」
 思わず由美子は思うままを美沙桜にぶつけていた。言ってしまってからハッとしたが、もう言葉は引っ込めることが出来ない。
「この奥の村が心配なのです。すぐに準備をしてください」
 厳しい表情を少しも変えずに美沙桜が言う。
「‥‥わかりました」
 新人研修で手本にされそうな型どおりの敬礼をすると、由美子は自分のMSに戻る。静かな音がして蓋が閉鎖され外界から遮断されると、由美子の表情が一変する。強い悲しみと怒りに紅潮する頬と赤い唇、涙のにじむ目は強い光を帯びてスクリーンに映る外の景色をにらみ付けたまま起動させ、移動を始めた。


 目の前に不審な物体がスクリーン越しに見える。何かが雪に埋もれているのだろうか。けれど、僅かな熱源を感知してスクリーンが仄かに色を添える。
「‥‥人?」
 それはあまり現実的ではない発想だったかもしれない。この様な雪深い山奥で、いくら村と村とを繋ぐ道とはいえ、人が生きてそこに立っている確立はどれほどあるというのだろうか。けれど、人命救助は数学ではない。どんな些細な可能性だとしても、諦めず、切り捨てず、手を差し伸ばすものだ。事実、由美子のMSよりもレスキューから出向した者達の行動は速かった。
「生存者かもしれません!」
「救護班、準備にかかれ。3名ほど俺に続け」
 レスキュー部隊のリーダーが部下とともに4人で走り出す。
「伏せて!」
 やはり走り出していた由美子のMS、そしてレスキュー達がハッとして立ち止まる。PP装備の美沙桜が武器を構えて叫んでいた。銃口はピッタリと雪に埋もれた何かを狙っている。それでもレスキュー出身の者達や由美子の様な所轄警察からの出向組の動きは鈍い。
「伏せなさい! 本上隊員、あなたも武器を構えなさい」
 更に鋭く厳しい声が美沙桜から発せられる。MS用武器は銃の他に警棒が標準装備されている。一瞬迷った後、由美子はMSに警棒を握らせた。そして美沙桜の位置まで前に出る。
「‥‥」
 美沙桜は無言でレスキュー部隊に合図を送る。対象から回り込むように近づきそっと降り積もった雪を払った。
「シンクタンク?」
 由美子はMSの中でつぶやいた。それはどうにか人型‥‥少女の形に似せて作られたシンクタンクであった。可愛らしい外見をしているが、これがAIを暴走させ、村を幾つも破壊してきた殺人シンクタンクなのだろうか。
「本上隊員? 何をしているのですか」
「‥‥はい」
 気が付くと警棒を持ったMSの腕を振り上げていた。もし、美沙桜が自分の名前を呼ばなかったら、由美子はこの腕を人型のシンクタンクに振り下ろしていただろう。
「無力化します。手伝ってください」
 まるで演習の様な自然な様子で美沙桜はゆっくりとシンクタンクに近づき、まずその動力源を外した。それから浅い場所にある配線を切断する。なんとなく重苦しい雰囲気がその場を包んでいた。


 回収されたシンクタンクは由美子の知らないどこかへ送られていった。解体されるのか、原因究明の為研究材料になるのか、命令には理由はなく何も知らされることはない。
「どうしてあの時‥‥あのシンクタンクだと判る前に撃とうとしたの?」
 庁舎の屋上には由美子と美沙桜しかいない。真昼とはいえ雪混じりの風はごついジャンパーを着込んだ2人にも激しく吹きつけてくる。
「それが私の任務だから」
 コーヒーのカップを両手に抱いた美沙桜がつぶやく。同僚がくれた掘り出し物なのだが、コーヒーと言うにはやや酸味が強すぎるかもしれない。
「でも‥‥遭難した人だったかもしれないわ。そりゃあシンクタンクは許せないけど‥‥」
「人である確立は低いですね。そうではなくても、まず危険かどうか確認するべきです。そんな甘い事だと、長生きは出来ません」
「そんなこと‥‥」
 反発しながらも由美子の言葉は力無く消えそうになる。この仕事は綺麗な事ばかりじゃない。生よりはより死に近い仕事だ。他人や自分の死はごく身近なところにある。それでもなお人を助けようとするのなら、死の危険を乗り越えなくてはならない。
「あのシンクタンク。壊されてしまったでしょうか。ちょっと哀れにも感じますね」
「私は‥‥まだそうは思えないけど」
 多分、これ以上シンクタンクの暴走事件は起こらないだろう。ホッとするが、事件はこれだけではない。雪に降り込められたからと言って、やることはまだいくらでもあるのだ。
「冷えてしまったよね。戻ろうか」
 由美子は笑って美沙桜に言った。それは多分、あの村での光景を見て以来の屈託のない笑顔であった。僅かに笑みを返し、美沙桜はすっかり冷たくなったコーヒーを持って建物の中へと戻っていった。ぎぃーと鈍い音がして重い非常口の扉が閉まった。

 雪はまだ降り止まない。