|
聖なる夜の物語 〜やどりぎ〜
【Side M...】
やどりぎの伝説というのを知っておるか?
何、そんな審判前の前時代的な言い伝えなど知らん、だと。はん、これだから青二才はなっとらんというんじゃ。
ちっ、ちっ、ちっ。
よいか。クリスマスの夜、乙女達はやどりぎの下で接吻を望まれたら、それを拒めぬのじゃぞ。昔は皆、いかにターゲットの乙女をやどりぎの下に連れ込むかに四苦八苦したもんじゃ。はっはっはっ。あの頃が懐かしいのぉ・・・・・・。
ん? それで今わしは何をしてるのかじゃって?
そりゃ決まっとる。このジャンクケーブ一帯にやどりぎを仕込む算段じゃ。
ほら、お前さんもどうじゃ。既に意中の相手はおらんのか?
おるなら試してみい。きっと上手くいく筈じゃから。
【Christmas Eve】
昨日まで、色とりどりのネオンで賑わっていたその繁華街も、今日ばかりは閑散としていた。
クリスマスといえば仲間や家族で集い、キリストの誕生を祝いながら家でゆったりするのが常なのだ。このセフィロトの塔の建つ、ブラジルの地域にはキリスト教の信徒も多い。店も、家族のため早々に店じまいする者が多く、半分以上が入口にCLOSEの札をかけたり、シャッターを下ろしたりしていたのだ。
自ずと人の出が減るのも仕方あるまい。
真砂は肩を竦めながら通りを歩いた。
時々立ち寄るヘブンズドアの前を横切る。
チラと視線を投げた扉にはOPENの札。中からは軽快なクリスマスソングが聞こえてきた。今日明日は、クリスマスパーティーをやっているはずだ。
世界を一瞬にして飲み込んだ大恐慌―――審判の日。それを迎えてもなお、人は神を信じ、神を仰ぎ、その誕生を讃え、時に神にすがるのだろうか。
だけどたぶん、それは少し違うのだ、と真砂は思う。
このセフィロトの塔が建っているのは、確かにブラジルではあるが、この塔の第一階層入口に作られた都市マルクトに集っているのは、ブラジル人ではなく、ビジターなのである。
ビジターズギルドの前に出た。そこには何日か前から高さ20mもあるクリスマスツリーが立てられ、有志によって飾りつけがされていた。25日までの公開とあってか、昼間は連日子供たちで賑わっていたが、さすがに照明の落ちたこの時間は、カップルたちのデートスポットのようになっていた。
彼らの中のどれほどが、キリスト誕生を祝っているのだろう。中にはキリスト教とは全く無縁の者たちも混じっているに違いない。
それでもこんな風に時間を過ごしたり、パーティーを開くのは、たぶん。
ただ、理由が欲しいだけなのだ。
都市マルクトはたった一枚の壁と、ヘルズゲートという巨大な扉によって、その奥に広がる世界と分かたれている。その奥には、人類を憎んでやまないタクトニムと呼ばれる存在があり、いつそれらが壁を破ってこちら側にやってくるとも知れない。いや、ビジター達はこぞってそんな危険な場所へ足を運ぶのだ。明日をも知れぬ我が身。だからこそ、大切な家族と、大切な仲間と、大切な誰かと、ゆったり過ごす時間に飢えている。
キリストの誕生日を口実に、大切な時間を過ごそうとしているに過ぎない。
そう思うのはたぶん、自分もそんな一人だから。
真砂は手の中の木の枝を握る手に少しだけ力をこめた。
都市マルクトの片隅で、異様な活気を漂わすジャンクケーブ。そこで、せっせと細い木の枝の束をあちこちに取り付けている変な老人に出会った。
自分はその時、一体どんな顔をして彼の話を聞いていたのだろう。その老人は、聖なるヤドリギは祝福と幸運をくれるんじゃ、と笑って自分にその枝を差し出した。赤いリボンの付いたヤドリギを。
物欲しそうに見ていたつもりはないけれど。
もしかしたら大切な誰かと過ごすクリスマスに飢えているような顔をしていたのかもしれない。
無意識に早まった足が路地を曲がる。
更に人気のなくなった瓦礫の上にのぼって、真砂は辺りを見渡した。かつてタクトニムとの激戦があったその爪あとは、未だに都市マルクトの各所に残っていた。
目の前に崩れかけた廃ビルがある。今にも崩れかけそうなそれは、都市マルクトの中では一番高いだろう、どこにいても見える建物だった。しかし、それと同時に殆ど誰も近寄らない場所でもあった。壁はいつ崩れてもおかしくない。所々に顔を出すむき出しの鉄筋が、殆ど奇跡みたいにして、かろうじて建物を支えている状態なのだ。使うには無理なのだろう、とはいえ取り壊すには、周囲にいろいろな店が並び過ぎていた。大きすぎるが故に壊す事も出来ず、かといって使い物になるでもなく、それゆえ放置されたままの過去の残骸。正面の扉はかたく閉ざされているが、戦闘によって開けられたのだろう横に出来た、人一人が何とか通れるくらいの穴から中へ入る事が出来そうだった。
真砂は一つ深呼吸する。
その体がゆっくりと世界に溶け込んだ―――光偏向。万一面倒なものと出くわさないようにするためだ。
コンクリートの瓦礫や土砂に埋もれた階段をのぼる。他に人が通ったという跡はない。倒れた柱や崩れた鉄筋を避けながら上を目指した。
元はいろんなテナントの入った雑居ビルか何かだったのだろう、各階のフロアは統一性がかけらもない内装になっていた。
どうやら10階建てらしい。
屋上へ続く扉の前で、真砂はホッと人心地ついた。ここまでねずみ一匹出くわさなかったのだ。
ドアノブに手を伸ばす。
どうやら鍵がかかっているらしい。だが、真砂は力任せに扉を押し開けた。こんな時、ハーフサイバーは少しだけ得かもしれない、と思う。
【Christmas】
「絶対、来てね!」
困惑を絵に描いたような顔をしている葵に、真砂は念を押すようにして言った。
「絶対だよ。待ってるからね」
そう言うと、葵は気圧されたように「あぁ」と頷いた。
まるで根負けしました、という顔だ。それから怪訝そうに首を傾げて言った。
「何かあった?」
「来てくれればいい」
それだけ言って真砂は殆ど反射的に踵を返した。これ以上の追随を拒むように。これ以上聞かれたら、白状してしまいそうで。別に驚かそうというわけではないけれど、何というか自分でもよくわからないのと、気恥ずかしさも手伝って。
「じゃ、後でね」
笑顔で言って追いかけてこないでよって顔で走りだす。
勿論そこで、そのまま葵を呼び出した場所に直行するわけではなかった。その前に、準備する物があったからだ。
呆気にとられている葵をそこに残して、真砂は通りを曲がると繁華街へ向かった。
昨夜以上に閑散としているのは時間帯のせいもあるのかもしれない。
都市マルクトは屋内に作られた街であるため、空に陽が昇ったり、星が瞬く事はなかった。地上50mの高さにある天井に取り付けられた照明が、簡易的に昼と夜を演出しているに過ぎない。今は昼だ。
昼から酒を飲む者もないのだろう、居酒屋が閉まっている分通りは寂しかった。人通りの殆どない道を歩きながら、それでも開いている店を見つけて真砂は飛び込んだ。
小さなパン屋さんには、クリスマス用のケーキが並んでいる。とはいえ生クリームたっぷりのケーキは殆ど見当たらない。あるのは、ブラジルではクリスマスケーキとして主流であるパントーニと呼ばれる、キノコみたいな形をしたパンケーキだった。中にはドライフルーツがたっぷり入っている。
ケーキを手に、真砂は店を出た。
その先に肉屋がある。七面鳥の丸焼きなんてニ人で一匹も食べきれるわけがないので、ローストターキーをニ本買った。それから、それに合いそうなワインを一本。
雑貨屋で、紙皿や紙コップにナプキンとフォークを買ったら、両手がいっぱいになった。
それらを抱えて葵との待ち合わせ場所へ歩き出す。
それは昨夜も訪れた、あの廃ビルだった。
・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・
ケーキやターキーを並べて、真砂は瓦礫の椅子に腰掛けると、給水タンクの上の赤いリボンを見上げた。
昨日取り付けておいたのだ。本来は、玄関や家の中の飾りに付けるものらしい。ちょっと味気ない気もしたが、それでもこの世界には似つかわしい気もした。
膝を抱えるようにして天井の照明を見上げる。
それが一つ二つと消え始めた。
いくつかは光量を少しずつ落としていく。間もなく夜が訪れるのだろう。屋内であるこの場所の実際の気温は昼と夜とで変わる筈もなく。しかし、何故だか寒くなったような気がして、真砂はわずかに身を縮めた。
「来るかな」
理由も言わずに殆ど無理矢理で呼び出したのだ。とりあえずその場は頷いてくれたけれど、面倒だと思ったら、来ないかもしれない。
「ま、それも運という事で一つ」
真砂は景気をつけるように一つ膝を叩いて立ち上がった。階段を駆け下りて彼を迎えに行く。
廃ビルの前の瓦礫を登る。
誰もいない路地裏に響く足音に緊張して、強張る体を無理矢理動かし、そちらを振り返った。
そこに見慣れた彼の顔が、不審げな表情を覗かせた。
ホッとして、膝から力が抜けそうになるのを何とかこらえて真砂は大きく両手を振る。
「こっち、こっち!!」
「何かあった?」
少しだけ心配そうな葵に、真砂は笑みを返した。
嬉しくて。
「うん、こっち」
葵の腕を掴んで廃ビルの横穴へと引っ張って行く。
「真砂……?」
怪訝そうな顔をしている葵を階上へと導いた。人気のないフロアをキョロキョロと見渡しながらも葵は、何も聞かずに付いてきてくれた。
途中、階段が崩れて登れなくなる場所がある。眉を顰めた葵の腕を引っ張って、真砂はフロアの反対側にある階段へ向かった。
「上?」
「うん」
軽やかな足取りで階段を登り、あの屋上へと続く扉へ。
半壊の扉を不可解そうに見つめている葵をよそに、真砂は屋上へ出た。
「お……」
無意識にだろう呟いた葵を振り返って、真砂は満足に目を細めた。
都市マルクトの中で一番高い建物の屋上から見る夜景は、都会のそれにも負けないはずだ。薄暗い夜に浮かぶ星はないけれど、足元に広がるイルミネーションは、まるで星屑を散らしたみたいで。
「今日は来てくれてありがと」
「こっちこそ、『冒険』をどうも」
・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・
事情を話したら、葵は怒るでもなく「一緒に来て欲しかっただけか」と言って、その口元に柔らかい笑みを浮かべただけだった。それから。
「ここに来るまで探検みたいで、久々に面白かったよ。たまには高いところから見るマルクトってのもいいかもな」
そう言って、屋上の欄干に頬杖を付いた。
目の前に、あのビジターズギルドのクリスマスツリーのてっぺんの星が瞬いている。
「あれが、うちかな?」
「うん、あの辺がヘブンズドア」
「ここからならどこに何があるかわかりやすいかもな」
そう言って葵が振り返る。彼はまるで子供の頭を撫でて言い聞かすみたいにして言った。
「もう、道に迷うなよ」
ムッ……。揶揄するような彼の目に、真砂は頬を膨らませて拗ねてみせた。彼は苦笑を滲ませて欄干に背もたれる。
「意外と明るいんだな」
そう言って天井を見上げた。
彼の視線が給水タンクの赤いリボンに止まる。
「屋上に木が生えてる?」
「あ、うん。あのね……」
真砂は昨日の老人とヤドリギの事を話した。
穏やかな顔で真砂の話を聞いている葵に、気恥ずかしくなって真砂は咄嗟に視線を彷徨わせる。自分でも何を言ってるんだという気分で。
「って……私が乙女なわけだけど」
葵もきっと困っているに違いない。きっとどうしていいかわわからず困惑げに視線を彷徨わせている。そんな気がして、真砂は笑顔をつくると葵の顔を見上げた。
「こういう場合、そういう事を望んだら、相手の「乙女」はしてくれるものなのかな?」
「……俺が「乙女」かよ」
どこかわざとらしく大仰に、不貞腐れてみせた葵に、真砂は乙女な葵を想像して思わず噴出してしまった。
「葵が乙女……」
自分で言っておいて笑いが止まらなくなる。お腹を抱えていると、やれやれと肩を竦めて葵が給水タンクの方へ歩き出した。
してくれるつもりなんだ。そう思ったら咄嗟に体が動いていた。
その背中を捕まえる。
でも、それは止めるためではなくて、やっぱり怖くなった、というわけでもなくて。
「あ、あのね。……額がいいの」
「え?」
「家族とかよくわからないんだけど、覚えてないんだけど……」
「うん」
「そんな風に額に……」
クリスマスはきっと、家族と穏やかな時間を過ごすためにあるんだ。自分にはその記憶がない。
そんな自分の不確かな気持ちの揺れを感じ取ったのか、葵はそっと手を握った。
「家族ってのは血の濃さは関係ないんだよな」
そうしてヤドリギの方へ歩き出しながら続けた。
「夫婦は血が繋がってない者同士で家族を作るんだから」
「うん……」
「お互いが望めば兄妹にだってなれる。血の繋がりなんて関係ない」
「葵……」
葵が足を止める。
ヤドリギの下。
真正面に彼の顔があった。
「だから今日一日は、俺が家族代わり、な」
「うん」
目を閉じる。額に優しく触れる彼の口付け。
―――ありがとう、葵。
嬉しくて呟いた唇に、彼の唇がぶつかった。
■A Happy Xmas!■
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0776/真砂・朱鷺乃/女性/18歳/エスパーハーフサイバー】
【0652/倉梯・葵/男性/21歳/エキスパート】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ありがとうございました、斎藤晃です。
楽しんでいただけていれば幸いです。
ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。
【Side A】は、25日の一斉公開までお待ち下さい。
|
|
|