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<クリスマス・聖なる夜の物語2006>


聖なる夜の物語 〜やどりぎ〜



 【Side A...】

 やどりぎの伝説というのを知っておるか?
 何、そんな審判前の前時代的な言い伝えなど知らん、だと。はん、これだから青二才はなっとらんというんじゃ。
 ちっ、ちっ、ちっ。
 よいか。クリスマスの夜、乙女達はやどりぎの下で接吻を望まれたら、それを拒めぬのじゃぞ。昔は皆、いかにターゲットの乙女をやどりぎの下に連れ込むかに四苦八苦したもんじゃ。はっはっはっ。あの頃が懐かしいのぉ・・・・・・。
 ん? それで今わしは何をしてるのかじゃって?
 そりゃ決まっとる。このジャンクケーブ一帯にやどりぎを仕込む算段じゃ。
 ほら、お前さんもどうじゃ。既に意中の相手はおらんのか?
 おるなら試してみい。きっと上手くいく筈じゃから。






 【Christmas】

「絶対、来てね!」
 自分の腕を掴んで、いつになく真剣な表情で見上げてくる真砂に、葵は少しだけ眉を顰めた。こんなに血相かえて何かあったというのだろうか。自分を呼び出す理由といえば、たとえば何か大切なものが壊れてしまったとか。しかし、それにしては待ち合わせ場所は、誰も近寄らないような、また随分と危なそうな場所だった。
「絶対だよ。待ってるからね」
 あまりの勢いに、半ば気圧されるように「あぁ」と頷いて、少しだけ苦笑を滲ませる。そんなに一生懸命にならなくたって、彼女に頼まれたら自分は行くだろう。
 だから怪訝に尋ねた。
「何かあった?」
 こんなに一生懸命になっている理由を。
「来てくれればいい」
 だけど彼女はそれだけ言って踵を返してしまった。どうやら教えてはもらえないらしい。
「じゃ、後でね」
 顔だけ振り返って、追いかけてこないでよとでも言いたげな笑顔で走りだす。
 葵は半ば呆気に取られたようにその背を見送った。
「ま、いっか」
 そうして腕時計を見る。彼女が来てくれという時刻には、まだ随分と時間があった。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 間もなく、照明が落ち始める。
 まだ少し早いのか、だが、数日前に来た時は多くの人で賑わっていた筈のその繁華街が、今日はしんと静まり返っていた。人気がなく寂しい通りは、風など吹かないはずなのに寂しい風が吹いているような気がして、葵は無意識にジャケットの前を寄せる。人気のない理由が暫く心当たらなくて、葵は眉を顰めながら足早に通りを過ぎた。
 半分以上の店が入口にCLOSEの札をかけたり、シャッターを下ろしたりしている。店が開いていないのだから人が少ないのも仕方がないのだが、では、何故店が閉まっている。
 これと真砂の様子とに、何か関係でもあるのだろうか。
 時々立ち寄るヘブンズドアを横切った。
 どうやらここは開いてるらしい。
 ふと、視線を投げると、明るく電飾された扉の隙間から軽快なクリスマスソングが聞こえてきた。
「ああ、今日はクリスマスか」
 と、ぼんやり思う。
 とはいえ、そういった行事には大して興味がない。それは自分がキリスト教ではない、という理由だけではないだろう。 数十年前、世界を一瞬にして飲み込んだ大恐慌―――審判の日。それに続く大暗黒時代。それを迎えてもなお、人は神を信じ、神を仰ぎ、その誕生を讃え、時に神にすがり続けるものなのだろうか。
 たとえそうなのだとしても、自分には性に合わない。ただ、それだけだ。
 ビジターズギルドの前を通る。そこに巨大なクリスマスツリーが立っているのを見つけて、葵は思わず足を止めてしまった。高さにして20mはあるだろうか。
 どうやって上まで飾り付けたのか、照明が落ち始めた空間をツリーの電飾が淡く灯し始めた。
 辺りにカップルたちが増えてくるのに気付いて、葵は再び足を動かす。
 彼らの中のどれほどが、キリスト誕生を祝っているのだろう。中にはキリスト教とは全く無縁の者たちも混じっているに違いない。
 それでもこんな風に時間を過ごすものなのか。繁華街を閑散とさせていた店の主達はきっと、家族たちと共に時間を過ごしているのだろう。
 都市マルクトはたった一枚の壁と、ヘルズゲートという巨大な扉によって、その奥に広がる世界と分かたれている。その奥には、人類を憎んでやまないタクトニムと呼ばれる存在があり、いつそれらが壁を破ってこちら側にやってくるとも知れない。いや、ビジター達はこぞってそんな危険な場所へ足を運ぶのだ。明日をも知れぬ我が身。だからこそ、大切な家族と、大切な仲間と、大切な誰かと、ゆったり過ごすのかもしれない。
 キリストの誕生日を口実に。
「まさか、な」
 葵は複雑な気分で道を急いだ。待ち合わせの時間にはまだ早い。それでも自然と足は早まる。その理由を知っているような気がして、それでも気付かない振りをしながら、その路地を曲がった。
 辺りには人気がない。
 その突き当たりに、かつてタクトニムとの激戦があったその爪あと残る廃ビルが見えた。今にも崩れかけそうなそれは、都市マルクトの中では一番高いだろう、どこにいても見える建物だった。しかし、それと同時に殆ど誰も近寄らない場所でもあった。壁はいつ崩れてもおかしくない。所々に顔を出すむき出しの鉄筋が、殆ど奇跡みたいにして、かろうじて建物を支えている状態なのだ。使うには無理なのだろう、とはいえ取り壊すには、周囲にいろいろな店が並び過ぎていた。大きすぎるが故に壊す事も出来ず、かといって使い物になるでもなく、それゆえ放置されたままの過去の残骸。
 その廃ビルの前の瓦礫の山に、真砂はたった一人で立っていた。

 ―――気付かない振りをして。

「こっち、こっち!!」
 真砂が嬉しそうに手を振る。
「何かあった?」
 心配げに尋ねると、彼女は笑顔で言った。
「うん、こっち」
 自分の腕を掴んで廃ビルの横に開いた、人一人がやっと通れるくらいの穴へと引っ張って行く。
「真砂……?」
 怪訝に見やると真砂は「はやく、はやく」と急かして自分をビルの中へ押しやった。
 ガランとしたフロアがある。役に立ちそうな物は既に持ち出された後なのだろう。
 真砂は自分の腕を引っ張って、階段の方へ引っ張っていった。どうやら目的地は階上にあるらしい。どこに行くとも、何の用とも教えてはくれないが、それは後のお楽しみという事なのだろう。
 それはそれで、ワクワクしないでもない。まるで宝物を取りにいくような、そんな気分で葵は階段を登った。
 ここ何ヶ月、殆ど人は足を踏み入れていないのだろう、もしかしたら、彼女ぐらいなのかもしれない。瓦礫や土砂に埋もれたそんな階段をのぼっていく。倒れた柱や崩れた鉄筋を避けながら、彼女の背中を追いかけた。まるで探検家にでもなった気分だったが、彼女の足取りは危なげない。
 元はいろんなテナントの入った雑居ビルか何かだったのだろう、各階のフロアは統一性がかけらもない内装になっていた。
 この上に、彼女の秘密基地でもあるんだろうか。
 なら、本当に修理を頼まれるかもしれないな、なんて内心で舌を出す。
 途中、階段が崩れて行き止まりになった。
 そこが終点なのかと思ったら、彼女は自分の腕を掴んでフロアの奥へ引っ張った。フロアにはこれといって何かある様子もない。と、丁度フロアを挟んだ向かい側に別の階段が出てきた。
「上?」
 尋ねると彼女は満面の笑顔で頷いた。
「うん」
 まるで、勿論と言わんばかりに軽やかな足取りで階段を登っていく。
 元気だなぁ、などと妙に関心してしまった。歳はいくつも変わらない筈だが、これが10代と20代の差だ、と言われたら、ちょっと凹むかもしれない。
 彼女の背を追いかけて階段を登りきる。
 そこに半壊の扉があった。扉のへしゃげ方が今までと違っているのに眉を顰めていると、彼女はその扉を押し開けて中へ入った。
 いや、中じゃない。
 外へ出た。
 それは屋上への扉だったのだ。
「お……」
 思わず感嘆が漏れる。
 都市マルクトの中で一番高い建物の屋上から見る夜景は、都会のそれにも負けないかもしれない。薄暗い夜に浮かぶ星はなかったが、足元に広がるイルミネーションは、まるで星屑を散らしたみたいに綺麗だった。
 夜景に目を奪われている自分の横に立って、彼女が笑って言った。
「今日は来てくれてありがと」
「こっちこそ、『冒険』をどうも」



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



「一緒に来て欲しかっただけか」
 血相変えて「来て」なんて言うから、最初は何ごとかと思ったけれど、彼女から話しを聞いて何だかホッとした。たぶん、いろんな意味で。
「ここに来るまで探検みたいで、久々に面白かったよ。たまには高いところから見るマルクトってのもいいかもな」
 そう言って、屋上の欄干に頬杖を付く。
 目の前に、あのビジターズギルドのクリスマスツリーのてっぺんの星が瞬いていた。
「あれが、うちかな?」
「うん、あの辺がヘブンズドア」
「ここからならどこに何があるかわかりやすいかもな」
 そう言って彼女の頭を撫でる。まるで子供に言い聞かせるみたいにして。
「もう、道に迷うなよ」
 揶揄するようにそう言ったら、彼女は頬を膨らませて拗ねてみせた。そういうところがまだまだ子供なんだよ、と思う。
 葵は苦笑を滲ませて欄干に背もたれた。
「意外と明るいんだな」
 都市マルクトは屋内に作られた街であるため、空に陽が昇ったり、星が瞬く事はない。地上50mの高さにある天井に取り付けられた照明が、簡易的に昼と夜を演出しているだけだ。夜だからといって、全ての照明が消されるわけではない、という事か。
 今まで、こんな風に空を仰ぐ事も殆どなかったのだと、初めて気付く。
 その視界に、ふと赤いリボンが飛び込んできた。
「屋上に木が生えてる?」
 赤いリボンは木の枝に結び付けられていたのだ。
「あ、うん。あのね……」
 真砂が照れたように俯いて話し始めた。


 給水タンクの上に赤いリボンと一緒に結んでいるのはヤドリギという常緑樹なのだという。
 クリスマスの夜、ヤドリギの下で男女は口付けを交わすのだそうだ。
 それも、キスを望まれたら拒めないのだ、と。


 半ば呆気に取られて聞いていた葵に、気恥ずかしくなったのか真砂はますます下を向いて言った。
「って……私が乙女なわけだけど」
 葵は困惑げに視線を明後日の方へ彷徨わせる。それは、自分にそれを望んで欲しいという事だろうか。だけど、それを口に出して聞くことも出来なくて、ただ息を呑んでいた。
 どう返そうかと言葉を探していると、それよりはやく、彼女が言葉を継いだ。
「こういう場合、そういう事を望んだら、相手の「乙女」はしてくれるものなのかな?」
 思わず彼女をマジマジと見返してしまう。不安そうに自分を見上げている彼女に、葵はゆっくり息を吐き出した。
「俺が「乙女」かよ」
 どこかわざとらしく大仰に、不貞腐れてみせると、彼女は突然噴出した。
「葵が乙女……」
 どうやら、自分の乙女な姿を想像してしまったらしい。腹を抱えて笑う彼女の頭を失礼な奴だと軽く叩いて、やれやれと肩を竦めながら給水タンクの方へ歩き出す。
 だって、しょうがないじゃないか。

 ―――彼女が望んだら自分は拒めないんだろ?

 そんな風に誰かに言い訳しながら歩き出したその背中を、彼女の手が掴んだ。
 振り返る。
「あ、あのね。……額がいいの」
「え?」
「家族とかよくわからないんだけど、覚えてないんだけど……」
 ああ、そうか、とぼんやり思う。
「うん」
「そんな風に額に……」
 クリスマスとはきっと、仲間や家族と穏やかな時間を過ごすためにあるのだ。
 彼女が望んでいるのは、恋人のキスじゃない。彼女が欲しいのは、そんなものじゃなくて、もっと深い絆。
 葵は真砂の手を取った。
「家族ってのは血の濃さは関係ないんだよな」
 ヤドリギの方へと歩き出しながら。
「夫婦は血が繋がってない者同士で家族を作るんだから」
「うん……」
「お互いが望めば兄妹にだってなれる。血の繋がりなんて関係ない」
「葵……」
 ヤドリギの下で足を止めて振り返る。
 真正面に彼女のはにかむ笑顔があった。
「だから今日一日は、俺が家族代わり、な」
「うん」
 彼女が目を閉じる。額に優しく触れるだけの口付けを。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



「葵、知ってる?」
 屋上で、彼女が用意していたローストターキーとパントーニと、そしてマルクトの夜景を肴にワインを傾けている時、真砂がふと天井を見上げながら言った。
「何を?」
「その冬、一番最初に落ちてきた雪を掴むと、願い事を叶えてもらえるんだって」
 真砂が言うのに葵は肩を竦める。
「ブラジルに雪?」
 赤道直下のこの地に雪なんて降るとは思えない。
「しかもここは屋内……て……?」
 思わず目を見張る。
 空から舞い降りてきた淡く白いそれに。
 葵は驚いて目を見開いた。
「雪……じゃないよな?」
 それは雪のように見えた。けれど雪ではなく、淡く光る白い光の粒。
「真砂?」
 彼女の体が淡い光に包まれたように見える。
 恐らく、光偏向によってこの辺りの光の屈折を変え、雪が降っているように見せているのだ。
 彼女は立ち上がって、落ちてきた最初の光の粒をその手の中に掴みとった。
「葵、クリスマスプレゼント」
「え?」
「願い事は?」
「…………」
 少しだけ考えるみたいに首を傾げて、それから口を開く。
「この先、真砂が寂しい思いをしませんように」
「…………」
 きょとんとした顔をしている彼女に優しい笑みを返した。
「俺からのクリスマスプレゼント」


 真砂が手を開くと光は淡く融けて消えた。
 まるで雪のように。
 願いを聞き届けたように。



 ―――ありがと、葵。



 そう呟いた彼女の唇を掠め取った。







 それは甘いパントーニの味がした。






 ■A Happy Xmas!■






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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0776/真砂・朱鷺乃/女性/18歳/エスパーハーフサイバー】
【0652/倉梯・葵/男性/21歳/エキスパート】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。

 【Side M】は、25日の一斉公開までお待ち下さい。