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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


届けられたらいい


ライター:有馬秋人



朝がくる。
セフィロト内部では朝焼けなぞ見る機会はなく、機械的な単調さで時間は刻まれ経過していくだけだ。
アマネ・ヨシノは大きく口を開けて、悲鳴をあげるのような形相で体を起こした。
耳には自分がかつて叫んだ言葉が木霊している。母親を呼ぶ、縋るような音が。

「おかーはん……」

行っちゃ嫌や、そう幾度叫んだだろう。泣いて泣き濡れて見栄も体面も振り捨て、なりふり構わず縋ったアマネを母は振り返ることなく行ってしまった。
このセフィロトの塔へ。
優しい母親だった。ほとんど家に帰らぬ父とは違い、母、蛍・ヨシノは優しい母親だった。好奇心旺盛なアマネを面倒がらず、一つひとつ丁寧に教えてくれて、抱きついたらいい匂いがした。シンクタンク研究機関に勤めていたのに、アマネのために時間を割いてくれていた。コンピューターに興味を示せば手取り足取り手ほどきし、エスパーの片鱗を見せればわが事のように喜んでくれた母親。アマネが望めば幾らでも教えてくれたが、そんな優しさだけでなく、叱るところは叱る厳しさも持った人だった。
記憶の中で母親は日向の匂いを含んでいる。外で遊んでもらいもした。転んでも泣かなかったアマネを褒めてくれた。やんちゃしてどろどろになった顔を温かいタオルで拭ってくれた。
大好きな、おかあさん。
コンピューターに嵌って引きこもりがちになれば、お弁当をつくり散歩に連れて行ってくれて。偏った生活を窘められたことだって、まだ、こんなにも鮮やかに覚えているのに。




どうして、ここに母はいないのだろう。




タオルケットを手繰り寄せ、アマネは顔を伏せる。まだ20年も生きていない子供が、このセフィロトの塔まで来るのにどれ程の苦難があったのか、予想するのは簡単だ。そしてその予想は予想を超えるものではない。現実は、もっと容赦ないことばかりだ。
綺麗なことばかりなはずがない。汚いことばかりだった。母親に教えられた良い事、優しい事、誰かを助ける心なんてとうに擦り切れている。辛うじて残っている良心もケースバイケースなんて言葉に宥められるこどに柔だ。
こんな自分を母親がみたらどうするだろう。どれほど怒るだろう。そう考えると苦しくてたまらない。
だけど、知りたかった。
だけど、会いたくてたまらなかった。
取り戻したかった。
大切な母親と、かけがえのない日常を。

「AIチップ、それさえ……」

なんとかすることができるのなら。全てはアマネの望むように展開するのに。もどかしくてたまらない。ここに来るまでに、そしてここにきてから自分が子供だという事実を痛いほど痛感している。エスパーであっても、何にもならない事態が多すぎるのだ。正攻法ではここにたどり着くことすら出来なかっただろう。
母親が変わったのは、研究機関にセフィロトの塔から6つのAIチップが持ち込まれた日からだった。そのチップにどんな未来を見たのか、どんな憧れを見たのかそれまでアマネを優しく見守ってくれていた母親は態度を一転させ、どんどん遠ざけるようになった。一つの机を囲んで教えてくれる時間がなくなり、一緒にご飯を食べることもやめ、外に出かけるときに見送ってもくれない。まるで父親のように、家に帰ることも減った。
寂しくて機関まで会いに行けば追い払われ。冷たい目で邪魔と詰られた。
あの痛みはまだ残っている。
アマネはぎゅうとタオルを抱き、胸を押さえて蹲る。痛かった言葉が蘇って、涙が止めようもなく転がり落ちて。どうして、と聞いても誰も答えてくれなかった。それまでは誰もが好奇心いっぱいの問いかけに、苦笑しながら答えてくれていたのに。白けた目で邪魔な子供煩い子供と追い出されて、初めて問いに答えてもらえない苦痛を味わった。
何回か機関に押しかけたアマネは、苛立った母親の手で叔父の家に放り出されることなった。姉弟の子でも他所の子、その事実の前でアマネは手ひどい扱いを受けるが、母親が迎えに来ることを願って、黙ってとどまることを選んだのだ。自分を突き出したときの目がとても怖くて、思い出すだけで悲しくなるのも無視して、ひたすらにどんな苦痛でも耐えていた。
それでも、ただ待っているのはやっぱり辛くて、叔父の目をかいくぐってコンピューターを操り、違法行為だと知っていても機関のシステムに潜り、少しでも母親の情報を集めようとやっきになった。そんな記憶がある。
何度目の侵入時だろう。あのことを知ったのは。そろそろ不法侵入にも慣れてしまって、簡単なトラップに引っかかることもなく、ファイアウォールも難なくすり抜けられるようになったころだったろうか。能力を使った侵入は、アマネが漠然と感じていた以上に強くて、機関のシステム領域の半分なら掌握できそうになってきた頃だったろうか。

「6つのAIチップ……あれが全部の元凶や」

どうして母親が変わってしまったのか、どうしてアマネがこんな目にあっているのか。
どうしたら、全てを取り戻せるのか。それを知ってしまった。知ったから、どうにかしようと行動を始めた。叔父の家から逃げ出して、生きていくためには力が必要だとMSムーンシャドウを強奪し、唯一信じてもいいだろう相手、祖母に連絡してセフィロトを目指した。
その旅が簡単だったなんて、誰にも言えない。それこと見栄など関係なく。同じことをしろと言われたらあっさりと頷くこと出来ない。苦しかった。きつかった。なんども悔しい思いをしたし、怖かった。どうして自分がこんなことをしているのだろうと泣いたこともあった。
それでも、帰る場所がなくて。
目指す場所しか見えなくて。
母親を取り戻すことが、全てだった。


セフィロトの塔にきてから何人もの知り合いができた。祖母は親身になってくれたし、父親と連絡も取るようになった。家族として笑いあうことはきっと出来ないけれど。他人よりは親しく思える。
仲間と呼んでも違和感ない人たちが増えた。皆、強い。笑って泣いて騒いで怒って慌てて、元気で、優しい。もちろんそれだけじゃないけれど、あのまま叔父のところに留まっていたら会えなかっただろう人たちだ。
皆好きだと思う。

「堪忍な…」

蹲ったまま小さく、震える声で懺悔した。
対象は全ての優しい人たちへ。
何度も繰り返せるほど傲岸じゃない。だけど一言だけ、謝らせて欲しい。
嘘つきでごめん。きっと自分は目的のために全てを裏切ることだってしてしまうだろうけれど。大好きだと思うのは本当で。
周りに見える笑顔も何もかもが嘘っぱちだけど、大好きだと思う気持ちだけは嘘じゃないから。




いつか嘘でなく、笑いあえる日が来るといい。


母親の優しい微笑と、自分の満面の笑みが仲間達に届けられたらいい。


そう、ずっと願っている。





2006/12/31












■参加人物一覧

0637/アマネ・ヨシノ/エスパー/女性
0802/蛍・ヨシノ/エスパーハーフサイバー/女性



■ライター雑記

今年最後の納品になりましたので、日にちも書き込んでみました(笑)。
一年間有難う御座いました。来年もよろしくお願いします。