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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


green Christmas

 クリスマス休暇を前にして、街全体が浮き足立っている。
 それはエヴァーグリーンに於いても例外ではなく、休暇取得の是非が個々人の明暗を分けていた。
 最も、ナインスのようにワーカホリック気味の総責任者を頭に、休暇が取り辛いと目される部署もあるが、仕事が趣味であるのは飽くまで個人の資質、隊員達のプライべートまで拘束する狭量さはない。
 しかしながら、実力主義を前面に押し出している為、休暇取得に関してはゲーム形式に知力体力時の運を駆使しなければならなかった実情に、休暇取得組は自由を得、未取得組は期間中、訓練という名の特訓を受ける羽目に陥っている。
 そんな中、兆ナナシはハーフサイバーである体力と持ち前の時の運で以て、何とか休暇組に滑り込む事に成功していた。
「えぃっと、ここは……こないした方がえぇかなぁ?」
そんなナナシが鼻歌交じりで機嫌良く、不書類の裏紙に何やら書き付けている様は、未取得組にしてみれば絡みたくなる光景だ。
「おぅおぅ兄さんよう。随分とご機嫌じゃねーか、ぁん?」
「ク・リ・ス・マ・ス〜が近いモンなぁ? その様子じゃよっぽど楽しい休暇になりそうだな、ぁん?」
其処等のチンピラ風に絡む二人組は、共にナインスのメンバーだ。
 ここが部隊の根城になっている会議室であればこそ、ごく自然な話である。
 やっかみ以外の何者でもない嫌味に、しかしナナシは輝かんばかりの笑顔を向けた。
「ハイ、ごっつ楽しみにしとりますんやぁ♪」
純度100%、汚れの一片たりとてないその直撃は、サングラスすら透過して二人の良心を暴き出した。
「そう……良かったねナーちゃん」
「……力一杯楽しんで来いよ」
敢えなき敗北に退きかけるが、ナナシの手元の書き付けが自然と目に入り、二人は揃って動きを止めた。
 イラスト付きで細かく書き込まれている、それはどうやら料理のレシピのようだ。特に目立つのは二段重ねのホールケーキと思しき絵、だが周囲の文字がそれを甘味と捉える事を許さない。
「……じゃがいも?」
「ターメリック風?」
目に飛び込んだそれを読み上げる声に、ナナシがそれは嬉しげに頷く。
「ハイ、カールさんがいっつもごっつぉしてくれますさかい、今度はボクが準備さして貰おう思て。頑張って考えてますんや♪」
ナナシの料理の腕前は、ナインスの所属であれば全員が知る所である。
 即ち、マッシュポテトしか作れない、と。
 ケーキ風に纏め上げる予定のポテトの山、ある意味主食とデザートを兼ねる究極の一品であるのかも知れないが、ジョークでなければ作ろうとも思わない代物だ。
 が、ナナシは到って本気の様子である。
「前にご馳走したときに作ったヤツ、ちぃとアレンジしてみたらどないかなぁ、思て……カレー混ぜ込んだら、ちょっとチョコレートケーキみたいですやん?」
それなら素直にカレーとチョコレートケーキを食べてはいけないのでしょうか、と心の内の問いは楽しげなナナシの笑みに呑み込まれる。
「プレゼントやら、やっぱり手作りの方がえぃ言いますし。でもカールさんのお好みはよぅ解らんさかい、食べ物のが良いかなぁて」
カール・バルクはサイバーであるナナシの主治医である。
 それと同時に恋人でもある。
 何故コレが、何故アレと、というのが両者を知る者の共通の見解だが、コレがそれは幸せそうな為、誰もその関係に口を出せない……否、突っ込みが入ることはままあるのだが。
 それにしても、恋人と過ごすクリスマス、ロマンティックの極みである宵に、二人マッシュポテトの山を突き合う、それは流石にどうかと思う。
 休みを取れずにやさぐれていようとも、それを制止しないのは人として道に悖ると、二人は眼差しだけで互いの心中を理解し合って、同時に深く頷いた。
「確かに手作りもいいと思う。けど、プレゼントって本当は自分が一番欲しいと思う物を贈ったら、相手も喜ぶって知ってるか?」
「そうそう、ナーちゃんが欲しいモノってナニ? 参考までに教えてよ」
決定的な事態を回避すべく、思考を誘導する二人の尽力に気付く事はなく、ナナシは唐突に親身な問いにうーんと首を傾げた。
「……欲しいモン、ですか」
うんうん、と如何にも興味津々、大仰に頷く二人に気付かず、ナナシははにかんで指の背を唇に寄せた。
「せやなぁ……映像作品で欲しいん挙げだしたらキリないですけど、『一番』欲しいやゆうたら」
青少年が頬を染めて欲しがる映像と言えば、先ずそっちに頭が行くのが健全な男性というものだ。
 思わず身を乗り出す二人に、ナナシは頬を色を濃くして俯いた。
「カールさんに……好きやてゆうて貰えたら、ボクもうそれで」
火を吹きそうに赤くなったナナシの言に、期待を煽られていた二人が、同時に崩れ落ちても責められない。
 普段なら、ここで「ご馳走様」と散開する所なのだが、休み明けにしょんぼりとしたナナシの姿を見るという可能性が脳裏を過ぎるだけで胸が痛むに、このまま放っていく訳にも行かない。
 理性と根性で踏み止まった二人は、申し合わせたようにナナシの両側を固めた。
「それならさ、ナナシも言ってみたらどうだよ。何よりのプレゼントになるかもだぜ?」
「え、でもいきなり……そんなん照れますやん」
思わぬ押しに戸惑うナナシにチチチと短く舌を鳴らし、耳元に口を寄せる。
「ナーちゃん、いいコトを教えてあげようか」
語尾に行くほど潜める声に、自然、引き込まれるようにナナシが注意を向けた。
「スラムに廃教会があるっしょ? 其処ってばさ――」
ひそひそと続けられる言葉に意識を澄ます、ナナシの懸命さにふと徒心を刺激され。
 耳に息を吹きかけるに、ぞわりと肌を粟立たせたナナシが泡を食って立ち上がり、拍子にパイプ椅子の足に引っ掛かって転倒するのに二人を巻き込む一連の流れは、ほんの3秒しか要さなかった。


 クリスマスに。
 廃教会で。
 思い人に告白をすると、その想いは永遠の物となる。
 そのでっちあげを、頭から疑って掛かるような器用さを持ち合わせないナナシはクリスマス・イヴ当日、無駄に気合いを入れていた。
 情報をくれた隊員の助言に従い、自然に廃教会に誘導する為に夕食は外で取る誘いは既にかけてある。
 とはいえ、プランニングはナナシ、その上スラムという土地柄に,恋人達に限定した甘い一時を期待する方が間違いだ。
「カールさーん、準備でけました?」
無免許医であるカールか経営するスラムの診療所、その裏手の住居部分に乗り込んだナナシは、ひょいとカールの私室を覗き込んだ。
「兆くん、もうかい?」
シャワーを浴びたばかりの金色濡れ髪を肩や背に垂らし、素肌にシャツを羽織っただけのカールが目を瞬かせるのに、ナナシはぴゃっと扉の影に隠れた。
「かかか、堪忍です、ノックもせぃで!」
びったりと扉の裏に貼り付き、声を裏返したナナシの謝罪にカールは小さく笑いを零す。
「そんなに慌てなくても、昨夜見ただろうに? たんとね」
シャツの釦を止め、愉快そうにナナシの口調を真似るカールの言に、しかしナナシは顔を出せず、扉に体重を預けたままずりずりと背を擦ってその場に座り込んだ。
「そやけど……やっぱし明るいトコで見ると」
「見ると?」
両手で顔を覆っているため、カールの接近に気付かぬまま、ナナシは先を促されるにほんの少し迷いを見せた。
「……〜〜ッ、明るいトコで見ると、めいっぱい格好えぇですやん〜ッ」
乙女のように恥じらうナナシを、穏やかに、そして愛しげに見つめるカール……垂れ流し状態の甘さを払拭する、ツッコミの不在が返す返すも口惜しい一時である。
 そんな出掛けの一悶着を別として、カールがもう、と言ったのも不思議はなく、時刻は昼を回ったばかりで約束を取り付けたディナーに向かうにはあまりにも気が早すぎた。
 未だ陽は高く、人も多い。
 スラムは無秩序とはいえ、人が住めばそれなりに区画が別れるもので、市街地に近い商業区域は夜に向けた買い物客で賑わっていた。
 その直中に連れ出されたカールは、うきうきと先を行くナナシの背に声を掛ける。
「兆くん」
「ハイ、何ですやろ?」
振り向くナナシは、結構な人通りであるというのに通行人にぶつかる事はなく、カールに無邪気な笑顔を見せた。
「いや……何か要り用な物でもあったかな、と思ってね」
無意味に露天を冷やかす現状、特に目的はないようにも捉えられる。
 が、あちらへこちらへと移動する眼差しは何かを求めてか、金物屋で鍋を熱心に見ていたかと思えば野菜を覗き込み、と興味の対象の変遷の激しさに行動が読めない。
「や、特に何ぞ要る訳でもないんですけぃどッ」
わたわたっと突きだした両手を左右に振り、追求を拒む……実に分り易い怪しさに、しかしカールは気付かぬふりで、その紺碧の空を思わせる瞳を眇めるに止めた。
「あ、カールさンッ! ホラ魚ですやん、魚ッ!」
霜付いて白い、一目で冷凍と解る魚の詰め込まれた桶に、カールの視線から逃れて目を泳がせたナナシが飛びつく。
「コレコレ! この魚何てゆーんですかッ?!」
手に細身の魚……芯まで凍りきり、何かの武器のように鋭く銀鱗を煌めかせるそれを掲げられるのに、カールはあっさりと答えた。
「キスだね」
「……せやった」
しおしおと売り物を露天に戻し、ナナシははったと隣に店に飛び込んだ。
「カールさんッ! コレはッ?!」
喜色満面に示す手に、缶詰を握り締めて名を問い掛けるナナシに、カールはまた微笑みを浮かべた。
「脱脂粉乳だね」
何処ぞの軍からの横流し品らしく、アルミの丸缶に詰められた食糧を簡単に言い当てるカールに、ナナシは肩を落とす。
「せや……せやのうて、もっとちゃう呼び名が……ッ!」
もう一声! と求める答えにカールが首を傾げる間に、買うつもりのない商品で遊ぶなと、ナナシは店主に缶詰を取り上げられていた。
 キス、脱脂粉乳……即ちスキムミルク。名を求めるその心は、カールの口から「好き」の響きを引き出したい意図に尽きる。
 本来、教会で告白に重点を置かれるべきなのだが、ナナシの中ではクリスマス当日にカールに告白して貰うという目的に意識のすり替えが起こっているようだ……それは事態を仕掛けた同僚の予測の外であった。
「兆くん、お腹が空いているのかな?」
缶詰を取り上げられ、しゅんとしているナナシの頭をカールは軽く撫でて聞く。
「良かったら、何か食材を調達して診療所に戻ろうか。ディナーには少し早いけれど、ご馳走を作るよ?」
そのカールの気遣いからくる申し出を、ナナシはぶんぶんと首を横に振って拒んだ。
「今日はボクがカールさんをおもてなしするんですッ!」
子供めいた意地と秘めた野望に、不自然なナナシの主張にカールは頷き、ナナシの肩に置こうと手を伸ばす。
「解ったよ、今日は君に任せ……」
「カールさんカールさんカールさんッ! コレコレ、コレ何ですっけ?!」
サイバー能力を無駄に駆使し、5軒離れた店先に移動したナナシがぴょんぴょんと飛びながら品物を指した。
「……何だったかな」
行き場をなくして宙を掴んだ手の処遇に、カールはひっそりと悩む。
「えと、ホラ土掘るときに使うヤツですやん! 鍬があったらも一つ要りますやろ?」
鋤、しかも牛にひかせる程大きなそれに目を輝かせるナナシに、カールは諦めて手を両脇に下ろした。
「……私は農機具にはあまり詳しくなくてね」
「そこんトコ、もーちょい考えてくらはりませんッ?!」
更に粘るナナシに、軽く営業妨害を感じた店の者が肝心の名を告げてしまい、ナナシの目論見は敢えなく潰えてしまうのであった。


 所詮はナナシのプラン、クリスマスのディナー……と言ってもホテルや高級レストランでの食事が予約されている筈もなく、結局露天に毛が生えた程度の食堂での食事で落ち着いた。
 それまでの間に商店を練り歩き、求める単語を有した商品の名前当てという無意味なゲームに興じて歩き回っていた身には、小汚い店舗の、しかし味は確かな食事は何よりのご馳走であった。
 煮込み料理を主に、そして今日と言う日にささやかに、クリスマスプディングをデザートにサービスしてくれた店員兼料理人である店主の禿頭から、スキンヘッドという単語を導きだそうとしたナナシが、彼の心に傷を負わせてしまったのが軽度の被害とは言えようか。
「美味しかったですねぇ……」
しかしそんな憂いは満腹感から来る至福に忘れ去り、ナナシは満足の息を吐いた。
「本当だね、ありがとう兆くん……ご馳走様」
本日のメニューは一品のみ、クリスマスにしか出さないというタン・シチューだけ。
 希少価値を煽って売り上げを伸ばす商法に思えたが、料理を得手とするだけに、味にうるさいカールですら唸る出来であったのだ。
「気に入ってくらはってよろしおした♪ 美味しいやて有名や聞いたさかい、いっぺんカールさんと食べてみたかったんです♪」
「年に一度だけなのが残念だね」
カールに喜んで貰えたのが嬉しく、満面の笑みでナナシは提案した。
「したら、来年も来ましょか。二人で」
「それもいいね」
快いカールの了承に、ナナシが喜びに頬を染める。
 自然と近付く二人の距離に、カールの手がナナシに腰に回される瞬間。
 腹の底に響いて重い爆発音が響き、両者は瞬時、音の方向へ反転した。流石現役平和巡察士と、元・特殊部隊所属である。
「西南西、距離、近いです……建造物への被害は確認でけません。熱源は……アレ?」
左眼、銀に周囲を映し出すサイバーアイの縁に指を添え、ナナシは情報収集に入り、カールは懐内に忍ばせた小型拳銃を手にして、ナナシの報告が澱むのつられてナナシの視線と同じ方向の空、を見上げた。
 方角からパパン、と軽い破裂音が二つ、次いで藍に染まる空に向かって二条の光の帯びが昇り、それは小振りながら夜空に花を咲かせた。
「……花火?」
新年を祝うには気の早い。
 等間隔というにはムラがあるが、頻繁に上がる花の姿に、某かのイベントが催されているのは確かだ。
「行ってみようか」
お祭り好きのナナシが喜ぶかと、カールが誘いをかける……よりも先にナナシはその方向に向かって駆け出していた。
「兆くんッ?」
カールの声を背に聞きながら、ナナシは入り組んだ路地を抜け、目的の場所へ迷い無く辿り着く。
 スラムの廃教会……窓は破れ、朽ちるに任せた外観の其処は、幽霊が出るだの埋葬された殺人鬼が墓から這いだして新たな犠牲者を求めているだの、まことしやかに囁かれる噂を成る程と思わせ、度胸試しに訪れる者が居たとしても固く閉ざされた門扉を越えられない、そんな荒涼たる雰囲気を有していたのだが。
 其処は今や、お祭り騒ぎの渦中にあった。
 教会に到るまでは細い路地しかないのだが、教会前は広く空間が開けており、其処には今や「カップル焼きそば」や、「カップルお好み焼き」、「カッブル金魚すくい」……とやけにピンクのハートマークの目立つ的屋が軒を連ねていた。
「あ……? え……?」
更には教会正門前。閉ざされた門扉はそのままだが、その前にはステージが設置され、司会と思しき青年が、恥じらう男女にマイクを向けている。
「さーぁ、お付き合いを初めて僅かに三日! その濃密な時間が二人に永遠を誓わせるに到りました! この勇気あるお二人にはーくしゅ〜ッ!」
自信もパチパチと手を叩いて場を盛り上げる司会。
「それでは行っていただきましょう! どうぞ〜ッ!!」
促されてそのカップルは、両の手を繋ぐと力一杯、お互いの名を呼んで「好きで〜すッ!」と唱和した。
 そしてこの効果であったらしく、背後からパパンと上がる花火が絡み合うように天へ走り、弾けて花と開くのに、人々の祝福の声と拍手が一際大きくなる。
「あぁ、こんなイベントにしたんだね」
カールの声が掛かるに、ナナシは振り向いた。
「カールさん〜……」
「ここの教会は、元々人が近付かないように噂を流してたんだけどね。今年は何故だかこの教会前で告白すると両思いになれるっていう噂が出て、商店街の組合が困ってたんだよ。それならいっそお祭りにしてしまえって事になったらしいね」
スラム唯一の開業医は、スラム随一の情報通でもある。
 カールの説明に、人気のない教会で想いを確かめ合う、という些か乙女なイメージトレーニングをしていたナナシは、現状の賑やかさのギャップについて行けず、思考をフリーズさせた。
 また一組、ステージに上がり想いの丈を大声にする……もちろん、異性同士のカップルである。
 同性同士のカッブルがステージに上がるには、あまりに健全というか場違いな雰囲気が出来上がってしまっており、便乗する訳にも行かない。
 ナナシ的には、本日最大のイベントが灰燼に帰し、肩を落とすより他なかった。
「兆くん?」
しおしおと元気を失くしたナナシの顔を、カールが覗き込む。
何でもない、と顔を上げようとしたナナシだが、その唇にカールのそれが触れ、囁くように言葉を紡ぐ。
「好きだよ、兆くん」
声と同時に上がった二連の花火が、ナナシの驚愕に見開いた目に焼き付く。
「鱚もスキムミルクも嫌いじゃないけどね……あぁ、でも鋤とスキンヘッドは別にさせて欲しいかな。私がこういう意味で、好いているのは君だけだから」
吐息が重なる位置の囁き、覗き込む瞳に楽しげな色を見出して、ナナシは呟きに唇を動かした。
「……知ってはりましたん……」
知らないだろうと。思っていたからこそ引き出そうとした努力が全く持って無であったそれよりも、それだけ求めていた事実を把握されているのだと知って、ナナシは居たたまれなさに赤くなるばかりである。
 出来ればその場から逃げ出したいのだが、しっかりと腰を抱えた手に……甘いカールの告白に力の入らない足を支えて貰っていなければ、正直立てない。
「うん、君があまりに可愛くて。黙っていたのは謝るよ、すまなかったね」
毛先が金に薄いナナシの髪を指に絡め、微笑むカールの表情もまた至近すぎて、ナナシはどんな表情をすればいいのか解らなくなり、優先すべき感情を己の内に探してそして。
「……あ、しもた!」
不意に声を上げたナナシに、カールが怪訝に眉を寄せた。
「どうしたのかな?」
「プレゼント! カールさんに用意すんの忘れとりまして……ッ」
告白、に比重を傾ける余り、色々な物を見失ってるたナナシである。
 半べそになるナナシに、カールは笑いを抑えて恋しい人を胸に抱き寄せた。
「私はこの腕の中にある全てで充分だよ」
「へ……、ハィ?」
ナナシは声を裏返すより他の反応を返せない。
「……教会に人を近付けたくない理由を教えてあげようか」
抱かれた胸から深く響く声に、ナナシはコクコクと頷く。
「この通り廃れているけどね、一つだけ割れ残ったステンドグラスがあって……それがあまりに美しいものだから、皆で守ろうとしているんだよ」
旧いそれは、美しいヴェネチアンガラスで聖母子像が象られている。
「……君に見せてあげたいな。忍び込める場所を知っているから、今から行こうか」
髪を梳き、首筋を撫でる指先の誘いに、ナナシはカールの胸に頬を擦り寄せて背に腕を回した。
 無言の了承に、カールが少し笑うのに、問いの意味合いで眼差しだけを向ければ青い瞳が受け止める。
「いや、今日がホワイトクリスマスでなくてよかったな、と思ってね」
「……? そっちのがロマンチックやないですか?」
カールの言の意味が掴めず、ナナシは花火の上がる空を見上げた。
 風が煙りを散らしていくが、薄い雲の姿は夜天に紛れ、月と星の姿も鮮やかな快晴である。
「雪だと、寒いだろう? これから、教会の中で、二人きりになるのに」
甘く耳元に吹き込まれる……言葉の意味の深さを漸く察して、ナナシはぼっと頬を赤らめた。
「……ボクも」
カールの胸に額をつけて表情を隠し、ナナシは緊張に乾く唇を軽く舐めて湿らせる。
「ボクも、カールさん、大好きです……」

 クリスマスに。
 廃教会で。
 思い人に告白をすると、その想いは永遠の物となる。

 遅ればせながら告げるナナシの想いに呼応するように、一際大きな大輪の華が、夜空に花開いた。