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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


再発見の村

 柿の実のように赤い空がゆっくりと明度を失っていく。勿体ないようなその赤は幾ばくもしないうちに色を失い、やがて闇色に吸い込まれてしまう。特にこの様な山間部では暮れ始めた陽はすぐに落ちてしまう。近接する山や木々など遮蔽物が多く、その為陽光が遮られてしまうからだろう。急速に視界が暗くなり視野が狭くなる。それでも野営することなく一行は進み続ける。計器に異常はないし、大型の照明も携行しているからだ。

 今回も音信を断った村落へと警察・レスキュー・自衛隊などからなる合同部隊が派遣されていた。部隊は一定以上の成果をあげており、今後も存続する様だ。組織の改編により更に規模が大きくなるらしいという噂までまことしやかに流れている。辛い時代を生きる人々には希望が必要であったし、生存者発見のニュースは数少ない明るいニュースであった。
 報じられる生存者達は圧倒的に山間部に集中していた。連絡を取る手段がなくなっても、山村にいた人達は逞しく生きている場合が多い。都市部に生きる者達の何百倍も自然の恩恵を上手に受け取ることが出来るのだろう。今も険しい山を越え、急に途切れた木々の向こうに道が現れた。情報によればこの道の先に村落がある。部隊の先頭を行くマスタースレイブ内部でそれを確認した本上・由美子(ほんじょう・ゆみこ)はゆっくりと歩を進めた。道が崩れる心配はなさそうだが、何が起こるかわからない。慎重に進んでいくと道の先に少しずつ村落の様子が見えてきた。道の両側にぽつりポツリと家が見えるが、雪に押しつぶされたのかほぼ埋もれている。
「‥‥え?」
 由美子の表情が厳しくなる。うち捨てられた村であるかのように、そこには誰もいなかった。犬猫さえ見えない。何も動かない、聞こえない。ただ真っ白な雪に覆われている。
「何も映らないなんて」
 由美子が『乗る』MSは汎用型機体をベースにしている。局地戦や1点物の高機能など持ち合わせてはいないが一通りの探知装置は持っている。けれど、それらのモニターに生物反応がひっかかってこない。
『本上巡査。報告を』
 通信機から聞き慣れた声が響く。それは部隊の指揮を執る丹生美沙桜の声だった。立場はわずかに違うけれど、同じ合同部隊に所属し年齢も一緒な2人は反発するところもあったが恐らく仲がよかった。口にしたことは1度もなかったが、互いを友と認める間柄である。
「美沙桜さん! 変なんですよ。誰もいないみたいなんです」
 由美子は少し前のめりになりながら早口で言った。この村に生存者がいるという情報は多方面から本部に入ってきている。ガセネタに踊らされたとは思えないし想いたくない。
『本上巡査落ち着きなさい。まだMSは村の入り口なのですから、先に進んでください。何があるかはわかりませんからくれぐれも慎重に』
「あ‥‥は、はい、わかりました。丹生三慰」
 美沙桜の冷静な声には冷水でもかぶった程の効果があった。うわずっていた心がすっと落ち着く。こういうところは見習わなくてはならないとも思う。大きく深呼吸をすると由美子は探知機の感度を最大限にあげ、それぞれのモニターを一瞥すると、メインモニターに向き直りゆっくりと村の中へと進み始めた。

 部隊の後方で由美子との通信を切った美沙桜は小さく首を横に振った。いつも通り美沙桜は自分用に仕上げられたパワードプロテクターに身を包んでいる。
「警戒されているのかも‥‥」
 小さくつぶやく。人類は、そして日本はあの災厄のもたらした痛手から完全には立ち直っていなかった。むろん、この青森地域もそうだ。この集落の様に今でも分断されている人達が沢山いる。制御ネットワークから外れ、暴走するマシン達も皆無ではない。だから村と村人の命を守るために、隠れてこちらの出方を見ているのかもしれない。不審は不信を呼び、それは敵意や害意を生んでしまう。
『丹生三慰、人が‥‥るかもしれません。前方に雪下ろし‥‥れて屋根の見える家があります』
 僅かなノイズと共に由美子の声が無線からまた響いた。今度は先ほどよりも落ち着いているらしい。由美子の素直さと真面目さは美沙桜には真似できない美点だと思う。
「生体反応はあるのですか?」
 美沙桜が聞く。
『いえ、はっきりしません。もう少し家に近寄ってみます』
「わかりました。充分注意して‥‥」
 美沙桜は最後まで言えなかった。通信機越しにパーンと軽い音がした。一瞬遅れて生の音が美沙桜の耳に届く。銃声だ。
『各隊、警戒しつつ前進!』
 別チャンネルで部隊全体に指示を出した美沙桜は由美子だけに向かって叫ぶ。
「状況を説明して、本上巡査。何があったの?」
『‥‥に、ひと‥‥す。生存‥‥ます‥‥が、こちらを‥‥威嚇‥‥います』
 やけに通信にノイズが入る。由美子の言葉は途切れがちであったが、なんとか意味するところは理解できる。
「私も向かいます。それまで待機して下さい」
『わ‥‥りま‥‥た』
 ジャミングだろうか。美沙桜は音も立てずに走り出した。

「帰りせー!」
 雪降る闇にしゃがれた老人の声が響く。それは由美子の乗るMSを狙った銃声が響いた方角であった。感知器は幾つかの熱源体を捉えているが彼等は灯りを持たずに物陰に隠れているらしく、姿は見る事が出来ない。
「落ち着いてください。私達は皆さんを救助に来たのです」
「いっくらかげんにせばいいのさ。何がら何まんで嘘だ」
「あいっきゃおそろしねなった人殺しの機械さぁ」
「帰りせー!」
 あちこちから声がするが大半は老いた者達の声だ。
「わかってください!」
 由美子の声はMSと通し外に響いている筈だが、それに応える声はない。
『状況‥‥うな‥‥ますか?』
 雑音混じりに美沙桜の声が通信機から流れる。
「どうしましょう。生存者がこちらを敵視し猟銃かなにかで武装し立て籠もっています。説得に応じません」
『簡単ですよ』
 その声だけがやけに明瞭だった。気が付けば由美子のすぐ近くにまで後続部隊は到着しており、PP姿の美沙桜もメインモニターに大写しされていた。そのモニターの中で美沙桜は頭部を覆っているヘルメットに手を掛け‥‥脱いだ。無防備の頭部、顔面が冷たい空気にさらされる。
「え?」
 由美子のMSが放つ白いライトに美沙桜の吐く息が白く映し出されていく。
「帰りせー!」
 老人の声と銃声が響く。とっさに由美子は美沙桜の前に飛び出していた。MSの装甲で無防備な美沙桜を庇う。美沙桜を狙ったわけではなかった様だが考える前に動いていた。
『止めて! 撃たないで!』
 MS越しに由美子の悲痛な声が響く。
「大怪獣! あんぎゃー」
 いきなり美沙桜が大声で言った。感情のこもらない棒読み調の声が響く。一瞬、何が起こったのか当人以外立て籠もる村人も部隊の者達も判らなかった。
「あんぎゃー‥‥あんぎゃー‥‥あんぎゃー‥‥あん、ッシュン」
 美沙桜は何度もその意味不明な言葉を繰り返す。最後には小さくくしゃみまで飛び出した。立て籠もっている物陰のあちこちから失笑が、そして最後には大爆笑が起こる。
「なんだがかちゃくちゃねぐなってきたけど、かぜふぐして、ちゃんとしてろ」
 雪の小山の向こうから着ぶくれしつつ、腹を抱えた老人が姿を見せた。老人は銃を放り出すと美沙桜に優しく言う。次々と別の村人達も姿を現した。

「皆さん! もう大丈夫です」
 MSから降りた由美子は彼等の方へと駆け寄っていく。今後はこの村ももう孤立することなく、復興へと向かって行くだろう。自分を危険にさらしても、一瞬で立て籠もる人々の警戒心を解き、誤解を払拭した美沙桜の行動力と判断。由美子は一抹の危惧を感じつつも誇らしかった。護ろうと想った。力なき人々も、普通の人の暮らしも‥‥そして、平然と無茶をする美沙桜の事も。それが由美子の由美子だけの誓い。

「作戦続行。各自救助活動に当たられたし」
 ヘルメットを装着し直した美沙桜は冷静な口調でそう通信機に向かって言い、そっと安堵の溜め息をついた。もう危険は回避されただろう。これ以降は誰が傷つく事もなく作戦は遂行されるだろう。それでいい。
『美沙桜さーん!』
 老人達と笑い合う由美子が振り返って手を振ってくる。つい名前で呼んでしまう癖はきっとこれからも抜けないのだろう。
「先は長いですからね。慣れるか直すかしましょうか」
 美沙桜は小さく肩をすくめて言ったが、その時に浮かんだ柔らかい笑顔はヘルメットに遮られ誰も見ることは出来なかった。

 また1つ、いきのこっていた村の名が本部の地図に記載された。