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【専用オープニング】ホワイト・ノート
うさ耳おやじメイド喫茶 爆破計画
ライター:斎藤晃
【Opening】
ブラジル北部アマゾン川上流域に聳え立つ高層立体都市イエツィラー。審判の日以後ロスト・テクノロジーを抱いて眠る過去の遺物は、もしかしたらその目覚めを静かに待っているのかもしれない。忘れられ続けた軌道エレベーター「セフィロト」に集う訪問者たちの手により、ゆっくりと。
そしてこれは、決して安全とは無縁のその場所で繰り広げられる訪問者たちの日常と非日常である。
【プロローグ】
銀髪をオールバックにお仕着せ姿の紳士が、粉雪のように白いさらさらヘアーの青年を店の奥へと誘った。
青年は眠くて重たい瞼を必死で開けながら、紳士の背中についていく。青年はいつもより早起きして来たので、まだ寝ぼけまなこであった。
彼が案内されたのは『男子更衣室』とプレートのかかった5m四方ほどの小部屋だった。中にはベンチとロッカーが整然と並んでいる。
どうぞ、と紳士に彼が渡されたのはこの店の制服。こちらがあなたのですよ、と朗々としたバリトンが示したロッカーを開け、青年はぐずぐずとしながらそれに着替え始めた。ボタンがうまく留められず紳士を振り返る。
そして青年は一瞬にして目が覚めた。彼の赤い瞳が限界にまで見開かれ、口はポカーンと開かれたまま、閉じるタイミングを失っていた。いっそ目など覚めない方が良かったのかもしれない。これは夢だと思いたい。
青年は『アレ』が『コレ』になる事を知っていた。
だが、その過程までは見たくなかったのである。
さっきまで、紳士だった『もの』がショッキングピンクのウィッグを取り出したとき、彼は条件反射のようにその中に超小型爆弾を投げ込んでいた。
しかし紳士はそれに気付いた風もなくウィッグを装着して、可愛らしくシナまで作ると、さっきのバリトンはどこへいってしまったのかもわからないような裏声で、彼に向かって言ったのだった。
「さぁ、メイド喫茶の開店よ」
【セフィロトの休日】
―――before
『うさ耳メイド喫茶 らぶらび とキュン』
セフィロの塔第一階層入口に作られたビジターの町―――マルクトの片隅で、可愛らしくデコレーションされたその看板を見つけた時、ツヴァイレライ・ピースミリオンの整った顔はだらしなく歪んだ。どれくらい歪んだのかと言えば、前から歩いてきた若い女性二人が、思わず踵を返したぐらいの歪みっぷりであった。
もし、彼の隣に誰かがいて、その人と談笑している風だったら、ここまで酷い事はなかったろう、ちょっと避けられる程度ですんだかもしれない。しかし、彼はたった一人で歩いていて、突然ニヘラと笑ったのである。
「メイド喫茶ってあれだよね。可愛い女の子がスカート丈ギリギリの衣装着てくれるアレだよね? おいおい、いいのかな? そんな店開いちゃって」
と、独りごちながらツヴァイはその店を覗いてみた。しかし、たくさんのポスターが貼られているため中がよく見えない。あまり気合を入れて覗いたら怪しい人になってしまう。今だって充分紙一重扱いされているのだ。ツヴァイはポスターの『バレンタイン・フェア』の文字を眺めながらその入口の前に立った。
「バレンタイン・フェア中か」
などと自動で開いた入口をくぐる。浮かれた気分を象徴しているかのように足取りは軽やかだ。次の瞬間まで。
「お帰りなさいませ、ご主人さま」
野太い声が彼を出迎えた。
「……………………………………………………………」
ツヴァイの思考は秒針がきっかり一周するくらい停止した。
「どうしました、ご主人様」
そう言って近づいてきたメイドに、ツヴァイは渾身の一撃を放っていた。
―――after
「メイド喫茶ってあれだよな。可愛い女の子がスカート丈ギリギリの衣装を着てくれる……」
テーブルに半ば突っ伏すようにしてツヴァイは、彼が信じる正しいメイド喫茶の姿を念仏のように唱え続けた。
間違っても、贅肉がぶよぶよの丸い体形のおやじに、スカート丈ギリギリの衣装を着せてはいけない。ロマンスグレーの頭にうさ耳を付けたりして、野太い声で「ご主人様」などと呼んではいけないのだ。
「ご主人様、御用はございませんか?」
うさ耳メイド姿のアルバイター、エドワート・サカがメニューを差し出しながら笑顔で尋ねた。
「…………」
こうして、彼の夢は儚くも砕け散ったのである。
***** **
―――before
レイル・ノーツはガラス面いっぱいに貼られたポスターの、バレンタイン・フェアという文字に足を止めた。
姉貴に手作りチョコを頼まれ買出しに来た彼だったが、どうやらここでは自分で好きに手作り出来るらしい。メイドの女の子たちが手伝ってくれるのだろうか。台所で一人寂しく黙々と姉貴のチョコを作るよりはいいかもしれない。メイドの女の子にチョコフォンデュを食べさせてもらったりしながらチョコ作り。
いつも気の強い姉貴に頭があがらない彼が、優しくしてくれる女の子たちに癒されたいと願ったとしても、彼を責めるのは酷というものだろう。彼は彼が思っているほど孤独を愛しているわけではなかったのだ。
レイルはその店の自動ドアの前に立った。
やたら大きくて重そうな自動ドアが、大きな地響きをたてて開いていく。なんでメイド喫茶の入口がこんなにも分厚いんだろうと、半ば呆気にとられながらレイルは中へと入った。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
語尾にハートマークすら見える声が彼を出迎えた。それは、彼が求めていた優しい女の子からは少し―――いや、大きくはずれている。優しい男の声。ここは、オカマ・バーなのか。
確かにそこにいるソレはメイド姿をしている。だがメイド服を着ていればメイドになりうるのだろうか。
分厚い胸板と逞しい上腕二等筋の、どこから見てもまごう事なき性別男、更に言えば筋肉親父が、兎を胸にあしらった服だけを取れば可愛いメイド服を着ている。だがフリルのミニスカートから生えているのは筋肉質の足なのだ。
らびー・スケール――愛称らびーちゃん。彼……いや、彼女……いや、『ソレ』がメイド仕事に高いプライド意識を持った生粋のメイドだったとしても、レイルの描くそれとは遠くかけ離れたものであったに違いない。
メイドとは一体なんなのだ。彼は自問したが、答えてくれるものはなかった。
こういうのを羊頭狗肉と言うのではないないのか。内心で悪態を吐きながら条件反射のようにレイルは踵を返していた。君子危うきに近寄らず。
だが、彼の前に轟然と立ちはだかったのは、ヘルズゲートに勝るとも劣らない扉だった。
―――何故!?
内心で問いかける。
「どうしました、ご主人様」
ごつい男の手が彼の肩を叩いた。どうやら逃げられないらしいレイルは観念したように店内へと足を向けた。
うさ耳バンドを手渡される。どうやらお客様全員にプレゼントされるものらしい。
そこにぐったりとしている青い髪の男が、うさ耳バンドを付けて座っているのを見つける。言わずとしれたツヴァイであった。
二人の目が合った。
二人は初対面である。
しかし互いに言葉を交わす必要はなかった。ただ互いの目が語り合う。
『ああ、あんたも』
『ああ、あんたも』
二人を結ぶものはただ一つ。連帯感。
この店で一人は辛すぎると悟ったのか、レイルはおもむろにツヴァイのテーブルに着いたのだった。
―――after
「まぁ、パフェが旨かったらいいんだけど」
ツヴァイは運ばれてきたパフェにスプーンを突き刺しながら笑顔でそう言った。基本的に甘くて美味しいデザートの前では辛口思考の彼もとろける性質なのだ。とは、つゆも知らないレイルは、ただただ視線を泳がせる。
「それでいいのか……」
確かツヴァイはさっきイチゴパフェを頼んでいた筈である。あの上にかかっている黄色いソースは一体何なのだろう。
そんなレイルの不審に気付かないのか、ツヴァイは笑顔でパフェをスプーンに山盛り掬って口の中いっぱいに頬張った。刹那。
「ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」
ツヴァイは口の中の物を瞬くに噴出していた。
それは向かいの席に座っていたレイルの顔面を直撃する。
「おい」
レイルは頬を伝う黄色いソースをおしぼりで拭いながら、地を這うような声と共にツヴァイを睨みつけた。だが、ツヴァイの関心は元から彼にはないのか、謝るどころかレイルの方すら向いていない。
立ち上がってパフェを片手にメイドを怒鳴りつけている。
「なんだ、これはーーーーーーーー!?」
それを運んできた白い髪のメイドが答えた。
「カレーパフェです」
丁寧な口調と、自信満々の笑顔。今まで見てきたメイドの中では一番うさ耳が似合っている。キウィ・シラトであった。
「俺が頼んだのはイチゴパフェだ」
ツヴァイが怒り狂う。
「だから、イチゴカレーパフェです」
キウィは、悪気のない顔でさらりと続けた。
「イチゴだけだと寂しそうだったので、特製カレーをかけてみたんです」
にっこり。
キウィ特製カレー。闇鍋ならぬ闇カレー。その中の具をここに書き出す事は憚られるほどの怪しげなカレーである。材料は推して知るべし。
「バカだろ。お前絶対バカだろ」
そう決め付けるツヴァイに、内心でレイルが「お前もな」と付け加えた。見るからに黄色いソースがかかっている上に、ふつう匂いで気付きそうなものである。
「ご主人様、どうしました?」
騒ぎに気付いたメイド喫茶の店主、らびーが駆け寄ってきた。ツヴァイはそれに文句を付ける。
顔を拭き終えたレイルはそんな光景に深い溜息を吐き出しながらコーヒーカップの中を覗きこんだ。黒い液体に自分の顔は映りこまない。変わりに、照明の光が液体の表面に揺れていた。―――これは大丈夫なんだろうな。
「ったく……」
憤懣やる方ないといった態でツヴァイが椅子に腰を下ろした。どうやら新しいのを用意する事で話は決着したらしい。
「…………」
複雑そうにレイルはコーヒーカップを取りあげた。とりあえず香りはいい。口を付ける。味もいい。これを飲み終えたら帰らせて貰えるのだろうか。ここにはただチョコを作りに来ただけの筈なのに、とぼんやり思う。とはいえ1人であの中央に設置されたバレンタインコーナーまで行くのはちょっぴり勇気が足りない。むしろ作れなくてもいいから、いっそこのまま帰りたい。
ツヴァイの元へ新しくイチゴパフェが運ばれてきた。今度のはらびーが自ら作って、自ら運んできたものだった。
それを一口。ツヴァイの眉尻が下がる。よほど美味しいのか、いつの間にからびーと一方的に意気投合して肩まで組んだりしていた。可愛い女の子がいないと文句を垂れながらも、何だかんだとツヴァイはちゃっかり場に溶け込んでいるらしい。
レイルはそれを羨ましいと思っている自分に気付いて、別にミルクも砂糖も入っていなかったが、慌ててコーヒーをスプーンで掻き回した。
そこへ、再びあの扉が開く。
二人は何とはなしにそちらを振り返った。
―――掃き溜めに鶴。
そんな言葉が二人の脳裏を過ぎっていく。
「お帰りなさいませ、お嬢……」
言いかける親父メイド―――エドの背中を蹴り倒して、ツヴァイは一羽の鶴の手を取った。
「ささ、どうぞお嬢様。こちらの席へ」
と、自分のテーブルへ彼女たちを誘う。
彼が手を取ったのは金髪の色白の少女だった。ゴスロリを和風にアレンジしたような服に身を包む少女は、ずっと俯いたままなのでその顔は彼にはよく見えなかったが、彼の美少女センサーにはばっちり反応したようであった。
「…あ……あの……」
困惑を絵に描いたような美少女、常盤朱里をかばうように、一本の手が伸びてくる。伸ばしたのは朱里と一緒に入ってきた一人だった。
「朱里さんが困っています」
その柔らかい美女顔とは裏腹に、その声には凛とした張りのようなものがあって、ツヴァイは半ば気圧されたように手を離した。
だが、それでめげるようなツヴァイでもない。彼は気を取り直すと今度は美人の手をとって笑顔で言った。
「まぁ、そう言わずに。美人は大歓迎。さぁ、行こう」
たとえば、カフェ兼パブ『天宝鈴』でギャルソンを勤める清音響が、れっきとした男であったとしても、この殆どが親父ばっかりのメイド喫茶の前では、ツヴァイにとって響の性別など大した問題ではなかったようだ。
かくして、かなり強引にツヴァイが二人を誘ったので、結局朱里と響はツヴァイのテーブルに加わる事になったのだった。
【特攻野郎Tチーム】
『うさ耳メイド喫茶 らぶらび とキュン』の看板の影で、アタッシュケースを開き、トキノ・アイビスはその中身を入念にチェックしていた。これからあそこへ向かうのかと思うと気が重い。しかし外からの攻撃があまりにはた迷惑になってしまうという理由で難しい今、それは中から攻撃するしかないのだった。憂鬱だが、誰かがやらねばならない。トキノはそう自分に言い聞かせながら、アタッシュケースの中身を一つ一つ再度確認した。それは実は一分一秒でもあそこへ向かうのを遅らせたいという気持ちのあらわれでもあるが、本人は気付いていない。アタッシュケースの中には時限装置付きのプラスティック爆弾が大量に入っていた。
「あれ? トキノんじゃん」
突然頭上から降って来た声に、トキノは慌てたようにアタッシュケースを閉じて後ろを振り返った。普段なら、まずありえないだろう。こんな無防備に他人を背後に近づけるなど。余程、あの中の事を考え気が重くなっていたのか。
「しっかし、凄い重装備だな」
トキノの背中から覗き込むようにして姫抗が言った。
確かにトキノは凄い重装備であった。いつも腰に佩いている2本の高周波ブレードの他に、彼はサブマシンガンや対戦車ライフル、携帯用レーザーガンにミニガンまで装備していたのだ。その上、アタッシュケースの中にはプラスティック爆弾ときている。いつもヘルズゲートをくぐる時の彼の装備の何倍もの重装備であった。1人で戦争でもしに行くつもりなのか。
「これからヘルズゲートでもくぐるの?」
抗が笑顔で尋ねた。彼の頭でたれうさ耳が揺れている。うさ耳を付けた男など基本的に信用出来ないトキノであったが、彼はちゃらけていても割りと使える男であったと思い出す。何より、彼ならこれから向かう場所でも正気を保っていられるに違いない。
トキノは言った。
「タクトニムの巣窟を爆破しに行きます。抗さんも一緒に行きましょう」
「え? 俺?」
抗は目を丸くした。
彼は知り合いの朱里に誘われて、これから彼女が作るチョコを食べに目の前の喫茶店へ入ろうとしていたのである。彼の目的地はヘルズゲートの中にはない。
しかし彼はがっちりとトキノに肩を掴まれていた。
「いや、あの……」
抗は慌てたが、トキノは有無も言わせず『うさ耳メイド喫茶 らぶらび とキュン』の自動ドアの前へと引き摺って行く。
「あれ? タクトニムの巣窟?」
抗が首を傾げ、血相を変える。
「まさか、ここ、タクトニムの巣窟なのか!? 朱里たちが危ないじゃん!」
ヘルズゲート並みに分厚い扉がゆっくりと開いた。抗は身構える。
しかし彼を出迎えたのはタクトニムではなく、メイドのらびーであった。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「あれ?」
タクトニムが出てくるのかと構えていた抗が拍子抜ける。一体どうなっているんだ、と隣を振り返ると、傍らでトキノが低く呟いた。
「……滅!!」
刹那、彼は持っていた対戦車ライフルをらびーに向け、問答無用で引鉄を引こうとしたのである。
「わぁ〜〜〜〜〜待て、待て、待て!! 中には一般客もいるんだぞ!!」
トキノを取り押さえて、抗はらびーに愛想笑いを返しながらトキノを一番隅の席に連れていくと座らせた。
「とりあえず水でも飲んで落ち着け」
***** **
『うさ耳メイド喫茶 らぶらび とキュン』の前を通り過ぎた蒼渓は、聞きなれた甲高い金属音に反射的に身を強張らせ、半ば臨戦態勢でそちらを振り返っていた。
それはライフルの初弾が装填される音だった。
彼の手には12ゲージハンドガンが油断なく握られている。
ライフルの狙った先が自分ではない事を確認して、彼はゆっくりハンドガンを脇の下のホルスターに戻した。
そこには黒髪の美少年然とした美少女がライフルを構え、敢然とした面持ちで立っていた。『らぶらび とキュン』の看板をこれでもかとねめつけている。今にもその店へ特攻しそうな勢いの彼女に、蒼渓は慌てて声をかけた。
「おい、ちょっと待て、何をする気だ?」
「黙ってて。あのバカ親父の暴挙を止めるにはこれしかないんだから」
決然と彼女―――マリアート・サカが言った。彼女はこのメイド喫茶でバイトをしているエドワート・サカの娘であったが、そんな事情の知らない蒼渓には、彼女の言わんとしている事がさっぱりわからない。
マリアートこと、リマがその喫茶店へ顎をしゃくるのに、蒼渓は促されるまま、ポスターの隙間から中を覗いてみた。よく見えないなりに、それでも彼はそれを視界の隅に捕らえる。
「…………」
この世には、許されるものと許されないものがあった。それは彼にとって許すことの出来ない存在であった。
彼が見つけたのはリマの親父の方ではない。この店の店主。ここで会ったが百年目。らびー・スケール。
「待て」
蒼渓がリマの肩を掴んで言った。
「止めても無駄よ。この店がなくならない限り、あんな恥さらしが続くんだから」
そう言ったリマの両肩をがしっと掴んで蒼渓は彼女の目の前で首を横に二回振った。
「違う」
「え?」
「それだけでは生ぬるい、と言ってるんだ。あれは完膚なきまでに葬り去らなければ、ゴキブリ以上の生命力で蘇ってきてしまう。そんなライフルじゃ、アレを滅し去る事など出来ん」
蒼渓はそうきっぱり言い切って、彼女の肩から手を離すと、彼女の眼前に握り拳を翳してみせた。
「俺も手伝おう」
その腕にリマが腕を絡める。
「わかったわ」
こうしてここに、リマと蒼渓のタッグが誕生した。
【メイド喫茶で昼食を?】
ツヴァイたちのテーブルに連れてこられ、朱里はツヴァイの隣に、響は向かいのレイルの隣の席にそれぞれ腰を下ろした。
朱里も響も、来店記念にプレゼントされたうさ耳を付けている。
「あ……あの、私でも……チョコ、作れますか?」
メニューを持ってきたらびーに、朱里が俯いたまま尋ねる。
「そうか、俺の為につくってくれるのか」
隣でツヴァイが満面の笑顔を浮かべた。
「そうは言ってないと思うが」
レイルが冷静に突っ込む。
そんな二人の会話は全く耳に入らない態でらびーが朱里に答えた。
「えぇ。勿論です、お嬢様。らびーちゃんが手取り足取り教えてあげますわね」
「はい……」
少しだけ嬉しそうに朱里が頷いた。
響が手を挙げる。
「あ、オーブンなんかもありますか?」
「ご主人様は、マフィンでもお焼きになるのですか?」
「せっかくだから、ガトー・ショコラを」
答えた響にらびーは両手を合わせて感嘆の声をあげた。
「まぁ素敵ですわ、ご主人様。オーブンなら奥にあるから生地が出来たら言ってください。らびーちゃんが焼いてきますわ」
「お願いします」
響が頭を下げる。
「ガトーショコラかぁ……」
ツヴァイがうっとりと頬杖を付いた。
「誰もお前のために作るとは言ってないからな」
レイルが一応突っ込んでおく。
「さ、お嬢様方、中央のバレンタイン・フェア特設コーナーへ参りましょう」
らびーがそちらへと促した。
「は……はい」
朱里と響が立ち上がる。すると、ツヴァイとレイルも立ち上がった。
「……別にあんたは作ってくれなくていいぞ」
ツヴァイが真顔で言った。
「姉貴に頼まれた分だけだ」
1人で中央の特設コーナーへ行く勇気の足りなかったレイルにとってはこれは好機なのである。さっさと作って帰ろう。
店の中央にはバレンタイン用のチョコを作るスペースとチョコフォンデュを楽しむスペースが広く取られていた。
響、朱里、ツヴァイにレイルが順に並ぶ。
「私……」
何から初めていいのかわからなくて、不安そうにしている朱里に響が「大丈夫だよ」と声をかけた。
らびーが材料を準備する。使い慣れない調理道具に朱里が深呼吸していると、ツヴァイが彼女の肩を叩いた。
「ねぇねぇ、朱里。俺にも食べさせてよ。チョコフォンデュ」
「え……でも……」
朱里は困惑げに頬を染め俯いてしまう。それがS属性のツヴァイのハートを射止めてしまったのか、ツヴァイは愉しそうに朱里の耳元に囁いた。
「困った顔も可愛いよね。もっといじめたくなっちゃうぜ」
「こらこら。彼女はこれからチョコを作るんですよ」
響が割って入る。
「その合間でいいからさ」
ツヴァイが言った。それを見かねたか、或いはトップメイドとしてのプライドがそうさせたのか、らびーが負けじと串にバナナを突き刺しチョコを絡めてツヴァイの口元へと運んだ。
「ご主人様、アーン」
「ああ、アーン」
まるで条件反射のようにツヴァイが口を開ける。
「…………」
レイルが半ば呆気に取られる中、ツヴァイはご満悦で言った。
「ん!? このチョコめちゃめちゃ旨い!」
「……いいのか、それで。お前、誰でもいいのか?」
旨ければ、食べさせてくれるのが誰であっても。レイルには理解出来ない事である。
「ご主人様、アーン」
ツヴァイに今度はエドがチョコフォンデュを差し出した。ツヴァイは笑顔で口を開く。
「アー…ん!? ぶーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」
口の中に頬張ったチョコフォンデュをツヴァイは次の瞬間一斉に噴出した。それは隣に立っていたレイルの横顔にクリーンヒットした。
「おい」
頬を伝う茶色い粘液をおしぼりで拭いながら、レイルは地を這うような声と共に横目でツヴァイを睨みつけた。
しかし、やはりと言うべきかツヴァイの耳には届いていないらしい、彼は謝るどころかレイルには見向きもしないでメイドを睨んでいた。
「苦いぞ。何だ、これは!?」
ツヴァイがエドを怒鳴りつける。
らびーがエドの手元に気付いて声をあげた。
「まぁ、エドちゃん。チョコは直接火にかけちゃだめよ!!」
チョコの焦げた匂いが辺りを包み込んでいた。
「…………」
***** **
「だからお前ら、入ってくるなり、いきなりそれはやめろ!」
抗は唾を飛ばさん勢いで捲くし立てた。彼の前には俯いたリマと、不愉快そうな蒼渓が座っている。
この二人も、トキノ同様店に入った瞬間、マシンガンをぶっ放そうとしたのだった。いや、蒼渓に至っては手榴弾を投げ込んだのである。
咄嗟に抗がESPバリアでフォローしなければ、店内は大騒ぎ、或いは大惨事になっていたかもしれない。
「あんな親父さんの姿を見て、つい頭に血が昇るのもわかるが、中には無関係な客もいるんだ。せめて、客がいなくなるまで待て」
「ごめん……つい」
リマは申し訳なさそうに頭を下げた。
「何だよ。抗が客にバリアを張っていれば事は済んだんじゃないのか」
腕を組み、不機嫌そうに蒼渓が言った。抗の隣でトキノが頷いている。お客にバリアを張っていれば、お客は無事で、店だけ壊滅。喜ばしい事この上ない。
「彼女たちがせっかく楽しんでるのを邪魔する権利はない」
抗が呆れたように言った。
「ちっ……」
蒼渓は舌打ちする。とはいえ、認めたくはないが抗の言い分も一理あるかもしれないのだ。こんな店で楽しめるなど、蒼渓にはとうてい想像も付かないことであったが、そういう客もいるかもしれない。本当にいたとしたら、それはきっと騙されているのだろう。ならば、早く目を覚まさせてやるべきだ。
「ったく……」
抗は溜息を吐き出した。
その隣でトキノが厳かにのたまう。
「だが、このままこのタクトニムの巣窟を野放しにしておく事は出来ない」
「そうだな」
蒼渓が賛同した。
「……お前らな」
そこへメイドがやって来た。
「トーキーノん」
白い髪のうさ耳メイド―――キウィである。
「…………」
「一緒にチョコ作ろう」
キウィが笑顔で言った。もしこの場にらびーがいたら、メイドとしての自覚が足りないと怒ったかもしれないが、幸い彼、いや、アレはいない。
「冗談はやめて下さい」
トキノは静かな口調で答えて、ティーカップを取った。
「これ、なーんだ?」
そう言ってキウィはポケットから一枚の紙切れを取り出すとトキノの前で振ってみせる。
「……なんです?」
トキノが気のない顔で、紙を避けながら紅茶を啜った。
「厨房や、オフィスルームの見取り図。欲しくない?」
キウィの言にピクリと反応してトキノはティーカップから顔をあげた。実はキウィはトキノのお願いで、このメイド喫茶に潜入していた工作員だったのである。
「くっ……」
「それがあれば、計画的に爆弾が設置できるな」
蒼渓が身を乗り出した。トキノをじっと見つめている。チョコ作りくらい一緒にやってやれよ、と無言の圧力をかけていた。
「…………」
トキノは蒼渓の視線に頬を引き攣らせながら、明後日の方を向く。
「完全にデリートしなければならないんだ」
蒼渓が力強くトキノを促した。
「…………」
トキノは半ば救いを求めるように抗を振り返る。
「じゃ、俺たちで店内の見取り図作っておくから、トキノんはいってらっしゃい」
抗が笑顔で手を振っていた。
「…………」
***** **
そんなこんなで響、朱里、ツヴァイ、レイルにトキノとキウィが加わってチョコ作りが再開された。
朱里が作っているのは、いつもお世話になっているみんなに配れるように、と一口サイズのトリュフである(たぶん)。クーベルチュールチョコレートを湯煎で溶かし、生クリームを加える。らびーが用意した上質のチョコレートは誰が作っても美味しく出来上がるに違いない(たぶん)。朱里は香付けにとバニラエッセンスを加えた。みんな自分のチョコ作りに夢中だったり、忙しかったりで、彼女を止める者はなかったから、都合、瓶5本分。やたら甘い香が辺りを包み込み、甘いもの好きなツヴァイを幸せな気分にさせていたが、味の方はどうなっているのか甚だ不安が残る。うまく丸められないのか、どれも異形のオブジェと化していた。
その隣で、響は小麦粉を振るいにかけていた。メレンゲの泡をつぶさないようにさっくりと混ぜ合わせて、砂糖を控え目にビター&ダークな仕上がりを意識している。勿論これは、超がつく甘党ツヴァイ対策、ではなく、甘いものが苦手なこのケーキの行き先を慮っての事である。響は無類の機械オンチだがハンドミキサーはちゃんと扱える料理の達人であった。彼は手際よく作った生地を型の中へと流し込んでいったのだった。
ツヴァイはチョコ作りには興味がないのか、らびーにチョコフォンデュを食べさせて貰っているだけだ。
その隣でレイルがシンプルに、溶かしたチョコをハートの型に流し込んでいた。あまり料理はしないからか、元から何事にも頓着しない性質だったからか、歪んでも気にならない顔で、淡々と仕上げていた。
向かい側では、キウィがパイナップルとあだ名される手榴弾をチョコレートでコーティングしていた。彼の勤める研究所の子供たち向けには、ちゃんとしたチョコを別に用意している。つまりこのパイナップルチョコは、らびーに捧ぐためのものだった。固まったチョコに、うさぎの顔など描いている。
トキノも研究所の子供たち向けにチョコ作りに挑戦していた。子供が喜ぶだろうと砂糖を少し多めに加えてやる。しかし彼が砂糖だと信じているものは実は塩だった。だが、それに気付くような料理上手は彼の周りにはいない。
トキノが塩の入ったチョコを湯煎にかけていると、エドがチョコフォンデュを持ってきた。
「ご主人様、アーン」
「いや、私はオールサイバーなので」
トキノが手を振って断る。
「ご主人様、アーン」
エドはトキノが何であるかなど、問題ないようであった。ずいっと彼の口元へチョコフォンデュを突き出すだけだ。
キウィが楽しそうに店の奥の見取り図の紙をヒラヒラさせながら言った。
「ご主人様、アーン」
「くっ……」
相手がらびーでなかっただけマシだろう(たぶん)。
トキノは嫌そうにそっと口を開いた。何とも言えない複雑そうな顔のトキノにキウィはポケットからカメラを取り出す。
トキノの口の中へスベールバナナ君皮付きにチョコをあしらったそれが押し込まれた。
『トキノがうさ耳メイドおやじにチョコフォンデュを食べさせてもらう図』をばっちりファインダーの中におさめて、キウィは満足そうにほくそ笑む。これで、暫くはこれをネタにトキノに仕事を片付けてもらえるというものだ。ソレでなくても、たまった仕事を残して、彼の爆破計画に付き合ってあげているキウィなのである。これくらいの楽しみがなくてはやってられない。
トキノの口の中に押し込まれた皮付きスベールバナナ君はトキノ口の中でもその滑りの良さをフルに発揮し、咀嚼する暇も与えずツルンと奥へ滑ってトキノの気道を塞いだ。
「うぐぐぐぐぐっ……」
トキノはバナナを詰まらせ胸元をバンバン叩きながら身悶える。
「まぁ、大丈夫、トキノちゃん!」
気付いたらびーが慌てたようにトキノに駆けつけた。らびーに介抱されるトキノ。彼はこの店へ入った事を日本海溝よりも深く後悔した瞬間であった。
一方、その頃、抗と蒼渓とリマは店の中を探索しつつ、店の見取り図を作っていた。この店は、これまでにも随分と嫌がらせを受けてきたらしい。一見、ただの木で作られたように見える木目調の椅子やテーブルをはじめとした調度品は、しかしそれにしてはやたらと重かった。全てに鉄筋や鉄板が埋め込まれているからである。
「これじゃぁ、爆弾の威力も半減しちまうな」
蒼渓が呆れたように息を吐いた。
「多めに設置しないとね」
リマが頷く。
「やられるたびに、進化してきたんだろ」
それは正にその通りであった。心無い人々に手榴弾を投げ込まれたり、嫌がらせを受けたりするたび強化され、気付いたらこんな頑丈な外壁に、超強化アクリルガラスを使用するまでに至ってしまったのだ。マシンガン程度じゃ傷一つ付かない。シンクタンクを特攻させても大丈夫! とうたわれるほどの外壁なのである。ちなみに、ヘルズゲート並みの厚さを誇る入口だが、こちらは単に可愛いメイドを期待して入ってしまったお客さまも即逃さない仕様、なだけらしい。
「やっぱり一筋縄じゃいかないわね」
と、そこへふらふらとトキノが戻ってきた。チョコを作り終え、キウィから見取り図をゲットしてきたらしい。
爆弾の設置場所を検討するべく5人は見取り図を囲んだ。一応、抗の強い押しもあって、喫茶店の周りへの被害を抑える方向で検討されていたが、あまりに装甲が分厚い店内に、爆弾の量が想像つかない。
更に、トキノや蒼渓に至っては、その場を立ち去りたい衝動をどうする事も出来ず、平静を装うのが精一杯であった。
―――もう、どうでもいい。正義に犠牲は付き物だ。
そんな顔で、トキノは見取り図に○を書いていった。
「これでいいだろ」
投げ遣りにトキノが言った。
「……そんな適当な」
抗が異を唱えようとしたが、蒼渓がさっさと終わらせん勢いで立ち上がった。
「わかった。俺はここに設置してくる」
それにキウィが、あくまで恩着せがましく続けた。
「じゃ、私は男子更衣室とオフィスルームに仕掛けてきてあげます」
「女子トイレと女子更衣室は任せて」
リマも立ち上がる。
「店内は抗とトキノで頼む」
蒼渓が言った。トキノも爆弾を取り上げる。
抗はやれやれと息を吐いた。だが、だからといって彼らの決意を止められる自信は彼にはない。とはいえほっておくわけにもいかない。彼に今出来る事があるとすれば、それは無茶しないように監視するくらいであったのだ。
そうして5人は順に散った。
キウィが設置を終える。蒼渓が終え、リマが終える。そして抗とトキノ。
そんな時だった。
うさ耳メイドたちによる歌謡ショーが始まったのは。
それは、皆のチョコ作りが一段落し、固まるのを待ったり、焼きあがるのを待ったりしている間、楽しんでもらおうと店側が企画した余興であった。
特設ステージにらびーとエドが並ぶ。デュエットらしい。ピンクのフリフリメイド服を更にバージョンアップさせて二人が音楽に合わせて軽快に踊りだした。
それを見ていたツヴァイが、どこで入手してきたのかメイド服を取り出してしきりに朱里に奨めている。
「ね。ね。ちょっとでいいから着てみない? 絶対似合うって」
それを響が止めに入るが全くめげないツヴァイは響にもメイド服を奨めはじめた。それに突っ込むレイルなんていうのもお決まりで、程なくして前奏が終わり野太い声を裏返らせながら、可愛らしくうさ耳おやじメイドたちが歌いだした。
刹那、トキノの中の何かが突然臨界点を越えた。
目を閉じれば、それは簡単に自分の視界から抹消できるのだが、マイクを使った大音量は、耳を塞いだぐらいじゃ、可聴領域からは消え去らなかったのである。
条件反射。
そう、それはまさに条件反射だった。
握っていたものを、握りつぶす。そんな勢いで。
―――ポチっとな。
「あ!? トキノん!?」
一緒に店内に爆弾を設置していた抗が最初にそれに気が付いた。
「あ……」
トキノがゆっくり手を開く。ちょっと力みすぎた。
「時限爆弾のスイッチ、まさか入ったの!?」
抗の声に蒼渓が席を立った。
「おい!?」
他の面々も一斉にトキノを振り返っている。
トキノはゆっくり首を縦に振った。
「え? 時限爆弾って?」
耳を疑いながら響がトキノに確認するように声をかけた。
「3分後に爆発します」
随分と落ち着いた声でトキノが言った。
きっかり10秒、辺りは水を打ったように静まり返り、次の瞬間、騒然となった。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
「逃げるぞ!!」
ツヴァイが言った。しかし、彼が声をかけたその先に、既に相手はいない。
朱里はまっすぐトキノに向かって歩いていた。
「止めてください!!」
「ムリです」
トキノはきっぱり言い切った。
「なら、私が解体します」
「どうやって」
尋ねたのはツヴァイだった。
「構造を教えてください」
朱里はトキノをまっすぐ見返していた。普段は俯いてばかりの彼女が珍しく顔をあげている。
彼女はサイバーメンテのエキスパートであり、機械弄りは得意中の得意だったのだ。工具も携帯している。
しかしトキノの返事は意識しているのか、結果としてそうなっただけなのか、冷たいものでしかなかった。
「いくつあると思っているんですか」
この無駄に頑丈な内装もろともを粉砕するために設置したのだ。その数は半端ではない。その上、トリモチでしっかり固定してあるので、全てを一箇所に集めてくるのも無理だろう。
「でも……チョコレート作りまで手伝ってくれる素敵なお店を爆破するなんて勿体無いです。お願いします」
「…………」
頭を下げる朱里にトキノは言葉を失ってしまった。トキノにはタクトニムの巣窟にしか見えなかった店である。それを素敵なお店だと彼女は言うのだ。
そこへツヴァイが割って入った。
「こういう場合はさ、あれじゃないの? 赤と青のリード線があって、どっちか切ったら止められるという……」
それにトキノは何故か勝ち誇ったような笑みを零した。
「絶対解除できないように、全部白いリード線で作ってあるんです」
「あんたバカ!?」
ツヴァイが怒声をあげた。
「…………」
朱里も言葉を失う。
これで爆弾処理はどうやら不可能と判明したらしい。
「とにかく外へ逃げよう。この建物の外壁なら、外に出ればなんとかなるだろ」
抗が先導するのにリマが続いた。
「そ…そうね」
蒼渓が入口を開けるためのレバーを開く。この店の入口は外からは自動で開くが中からは手動でしか開かないのだ。だが、レバーを倒しても扉はぴくりとも動かなかった。
「おい、扉が開かないぞ」
「爆弾に気付いた奴らが外に逃げられないように、細工をしておいたのです」
キウィが笑顔で答えた。
「は!? って、いつの間にぃぃぃーーー!?」
「スイッチを押したと同時に扉は自動でロックされる仕組みだ」
キウィに、そんな細工をさせたトキノが自慢げに言った。
「あんたどうやって逃げる気?」
ツヴァイが金きり声をあげる。
「私は外に出てからスイッチを押すつもりだったのだ」
それは勿論そうだろうとも。
「後、1分です」
キウィがなんとものんびりと言った。
「どうすんだ!?」
ツヴァイは他の面々を振り返る。
「とにかくチョコだ。チョコケーキ、救出しなくちゃ」
響が焼きあがったガトーショコラを取りに走りだす。
「おいおい、そっちが優先かよ?」
呆れながら抗がその後を追って調理場へ向かった。
ツヴァイのすぐ傍では抑揚のない陰気くさい呟きが始まる。
「かんじーざいぼーさつぎょうじんはんにゃーはーらーみーたー……」
蒼渓である。取り乱しているのか、気を鎮めているだけなのか、はなはだ疑問だ。
「……なんかも、あっちの世界に行っちゃってる人いるし。片足突っ込んじゃってるし」
ツヴァイは眩暈をもよおしながら救いを求めるようにレイルの元へ歩いた。
レイルはこの騒ぎの中、心頭滅却しているのか、メイドの歌謡ショーが始まった時から心頭滅却していたのか、黙々とチョコをラッピングしていた。
「こんな感じかなぁ……リボン、どう思う?」
などとツヴァイにリボンを見せる。
「あれ? もしかして気付いてない? この状況気付いてないの? 爆発だよ?」
「え? このリボン爆発してる? うーん。リボン結びって難しいな」
ツヴァイはそんなレイルの肩をがしっと掴むと力いっぱい揺すった。
「おぉーい! こっち帰って来るんだ! 現実から逃げてないで、帰ってこーい!!」
店内は混乱の一途だった。パニックを起こしかけているお客様たちにらびーは敢然と立ち上がる。
「ご主人様は、絶対に守るから安心して――……がふっ」
お客さまを守る為、お客さま方を自分の胸の中に庇おうとしたらびーは、そのお客さま―――トキノの手によって葬り去られた。
「はぁ…はぁ…」
うさ耳おやじメイドに抱きつかれそうになった恐怖と悪夢に、トキノは大きく肩で息を吐く。
「あれ? そういえばエドは?」
調理場から響と共に戻ってきた抗が、ふと気付いたように周囲を見回した。
「トンズラか。我が父親ながら……」
リマが息を吐く。
取り乱している者たちとは裏腹に、彼らは随分落ち着いていた。場数を踏んでいるせいだろうか。
抗がとりあえず女の子たちを優先して自分の傍に置くと、その場にいる人間を順に確認して、最後にデジタル表示された爆弾のカウントダウンを見やった。
「後、10秒か……」
「もう、飽きたし寝ます」
朝、早起きして眠かったキウィがそろそろ限界とばかりにソファーの上に横になる。
「寝るーーー!? この状況で寝るーーー!?」
ツヴァイが絶叫した。
―――8……7……
「ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてーはーらーそーわーかー」
蒼渓の念仏が続く。
「おーい、帰ってこーい」
―――6……5……
「大丈夫。このガトーショコラは絶対私が死守するから」
ガトーショコラの入った箱を響が抱きしめる。
「死守って、何!? 死んでどうするんだ!?」
―――4……3……
「あーっはっはっはっはっはっ」
「錯乱してるよ。この人絶対錯乱してる!!」
―――2……1……
「うわぁぁぁぁぁぁぁ〜!!!」
―――カチッ……
―――ちゅどーーーーーーーーーーーーん。
その日、なんとも華々しい爆発音がマルクトの街中に轟き渡ったのだった。
こうしてメイド喫茶は崩壊した。
「……………………………………………………」
大爆発で建物は木っ端微塵と化したその場所に、10人がぽつんと佇んでいた。建物の惨状に比べたら、よく助かったもんだというところである。建物に比べたら原形を殆ど留めていたし、局地的に被害を受けた者もいるにはいたが、殆どが埃まみれで済んでいたのだ。
道行く人々がジロジロと彼らを振り返る。
サイレン音と共にマルクトポリスが駆けつけたのは、それから間もなくの事であった。
「まぁね。大体、オチはよめてたけどね」
爆発の直前、抗がESPバリアを張った。
それで10人は助かるはずだった。
だが、抗は知らなかったのだ。
らびーのウィッグの下にも、キウィが爆弾を設置していた事を。
小型だったので、火薬の量が少ない事が幸いした。飛び散ったピンクのウィッグがひらひらと舞い落ちる。
「……………………………………………けほっ」
この日、らびーに10円ハゲが出来たという。
【大団円】
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0289】トキノ・アイビス
【0266】清音・響
【0295】らびー・スケール
【0347】キウィ・シラト
【0644】姫・抗
【0654】饒・蒼渓
【0659】常磐・朱里
【0683】レイル・ノーツ
【0778】ツヴァイレライ・ピースミリオン
【NPC0103】エドワート・サカ
【NPC0124】マリアート・サカ
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ありがとうございました、斎藤晃です。
楽しんでいただけていれば幸いです。
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