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白き鼓動
○序
一年のうちで、一度だけ開かれる扉がある。
その扉を開き、くぐると強い思いを抱く相手が目の前にいる。相手が何処にいようとも関係ない。扉を開くとすぐに相手は存在している。
相手を目の前にし、口から出るのは心に抱く言葉だけだ。嘘も虚偽も許されない。つむがれるのを許されるのは、真に思う言葉だけ。
扉は、本人が望むも望まないも関係なく現れる。
心に強い思いを抱いた人のすぐ目の前に、雪の如く真っ白な扉が現れるのだ。
その扉が現れるのは、白き思いを伝える日……ホワイトディだけである。
○扉
真砂・朱鷺乃（まさご ときの）は、突如目の前に現れた白い扉をじっと見つめた。
「何かな、これ。こんな扉、珍しい」
ちょんちょん、と指先で触ってみる。ぱっと見た感じ木でできており、上から白のペンキで塗っているようだった。
この一度破壊された世界において、今目の前にあるような木にしろペンキで塗ったような扉は至極珍しい。元々は機械ばかりが先行していた世界だったのだ。それが壊れたのだから、当然の如く鉄や鋼といった無機質的なものがスクラップとしても数多く残っている。つまり、木というような自然のものを使ったものが極端に少なかったのである。
それなのに、扉の材質は木。
「売ればいくらになるんだろ？」
朱鷺乃は呟き、じっと扉を見つめた。そして、つつつ、と目線を上にやっていくと、金属のプレートにたどり着いた。
「何か書いてある。ええと……『この扉の向こうには、あなたが強く思う相手が居ます。その相手に、あなたは真実しか喋れません』？」
朱鷺乃は慌てて扉から手をどける。扉の向こうに、思っている相手が居るとは。
（気になっているって……まさか）
思い浮かぶのは、ただ一人。頭の中に一人の人物が浮かんできて、ほんのりと朱鷺乃の頬を赤く染めた。朱鷺乃はそれを「こほん」という咳払いで、気持ちを落ち着かせる。
「ここを開けたら、彼が居る……」
プレートに書かれている事が本当ならば。朱鷺乃は「まさかね」と言いながら扉を開こうとしたが、暫く考えた後にやめる。
真偽を確かめようとして開けて、もし本当に気になっている彼がいたならば、一体何をどういえばいいのだろうか。しかも、真実しか口から出ないと言っているのだから、自分が彼に対して何を言い出すかわかったもんじゃない。
「扉がいきなり現れたくらいだし。本当に扉の向こうに、いてもおかしくないかも」
ならば、と朱鷺乃は扉を見つめる。扉の向こうにいるかもしれない、彼の事を思いながら。
○心
白い扉は、開いていない。閉じたまま、じっと見つめる朱鷺乃の目の前にぽつんと立っている。
「最初は、同じ系統の顔立ちだからだったのかな、って思ったんだ」
自分と同じ系統の顔立ちである彼だからこそ、気になっているのだと思っていた。気になるのは、自分と同じ系統の顔立ちだからであり、それ以上のものは何も無いのだと。
（でも、そうじゃなくて）
逢えば逢うほど、どんどん気になりだした。同じ系統の顔立ちだからではなく、逢う度に思いばかりが増していく。
（何故か、逢いたくて）
逢えない時間が、腹立たしくなるほど長く感じられた。
（逢って別れた後も、また逢いたくなって）
ついちょっと前の時間に別れても、すぐに逢いたくなった。逢っている時間を短く感じ、逢えない時間は長く感じた。
その二つの時間が、同じ長さの時間であったとしても。
（だから、傍に居たくなった）
気付けば、ずっと傍に居たいと思うようになっていた。傍に居れば、それだけで良かった。そうすれば逢えない時間は極端に無くなる。逢って、傍に居て。そんな時間がひどく愛しく、大切に思えた。
「本当に、居てもいいのかって悩むんだよね」
朱鷺乃はそう言い、苦笑する。彼は口数が多いほうではない為、居てもいいのかどうかが判断しにくいのだ。
傍に居るなとも、傍に居ろとも言われていない。
傍に居るのが迷惑だなんていわないし、かといって傍に居ないで欲しいとも言われない。
（本当に、難しい）
朱鷺乃は、傍に居たいと思っている。だが、彼はそれに対して何も言わない。それが、朱鷺乃の判断を鈍らせるのだ。
傍に居ても、追い出されることもないから。
「いいの、かな？」
朱鷺乃は、彼を思いながらぽつりと呟く。
「このまま、傍に居てもいいのかな？」
追い出さないのなら、きっと傍に居てもいい筈。
「このまま、好きでいていいのかな？」
言葉を続け、ふと出た「好き」という言葉に朱鷺乃はぎゅっと唇をかみ締める。
（迷惑じゃないかなあ）
迷惑に思われることが、怖い。もしそんな風に思っているのならば、口数の少なさがそれを言わないだけなのならば、と。
（伝えれば、いいんだよね）
真実を知るためには、本人に尋ねるのが一番である。
――傍に居ていいのか、このまま好きでいていいのか……と。
「でも、伝えられない」
本人に、伝えたいのに伝えられてはいない。いや、正確に言えば言葉だけは伝えていないのだ。贈り物をするという行為だけで、伝えてしまっているのだ。
「本当は、言葉で伝えないといけないのに」
本人を目の前にして、自分の気持ちを伝えなければいけないというのに。
「言わないといけないのに」
自分の口で、彼に向かって。
だが、まだ言えていない。贈り物だけでしか伝えていない。
「でも」
ふと、思い返す。朱鷺乃が傍に居る時、彼がどんな表情をしていたかを。それは、確か迷惑そうな顔はしていなかったように思う。
相変わらず、口数は少なかったけれども。
「本当に迷惑じゃなかったら」
どくん。
胸が跳ねる。ばくばくと、本人が目の前に居ないというのにも関わらず、鼓動が高鳴っている。
彼が扉の向こうに居るかもしれないと、思うからだろうか。
「いつか、伝えさせて欲しいな」
そっと口元に笑みが浮かぶ。扉の力が、正直な気持ちを引き出しているのかもしれないと思わせるくらい、すっと自然に言葉が口からつむがれていくから。
「いつか、ちゃんと言葉にしてみせるから」
今はまだ、口から出なくても。
贈り物でしか、伝えることができなくても。
朱鷺乃の気持ちが、傍に居たいという願いが、迷惑じゃないと言ってくれるのなら。
「この気持ちを、伝えたい」
――『好き』だっていう、気持ちを。
朱鷺乃は扉をじっと見つめる。
（だから、今はまだいい）
扉の力を借りて、本音を伝える必要は無い。きっと言葉として伝えられる瞬間が、必ずやってくるはずだ。
まだ、今はその時じゃないというだけで。
「私は、きっと伝えるから」
この思いを、願いを……気持ちを。
朱鷺乃が微笑みながら扉を見つめていると、扉は柔らかな光に包まれ始めた。何が起こったのかと見つめていると、下の方から徐々に消え始めていた。
（私には必要ないって、思ったのかな）
じわじわと扉は消えていく。朱鷺乃は扉に向かって「頑張るから」と言い、小さく手を振った。
そうして、扉は完全に消えうせた。朱鷺乃の胸に、確かな鼓動だけを残して。
朱鷺乃はぎゅっと手を握り締め、小さく「うん」と頷いた。胸の奥に秘めた決意を、今一度確かめるかのように。
＜鼓動が緩やかに響き・了＞
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 0776 ／ 真砂・朱鷺乃 ／ 女 ／ 18 ／ エスパーハーフサイバー 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。このたびはホワイトディノベル「白き鼓動」にご参加いただきまして、有難うございます。いかがでしたでしょうか。ホワイトディといいつつ、本当にホワイトディなのか？ と聞きたくなるようなオープニングにもかかわらず、参加していただけて嬉しいです。
真砂・朱鷺乃様、初めてのご発注有難うございます。愛情表現が犬というイメージが、とても可愛くてたまりません。気になる方を目の前にすると、ものすごく可愛いんだろうな、とどきどきしました。
少しでも気に入ってくださると嬉しいです。発注、有難うございました。ホワイトディに間に合わず、すいませんでした。
ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。
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