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<PCゲームノベル・櫻ノ夢2007>


廃棄プラント#0283の幻影

 狭いカーゴの中で、白神空は僅かに身じろいだ。
 息苦しさに顔を顰めてみたが、それで状況が変わる事は無く。
 ――上手く行くと思ったんだけどねぇ。
 セフィロト第二階層へと続くエレベーターを見つけたのは良かったが、高速エレベーターの前にはガーディアンが陣取っていた。
 一人でその場を突破するのは難しいだろう。
 一旦はマルクトに戻ってパーティを組み、再度ガーディアンに挑むのが得策だと言うのは空にもわかる。
 いつもみすみす勝ち目の無い戦いを挑んでいては、命が両手の指分あっても足りない。
 ――けど、気になるじゃないか。
 長らく情報の無かった第二階層へのエレベーターが目の前にる。
 空はシンクタンクの目を盗み、運ばれて行く物資の隙間に身を潜ませた。
 好奇心が猫を殺すの例え通り、空は自身の興味を止められなかったのだ。
 それが数十分前の事。
 ――パスカードがあれば良かったんだけどね……ま、そのうち手に入るさ。
 ガーディアンは空にイェソドのパスカード提示を求めてきた。
 しかしパスカードを持たない空は、警告が攻撃に変わる前にガーディアンから退散したのだった。
 ガタン、とカーゴに揺れが走り、空はエレベーターが動き始めたのを感じる。
 空は外の様子を伺いながら、十分に時間を置いてカーゴから身体を出した。
「へぇ、意外と寂れてないもんだね」
 プラント内は人工灯が柔らかな光で空間を満たし、温度・湿度もほぼ快適に保たれていた。
 ともすれば閉鎖空間であるセフィロト内部だという事も、忘れてしまいそうになる程。
 流れる水も清浄で、この場が開放されればセフィロトの食糧事情も随分明るくなるだろう。
 湾曲した外縁の構造を見る限り、そのプラント群はイェソド外縁部に位置しており、内部の設定気候ごとにブロックが分かれていた。
 ブラジルでは珍しい植物も試験的になのか栽培されている。
 種苗研究ラボが併設されてる所を見ると、実際に栽培へ移る前の段階の植物が多く集められているようだ。
 探索を続けるうち、ふと空はあるプラントが気になった。
 半ば開いた強化ガラスのドアの向こうに、見慣れない木に花の咲くプラント。
 通路にも小さな花びらが転々と舞っている。
 埃を払ったプラントのプレートに刻印されたナンバーは『#0283』。
 プラント内の様子を伺うと、かろうじて電力や水などの供給は行われているようだ。
 誰もいないプラントの中、淡い霞にも似たピンク色の花が木々を染めている。
 熱帯のブラジル、ジャングルのむせ返るような生命感を溢れさせた植物とは違う佇まい。
 咲いては儚く散り、再び春を待つ花。
 遠く東洋の人々が愛した花。
 「この花、桜に似てるけど……っ!?」
 空は手のひらにすくった花びらを床に蒔いた。
 強制的に意識が囚われる感覚に翻弄されながら、空は幻影の只中に放り込まれて行った。


 パシャン、と水が跳ねる音がした。
 水がどこからか滴る音は止まず、耳障りに空の心をささくれさせた。
 ――もう、静かにしてよね……。
 まだ閉じたままの瞳をこすった指から、鉄錆びた匂いが立ち上る。
 ぬるついた指を不快に感じて細く開けた目に飛び込んできた色は、赤。
「……ここ、研究室?」
 空の遠い過去において、最も関係の深かった場所だ。
 最初に自分という存在を空自身が認めた場所は、本来の白い空間を赤く染め上げていた。
 床や壁、機材、床に倒れる研究員まで――白かった物全てが血で彩られている。
 その中心に一人、空は立っているのだった。
 計測機器の類は全て止まり、研究者たちも事切れている。
 水音は天井まで跳ね上げられた死体から滴る血液の音だった。
 大型の獣が食いちぎった跡を研究者の喉に認め、無意識に空は自分の口元に手をやる。
 曖昧な記憶の中で、柔らかな肉に食い込む牙の高揚感が立ち上り……。
 記憶の輪郭がはっきりと形を成す前に、空の意識は違う物を見ていた。
 赤と白の斑に染められた研究室は消え、身体にしなだれかかる少年と少女たちが艶然と微笑んで空を誘う。
 一人の少年の顎を持ち上げ、初々しい唇に指を這わせて空は微笑んだ。
 健康で滑らかな肌を持つ、黒髪の艶やかな少年だった。
 ――抱き心地良さそうな子。
 腕の中、少年の身体が空の吐息に羞恥と恍惚で身を震わせる。
 進み出た一人の少女が捧げ持つ果実酒を少年に浴びせ、空は甘い果実の香りごとその肌を味わった。
「大昔の思い出の次は酒池肉林。
心温まる歓迎だねぇ」
 空は幻影をそれと認識しながらも受け入れていた。
 ――折角、“夢見ている”んだから、楽しまないと、損、だよね。
    例え、泡沫(うたかた)のものだとしても。
 現実と夢と、その違いがどこにあるのか。
 ――たいした違いはないしね。
 抱きしめた少年が荒い息をついて瞳を閉じてしまうと、空は誰もいない空間に向かって言った。
「……なかなか良い趣味してるじゃない。
ノゾキなんて、ね」
 その瞬間少年少女の姿は掻き消え、桜に似た木々の茂るプラントへと世界が反転した。
 幻影の中で、空は誰かに見られている気がしていた。
 じっと冷静に、些細な出来事も漏らさず観察する研究者の眼差し。
 ――いつから気がついていましたか?
 声ではなく、ただ意思の形が空に流れ込む。
「まあ、ここに入った時からかな。
微かだったけど、意思みたいなものも感じたし。
サクラさん?」
 ――私はオモイカワ。 
    汎広域意識共有実験体です。
 空は聞きなれない単語に眉を寄せる。
「反抗行き?」
 言葉が空の脳裏に反響した。
 ――お互いに過去の記憶や意識を共有する事で、より相手を理解しようとした実験が過去にありました。
    エスパーが爆発的に増加した頃に実験は始まり、私が生み出されてから実験は加速度的に飛躍しました。
「で、扱いきれなくなって捨てられちゃった、と」
 ――そう判断するのが正しいようですね。
    『審判の日』以来、ここにたどり着いた人間は少なすぎて、情報も不足していますが。
「何でこんな良いもの捨てるかね〜」
 毎日酒池肉林なら大歓迎なのに、と空は呟いた。
 ――私は人の記憶や意識に制限をかけられませんから。
 たとえどんなに辛い記憶でも、取り込んだ物を全てその場で共有させてしまう。
 また、あまりに邪悪な意識は自我の固まっていない者を取り込んで、染めてしまう。
「ふぅん」
 人工的に調整された春の日差しごしにオモイカワを見上げ、空はからりと笑った。  
「ま、いいんじゃない〜?
たまーに夢見させてくれるだけなんでしょ、問題ないじゃない」
 ――夢から醒めたって“現実”という夢を見続ける ことになるんだから。
「どっちが夢でも現実でも、たいして変わらないんだしね」
 ひらりと手を振りながら、空はプラントの出口へと歩みを進めた。
「オモイカワがうちに鉢植えで一本あったら楽しいかもだけど、あたし水やりって苦手なんだよねぇ。
気が向いたらまた来るわ、誰かと一緒にね」
 ――宜しくお願いします。
    研究サンプルは多い程、実験の精度が増しますので。
 一度だけ振り返った空の視線の先、オモイカワの周りではいつか見た光景、まだ見ぬ光景が入り混じって瞬いていた。
 

(終)


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 0233 / 白神・空 / 女性 / 24歳 / エスパー 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、追軌真弓です。
セフィロト第二階層さわり部分、という感じのシナリオでしたが、楽しんで頂けましたでしょうか。
パーティノベルの場所に設定できればもっとセフィロトも楽しめるのでは、と思います。
今回モチーフにした『オモイカワ』という桜は実際にあります。
目の前に置いて参考にしたのは彼岸桜ですが。
もちろんこちらではまだまだ咲いてませんので、花屋さんで買いました……桜どころかまだ雪が積もってますよ。
やや一部の表現で暴走しかけましたが、心を抑えました(笑)
実はえろ魔人なのです。
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今回はご参加ありがとうございました。
また機会がありましたら、宜しくお願いします!


【弓曳‐ゆみひき‐】
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