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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


【第二階層】ZERO 〜Limit end〜



 【Opening】

「はぁ…はぁ…はぁ……」
 荒い息を吐きながら1人の男が駆けてきた。背中は焼け爛れ、肩の肉はこそげ落ち、脇腹から剥き出しの骨が見えている。そこまで走ってきたのが奇跡とも思えるほどの姿で、それでも男は命からがら駆けてきたのだった。
 高層立体都市『イエツィラー』の第1階層、ビジターキラーが徘徊しタクトニムの活動拠点でもある中央警察署は、知られている中でも5本の指に入る危険地帯だったが、今では随分とビジターの侵入を許している。そのマルクト一堅牢な建物のすぐ近くで、男はセフィロトを探索していたチームの1人に救出された。
 男は見たのだという。
 第1階層から第2階層へと昇る事の出来る高速エレベーター。その4基ある内の左から2番目の1基だけが、まだ稼動している事を。
 しかし彼は、いや、彼のチームは第二階層へ上がる事が出来なかった。
 メインゲートを守護する大型シンクタンクの圧倒的な破壊力の前に、彼のチームはほぼ全滅に追い込まれたからである。男はその唯一の生き残りだったのだ。
 だが、それで第2階層への侵出を諦めるやわなビジターなどいなかった。
 ビジター達は第2階層へと進む為、こぞってそのメインゲートへ向かったのである。


『ココヨリ先は、第2階層イェソド。専用パスカードのナイ者ハ通行デキマセン』


 そこに立ちはだかるのはガーディアン―――ゲートキーパー。彼の抑揚のない冷めた合成音だけが、そのホール内に響き渡っていた。





 【1】

「一番乗りだ」
 と、珍しくゼクス・エーレンベルクは勢い込んだ。いつもの無表情は全く変わらないが、そのセリフの端々に無駄なやる気が漲っている。
「なんだ?」
 姫抗が気のない顔でゼクスを見やった。ゼクスがやる気の時はろくな事がない。そんな顔付きだったが、ゼクスは全く意に介した風もなく言い放った。
「未だ誰も足を踏み入れた事のない第2階層は、当然お宝の宝庫。何としても一番に乗り込まなくてはならんのだ。行くぞ」
「ま、そういう事ならね」
 ゼクスを動かすものが概ね食料関係なら、抗を動かすものはありとあらゆるものに対する負けず嫌いであったろう。



   ★



 ビジターの街、都市マルクトの一角にある掃き溜めの町。ジャンクケーブのその奥に続く道を歩いていると、その狭い道を向こうから1台のバイクが走ってきた。それが見知った顔、というよりは、これから会いに行こうとしていた人物で、白神空は手を振った。
「リマ!」
 バイクが彼女の前で停車する。リマことマリアート・サカは、この先のルアト研究所に住む少女だ。彼女は何故か今、頭にうさ耳を付けていた。
「もしかして、出かけるとこ?」
 その姿で。
 尋ねた空に、美少年然とした少女は何か思いついたように言った。
「あ、うん。空も行く?」
「どこ?」
「エレベータホール」
 どの、とは言わない。けれど今このタイミングでエレベータホールと言ったら、1つしかないだろう。第2階層へ繋がる高速エレベータへの道が開かれたのだ。
「行くでしょ」
「じゃ、これ」
 リマがヘルメットではなく、うさ耳バンドを取り出して空に差し出した。
「これ……は?」
「通信機」
「……あ、そう……」
 半ば呆気にとられて空はそれを受け取った。百歩譲って通信機はいい。しかし、毎回思う事だが、うさ耳である必要性がよくわからない。以前、空がバイトで貰って、リマにプレゼントしたものとは少し違っているようだが。
 まぁ、リマとペアルックもいいか。などと自分に言い聞かせて空はそれを装着した。
「乗って」
 リマがタンデムシートへ促す。だが、それには空は首を振った。
「あたしが運転するよ。リマが後ろに乗って」
「え?」
「ほら」
 リマを急かすようにして、空が前に乗り込む。
「しっかり掴まってね」
 そしてその大きな胸を背中にしっかりとくっつけてくれればいい、なんて言葉は飲み込んで。リマが自分の腰に腕を回して掴まったのを確認して、空はバイクを走らせた。
「もしかしてうちに来る途中だった?」
 リマが尋ねた。
「まぁね。単独行動じゃ、絶対無理そうだし」
 とは、高速エレベータ突破の話しだ。エレベータの前に立ちはだかるゲートキーパーは、情報を集めれば集めるほど、とても1人では倒せないと判断せざるおえなかった。
「どうせ、集団行動しかないなら、心のオアシスは必要でしょ」
 舗装されてるとはいえ、あちこちくぼんだでこぼこ道に、背中にあたる柔らかい胸が揺れている。心のオアシスだ。
「何だよ、それ」
 リマが苦笑を滲ませた。
「リマ、まさか1人で行くとこだったの?」
 ふと、気付いたように空が尋ねる。リマは1人でバイクを走らせていたのだ。
「ううん。抗とゼクスが先に出た」
 だから無線機、とばかりにリマが答えたが、空は首を傾げる。
「ジーンは?」
 ジーンとは、リマのいる研究所の軍事用ハーフサイバーだ。ゲートキーパーの戦闘力を考えるなら、彼を連れて行った方が得策だろう。しかしリマは首を竦めた。
「オーバーホール中」
「あらら」
「空が来てくれてよかった。私じゃ大した戦力になれないし」
「そんな事はないでしょ? でも、あいつら何か策でも考えてるのかな?」
 空は肩をすくませる。ゼクスが聞いていたら、そんな事あるかと憤慨したかもしれないが、確かに何も考えてなさそうな連中なのである。
「エドに大量のパスカードを作らせてたけど」
「専用パスカード!? 持ってるの?」
 ゲートキーパーは最初に専用パスカードの有無を尋ねるのだという。持っていなければ武力をもって、10分以上にも渡る制圧射撃を行う事が出来るのだ。しかし持っていれば……もしかしたら、あっさりエレベータに通してもらえるかもしれない。
「複製を、ね」
 リマがやれやれといった口調で付け加えた。
「…………」
 複製だとバレた後が怖い。
「ま、あいつらが死ぬ事はないでしょ。そういう心配はしてないよ。どっちかと言えば情報収集が出来ればいいかな、って感じ。ゲートキーパーの」
 一度で突破できたらラッキーぐらいにしか考えていないらしいリマが言った。
「それもそうね」



   ★



 ヘルズゲートへと続く道を、トライクを走らせていた抗が、前方の人影を見ながら言った。
「おお、いいところに発見」
「何だ?」
 紐で自らを抗にくくりつけ、タンデムシートに乗っていたゼクスが尋ねる。
「ヴァイスくん」
 抗が言った。
「!?」
 その名前にはいろいろ心当たりがあって、ゼクスは複雑そうに視線を前方に向けた。
「連れて行こう」
 抗が言った。
「そんな事したら、せっかくのお宝の取り分が減るではないか」
 ゼクスが異を唱える。
「あのな。お前が自分で運ぶんなら、俺は構わないが」
 お宝とやらを全部運ぶと言い張るであろうゼクスに抗が冷たく言った。それにゼクスが即答する。
「連れて行こう」
「変わり身早っ」
 呆れつつも、抗はトライクをヴァイスハイト・ピースミリオンの方へ走らせ、その行く手を阻むように止めた。
「ヴァーイースくん」
 抗が笑顔で声をかける。語尾にはハートマークなんか付いてそうな勢いだ。
「!? お前はあの時の……まさか……いや、そんな……でも……」
 かけられた方は目を見開いた。急に声をかけられたから、ではない。自分は彼を確かに知っている。知っているが相手は自分を知らないはずなのだ。なぜなら、あれは現実ではなかったからだ。
「おお、始まった、始まった」
 抗が楽しそうに言った。
「あれは俺の夢のはずだ」
 ヴァイスは呟いた。そう。夢の中で彼らに会った。それが現実に存在している人物だったとは。
「ありえない事はありえない、だっけ?」
 尋ねた抗にヴァイスは言葉を失う。まるで自分の心の内を読まれているような気分だった。彼はテレパス能力も持っているというのか。
 しかし彼の言う通りである。現実に起きているのだ。ありえているのに、ありえないなんて事はない。つまり、あれは一種の予知夢だったのだろう。そう結論付けて、ヴァイスは胸を撫で下ろす。
「いいから、行くぞ」
 面倒くさそうにゼクスが言った。彼にとっては事は急を要していたのだ。だらだらと問答してる暇などない。一番乗りがかかっているのである。
「何?」
 首を傾げるヴァイスに抗がごそごそと何やら取り出して差し出した。
「はい、これつけて」
「これ……は?」
 手渡されたそれをヴァイスはマジマジと見た。
「通信機」
 抗が答える。よく見たらゼクスも同じものを付けている。抗は帽子を被っているのでそれは付けてはいなかったが、その帽子ももしかして通信機能が付いているのだろうか。
「……うさ耳に見えるが」
 ヴァイスが言った。どれもうさ耳に見える。抗の帽子ももれなくうさ耳。
「うん。ハンズフリーの通信機」
 抗が言った。
「うさ耳にするその必要性がわからない……」
「カムフラージュってやつ?」
「かえって目立つだろ」
「でも、通信機だとは思わないだろ?」
「いいのか……それでいいのか……」
 うさ耳を前に述懐し始めたヴァイスを見ながら、ゼクスが抗に尋ねた。
「本当にこの辛気臭い奴を連れて行くのか?」
「うん。ほら、ヴァイス。乗った乗った」
 抗はゼクスをタンデムシートからおろして自分の肩に俵のように担ぐと、開いた場所へヴァイスを促した。
「…………」
 半ば呆気にとられながら、強引に、押し切られるようにしてヴァイスが座る。
「そういえば、どこへ行くんだ?」
 それを聞いていなかった事に気づいて、ヴァイスが問いかけた。
 しかしそんなヴァイスを完全に無視して抗が言う。
「じゃ、いざ、出陣!!」
「一番乗りは俺たちだ!!」
「…………」
 結局ヴァイスは、だからどこへ、という言葉を飲み込むことしか出来なかった。



   ★



 ヴァイスが連れてこられたのは、やたらと天井の高い地下駐車場のような場所だった。第2階層へ続く高速エレベータのエレベータホール。そこでは既にゲートキーパーとビジターとの戦闘が始まっていた。通気口の方に人の気配があると言ったら、ゼクスがそちらへ向かった。抗は1枚のカードを取り出しホールへ意気揚々と入っていく。
 ヴァイスは手持ち無沙汰でそれを見守っていた。
 どうやら、ゲートキーパーにビジター達の方が圧され気味らしい。
 ゲートキーパーの銃火器が一斉に火を噴くとホール内にいた者たちは、一目散に戦線離脱を開始した。


 そんな中、ヴァイスは知らなかったが1人だけ後退するタイミングを逃した者がいた。
 通気口の中にいたヒカル・スローターである。
 ゲートキーパーの放つ秒間100発の銃撃の前に、彼女の伏せていた場所は、その壁ごと一気に崩れたのだった。
 落ちると思った瞬間、彼女は上体を起こした。そこに弾丸の雨が容赦なく降り注ぐ。
 彼女は耐弾効果を持つ機密服―――パワープロテクターに身を包んでいたが、やはり限界があった。それに、弾は貫通しなくとも、その衝撃は吸収しきれない。彼女の体は吹っ飛ばされるようにして壁に叩き付けられていたのである。
 唯一の救いがあったとすれば、それは狭い通気口だったという事だ。ゲートキーパーの弾丸に瞬く間に壁が崩れ、通気口は塞がってしまったのだ。そのおかげで着弾を抑える事が出来た。
「ぬかったな……」
 ヒカルは毒吐いた。ゆっくりと体を順に動かしていく。ホールの事が気にならなくもないが、それよりも。
「あばらと大腿骨……上腕骨といったところじゃな」
 何とも冷静に呟いてヒカルは息を吐いた。骨が折れている。
 PPにはパワーアシストが付いている。恐らく痛みさえ気にしなければ動ける。
 ここが塞がれたとしても、弾が通る隙間さえあればいい。ライフルを固定して引鉄を引くだけだ。
 その隙間をどうやって作るか。そんな事を考えている時だった。
「大丈夫か?」
 それはどこかで聞いたことのある声だった。声の方を振り返る。そこに、セフィロト髄一の大飯ぐらいがひょっこり顔を出していた。
 その時初めて、ヒカルはホールの銃撃戦が止んでいる事に気が付いた。



   ★



 ゲートキーパーの銃撃から2体のMSが、それぞれ2体のオールサイバーを抱えて退いてきた。その後ろにバイクに乗った男が続く。MSに乗っているのは、伊達剣人と、キリル・アブラハム。抱えられている大男はシュワルツ・ゼーベア。女の子は兵藤レオナ。バイクに乗っているのがアルベルト・ルールであった。
 彼らとは正反対に抗がカードを掲げてゲートキーパーに近づいていく。
 ゲートキーパーの追撃は抗を避けるように放たれ、やがて退いた面々が彼の後方に達すると攻撃をやめた。
『ココヨリ先は、第2階層イェソド。専用パスカードのナイ者ハ通行デキマセン』
 変わらない合成音に、抗が掲げていたカードを差し出す。
 ゲートキーパーは武装を完全に解除した。
『スキャンモード』
 それと同時に緑色の輝線がカードと、そして抗の体の表面を上から順に撫でるように通りすぎていった。
 静まり返ったホールに、ゲートキーパーがパスカードを照合している音だけが小さく響く。
 やがてゲートキーパーが沈黙を破った。
『パスカード照合デキマセン。退去シテクダサイ』
 それと同時に抗の胸にピタリとサブマシンガンの照準が合わされた。
「あ、お呼び出ない? お呼び出ないね。こりゃまた……」
 おどけたように言いかける抗の言葉を遮るように、ゲートキーパーがサブマシンガンの引鉄を引いた。1回の引鉄で約6発の弾が発射される。今にも鼓膜を破りそうな音と共にそれは床に穴を4つ開けた。グルーピング〈集弾率〉はそんなによくないらしい。などと言ってる場合でもない。余計な事言ってないで、さっさと退去しろ、と相手は言っているのだ。無言で。
 ぎりぎりでそらされた銃口からたちのぼる硝煙に抗は、ひきつった愛想笑いを返し、まぁまぁ、と両手の平をゲートキーパに向け、1歩、2歩と後退った。そして踵を返すと一目散に入口に向かって走りだしたのである。
「はいはい、退去しまーす」
 万一のためにESPバリアなど張ってはいたが、意外にもそれ以上弾丸は飛んではこなかった。
 ホールの出入口を駆け抜け、抗はやっと人心地吐く。
「ひぇ〜、まだセリフの途中なのに、冗談が通じねぇ」
「…………」
 ゲートキーパー相手にボケるとは。
 それを半ば呆気にとられたように、そこにいたジェミリアス・ボナパルトとヴァイスが見守っていた。
 そして、そんな彼らの元に、やっと白神空とマリアート・サカが合流した。






【2】

『パスカードらしきものを見せると、とりあえず武装を解除する。体勢を立て直す時間稼ぎくらいにはなるだろ』
 そう言って大量に偽造パスカードを作らせたゼクスのそれは、読み通りだったという事か。一先ず抗が場を収める形となった。
 だが、通気口に侵入しヒカルの治療を行い戻ってきたゼクスは、そこに無傷で立っている抗を見つけて納得のいかないような視線を向けると「ちっ」と舌打ちした。もしかしたら思惑通りではなかったのかもしれない。
 彼の狙いが何であったのかはともかくとして、キウィは双眼鏡から顔をあげるとそこにいた面々を順に見やった。
 そこには、抗、ゼクス、ヴァイス、それに、ジェミリアス、剣人、キリル、クレイン、トキノ、空、リマ、が立っている。朱里と青磁はレオナの、アルベルトはシュワルツの補修中だった。また、ヒカルは通気口……だった場所に未だ待機している。
 キウィがひとつ小さく息を吐いてから言った。
「今の一連の攻防でわかった事があります」
「ゲートキーパーが動かない事、かしら」
 ジェミリアスが確認するような口調で尋ねた。キウィが頷く。
 だが、なるほど、と頷く面々とは反対に、不可解そうに首を傾げる者もあった。例えば、抗である。
「動かない? どういう意味だ?」
「なに!? わからんのか? これだから馬鹿は困る。いいか、奴の存在理由はゲートを守ること、そしてゲートを通過する者を管理する事だぞ。だから不用意に持ち場を離れるような事はしない。つまり、奴をおびき寄せたり、移動させたりする事は出来ないって事だ」
 ゼクスが何故か勝ち誇ったように言い切った。
「だから、なんでそう言い切れるんだよ」
 抗がバカ呼ばわりされて、ムッとしたようにゼクスを睨む。
「ゲートキーパーに特攻させたタクトニムに警告と威嚇射撃。その後制圧射撃に移行しました。それは人間に対しても同じです。この事から考えて、奴はタクトニムと人間を区別していないと思われます」
 キウィの説明に抗がふむと頷く。確かに、そのようだ。そこまでは納得した。
「つまり、ゲートキーパーが区別しているのは、専用パスカードを持っているか、いないか、だけです。恐らくそれ以上のAIを所持していないのでしょう」
 続く説明に、まだ抗は完全に繋がらない顔をしている。
 それにクレインが小声で捕捉した。
「ゲートキーパーは、ゲート通過者を管理し、許可しない者を排除する。しかしカード所有者に反応し、武装解除を行ったところから見て、優先順位は恐らく通過者を管理する事だと思われます。だからゲートを離れるような事はしない。通過者を管理出来なくなるから、という事になるんです」
「なるほど。わかったような。わからないような。じゃぁ、8本もついてる足は何だ? まさか1基しか動いてないから?」
 エレベータは横に4つ並んでいる。今はその内の1つの前に立っているのだ。これが4つ全て稼動していたらそれらの前に順に移動するのだろうか。
「もしかして、あの8本足は蜘蛛じゃなくて蟹だったのか?」
「馬鹿はほっとこう」
 ゼクスが疲れたように、皆を先へと促した。
「後ろに回り込む事は出来ないかしら?」
 ジェミリアスが提案した。テレポートでは抗ESPの壁を超える事は出来ないが、時間停止なら後ろに回りこむ事は可能と思われた。
 だが、キウィは首を横に振った。
「得策とは思えません」
「何故?」
「後ろに目を持っていた場合。また、ビジターキラーのような鉤爪を持っていた場合」
 それらを考えると、返り討ちにされる可能性がある。
「でも、爆弾を設置するだけなら」
「エレベータが壊れる可能性があります」
 キウィは言った。
 MSの倍近い耐久力をもつゲートキーパーの装甲に傷をつけるには、手榴弾ぐらいでは不可能だろう。しかしプラスティック爆弾クラスになってくると、後ろのエレベータまで破壊しかねない。
「…………」
 ジェミリアスは考え込むように口を噤んだ。最初は、動けなくするように足回りから崩していく事を考えていたが、あの場から動かなければエレベータを人質代わりに取られたようなものである。
 疲れたように息を吐き出したジェミリアスに、キウィが言った。
「先ほど、ゲートキーパーの動きを見てて気付いたのですが……6つの目に、6つの腕は人のように2つで1組というのではなく、1つの目に1つの腕が連動しているみたいです。中央の目は下の2本の小さい腕に連動している気がします」
「なら、1人で1つの腕を担当するというのはどうですか。例えば、8人で一斉にかかれば、必ず1人はフリーになるんじゃないでしょうか」
 クレインが言った。
「それは有効だと思います。勿論、8人全員が、ゲートキーパーを仕留めるまでもちこたえる事が条件になりますが」
 1人でも脱落すれば、フリーになる人間がいなくなる上に、脱落する毎に残った者への負担が大きくなる。そうなればゲートキーパーを仕留める事は、更に困難になっていくのだ。
「だが、仕留めるっつってもなぁ……」
「腕はそれぞれに武器を持っていたが、殆どがガトリングガンのようだったな」
 実際にゲートキーパーを間近で見た剣人が言った。
「しかも、それだけじゃない。手元にパラソルのように開閉するシールドが付いているようだった」
 キリルがやれやれと肩を竦める。
 材質はわからなかったが、殆どの攻撃はほぼそれでかわされるだろう。それに。
「近づけても放電装置があるぞ」
「それを避けて、8人目を例えばヒカルと想定しても、7人で詰め寄れば、俺たちが壁になってしまって攻撃できる穴を作るのは難しくなるんじゃないか」
「…………」
 一同に沈黙が横たわった。
「厄介だな」
「ヒカルには、壊せないの?」
 放電装置さえ壊れれば、近寄る事も容易になる筈だ。
「私としては反対ですが、それ以前にあの位置からでは無理だと思います。ゲートキーパーの足が邪魔してちょうど死角になる」
 キウィが言った。
「ゲートキーパーを動かすしかないってわけか」
「それはまた難しい事を」
 たった今、ゲートキーパーは動かないという話をしたところなのだ。
 その時、空が手を挙げた。
「あたしが行こうか?」
「空!?」
 驚いてリマが思わず目を見開く。
「妲妃なら近づけると思う。そうすれば放電装置を破壊出来るでしょ」
 彼女の人型変異体、妲妃は生体電流を扱える。それを増幅させて電磁界を発生させる事も出来るのだ。それ故に電気への耐性もある。また、一般に人は0.1mAもあれば感電死させることが出来るとされている。勿論、心臓に流れる電流が、という条件付きだが、実際に高電圧は必要としないのだ。オームの法則で言えば抵抗が少なければ低い電圧でも充分という事になる。逆にいえば、高電圧がかかっても、そこに0.1mA以上の電流が流れなければ感電死しないという事でもある。妲妃なら、体内に流れる電流を操る事が出来るだろう。
 そして、放電装置を破壊する事が出来れば、接近戦に持ち込む事が出来る。遠距離―――といってもホール自体がたかだか数十mしかないのだが―――に特化した奴の火力を考えればそれは大きいだろう。
「…………」
「いけますか?」
 尋ねたキウィに、空が頷いた。
「うん」
「なら、空をフリーにさせるために、彼女の特攻のタイミングを遅らせるという事でいいですか」
 キウィは一同を振り返った。
「ああ、そうだな」
 皆が頷く。
「一撃離脱してしまうと、その目が彼女に向く可能性がある。皆さん、ぎりぎりまで引き付けてください」
 キウィの言に、キリルが肩を竦めた。
「そりゃ、また難しいね」
「えぇっと……伊達さんに、キリルさん、俺、トキノんにヴァイスだろ。7人って事は、あとニ人、誰が行く?」
 抗が指折り数えながら面々を見やった。
 ゼクスを知らない剣人が、言葉に出さないまでも「彼は?」とばかりに視線を向ける。
「死ぬぞ」
 ゼクスが言った。
「ああ、これは戦力外。っと、クレインさん行けますか?」
「囮ですか。あまり持久力がある方ではないので、心もとないですが、人が足りないと……」
 言いかけたクレインの言葉を別の声が遮った。
「行くー!! 行くー! ボクも行ける!」
 後ろでレオナが力いっぱい手をあげている。
「レオナ。腕と足は?」
 尋ねた剣人に、レオナはその場でぴょんぴょんと跳ねてみせた。
「大丈夫。動く。きっかり20分だったね」
 そう言って、傍らの朱里を振り返る。朱里が恥ずかしそうに顔を赤らめて頷いた。
「こっちも何とか」
 アルベルトが手をあげる。その傍らでシュワルツがその巨体をゆっくり起こした。
「ありがとうございます、アルベルト様」
「話は聞こえてたよ。俺が撹乱組みに入る。レオナと俺。それで7人だろ。黒丸は彼女をアシストしろ」
「え? しかし……」
「放電装置が壊れたら、そのままアレを叩き潰しに行け」
 アルベルトは、ホールの奥に立つ『アレ』を指差した。
「わかりました」
 シュワルツが頷いた。
 それに、と続く言葉をアルベルトは内心で飲み込んでいた。彼の中で、何か嫌な予感がしている。無意識に危険予知でも働いているのかは、自分でもわからない。ただ、気になる事がある。本当に、対接近戦装備は放電装置だけなのか。何かを見落としている気がするのだ。
「連携がうまく行かなければ失敗します。これを皆さんに」
 キウィはハンズフリーの無線機を全員に手渡した。
 全員がヘッドセットを付ける。
「ヒカルは?」
 レオナがブレードを手に屈伸運動をしながら尋ねた。
「そっちは大丈夫です。そのまま待機してチャンスがあればいつでも狙撃すると言っていました。通信機も渡してありますし、今の会話も全部聞いていたはずです」
『うむ。聞こえておる』
 そんな彼女の声が、無線機から全員の耳に届いた。
 それにレオナは不敵な笑みを返す。
「よし、じゃぁ行きますか?」
「ああ」
「第2ラウンドの始まりだ」



 7人のうさ耳―――いや、4人のうさ耳と1人の犬耳が一斉に走りだした。MSサイズのうさ耳がない。キウィは今度はMSにも装備できるうさ耳を用意しようと胸にかたく決意した。それはさておき、これはこれである意味壮観ではある。しかしそんなふざけたようないでたちにも何ら反応を示す事なくゲートキーパーは、7つの目をそれぞれのターゲットを捕らえるように動かし、それに連動している腕の得物をそれぞれに構えた。
 最初の警告には誰も反応せず、威嚇射撃にも怯まず詰め寄る彼らに、ゲートキーパーの制圧射撃が始まった。
 近づきすぎれば放電装置の餌食だ。そのぎりぎりまで近づいてレオナは一瞬足を止めた。
 バルカンが彼女を捕らえようとする直前『右』という指示。反射的にレオナは左足で床を蹴って右へ飛んでいた。レオナのいた場所を無数の弾丸が駆け抜ける。
 もし、左に退いていればキリルに体当たりする事になっていただろう。そのキリルには『上へ』という指示が飛ぶ。力いっぱいジャンプし、上へ逃れたキリルを追尾するはずのバルカンの銃口は、彼を追いかけられない。その腕の上についている腕がアルベルトを追って、下を向いていたためである。キリルはそのままランスシューターベイルを構えた。ランスシューターベイルは、ランスシューターと盾が一体化したものだ。銃撃をそれで防ぎ、鋼鉄の杭を打ち出すタイミングをはかる。だが、彼に割り当てられたのは、彼が予想していた腕とは違っていた。それが抗を追っていた腕だったのは、その腕がアルベルトを追尾する腕より上に付いたものだったからだろうか。キリルを追っていたバルカンが抗に切り替わる。火を噴いたバルカンをESPバリアで凌ぐが、圧倒的な火力の前では5秒ともたない。『上』という言葉に抗が飛ぶ。ESP飛行を使った抗を、下についたその腕では追いかける事が出来ない。
 ヒカルが自分とゲートキーパーのライン上に抗が重なった瞬間、引鉄を引いた。移動する抗をそれて弾はゲートキーパーを襲う。無闇に撃てば、その弾道で自分の存在を知られてしまう恐れがあった。それは、彼女が放電装置を狙う事を反対したキウィの理由のひとつでもあったが、だからこそ彼女も、この瞬間をずっと狙っていたのだ。ヒカルの銃が7本目の腕の関節を綺麗に撃ち抜いた。大きな腕の下についた威嚇用サブマシンガンを持つ腕がそれを落として垂れ下がる。抗を追っていた腕はアルベルトと切り替わっていた。『後ろへ』という言葉にキリルが床を蹴った。入れ替わるようにそこに飛び込んだのはヴァイスである。ESPバリアでかわすその背から剣人が頭部バルカンで迎撃し間合いを詰めた。その影からトキノが高機動運動で飛び出す。
 8人の見事な連携。指示を出しているのは、キウィとジェミリアスの2人だった。
 その傍らでは朱里と青磁が彼らをじっと見守っていた。青磁は無意識に朱里の服の裾をぎゅっと握り締めている。キウィの指示で時々朱里がカメラのシャッターを押していた。一応ゲートキーパーの動きをトレースするためとか、そんなような理由をつけていたが、ではファインダーに必ずキウィの姿が入るのは、どういった理由であったのか。
 クレインとリマは専用パスカードの複製を解析していた。クレインにはどうしても確認しておきたい事があったのだ。ゼクスだけが後ろでこそこそと非常食をつまみ食いしている。
 7つ目の目が完全に7人を追うのに手いっぱいになるのを待って、空とシュワルツが動き出した。
 空は人型変異体妲妃へと化身する。生体電流を増幅し放電装置が放つ電気エネルギーをマイナス方向に作用させながらゆっくりと近づいた。一瞬、火花が散る。思った以上の高電圧に空はひとつ深呼吸した。彼女のすぐ後ろにシュワルツがぴったりくっついている。
 空は放電装置にナイフをつきたてた。勿論ただのナイフではない。高周波ナイフは、金属ならバナナのように軽々と切り裂く事が出来るのだ。
 だが、刹那。
 ゲートキーパーが殲滅の優先順位を切り替えたのだろう。突然、アルベルト達を追っていた数本の腕が一斉に空の方を向いた。
『まずい! 退いてください!!』
 キウィの声とバルカンの一斉射撃はどちらが先だったのか。
「空!?」



「はやく、そちらを……」
 空の前にシュワルツが立ちはだかっていた。
 まるでそれを蜂の巣にでも変えようというのか弾丸は止む事を知らない。
 ヴァイスと抗とアルベルトと3人が張ったESPバリアがかろうじてそれ以上の着弾を抑えていたが。
 空が放電装置を完全破壊したと同時、誰もが一斉に後方へ退いた。
 それを追うような追撃。
 だが、再びそれは止んだ。
 そこに、カードを持ったクレインが立っていたからだ。
 皆が退く中、クレインはゆっくりとゲートキーパーに近づいた。
 彼はずっとゲートキーパーの目を見上げていたためか、足元がおろそかになっていた。ゲートキーパーとの距離、わずか2m。そこに落ちていたタクトニムの残骸に足を取られて彼はカードを持ったまま、前に転んだのだった。

 第2ラウンド戦績。放電装置破壊と腕1本を撃破。そしてシュワルツ戦闘不能。それは相撃ちというべきなのだろうか。






【3】

「だいじょうぶ」
 半ば顔を蒼褪めさせて戻ってきた空に、青磁は一番に駆け寄ると、そう声をかけた。
 自分を庇ったシュワルツは、彼女が受けるはずだった銃弾を一身に浴びてしまったのだ。それを目の当たりにしたのである。
 元気付けるように青磁は空に向かって笑顔を向けた。
「おーるさいばーだもん。あかりおねえちゃんが、すぐになおしてくれるよ」
 青磁の言葉に空はゆっくり息を吐き出した。
 そうだ。あれがもし生身の人間なら確かにゼクスのESPですぐにどうにかなったかもしれないが、それ以前に生きて離脱できた保障もない。即死の可能性の方が高いのだ。
 オールサイバーだからこそ生還できた。勿論、今、ここに持ち込んでいる設備で、維持モードに入ったオールサイバーを蘇生させる事は無理だろうが、今は彼がオールサイバーであったこと、とりあえず生きている事を不幸中の幸いと考えよう。いつまでも気落ちしていても仕方がない。
 そんな風に気持ちを切り替えて、空は青磁の頭に手をやった。
「そうだね」
 ありがとう、と優しく撫でてやる。
「空……」
 心配げに見守っていたリマがホッとしたように頬を緩めた。
「うん、リマ。大丈夫」
 空は笑みを返す。どうやら笑顔とは伝染するものらしい。
「わたし、ハーブティーいれるね。りらっくすできるよ」
「ああ、そうですね。少しお茶にしましょうか」
 青磁の言葉にキウィが一同に提案した。



   ★



「どうやらパスカードはカードと持ち主を一致させる必要があるようです」
 クレインは優雅にティーカップとソーサーを取りあげ、その香りを楽しむと、一口啜ってから皆に切り出した。
 用意された折り畳み式のテーブルを囲むようにして、皆が折りたたみ椅子に腰を下ろしている。そのひとつで猫舌に紅茶の表面を眺めてばかりいた抗が尋ねた。
「一致?」
 クレインが頷く。
「つまり、パスカードが本物であっても持主が違えば効果なしという事です」
「なるほど」
「逆に言えば、パスカードが偽物であっても持ち主と一致すれば有効かもしれません」
「何だと!?」
 ゼクスがからになったティーカップを思わずテーブルにたたきつけた。それは聞き捨てならないといった顔だ。
 クレインは先ほど自分がゲートキーパーに近づいた時の事を思い出すように視線をそちらに馳せて言った。
「今、網膜パターンや、静脈パターンをスキャンされましたが、カードにそれらの情報は入っていません。恐らく、どこかのデータバンクと照合しているのだと思います」
「じゃぁ、そのデータバンクの書き換えが出来れば?」
 尋ねたキウィにクレインは紅茶を啜って、その場にいる全員がその可能性に行き当たるのを待ってから、静かに頷いた。
「通れるかもしれません」
「なら、もう一度スキャンさせて、データバンクの場所を追いかけましょう」
「よし」
 キウィの言を受けて抗が立ちあがった。しかし、行く気満々の彼にクレインは困ったように首を傾げている。
「抗さんはもうダメかもしれません」
「え?」
「一度、照合に失敗しているので。となると私もですが」
「じゃぁ、誰が……」
 一同は顔を見合わせた。何となく視線の多くが抗の隣に向かっている。
「何!? 俺か!?」
 ゼクスが目を見開く。
「いや、こいつは一瞬で死ねるぞ」
「そうだ。死ねる」
 抗が言うのを、ゼクスは真顔で肯定した。
「万一に備えて、相手の攻撃に耐えられる人間がいいですね」
 データ照合を追跡している事が万一バレた場合、即座に攻撃をしかけられる可能性もあるのだ。
「ならば、私が行きましょう」
 トキノが手を挙げた。しかしクレインは首を振る。
「トキノさんは最後に」
「どういう事です」
「個体を識別するために網膜や静脈を使っています。逆に言えば、何を使っているのかわかりません」
 データを書き換える際に、送る情報が特定出来なければ、時間がかかってしまい、場合によっては照合失敗になりかねない。
「…………」
「しかし、オールサイバーなら、ここ以外にありませんから」
 クレインは人差し指で自分の額を指差した。オールサイバーの生体部分といえば脳と脊髄しかない。その中で個体を識別できるものがあるとすれば、脳に刻まれたシリアルナンバ。
「……そういう事なら」
 トキノが引き下がる。
「俺が行こうか」
 ヴァイスが声をかけた。
「そうですね。無難かも」
 クレインが頷く。しかしそれに、異を唱える者があった。リマだ。
「ヴァイスはさっき戦闘に出てるじゃない。クレインさんも抗も初対面だったから大丈夫だったとしたら、私が行った方がいいんじゃないかな?」
 確かに、ヴァイスは先ほどまでゲートキーパーと戦闘していた。それがいきなり今度はカードを持ってきました、というのもどうかという話しだ。場合によっはカードも照合されず即戦闘という事にもなりうる。いや、照合されたとしても、照合失敗した直後、退去勧告もなく攻撃される可能性だってあるのだ。
 しかし、行くと言い出したリマに、今度は空が反対した。
「危険だよ」
「大丈夫」
「なら、あたしが代わりに行く」
「なっ……だから空もダメだって」
「なんで? リマほどESPも不安定じゃないし、いざとなったら八百比丘尼だってあるし、生還してみせるわよ」
「だから、それならヴァイスでもいいって事になるでしょ。大体、空は、さっき放電装置を破壊してるんだよ」
 ヴァイス以上にゲートキーパーの記憶に残っていてもおかしくない。
「ああ、あれ……あれは忘れてくれてるといいんだけどなぁ……」
「空……」
 リマは呆れたように息を吐いた。
 それから、説得は無理だと判断したのかこう言った。
「……じゃぁ、一緒に行こ」
「え?」
「私がカードを持って行く。カードを持っている人間には攻撃は加えないんでしょ? なら、私と一緒にいれば照合が終わるまでは安全かもしれない。勿論、空だけが攻撃を受けるかもしれないけど、そうなったら、次のトキノさんもダメって事になる。なら、それを確認するだけでも価値はあるでしょ」
 リマの提案にクレインが頷いた。
「そうですね」
「トキノんには、変装グッズもあるけど」
 とは、キウィである。
 キウィの用意している変装グッズとやらを慮って、トキノは嫌そうに顔を顰めた。
「私も、2人で行く事をお奨めします」
「わかった。じゃぁ一緒に行こう」
 空が肩を竦める。
「うん」



   ★



 ゲートキーパーの前に立つ。
 仲間である事を強調する為、ここまで手をつないできた2人だったが、緊張のためか、無意識にリマは空の手を握りしめていた。
 ゲートキーパーは近づいてきた空を見ても、攻撃を仕掛ける素振りも見せずに武装を解除すると、スキャンモードに移行してしまった。
 リマのスキャンが始まると同時にクレインは先ほど転んだ振りをした時に、こっそり滑り込ませておいた光ファイバーを通してマシンテレパスで走査を開始した。
 ゲートキーパー自身は抗ESP装甲で覆われているため、それ自身にアクセスする事はできないが、そこから発信され外部へ出た信号は捕らえる事が出来る。
 しかし、ゲートキーパーの後ろにいってしまった信号は、ゲートキーパー自身が抗ESPの壁となるため見失ってしまう可能性があったのだ。だから先ほど転んだ時に、クレインはゲートキーパーが唯一抗ESP樹脂で覆われていない場所―――ヒカルが先ほど射抜いたゲートキーパーの関節部に直径0.1mの光ファイバーを通したのである。そのために、わざわざ派手に転んでみせたのだった。
 クレインの前に光パネルが現れ、その上を光の電子が行き交う様を、朱里も青磁も固唾を飲んで見守っていた。
 大して長い時間ではない。
「サーチ出来ました」
 というクレインの声に『照合デキマセンデシタ』というゲートキーパーの合成音が重なった。先ほどの一件を鑑みても退去勧告もなく攻撃を仕掛けてくる可能性もあって緊張が走る。
 抗とヴァイスが構えていた。すぐにESPを放てる体勢だ。
 しかしそんな緊張に反して、ゲートキーパーはお定まりの言葉を発した。
 リマは了解と答えて、空と踵を返すとゆっくり歩き出した。
 背を向けたのは、こちらに戦意がない事をあらわすため。急に走りだしたりして、相手に変な刺激を与えないように、ゆっくりと、ゆっくりと、ホールの出入口まで歩く。
 それを皆、じっと見守っていた。
 青磁が朱里の手を握る。それを握り返して朱里は呼吸するのも忘れて見守っていた。
 キウィはじっと双眼鏡でゲートキーパーを監視している。
 10m。5m。そしてホールを出る。
 誰もが安堵に息を吐き出した。
「やっぱりバカなんだな」
 抗が言った。
「武装しているとはいえ、あくまでただの管理装置だからでしょう。トキノさんの脳のシリアルナンバーをインプットします」
 クレインがその作業に取り掛かる。それを後ろで見守りながら、ふと思い出したように抗が尋ねた。
「ところでさ、もしパスカードが通ったとして上へ行けるのはトキノんだけ?」
「…………」
 その場にいた全員が顔を見合わせた。パスカードを持っている者だけが通行を許可されるのだとしたら、そういう事になる。
「たとえそうだったとしても、大きな一歩である事にはかわりありません」
 クレインが言った。
 これで通れる事が照明されれば、順に同様の手段を試みればいいのだ。相手は幸い高性能なAIを所持していない。失敗しても何度でもチャレンジ出来るはずだ。
「それにパスカードが通ればエレベータへの道が開きます。つまりあの場所からゲートキーパーが退く。開いた瞬間にテレポートなどで飛び込む事が出来れば、或いは」
「今は無茶をしない方がいいかもしれませんが」
 クレインの言葉にキウィが付け加えた。エレベータに乗り込むという事は、扉が閉まるまで逃げ場がないという事になるし、そんな場所で銃撃戦なんて事になって、エレベータが壊れでもしたら、元も子もなくなる。
「1人でも、上の階層へ行かせる事を考えましょう」
「第2階層についた途端、大量のタクトニムがお出迎えなんて事もあるよな」
「…………」
 肩を竦めながら言った抗に、朱里は不安そうな視線をトキノに向けた。
「いくら考えても行ってみない事には始まりません。とりあえず、行ってみましょう」
 トキノが淡々とした口調で応える。
「…………」
 その時はその時なのだろう。
「何かあったら、必ず無線で連絡する事。無理しない事。ダメだと思ったら、すぐ退却する事」
 キウィが、まるで子どもに言い聞かせる親のような顔付きで、トキノに言った。
「……わかりました」
「準備はいいですか?」
 クレインが尋ねる。
「いつでも」
 トキノが応えた。
「行きましょう」
「健闘を」



   ★



 ゲートキーパーがスキャンモードに移行する。と、同時にクレインはマシンテレパスを使った。
 データバンクにトキノの個体情報を上書きしてやる。
 言葉にすれば簡単だが、実際にはいくつものセキュリティを気付かれないように突破する必要があった。
 セキュリティ解除はキウィが先ほどの光ファイバーを使ってダイレクトにシステムにアクセスしフォローしていく。コンピュータの処理速度はナノミリセック。いくつものプロセスを順次、或いは同時に行って、それでもたった数秒の事だった。
『パスカード照合デキマシタ』
 ゲートキーパーの言葉に誰もが息を吐き出した。
 ゲートキーパーは横へ退き、何かを操作していた。どうやら、エレベータを呼び出しているようだ。
「仲間もいるのだが、一緒に行けますか」
 トキノが尋ねた。
『ハイ』
 ゲートキーパーの合成音があっさり承諾する。
「他の仲間はカードを持っていません」
 トキノは慎重に付け加えた。
『パスカード照合、完了シテイマス』
「…………」
 ゲートキーパーの返答にトキノは困惑の色を浮かべながらホールの出入口を振り返った。
 そこに抗とヴァイスが立っている。
 ゲートキーパーの目が中に入ってこようとする2人を捕らえた。
『ココヨリ先は、第2階層イェソド。専用パスカードのナイ者ハ通行デキマセン』
 そしてサブマシンガンを構える。
「彼らは私の仲間です」
 トキノが言った。ゲートキーパーはそれであっさり武装を解除した。
「…………」
「どうやら大丈夫そう?」
 抗が肩を竦めつつゲートキーパーに近づいていく。ゲートキーパーは攻撃を仕掛けてくる気配もない。
 エレベータが開く。
 ゲートキーパーは抗とヴァイスにパスカードの提示を求める事もなく2人をエレベータの中へと促した。
 2人がエレベータ内に足を踏み入れる。さすがに大型キャリアを積めるとあって中は広い。
 入らないトキノにゲートキーパーが彼を促した。
 しかしそこで、再びホールに侵入者があった。
 武装と警告。それよりも早くトキノが言った。
「彼らも私の仲間です。あの、オフロードは私のものだ」
 するとゲートキーパーは武器を下ろして、全員がエレベータに乗り込むのを静かに見守っていた。
 最後にトキノがエレベータに乗り込むと、ゲートキーパーによってエレベータが閉じられる。
 そして高速エレベータは音もGも感じられないほど静かに動きだしたのだった。





 【Ending】

 第2階層地上50m。1分足らずでエレベータは止まり扉が開いた。
 ここが第2階層イェソド。
 タクトニムとご対面かと身構えた彼らの前に、何体ものシンクタンクが待機していたが、奴らは危害を加えてくるどころか、エレベータの中には見向きもしなかった。
 エレベータを昇ってきたという事は、ゲートキーパーが許可した者だから、なのかもしれない。ここにいるシンクタンクたちも、ゲートキーパー同様、自分たちの仕事をこなすためのAIしか植え付けられていないらしい。
 エレベータを降りてキウィとクレインはそのフロアにあるコンソールパネルに近づいた。
 ゲートキーパーの保守システムがある。これを破壊すれば、下のゲートキーパーは完全に動きを止めるのだろうか。
 だが―――。
『賢明なる者。システムを破壊すればエレベータは永久に機能を停止します』
 突然、合成音ではない声が彼らの頭上から降り注いだ。その声に驚いて顔をあげる。
「なっ!?」
 どうやら上に設置されているスピーカーから聞こえているらしい。
 エレベータが永久停止すれば誰も下から上がってくる事は出来なくなる上に、彼らも下へ下りる事が出来なくなってしまうのだ。
「誰だ!?」
 キウィの誰何に、声が応えた。
『私は第2階層イェソドのブロックを管理するブローカー。パスカードを持たない者に、パスカードを発行します』
 ブローカーはその姿を現す事なく応えた。
「何?」
「もしかして、それがあるとパスカードを持ってる奴がいなくても、いつでもここに来れるようになるって事か?」
 尋ねた抗に声が答える。
『はい』
「わー、作って、作って!」
 抗が好奇心に満ちた笑顔で言った。
『スキャンフィールドにお立ち下さい』
 ブローカーの声と共に、それらしい場所にスポットライトのような明かりが灯る。
「おい。罠かもしれないぞ」
 ヴァイスが一応止めた。
「だって、作ってくれるって言うし」
 抗は笑顔でスキャンフィールドに立つ。
「まぁ、骨は拾ってやろう」
 ゼクスが腕組みなんぞしながら偉そうに言った。
 抗の体の表面を緑色の輝線が撫でる。
『網膜パターン採取しました。前にあるタッチパネルで必要なデータを入力してください』
 それに抗が名前などを入力していくと、ほどなくして目の前のスロットからカードが1枚射出された。
「おお、やった!」
 それは確かに専用パスカードだった。
「どうやら罠ではないらしいな。よし、次は俺だ」
 ゼクスがスキャンフィールドに立つ。
 そうして皆が順にパスカードを発行してもらっている間、クレインがフロアを見回しながら手持ち無沙汰に問いかけた。
「ブローカーさん。イェソドの事について教えてください」
『第2区画イェソドは環境プラントです』
「環境プラント?」
『ゴミ処理、浄水、空気浄化を行い、イェツィラー内部の環境を整えるための施設があります。また同時に廃棄物や熱を利用した、食料生産や、燃料生産も行っています』
 そう応えたブローカーに真っ先に反応したのはゼクスだった。
「何!? 食料だと!? つまりここは食料の宝庫なんだな!?」
 誰もが呆れたような視線をゼクスに送る。
『…………』
 それ以上喋らないブローカーも、もしかしたらゼクスに絶句しているのかもしれない。
「行こう! やれ行こう!! 今すぐ行こう!!」
「あー、はいはい。お前、元気だな」
 ゼクスが喜び勇んなのに、辟易した顔で抗が宥めるように彼の肩を叩いた。
「面白そうだね」
 リマが傍らにこっそり耳打ちする。
「うん。ちょっと気が抜けたけど」
 空が肩を竦めてみせた。
 気負っていた分、何だかいろんな事が拍子抜けしたようだった。たった1度のパスカードの照合で、あっさり全員を通したゲートキーパーにも。そして、どんなお出迎えが待っているのかと身構えていたら、第2階層では、歓迎とは言わないまでも、パスカードを持っていない者にまでカードを作ってくれるという事にも。
 気が抜けた。
「確かに、ずっと神経張ってたもんね」
 リマが頷く。
「朱里や青磁くんもいるし、1度マルクトに戻った方がいいかもね」
「そうですね。精神的消耗も激しいですし」
 クレインが賛同した。
「じゃ、記念撮影だけして1度戻りましょう。ゆっくり休んでそれから探検です」
「おう!」
 キウィがカメラを取り出すのに、抗が笑顔で応じる。
「記念撮影?」
 トキノが眉を顰めた。
 ここまで来て、まだピクニック気分か。戦闘中に朱里に撮らせていた写真も、全部記念写真に違いない。
「チームうさ耳で。あ、1人狗もまざってますけど」
 キウィがカメラを三脚に固定すると、タイマーを設定した。
「わざわざ、狗って使わなくてもいいですよ」
 トキノが呆れ顔で、ファインダーからはずれようとする腕を、朱里と、青磁が引っ張った。
「はい、皆さん。1たす1は―――」



「にぃー!!」





 ■大団円■







■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】

 ★チームうさ耳
【0810/青磁・ホアハウンド/男性/10歳/エスパー】
【0233/白神・空/女性/24歳/エスパー】
【0641/ゼクス・エーレンベルク/男性/22歳/エスパー】
【0474/クレイン・ガーランド/男性/36歳/エスパーハーフサイバー】
【0289/トキノ・アイビス/男性/99歳/オールサイバー】
【0347/キウィ・シラト/男性/24歳/エキスパート】
【0659/常磐・朱里/女性/15歳/エキスパート】
【0644/姫・抗/男性/17歳/エスパー】
【0779/ヴァイスハイト・ピースミリオン/男性/22歳/エスパー】

 ★タンクイェガー+α
【0536/兵藤・レオナ/女性/20歳/オールサイバー】
【0541/ヒカル・スローター/女性/63歳/エスパー】
【0552/アルベルト・ルール/男性/20歳/エスパー】
【0544/ジェミリアス・ボナパルト/女性/38歳/エスパー】
【0607/シュワルツ・ゼーベア/男性/24歳/オールサイバー】
【0634/キリル・アブラハム/男性/45歳/エスパーハーフサイバー】
【0351/伊達・剣人/男性/23歳/エスパー】

【NPC0103/エドワート・サカ/男性/98歳/エキスパート】
【NPC0104/怜・仁/男性/28歳/ハーフサイバー】
【NPC0124/マリアート・サカ/女性/18歳/エスパー】

■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。

 参加者全員に『専用パスカード』を配布しました。
 これにより第2階層へは自由に行き来出来るようになります。
 パスカードは誰かが1枚所持していればパーティー全員が通行可能です。
 カードの提示により、ゲートキーパーが第2階層へと送ってくれます。

 勿論、カードを提示せず、再びゲートキーパーと対峙する事も出来ます。
 しかし、ゲートキーパーは戦闘不能になってもその保守システムにより、
 24時間以内に、武装を強化した形で復旧されるため、
 回を追う毎に攻略は困難になっていくと思われます。
 ゲートキーパーを止めるには保守システムを破壊するしかありませんが、
 保守システムを破壊すればエレベータ自体が完全凍結してしまうため、
 無視して通り過ぎる事をおススメします。

 今回は、チーム毎に攻略方法を分け、途中から分岐しています。
 機会があれば、他チームの攻略法などもお楽しみください。

 たくさんのご参加、本当にありがとうございました。
 またお会い出来る事を楽しみにしております。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。