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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


【第2階層】First Access



 ■Opening■

 通称、イェソド・メインゲート。
 それは第一階層から第二階層へ繋がる高速エレベータをさす。

 ビジターの町都市マルクトとタクトニムの住まう場所を分かつ巨大な門―――ヘルズゲートの通行を確認するのはビジターズギルドの門番であるのに対し、この第一階層【マルクト】と第二階層【イェソド】へと繋がる高速エレベータを管理し、更に通行を確認し、許可を出すのがタクトニムであるというのはなんだかおかしな気分だった。タクトニムの全てが人類を敵対視したり、競争心をむき出しにしているというわけでもないのだろう。だとするなら、タクトニムと人とは共存できるものなのか。タクトニムと呼ばれる存在は、まだ未知であるという事なのかもしれない。もしかしたら人とタクトニムが友好関係を結ぶなんて事もありえるのだろうか。それとも、全てを『タクトニム』と呼ぶ事の方が強引なのだろうか。
 そんな事を考えながらクレイン・ガーランドはそのエレベータへと乗り込んだ。大型キャリアを積み込めるほどの広いエレベータの中には既に数人のビジターたちが乗り込んでいる。皆、見知った顔だった。
 黒く長い髪なのに、毛先の白さが印象的な男、トキノ・アイビスは、自分の身の丈ほどもある対戦車ライフルを軽々と背負い、腰に刀型の高周波ブレードを二本佩いていた。
 無駄口をたたくでもなく腕を組み、エレベータの片隅に1人佇んでいる。普段から寡黙な印象の男だった。口を開かなければ、という条件付で上品な雰囲気を纏っている。いや、口を開いてもクレインなどと話す時はさほど上品さは変わらない。ただ、対する相手によって時々低レベルな争いに発展する傾向のある男なのだ。クールかと思えば意外に熱いらしい。
 その向かい側にクレインと同じ銀色の髪の女が立っていた。その容貌もさることながら、濡れた赤い唇が何とも印象的な女である。白神空は、ウェストポーチの他には何も持たない軽装だった。それでもこれから未知の場所に足を踏み込むのだ。それなりの装備はしている。エスパーであるがゆえに彼女の武器は己自身という事だろう。
 人と群れるのが好きではなく、単独行動を好む彼女だが、そこに美少年・美少女が絡むとちょっと違うらしい。
 そんな彼女の傍らにいるのが、マリアート・サカ。ジャンクケーブにあるルアト研究所の1人娘だが、どうやら空のお気に入りらしい。美少年然とした少女は、黒のレザーのパンツルックでアサルトライフルを肩にかけている。
 リマを挟んで空と逆隣に立っているのが青い髪の男、ゼクス・エーレンベルク。セフィロト髄一の食欲魔人でありながら、セフィロト随一の貧弱男。力がなくてもESPで補えばいいが、彼が使うESPは治癒と光偏向以外見た事がない。それ故に燃費の悪さも天下逸品と噂される男である。
 彼は今、自分の体もすっぽりおさまりそうなほど巨大なリュックを背負っていた。しかし見るからに中はカラッポのようである。普段から怒った顔以外殆ど表情を変化させない男だったが、何故だか溢れんばかりのやる気と食い気だけはビシビシと伝わってきた。きっとあのリュックには大量の戦利品を詰め込んで帰る気に違いない。たぶん無理だろうけど。それは戦利品がない、という意味ではなく、持ち上げられなくて、という意味だ。
 そんな彼が今までそれでもセフィロトで生き残ってこられたのは、そのふてぶてしいまでのいい性格と、そして彼の傍らに立つ男の存在が大きいだろう。
 黒いうさ耳帽子がトレードマークの男、姫抗。根拠のない自信に満ち溢れた特攻野郎。負ける事を知らない男。むしろ負けた事を忘れる男。故に後ろを振り返らない男。なんだかんだと、いいコンビネーションを見せる二人だったりもする。
 そんな連中が全員エレベータに乗り込んだのを確認して、ゲートキーパーがドアを閉めようとした時だった。
「キャー! 待って! 待って! 待って!!」
 エレベータホールに女の声が響いた。甲高い声だったが耳障りというほどではない。誰もがそちらを振り返った。そこへ大型キャリアが突っ込んでくる。
『ココヨリ先は、第2階層イェソド。専用パスカードのナイ者ハ通行デキマセン』
 ゲートキーパーのお定まりの制止に、大型キャリアの運転席の窓が開いた。顔を出したのはプラチナブロンドの髪にシャム猫を思わせる気まぐれな目をした女性だ。
 彼女が顔を出した瞬間、トキノの顔が何とも微妙に歪んだのを、クレインは見逃さなかった。
「そんな事、言わないでよ」
 女が女である事を全面に押し出した、何かをねだる甘ったるい口調で彼女が言った。
 お・ね・が・い、と続く彼女の言葉を遮るように、ゲートキーパーが動き出す。ゲートキーパーに色仕掛けなど通用するわけがない。相手はただのシンクタンクだ。とはいえあの至近距離で制圧射撃を喰らったら一溜まりもないだろう。誰もがそう思って一歩を踏み出した。
 一番速かったのはトキノだ。
「リフティさん」
 溜息混じりに声をかけたトキノを、大型キャリアの女、リフティ・ココノセが振り返った。
「彼女は私のパーティーです」
 そう言ってゲートキーパーの武装を解除させると、トキノはリフティに向き直った。
「全く、なんて無茶……」
「助かったわ。ありがと、トキノ」
 言いかけたトキノの言葉をぴしゃりと遮って、リフティは満面の笑顔を大盤振る舞いすると、大型キャリアを再び発進させた。
 エレベータの入口に立つトキノの事など目に入らない顔で。
「…………」
 こうしてエレベータの中は瞬く間に窮屈になったのだった。



   ★



「最も注意すべき事は、的確に状況を判断することだ。そのためには、正しい知識が必要となる。逆に、最もすべきではない事は、本能の赴くまま、直情的に行動する事だ」
 1分と満たない高速エレベータの中でゼクスがまことしやかにのたまった。これから向かうのは未開の地。何が待っているかもわからないサバイバルが待っているだろう。誰もがわかいっている。わかっている事だが実践するのはなかなかに難しい事でもあった。
 第2階層へと続くエレベータを降りると、そこにはさほど広くないフロアがあった。
 片隅に整然と並ぶ作業用シンクタンクは、このフロアにいる者に危害を与える気配はなく、ただゲートキーパー保守という自らの仕事のためにその時を待っている。
 リフティは大型キャリアを隅に止めて、そこで大型バイクに乗り換えた。細身なのに豊満な胸になんとなく目がいってしまうのは、彼女が胸元の開いた服を着ているせいだろうか。
 空は何となく視線をそらせて、大型スクリーンの前に立った。コンソールパネルに手を伸ばすと、このイェソド・ブロックを統括する【ブローカー】が声をかけてくる。姿を見せる事はなく、ゲートキーパーのような合成音でもいが、とりあえず敵というわけではないらしい。この第二階層への通行を許可する専用パスカードも発行してくれる。
 ブローカーがタクトニムであるかどうかはともかくとして、イェソドについて説明を求めると、ブローカーは淡々とした口調で、正面の大型ディスプレイにイェソド内の簡略図を示しながら言った。
『第2区画イェソドは環境プラントです』
 それが、審判の日以前のものなのか、審判の日以後の、タクトニムが改装に改装を重ねた後のものなのかは判然としない。
『ゴミ処理、浄水、空気浄化を行い、イェツィラー内部の環境を整えるための施設があります。また同時に廃棄物や熱を利用した、食料生産や、燃料生産も行っています』
 そう説明するブローカーの声に合わせて、ディスプレイの簡略図の該当箇所が順に灯った。
 北に【浄水プラント】、南に【食糧加工プラント】、東に【ゴミ処理プラント】、西に【空気浄化プラント】。そしてその外周をとり囲むように、【食糧生産プラント】がある。
「ブローカー、上層部へはどうすれば行けるの?」
 尋ねた空に驚いたようにリマが振り返った。
「え?」
 いきなりそんな事を尋ねるのか。だがブローカーは淡々と答える。
『第三階層より上へは、パスカードが必要です』
「これじゃ、ダメなの?」
 空は自分のパスカードを掲げてみせた。
『それは、イェソド専用のパスカードです』
「つまり、またゲートキーパーと戦って、第三階層に行って、パスカードを発行してもらわないとダメって事か」
 空がやれやれと呟く。リマが尋ねた。
「上に行くには、やっぱりエレベータしかないの?」
『このイェソドには第4階層にある『ティフェレト』に通じる大型エレベータが4基設置されています』
「何ですって!?」
 思わず空が身を乗り出した。トキノとクレインもそれに気付いてコンソールパネルの傍に顔を出した。
 第2階層の次は第3階層かと思っていたが、そうでもないという事か。
 しかし続くブローカーの子t場に一同はがっくり肩を落とした。
『ですが、現在は歪みが酷く、全て完全封鎖しています』
「……ちっ」
 とすると、この第二区画には、上層へ行くためのエレベータはないという事なのだろうか。それとも、自分たちで探せという意味なのか。推し量るようにスピーカーを眺めたところで察する事は出来なかった。
 空は別の質問をぶつけてみる。
「浄水プラントってのは、どこの水を浄水して、どこへ給水しているの?」
『下水の全てと、アマゾン川から汲み上げた水を浄化し、飲料水や生活用水、工業用水としてセフィロト内の各所に送られています』
「アマゾン川!?」
『はい』
「じゃぁ……」
 言いかけた空の言葉をゼクスが遮った。
「そんなものは、自分の目で確かめればいいだろ」
 早く行きたいと言わんばかりの顔だった。リフティが自分専用のパスカードを作り終えたのである。
 先ほど、最もすべきではない事は、本能の赴くまま、直情的に行動する事などと言ってたあれはどこへいってしまったのか。いや、それ以前に、いつの間にか一緒に探索する事になっている事の方が問題か。とはいえ、ゲートキーパーみたいなのがもう一体こちら側にいないとも限らないのだが。
 空は肩をすくめて、どうする、とでも尋ねる風にリマを振り返った。
「まぁ、探検した後で聞いてみてもいいかもね」
 そう言ったリマの目には期待と不安にも似た緊張がチラチラと移ろっている。ドキドキとワクワク。この第2階層に何があるのか、早く知りたくてうずうずしていた。
「それもそうね」
 どうせ帰る時にはまた、ここへ戻ってくる事になる。
 笑って空はフロアの出口へと歩き出した。傍らにはリマ。
 クレインも抗もゼクスもトキノも立つ。
 リフティは大型バイクに乗っている。
 扉が開かれた。
 そこに広がっていたのは、ここが屋内である事を忘れさせるような密林だった―――。





 ■Let's explore■

 鬱陶しい木々が生い茂る中へ、一同は足を踏み出した。木漏れ日が意外と強い光を注いでいるのに、クレインはサングラスをかけると、日傘をさした。彼は日光のような強い光が得意ではないのだ。
 とはいえ、ここは屋内のはずである。太陽などあるはずもない。
「ここが食糧生産プラントか……」
 ゼクスが目を輝かせて言った。表情は変わらないくせに、彼の目は口以上にいろんなものを語ってくれる。
 しかし、そんなはずはない。ブローカーの説明では、食糧生産プラントは外周のはずなのだ。第一階層の中央にあるエレベータを昇ってきたのだから、ここは第二階層のほぼ中央である。
 ならばここは第二階層中層部。
 とすれば考えられる可能性はそう多くは無い。審判の日の後、生産プラントの種子がタクトニムなどの手を借りてあちこちに散らばり、そこで発芽して繁茂したのだろう。
 足下の土とも砂ともを足ではらって軽く掘ってみると、すぐにコンクリートが見えてきた。ともすればここはやはり通路なのだ。
 シダ植物が生い茂るのをトキノは一つ一つ丹念に芽を摘んで小さな小瓶に入れていく。持ち帰って研究材料にするためだ。
 抗が面倒くさそうにソニックブームを放った。空気による衝撃波が木々で埋もれていた場所を一気に切り開く。リフティの大型バイクがならして出来た道を、クレインはのんびりと歩きだした。
 繁茂しているのが食用植物なら、実がなってるものもあるかもしれない。第二階層全体が食糧生産プラントとは、ゼクスにとってまさにここは天国である。今にも、ここに住もうとか言い出しそうだ。
 案の定、ゼクスは何かを思いついたようだった。
 そうして一同を振り返る。
 ガサガサと葉擦れの音が聞こえてきた。
 何かが近づいてきている音だ。
 ゼクスが気付かぬ顔で口を開いた。
「良い事を思いついたぞ」
 誰もが、後ろ、後ろ、とゼクスの背後を指差した。
 葉と葉の合間を縫うように降り注いでいた人工灯の光が突然遮られ、辺りは薄暗くなった。皆の様子がおかしいのにゼクスは小首を傾げながら後ろを振り返る。
 トキノが動いていなければ、ゼクスは今頃ぺちゃんこになっていたかもしれない。



   ★



 ビースト。モンスタータイプのタクトニムで、特に動物が大型化、異常化したものをさす。元の動物はさまざまで見た目とその凶暴性が合致しないものも多い。遺伝子操作や細胞強化、果てには超能力研究の成果が組み込まれ、その危険性は半端ではなく、小口径の銃などでは致命傷を与える事もできない上に、人より優れた五感と高い運動能力をもつ。
 この第二階層に最も多く見られる種類のタクトニムである。

「知ってるか。カバというのは実は恐ろしく凶暴なんだぞ。雑食だし、顎の力は1トンを超えると言われている。その上あの牙の大きさだ」
 トキノの肩に担がれながらゼクスが言った。カバ。確かにあの大層な下顎といいカバっぽい。元はカバだったのかもしれない。しかしこの大きさは象にも勝る。トキノはトリケラトプスを連想した。
 リフティがマグナムを構える。その威力はハンドガンの中ではトップクラス。ライフルにも負けない威力をもつが、その一方で反動も大きい。それを難なく片手であしらって、リフティは二挺の拳銃を連射した。
 車のエンジンをもぶち抜く、とは誇張されすぎだとしても、そう思わせるほどの迫力のある音と威力をもつ弾が、ビーストの硬く、それでいて弾力もあるらしい皮膚に弾き返される。跳弾が抗の頬を赤く染めた。
「……げっ」
 ゼクス言うところのカバが咆哮をあげる。
 見た目に反して恐ろしく速いスピードでカバが動いた。前足がリフティを襲う。エキスパートである彼女が反応しうる速度ではなかった。
 いや、エスパーでも殆どが反応できなかっただろう。
 空は自分がもつ獣化三形態とカバとを内心で比較した。半獣よりも獣の方が力もスピードもその耐久力も上だとするなら、ここではどれも不利に違いない。それでも今【天舞姫】に変化していたなら、少なくともあの速度に反応しリフティを救出するぐらいなら出来たかもしれない。
 だが、残念ならが今は変化していなかった。
 トキノはゼクスを担いでいる。
 瞬時に動ける者はなくて、誰もがリフティが血まみれに引き裂かれるのを幻視した。
「…………」
 しかし、カバの足はギリギリのところで止まっていた。
 リフティを襲った前足に機関銃の弾がめりこんでいる。リフティは逃げるようにバイクを前へ走らせた。
「ジーン!」
 リマが後ろを振り返る。
 そこに、1人の黒づくめの男が立っていた。実は彼は皆と一緒にずっとエレベータに乗っていたのだ。だが完全に忘れられた存在だったのである。
 意外な伏兵も束の間。
 カバが怒ったように暴れだした。
 その声に他のビーストたちが反応したのか。あちこちから、別の咆哮があふれ出す。
 仲間を呼んでいるのか。だとしたら、たまったものではない。
「とりあえず退きましょう」
 その声に、誰もが一目散に走りだした。
 そしてひとしきり走り、カバの追ってくる気配もなくなってホッと一息吐き出したところで後ろを振り返った。
 シーーーン。
「…………」






 ■Each exploration■

 《空とクレイン》

「ちっ……リマとはぐれちゃった」
 舌打ちしながら言う空を、クレインは半ば以上に息をきらせながら見上げた。肩で息をしている。元々体力があまりないのだ。今にも力尽きそうである。
 とりあえず、一緒なのが彼女でよかった、とクレインはぼんやり思った。これでゼクスだったら後がない。しかし、他人に興味のない彼女が自分を助けてくれるかは若干不安だ。リマがいれば彼女の手前、最低限の力は貸してくれるだろうが、ここには残念ながら彼女がいないのである。
 しかし空は心配そうにクレインの顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
 クレインは1つ深呼吸して息を整えると笑みを返す。
「何とか……」
「ま、しょうがないわね」
 空はやれやれとウェストポーチを開いた。
 どうやら見捨てる気はないらしい。美人さんには性別問わず基本的には優しく振舞える彼女なのだ。
 空はポーチの中から一口サイズの高カロリー携帯食を取り出した。
「食べる?」
「いただきます」
 クレインは素直に受け取り口の中へ放り込んだ。喉が渇くかと思ったが意外に喉は潤った。中に水分が圧縮されて入っていたようだ。カロリーだけでなく、水分もきちんと補給できるように作られているらしい。空も1つ、それを自分の口の中に放り込んだ。
 互いに人心地吐く。
 クレインは頬を撫でる風にふと顔をあげた。
 空も気付いて目を見張る。
 セフィロトは、その周囲を分厚い壁に覆われた閉鎖空間であり、そこに自然の風が吹くような事は無い。ならば今感じている空気の流れは、人工的なものという事だろうか。一瞬、タクトニムの襲撃も考えたが、穏やかな流れに殺気は感じられなかった。
 木々に覆われて気付かなかったがどうやらここが、第二階層イェソド中層西部―――空気浄化プラントらしい。
 いくつもの施設が犇いている。
 通風口を通じて集められたセフィロトの塔内のすべての空気をここで浄化しているのだ。
 ただ綺麗にされているだけではない。マイナスイオンが含まれているのだろう、何とも爽やかな風だった。
「へぇ……排煙や、有毒ガスなんかも全部ここで処理されてるみたいね」
「えぇ、とても穏やかで心地よいですね。この木々たちも、空気浄化に一役かっているのでしょうか」
 ゆるりとした風が施設をぐるりと巡るように流れて葉を揺らす。目を閉じて耳を澄ませば、川のせせらぎさえも聞こえてきそうだった。





 《トキノとゼクス》

「どうやら皆さんとはぐれてしまったようですね」
 トキノが辺りを見回しながら淡々とした口調で言ったが、ゼクスは聞いてない顔で犬にも負けない嗅覚をフルに発揮させながら言った。
「あっちだ」
 ここまでも、ゼクスの指示によって走ってきたようなものである。やれやれと溜息を吐いてトキノはゼクスを肩から下ろす。
 するとゼクスはそちらへ誘われるように歩き出した。トキノは注意深く視線を馳ながらゼクスの後についていく。
 木々に覆われよく気付かなかったが、そこには建物のようなものが並んでいた。
 第二階層イェソド中層南部―――食糧加工プラントである。
 食糧生産プラントに直結したその場所では、生産プラントで生産された動植物を食べやすい状態に加工する施設で、動物を捌いたりは勿論、缶詰め、瓶詰め、真空パックなどまで一手に行う。
「素晴らしい……」
 ゼクスは目を輝かせた。食糧生産プラントでは、植物を栽培し、動物を放牧し、魚を養殖しているだけだが、ここでは全て食べやすい状態にまで自動で加工してくれているのだ。
 捌かずとも捌いたものが即座に手に入る。すぐに食べられる。ゼクスにとってここは正に楽園であった。
 ただし、食欲旺盛なのは、何も彼の専売特許ではない。
 第二階層モースト・デンジャラス・ゾーン。それが、この食糧加工プラントなのである。
 反射的にトキノは抜刀していた。いつの間にか囲まれている。気配すら感じなかった。
 ゼクスはそんな気配にも殺気にも全く気付いた風もなく、目の前のハムにご執心のようであった。
 触手のようなものがトキノを絡めとろうとする。
「囲まれたのではなかったのですね」
 それを切り落としてトキノは地面を蹴った。
 彼らの周囲にタクトニムが集まってきたのではない。最初から集まっていたところに、自分たちが迂闊にも入り込んでしまったのである。
 だとするなら、あのハムはワナである。
 とはいえ、声をかけて止まる相手でもないので、トキノは自分の身の安全だけを確保しつつ、ゼクスの行く末を見守る―――もとい、敵の出方を見る事にした。
 先ほどのカバのようなものが大挙してきたら、どこまで持ちこたえられるだろうか。
 そんなトキノとは裏腹に、ゼクスは顔にはだしていないが内心では嬉々ととしてハムを手にとっていた。まずは味見とばかりに一口齧る。自分を絡めとる食指にも全く気付かない態で「うぉ! 旨い!」などと感嘆の声をあげながら、二口、三口。彼の体はそちらへと引きずられていった。
 そこに薄緑の壷がある。トキノの脳裏にアンプラリアと呼ばれる食虫植物が過ぎっていった。それにしてはサイズがあまりに違いすぎる。
 アンプラリアが食べるのは虫だが、これは恐らく雑食。
 肉食植物。それがゼクスを飲み込もうとした瞬間、トキノは地を蹴ってゼクスを救出すると、代わりにその壷の中へ手榴弾を投げ込んだ。
「…………」
 安全ピンを取って投げ込んだはずなのに、爆発の気配がない。どころか、食指が唸る。トキノはそれを避けながら、少し離れた場所に生えていた、手の平サイズの壷を摘んでみた。ナイフで中をこじ開けると、瞬く間にナイフが分泌液で溶かされていく。
「…………」
 それを特殊ケースに入れて、トキノは使い物にならなくなったナイフを捨てた。
 どうやら壷の中は強酸らしい。手榴弾も爆発するより早く溶解したのだろう。ピンを取ってすぐに投げ入れたのが敗因か。
 下手に斬って強酸があふれ出しても手間である。その前にブレードの刃がなくなってしまうかもしれない。
 それに、恐らくはアンプラリア自体がまた1つのワナなのだ。アンプラリアに群がるハイエナたちがいる。自分たちを囲んでいた殺気はアンプラリアなどという植物が放っていたものではない。
 君子危うきに近寄らず。
 トキノはゼクスをかついで再び走りだした。





 《抗とリフティ》

「はぐれたみたいだな」
 そう呟いた抗に有無も言わせぬ態でリフティは彼を自分のバイクに座らせた。
「あたしはゴミ処理プラントに行きたいの」
 コインで方角を決め抗にソニックブームを放たせると、そちらへバイクを走らせる。
 彼女バイクはオフロードも軽やかに走りぬけた。
 その先に、木々に埋もれた建物群が見えてくる。
 第二階層イェソド中層東部―――ゴミ処理プラント。セフィロトの全てのゴミがここに集められている。どうやら第一階層の廃棄物一次処理プラントでゴミが上のフロアに送られていたが、その辿り着く先はここだったようである。
 集められたゴミは自動的に分別され、焼却、リサイクル、貯蔵のどれかに回されていた。基本的にはただのゴミの集まりだが、そうではないものもあるらしい。






 《リマと仁》

「みんなとはぐれちゃったみたいね。空の事だから大丈夫だと思うけど」
 リマが辺りを見渡しながら独りごとのように呟いた。傍らには仁がいる。2人が訪れたのは第二階層イェソド中層北部―――浄水プラントである。
 ブローカーの話しが本当なら、アマゾン川へ繋がるパイプがあるのだろう、2人は中へと足を踏み入れた。
 下水の沈殿物は特殊処理されて肥料に加工され食糧生産プラントへ送られるらしい。そのラインを辿っていけば、植物を栽培しているエリアに出られるのだろう。
 水道管が壊れているのか、湧き水のように水が噴出しているところを見つけて二人はそちらへと歩き出した。ちょっとした小川が出来ている。その先で、じゃぶじゃぶと水で何かを洗っているような音がして、2人は顔を見合わせた。
 そちらを覗き見る。
「ばってん羊!?」
「リマ!?」
 そこではばってん羊が羊の毛を水洗いしていた。その傍らには何故か空の姿があって、空はリマに気付くと抱き付いてきた。
「良かった、無事だったのね」
「えぇ……っていうか、これは?」
 リマがばってん羊を指差す。
「空気浄化プラントで刈った羊の毛をここで洗ってるみたい。100%ウールを分けてもらおうと思って」
 空は笑顔で答えた。
 それでばってん羊と一緒にいたらしい。
「…………」





 ■Ending■

 第二階層イェソド外縁部―――食糧生産プラント。イェソドの半分以上の空間を占めるその場所には、熱帯棟、温帯棟、冷帯棟などあらゆる地域の気候を作り出す施設があり、植物を生産する食物栽培エリアがある他に、牛や豚、羊などが放牧された食肉生産棟や、各地の海の魚や海産物の養殖が行われている巨大水槽群があり、ブラジルの奥地にいながらにして、世界各地の殆どの食材が手に入るようになっていた。そして今も尚、保守用シンクタンクが生産を維持しているのである。

 そんな広いエリアであるにも関わらず、何の打ち合わせをしていたわけでもなく、ビーストに襲われ逃げたり、ばってん羊に案内されたり、犬にも勝る嗅覚を駆使したりと、事情はさまざまであったが、何となく彼らはそこに集っていた。
 家畜が放牧された牧草地。
 誰が用意したものかテーブルにティーカップが並べられている。
 肉と主張するゼクスを無視して、リマと空が乳牛からミルクを絞っていた。別に今する必要性はない。
 後でうまく手なずけたら、いろいろ荷物を運んでもらおう。最後はリフティの大型キャリアに詰め込んで持ち帰るだけだ。誰もがそんな事を考えている。
 にも関わらず、乳絞り。
 見渡す限りの緑の牧草地がティーブレイクに丁度よいのどかな風景に見えたのである。
「これで、ロイヤルミルクティーを作ったらどうかな」
「これはこのまま飲むのが旨いに決まっている」
 穏やかな昼下がり。
 腹が減っては戦は出来ぬ。
 誰が言い出したのかはわからないが、ここで休憩を取ろう。牛や羊。どれもただの家畜だ。
 その辺に生っているくだものは、全てゼクスが毒見と味見をしてある。その中から、美味しくて食べられるものだけをチョイスしてテーブルに並べた。
 珍しい花はお土産にと、トキノが瓶に詰める。
 紅茶の香が周囲に満ちた。

 ―――さぁ、丁度いい頃だろう。

 彼らにとっても、奴らにとっても。
 食糧生産プラントの中で、最も危険とされているエリア。何度も言うようだが、食欲旺盛なのは、何もゼクスの専売特許ではない。
 彼らは牧草地に囲まれてピクニック気分であったが、実はビーストたちにも取り囲まれていたのである。

 ―――そろそろ、だ。

 いつから姿を消していたのか、いつからいなくなったのか。
 ばってん羊のランチャーが火を噴いた。



 それを合図に、パーティーが始まった。






 ■大団円■







■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】

【0233/白神・空/女性/24歳/エスパー】
【0376/リフティ・ココノセ/女性/24歳/エキスパート】
【0641/ゼクス・エーレンベルク/男性/22歳/エスパー】
【0474/クレイン・ガーランド/男性/36歳/エスパーハーフサイバー】
【0289/トキノ・アイビス/男性/99歳/オールサイバー】
【0644/姫・抗/男性/17歳/エスパー】


【NPC0104/怜・仁/男性/28歳/ハーフサイバー】
【NPC0124/マリアート・サカ/女性/18歳/エスパー】
【NPC0200/ばってん羊/男性/???歳/タクトニム】

■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

 ありがとうございました、斎藤晃です。
 今回は第2階層を駆け足で回ってみました。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。