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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


【Hide and Seek】月下の黒猫

 猫は踊る。月下、闇を踏んで。
 人は追う。月下、哀を叫んで。

 今夜の道化は一人と一匹、逃げて追うは摩天楼。するりするりと足音も無く、虚しく叫ぶは男の声。遠く近く、視線移ろい重ねる時。
 そして役者がまた一人。

「……この、……バカ猫ーッ!」
 追いかけて追いかけて、あともう少しというところで逃げていく小さな体躯。何度やっても同じことだ。たかが猫探しで高額な報酬など、疑ってかかるべきだったのだと後悔しても後の祭り。遊ばれているのは此方だと気付いてはいたが、引き受けてしまったからには、あの女王気取りの獣を簀巻きにして豚箱に入れ……いやいや、硝子細工のようにそっと抱き上げて居心地の良いケージに入って頂くまで帰ることはできない。こんな簡単な依頼、本当は一日で片付けるはずだったのにとゼルアはため息をつく。
「えーと、今日で……四日目だっけ」
 冷たい床に転がって天井を見上げてみる。一日目は下調べ。猫が良く出没するというこの場所にやって来て、建物の内部と逃走経路を調べてみた。二日目、ターゲットを発見。三日目、同じ場所で発見するが一晩中鬼ごっこ。そして今日。
「あーあ。そろそろ捕まえねぇと、このゼルア様の評判に傷が……ん?」
 微かな靴音を聞いた気がして唇を閉ざす。首を捻って見遣ると、赤い瞳の青年が立っていた。



「お兄さん、ご苦労さまだねー」
 登場した青年はスピラエと名乗った。年同じ頃ということもあり、またゼルア自身スピラエの持つ飄々とした掴み所のない雰囲気を気に入った様子で、幾らか世間話をした後で猫捕獲依頼の手伝いを持ちかけた。
「あー、ゼルアでいいぜ。さん付けられるのって好きじゃねぇんだ。こっちもスピラエ、……スピちゃーんって呼ばせてもらうからよ」
 本気か冗談かゼルアが言うと一瞬驚いたように表情を崩すが、出会った時と同じように薄い笑みを浮かべ、ひらりひらりと片手を振る。
「いいよ」
「え? マジですか」
 一瞬の沈黙。
「ゼルアちゃーん。って俺に呼ばれたいなら、それでもいいよって言ったんだけど。どっちがいい?」
 ゼルアちゃん。これまでそう呼ばれたことが無いとはいわない。しかしながら、この時受けたダメージを数値化することは文字通り無意味といえよう。戦闘力を計る事ができるという某色付き眼鏡ならば、その力の大きさに一瞬にして砕け散ってしまうに違いない。

「挟み撃ち作戦で」
「おうよ。俺が二人いたら楽勝だったんだけどなー、いやー残念無念」
「俺、出入り口付近で待機してるからさ。ゼルアが猫をこっちまで追い立ててきてよ」
 ゼルアの戯言を羽毛のような軽さで聞き流すと、スピラエはてきぱきと作戦を指示し、一階フロアの太い柱に場所を取る。
「頑張れー、ゼルアー」
「へいへいー」
「文学的な表現をすると、馬車馬の如く働け、ってことだね」
「馬かよっ?!」
 ボケと突っ込みは円滑な人間関係の基本と信じていたゼルアだったが、こんな悲しい突っ込みは生まれて初めての経験だ。これを乗り越えて人は大きくなるのだと自分に言い聞かせ、じっと暗闇に目を凝らす。何処だ、何処にいる。今日という今日は捕まえてやると意気込んでみたものの……見えない。
 エスパーとは特殊な力が使える人間のことを指す。逆をいえば、力さえ無ければ彼らは普通の人間と変わらない。ナイフで切れば傷ができるし、指が吹っ飛んだら元通り再生なんて便利なことはない。
 いくら暗闇に目が慣れたとはいえ、微かに動く猫の身体を捉えることはできなかった。しかも悪いことに、相手は「黒」猫だ。
「くっそー……。おーい、スピラエ。……指示をくださいお願いします」
 何故か謙ったお願い。
 対するスピラエは暗闇のある一点に視線を縫い止め、すっと目を細める。彼の保持するサイバーアイは人間のそれとは比べ物にならない能力を持つ。ちょうど今夜は月があるようだ。光量としては十分。普通の人間にとっての薄闇ならば、彼にとっては昼間も同じ。十秒と経たず、資材の横に座るターゲットの姿を瞳に捉えることができた。あとは動きの指示を出すだけでいい。
「今、奥の資材陰にいる。……右へ移動した。作戦は予定通りのやつで」
 サイバーアイの動きに不調はない。猫とゼルアの姿を同時に補足しつつ、挟み込めるようにと微妙に自分の立ち位置を変えていく。もちろん動きは緩やかで足音を出さないように気をつけるのは忘れない。猫は狡猾な狩人だ。戦場で派手な動きがあればすぐに気付き、太刀打ちできないと悟ればすぐに逃げ出してしまうだろう。ぴんと張り詰めた緊張感を久々に感じながら、スピラエはほんの微かに唇の端を上げた。

「……ッ、痛いっての。引っ掻くなー!!」
 資材が倒れる派手な音。それに続いたのはゼルアの哀れな悲鳴だ。恐らく腕や手に引っ掻き傷を幾つも残していることだろう。だが命に別状はない筈だから、放っておけば直に治る。そんなことを冷静に思いつつ、スピラエは弛緩させていた手足に力を入れた。全速力とまではいかないにしても、猫はかなりのスピードで走って来る。成功させるなら、一瞬の失敗も許されない。こういう時こそ焦らずのんびり落ち着いて。余計な緊張は実力を半減させる。
「はいはい。一名様ご案内」
 人間から逃れようと高い棚へジャンプした次の瞬間、猫はしっかりと追跡者の腕に抱かれていた。



「こういう依頼って餌でおびき寄せとかするもんだと思うけど、律儀にかくれんぼしてたんだ?」
 捕獲した猫をケージの中へ落ち着かせた後、汗だくのゼルアに話しかけてみる。見れば大の字になって冷たい床に転がっているようだ。
「んー?……そーいう手もあったな……、寧ろ俺に餌をくれ」
 連日の鬼ごっこで疲れ果ててしまったのだろう。途切れがちの声が返ってくる。
「体力消耗するし危険じゃない?……猫ちゃんが」
「俺じゃなくて?!」
 がばりと起き上がり、二度目の突っ込み。
 くすくすと笑うと、それに同情したか或いは更なる追撃か、ケージの中の猫が小さく鳴いた。捕まえる時にはあれほど暴れたというのに、スピラエが手を伸ばすと甘えるように鼻先を摺り寄せてくる。
「んじゃ、依頼も片付いたことだし。何か食いに行こうぜ。俺、もう腹へって死にそう。餓死寸前ってやつだ」
「もちろんゼルア持ちだよね。全部」
 さらりと生み出される爆弾発言。
「おう。ぱーっとな。……え、全部?」
 後半、本当に?と確かめるゼルアの声が心無しか小さくなる。
「うん、全部」
 片や笑顔の赤、片や固まった青。
「……、……。おう、喜んでっ! 今日は食うぞー!」
 徹夜明けにも似た妙なハイテンションで親指を立てると、ゼルアは質も値段と一流と噂される高級店街目指して歩き出す。
 郊外の廃ビルで繰り広げられた鬼ごっこは、こうして終わりを迎えたのだった。

■ 

 翌日、ゼルアは町外れの公園で目を覚ました。傍には猫、そして飲み過ぎで荒れた胃と頭が痛い。
 後日、多額の飲食代を「経費」として請求したが認められず、結局残されたのはスピラエが密かに撮った記録映像だけだったとか。しかしそれさえも撮られた本人が知ることはなく、ただ良い出会いがたったものだと嬉しそうに思い出すゼルアの姿があった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0758/スピラエ・シャノン/男/22歳】
【NPC0341/ゼルア/男/22歳】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます。とても楽しく書かせて頂きました。
 物語をお読みになって少しでも楽しんで頂ければ幸い。
 また何処かでご縁があることを願いつつ、失礼致します。