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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


【Hide and Seek】月下の黒猫

「……割に合わねぇぞ、これ」
 荒い呼吸を繰り返し、ゼルアは天井を睨み付ける。
 黒猫捕獲依頼。
 それは簡単だと二つ返事で引き受けたのが数日前。散らかった事務所に似合わぬ派手な化粧に弛んだ頬肉、キツい香水の匂いを纏った未亡人。大切な依頼人とはいえ、長く傍にいるのは精神的にも肉体的にもダメージが大きく、軽い返事で依頼を受けたのは実のところ、その辺りが大きな理由だった。

 救世主は唐突に現れる。

 廃ビルといっても人気がないだけでなく、崩れかけた建物で迂闊に近付くのは危険ととえ思われる。窓という窓は全て割られ、塗装の剥げた壁にはヒビが入って風の良い通り道だ。
 一つの靴音。コツ、コツと規則的で少しずつ此方へ近付いて来る。
 猫に足音なし。ということは、自分以外の人間か。少なくとも二本足で立って歩いている。話が通じるならば、意外な助けになってくれるかもしれない。淡い期待を抱きつつ、首を捻って気配のする方を見てみる。月光を背中に受け、金色の髪をくしゃりと掻き上げながら、その男は立っていた。
  

「おう、何手伝うんだ?」
 実は……とゼルアが猫捕獲大作戦について話すと、リューは快く手伝いを申し出てくれた。
 軽く自己紹介を兼ねた作戦会議を始める二人。とはいってもゼルアが口に乗せるのは捕獲の失敗談ばかりで役に立ちそうな情報はあまりない。リューは軽く腕組みをして少し目を閉じ、しばらくしてからパンっと手を叩いた。
「どーした? 何かイイ作戦でも思いつい……って、おーい」
 リューは道具箱から工具を取り出し、辺りに散らばっている適当な資材を手に取る。使えそうな物は脇に起き、屑となって使えない物は遠くに放る。かちゃかちゃと小さな金属音を立て、機械のようなー精密さで備品を組み立てていく様はまるで魔法のようだ。手先は器用でも、手癖が悪いといった方向で能力を使っているゼルアにはできない芸当だ。目を輝かせ、一体何が完成するのかと秘密道具を頼る某眼鏡少年のような心持ちで待った。心配はいらない。ここにいるのは猫型より数百倍頼りになる、リュドレイク・グラーシーザその人なのだから。

「オートマ猫じゃらし!」
「すげー、このボタン押せばイイんだろ。そーれ!」
 ぽちっとな。同時にネット発射。ゼルア、捕獲成功。

「食べると脱力・ほんのり麻酔入り煮干し」
「ふ。俺には効かねぇぜ。……ぎゃー、腹痛ぇー! 身体が痺れるー!」
 効果は抜群だ。人間にもばっちり効くらしい。

「お友達で釣ろう! サイバーはむすたー『はむくん1号』」
「マジでネズミそっくりじゃん。緊急用の食料ー! しかも可愛いー!」

「うわ〜、良い出来。これ、じゃれて壊されたらイヤだな〜」
 かちりと最後の部品を固定し、リューは白く愛らしいネズミを掌に乗せた。見れば見るほど可愛らしく、つぶらな黒い瞳でハートを蕩かす。今までで最高の出来といって良いだろう。作成に多少の時間はかかってしまったが、そんなことは大した問題、否、問題自体にすらならない。なめらかな表面は触り心地もよく、小回りがきくボティは操作性もばっちりだ。しかしながら一つだけ弱点を述べるならば、傷つきやすい男心と同じようにデリケートな道具だという点。簡単にいうならば、乱暴な扱いは寿命を縮める。それだけで済めば良いが、最悪猫との聖戦で戦死してしまうかもしれない。

 事態を見守っていたゼルアが後ろからひょい、と「はむくん1号」を掴み取る。
「……、……。許せ、リュー。正義に犠牲はつきものだ」
「うわ〜、やめて〜! 精密機械だからや〜め〜て〜!」

 黒猫はといえば、少し離れた資材の上で二人を眺めていた。高い所にいると猫は気が強くなる。自分以外の存在を見下ろし、襲い掛かってくる愚か者がいれば鋭い爪で追い払う。下にいる人間が、「見下されているのではない。我々が見上げているのだ」と言ったところで屁理屈にもならないだろう。鼻で笑われるのがオチだ。

 だが、猫は所詮猫。肉食獣が持つ、狩りの本能に逆らうことはできなかった。
「行って男を上げて来いー! そーれ、はむはむー!」 
 脱力するような掛け声と共に、力強く放り投げられたはむくん1号は、ちょうど猫の目の前に落ちた。逆さまに地面へ叩き付けられてしまったが、そこはリューの発明品。反動をつけてころりと自動で起き上がり、微かな機械音をさせながらターゲットの元へ向かっていく。本職の技術者も裸足で逃げ出す高性能だ。
 右へ、左へ。規則的な動きで猫の目の前を行ったり来たり。既に猫の大きな目ははむくんに釘付けだ。
「よーし、イイ感じだぜ。はむ、引き付けてこっちへ!」
 ゼルアの声を命令として認識したか否か、不気味にくるりと一回転した後、物凄い速さで二人の方へ向かってくるはむくん。
「リュー、それは?」
「赤外線スコープ連動式捕獲用ネットガン。……小動物用」
 く、と涙を堪えてリューが言う。何としてでもはむくんが壊される前に決着をつけなければ。手早く組み立て、動作の確認を済ませる。動作不良はない。
「来た! そいつで一発頼むぜ。はむはむだって、きっとあの世で喜んでるって!」
「まだ壊れてなーいー!」
 そうしている間にも、黒猫は猛スピードではむくんを追ってくる。ネットガンを構え、部屋の端にいた猫に向けて引き金を引く。その刹那だけ、リューから笑みが消えたように見えたのは気のせいだろうか。

 小さなネットが飛び出し、白いネズミと黒猫をすっぽりと中に捕まえてしまう。一瞬の出来事だった。
「よーし、これで依頼クリアー」
「……う」
 急いで駆け寄ってみるが、既に時遅し。ぷすぷすと白い煙を上げ、おまけに暴れる猫の弱爪攻撃と蹴り強攻撃の連続技で満身創痍だ。空中ラッシュがないだけ幾らかダメージは軽減されているが、はむくんの体力は赤ゲージに突入しようとしている。

 がっくりと肩を落としていると、ぽんっとゼルアが肩を叩いた。
「お疲れサン。……その、壊しちまったのは悪かった。さっき作った奴なんだけど、代わりにコレ貰ってくれ」
 差し出されたのは小さな灰色の塊。ちらりと見た限りでは手榴弾のようだ。変な猫のイラストがペイントされている。
「俺一人じゃー今夜も逃げられてた。サンキュ……また会ったら宜しく頼むぜ。とりあえずは、」
 月は沈もうとしていた。朝が近付いている。
「飯でも食いに行こうぜ、リュー」
 ……いつか、はむくん2号が生まれる日が来るのだろうか。来るかもしれないし、来ないかもしれない。だがどちらにしろ、初代の活躍は末永く伝説となって残るに違いない。二人だけが知る、一夜の出来事。
 太陽が地平線の彼方から顔を出した。――月下の黒猫、これにて終幕。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0143/リュドレイク・グラーシーザ/男/28歳】
【NPC0341/ゼルア/男/22歳】


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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました。
 お楽しみ頂ければ幸い。またのご縁を祈りつつ……。