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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第二階層【浄水プラント】ホワイト・ノート
 水に蠢く影



 ライター:斎藤晃



 ブラジル北部アマゾン川上流域に聳え立つ高層立体都市イエツィラー。審判の日以後ロスト・テクノロジーを抱いて眠る過去の遺物は、もしかしたらその目覚めを静かに待っているのかもしれない。忘れられ続けた軌道エレベーター「セフィロト」に集う訪問者たちの手により、ゆっくりと。
 そしてこれは、決して安全とは無縁のその場所で繰り広げられる訪問者たちの日常と非日常である。



   ◆



 デートといえば、待ち合わせと相場は決まっている。
 いつもは大抵、自分が彼女の住む研究所にアポも取らずに押しかけて、誘い出す事が多いのだが、たまにはこういうのもオツというものだろう。
 約束の時間ほぼぴったりに、待ち合わせの場所に訪れると、既に彼女は人待ち顔でそこに立っていた。
 黒のレザーの上下、背中にはアサルトライフル。おおよそデートらしからぬかっこである。どうせなら可愛いミニスカート、と思わないでもなかったが、行き先を考えればこれは無理からぬ話なのかもしれない。
 これから、第2階層へ行くのだから。
 それさえも、デートと称するにはあまりに相応しい場所とはいえない。しかし彼女の興味のなさそうなデートスポットよりはずっとマシなはずである。
 株をあげるのにも、セフィロト内部の探索するのにも。
 だからここは短パンから覗く白い足で妥協する。
「空!」
 彼女が自分を見つけて片手をあげるのに、白神空は笑顔を返した。
「お待たせ、リマ」
 マリアート・サカが軽やかな足取りで駆けて来る。
「行こう」



 セフィロト第2階層への道が開け、開けてしまえば比較的簡単に行き来できるようになったのはつい最近のことである。
 かつてはヘルズゲートを開けただけで襲ってきたタクトニムどもも、今ではその遭遇率を随分と下げ、ビジターたちの侵入を許していた。
 通称メインゲートと呼ばれる第2階層へ繋がる高速エレベータも、それを管理するゲートキーパーに専用のパスカードを提示すれば簡単に乗せてくれるのだ。
 専用パスカードは高速エレベータを降りたところにある小さなフロアで発行してもらえた。発行してくれるのは、この第2区画を管理しているというブローカーと名乗る謎の存在である。
 前回、空たちが訪れた時には、帰りにブローカーからいろいろ聞きだす予定だったが、うっかりビーストと呼ばれ獣系モンスターに襲われ脱兎だったため殆ど聞き出せないままに終わってしまった。だから今回はしっかり聞いてから先へ進むことにする。
 幸い、今回は先を急かすような連中もいない。リマと2人きりなのだ。
 大型スクリーンの前に立つと、空は呼びかけた。
「ブローカー!」
『はい』
 電子音でも、合成音でもない声が返ってくる。男なのか女なのか、人なのか、人ならざる者なのかさえ判然としない。
「第4階層へはどうやって行けばいいの?」
 空が尋ねた。
 ブローカーの話しによれば、この第2階層には第4階層にある〈ティフェレト〉に通じるエレベータが設置されているというのだ。
『現在は歪みが酷く、全て完全封鎖しています』
 ブローカーは前回と同じ言葉を繰り返す。
「メインエレベータは止まっていても点検保守用のエレベータなり、階段なりがあるんじゃないの?」
『それらは、私の管轄ではないためお答え出来ません』
 素っ気無い返事がスピーカーから返ってきた。
「…………」
「つまりこういう事かしら?」
 リマが首を捻りつつ言った。

 要約するとこういうことらしい。
 第1階層にある第2階層へのメインゲートの管理は、メインゲートを通るためのパス管理も、不正侵入者の排除も、そのためのゲートキーパーをはじめとする管理システムの全てが、第2階層―――いや、第2区画〈イェソド〉のブローカーが管理している。
 すなわち、上位区画への入門管理は、パス・ゲートキーパー含めて、上位区画のブローカーが行っているということだ。このため下位区画のブローカーは把握していないのである。
 このブローカーが知っているのは、あくまで自分の管轄ブロックである、第2区画と、そこへ入るためのメインゲートの入出管理システムのみ、という事である。

「役に立たないわね」
 空は低い声で悪態を吐いて、スクリーンを蹴飛ばした。
 これでは、ゲートキーパーの性能どころか存在の有無さえわからない。まさか、その封鎖されているという高速エレベータの場所も知らないんじゃ、と思うと更に目もあてられない気分だった。
 たとえ知っていたとしても第1階層同様、そこに生息するタクトニムたちによって増改築が進んでいる可能性もある。少なくとも〈イェソド〉は外周だけではなく、殆どのエリアが食糧生産プラント可しつつあるのだ。
「しょうがないわね」
 空は溜息を吐きだした。
 とにもかくにも探しだすしかなさそうだ。簡単に近づかせてはもらえないだろうが。
「やっぱりこの場合、一番危険そうな場所にエレベータはあるのかしらね」
「まぁ、そうなるのかな」
 リマが肩を竦めてみせた。第2階層へ繋がるメインゲートはタクトニムの活動拠点となっている都市中央警察署の傍だったのだ。
「じゃぁ、浄水プラントの給水口の状態はわかる?」
 空が気を取り直して質問を替えた。
『給水システムは、現在も作動中です』
 ブローカー答えると同時に大型スクリーンに給水プラントのマップが映し出された。
 アマゾン川から汲み上げられた水は、浄水プラントにて飲料水や生活用水としてセフィロト内の各所に送られているのだ。その給水口へは、どうやら保守用の通路を使って行く事が出来るようである。
 専用のパスなどは特に必要ないようだ。
 携帯用のDMM(ディジタルマップメイカー)にデータを入力して空は言った。
「行ってみましょう」



   ◆



 第2区画〈イェソド〉中層北部―――浄水プラント。
 ここまでは比較的容易に辿り着く事が出来た。一度来た事もあるし、偵察デートが主目的である以上、不要なタクトニムとの戦闘を出来るだけ回避すべく立ち回った成果でもある。
 ビーストにはビーストというわけではないが、【玉藻姫】の獣感覚が役に立った。
 リマがDMMを開いて、ブローカーに教えてもらった保守用通路を確認する。
「こっちみたいね」
 と指差しならが歩き出すリマの後に続いた。
 給水口を辿れば上位階層へのルートが見つかるかもしれない。場合によっては【人魚姫】で給水パイプを伝っていく手段もある。まぁ、そちらは大して期待もしないが。
 この辺りは下水処理プラントが続くのか、空調システムが作動しているにも関わらず異臭が徐々に強さを増していた。
 リマが嫌そうに口元をハンカチで押さえている。
 確か下水の沈殿物は処理された後、肥料に加工され、食料生産プラントに送られているはずだ。そこから伸びているパイプを探すように目で追っていると、肌に何かが突き刺さるのを感じた。実際に何かが突き刺さっているわけではない。
 気配というよりは殺気に近いか。
 その時だった。
「キャーーーーーーッ!!」
 悲鳴に水音が連なる。
「リマ!?」
 振り返った先には水飛沫があがっているだけでリマの姿がない。ただ彼女がずっと口元を押さえていたハンカチが宙を舞って水面に揺れた。
「リマ!!」
 慌てて空は貯水プールに駆け寄るとその中を覗き込んだ。透明度の高い水中にリマがもがいているのが見える。カナヅチなのかと一瞬思ったが、それにしたってサイバーならともかく生身の人間なのだから浮いてこないはずはない。プールの水は密度が濃い粘液というわけではない、ただの水なのだ。
 目を凝らす。
 リマの足に絡み付くのは透き通るような触手。
「クラゲ?」
 空は眉を顰めた。それは傘の大きさが1m以上はある巨大クラゲだった。
 それがリマを水中深く引きずり込んでいるのだ。
 吐き出される空気の泡を掴もうとでもいうのか必死で手を伸ばし、時々、足に絡み付く触手をはずそうともがく。
 迷っている暇はなかった。
 何が相手であっても、とにかく早くリマを水中から引き上げなければ溺死してしまう。
 空は一瞬腕時計に視線を走らせると貯水プールの中へ飛び込もうとした。
 だが反射的に飛んだ先は水中ではなく後方だった。
 彼女のいた場所を何かが貫く。
「ちっ……」
 舌打ちを一つ。
 そちらを振り返った。
 この浄水プラントには、加工前の沈殿物を餌にする水棲・水陸両棲のタクトニムが集まっているのか。
 油断した。迂闊だった。第2階層の中では比較的安全だという侮りもあったのか。まだまだここが未開のエリアである事を自覚するべきだった。
「カエル? それとも、オオサンショウウオ……にしても大きいけど……」
 自分と同じくらいに見えるそれは、恐らくそれらをベースにしたモンスターなのだろう。どちらにしてもこの忙しい時に、解放してくれるつもりはないようだ。
 空は床を蹴った。
 長い舌が彼女を捕らえようと伸ばされる。それを上へ飛んで躱とそのからの上に飛び乗った。
 人型変異体【妲妃】は、生体電流を増幅し電磁界を発生させる。その両手に電撃を溜め込んで、カエルだかサンショウウオだかの体に押し付ける。
「!? ゴム?」
 蹴飛ばしながら空は飛び降りた。
 ゴムといわけではあるまいが、絶縁体という事だろう。急いでいるのに。
 空は再び間合いを詰める。急いでけりをつけなければ。
 そんな焦りが隙を作ったのか。
「!?」
 舌が空の腰に巻きついた。
「気色悪い!」
 再び最大出力で電撃をおみまいしてやる。その皮膚は電気を通さなかったが、どうやら舌は通してくれたしい。
 咆哮とも絶叫ともつかない断末魔の叫びをあげて、モンスターの巨体がどうと倒れた。
 だが、それを確認するよりも先に空は水面に飛び込んでいた。



 人魚型変異体【人魚姫】。耳には鰓が備わり、下半身は白銀の鱗に覆われ、魚の尻尾に変化する。腕や腰には鰭が備わり、水中での行動を容易にした。
『リマは……』
 水の中を泳ぎながら空はリマを探した。底の方にリマの体が水の流動に揺れているのが見える。だが、彼女の意志による動きがない。一瞬ドキリとして首を振った。気を失っているだけに違いない、と自分に言い聞かせる。時計を確認した。
 ヒップホルダーからナイフを抜き取り、まずは彼女を捕らえるあの邪魔な触手を切り落としに向かう。
 クラゲの抵抗。クラゲの触手は果たして何本あるのか、させまいと、いや、空も捕らえようと絡み付いてきた。
『えぇい……うっとうしい……』
 内心で悪態を吐きながら、空は紙一重で触手の合間を潜り抜けた。
 触手の届かない先まで距離を置いて、もう1度時計を確認する。
 リマが水中に落ちてから約5分。彼女が水中の中でどれぐらい持ちこたえたのかはわからないが、2分程度と考えると呼吸停止から既に3分が経過した事になる。人の呼吸停止から蘇生までの生存率は一般に2分で9割、4分で5割と言われている。5分を超えれば蘇生率は格段に下がる上、蘇生しても脳障害が残る可能性が高い。
 タイムリミットはぎりぎりでも4分以内。つまり後1分もないということだ。
 空は深呼吸でもするようにゆっくり息を吐いて、水中で旋回すると、そこから一気に加速した。
 クラゲに突進する。
 それを捕らえようと伸ばされる触手にナイフを突き立てた。
 硬い。
『肉を切らせて……骨を断つ……』
 【人魚姫】は、彼女が持つ変異体の中では最も力が強い。
 力任せにスピードものせてそのままクラゲの本体へ。両断というよりは中央突破に近いそれに、中を突っ切る直前両腕でクラゲの本体を引きちぎってやる。
 クラゲは真っ二つに千切れて水底にゆらゆらと沈んでいった。
 リマの体を触手ごと引き上げる。はずしている暇はない。
『急がないと』
 水面から顔を出して、一息吐くのも惜しげにリマの体を通路にあげた。
 変異体を解くとリマの上着を緩めて呼吸と脈の有無を確認する。心配停止。
 時計を確認する。
 気道を確保して人工呼吸、そして心臓マッサージを繰り返した。

「帰ってきなさいよ! リマ!!」

 やがて、ゴボっと水を吐いてリマが息を吹き返した。胸が上下している。
「リマ……リマ……」
 ペチペチと空は頬を叩いて呼びかけた。リマは薄っすらと目を開ける。
 意識が戻った。そう思った瞬間、気が抜けた。
 空はやっと人心地ついた。
「良かった……」
「空……が……」
 助けてくれたの? と続く言葉は音にならなかったが、口がそう動いているのがかろうじてわかった。
 大丈夫。自分を判別出来ている。状況も把握している。限界値は超えていなかったのか。
「あ〜、もう! 心配させないでよね」
 怒ったようにそう言って抱きしめる。
 気付かなかった。濡れた彼女の体は驚くほど冷たい。


「ごめん」
「ま、濃厚なキスが出来たから、それで許してやろう」
「ただの……人口呼吸でしょ……」
「それに、ちゃんと冷えた体も温めてあげなくちゃね」
「なっ……何よ、それ……」





【大団円】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0233】白神・空

【NPC0124】マリアート・サカ

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
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