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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


君にわけた一杯の水



 《邂逅》

 灰色の雨が降り出した。

 予感めいたものはあったのだ。―――でも本当に降りだすとは思ってなかった。
 予感なんてかけらもなかったのに。―――うっかり随分と面倒くさいものを拾ってしまった。

 何故だと問われたら今でも自分にはわからない。ただその日、雨が降っていて、それから―――。


 雨は汚れたものを洗い流してくれるがそれも一時のことで、雨が止んだらやがて雨露はチリを吸い寄せ埃をかぶらせる。雨の降っている間だけが世界も空気も、もしかしたら自分も綺麗でいられるのかもしれない。
 灰色に沈む色褪せた世界の中で、その赤と蒼だけが目を引いて、ゼクス・エーレンベルクは雨避けのフードを少しだけあげた。
 赤と蒼は、どうやら人らしい。路地裏の瓦礫の上に人が倒れていた。
 蒼い服に赤い血。暫く見ていたが、動く気配はない。これだけの血を流しているのだ、恐らく絶命している。
 無視しかけたとき、雷が走った。思わず足が竦む。しかし自分の目はその人間の腕で光った何かを見逃さなかった。
 遠目にもわかる鮮やかな装飾のアームレット。それに引き寄せられるように自分はそちらへ歩き出した。死者には最早無用の長物に違いあるまい。
 こんな時、自分の手は露ほども躊躇わない。生きる為に何度も繰り返していく内に、そんなものは麻痺してしまったのだろう。
 十三年前に家を出た。暖かな家庭だったと思う。それから独りで生きてきた。生きるためなら大抵のことはやった。そうして狡猾さばかりが身についた。今更死体に、何の感慨も沸いてはこない。せいぜいが、自分のためにいいものを遺してくれてありがとう、程度のものだ。その人間の無念などにも興味はない。勿論、それで空腹が満たされるなら話は別だが。
 淡々と死体の手を掴む。思ったより暖かくて咄嗟に手を離した。男の顔を覗き込む。
 わずかに上下する胸元。
「ちっ……生きていたのか」
 内心で舌打ちしつつ自分は男の体に手を伸ばした。こうなったら助けてやってお礼を貰うしかない、というのが九割で、残りの一割は、見捨てるには寝覚めが悪かったからかもしれない。
 ESP治療を始めて気付く。この大量の血は、こいつのものではなかったのか。
 男が突然目を見開いて飛び起きた。
「ナダニンヲルス!!」
 怒鳴りつけてくる。中国語っぽい発音だ。何を言っているのかわからなかったが、怒鳴られる理由もわからない。
 いや、待てよ。
 衰弱はしていたが治癒が必要なほど大きな怪我はしていなかった。まさか、それでお礼をケチるために怒っているのだとしたらまずい。ここで引き下がったらお礼を貰い損ねてしまう。
 ここは先にキレた者が勝ちだ。
「治してやったのに何だその態度は!」
 自分は怒鳴り返した。
 すると男は押し黙った。
 勝った、と思った。
 その時また一つ、閃光が走った。灰色の世界を黄色い稲妻が駆け抜ける。
 自分の体が一瞬硬直した。
 すぐに轟音が辺りに響き渡る。
「知ってるか? 雷は光ってから3つ数えるまでに音が鳴ったらかなり近いのだ」
 男の顔を覗き込むようにして自分はよくよく説明してやった。これはとっても重要なことなのだ。
 再び光が奔る。
「1……2……」
 轟音。
「急いで帰るぞ」
 口早にそう言って立ち上がると、奴の前にガラクタの山を置く。このゴミ山で集めた戦利品だった。これを後で町に行って売って金に買えて食糧に返るのだ。
 一人ではとても持ちきれない量に、この雷雨の中、何往復する事になるのかと思っていたが、これはラッキーというものである。
 いずれにしても、こいつは自分に助けられた恩を返さなくてはならないのだ。
「それを持ってついて来い」
 有無も言わせぬ勢いで顎をしゃくると、奴は自分では五往復しないと運びきれないような量のガラクタを軽々と一度に持ち上げて、自分の後に従った。



   ◇



 家と呼ぶにはそれはあまりにもみすぼらしい。けれど自分にとって雨露凌げればそれは充分に家だった。蔦が這いドアが開けられないので、窓から入る家。昔、人が住んでいたらしい廃墟。もしかしたら、審判の日以前に建てられたものかもしれない。
 濡れた服を乾かそうと暖炉に火を入れる。火打ち石は湿気ているのか、なかなか火が点かない。
 するとさっき拾ってきた男が横から手を伸ばしてきた。奴の手の平で火花が散る。ESPイグニション。こんな事も出来るのか。もしかしたらいい拾いものをしたのかもしれない。
「凄いではないか」
 とりあえず褒め称えて、暖炉の前にぼんやり座る男に背を向ける。
 服を着替え、それからスープを作った。
 非常に惜しい気もしたが、ここで餓死させるわけにもいかないし、さっきので借りを返したとか思われていても困るので、奴の分も皿に取り分けた。
 暖炉の前にうずくまる奴の肩を叩く。
「食え」
「モレウクカデマイワナ!」
 奴は不可解な言葉と共に腕を払った。せっかく奴の分までスープを用意してやったのに。
「何だ、その態度は!!」
 怒鳴りつけたら奴は逆ギレしたのか立ち上がり、あろうことかテーブルの上のスープを皿ごと床にひっくり返した。
「きっ…貴様っ!? 何てことするんだ!?」
 貴重な食糧を床に吸わせるなどありえない。力いっぱい全力で奴の顔を殴り飛ばす。
「食べ物を粗末にする奴は許さん!!」
「シダニンタイ」
「何わけのわからん事を言ってる! 謝るならごめんなさいだろ!!」
 怒鳴りつけると奴は台所へ走った。
 そこにあったくだものナイフを取る。一瞬刺されるかと身構えたが、奴は奴自身に向かって刃を付き立てようとしていた。
 殆ど反射的だったと思う。ちゃんと脳を使っていれば、別の方法を選択していたに違いない。
「痛い!!」
 当たり前だ。
 咄嗟にナイフの刃を握り締めてしまったのだから。自分にしてはいい反射神経だった、などと感心している場合でもない。
 血がボタボタと床に落ちる。自分でもバカだと思う。何で自殺しようとしている奴を庇ったりしているんだ。
 死にたいと思っている奴なんて。
 原因も含めて理由なんてわからないけれど。
 たぶんあれだ。こいつを庇ったのは、目の前で死なれると、後味が悪いし、スープの弁償はしてもらわないといけないし、最初の治療代もちゃんと払ってもらわないといけないからで、だからここで死なれると―――。
 ガタガタと震えていた。
「え?」
 奴は血の付いたナイフを手放すと、床の血をじっと見つめてガタガタと震えていた。その震えを止めようとでもするかのように、或いは寒さを堪えるように、両手で自身を抱きしめて疼くまる。
「なんだ? おい」
 手を伸ばした。
 何かにおびえているのか。

 ―――何か?

 違う。
 血だ。
「ああ、もう、治ったから。ほら」
 手の平を翳してみせた。ESP治療でさっさと治して。
 たぶん言葉は通じていない。だが、言わずにはいられなくて。
「もう大丈夫だから。な、気にするな」
「ナダンンデルジスャマ」
 奴が怒鳴った。掠れた声で。声にならない声で。
 何を言ってるのかわからない。だが。
 ああ、とぼんやり思った。
 彼は随分と衰弱していたんだ。
 知っている。そういうのを。自分もそうだったから。
 スープじゃ駄目なんだ。
 肉体的には健康で正常であっても、精神的には何も受け付けられない。そういう時がある。
 背を向けた。
 コップに水を入れて彼の元へ戻った。
「水だ」
 そう言って、奴の前にコップを置く。
 奴がそれを飲むのを待った。
『水……』
「水だ」
 教えてやる。
「みずだ」
 奴が言った。
 首を横に振る。
「水」
「みず……水……」
 そう。それが水だ。


 それから奴は瞬く間に言葉を覚えた。


「親友を殺してしまったんだ」
 殺した、ではなく、殺してしまった。その言葉に後悔と自責の念がこめられている。過失だったのか。
 少なくとも、殺そうと思ったわけじゃないという事だけはっきりわかった。
「それで?」
「だから……その……俺はここにいてもいい……のかな?」
「借りを返してもらうまでならな」
「え?」
「断っておくが、あの水は貴重だからな」
「……うん」



 もう頑張れないくらい頑張ってる奴に、『頑張れ』と声をかけるのは短絡的で傲慢だ。
 独りでいる奴に『寂しくないのか』と尋ねるのは愚問で高慢だ。
 死にたいという奴に『生きろ』というのは簡単で残酷だ。

 だが、欲しい言葉はいつだってなかなか手に入らない事を知っている。
 お門違いなくだらない言葉ばっかり投げている事に気づかない愚か者たちの代わりに。

 だから自分は。

 「頑張るな」と言って。
 「ここに居てもいい」と言って。

 それから―――

 「もったいない奴だな」と言ってやる。


 それが本当は、十三年間独りで生きてきた自分が欲しかった言葉なのだと気づく事はなくて、だから奴に自分を重ねている事に気づく事もない。

 気付かない振りをして。


 随分と、面倒くさいものを拾ってしまった。
 何故、と問われたら自分でもわからない。
 ただ、その日雨が降っていて、それから雷が鳴っていて、そしてあいつが、世界にたった独りみたいな目をしていたから。





 《 End 》



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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】

【0641/ゼクス・エーレンベルク/男性/22歳/エスパー】
【0644/姫・抗/男性/17歳/エスパー】


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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
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