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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【繁華街】マフィアの裁き

メビオス零

【オープニング】
 おいおい、俺がマフィアだからってそう睨むなよ。敵じゃないってんだ。
 言うだろう? 「マフィアは信用出来るが、信用し過ぎるな」って。ありゃ、こう言う時に役に立つ格言だと思うぜ。
 何、他でもない。仕事を頼みたいのさ。
 うちの構成員が勝手をやらかしてな。
 組織は、構成員が勝手をするのを許さない。
 ここまで言えばわかるだろう? 他の組織との間も焦臭いってのに、馬鹿を始末するのに組織ごと動いてなんかいられないって訳だ。
 報酬は金か? それとも、上物のコカインか? 酒に女でも構わない。
 受けるか受けないか、今すぐ俺に言ってくれ。




〜プロローグ〜

 そう簡単には許されないと思っていたが、今回は星の巡り合わせが余程良かったのだろう。通常ならば殺されてもまったく文句は言えない立場だったのだが、幹部会にて提案された審判方法を聞いて、幹部の一人は顔を上げた。

「ゴルフ……ですか?」
「うむ。少々変則的な物になるだろうが、それでお前の処遇を決める。相手は……この幹部会に集まった者達から選抜しよう。異論はあるまい?」

 卓の上座で腕を組んで座っているマフィアのトップ、ビッグ・ダディと呼ばれる人物は、そう告げて集った者達を見渡した。現在、この部屋には傘下にある各組織の親分集が集結している。組織に不易となる手を打ってしまった幹部の処遇を決めるために集まっていたのだが、まさか自分達にまで飛び火するとは思っていなかったのだろう。幹部の数人は原因となった幹部を軽く睨み付け、それから殺気を殺して頷いた。
 ビッグ・ダディの言葉は、構成員達にとって父親の命令のような物だ。絶対とまでは行かないが、余程のことがない限りは逆らおうとはしない。仲間の不始末に付き合わされるのは面倒ではあったが、実際の勝負は代打要員を入れておけばいい。異を唱えるほどのリスクはない。
 幹部達が肯定に頷くと、ビッグ・ダディは満足そうに口を開いた。

「では、来週までに各々準備をしておけ。詳細は追って知らせる。なお、この試合の順位にて──の処遇を決めることになるが、他の幹部にのみ順位に応じて報酬を出す。以上。当日を楽しみにしているぞ」

 ビッグ・ダディはそう言い残し、早々に退室した。すると、たちまちのうちに幹部達の間に論争が巻き起こる。
 ゴルフは最大で四人までで一組である。ビッグ・ダディの提案していたゴルフの大会はあくまで大がかりな物ではなく、たった一組で行う“審判”だ。よって、罰として参加する物が一人と、あと三人分の枠しかない。
 乗り気でなかった幹部達にも、俄然としてやる気が出ていた。報酬が単純な金銭だとしても、少なくともここで優勝でもすれば組織内での株がそれなりに上がるだろう。
 マフィア社会は無法の世界ではない。むしろ厳格な上下関係と組織の法が絶対で、ビッグ・ダディからの信頼と忠誠の上で成り立っている関係である。いつ潰されるとも知れない傘下組織にとっては、少しでも自分の組織を上に上にと売り込んでいきたい所だった。

(これは……負けられないな)

 一瞬でも気楽と思われたゲームが、今では本気でかからなければ命に関わるゲームへと姿を変えた。それも、簡単には攻略出来ない死闘である。
 吊り上げられていた幹部は、必死に脳内に思考を巡らせ、この件を預けるに足る人物を模索し始めた……



〜猛暑−残暑+アマゾンという非常に蒸し暑い状況=熱中症にご用心〜

 ジリジリと照りつけて来る陽射しは、真夏のそれと大差がなかった。
 暦は既に九月の半ば。北の大陸にでも行けば涼しくなってくる季節だろうが、このアマゾンはそうもいかない。八月だろうと九月だろうと区別はない。冬になっても肌を濡らす湿度は落ちないし、気温もほとんど下がらない。汗はとめどめなく流れ、慣れない者では、クセの強い気候に耐えられずに倒れ伏すことになるだろう。情けない話だが、それも現実だ。
 そう、そんなことは良くあることなのだ。
 だからこそ、別段この状況もおかしいことではないのである。しかし理解は出来ても納得は出来なかった。

「何で私にお鉢が回ってくるのだ。こちらとて予定があるというのに……」

 幹部の護衛として雇われ、ジャングル奥地に作られたゴルフコースに連れ出されたヒカル・スローターは、他のメンバーが来るのを待ちながら途方に暮れていた。照りつけてくる陽射しにダウンしそうになるのをグッと堪え、鉄の意志で体を支え続ける。幸い、加齢停止能力の御陰でコンディションだけは万全の状態に保たれている。精神的に参らない限り、ヒカルが倒れるようなことはない。
 旧知の仲であったマフィア幹部からの依頼で、もしもの場合の護衛としてここまで来たヒカルであったのだが、ゲームに参加するような予定も気もまったくなかった。ヒカルが呼ばれた“もしも”というのは、負けた場合に行われる逃走劇の護衛と、他の幹部連中が八百長や反則を行わないようにという監視役である。
 実際、ちゃんと代打要員は別に呼んであった。他の組織が行ってくる妨害行為も、波打ち際で一つも通さずに阻止して退けた。
だと言うのに……

「熱中症とは……人の苦労をなんだと思っておるのか」

 ヒカルは溜息を吐きながら、妨害を食い止めた苦労が水泡に帰したことに頭を痛めていた。
 代打要員が倒れたことで、幹部は慌ててヒカルを代役に引き出した。何せ自分の命がかかっているのである。生半可な者を選手として出すわけにはいかない状況なら、的確な判断ではある。
 倒れた代打要員が着るはずだった紺色のゴルフウェアを着込んだヒカルは、ゴルフハウスで祈っているのであろう雇い主を思い、軽く首を振った。

(まぁ、報酬+ボーナスとなれば受けない手もないのだが……)

 ヒカルはチラリとゴルフハウスを一瞥し、そこから出てくる見覚えのある面子を視界に捕らえ、まるで二日酔いでも起こしたかのような目眩に見舞われ、とことんまで運のない雇い主に同情の念を送っていた……




 ジリジリジリと照りつけてくる陽射しは肌を焼き、人の意志を挫いてくる。
 額からは絶えず汗が流れ落ち、水分補給を怠れば数十分と持たずに倒れ伏すだろう。実際、このゴルフ場では、既に数名の意識不明者が出ている。おそらく、これからも増えるだろう。
 もっとも、それは普通の人間に限った話である。
 コースへと歩いていく二人の選手は、特に気にするようなこともなく平然と歩き続けていた。

「みんな大変そうだなぁ。このまま中止になったりして」
「それは困るわ。私にだって仕事があるし、気安く呼ばれてたら部下に示しが付かないし」

 隣を歩く兵藤 レオナに応えながら、ジェミリアス・ボナパルトは言葉とは裏腹に楽しそうに歩いていた。普段は上等そうなスーツに身を包んでいる彼女も、現在は白いゴルフウェアを着込み、レオナは普段通りのラフなショートパンツとオレンジ色のウェアを着込んでいた。
多角経営をしている実業家兼ビジターである彼女の日常は、なかなか多忙である。休日でもない日にゴルフにいくなど早々あるものでもないし、渋々来てみれば対戦相手は顔見知りである。彼女をしても、それなりに期待出来るものがあった。
 対するレオナは、ジェミリアスよりもハッキリとテンションが上がっていた。最初は面倒と思ってテンションは低く、やる気のなさをアピールして彼女を雇い入れた幹部を号泣させて遊んでいたのだが、ゴルフハウスにてジェミリアスと合流してから、一気に現在のテンションに引き上がった。
 ……ちなみに、二人とも太陽の暑さや湿度の不快さ、さらには暗殺などの驚異をものともしていない。
 レオナはオールサイバーである。気温や湿度で機能が阻害されるほどヤワな義体ではないし、肌に感じる熱気は、送られてくる信号をカットしてしまえば苦にもなる筈もない。
 ジェミリアスは、器用にもPKの光偏向を使い、常に肌に突き刺さる陽射しを和らげていた。彼女の周りだけ、気温とおおよそ五度ほどの違いがある。湿度は誤魔化しが利かないかと思われたが、自身にESP能力を使って精神に細工し、不快感を排除していた。
 暗殺については……返り討ちである。彼女たちがそこらのマフィアどころかビジターでさえ手出し出来ないような凄腕だとも知らずに襲いかかった者達には、同情の念を禁じ得ない。
 合唱。なむ〜

「およ? あそこに見えるのはまさか……」

 レオナはティーグラウンドで頭を抱えているヒカルを発見し、遠くを見るように片手を目の上に当てた。人間ならではのモーションをしながらも、しっかりと目をズームモードにして拡大し、ヒカルの「どうやってあのメンバーを出し抜いて優勝するのよ……」と言いたそうな表情を確認した。
 が、レオナはそんなヒカルの様子や事情を察するような気遣いを行えるようなテンションではなかった。退屈と思っていた仕事が、突如として面白可笑しいゴルフコンペに姿を変えていったのだ。
 レオナは手を振りながらティーグラウンドに走り、ヒカルの両手を取ってブンブンと振り回した。

「やっほ〜! 元気してた? てか、どうしてこんな所にいるの?」
「レオナ。悪いけど、今はあなたが難い。こう、もう少しタイミングを読んで出てきて欲しかった」

 ヒカルはレオナの力に逆らわずに振り回されるが侭にされている。レオナは力のないヒカルの様子に気付く素振りもなく、楽しそうにはしゃいでいる。
 しかし後から付いてきたジェミリアスはヒカルの様子に気付き、やんわりとレオナの手を取ってヒカルから引き離した。ついでにジェミリアスの手まで振ろうとするレオナの腕を拘束し、瞬く間にその自由を奪い去る。

「え? あの、何でボクが拘束されてるの!? ねぇ! ボク何かした?」
「ヒカル。何か事情があるみたいだけど、話せるかしら?」
「無視!?」
「話したい所だが、どうやら時間がないらしい。せめて手加減してくれるとありがたいが……」
「こっちも!?」

 暴れるレオナ。しかし古武道・合気道に秀でているジェミリアスの拘束から逃れるような術はない。レオナの抵抗は徒労に終わるはずだった。
 が……

「おっと」
「うきゃ!」

 ジェミリアスはあっさりとレオナを解放し、自分達が通ってきた道に目を向け、何食わぬ顔でヒカルに目を向けた。

「あまり、雑談は出来そうにないわね。どうやら監視役も付くみたいだし」

 ジェミリアスの言葉に反応し、ヒカルもゴルフハウスの方角へと目を向ける。基本的に、ゴルフの試合は四人一組で行われる。この場にいるのは三人。どうやら最後の一人が来たらしい。
遠目に見てもよく見えるほどの巨体が近付いてくる。その後ろには、カート(小型のコース用の車)が見え隠れしており、時々足下の凹凸に引っ掛かって「きゃあ!」等という悲鳴を上げていた。

「……どうしたのかしら?」
「分からんが……どうやら、一番注意をしなければならないのは、あの相手らしい」

 ヒカルが呟くと、腕を解していたレオナもこちらに向かってくる選手に目を向ける。
 そして数秒ほど唖然とした後、ビシッとその相手を指さした。

「反則! 反則で退場でしょ!!」

 レオナの叫びは、その“反則”の巨大な足音で掻き消された……




 ジリジリジリジリと照りつけてくる太陽の陽射しは、観客として訪れていたマフィア達を辟易とさせ、その足をコースから遠ざけさせた。今ではマフィア達はこぞってゴルフハウスに避難しており、コースのあちこちに仕掛けてある監視カメラで選手達の様子を見守っている。
 ……そんな彼らも、カメラに写った四人目の選手を見つめた時、数秒ほど声を失ってから怒号の叫びを上げた。
 「なんだあれ!?」「どこの組だ! あんなもんを持ち出したのは!?」「サイバーどころのレベルじゃねーぞ!」
 怒号は渦となり、あの選手はどこの組が派遣したんだと論争が巻き起こる。カメラに写っていたのは、その場にいた者達全員が「いくら何でも無理だろ?」と、頭を過ぎっても実行しなかった“物”だった。




「お待たせ! 待った?」
「ま、待ってないけど……あなた、それで参加するの?」

 ヒカルは頭痛を感じながら現れた相手を見上げ、問いかける。さも顔見知りのような口調だが、実際にそうだった。

「そや。ビッグ・ダディの爺さんからも、許可はもろたさかいな。苦情を出しても無駄やでぇ」

 「ひっひっひっ」と笑いながら、三人の目の前に現れた巨人……ではなくMSのパイロットのアマネ・ヨシノは、“ムーンシャドウ”を見上げて呆れている三人に答えていた。
 そう……三人の目の前に現れたのは、ゴルフ場とは場違いにも程があるMSだった。
 幸い重装備を施されている軍用ではない。アマネ自慢のECM等はゴルフにはまったく活用出来ないだろうが、それでもMSと人間のパワーの違いは歴然としている。わざわざその巨体に合わせたゴルフクラブを作ったらしく、ムーンシャドウは通常の1.5倍は軽くありそうなゴルフバッグを背負っていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……や、やっと着いたぁ〜」

MSに度肝を抜かれて気付かなかったが、後ろを走っていたカートも到着していた。カートにはジェミリアス、レオナ、ヒカルのゴルフバッグが詰め込まれ、運転席にはキャディではなくメイドさんが座っていた。
そのメイドこと藤田 あやこは、髪を押さえていたカチューシャを直しながら、フラフラとカートから降りてくる。心なしか、顔も僅かに青ざめ見えた。

「はぁ。もうちょっとで酔う所だったよ」
「ああ。随分と派手に揺れとったさかいな。よう無事やったわ」
「……分かってるなら、せめて前を歩くのを止めて下さい。車輪を足跡に取られて転びそうだったんだから!」

 MS越しに話してくるアマネに噛み付くあやこ。あやこが言っているのは、アマネが歩くたびに残していった、深い足跡のことだった。
 このゴルフコースは、ジャングルの樹海を切り開いて作られた広大なコースである。ゴルフが成り立つだけの環境は作り出したらしいのだが、ジャングルの熱帯雨林はとてもゴルフに向いている環境ではない。特に足下は固い地面ではなく、度重なる雨で柔らかくなっている部分がほとんどだ。
 そんな所に、MSで歩くとどうなるか……考えるまでもない。自重数百sから数tにまで及ぶ体は泥の地面にめり込み、通った後には見事なまでの足跡を残している。
 そんな物にカートの目の前を歩かれては堪ったものではない。あやこの乗るカートはたびたびMSの足跡に車輪を取られ、転倒の危機にさらされたのだった。

「それにしても、なんでメイド服なのさ。誰の趣味?」

 レオナがフラフラしているあやこを支えながら問うと、あやこは何故か頭上に?マークを浮かべて問い返してきた。

「え? キャディの制服もこれだって、コースのオーナーに言われて……違うの?」
「……まぁ、ここの特色かな。深く考えても無駄っぽいし。似合ってるよ」
「そりゃどうも」
「色々あったみたいだけど、ようやく全員揃ったみたいね」

 ジェミリアスが腕を組み、全員を見回した。
 ゴルフには、審判という役割の人間がいない。よって、四人の選手とキャディが一人で全員である。
 自分の役を押しつけた幹部連中と観客となる子分達は、猛暑を逃れてゴルフハウスに逃げ込んでいるため、たったこれだけの人数である。
 ようやく体から酔いを追い出したあやこは、ポケットからメモ用紙を取り出し、頷いてから声を上げた。

「はい。では、これから試合を開始します! 私はキャディとカメラマンを担当しますが、基本的に中立です。そんな私に攻撃したら即失格ですから、そこんとこ特によろしく!!」




〜前半戦・1ホール・450ヤード(約411M)・PAR4〜
【戦慄のジェミリアス】

 ゲームがスタートした。
 あやこによってクジ引きが作られ、それを引いて打順を決定する。ハンディはなし。何せMSを交えての試合など前例がないし、これは幹部の裁判を兼ねているゲームだ。全員のスタートラインを同じにしなければ意味がない。
 ティーグラウンド脇に立って一番手となったレオナの素振りを眺めながら、ジェミリアスは傍らのヒカルに小声で話しかけていた。

(何か事情があるみたいだけど、話せる?)
(うむ。実は、私は今回の審判に掛けられている幹部の代打でな。負ければ顔馴染みの幹部が死ぬわけだ。しかし全員が代打では、誰が負けても後々面倒な事態になりかねん)
(そうね。でも、レオナもアマネも、降りかかる火の粉ぐらいは払えるわよ。私もね。でも八百長はしたくないから……そうね、PKの使用を全面禁止ってことで良いかしら?)
(それで頼む。だが……あのレオナとアマネが、どれだけの力量を持っているかで勝負は分かれそうだの)
「おりゃぁぁぁあああああ!!」

 バシィ!!
 ヒカルが言い終わったのを合図にしたようなタイミングで、レオナが裂帛の気合いを込めてドライバーを全力でフルスイングする。近接戦闘型オールサイバーの人工筋をフルに使用した情け容赦のないスイングは、見事にボールの芯を捕らえてジャストミートし、遙か彼方にあるグリーンを目掛けてボールを打ち出した。

「なっ!」
「あんなに飛ぶなんて……」

 ジェミリアスとヒカルは驚愕していた。いくらパワーのあるオールサイバーとは言え、ボールの飛距離は300ヤードを容易く超えている。しかも、その時点でもまだボールは弓なりの軌道の半ばほどの所にまでしか達していない。降下はこれから始まるのだ。
 ジェミリアスは戦慄する。
 このジャングルのコースは、広大な敷地があるのを良いことに長距離コースが多めに作成されている。その中において、400ヤードを容易に飛ばせるプレイヤーがどれだけ有利かは容易に想像出来た。
 レオナのボールは、細長いフェアウェイ(コースのほとんどがラフ、もしくは泥だった)を飛び越え、その向こう側にあるグリーンに辿り着く。そして真っ直ぐにピンへと向かい……
 ガツン!
 違うことなくピンにぶち当たり、明後日の方向へと飛んでいった。

「「「あ」」」

 開いた口がふさがらない……とはこのことか。カメラを回していたあやこだけが感心して「うわぁ〜! すごい! これって何点!?」等とアマネに聞いて困らせていた。
 狙いが正確にも程がある。偶然ではあるだろうが、グリーンまでの飛距離を的確に加減していたのは見事としか言いようがない。ジェミリアスは、レオナの評価を改めた。最初のやる気のなさを知っているためにてっきり素人かと思ったのだが、だてに普段から刀剣を振り回してはいない。

「あ〜……惜しい! もうちょっとでホールインワンだったのに!」

 レオナが悔しがりながらティーグラウンドから降りてくる。確かに、今の球は角度を変えればカップに入っていただろう。

「あの勢いでは、入っても飛び出していたろうがな。だが、ナイスボールとは言っておこう」

 二番手のクジを引いたヒカルがティーグラウンドに上がる。ちなみにナイスボールと言ってはいるが、目がまったく笑っていない。ヒカルは真剣その物の目で真っ直ぐにグリーンを見定め、揺れる木々から風向きと風速を計算しアドレス(スイング前の構え)に入る。
 恐らく、狙いはフェアウェイど真ん中だろう。ヒカルにはオールサイバーのような力もなければ強化ESPも無い(器用度と知覚は強化出来たが、肉体には関係ない)ヒカルにとって、オーソドックスでミスを犯さない以外に、勝ち抜く要素はない。
 淀みなくアドレスに入ったヒカルは、軽快な音を立ててボールを打ち出した。ジェミリアスの見立て通り、ヒカルはフェアウェイを狙っている。しかし、飛距離は半ばまでが限界で、グリーンまではまだ半分ほどの距離を残していた。

「後は、神に祈るのみね」
「うむ」

 戻ってきたヒカルと擦れ違い、三番手のジェミリアスがティーグラウンドに上がる。ジェミリアスもヒカルと同様、恐らく半ばまで飛ばして終わりだろう。PKを使用しない以上、ジェミリアスとヒカルの条件は同等だ。もし二人を負かすとすれば、イレギュラーを味方に付けているレオナと……

「ほな。ウチの豪腕を見せたるでぇ!」

 MSと言う反則に身を包んでいるアマネであろう。アマネはカートに入らないほどのサイズであるゴルフクラブを手にしてティーグラウンドに上がった。

(ふふふ。皆にはスマンけど、さっそく秘策を使わせて貰うで)

 コクピットで、アマネはMSの手足を動かして素振りに入りながら、端末を操作して計算式を展開していた。MSのセンサーが感じ取る湿度、温度、風速、カメラの捉える地面の起伏が端末上に数値として展開され、常人では何が起こっているかも分からないような状態に陥っている。が、アマネはその意味を正確に汲み取っていた。

(カップまでの計算を完了。ボールの軌道を計算。着弾時の誤差を修正。……ふふふ。このゲームはもろたでぇ)

 アマネが行っているのは、狙撃や砲撃時には当然のように行われる計算だった。MSの砲もゴルフのボールも、弓なりに飛んでいくのは同じである。ならばスイングによって起こる力とボールの弾力性を計算すれば、軌道予測は容易だった。
 ……アドレスにはいる。

「もろたわぁ!」

 アマネのMSが、長いドライバーをスイングする。迫力はあったが、打球の勢いと軌道はレオナのそれと酷似していた。ピンに命中したレオナのスイングは、アマネの計算と重なっていたのだろう。
 打球は順調に飛距離を伸ばし、グリーンを飛び越えて………
 ………………………
 …………………
 ……飛び越え?

「なんでやねん」

 アマネは思わず呟いていた。
 計算は完璧だった。しかし、打球はグリーンを飛び越えてその向こう側にある樹海の中に消えていった。しかも軌道も僅かに逸れており、グリーンに乗ったとしてもホールインワンは望めなかっただろう。
 アマネは計算式を見直す。が、球が落ちた場所は着弾誤差にすら入っていない計算外の場所だった。

「ほら。先に行くわよ?」

 どこで計算を間違ったのかと頭をフル回転させているアマネを置いて、ヒカルとジェミリアス、そしてレオナとあやこがコースの先に向かって歩いていく。アマネも端末の計算式をチェックしながら、慌ててクラブをバッグに仕舞って追い掛けた。

「知ってはいたが、良い腕をしている」
「ありがとう。でも、良く手口が分かったわね。」
「アレでも私の孫だし、付き合いも長い。おおよその手口は予想がつくわ」

 先頭を歩くジェミリアスとヒカルは、小さく微笑みながら歩いていた。
 そのジェミリアスのショートパンツの中に潜んでいる銃口は、微かな熱を放っていた……




 トリックは、口で言う分には簡単だった。
 アマネがアドレスに入り、スイング過程で銃を抜いたジェミリアスが、装填されていたゴム弾をボール下のティー(ボールとティーグラウンドの間に入る釘のような物。この上にボールを置く)を撃ち抜いたのだ。幸いにもティーグラウンドの高さはジェミリアスの胸ほどの高さに作られており、ティーを撃ち抜いたゴム弾はティーグラウンドを横切りジャングルの中に消えている。そして肝心のボールはクラブが通過する数瞬だけバランスを失って宙を舞い、スイングの瞬間に芯を外したのだ。
 ……口で言うだけならば簡単である。銃を撃つ瞬間はヒカルが陰になっていて見えなかったし、ジェミリアスはヒカルほどではないにしろ銃の名手だ。銃声は当然消音装置を使って最小限に抑え、ボールを打つ打撃音と重ねることによって隠蔽している。
 しかしそれは、どれもこれも常人では為し得ないことである。ヒカルにしても、カメラを回しているのはあやこだけではない。少ないが、木々の中にも仕組まれている。そのカメラを目敏く発見し、ジェミリアスとヒカルの立ち位置を計算し、体の向きを変え、見事に死角を作ったのだ。ジェミリアスに至っては説明の必要すらない。誰一人として気付かれないほどの速射。小さなティーを撃ち抜く技量。そして完璧なタイミングで引き金を引く指の動きと動体視力……
 まさに神業。銃を瞬時に仕舞い込む動作も足して、ヒカルの目から見ても称賛に値する技だった。
 カコォン
 小さく軽快な音が、グリーン上に響き渡る。

「さて、これでバーディーね」
「ナイスバーディー。それにしても、よくこんなグリーンで入れられるの」
「今回は運が良かったのよ。私が落とした所は乾いてたし」

 ジェミリアスはカップに落ちたボールを回収しながら、拍手を送ってくるヒカルに笑いかける。二打目にて順調にグリーンにまでボールを運んだ二人は、パットにて差を付けた。運の悪いことにヒカルのボールが落ちた場所はぬかるんでおり、僅かにボールがめり込んでいたのだ。御陰でパットに二打を掛け、ジェミリアスより一打多めのパーで落ち着いた。
 これで±0と−1。しかしまだ1ホール目だ。差など無いに等しいだろう。

「どりゃあああ!!」

 カキィィン!!!
 レオナがパターをフルスイングさせ、グリーンに“埋まっていた”ボールを打ち出した。ボールは金属バットのような音を立てて泥を跳ね上げ、2ヤード(約1.8M)を瞬時に0にし、そして5……7……10と離れていく。

「ウキーーー!!」
「悔しいのは分かったさかい。もう諦めた方がええで。ホンマ。これで何打目やねん」

 悔しがるレオナを止めに入ったアマネ自身は、ボギーでこのホールを終えていた。1打目でグリーンを飛び越えてしまったボールは幸か不幸かOBにはなっておらず、木々の合間に収まっているだけで済んでいた。
 そしてアマネのMSの前では、多少の障害物は障害物になり得ない。強引にスイングを繰り出して脱出し、三打目でボールをグリーンに乗せたアマネはパットに入り、二打でホールを終えたのだ。軌道計算のためのデータ収集も兼ねているのか、その三回には計算ソフトを使用していない。スイングの様子からそれを察したジェミリアスは、その三回は手出しするようなことはしなかった。
 一方……レオナは今ので七打目を終えた所だ。つまりはトリプルボギー。これ以上に悪くなることのない、最悪の打数である。
 二打目でグリーンに乗せたレオナだったが、レオナには致命的な弱点があった。それは、レオナの性格である。
 レオナは確かにサイバーの強力なパワーの恩恵を受けているが、普段から細かい作業が苦手である。それはサイバー義体の能力ではなく、レオナがチマチマした作業が嫌いだという理由なのだ。野球ならば常にフルスイングでホームランを狙い、バスケットならばダンクをするために突っ込み、サッカーならばシュートをせずにゴールに突っ込んでいくようなタイプだ。いや、決してバカだと言っているわけではない。とにかく大雑把に気の向くままに一切の小細工なしで行きたがるタチなのだ。
 つまり、パットのような精密作業は鬼門中の鬼門だった。レオナを雇った幹部は、カメラの映像を見て今頃は号泣している所だろう。
 レオナは不満そうに唸りながらもボールをパカパカと叩き、ようやくギブアップを宣言した。本来ならばその行為もペナルティに入るのだが、それを言うとレオナが暴れ出しそうなため、誰も指摘するようなことがない。

「あんなに入らないものなの? レオナさんパットだけで五回以上打ってましたけど」

 次のホールに向かいながら、あやこはヒカルに尋ねていた。ゴルフの経験がないあやこ(本来ならば、そんな人材はキャディには歓迎されない。ルール解説や狙い目などのアドバイスをしなければならないからだ)にとっては、このコースの厳しさが分からなかったのだろう。
 ヒカルとジェミリアスは顔を見合わせた。このコースは、もはやゴルフのコースではない。どちらかというと訓練施設の類を彷彿とさせる。少なくとも、コースの八割が泥とラフで構成されているのはどうかと思っているのだった……




〜前半戦・9ホール・50ヤード(約45.7M)・PAR5〜
【泥沼の攻防! 意味はそのまんま】

 そうして数時間が経過し、ようやく午前中最後のホールへと到着した。
 ジェミリアスはアマネをマークし、アマネが弾道計算を行っている時にのみヒカルと協力して妨害し、それ以外は見逃し続けた。万が一にでもジェミリアスの銃撃をアマネかあやこ(レオナは突っ込まないと踏んだ)に気付かれるわけにはいかない。アマネは当然抗議してくるだろうし、あやこはカメラを回している。そしてそのカメラの映像を見ているマフィア達が銃撃のことを察すれば、血で血を洗う抗争が起こるのは避けられない。よりにもよって審判時に八百長を働くなど、悪を是とするマフィアから見ても許容出来ることではない。
 レオナはノーマークでプレイさせることにした。最初のヒカルの懸念は、虚しく的を外したのだ。レオナは長距離ホールでは必ず一打でグリーンに乗せるか、近い場所まで運んでいる。600ヤード(約548.6M)もの超長距離ホールでさえ、風を味方に付ければ一打で到達させている。まさに驚異その物だ。もしパットさえ完璧だったのならば、ヒカル達でさえ歯が立たなかっただろう。
 ……もっとも、その肝心のパットで数打を掛けてしまえば、その一打も無駄に喫するのではあるが……
 スコア表を見ながら唸っているレオナを差し置いて、ヒカルとジェミリアスは前半戦最終ホールの見分にかかっていた。

「……50ヤードでパー5?」
「いくら何でもおかしくないかしら?」

 道中にあった立て札を見て、ヒカルとジェミリアスが疑問の声を口にする。
 現在五人が居るのは小さな崖となっており、ほんの数十メートルほど先がグリーンとなっていた。とてもパーを取るのに五打もかけるとは思えない。

「え〜っと……ちょっと待って下さいね。今調べますから」

 あやこがメイド服のポケットからメモ帳を取り出した。そのメモ帳はキャディの先輩から渡された物らしく、各コースのアドバイスや全景図が書き込まれているらしい。ヒカル達には見せて貰えなかったが。
聞いた所、あやこは今日が初出勤だったらしい。マフィア達のゲームに付き合うと言うこともあり、出来るだけ居なくなっても痛手のない人材であり確実に中立であるあやこが差し出されたのだ。まさにこのコースを管理している者達のスケープゴート。言ってしまえば生け贄。トカゲの尻尾切りである。

「えっとですね。このコースですけど、野良タクトニムが住み着いてるそうです」
「「「………………は?」」」

 タクトニムと聞こえた時点で、背後で唸っていたレオナまでもが反応する。平然としているのは実際にプレイしないあやこと、MSに身を包んでいるアマネだけだ。

「それが、コースを造る時に不慮の事故が起きてしまいまして。そのままタクトニムを利用したコースがここだそうです」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。私達、今は丸腰よ?」
「そんな言葉を信じる人はここにはいませんよ〜? ジェミリアスさん♪」

 あやこがニッコリと笑って言うと、ジェミリアスはグッと一歩たじろいだ。
 ……銃撃は見られていないだろう。しかし、あやこはしっかりとジェミリアスやヒカルと言ったプロのビジターという者を理解しているのだ。例え非番であろうとも、ここにいるメンバーが丸腰で出歩くわけがない、と……
 しかしだからと言って、セフィロト外にタクトニムなど連れ込むなと怒鳴りたくなる一同だった。

「まぁ、ここにいるタクトニムはあっちこっちに動き回るタイプじゃないそうですから。大丈夫ですよ!                たぶん」
「そこ、不安になるようなことをボソッと言わない! まったく、これだからマフィアって言うのは……」
「ぁ、それとこのホールでボールを紛失した場合、またティーグラウンドから打ち直しにして貰います。あと、ティーショットから紛失した場合は、すぐに次の人に打順を回して下さいね。このホールだけの特別ルールってことで、よろしく」

 ブツブツと文句を言いながら、オナー(一つ前のホールで一番成績が良かった人。ティーショットを一番始めに打つ)となったヒカルがティーグラウンドに上がる。ティーグラウンドの周辺の木々は多めに刈り取られているため、ジャングルの湿った風が強く吹き抜けていた。

(風はフォロー……風速は5メートルという所か。飛びすぎに注意さえすれば問題はないだろうな)

 ヒカルは狙撃手必須技能の一つ、風読みから周囲の風巻を計算した。ジャングルの木々を抜けて吹いてくる風のために少々逆巻いてはいるが、この短いコースならば打ち上げでもしない限り問題にはならないだろう。
 ヒカルの9番アイアンが振り上げられる。泥沼が非常に多いこのコースにおいて、そもそもヒカルもジェミリアスも、長距離以外で高く打ち上がるような打球は極力避けていた。カップ付近に落とせたとしても、泥の中に埋まってしまってはパットのしようがないからだ。
 カキィン
 軽快な金属音。決して大きくない音は、ヒカルが飛びすぎないように手加減をしている証拠である。僅か50ヤードも飛ばないボール。しかしティーグラウンドとグリーンの高低差が、その手加減分を補足する。
 ボールは確実にグリーンに向かい、風の影響を受けることもなく、あっさりとカップの真横にまで落ちていった。
 そして……

パックンチョ♪

 突如として地面から現れたモグラのようなタクトニムによって、見事に食べられていた。

「ちょっと待ったーーーーーー!!!!!」

 思わずヒカルが声を上げる。親しい者達から見ても、この光景は非常にレアだろう。何しろ冷静沈着老獪にして冷酷なスナイパーであるヒカルが突っ込みの叫びを上げているのだ。映像記録に残したいくらいにレアである。

「アレはないでしょ……」
「う〜ん。ありなんです。でも、ゴルフボールの素材を好物にするタクトニムって珍しいですよね〜」

 しかし、そんなことを気に掛けていられる者は居なかった。ヒカルと同条件のジェミリアスではまず間違いなく同じ轍を踏む。対策を練らないわけにはいかない。アマネからしてみればMSのレーザーガンで撃ち抜いて仕舞えば終わりではあるが、さすがにレーザーの使用は認められていない。使えばまず間違いなく失格。良くてもペナルティである。ヒカル達に先行されているアマネにとって、出来れば避けたい事態だろう。
 レオナは腕を組んでから唸り、地面からボール大の手頃な石を拾い上げ、空を見上げていた。
 ボール紛失についての特別ルールがこのホールにのみ敷かれていたのは、これが理由だったのだ。

「まぁ、良いわ。ここからでもカップは見えているし。要するにあのタクトニムに気付かれない位置に落とすか、直接叩き込めば良いんでしょ?」

 ジェミリアスはグリーン周りの地面を睨み付け、タクトニムの位置を探った。モグラのようなタクトニムは、すぐに柔らかい地面の中に消えていったが、ゴルフボールを着地前に食べるからには、必ずこちらからも見える位置にいるはずだ。少なくとも目は外に出ているはず。そうでなければ、飛んでいるボールを食べるなどまず不可能だ。
 しかしグリーン周りの地面は、ほぼ全域が柔らかい。どこにでも潜めるのだ。
 さしものジェミリアスも、今度ばかりは舌打ちした。

(仕方ない。ここは刻んだほうが良さそうね)

 グリーンはすぐそこだというのに、屈辱である。しかしあのタクトニムの狩猟領域がどれほどの範囲なのかも分かっていない今、直接グリーンを狙うのは危険である。
 ジェミリアスはスイングを極軽いものに押さえ、グリーンより10ヤードほど残した場所にボールを落とした。
 …………が

パックンチョ♪♪

「くっ……!」

 食べられた。容赦なく食べられた。
 タクトニムはジェミリアスの消極的なプレイを嘲笑うかのように飛び出し、またも空中でボールをキャッチした。そして地面に潜り、その姿を消してしまう。
 潜ってからは一度深く潜ってから地表近くにまで来直しているのだろうか、タクトニムが地面の中を潜っているというのに、周りの地面は隆起するようなことはない。どこに現れるのかは、まったく予想が出来なかった。

「次はウチやな……さぁて、どないしょか」

 ジェミリアスと交代するアマネ。しかし口調とは裏腹に、アマネの脳裏では既に対処法が練られていた。
 しつこいようだが、アマネはMSに搭乗してプレイしている。そして、アマネはセフィロト内部への探索を日常とするビジターだ。ならばそのMSには、タクトニムを発見するための装備が備えられているのは当然ではないのか?
 まさにその通りである。アマネは熱感知センサーを作動させ、地面の中に潜むタクトニムの位置を把握していた。……タクトニムは現在グリーン手前に潜んでいる。ならば奥の方へと飛ばしてやれば、気付かれる心配も多少は減ってくれることだろう。
 アマネがアドレスにはいる。ジェミリアスも今度は邪魔せずに見守り、あのタクトニム攻略法を見つけるためにアマネの行動を観察する。ヒカルも同様で、あやこはカメラを回してアマネを撮影している。
 よって、四人の背後でレオナが「ちょあ〜!」等と叫びながら石を頭上に放り投げていることなど、誰一人として気に掛けていなかった。

「せい!!」

 シュパァ!
 迷いのないスイングが行使され、ボールは勢いよくグリーンに伸びていく。あえて芯を上方に外して下方に向かって飛ぶ球は、高い場所から低い場所に向かって打つ時にのみ生きてくる。現在はまさにその状況だった。
 そして手加減抜きで打った球は、非常に速い。万が一にでもタクトニムがキャッチしようとしても、反応が間に合わないだろう。
 ……アマネの予想は当たっていた。
 ボールは違うことなく、タクトニムに飛び出す間も与えずにグリーン置くに落下する。勢いによって僅かに弾け飛んでしまったが、着地することすら敵わなかったヒカルとジェミリアスよりも遙かに高い戦果だろう。
 アマネはMSを操作してガッツポーズを決め……

パックンチョ♪♪♪

 ボールはグリーン下を潜って移動したタクトニムによって食いつかれ、あっさりと地中の中に消えていった。

「どないせーっちゅうんじゃぁぁぁああああ!!!」

 あまりの理不尽さにぶち切れたアマネが、クラブを放り出して暴れ出す。MSの巨体がティーグラウンド上で暴れている姿は、正直滑稽を通り越して哀れだった。まるで玩具売り場で駄々をこねる子どものようだ。

「はいはい。まだボクが残ってるんだから、はやく退いてね」

 それを、一番ホールからずっと最下位を独走しているレオナが止める。アマネは唸りながらもMSを止め、苦々しげに言い捨てた。

「なんや、えらく余裕やないけ。もうどべ(最下位)が決定しとるさかいに、気にすることもないんか?」
「ふっふ〜ん♪ そんな挑発には乗らないよ。君たちとは違って、ボクはこのホールを攻略出来るからね」

 自信満々のレオナを見つめ、ヒカルとジェミリアスは顔を見合わせ、アマネは動揺していた。何しろ、このホールではレオナの力は大してアテにならない。ここまで自信を持ってティーグラウンドに上がる理由が分からなかった。

「ふふん。見ててよ……」

 レオナがクラブを振りかぶる。その目は完全に集中しきっていて、一切の余分な思考を排除しているのが、端から見ていても良く分かる。
 と、ヒカルはその時点でふと気付いた。
 第一ホール……負けを喫しはしたものの、レオナはグリーン上の細長いピンにボールを当てている。しかもそれ以降も、一度たりともグリーンに一打で乗せていないことがない。長距離になればなるほど、狙い通りの場所に落とすのが難しくなると言うのに、だ。

「まさか……?」

 ヒカルが呟くのと同時にザブン! とグリーン上で音がした。目を向けると、問題のタクトニムがまるで魚のように飛び上がり、空中で何かをキャッチしている。しかし、まだレオナは打っていない。
 ……それは、レオナがアマネのスイング中に投げていた石だった。
 その時点でようやく全員が気付いた。あのタクトニムは、飛んできている物がボールか否かなど、一々確認していないのだ。自分のテリトリー上を飛行する物にならば何にでも飛びつき、補食する。そう言うタクトニムなのだ。
 タクトニムが地中に姿を消していく。その直後、レオナは淀みなくフルスイングした。アマネと同様に芯を外し、斜め下方に向けて打ち出されるボールである。
 なるほど。タクトニムがまだ地面に潜りきっていない今なら、確かに空中でキャッチされることはない。しかしそれではアマネと同様の轍を踏む。ボールはグリーン上に落ち、旋回してきたタクトニムに食われることになるだろう。
 ……そう、グリーン上に落ちていれば……

ガコォン!!

「なぁぁあああ!?」

 アマネの悲鳴が響き渡る。他のメンバーも口を開いて硬直し、内心「その手があったか!」と舌打ちしていた。
 ‥‥そう、レオナのボールはカップの中に直接叩き込まれ、その衝撃はカップが泥の中にめり込むことによって吸収されていた。

「ふふん。どう? ボクのホールインワン作戦大成功!!」

 レオナの得意げな声は、このホールをどうした所で攻略出来ないであろう者達にとって、少々悔しい物だった……





〜ただいま休憩中〜
【暗雲の兆し】

 結局、9ホール目はレオナ以外の全員がトリプルボギーを喫してしまった。タクトニムを出し抜いた所で、あのホールは直接カップを狙うことが出来ないと攻略出来ないように作られているのだ。レオナのように神業じみた命中精度を持つ者でなければ、攻略することは不可能に近い。
 ゴルフハウスにてサンドイッチを租借するアマネは、不機嫌そうに別のテーブルに着いているレオナを睨んでいた。

「ヒカルもジェミリアスも攻略でけんかったなぁ……ウチもやけど」

 計算ソフトを使用した所で、さすがにホールインワンは狙えない。レオナが最下位であるという事実には変わりはないのだが、それでも自信満々で昼食タイムを取っているレオナを眺めていると、どうしても落ち着かない。

「まだ負けるような要素もないんやけどなぁ……」
「そう? 私は、結構危ないと思うよ」

 そう言いながら現れたあやこは、カラになった食器を片付けながらアマネに話しかけた。カメラが回っていないためか、敬語ではなく日常的な口調に戻っている。
 言い遅れたが、試合をしていた四人は全員が違うテーブルに割り振られて食事を取っている。万が一にも八百長の類をされないためらしい。アマネには興味のないことだったが。

「どこがやねん。まだ十打差以上があいとるんやで? いくら何でもひっくり返されんやろ」
「そうでもないよ。ほら、スコア表を見てみてよ」

 ポケットから取り出したスコア表をテーブルの上に取り出して、アマネに見せてくる。
 ここまでの9ホールの成績を優秀な者の順で記すと──

ヒカル パー4+バーディ4+トリプル1=−1
ジェミリアス パー5+バーディ3+トリプル1=±0
アマネ パー3+バーディ2+ボギー3+トリプル1=+4
レオナ ボギー3+ダブル2+トリプル3+ホールインワン1=+11

 …………凄まじい差である。ジェミリアスとヒカルは拮抗しているが、レオナとの差は明らかだ。これ以降もホールインワンを連発しない限り、追いつくことは望めない。
 アマネにとっても、レオナは大した障害にはならないはずだ。どう考えても、あやこの指摘は的はずれとしか思えない。
 しかしあやこは頭を振り、スコア表を指摘した。

「ほら、よく見てよ。レオナさんのボギーとトリプルの場所」

 言われて目にし、アマネはようやくあやこが言っていることを理解した。
 レオナのトリプルは、最初の三ホールのみだ。次にダブルボギー、そしてボギーと、だんだんかかる打数が減ってきている。一度ボギーになってからは、ダブルボギーもトリプルボギーも取っていない。
 アマネは背筋に寒気を感じた。このデータが意味しているのは、明白である。
 慣れてきているのだ。レオナが。
 長距離へ打ち出すだけでなく、小さい距離での刻みやパッティング。諸々の狙いが正確になってきている。

「これからのゲームはわからないよ。もうそろそろ本気でかからないと、ね?」

 あやこが食器を全て取り下げ、そのままキッチンへと戻っていく。
 アマネはスコア表とレオナを交互に見比べ、「まさか……ね」と呟いていた。




〜後半戦・15ホール・380ヤード(約347.5M)・PAR4〜
【逆襲のレオナ・逆転のアマネ】

 結果から言うと、アマネの“まさか”の期待は叶わなかった。あやこの言った通り、レオナは慣れてきていたのだ。それも、アマネだけでなくヒカルやジェミリアスでさえ脅かすほどに……

「やったね! このホールはイーグルゲット!」

 カコォン!
 カップの真横にまで一打で付けたレオナは、優々とイーグルパットを叩きだした。パー4でのイーグルならば、これだけで−2。この−を足すと、現在のレオナの成績は、+2にまで縮まっていた。
 驚異である。僅か六ホールで八打差を縮めたのである。パー1・バーディー1・イーグル1・ダブルイーグル2……いくら長距離ホールが多めに造られているとは言え、そこらのプロでも及びつかない領域にレオナは入っているのだ。
 残りのホールはたったの三つ。トップであるヒカルとは、僅かに五打差である。これからもイーグルを連発すれば追い抜かせる上、ダブルイーグルを叩き出せれば引き離すことも出来るだろう。ホールインワンを決めてしまえば、どうやっても追いつけない。
 そんなレオナと僅かに一打差にまで追いつかれてしまったアマネは堪ったものではない。必ず勝てると踏んで警戒しなかったのがまずかった。前半戦が終了した時点で、既にアマネは追い詰められていたのだ。

「ま、まだ負けた訳やあらへんで!」

 アマネは焦っていた。
 この試合には、マフィアとの賭博で負けた分の払いがかかっている。別に負けた所で殺されることはないだろうが、動かすだけでも費用がかかるMSまで持ち出しておいて、報酬なしでは割に合わない。いや、それどころか借金の支払いまで滞る。最悪、MSを差し押さえられる可能性まであった。

(そ、そないな事になったら……ほんまにシャレにならん!)

 アマネにはヒカルやレオナのような単身の戦闘技能も、ジェミリアスのような商才もない。MSを押さえられたら終わりである。……いや、そもそもアマネが乗っているMS自体研究所から盗み出した物であるため、最悪そっちからの手が回るかも知れない。そうなったら終わりだ。
 ……自分の思考の速さが恨めしい。どんどんネガティブ方向にばかり働いて、最悪の状況を脳内シミュレートしてしまう。

(計算終了。今度こそ……頼むで!)

 アドレスにはいる。最初の数ホールで使用していた計算ソフトを再び作動させ、出来る限りレオナと同じコースを辿るようにボールを打つ。しかしアマネは気付かなかったが、そうした行動はやはりジェミリアスによって阻止された。ボールはグリーン脇に落下し、やはり理想の軌道とはずれている。
 ……計算ソフトを使用してのショットは、これで十六打目。
 いい加減うんざりとしてきたアマネは、計算式が間違っていないにもかかわらず、何故正常に作動しないのかと苛立ちを覚える。
 カコォン
 そうしている間に、ヒカルがバーディを決めた。グリーン外からのショットだったが、ヒカルも癖の強い泥の感触に慣れてきたのだろう。ジェミリアスも同様だ。だんだんとバーディーの数が増えてきている。成績が伸びていないのは、アマネだけだ。
 ……仕方ないと言えば仕方ない。MSに搭乗しているアマネでは、泥や沼、何故か潜んでいるタクトニムをデータとしては記録出来ても、直接対峙している三人とは差が出て当然であった。
 焦りがアマネの腕を駆り立てる。グリーン脇に立ってアドレスに入り、焦りから素振りもなしで打ってしまった。
 カコォン
 そしてそれが、カップに入る。

「あれ?」

 アマネは自分でも意外そうに目を見張った。
 今のショットも計算ソフトを使用したのだが、今までまったくデータ通りには行かなかった物が、突然正常に作動したのだ。アマネでなくても動揺する。

「ナイスバーディー。さ、はやく行きましょう」
「え? ああ、おおきに」

 突然掛けられた声に、思わず間の抜けた返事をしてしまった。
 アマネは端末を再操作し、プログラムを確認する。今まで使っていたことと何も変わっていない。何しろ別段、おかしい操作をしていないのだ。変わるはずもない。

(一体どうしたんや。後で整備でもして方がええんかな)

 アマネは怪訝そうに眉を顰めていたが、次のホールに到着すると同時に、プレイに集中することにした。




〜後半戦・18ホール・1000ヤード(約914.4M)・PAR5〜
【そして伝説へ?】

 アマネのシステムが回復したのは、別にMSの調子が戻ったからではない。もっと、遙かに単純な理由である。
 今まではジェミリアスの妨害にあっていたからこそ、狙いを外していたのである。しかし、これから先にそれはない。
 何故なら……ジェミリアスの銃に、ゴム弾が装填されていないからである。つまりは弾切れ。ハンドガンの装弾数は、平均的に10〜15発である。アマネのソフト使用は、十六打分。ちょうどジェミリアスが隠し持っている銃の弾数と一致しているのだ。
あちこちにカメラが仕掛けられている状況下では、抜き打ちは出来ても時間のかかる弾倉交換は不可能である。昼食時にでも交換出来れば良かったのだが、その時にはカメラの変わりに暗殺者とゴルフハウスのメイド達が監視につき、PK無しで出し抜ける状況下ではなかったのだ。
 ……つまり、アマネの行動を制限する要素がない。16ホール以降のアマネは、レオナと並ぶ鬼神の如きプレイを見せた。
 16ホールの400ヤード・PAR4コースではイーグル。17ホールの300ヤードコースでもバーディをキッチリと入れていた。通算−2。レオナもまったく同じ打数で終わっているため、−1にまで食いついてきている。
 そして、肝心のジェミリアスとヒカルは…………

「まずいわよ。このホールで負けると、並ばれるわ」

 ジェミリアスはスコア表とコースの全容を書き殴ってある看板を見比べ、苦々しげに呟いた。ヒカルも同様に唸り、和気藹々と楽しそうにしているレオナとアマネを隠し見る。
 ……ここまで、ジェミリアスは−3。ヒカルは−4の成績を残していた。手堅くパーとバーディを重ねてきた結果である。地味なプレイではあるが、ヒカルのボギーをほとんど出さないプレイはプロから見ても上等だ。間違いなく誇れることである。しかし、相手にしている者が規格外過ぎたのだ。十数打の打差を覆されるなど、誰が予想しようか……!

「確かにまずい。コースからしても、こちらに味方をしていない」

 ヒカルがグリーンまでを睨み付ける。ピンまでの距離は、なんと1,000ヤード。ゴルフコースとしては非常識な距離である。しかも、このコースだけは費用を奮発したのか、しっかりと整備されているため、芝生が敷かれて今までの泥沼の状況とは勝手が変わっている。バンカーやウォーターハザードなどの障害物も一通りが揃えられ、長いグリーンまでの道程を塞いでいた。
 ……飛距離がない二人にとって、ここで取れるとしたらパーである。向こうもさすがにグリーンまでは二打かかるだろうが、三打目でまず間違いなくカップに入れる。そうすると、レオナは−3でジェミリアスに並び、アマネは−4でヒカルに並ぶ。レオナはまだ腕次第だが、アマネは弾道計算ソフトを使用しているのだ。グリーンの外からでも叩き込めるだろう。
最悪、アマネはヒカルを追い越してくる。

「私の最大飛距離は300ヤードちょい……調子よく打てても、グリーンまでに三打。グリーンでは一打……二打。グリーンの芝次第だけど」

 ヒカルは「こればっかりは、辿り着いてからじゃないと分からないわね」と呟いた。
 通常のグリーンには、芝や地面の傾きによって、ボールの転がるコースが予め設定されている。グリーンで打った球はそれによってあっちこっちに転がり、最悪あさっての方向へと行ってしまう。
 今までは妙なコースばかりだったために目立たなかったが(そもそもグリーンの芝はユルユルの泥だらけだったわけだが)、本来のゴルフのグリーンとはそう言う物である。
 出来れば、レオナとアマネのプレイが通常コースに適応していないことを祈るのみだ。

「さぁ! ようやくやって参りました! ついに勝負を決定する最終ホールです! 退屈な前半戦から打って変わって怒濤の激戦を見せてくれた四人ですが、栄えある優勝の王冠を手にするのは誰なのでしょうか! まったく予想が出来ません!」

 そしてカメラを回しているあやこは、いつの間にかキャディよりもカメラマン業務の方が気に入ったのか、何故かヒカル達のプレイを実況するようになっていた。まるで今までろくに喋れなかったことを挽回するかのように存在感を押し出し、アドレスに入ってからボールが打ち出されるまでの間以外はとにかく喋りまくっている。焦燥に駆られているヒカルにとっては正直鬱陶しくすら感じてしまったが、レオナとアマネには歓迎されて、女三人よればなんとやらを実践している。
 そして全てに置いて中立を保ち続けていたジェミリアスは、今回ばかりはお手上げだと溜息を吐いていた。

「悪いけど、今回は援護のしようがないわ。あの二人が懐柔のしようもないし」
「分かっておる。仕方ない。こうなったら天命にでも任せて、最善を尽くすとしようか……」

 一切の小細工抜きの状況なら、あのアマネ達(もっとも、アマネは思いっきり反則を行使していたが)に勝ち目はない。どこかで向こうがミスをしてくれれば可能性はあるが、都合良く運が向くとは思えない。

「では、オナーとなったレオナさん! どうぞ、思いっきりかっ飛ばしちゃって下さい!!」
「うん! 任せておいて。今なら場外ホームランでも打てそうだよ!」
「それはOBですレオナさん!」

 あやこの突っ込みに笑いながら、レオナは優々とティーグラウンドに立った。今までとは違う土と芝の感触を訝しむこともなく、今まで通りにティーをアップし、アドレスに入る。足下が芝に変わったことでスイングは安定し、ただでさえよく飛ぶ打球は、今までのどのボールよりも高く、長い距離を飛行した。
 そして……

「げ」
「アウチ! レオナさん、試合始まって以来初めてのバンカーです!」

 レオナのボールは、ちょうど500ヤード付近一帯、半径100ヤード程を埋め尽くしていたバンカーに突っ込んで姿を消した。
 さすがはマフィア。笑顔で悪魔なビッグ・ダディ。ジャングルのゴルフコースに砂漠地帯を作り出すなんて、冗談にしても気が利きすぎていた。そもそも半径100ヤードという事は、直径で200ヤード。コースの四分の一がバンカーである。コース設計者は遊んでいるとしか思えない。

「……やーな所にバンカーを作っとるなぁ。しかもその先は池やないか」

 続いて打つアマネが、苦々しげに呟いた。
 アマネのMSの打球ならば、600ヤードを叩き出すことも可能だろう。それならバンカーを飛び越えられるかも知れない。
 しかし真に問題なのは、その先にある池である。
妙な形の池で、上空から見ると(^_^)こんな感じだ。コース設計者に常識という物を叩き込んでやりたくなる。
 しかもこの池は、バンカーを飛び越えたすぐ先にある。バンカーを飛び越えるだけの打球を放てば、落下した球が転がって池に落ちかねないのだ。

「……しゃあないな」

 アマネがスイングする。しかし今までのようなフルスイングではなく、多少の手加減をしているのが明白だ。MSサイズのフルスイングならば遙か遠くにまで飛ばせるだろうに、アマネの打球はバンカーの手前に落下する。

「地味です! 今までの華麗で剛胆なプレイに比べると、非常に地味です!」
「ふんだ。次でグリーンに届かせたる」

 あやこと違い、アマネは冷静だ。今の打球は、おおよそ400ヤードを飛んでいる。アマネのMSならば、確かに次の打球でグリーンにまで届くだろう。
 三番手のヒカルは、ドライバーを持ってティーグラウンドに上がった。

(バンカーまでも届かない……なら、せめてフェアウェイに入れていた方が懸命か)

 ヒカルは、今まで通りのプレイスタイルを貫くことにした。それ以外に、ヒカルに残された道はない。幸いにもこのコースには池やらバンカーやらがやたらと多い。レオナやアマネのように飛距離を出して打とうにも、そう簡単にはいかないだろう。
 ……せめてパーに付けておけば、まだ望みはある。
 そんな願いを込めたヒカルの球は、 !マークに刈り込まれているフェアウェイの中に入っていった。もはや突っ込む気力など沸いてこない。
 ジェミリアスもヒカルと同様の戦略だろう。上背がある分ヒカルよりも飛距離を伸ばし、フェアウェイ上にボールを付ける。

「さぁ! 移動移動!! まずは一番手前に飛んでいるヒカルのボールまでレッツらゴー!」

 あやこがカートを爆走させながら先行すると、負けじとレオナとMSが走りだした。それを見送りながら、ジェミリアスがヒカルに話しかける。

「今度、みんなで真っ当なコースにでも行きましょう。結構楽しめそうよ」
「別に誘われんでも、レオナが連れ回しにかかるだろうよ。アレはそう言う性格だ」

 ハイテンションの極みに達している親友を思いながら、ヒカルは疲れた顔で肩を解していた……





「……何これ?」

 ヒカルとジェミリアスが打ち終わって池の向こう側にまで達した後、バンカーに嵌ったレオナの番に移り変わった。広大なバンカーの中に入り込んだボールは白い砂に吸い込まれており、見渡す限り簡単には見つかりそうにない。
 しかし、レオナが思わず呟いたのは、また別のことに対してだった。

「ねぇ。この砂、動いてない?」
「動いてるよー。えっと、言い忘れてたけど、このバンカーにもタクトニムが住みついちゃってるから……」
「そう言うことは先に言ってよ!」

 慌ててバンカーから飛び出したレオナは、抗議の声を上げる。あやこは悪びれた様子も見せず、メモ帳を読み上げた。

「データによると、アリ地獄型のタクトニムだって。普段は地中に潜んでいて、駆除出来ないとか。ああ、別に競技者を襲ったりする様な前例はないらしいよ。ボールを食べたりもしません。安心して打っちゃって?」
「安心するには微妙すぎるデータだよ、それ」

 地中でアリ地獄が渦でも作っているのか、流れるように流動する砂の上を歩き、レオナはボールが落下した場所にまで歩いていった。幸い本当にタクトニムは競技者を襲わないのか、砂の上を歩いていても、襲撃の気配はない。
 やっとの思いでボールを見つけたレオナは、「うわぁ」等と声を漏らしてボールを見つめた。

「なるほど。砂に流されて動くボールか……打ちにくいなぁ」

 ぼやきながら、レオナはなんとドライバーを構えてアドレスに入った。何しろレオナは、まとも(?)なバンカーから打つのは初めてだ。正しいバンカーからの出し方など知っているはずもない(本来はサンドウェッジというクラブを使い、砂を巻き上げて飛び出させる)。
 本来ならば一笑に付される素人芸。しかしサイバーの腕力と、さらにリミッター解除による恩恵を加えてしまえば、それは素人芸ではなく悪魔の所行へと成り果てる。

「ちゃー・しゅー・めーーーーーーん!!!!」

 合図を取りながら振り切る豪腕。勢いを付けすぎてレオナの体は一回転し、フラフラしながらバンカーの中へと転んでしまう。
 しかしレオナの回転など、ボールには関係ない。砂の上から直接強引に打ち出されたボールは、リミッター解除の勢いを加えられて凄まじい飛距離を叩き出した。
池を越え、グリーンを超えて飛んでいくボールは弾丸のようだった。減速を始めて落下をし出した所で、ようやく全員の目が追いついていく……

「OB……じゃない。グリーンの向こう側にある池に落ちました。+1で、池の手前から打ち直しですね」
「うきゃ〜!」

 カメラの望遠レンズでボールを確認していたあやこによって、レオナの敗退が告げられる。一打が足されるので、次の球で四打目だ。パー5のコースでは、その四打目で入れてバーディである。しかし初心者がバンカーからカップを直接狙うなど素人でも考えはしない。もはやヒカルには追いつけないだろう。
 ほっと胸をなで下ろすヒカルだったが、まだ一番の懸念材料は解消されていない。ヒカル達よりもずっと先に飛ばしているアマネは、バンカー手前から打ち、グリーン前100ヤードの場所にまで運んでいる。しかしグリーン手前は深いラフ(茂み)になっており、アマネは勢い余ってそこに入れてしまった。
ラフを歩き、ボールを探し当てる。
 ボールは、ラフの中のさらに奥、なにやら小さな植木の根本に落ちていた。

「あるがままに打つ……ルールではあるんやけど、この場合は救済措置が欲しいわ」
「それについては、ビッグ・ダディから伝言があるよ。“MSに乗っている間は救済無し”って」
「……ハンデのつもりかい。ええわ。このまま打ったる」

 アマネは直接カップを狙うのを諦め、草木ごとボールを打とうと強引に狙いを定めた。とにかくグリーンにさえ乗ればいい。次の四打目で入れればバーディ。ジェミリアスは完全にパー狙いだから、恐らくは同着で並ぶことになるだろう。
 この一打がグリーンにさえ乗ってくれれば……

「いけぇ!!」

 アマネの叫びと共に、ボールが草を巻き込んで宙に舞った。草を巻き込み植木の根を撒き散らせたことでショットの威力は激減し、ボールはフラフラとグリーンの上に差し掛かる。

「うぉぉぉ…………よっしゃぁぁぁぁああ!!!」
「成功です! アマネ選手、見事にグリーン上に乗せました!!」
「まずいわよ?」
「まだだ。たかがグリーンに乗っただけだ」

 そう言うヒカルの額に汗が滲んでいるのは、決して暑さのせいではない。池から先はほぼ全てがラフとして作られていたため、ヒカルのボールもまた、ラフの中に突っ込んでいたのだ。
 これで三打目。自力の飛距離に期待出来ない以上、グリーンまでには二打はかかるだろう。どう考えてもパー。一打でもしくじればボギー。そうなるとレオナと同等か、ジェミリアスに追い抜かれてしまう。

(頼むぞ。入ってくれとは言わんから、せめて近くにまでは行ってくれ!)

 ヒカルはろくに手入れのされていないラフの深さに辟易しながらも、何とかアドレスに入り、集中する。ここまではベストを尽くした。ここからの数打。……いや、この一打で、ヒカルの勝敗が決定すると言っても過言ではない。
 ……深呼吸をしたのち、ヒカルは全身全霊の一撃を持ってボールを強打した。
 ぱかぁぁん!!
 草を舞い上がらせた打球は、僅かに芯を逸れていた。真っ直ぐの直線ではなくスライス(右旋回に弧を描くように飛んでいく)が掛かっている。
 ……まさに最後の最後にして、ヒカル・スローター渾身のミスである。

「あああ!」
「まだ! 見て!」

 膝を付きそうになるヒカルを支え、あやこがボールを指さす。なんと、ボールは風にでも吹かれているのか、それとも偶然か……グリーンから外れるはずだったボールは、なんと弧を描いてグリーン上に戻っていった。しかもカップに向けて、申し分ない角度と飛距離を持って……!!

「ま、まさか!」
「そのまま入れ!」
「早まったらあかんで!!」
「あらあら」
「おお! これはまさかもしかすると……!!!」

 全員が口々に好き勝手な感想を漏らす。ボールはそんな歓声など意に介さず、はためいているピンに向かって突き進み──


 レオナが歓声を上げ破顔して爆笑した。
 ジェミリアスが唖然として口を開いた。
 アマネはMSの足を滑らせて転倒した。
 あやこはカメラを持ったまま硬直した。
カメラは回り続け、決定的瞬間を捉えていた。



パックンチョ♪♪♪♪



 ヒカルはゴルフバッグの中に隠していた狙撃ライフルを飛び去るカラスに向けていた。




【エピローグ】

 結局、ヒカルを雇った幹部は降格されるだけで済み、命だけは守られた。本来ならば試合が終わった瞬間に殺される所だったが、あまりに意外すぎる“オチ”に幹部連中だけでなくビッグ・ダディまで大爆笑し、うやむやのうちに許されることになったのだ。ジェミリアス達を雇った幹部連中にはヒカルを除いた順位付けがなされ、アマネの借金もしっかりと返済され、アマネはホッと胸をなで下ろしたという。
 最終的な順位付けは、以下の通りである。

【一位:ジェミリアス・ボナパルト】
 ヒカルの後にバーディを取り、アマネの追随を振り切った。
【二位:アマネ・ヨシノ】
 何とかバーディを取る物の、結局ジェミリアスには追いつけず、二位に健闘。
【三位:兵藤 レオナ】
 ウォーターハザードからグリーンに乗せるも、正規グリーンの斜面や芝に翻弄されて意地になる。今度は入るまでやめなかったため、最終打数は十三打数。幹部が泣きながらレオナに噛み付いたらしいが、あっさりと返り討ちになる。
【失格:ヒカル・スローター】
 思わず狙撃ライフルでカラスを撃ってしまったため、武器の持ち込みが露呈、失格となる。
【番外:藤田 あやこ】
 放り出したカメラが故障し、給料を没収。後日、彼女を雇ったオーナーが三日ほど失踪するが、関連性は不明。


 試合と事後処理が終わった後、ヒカルはジェミリアスを睨み付けていた。アマネとあやこは、幹部にトドメを刺そうとしているレオナを止めに入って暴れている。

「最後……PKを使ったのだろう?」
「さぁ? どうかしら。カラスがボールをくわえて飛び去るなんて事、たまにはある話じゃない?」
「こんな絶妙なタイミングである物か……まぁ、よかろう。全てが丸く収まったのだからな。礼を言う」
「あら、感謝してくれるの? なら、彼女の相手を頼むわ。私は、しばらく仕事を抜けられないから、相手をしてあげられなくてね」

 ジェミリアスはそう言いながら、ちょいちょいと背後の三人組を指さした。

「ねぇねぇ! 今度さ、またゴルフしようよ! 次はあやこもプレイヤーね!」
「良いですね。やりましょう! MSはなしで」
「ちょいまち。あかん。それはあかん。ウチからMSを取るっちゅう事はや、ラーメンからスープを取るような物やで? 焼きそばでも作れっちゅうんか!」

 結局幹部を守りきれなかったアマネとあやこが、レオナと一緒になって謎の論争を繰り広げる。議題は次のゴルフコンペをいつ開催するかと、そのルール決めだ。ジェミリアスが来られない分はあやこが入って埋めるらしい。
ヒカルの参加は、既に決定済みなのは全員の共通認識らしく、そこら辺の連係プレイは実に素晴らしかった。
 ……ヒカルの口から、苦笑が漏れる。

「よかろう。まぁ、しばらくの間なら付き合っておく。……騒がしいことになりそうだが、な」

 ヒカルは追いついてきたレオナ達と一緒に次の試合の打ち合わせをしながら、打ち上げの宴会会場にまで笑みを浮かべながら向かったのだった…………






 それから一ヶ月ほど立った頃、ブラジル中のゴルフ場をハシゴすることになったヒカルがジェミリアスに泣きついたとか泣きついていないとか、そんな噂が、あやこから発せられることになるのだが……



 真偽のほどは定かではない……



end








☆☆参加キャラクタ☆☆
0541 ヒカル・スローター
0536 兵藤・レオナ
0544 ジェミリアス・ボナパルト
0637 アマネ・ヨシノ
0812 藤田・あやこ

〜あとがき〜

 メビオス零です。おひさしぶりな用でお久しぶりでないような、そんな感じで登場(ナニ?)
 今回のご発注、ありがとう御座います。えっと、ゴルフについては素人なんで、ちょっと時々あちらこちらそこそこ結構完璧に間違っている部分もあると思います。や〜、ゴルフのルールとか、アレ結構難しいですね。出来るだけペナルティとかに関わるようなことは避けたんですけど、大丈夫かな?
 あと、時間かかってすいません。その分通常の三倍ぐらいの文字数だったりしますので、それで許して貰えたらいいな〜などと思ってます。いや、締め切り守らなくてすいません。それと、出番が微妙に少ないあやこさんにもすいません。や〜、ゴルフ未経験者のキャディっていいのかなぁ?
 今回のご発注に関しての感想・ご指摘・叱責などが御座いましたら、またファンレターとしてでも送って下さい。送って下さるだけでも、結構安心出来ますので。ま〜、開けるのが怖くて何日か放置していることもありますが。とりあえず見てます。
 では、またのご発注をお待ちしております。今回の発注は結構楽しめましたので、次も頑張らせていただきます。
 ではでは〜