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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


日常

 彼の意識に今が朝だと認識させたのは柔らかな陽光でもなく、冷えた空気でもなく、けたたましく鳴り響く機械音だった。
 主の目を覚まさんと泣き喚く目覚まし時計を右手で押さえ付けると、東郷・戒は重い瞼をゆっくりと開いた。最初は真っ暗だった視界に、ぼんやりとだが白い天井が入ってきた。
 マルクト。
 戒が現在暮らしている都市だ。ここ都市マルクトに朝は存在しない。
 マルクトはドームで覆われ、朝というものは時計の都合上と、生物の心理的欲求を満たす為のものでしかないのだ。
 都市マルクト。ここには本当の意味での朝は存在しない。
 まどろみから意識を覚醒させた戒は、暫くの間ぼんやりと天井を眺めていたが鼻腔をくすぐる香ばしい香りに気付くと、
(そういや昨夜はアイツと…)
 昨晩の情事を思い出し、ベッドから起き上がった。
 まだ跳ね上がっている寝癖を押さえつけ、最低限の身支度を整える。流石にパンツ一枚という姿で彼女の前に出るわけにはいかない。
 支度を整え、リビングに顔を出すとやはり予想の通りマヤ・イースタルが朝食を用意して待っていた。
 マナに挨拶をすると、戒は朝食に食らい付いた。
 トーストとハムエッグというシンプルなものだが、朝はこれくらいが丁度良い。
 眠気覚ましのコーヒーに舌鼓を打ち、程よく焦げたトーストを口腔内で味わいながら、戒はこれで暖かな笑顔を向けてくれれば最高なのになと思った。
 しかし現実の彼女はいつもの通り仏頂面。
 文句は無い。それがいつもの風景なのだから。それに、例え仏頂面にしか見えなくても、その顔には何らかの感情が存在している筈なのだ。
 最も、その顔に宿っている感情とやらは未だに読み取れた事は無いが。
 戒が美味い朝食を堪能していると、マナは仕事の話を切り出してきた。
 ビジターの仕事と言えば、セフィロトの探索だ。
 今回はとある工場からの依頼で、まっさらのメモリやディスクを調達することが目的。
 このご時世、完全なブランクディスクなんてものはセフィロトにしかない。
 とはいえ、浅い階層にそんなものがある筈はなかった。遥か昔にならば浅い階層にあったであろうそれは、現在では今までの探検者達によって採り尽されているのだから。
 故に、入手するにはそれなりに深く進攻しなければならない。当然ながら危険や激戦が予想される為、二人は地図を確認しながら進路や退路を決めていく。
「退路は出来るだけ平地を。戒のタンクは鈍いから」
「すまんね、無限軌道で」
「探索は私に任せて、戒は後ろから付いてきて」
「エスコートしてくれるとは、ありがたいこった」
「私のMSの方が機動性には優れている。当然よ」
「とはいえ、スカート付きもそう前線に突っ込ませるものじゃないだろう。あれは速度を生かした砲撃機だ」
 む、とマナは顔をしかめた。戒の機体はキャタピラ走行故に速度はマナの機に劣るが、マニュピレータによる一撃はマイナス面を補うほど。
 戒機とは逆に、マナ機はホバー移動によって高い機動力を持ち、バズーカと両肩のロケットランチャーの火力は圧倒的だ。
 しかし、逆に近接戦闘は苦手だ。一応近接用にヒートサーベルを装備してはいるが、あくまで自衛用で一撃のダメージは戒機に譲る。
「やはりいつも通りのやり方が一番か」
「だな。しかし…」
「何だ?」
「何、コンビを組んでもう五年になるのかと思ってね」
「そうだな。五年になるな」
 それがどうした?といった顔で戒に視線を投掛ける。マナとしては、そんなどうでもいい事よりも作戦の確認を行う方が大事なのだ。
「思えば、随分と長い付き合いだよな」
「そうだな。とはいえ、戒とは仕事と体だけのパートナーであって、それ以上でもそれ以下でもない。何年付き合おうがそれは変わらない……そうだろう?」
「まぁ、そうだけどさ」
 用意された朝食を平らげると、戒はコーヒーを飲み干した。

 朝食を兼ねたミーティングを終えると、二人は皿の片付けと簡単な掃除を行ってからリビングを後にした。
 並んで格納庫へと続く道を歩きながら、戒はふと思った。
 先ほど、マナは戒とは仕事と体だけのパートナーであると言った。
 しかし、本当にそうなのだろうか。
 仕事と体だけの付き合いとはいっても、こうして朝食を作ってくれる。真に上辺だけの付き合いならば、そういう事はしないのではないか?
 では、何故?
 いや。
 頭に浮かんだ疑問を戒は否定した。
 そのような事を考える必要は無い。行動に理由というものが無ければ保てないほど、二人の絆は安いものではないのだ。
 彼女が色々とやってくれるというのも、それが日常であり、自然だからだ。

 やがて格納庫にたどり着くと、二人は別れてそれぞれの愛機を起動させた。
 温まり行くエンジンの鼓動を聞きながら、戒はふと彼女との関係は変わる事は無いなと思った。それは確信に近いものである。
 これからも、二人は変わらないだろう。
 格納庫の扉が開き先にマナ機が二人の巣を後にし、戒はその後ろに続いた。いつもと同じように。
 そのままいつもどおりにセフィロトへ向かう。そしてまた、いつもどおりに任務を達成し、寝所を共にし、いつもどおりに朝を迎えるだろう。
 今までがそうだったように、これからも、ずっと。無慈悲な戦闘か、不幸を司る女神の導きでどちらかが欠けるまで。
 セフィロトの大樹は、二人が出会った頃と変わらぬ雄大さで、戒達を待ち受けていた。