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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【オフィス街】逃げろ!

【オープニング】
 おい、下手な所に触るなよ。ここは、元々会社関係のビルなんでな、セキュリティシステムが完備されていたらしいんだ。
 もっとも、長い間放っておかれたせいで、たいがい壊れちまってるんだが、時々セキュリティがまだ生きてる事が‥‥
 て、鳴り始めたな。お前か?
 まあ良い、逃げるぞ。この警報に呼ばれて、すぐにタクトニムがうじゃうじゃやってくるって寸法だ。
 良いから走れ! こうなったらもう、部品回収なんて後回しだ。敵はもうすぐ其処まで来てるぞ!




〜疾走と狂走の狭間で〜

 ‥‥‥‥二十数年間も生きてきて、ここまで派手なミスをしたのは初めてだった。
 セフィロトの塔、市街地の中でも特に大きなビルに当たりを付けて侵入し、レアなアイテムをかっさらえた時までは良かった。しかしその後が問題だった。
 会社のセキュリティに補足され、タクトニムの軍団に追い回される羽目になった。
 この手の追い駆けっこは珍しくもない。ビジターをしている者なら、誰でも経験する。無論、真の熟練者はこうならないように対処するものなのだが、一年間は365日もあるのだ。かの白神 空とて、偶にはこういうこともある。 
 ‥‥のだが、その日のミスはこれだけではなかった。
 タクトニムの包囲網から抜けれ出るため、地下の冷却施設にまで駆け、弾丸が飛び交う中で跳躍して飛び込み‥‥‥‥
 そこに張られていた特殊電磁ネットの網に絡め取られた。
 例えるなら、それは電子レンジのようなものだった。生物が放り込まれれば血液が沸騰し、機械が放り込まれれば機能が狂い走り崩壊する。サイバーだろうとエスパーだろうと、受ければただでは済まない電磁兵器‥‥‥‥
 人間という規格から外れている空とて、それに真っ向から嵌ればどうなるか分からない。

(生きてるのが不思議ね‥‥こんな感覚、初めてだわ)

 冷却用水の波に揺られて流されながら、空は感覚のない体を調べていた。
 調べると言っても、意識を向けて力を込めたり変身させたりとするだけである。動かしたりすることは、ほぼ出来ない。通常ならば弾丸で撃ち抜かれても半日ほどもあれば治癒してしまう空の体は、生きてこそいつものの、完全に破壊されていた。
 既にこの冷却用水には半日ほども浸かっている。体が機能しないために泳いでいるわけではないのだ。壁にぶつかったり障害物に引っ掛かったり、そうしたことでなかなか先に進めない。
 幸いにも、【人魚姫】に変身すること事態は可能だったために溺死することはない。だが、このまま流されるままに流されるだけというのは、空の精神を僅かずつ圧迫し始めていた。

(このまま流されて‥‥変な所に流れ着いたりしないでしょうね?)

 行き先が分からないというのは、多少なりとも人の精神を圧迫する。まして自身では足掻きようがないのだ。この先に濁流が待っていようとタクトニムが待っていようと、何も出来ないのである。
 理想としてはこのまま川にでも排出されることなのだが、セフィロトに近い川と言えば、ドブ川かアマゾン川ぐらいのものだ。ドブ川は言わずもがなだが、アマゾン川にはワニだのピラニアだのがわんさかと居る。
 ‥‥‥‥考えれば考えるほど、空は憂鬱になっていった。
 と、そんな時だった。

(あら? 川の流れが速くなったわね)

 川の流れが速くなると言うことは、その部分が坂になっているか、出口が近付いていると言うことを意味する。わざわざ坂にはしないだろうから、恐らくは‥‥
 ザパァッ‥‥!
 強い衝撃と共に、空は小汚い川の中に放り出された。生ぬるい水温と陽射しの暖かさによって、冷水に冷やされていた体に僅かに体温が戻ってくる。そしてその暖かさは、空の辿り着いた先がどこであるのかを教えてくれる‥‥‥‥

「アマゾン川‥‥ね」

 空は仰向けに浮かび上がりながら、眩い光を放つ陽射しに目を細めた。
 塔の内部にあるセフィロトやマルクトには、太陽の陽射しは届かない。この暖かさがある時点で、塔の外であると言うことは明白だった。
 ‥‥空は、体温が戻ってきたことによって再生スピードが速まったのを感じ、精一杯の力を込めて、片腕を動かしてみる。
 震えながらだったが、腕は、ようやくまともに動き出してくれた。

(これなら、岸にぐらいまでは何とか辿り着けるかしら‥‥早く出ないと、まずいわね)

 血の匂いを嗅ぎ付けてピラニアやワニが現れるのも、時間の問題だろう。
 とにかく、懸命に泳ぎ、岸にまで這い上がる必要がある。まぁ、その後には猛獣に遭遇する確率が出てくるのだが、そこまで気にしていたら何も出来ない。ただ黙って死ぬだけだ。
 片手に力を込めて、ゆっくりと水を掻き分ける。川の流れによってほとんど進まないが、時間経過で体は段々とスムーズに動くように変化していった。
 しかし、そうなるに連れて、空は自分の意識が、何か別のモノに塗り替えられていくのを感じ始めていた。

「‥‥う‥‥‥‥ぁあ」

 段々と腹部を中心に全身に広がっていく、極度の飢餓感が、空の体を突き動かそうとしている。
 空は通常の生物の規格からは外れている生物かも知れないが、万能の生物ではない。
常人では比べものにならない治癒能力を持っている反面、燃費は数倍に跳ね上がる。ましてや、今回は全身を隈無く焼かれて細胞単位で破壊され、部分的にだが、重傷の箇所は壊死までしている。そして空の体は、その全てを再生する。空の意志とは関係なく、体が生きようとするのだ。これは生きている限り付きまとうことだ。仕方のないことである。
が、再度言うが、空は万能の生物ではない。
体を再構築するためのエネルギーは、当然外部から取り入れなければならない。つまりは、食物の摂取である。が、体の隅々までを再構築するとなれば、十数sの“肉”が必要なのはほぼ確実。それほどまでに膨大なエネルギー摂取量は、人間ではなく、野生の肉食動物の域である。

(体が熱いのか冷たいのか‥‥苦しい‥‥これは‥‥‥‥まずい‥‥‥‥かも)

 飢餓感が強すぎるのか、段々と痛みに変わっていく。脳内で警鐘が鳴り響き、ガンガンと小さな頭痛が断続的に起こり始めていた。

「グ‥‥グルルル‥‥‥」

 低いうなり声。やはり空の体から滲み出る血の匂いに引かれてきたのだろう。数匹のワニが、川の岸でこっちのことを見つめ、川の中に入り込んできていた。
 最悪の状況。この状況だけは避けなければならないはずだったというのに、空は否応なしに対峙させられる。

「‥‥こんなところで‥‥!」

 空は対岸の岸に逃れようと、懸命に水を掻き分けた。
 普段ならば狩りの対象にすらしない動物だったが、今の状態では勝ち目はない。ただでさえ言うことを聞かなくなってきている体だ。いつ、自分の意識が“飛んで”しまうか分からない。

「まだ‥‥大丈‥‥」
「がぁっ!」

 なんとか岸に這い上がろうとする空と比べれば、ワニの反応は実に速かった。空まであと一メートルほどの距離まであっと言う間に泳ぎ切り、水の上で声を上げて大口を開けている。空はワニの咆哮に振り返り‥‥‥‥



‥‥‥‥‥ワニと目が合った瞬間、空の意識にノイズが走り、目の前すらもザーザーとけたたましい音を立てる白と黒の砂嵐で埋め尽くされた。四肢の感覚は電気椅子にでも座らされているかのように凄まじい痛みと痙攣に苛まれ、空の口から苦悶の声が漏れようとする。が、それは肺の息を微かに吐き出すに過ぎなかった。
変ヮりニ ヒド イキガ カ ンガウス レ テイ ク‥ ‥‥‥ ‥ ‥‥‥



 ノイズの走っていた意識が覚醒する。耳障りだった砂嵐の音も去り、呼吸はセフィロトを駆け回っていた時と同じように、支障なくこなすことが出来る。四肢の感覚も元に戻り、空は意識のない間に人魚姫の変身を解き、通常の人間状態に戻っていることを認識した。

「‥‥‥‥やっちゃった‥‥‥‥わけじゃなさそうね」

 空は仰向けに寝たまま自分の両手を空にかざし、血に塗れていないことを確認した。
 もしかしたら川の水に流されただけなのかも知れないが、空はそうではないと思うことにした。川の対岸でこちらの様子を窺っていた数匹のワニは、目を覚ました空と目が合うや否や、脱兎の如くジャングルの森の中に入り込み、姿を消していく。
 まるで、目があった瞬間に狩る側から狩られる側に回っていることに気付いたかのような、驚愕と恐怖を織り交ぜたような逃げ方だった。

「体は‥‥‥‥動く、けどこれは‥‥」

 空は早々にワニから視線を切り、体の状態を確かめる。
 体は八割ほどの再生を終えていたが、それは生きるために必要な最低限レベルのことのようだ。表面上は掠り傷や切り傷、火傷がチラホラとある程度。しかし中身の再生までは、まだ追いついていない。
‥‥否、追いついていないのではなく、不可能なのだ。この世に質量保存の法則があるように、全体としての総量は変わることはない。空の体はこれ以上の消耗を避けるために失血を塞ぎたい一心で外見上を取り繕ったのだ。それだけで蓄えていた栄養を使い果たし、内蔵の再生にまではほとんど取り付けていない。
この状態を打破する方法は一つだけ。それは食べることだ。それも出来るだけ大量に、出来れば主に体を構成しているタンパク質を含んだ肉が欲しい。
 ‥‥幸い、ここはジャングルだ。相手が食べられるモノかどうかを度外視すれば、生物の宝庫である。最も、それも狩りが出来れば、の話ではあったが‥‥

(ダメね‥‥体が動かない)

 意識のない間に岸にまで這い上がったらしいが、それで限界。四肢の筋肉はまだ焼けている部分があり、僅かに動かすだけでズキズキと猛烈な痛みを訴えてくる。これでどうやってここまで辿り着いたのかは空にも分からないが、出来るだけ考えないように努めていた。

(‥‥眠い)

 十時間にも及んで冷却水の中を流され、満足に栄養もなくエネルギーを出し尽くした空の体は疲労しきり、空の意志を無視して休眠状態に入ろうとしていた。体も通常の数倍の治癒能力をフルに使っていたのだ。これまでにないほどの疲労だろう。
 空は眠気に逆らおうとは思わなかった。どちらにせよ、体が満足に動かなければアウトなのだ。常人でも、最も怪我や病気に対する治癒能力を発揮するのは睡眠時である。もし起きることに成功すれば、その時には狩りが出来る程に回復出来ているかも知れない。
 ‥‥‥‥‥‥起きることに成功出来れば、だが。

「出来れば‥‥起きたら虎に食いつかれていたりしませんように‥‥‥‥‥‥」

 空の言葉は、極々小さく、ジャングルの風に攫われていった‥‥‥‥





 ゴリ‥‥‥‥ゴリ‥‥‥‥
 小さな石の擦れる音。空は夢現にその音を聞きつけ、ゆっくりと覚醒を始めた。

(ここは‥‥‥‥)

 空は視界に広がる天井。それが布だと、数秒間もの思考の末に認識した。頂点が鋭角に三角を描き、外から見ればピラミッドのような形をしていることが分かる。見覚えのあるテントだ。このテントには、一月、もしくは数週間に一度は訪れている。

「ぁ、起きた? 良かったー。普通じゃないって聞いてたけど、ちゃんと薬も効くんだね」

 ゴリゴリという音が止まり、代わりにこちらにトテトテと駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。そうして天井を睨み付けていた空の視界に入って顔を覗き込んできたのは、空の予想通り、インディオ村の祈祷師の少女だった。

「仲間と一緒に川にまで魚を捕りに行っていたんだけど、なんだか岸でグッタリしているのを見つけてさ。どう見てもお昼寝には見えなかったし、勝手に運ばせて貰ったよ」
「助かったわ。どうなることかと思ってたから」

 真実、命拾いしたと空は思っていた。あのまま獣の餌にでもなっていたら、とてもではないが笑えない。実に運が良かったと言える。
 空は体が痛みこそすれど、機能的にはほぼ回復を完了してきていることを確認し、起き上がろうとした。

「あ! まだダメだよ。あちこちの傷も火傷も、まだまだ治ってないんだから!」

 少女が声を上げて、起き上がろうとする空を押さえつけてくる。それから少女を払おうとした空の手を捕まえて、腕に巻き付けていた布を取り払い、新しい布を手に取った。
 その段になって、空はようやく気が付いた。体中の傷口に、薬草や軟膏のような物が張り付けられている。空の傷の手当てをしてくれていたのだろう。思えば、この祈祷師の少女の仕事は、村の神事と村人の治療である。村を統べる立場にある一族の多くは、こうした医療関係に秀でていることが多い。絶対に欠かすことの出来ない要員として、優遇されるためだ。
恐らく半日ほどの睡眠しか取っていないであろう空の体も、もう動けるほどに回復している。少女の腕前はなかなかいいらしく、空の特殊体質に反発させることなく、見事に傷を癒していた。
‥‥が、しかし空は、“助かった”と安堵した直後に、その安堵を後悔することになる。
 助かっていない。ジャングルの中で死ぬのも最悪のシナリオだったが、今の状態でこの少女の村に担ぎ込まれたのも、想定しうる中では決して好ましい展開ではない。




────空ノ意識ト五体ガ半端ニ回復シタコトニヨッテ
    途切レテイタ飢餓感ガブリ返ス────




 意識にノイズが走り始めるが、それを懸命に押さえ込む。この時の空は、まさに必死だった。気力の限りを尽くしてノイズが意識を完全に埋めるのを食い止め、自分を押さえつけて包帯と薬を取り替えている少女から視線を逸らす。

(────ダメ!─今はダメだから──耐えて────痛──────‥‥‥‥)

 強い飢餓感。これは半端な欲求ではない。例えるなら人間が、限界ギリギリまで水だけで一週間以上を過ごしているような感覚。人間はたった一日食事を抜いただけで耐え難い飢餓感を覚え、その末に胃に痛みすら感じるようになる。
 今の空が、まさにその状態だった。極度の栄養失調状態に陥った空の体は、再生に使用した栄養素を取り入れようと勝手に空の目を動かし獲物を探し、一分一秒待てないとばかりに両手足に必要以上の力を込め始める。
‥‥‥‥様々な種の生物の遺伝子を利用して作り出された空の体は、いよいよという危機的な状態になった時には勝手に動く。その時。空の意志など完全に黙殺される。それが、あのノイズなのだ。普段の意識が人間としての意識だとすると、ノイズが走った瞬間、空の意識は数百もしくは数千もの獣の遺伝子によって押し潰される。
 無論、そんなモノに耐えられるはずもない。生存するために必要な最も重要である欲求であるならなおさら‥‥数千年単位で積み重ねられた生物の“補食”の本能に、たかだか二十数年間で育てられた空の意識は太刀打ち出来ない。

「────が、──ぁぁぁぁあああっ‥‥‥!」
「きゃっ!?」

 空の絶叫に近い苦悶の声に、少女は目を見張って驚愕していた。何しろようやく容態が回復してきたと思っていた相手が、突然発作を起こしたように跳ね上がったのだ。
 彼女はその先の展開にも付いていけず、一瞬の滞空時間の後、空と入れ替わるようにして床に叩き付けられた。少女を組み伏せているのは‥‥

「お姉‥‥様?」
「────────────!!」

 空は少女の体を一瞬にして床に押し倒して組み伏せ、体をより攻撃的に変化させた。口からは鋭い牙が生え、手には既に刃のような爪が揃っている。爪は少女の体を掴んだ時点で食い込んでおり、少女の掴まれた腕からは小さく血が流れ出ている。
 ‥‥ノイズが走る。意識が本能に押し潰される。そうして視覚も聴覚も消え去り体の自由も奪われ爪は少女を引き裂き空の牙は少女の首に──



バシャッ!



 ‥‥‥‥鮮血が飛び散った。
 それと同時に、空の口内に芳醇な血の味と香りが充満する。生え揃っていた牙には待望の肉の感触が伝えられ、舌には得体の知れない今まで味わったことのない未知の領域が広がり‥‥‥‥

「お姉‥‥‥‥さ‥‥‥‥ま」

 少女は呆然と、目尻に涙を湛えながら目の前の空を見つめていた。その少女の顔は鮮血に覆われ、まるで子供が化粧を施したように鮮やかだ。
 少女の両手は、弱々しく眼前の空の体に伸び‥‥‥‥

「なんてことを‥‥‥‥食べても良かったのに」
「‥‥‥‥‥‥‥出来るわけ、ないでしょ」

 空の体を、優しく抱きしめていた。
 空は身を引き裂いた激痛に苦悶に歪み、自身がしようとしたことに涙し、その結果に安堵の表情を浮かべていた空は、小さく答えて噛み切られた自分の腕を取り落とした。
 ‥‥そう、噛み切られた自分の腕を取り落としたのだ。
 少女に食いつこうとした瞬間、空は自分を止めることが不可能なのだと悟った。体全体を止めるようにしていては押し潰される。ならせめて、一瞬でもいい。自分でも動かせる場所を‥‥その末に瞬間的に行き着いたのが、右腕だった。
 それまでの間には一瞬もない。意識を総動員して最速で右腕を自分の牙に押し当て全力で噛み千切った。
 要は、胃に物が入ればいいのである。例えそれが自分自身の腕であっても、芳醇な栄養素であることには代わりはない。
 代わりに、空は右腕を失った。ちょうど肘から先が完全になくなり、水を零すような勢いで血の気が失せていく。

「なんて無茶をするの。そんなことしたら、もう狩りも出来ないじゃない」
「大丈夫よ。私、今見ての通り、かなり普通じゃないから‥‥」

 空は半ば変身しかけている獣姿のままで、力無く少女に体を預けていた。
 いかに親しい間柄だったと言っても、少女に直接この体を見せたことはない。現在の空の姿は、数多いるセフィロトのビジター達の中でも、突出して異様である。体を機械化しようと超能力に覚醒していようと、あくまで人型であり、そして科学の産物だ。その存在は、文明から切り離されているインディオ達に置いても、まだ許容の範囲内だ。
 しかし、空のソレはそういった者達とは大きく異なる。
 空は、元々からして人間なのかどうかを知らない。それ以前の記憶はない。気が付いたら研究所にいたのだから、一から十まで人間とは異なるのかもしれない。否、ソレはその通りだ。一体世界のどこに、獣や魚、果ては鳥にまで姿を変える生物が存在するというのか‥‥‥‥!!
 空は、静かに泣いていた。
 本能だろうとなんだろうと、絶対に襲いかかりたくなかった相手に襲いかかってしまった自分の体を呪っていた。

(もう‥‥終わったのね)

 夢から覚めた。現の自分が戻ってきた今、この少女との蜜月の日々も終了する。この異形の体を村人達が見れば、問答無用で殺しに掛かられるだろうし、空と会っていたこの少女もタダでは済まない。
 何より、こんな自分を受け入れてくれるような人間など‥‥

「‥‥‥‥あれ?」

 そこまで思考が回ってから、ようやく空は、自分の首に回されている少女の腕に気が付いた。そして少女はあろう事か、空の顔を自分の胸元にまで招き寄せる。

「普通じゃないなんて、とっくに知っていたよ。この辺りじゃ有名なんだから、お姉様は」
「あ‥‥」
「それに、普通じゃない人が普通なんだよ、この世界ではさ。行ったことはないけど、お姉様から聞いたマルクトの話‥‥そこに、普通の人なんていたの? みんながみんな特別で、同じ人なんて一人もいなくて、中には人間なんてとっくに自分からやめちゃっている人もいて、それでもいい人はいい人で‥‥‥‥それで良いじゃない? そんな中に、空みたいな人がいたとしても、誰も否定なんてしなかったでしょ?」

 少女の言葉が突き刺さる。
 マルクト、セフィロトの流れ着いてからと言うもの、沢山の人々と出会ってきた。その中では‥‥確かに、自分に対して驚き、多少は過剰な反応を返してくる者はいても、否定する者はいなかったのではないか? 居たとしても、それを覆してきたからまだあの場所にいられたのではないのか?
 だと言うのに‥‥なぜ、自分はこの場所にはいられないと思ってしまったのか‥‥‥‥

「もうちょっと信じてよ。もう、私達が会うようになってすごい時間が過ぎてるんだから、さ。今更怖がったりなんてしないし、拒絶なんてしないよ。それに何より‥‥」

 少女が、子供をあやすように空の頭を撫でる。それから片手を降ろし、空の体を抱きしめた。

「私は空に全部見せてるのに、まだ空は私に隠し事をしてるんだから‥‥まだ知りたいよ。空のこと」
「あなたって子は‥‥」

 自分よりも年下の少女に諭されてしまう自分の弱い心に自嘲しながら、空は残った左手で少女を抱きしめ返した。

「‥‥‥‥ありがとう。私は、あなたにそう言って貰いたかったのかも知れないわね」
「言ってくれれば、いくらでも。体が治るまで結構掛かりそうだし、ゆっくりして行きなよ」

 少女の言葉に、空は静かに頷いてから、そのまま目蓋を閉じた。
 失血のためか安堵のためか‥‥それすらも分からぬままに、空は少女の暖かい体温を肌に感じながら深い眠りについていった‥‥‥‥




☆☆参加キャラクター☆☆

0233 白神・空



☆☆後書き☆☆

 お久しぶりです。〆切ぶっちぎりまのメビオス零です。
 今回のご発注、誠にありがとう御座います。で、今回のお話なのですが‥‥ン〜、いつもと違ってイチャがありません。いつもはねっとりしっとりねっちょりしてるんですけどね、シリアス調です。
 空の暴走は、結構怖そうですね。ちょっと本人の意識を無くしてみました。祈祷師少女はもうちょっと‥‥というところで助かってよかった〜。目が覚めたら(ピー)な状態になってたら大変なことになっていたでしょうね。危ない危ない。
 では、今回も手短に終わらせていただきます。後書きって苦手なんですよ〜。
 また作品のご感想や指摘などが御座いましたら、ファンレターとしてでも送って下さい。次の作品執筆時にご参考にさせていただきます。
 最後に、改めて、今回のご発注、ありがとう御座いました。(・_・)(._.)