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子育て孤軍奮闘記
メビオス零
〜前置きに見せかけた現実逃避〜
‥‥精神的に強烈な衝撃を受けた時の人々の反応は、往々にして似通ってくるものである。
例えば億円単位の宝くじが当たった場合、衝撃に打ち震えて「イヤッホーー!」とでも喜び勇んで何度も番号が合っているかどうかを確認するだろう。歩いていて突然目の前に矢文が打ち込まれれば、その場に硬直して、恐らく数秒ほど経ってから再起動するだろう。
これは、恐らく万人に通用することなのではないだろうか? そうだよね? そう思いたい。そうでもなければ、セフィロト内部のどんな複雑怪奇な罠であっても冷静に回避せしめる百戦錬磨の凄腕ビジターであるヒカル・スローターが、瞬間冷凍されたかのように固まっていると言う事態が説明出来ない。
もっとも‥‥‥‥
本人は、固まりながらも「出来れば、このまま固まっていたい」と内心で思っていたのだが‥‥
〜Round1・開戦〜
マルクトの居住区の一角に、小さなアパートがある。
大・中・小と様々な建物が乱立する都市の中で、この手の小さなアパートは珍しい。大抵がマンションのように大勢が住み込めるように作られているし、そうでないものは大抵高級嗜好の一軒家だったりする。仮にもビジターが利用するような場所ではない。
が、ヒカルはあえてセーフハウスの一つとしてこのアパートを利用していた。仕事でかち合った相手から恨みを買っている可能性もあるため、必然的に拠点を複数持つ必要があるからである。断じて、装備に金を取られて困窮しているわけではない。
そんな、普段ならば顔見知りも訪れないようなアパートに来客があった。既に日も落ちていたため、ヒカルは警戒しつつも、扉の向こうから聞こえてくる声がよく知った相手だと気付き扉を開ける。
‥‥そしてヒカルは瞬時に扉を開けたことを後悔し、即座になかったことにして扉を閉めようとした。しかしそうしようにも体は動かず、視点は一カ所に釘付けとなっていて動こうとしない。だが、幸いにも思考だけは高速回転して右に左に上に下にとあっちこっちに右往左往している。まぁ、要約すると大混乱状態に陥っていると言うことなので、あまり役には立っていなかったのだが‥‥
「えっと‥‥ヒカル、元気? 扉を開けた早々にそこまで見事に硬直されてると、ボクでも流石に反応に困るんだけど‥‥って言うか聞いてる? 聞こえてる?」
扉の前に立っていたのは、長年の相棒、兵藤 レオナである。付き合いは数年には及び、共にこなした仕事の数は数知れず、越えてきた艱難辛苦の数もまた数知れない。
まさに阿吽の呼吸が可能な、一生涯を生きて何人も得ることが出来ないであろう親友であり、戦友である。当然、ヒカルはレオナのことをよく知っているし、その大胆な行動も慣れてしまえばどうと言うことはない。今では大抵のことは笑って済ませることも可能である。
‥‥のだが、目の前に現れたレオナを対峙した瞬間、ヒカルの体は衝撃に打ち震えて完全に凍り付いていた。いや、正確に言えばレオナを見た瞬間ではなくレオナが腕に抱いている“者”を見た瞬間に、である。
しかしいつまでも凍っているわけにはいかない。非常事態の時こそ冷静に、状況を見定めておかなければならない。長年の実戦を潜り抜けてきたヒカルの戦士の直感が、ここで硬直していては事態が好転しないだけでなくさらなる混沌を呼び込むことになりかねないと告げていた。
と言うわけで、ヒカルは一つだけ、レオナに質問をすることにした。
出来ればまともな答えが返ってくることを願って。
「‥‥‥‥その子はどうしたんだ?」
「アハハ。いや、それが色々ありまして‥‥」
レオナは頬を掻きながら冷や汗を流し、何とも言えない微妙な笑みを浮かべていた。しかしヒカルには分かる。これは本気で困っている表情だ。こう、分かりやすく例えるならば、悪戯を親に見つかって言い訳を考えているような子供の表情。レオナは根っこの方で善人なためか、こういう駆け引きというか、自分の内面を隠すことが苦手だ。すぐに表情に出してくれるので分かりやすい。
分かりやすいのだが‥‥
そもそもレオナが冷や汗を流している原因の方が分かりやすい。何しろ一目見ればすぐに分かる。何故なら‥‥‥‥
「隠し子?」
レオナの腕に抱きかかえられながら、幼い赤ん坊が眠っていたのだから!
「違うよ! どっちかって言うと‥‥捨て子?」
「よかったではないか。では、さようなら。子育て頑張ってくれ」
「ちょっ! そう言わないで! 頼みがあるんだ!」
扉を閉めようとするヒカルを慌てて止めに入るレオナ。赤ん坊を抱いているためにレオナは片手だが、そこはオールサイバーである。ヒカルも常人を比べれば十分に優れている人間だが、怪力自慢のサイバーに勝てるわけもない。
器用に片手だけで扉をこじ開けようとしてくるレオナだったが、残った左手が右手につられてプルプル震えている。このままでは抱かれている赤ん坊が危険だと判断し、ヒカルは渋々ながらも扉を開けた。
「はぁ‥‥事情は分からんが、とりあえずここで話し合っていては面倒そうだ。中に入ってくれ」
「はーい。流石はヒカル。話が早くて助かるよ」
レオナはヒカルの反応を予期していたのか、スルリとヒカルの横を擦り抜けて部屋の中に入っていった。ヒカルはそのレオナの後ろ姿を見送りながら、小さく溜息を吐いていた。
レオナを部屋の奥に座らせ、ヒカルはレオナの向かいに座り込んだ。
それから深刻そうに一拍の間をおいて深呼吸をしてから、レオナに問いかける。
「‥‥頼みって、まさかその子を預かれとかいうのか?」
「うん!」
臆面もなく答えるレオナ。ヒカルが断るなどとは露ほどにも思っていないのだろう。
ヒカルは頭痛を感じながらも、赤ん坊を見つめてから答えてやる。
「断る」
「即答!? なんでさ?!」
「ここは託児所ではないのでな。まぁ、この街にはそんな気の利いた物があるかどうかも分からんが、自警団にでも頼んだらどうだ?」
「そんな危ないことは出来ないよ」
レオナが真顔で反対票を投じてくる。
自警団は、確かに街の厄介事や事件を解決するために存在する、市民の味方である。が、実際の所は荒くれ者ばかりや、職にあぶれた者がなっている場合が多く、しっかりと統率されている所もあれば無法者の集まりとなっている所もある。
下手な場所に頼ったら、返って食い物にされる諸刃の刃なのだ。そんな所に保証もなく赤ん坊など預けてしまえば、どうなるか分かったものではない。
「ヒカルならそっちの方にも顔が利くでしょ? 信用出来る所で、母親の捜索も頼めないかなって」
「出来なくはないが、自警団では子供なんて預かって貰えないと思うぞ‥‥たぶん、みんな逃げ出すだろうな」
「逃げるの?」
「荒くれ共でも、子供には勝てないと言うことだ。‥‥で、どうしてこうなった?」
「なにが? ハハッ、レオナワラカラナイ♪」
「誤魔化すな」
「ごめんなさい」
笑ってやり過ごそうとしたレオナをひと睨みで黙らせる。
「説明しろ。包み隠さず、全部」
「はい。でも、あんまり説明することもないんだよねぇ」
レオナは笑いながら後頭部を掻きながら、ことの顛末を説明した。
‥‥事件の発端は今日の正午、昼過ぎのことである。
この日は休日として過ごしていたレオナは、街で昼食を取った後でゆっくりと街を散策していた。マルクトの街はあっちこっちで潰し合いが行われ、逆に次々に新たな店が現れる。散策の類だけでも、十分に楽しめる街並みだ。レオナは街中の娯楽施設を回って遊び倒した後、これからどうするかと、公園のベンチで休みながら、上機嫌で考え込んでいた。
そんな折りに、一人の女性に呼び止められた。女性は胸に子供を抱いており、オロオロと焦ったような表情で‥‥
「あの、すいません。この子を、少し預かって貰えませんか?」
そんなことを言ってきた。
久しぶりの休日、上機嫌な上に考え込んでいたことが災いしたのか、レオナは一も二もなく承諾した。事情もなにも聞かず、あっさりと‥‥
「いいよ〜」
等と返事をしてしまったのだ。
‥‥そして、赤ん坊を受け取ってから数時間後‥‥レオナはようやく事態を飲み込み始めた。
戻ってこない。レオナに赤ん坊を預けていった母親が、レオナの元に戻ってこないのだ。
あと数分、もうちょっと‥‥そう思い続けて待ち続けたレオナだったが、流石に昼だったのが夕刻にもなると、一つの危機感と確信を胸中に抱く‥‥
それは、つまり‥‥‥‥‥‥
「‥‥捨て子を、押しつけられたわけだな?」
「そうみたいなんだよ。やー、参った参った!」
ハッハッハッ、と笑うレオナ。だが事態の深刻さに気付いているらしく、額と頬には小さく冷や汗が湧き出ている。
「なんとまぁ、バカらしい理由だ」
「あんまりなんで、ちょっと言い辛くって‥‥」
そしてレオナの話を聞いていたヒカルもまた、話の途中から襲いかかってきた頭痛に顔を顰めて呆れていた。上機嫌だろうがなんだろうが、相手の事情も何も知らずに子供を預かるなどと‥‥最悪、その親が「自分の子供が誘拐された」などと自警団にでも通報し、捕まったレオナから大金を取るつもりだったりしたらどうするつもりだったのか。
まともな街ならば普通はあり得ないことではあるのだが、権謀術数がはびこるこの街ではそう言うことが日常的に起こりうる。
そんなこと、レオナだって分かっていただろうに‥‥
「笑って言うことじゃないだろう」
「ごめん。でも、こういうのは苦手でさ、知り合いに子供のことで相談出来そうなのって、ヒカルぐらいしかいなかったんだよ」
自警団の仕事にちょくちょく顔を出すヒカルならば、確かにそれなりに顔を利かせることが出来るだろうと言うことだろう。ヒカルは内心断りたかったが、それではレオナではなく赤ん坊の方が可哀想だ。そして何より、間の悪いことに明日には自警団に出向いて資料を渡すことになっている。ことのついでに、話をするだけしてみようという気にもなってしまう。
「‥‥仕方ないな。とりあえず、今日はこのまま泊まっていけ。まさか、子供を預けるだけ預けておいて返ろうなどと思ってはおるまいな?」
「まさか! そ、そんなこと思ってるわけないじゃないか!?」
思ってた。絶対に思っていた。
そう確信しながら、ヒカルは静かに眠っている赤ん坊を見つめていた。
‥‥‥‥‥‥せめて一晩だけで良いから、静かなままでいてくれ‥‥と、願いを込めながら‥‥‥‥‥‥
結果から言うと、静かなままでいてくれるわけがなかった。
「オギャーーーーーーーーー!!!!」
「またか!?」
「う〜‥‥もう‥‥‥勘弁して‥‥」
深夜三時、四時間ほど前に就寝に入って、三度目の夜泣きである。
余程の癇癪持ちなのか、赤ん坊はほぼ一時間に一回の割合で泣き出している。いくら赤ん坊だと言っても、かなり多い回数だろう。
レオナは耳を塞ぎながら起きあがり、赤ん坊をあやしに掛かるヒカルに目を向けた。
「う〜、これじゃあ眠れないよ‥‥ボクも、アイツみたいに外で寝ようかな‥‥」
「最後まで付き合うんじゃなかったのか?」
「う〜」
レオナが唸る。レオナが言っているアイツとは、二度目の夜泣きで怒鳴り込んできた隣人のことである。その彼は、現在アパートの外でグッスリと眠っている。恐らく一日か二日ほどで目が覚めるだろう。
睡眠は取れるだろうが、真似はしたくない。
「ヒカル〜、この際さ、猿ぐつわでも噛ませてやるとかは?」
「虐待を通り越して、それでは誘拐犯そのものではないか。大体、そんなことをして窒息でもされたら困る」
赤ん坊の取り扱いの難しさをそれなりに知っていたヒカルは、レオナの乱暴な提案を強引に退け、赤ん坊を抱き上げてあやしに掛かる。幸いにもお腹が空いたりしているわけではなく、単に人肌が恋しくなっただけらしい。
しかし母親が近くにいないことを本能的に察しているのか、ヒカル達が抱き上げてもなかなか泣き止もうとはしない。
「ヒカルさぁ、子供いるんでしょ? 早く泣きやませてよ」
「そう言われてもな、私の時にはほとんどベビーシッターだったから‥‥その‥‥」
「‥‥‥‥はぁ。ダメ親か」
「!? し、仕方ないだろう! あの頃は今よりもずっと仕事が忙しかったんだ!!」
親の定番の言い訳である仕事の話を持ち出し、なんとかレオナの冷たい視線に応戦するヒカル。
レオナは懸命に赤ん坊をあやしているヒカルを置いて、一人だけベッドの中に潜り込み、完全に体を隠してしまった。まるでヤドカリである。
忘れ物とばかりにレオナは外の枕を引っ張り込む。恐らく、シーツの中では耳を塞いで眠りに入ろうと丸まっているレオナがいるのだろう。
「レオナ‥‥手伝おうという気は?」
「あるけど、今は眠くて‥‥‥‥力加減を間違えそう」
レオナが力無い声で答えてくる。
確かに、オールサイバーと言えど脳は人間のそれと同じである。ある程度の休眠を取らなければ、ただでさえ微妙な力加減が要求されるサイバーの手足を扱うことは難しい。レオナが言っていることは、あながち間違いではない。
対照的に、ヒカルは加齢停止によって代謝機能を完全に停止させているため、ある程度の無理は利く。もっとも、思考を行うために脳は加齢停止の恩恵を受けられないため、無理が利くのは体だけのことだったが、狙撃手であるヒカルにとって持久力は命だ。たった一人の標的を待つために何日も何週間も待機する仕事なのだから、睡眠を妨げられた所で大してダメージを受けるようなことはない。
ヒカルは初日から大ダメージを受けているレオナに呆れながら、ヒカルはようやく泣きやんだ赤ん坊を抱いてベッドにはいる。ちなみに赤ん坊だが、ヒカルの部屋に都合よくベビーベッドなどが置いてあるはずもなく、三人で川の字になって寝ている。と言っても元々ヒカル一人で眠るためのベッドだ。非常に狭い。
レオナもヒカルも寝相は良い方だったが、万が一と言うこともある。最後まで床で寝ることに抵抗したレオナへの妥協案として、ヒカルはレオナをいつでも蹴落とせるようにレオナを端に寄せていた。
(やれやれ。初日でこれでは、自警団で引き取って貰えてもすぐに返却されそうだの)
ヒカルはスヤスヤと眠る赤ん坊の頬をつついてその感触にほくそ笑みながら、しかし脳裏に浮かんでいる事態の深刻さに溜息を吐きたくなった‥‥
〜Round2・小さき暴君〜
翌朝、ヒカルとレオナが自警団支部の一つに顔を出した時、そこには異様な静寂が待っていた。
「どうしたのだ? 皆の衆」
ヒカルがいの一番に声を掛けてきた受付担当の自警団員に声を掛ける。しかし彼女は、「おはようござ‥‥」の部分で停止したまま、一向に動こうとはしない。と言うより、挨拶をしながら視線をヒカル、レオナ、赤ん坊に持っていった所で停止している。他の自警団員も同様で、一様にして赤ん坊を見た瞬間に活動停止状態に陥っていた。
その原因が自分の腕の中で不思議そうに周りを見渡している赤ん坊にあると言うことに気付き、ヒカルは「まさか‥‥」と呟いた。
ポンッ♪
そんなヒカルの肩を、背後から付いてきたレオナが叩いてきた。振り返ると、レオナは心なしか嬉しそうにニヤニヤと笑っている。
「ヒカル。どうやら赤ちゃんが似合わないのはお互い様みたいだね♪」
「ぐっ‥‥」
言い返したい衝動をグッと堪え、ヒカルはようやく解凍されつつある受付担当の額をつついて無理矢理こちら側に引き戻した。
「あなた、ちょっと良いかな?」
「は、はい! なななんでござるましょう!?」
目下大混乱中だった。
「この子供なんだが、昨日から預かっているのだが、母親が行方不明なのだ。母親の捜索と、この子供を自警団の方で預かって────」
そう、ヒカルが口にしていた時だった。突然、弾かれたようにその場にいた自警団員全員の硬直が解け、皆が慌ただしく活動を始める。
「第十七地区で火災発生!」
「すぐに急行するぞ!」
「強盗です! 宝石店から強盗犯が逃走中!」
「捕まえろ! 生かして帰すな!」
「暴走サイバーが酒場で大暴れをしています!」
「フハハハハハ!! 今日のこの俺を敵に回したことを後悔するがいい!」
「ネコが迷子に!」
「待ってろ! 俺が探してきてやる!」
「お茶がこぼれ──」
「‥‥‥‥お前ら‥‥‥‥」
騒々しく、まるで火事場から逃げ出すかのように消えていく屈強な自警団員達。レオナとヒカルはその様子を呆然と見送り、数十秒後にはヒカル、レオナ、赤ん坊に、あとは受付担当だけが残っていた。
レオナがこめかみを押さえながら大きく頷く。
「なるほど。昨日ヒカルが言っていたのは本当だね。こんなに赤ん坊が嫌われる場所だとは思わなかったよ」
「家庭持ちなど、滅多にいないからの。仕方ないと言えば仕方ない‥‥っと! 泣くな! 泣かないでくれ!」
ヒカルは自警団員達の大騒ぎで泣き出しそうな赤ん坊をあやして宥めながら、唯一逃げないでいてくれた受付担当に詰め寄った。
「‥‥こうなっては仕方ない。もう自警団で預かってくれとは言わん! 言わんから、とにかく早く母親を捜してくれないか? さもないと‥‥」
「さ、さもないと‥‥?」
「‥‥‥‥」
「“赤ん坊をここに黙っておいていくぞ!”と言い出そうとしてそれは赤ん坊に対してあんまりな言い方だと言い出せないヒカルでした」
「黙っててくれ」
思わず脱力しそうになったヒカルだったが、何とか踏み止まり、受付担当を睨み付けながら赤ん坊を突き付けた。
「ほれ。この赤ん坊が可哀想だとは思わんの? 面倒を見ろと入っておらんのだ。人探しぐらいは構わんだろう?」
「は、はい。それならこちらで早急に‥‥」
「では頼む。レオナ」
「なに?」
「何をとぼけている。母親の人相を知っているのはあなただけでしょうが」
「あ、そっか」
ヒカルに小突かれて、レオナはようやく自分まで引っ張られてきた理由を理解した。母親の捜索をしようにも、確かにヒカルはその母親との面識が全くない。なんのヒントも無しでは、調べようがないのだ。
公園で出会った母親の人相と服装、身体的な特徴(身長とか髪の色とか)を受け付け担当に教え、レオナは他に教えるべきことはないかと唸ってから大きく頷いた。
「これで全部だよ。そう言う人を見つけたら、ヒカルに連絡して」
「やっぱり私なのか」
「ボクよりもヒカルの方がすぐに連絡つくだろうからね。そこら辺には確信がある」
「‥‥‥‥」
「え、えっと‥‥りょ、了解しました。ヒカルさん、連絡はいつもの番号に入れますから」
「そうしてくれ。こっちも、街を一回りして探し回ってみる」
ヒカルはそう言ったあと、元々の仕事であった資料を渡してすそうに自警団の詰め所から出て行った。その途端に詰め所に人の気配が戻ってきたのが分かったが、わざわざ取って返って捜索を念押ししておくのも億劫だった。
「ヒカル、あれで良いの? あいつ等探さないかもよ?」
「それはいらん心配だ。あの詰め所の連中は他人の面倒ごとを見るのは大の苦手だが、代わりに私の依頼を受けて二日も待たせたことがない。明日には連絡が来ると思うぞ」
「自警団なのに他人の面倒を見るのが嫌いって‥‥それに、二日も待たせないって、もしかしてヒカル限定じゃない? まさか、何かネタを‥‥」
「さて! レオナ、ここで重大な発表があるのだが」
ヒカルはレオナの台詞を遮り、そして真面目な顔でレオナの顔を見つめた。体中から戦場にいる時と同様の気配が漂い始め、視線には僅かに殺気が隠っている。
何か地雷でも踏んでしまったのかとレオナは一歩だけ後退り、冷や汗を掻きながら口を開いた。
「な、何かな?」
「うむ。実は、もっと早く言おうとも思っていたんだが‥‥すまないのだが、手近な店で紙オムツを買ってきてくれ。私は、そこの店でトイレを借りているから」
「は?」
目を点にして返すレオナだったが、あくまでキリッとして真面目な顔をしているヒカルをよく観察し、更に一歩を退いた。一見すると真面目な表情のヒカルだったが、目尻には僅かに涙が滲み、手足が微妙にプルプルと震えている。
‥‥そして、抱いていた赤ん坊のお尻の辺りに、黄色い染みが出来ていた。
しかも、ポタリポタリとなにやら液体が滴っている。
「い゛!?」
「出来れば、私の服も買ってきてくれるとありがたい‥‥‥‥頼む」
「わ、分かったよ! すぐに買ってくるから、気をしっかりねぇ!」
レオナが脱兎の如く走り出す。全力で疾走しながら前後左右あちこちの店舗に視線を走らせ、ドラッグストアを探し回る。その間にヒカルも早々に指定した店(雑貨店だった)に入り、トイレを貸して貰った。
(そう言えば、こんなことをするのは何回目だったか‥‥)
本来の母親ならば何十回、何百回とこなす作業も、ヒカルは不慣れだった。三十過ぎの娘がいるが、赤ん坊の頃の世話はほぼ人任せで、自分でするようなことはまずなかったのだ。
仕事柄、赤ん坊と接するようなことが皆無なため、そう言った母親必須の知識も満足に持っていない。
ヒカルは汚れた自分の服を軽く拭いてから脱げる物は脱ぎ、それから赤ん坊の世話に取りかかった。
「えっと、服を脱がして、綺麗に拭いて‥‥ああ、なんだか漏れてると思ったら、この子オムツも履かせて貰ってなかったのか。うう、と言うことはこの子の服は‥‥うぁぁぁぁあああああ‥‥‥‥」
もっと早く気付くべきだったが、これまでこの赤ん坊のおしめを替えるという発想に至らなかったヒカルとレオナの致命的ミスである。レオナが母親から引き取ってからのおおよそ一日、20時間ほどの間放置されていたのだ。それはもう、赤ん坊のお尻の辺りはすごいことになっていた。とても言えないぐらいに‥‥
もっとも、昨日レオナがヒカルの元に来た時には、既に赤ん坊関連の商品を売ってくれるような店は、全て閉まっている時間帯だったため、気付いた所でちゃんと対応出来たのかどうかは甚だ疑問ではあったのだが‥‥‥‥
仕方なしに汚れてしまった赤ん坊の衣服を捨てた時、赤ん坊が急に声を上げて泣き出した。
「おぎゃぁ! おぎゃぁ!」
「ぬぅ! 今度はなんだ?」
泣き出した赤ん坊の前でオロオロと慌てるヒカル。服を脱がされたことで機嫌が悪くなったのか、赤ん坊は懸命に宥めてくるヒカルの説得にも応じようとはしない。
それどころか、より大きな声を上げて泣き声を上げ始めた。
その声を聞いて駆け付けたのか、誰かがトイレの扉をドンドンと強く叩いてくる。
「レオナ?!」
「ちょっとあんた! うるさいんだよ、静かに出来ないのなら出て行───」
「黙れ。下手に期待させると殴るだけでは済まんぞ」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
苦情を言いに来た強面の店長を一睨みで黙らせたヒカルだったが、内心では店長に対して謝っていた。何しろうるさい。本当にうるさい。一番間近で聞いているヒカルだったが、赤ん坊につられて泣きたくなってくる。
ヒカルはこの時、ようやく納得した。『母は強し』と言う言葉は、ここら辺で鍛えられるからなんだなぁ、と‥‥
「レオナ‥‥早くしてくれ。私だけだとどうかしそうだ」
「マジで? ヒカルが弱気になってるのって、初めて見た気がするよ‥‥」
赤ん坊を抱きかかえて右往左往していたヒカルが振り向くと、そこにはトイレの扉を前置きなく開いて息を切らしているレオナがいた。疲れているようにも見えるが、目だけは「珍しい物を見たなぁ。今度話のネタにでもしようか?」等と物語っている。割と元気そうだ。
これで力加減を保てるという保証さえあれば押しつけてやるのに‥‥
脳裏に掠める憎悪の念を脇に押しのけ、ヒカルはレオナをトイレの中に引きずり込んだ。元々一人で入るのが精一杯のトイレの中の人口密度が限界に達し始める。
が、そんなことを気に掛けている余裕など誰にもない。レオナは突然引きずり込まれただけでなく、なんとヒカルに掴まれて壁に押しつけられ、拘束された。
「ひぃっ!?」
「レオナ、今の私には余裕がない。例の物は?」
「それなら、トイレの外に置いてあるよ。好きなのを持っていって」
「‥‥‥‥は?」
視線を合わせようとしないレオナの対応に怪訝な表情になったヒカルは、ひとまず赤ん坊をレオナに預け、扉の外を見た。目に入ったのは、迷惑そうにこちらを見ているお客と、隠れようとする店主と、そして小さな山となっている大量のオムツだった。
予想外の救援物資の量に、ヒカルは思わず滑って転びそうになった。
「いやぁ、結構これって種類があってさ。年齢は1~2歳ぐらいで絞り込めたんだけど、そもそも男の子か女の子かも分からなくって‥‥」
「そ、そうだったな。私も殺気まで走らなかったぐらいだから、責めることは出来ないな」
何とか起き上がったヒカルは、オムツの中から一つを適当に選び、選択する。ちなみに赤ん坊は女の子だ。年齢は推定1歳未満用を選び出す。それともう一つ、紙袋の中に入っていた成人用の衣服一着を手に取った。
「私の服も買えるとして、このオムツの取り付け方法は‥‥袋に書いてあるのか、助かった」
「ヒカル、顔色悪いよ。大丈夫?」
「大丈夫とは言い辛いが、とにかく今は、早く泣きやませるしかあるまい。この店にも長居は出来そうにないしな」
ヒカルは手早く袋に書かれているように赤ん坊を寝かせてオムツを装備させてから、ようやく一息つこうとした。しかし肝心の泣き声は止んでいない。まだ何か不服があるのかと、ヒカルとレオナは顔を見合わせた。
着替えに掛かるヒカルに代わって赤ん坊を宥めに掛かるレオナが、不安そうにヒカルに問いかける。
「ど、どうしようヒカル。全然泣きやまないよ? 何か心当たりない?」
「ないわよ! あなたこそ、何か思いつかないの? 赤ちゃんが泣きそうな理由」
「何でボクが!?」
「まったく知識がないわけじゃないだろう? もしくは自分に置き換えてみろ。どういう理由で泣く?」
そんなことを言われても、正直レオナには赤ん坊の気持ちなど分からなかった。
と言うわけで、自分が泣きたい時の気持ちを考えてみる。
(え〜っと、お金とかケガとかはこの子には関係ないんだよね。まだ死人云々のことも分からないだろうし、だったら‥‥)
腕の中の赤ん坊を見つめる。赤ん坊は泣きじゃくってばかりだったが、まず真っ先にするべきだったのに忘れていたことを思いついた。
「あ!」
「思いついたか?」
「うん。もしかして‥‥お腹空いてるのかな?」
レオナがそう言うと、ヒカルは「あ」と呟いて手を打っていた。
昨晩からドタバタとしていた上、夜泣きで赤ん坊が泣くことに半端に慣れてしまったのが痛かった。朝一番でアパートを出たレオナ達は、朝食を抜いていたのだ。その時点で気付くタイミングを逃してしまい、実質的に、昨日からなにも食べていないことを失念した。
そりゃあ泣くのも当然である。
二人はいい加減怒り心頭で顔を赤くしている店長を横目に荷物を持って店を出て、何なら食べられるのかを話し合った。
「この場合、やっぱり牛乳とかで良いのか? 確か、温めるのだろう?」
「ヒカルは───」
「出ないぞ」
「‥‥それは残念。期待してたのに」
「するな、そんなことに!」
思わず叫びながら突っ込むヒカルだったが、赤ん坊の泣き声でただでさえ不愉快そうに二人を見ている通りすがりの者達の視線に気付き、口をつぐんだ。この際、この場所からはすぐに離れた方が良いのかも知れない。何しろいかにも母親でなさそうな女性二人が、泣きじゃくって抵抗する赤ん坊を抱いているのだ。誘拐犯と間違えられてもムリはない。
ヒカルは店から持ってきた荷物の袋を腕に掛けて、レオナから子供を預かった。
「レ、レオナ! とりあえず、私はこの子を連れてアパートに戻るから、また買い物を頼まれてくれ。明日には要らなくなる物だろうが、この際必要になりそうな物は一通り買ってきてくれ。具体的にはほ乳瓶と粉ミルク」
「了解!」
ヒカルに言われて、レオナはやはり逃げるようにしてその場から走り去る。余程赤ん坊の泣き声が苦手なのか、それとも周囲の視線から逃げ出したのか‥‥たぶん両方だろう。
「レオナ、出来るだけ急いでおくれ‥‥。あなたも、もう少し大人しくしてくれないか?」
胸に抱かれながらも必死に食事を要求してくる赤ん坊を相手に、ヒカルは小さく語りかけた。効果があるとは思えなかったが、しかしそうでもせずにはいられない。ヒカルとて、内心ではレオナのように買い出し要員として活躍したかった。
〜Round3・小さな思い出〜
‥‥知識はほぼ忘れそうになっていても、まだ体が覚えていたのか、ヒカルは悪戦苦闘しながらも、何とか赤ん坊の食事を完了した。
使い終わったほ乳瓶を洗い、ミルクを温めるのに使ったお湯なども処分する。お腹が一杯になってようやく安心したのか、赤ん坊は現在、レオナと共にベッドを占拠して眠りについている。赤ん坊がミルクを飲んでいるのを「お〜」などと感心しながら観察していたレオナだったが、ミルクを飲んで機嫌を直した赤ん坊と一緒に遊んで一緒に眠ってしまったのだ。
ヒカルは洗い物を終えてそんな二人を見つめながら、ふと、まるで姉妹のようだと思っていた。
(母親には見えんな‥‥なぜだ?)
年齢的にはおかしくない筈なのだが‥‥‥‥レオナの幼さの残る顔立ちがそうさせているのか、それとも子供っぽい性格を熟知してしまっているからなのか‥‥どちらも否定出来ない。しかし姉妹として見るとしたら、これ以上なく仲良く見える。レオナはベッドの上で赤ん坊を抱くように(しかし寝相などで傷つけないように、腕を赤ん坊の枕にするようにしている)して眠り、赤ん坊も若干レオナの方へと寄って静かに眠っている。
ヒカルは二人を見つめながら、十数年前の出来事を思い起こしていた。
まだレオナが幼い時‥‥‥‥まだ、レオナの両親が健在だった時、何かの事情で世話をした時があった。赤ん坊に毛が生えた程度にまでは育っていたレオナは、既に暴れん坊の片鱗を見せていた。とにかくよく動くし、よく飲むし、それでいて疲れたらいきなり眠る。見事なまでの幼児ぶりには、当時は大笑いしていた物だった。
‥‥‥‥ん? 今とあまり変わらないような気が‥‥
「自分の子供は、構ってあげてないのに‥‥」
レオナよりも十年先に生まれた我が子のことは、今ほどにも構っていなかった気がする。当時の自分には、子供の面倒を見るほどの余裕がなかった。危険な任務に忙殺され、今よりも自分を追う者も多かった。巻き込まないためと言うのもあったのだが、そうでなくとも、果たしてどれほど構ってやれたのか‥‥
「‥‥過ぎたことか。過去は変わらんし、私は今でもあの時のままだ。時間を取れていても、この有様だったのだろうな」
ベッドに腰掛け、赤ん坊の頬をつついてみる。プニプニという赤ん坊独特の柔らかい感触に微笑みながら、ヒカルは続いてレオナの頬もつついてみた。
ブニュ
思ったよりも良い感触に、ヒカルは「昔からこうだったかな?」と呟きながら、その感触を確かめるように、レオナの頬をビヨーンと引っ張ってみた‥‥‥
〜FinalRound・母〜
初日よりかはマシになった夜泣き(今思えば、あれはお腹が空いていたからだろう)を乗り越えた二人は、何とか赤ん坊に出会ってから三日目の朝に突入した。二人もようやく落ち着いて赤ん坊の世話をすることが出来るようになってきたり(相変わらずレオナには任せっきりには出来なかったが)、赤ん坊と遊ぶぐらいの余裕が出てきた(遊ぶのはもっぱらレオナの役目だった)。と言っても、精々腕を伸ばしてくる赤ん坊の手をペンペンと猫じゃらしのようにはね除けているだけだったが‥‥とりあえずレオナも赤ん坊も楽しそうだった。端から見ていたら、どっちが遊ばれているのかの判別がつかなかったのだが‥‥
しかし、そんなお楽しみも早々に幕を閉じた。自警団に母親の捜索を頼んでからまだ丸一日しか経っていないというのに、ヒカルの携帯端末に自警団から捜索完了の伝言が記録されていたのだ。
「なんだか呆気ないね。こんなに簡単に終わるものなんだ?」
「元々私達の子供じゃないし、私達の手元にいつまでも置いておけないでしょ? 簡単に終わってくれた方がありがたい」
自警団の詰め所に赤ん坊を連れて行く最中、レオナは不機嫌そうに愚痴を言っていた。その手には昨日買ったばかりの紙オムツやほ乳瓶などの道具が詰まっている袋を持っている。レオナは袋を時々ブンブン振り回しながら、母親に対しての文句を言っていた。
赤ん坊を直接受け取っていたのはレオナだ。今更になって出てきた母親に対しては良い感情など持っているはずもないし、理由もない。それはヒカルも同じだった。ヒカルも、母親の捜索を頼んでいながら、一度捨てた子供を再び手にしようという母親には好感情など持てなかった。
レオナがヒカルの顔を覗き込む。
「ヒカルだって納得してないって顔してる」
「納得は出来ないが、これが一番良い結果だ。母親の方も、自分の方から自警団に連絡を取ってきたらしいからの。‥‥‥‥後悔していたのだろう」
「それが一番気に入らないんだけど」
「金銭的なトラブルだったらしい。夫は借金を残して蒸発。残された母子を、金を貸したマフィア達が追い掛けて、追い詰められた母親はせめて子供を逃がそうとする‥‥珍しくもないことでは、ある」
「それなら、最初から事情をこっちに‥‥もう良いよ。だからさ、そんな顔しないでよ」
「なに?」
レオナに言われて、ようやくヒカルは自分が唇を噛んでいたことを自覚した。ヒカル自身では分からないが、レオナから見れば他にも何らかの変化があったのだろう。若干赤ん坊を強く抱いていたことにも気付き、力を緩める。
「‥‥ヒカル。この子、どうなるのかな?」
「さぁ? 金の問題は解決してないそうだからな‥‥案外、この子を売るつもりなのかも知れん」
「っ!?」
「レオナ、そんなに殺気立ったところで、私達に出来ることは、もうないのだ。ここから先は、母親が母親としての生き方を選択するか‥‥」
「‥‥するか?」
言葉を切って、自警団本部を見上げるヒカル。後ろから付いてきていたレオナは、そんなヒカルの背中を見つめながら、こんな背中を、昔、まだ幼い時に見たことがあったような気がして目を見張った。
ヒカルの背中は、昔のことを懐かしむような、しかしどこか悲しい背中だった‥‥
「私のようになるか、だ」
カランカラン‥‥
扉に付けられていた鈴を鳴らしながら、ヒカルは詰め所の中に入っていった‥‥
詰め所の中は、昨日と打って変わって喧噪の最中だった。赤ん坊に気が付いても、誰も逃げようとはしない。既に母親がいるのだから、自分に押しつけられる心配もないと言うことだろう。
ヒカルは受付担当の自警団員に声を掛けた。
「母親が来たと連絡を受けたのだが、この子を受け入れて貰えるか?」
「はい。大丈夫ですけど‥‥まだ母親が来ていないので、もう少しお待ちいただけますか?」
受付担当の言葉に、ヒカルは頭を左右に振った。それから赤ん坊を受付担当に差し出し、背後のレオナに荷物を置いていくように視線を送る。
「いや。私達は、これで失礼させて貰う。母親と会ってしまうと、酷いことを言ってしまいそうだ」
「えー! ボクは一言ぐらい言いたいよ!」
「‥‥‥‥まぁ、止めはせん。レオナはレオナで好きにしろ」
ヒカルは赤ん坊を引き渡すと、そのまま身を翻して扉に向かっていく。レオナは慌てて荷物を受け付けカウンターにドッサリと置いて、母親に渡しておいてと告げてヒカルの後を追いかけた。
「良いの? ヒカル、あの子のこと、気に入ってたじゃん。これからのこととかも気にしてさ!」
「だからこそ、だ。それであれの母親に会った時、どういう顔をすればいいのか分からん」
「もし、もしもだよ? あの子がさっきヒカルが言ってたみたいに母親に売られるようなことがあったら?」
「どうにも出来ん。私にその権限はない」
「どうして!?」
「私達では、引き取ることも出来ないだろう?」
ヒカルの一言で、レオナは完全に押し黙った。
簡単なことではないのだ、実際に。ヒカルもレオナも、真っ当な生活でその日その日を生きているわけではない。無責任に、赤子など引き取れるような立場ではない。
ヒカルはレオナに振り返ってから小さな笑みを浮かべ‥‥
「あとは、あれの母親次第、だ。なに、案外────」
ヒカルの言葉の最中、ヒカルとレオナの真横を、一人の女性が走っていった。
二人のことなど見えていないほどに必死に、懸命に、走っていた。
「想定しているよりもずっとまともで、私よりもずっといい母親なのかも知れん」
ヒカルは向かい合っているレオナの背後を見つめながら、開けられる扉と小さな鈴の音、そして、元気な赤ん坊の泣き声に耳を澄ませた。
レオナも擦れ違っていった女性に見覚えがあることに気付いたのか、バッと背後を振り返る。
「ねぇ、今のって!?」
「大丈夫じゃ。行こう」
ヒカルは、もう用は済んだとばかりに歩き出す。レオナは「えっ? えっ?」とヒカルと詰め所を交互に見てから、ヒカルの後を追いかける。
「良いの?」
「うむ。一瞬しか見えなかったが、あれなら大丈夫。これから手放そうとする子供のために、あそこまで一生懸命な顔など、私にも出来ないからな」
そう言うと、ヒカルは「うむ」と自分を納得させるように呟き、深呼吸をするように頭上を見上げた。
「偶には、アレにも会って見るか‥‥」
偶には、母親として会ってみるのも一興かも知れない。構ってやれなかった分、今からでも相手をしてみるか?
「‥‥もう、三十過ぎの娘でしょ? 今から構おうとしたら、恐ろしい展開になると思うからやめておきなって」
「それはそれで面白いのだ。ククク‥‥レオナも、そのうち分かる」
「分かりたくないなぁ‥‥」
子で遊ぶのも、母親の一興よ。
そんなオーラを出し始めるヒカルの後ろから付いていきながら、レオナはもう一度だけ詰め所の方を振り向いた。そこには、赤ん坊を抱きしめている母親が立っており‥‥
「なるほど。少しぐらいは、安心して良いのかな?」
涙に濡れて喜んでいる母親を目にして、僅かに軽快な足取りでその場から去っていった‥‥
☆☆参加キャラクター☆☆
0541 ヒカル・スローター
0536 兵藤 レオナ
☆☆あとがき☆☆
お正月とかクリスマスとか、イベントが重なると恐ろしい多忙さを見せますね。それはそれとして、〆切ぶっちぎり記録を目出度くなく更新してしまったメビオス零です。
ごめんなさい。毎回毎回謝ってる気がするけどごめんなさい。もう、こんな状況は嫌だ。これからはもうちょっと手持ちの仕事の状況を考えてから発注を受けよう。うん。
で、今回の作品なのですが‥‥う〜ん、赤ん坊の話か。育てたことないけど、夜泣きとかってそうとう恐ろしそうですね。ま、私は普段から睡眠時間2〜3時間だからそんなに影響ないかな? でも泣き声は勘弁願いたい。
いい加減、何度も発注して貰ってるんですから、ヒカルさんの口調を掴まないとダメですね。古風なしゃべり方‥‥む〜、時々変な風になってるのは気のせいではあるまい。いろんな口調を練習しないとまずいと思う今日この頃。レオナさんは書きやすくて良いな〜。変換するとなぜか『玲於奈』って出て時々気付かないのが痛いけど^^
一度発注止めて、最初のようにHPで書く練習をしようかな? もう何ヶ月も放置してるし。また暇があったら見てやって下さい。
では、改めまして、今回のご発注、誠にありがとう御座いました。
マッッッジで遅れて申し訳ないです。言い訳不可能なぐらいに遅れてます。今回の作品も、ちょっとドタバタしながら書いたので変なところがあるかもしれません。批評とかをして送っていただけたら幸いです。もう、文句でも何でも言っちゃって下さい。
では、良いお年を(・_・)(._.)
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