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ブラジル【密林地帯】インディオ村
メビオス零
【オープニング】
アマゾン流域の密林地帯には、昔ながらの暮らしを続けているインディオの村が幾つもある。
インディオは凄いぞ。あの審判の日と、それ以降の暗黒時代、高度なテクノロジーを持ってた奴らがバタバタ死んでいった中、インディオ達は何一つ変わらない生活を送っていたというんだから。
本当に学ばなければならないものは、インディオの元にあるのかも知れないな。
〜赤い陽射しと神の少女〜
【密林地帯・12月31日・1630時】
‥‥年明けを迎えようとするこの日、密林地帯を無数の人影が疾駆していた。獲物と定められた大きな肉食獣を追い回し、包囲する。
数はおおよそ十人ほどだろうか。それぞれが手に古典的な石の槍やナイフを持ち、弓を携えている者もいる。ほぼ全員が男性で、上半身は裸。頭には装飾品として色鮮やかな鳥の羽根を付けたバンダナを巻いていた。
典型的な、インディアン達である。
古来よりこの地域に根付いていたインディアン達は、年末であっても狩りをする。元々カレンダーだとか、詳細な日付の感覚を持ち合わせていないのだから当然か（ちなみに文字というものもないらしい。昔は、だが）。年中無休の狩りと農業生活。都会に住むニート達にも見習わせたいものである。
「いやっほほーい！」
しかしそんなむさ苦しいインディアンの中、一人、この場にいる唯一の女性の声が森の中に響き渡った。それも、インディアン達の頭上から。屈強な男でも登るのが精一杯な高い木の上から、まるで猿のように声の主が跳躍する。
「やぁっ！」
ダン！ 包囲されて周囲を威嚇していた獣の後ろ首に、鋭利な乳白色のナイフが突き立てられた。石で作られたそのナイフは、獣の分厚く柔軟な皮を切り裂き、中の肉にまで到達する。しかし、浅い。獣の肉とは、人間とは比較にならないほどに柔軟で、強靱である。加えて、この獣はかなりの場数を踏んでいた。ナイフが皮に触れた瞬間には筋肉を硬直させ、刃を弾く鉄と化させた。刃は喉の中にまでは到達せず、刃先が埋まった状態で拘束される。
「ていっ！」
しかし、女はそれを予期していたように獣の首に両腕を回し、プロレスのように堅くロックを掛ける。そして跳躍の勢いに全体重を乗せ、獣の真横に倒れ込んだ。当然、組み付かれている獣も引っ張られるようにして倒れ込む。
「〜〜〜〜〜〜！！！」
ジタバタと獣が暴れるが、女性は決して放そうとはしない。常人ならば野生の獣の力に抗しきれるはずもないのだが、生憎とその女性は人間離れした存在であり、獣離れした存在だった。
ヒュッ。ドスドスドス！ 誰かが放った矢が、無防備に暴れていた獣の腹に命中した。四足歩行獣にとって、腹部は鍛えようのない弱点である。普段は地面に向けているために、背中などよりも肉が固くないのだ。
矢に射抜かれたことで、獣が大きく痙攣を引き起こした。そこに、組み付いていた女性からのトドメの一撃が放たれる。
シュン。と、ほんの一瞬だけ、女性の力が解放された。
それは瞬きほどの時間であり、女性は暴れている獣と組み付いている状態である。いくら身体能力に秀でたインディアン達の目を持ってしても、察知出来るはずもない。
‥‥ナイフに隠れて瞬時に伸びた鋭利な“爪”は、伸びた時と同様に、一瞬にして元に戻っていた。
「ふぅ、これで今夜の素材はOKね‥‥」
女性は動かなくなった獣を放すと、駆け寄ってくるインディアン達に運搬を任せて一息ついた。人間形態での慣れない狩りに、嘆息しながら手足を伸ばす。インディアン達と同様の衣装に身を包んだ女性は、この極普通の体がどれだけ脆い者なのかを再認識し、汗を拭う。
男達によって拘束されていく獣。その間、白神 空は、真冬でも容赦なく照りつける陽射しを浴びながら、静かに体を休めていた‥‥‥‥
【インディオ村・12月31日・1730時】
インディオ村に到着した空は、村長に獲物の状態を見て貰い、ようやく貰ったOKサインに安堵した。それから村人達に一通り顔を見せ、年越し祭の作業進行状況を確認する。
（ふぅ。やっと警戒されなくなってきたかな。マルクトだと近所付き合いもあんまりしなかったけど、やっぱりこんな小さな村だと、みんなが団結しているわね。私だけが目立ってるわ）
空は、村人達が自分をどう言った目で見ているかを推測しながら、この一週間の出来事を回想した。
‥‥クリスマスのあの日、この村の権力者の一人である祈祷師の少女から「年末まではここで過ごすこと。その間、エッチなことは一切なし」と通告された空は、大人しくそれに従った。少女は命の恩人でもあるし、勢いで約束を破ってしまった手前、断れなかったのだ。
しかし一週間もの間、インディオ村に住み着くというのは、並大抵のことではない。元々現代文明に飲まれることを懸命に拒み、それぞれ独立した伝統を堅実に積み重ねてきた人々だ。余所者の空を、いくら神事の要である祈祷師の要望とは言え、そう易々と村に住まわせて言い訳もない。今まではそれなりの食料の提供と、たった一日の滞在期間と言うこともあって見逃してきたが、さすがに一週間以上、更に年に一度の祭日に参加する、と言うのだから、許せることではない。インディアン達にとって、祭りとは古来の意味の通り、神を降ろす大事な儀式である。余所者に公開するなど断じて許されることではない。
‥‥と言うことで、空は問答無用で叩き出されることが決まった。これが約一週間前、クリスマスの翌日のことである。
だがしかし、祈祷師の少女は食い下がった。これまでの貢献もあるのだ。いい加減信用もあるはずだ。それでもダメなら、空を村の一員として認めてみてはどうだと言いだした。
これには皆が唖然とし、空も目を丸くした。一週間の滞在も認められないのに、どうして村の一員としてみられるというのか‥‥
しかし祈祷師の少女は、言葉巧みに村人達を誘導し、説得を成功させた。既に空も忘れていたことではあったのだが、この少女、元々はマルクトから着た客を言葉巧みに騙し、金銭や報酬を巻き上げていたのだ。祈祷師と言うより詐欺師に近い存在なのである。こと、“説得”と言う事柄に対して、少女は並々ならぬ実力を持っていた。
‥‥‥‥こうして年末までの間と言う短期間ではあったが、空は村の一員として迎え入れられた。空のビジターとしての戦闘能力も買われていたのだろう。翌日からは、ていの良い狩り要員として駆り出されることになった。
御陰で、空の着ているインディオ衣装も、出来る限り動きやすい物が支給された。と言っても、男達の着ているようなパンツ一丁などと言うセクハラまがいの物ではない。祈祷師の少女の計らいで、獣の丈夫な革を縫い合わせて作られた衣装は、空が少女に与えていた衣装と大して変わらない物だった。しかし素材は似たようなものの筈なのだが、マルクトで入手した時よりも遙かに着やすい良質な物だった。
（これだけの物を作れるんなら、もっと街と交流して豊かにも慣れたでしょうに‥‥思ったよりも狩りは危険だったし、この一週間、ここまでスリリングな狩りをセフィロトの外ですることになるなんて思わなかったわね。よく生き残れたものだわ）
空は、少女から【変身禁止】とされた自分の手を見つめ、小さく溜息を吐いた。
‥‥空が獣や鳥、人魚などに変身出来ることを話しているのは、祈祷師の少女だけである。他の村人達は凝り固まった、昔ながらのインディアンが多く、変身など出来ると言えばそれまで。次の瞬間には妖物扱いされてリンチに遭うのが関の山である。伏せておくのに、越したことはない。
しかし、元々戦闘行為は獣化に頼りきりになっている節のあった空である。人間形態での戦闘力など、たかが知れている。よって、空は出来るだけ姿の見えない木の上や、もつれ込んでの乱戦時に、一瞬だけ部分的に変身させることによって対応していた。
ようは、バレなければいいのだ。それにそうしていなければ、とてもこの一週間、生き残ることなど出来なかった。
「さーて。元気にしてるー？ 帰ってきたよーん♪」
空は村の奥にあるテントに入るなり、今までとは違う打って変わった、明るい声を出していた。このテントの主こそ、空の恋人（？）である祈祷師の少女である。祭りの主役としての仕事が多いため、準備に掛かりきりで、もう丸一日も会っていない。声にも勢いが付くというものである。
「ああ、白神さんですか。どうか、なさいましたか？」
しかし、対する少女の台詞は素っ気ないものだった。空はピタリと動きを止めて、テントの中を確認する。
‥‥祈祷師の少女は、ちょうど着付けの最中だった。傍には衣装あわせに立ち会っているお付きの少女達が数人と、古株のお婆さんが一名いる。
その時点で空は肩を落とし、真面目な表情を作って一礼した。
「いえ、狩りから帰還いたしました。そのご報告に」
「そうですか‥‥ご苦労様でした。下がって良いですよ」
「‥‥はい」
テントに入ったばかりの空は、そそくさとその場を退室した。
いかに空と祈祷師の少女の中が良好と言えど、まさか村人達の前で恋人然として振る舞うわけにはいかない。二人の関係が村の古株連中にばれたら最後、すぐにでもリンチが開始されるだろう。
祈祷師の少女もそれを分かっているらしく、少なくとも人目のある場所では、村の代表としての威厳のある態度を取っていた。
（ここに来てから一週間、迂闊に話も出来ないじゃない）
テントから出た空は、なぜ、あの少女が自分をここに置いておきたかったのかを考えていた。
村人達に監視されて、ろくに会話も出来ない。ここに来てから空がしたことと言えば、村の食料集めと祭りの準備の手伝いである。最初は人手が足りないのかと思っていたが、そうでもないようだ。
空は溜息混じりに自分にあてがわれたテントに入り（気の骨組みに防水性の布を被せただけの簡素な物だった）、ゴロンと寝転がった。今日は祭りの当日。しかし祭りは夜通しで行われるため、早朝から活動していた狩り組は昼間からは睡眠時間だ。他の者達も、もう少しで仮眠にはいるだろう。
（変な祭りね。夜がメインなのは分かるんだけど、ほとんど朝までぶっ通しなんて）
まぁ、一つ一つの村によってまったく異なる戒律を持っているインディオ達だ。夜という時間帯に、特別な意味を持っているのかも知れない。
「フフフ。でも、今夜の祭りが終われば、約束の契約期間も終了ね。心おきなく、楽しませて貰うわよ」
思わず口内に満ちてくるツバを、ジュルリと飲み込んで隠しておく。一週間もの間放置された御陰で、空はすっかりと欲望を持て余し、飢えきっていた。別に彼女が好色なわけではなく（そうとも言い切れない気もするが）、目の前でお預けをくらい続けているためにすっかりと焦れまくっているのだ。最初のうちは約束の『何でも言うことを聞く』期間中にナニをされるのかと期待していただけに、欲求不満が溜まりまくりなのである。
「フフフ‥‥‥‥明日は覚悟しておいてね。年明けの姫初めは楽しむわよぉ♪」
空は不気味な笑みを浮かべ、寝転がりながらどうやってあの少女を可愛がってやろうかと思考する。一週間分の欲望満載の妄想時間。
静かに眠りについた彼女の顔は、至福を通り越してしまったような表情を浮かべていたという‥‥‥‥
【インディオ村・12月31日・2300時】
年明け最後の一時間前、ようやくインディオ達の祭りが開始された。
普段は獣を恐れて火が落ちてからは外出を控えるインディオ達も、この日に限り村の広場に集まり、宴会を開いていた。村の中央の広場には多くの枯れ木が組まれ、キャンプファイヤーのように大きな火柱が立てられている。
その周りを、インディオ達は歌いながら踊り、グルグルと回っていた。皆が皆楽しそうで、踊りに参加していない者達は離れた場所に座り込み、編み篭に入っている果物や肉を頬張り、芋を発酵させて作った酒をあおっている。
空は座り込み組に混じりながら（インディオ達の言葉が分かってないので、歌えない）、手を叩いたりして周りに調子を合わせ、チラチラと村長の隣に座っている祈祷師の少女の様子を窺っていた。少女と空は、間にキャンプファイヤーを挟むようにして向かい合っている。空と少女を近付けたくないのか、村の古株のご老体達が、わざと引き離して座らせたのだ。
だが、引き離された空は、むしろこれで良かったと思っていた。向かい合って座っていることによって、遠慮なしに少女を見つめることが出来る。
‥‥普段から他の村人達よりも綺麗な格好をしている祈祷師の少女だったが、今日の衣装は特に気合いの入った物だった。
一体何の革なのか、真っ白な純白の革を幾重にも重ねて編まれた衣装をドレスのように着込み、長い歯と花で編み込まれた花冠を被っている。たったそれだけのシンプルなデザインなのだが、その手に少女の身の丈ほどもある杖（丈夫そうな枝の先に、綺麗な石を彫って作った月の彫刻が付いていた）を持っただけで、空でさえ別人と思ってしまうほどの神々しさを醸し出していた。
（‥‥凄いわね。あそこまでの雰囲気を出せる子なんて、見たことないわ）
空は感心しながら、そういえば祈祷師の少女との付き合いは長いのに、ああいう“祈祷師然”とした格好や雰囲気を見たことはなかったのだと、ようやく思い至った。
自分は、この村に取っては取引相手に過ぎない。そしてそのままでいれば、少女のこの村の祈祷師としての顔など、決して見ることなど出来なかっただろう。
「綺麗ね‥‥」
空が呟いた時、祈祷師の少女がチラリと空の方を盗み見た。
少女は空に向けて小さく手を振ってから、傍で待機している付き人の青年に耳打ちする。付き人は僅かに顔を顰めていたが、大人しく一礼し、少女の傍を離れていった。村人達の背後を遠回りに迂回する。
「あら？」
そうして、付き人は空のすぐ傍にまでやってきた。ソッと空の傍で屈み、人目を憚るようにして耳打ちする。
「今日、この火が消えた頃に、村の出入口にまでお越し下さい。出来るだけ、誰にも見つからないようにお願いします」
「見つからないように？ なんで」
「祈祷師様より、口止めされております。出入口に、祈祷師様と村長、それと付き人が数人おられますので、そちらと合流して下さい」
「分かりました。ありがとうございます」
空の返事を聞くと、付き人は空から離れ、また祈祷師の少女の元へと戻っていった。少女の方は、村長と何かを熱心に話し合っているらしく、空が見ていると言うことに気が付いていないようだ。
空は少女とろくに会話出来ず、段々拗ねたい心境に入り始めていた。
（なによぉ。もうちょっとこっちに構ってくれたって良いじゃない。エッチなことは無しって言ってたけど、この一週間、お互い触れることすらないじゃない）
空は心中で愚痴をこぼしながら、豪快に酒をあおっていた。
先程の付き人の呼び出しにて、祈祷師の少女は良いとして「町長と付き人」の段で、すっかり機嫌を損ねていたのだ。もしや二人きりになるチャンス‥‥と思った瞬間、コブ付きなのだと言うことが判明すれば凹みもする。
「一体何を企んでいるのやら‥‥」
祈祷師の少女の考えが読めず、空はお酒を飲みながら、時間までの間、存分に祭りを楽しむことにした‥‥
【？？？？？・1月1日・0320時】
村の中央で燃え盛っていた炎は、深夜の間に消え去った。優に四時間近く燃えていた木々は黒い炭と灰に変わり、なぜか村人達に回収されて、現在は村から忽然と消え去っている。
まだ夜も明けないうちに撤収作業を開始する村人達から身を隠し、空は静かに村の外にまで出ていた。出入口で待ち合わせと言われていたのだが、その出入口に到着するや否や、空はその場にいた祈祷師の少女と村長、村人の幼い娘に促されて、すぐに村の外に連れ出された。
‥‥つまり今いる場所は、ズバリ密林の中である。
村を出てから、空は村長と少女に案内されて道なき道を歩いていた。ジャングルの中にも村の周囲には、近くの村や町までの小さな道が残っている。しかし空の一行は、あえてその道から外れて見当も付かない方向に歩いていた。
「これって、どういうこと？」
村から出てから、説明も受けていない空が疑問を投げかける。
「年に一度の、大事な儀式を執り行うんです。その場所まで参ります」
空の質問に答えてきたのは、前を歩く祈祷師の少女だった。ちなみに先頭を歩いているのが村長。次に祈祷師の少女に空。そして空の後ろに幼い、小さな女の子が歩いている。
「たったの四人で？」
「本来、この儀式は族長と、親族が一人見届けるのみです。村人でも見ることは絶対に許されません」
なるほど。少人数なのは分かったのだが‥‥
「そうなると、もしかして、私は儀式をする場所までの護衛なのかな？」
木の上から落ちてきた蛇を投げ捨て、空は夜闇に目をこらした。
昼間もこの密林は危険地帯ではあるが、夜にもなれば身動きするだけで命懸けだ。大きな獣は眠りについているだろうが、蛇や毒虫などはまだまだ活動中である。大体足場からして不安定なのだ。あちこちに木の根が罠を張り巡らせ、油断していると足を取られて転倒する。
「はい。村で一番強い男性に任せるのですが、白神さんなら男性よりも強いですから」
「褒められているのかしらね‥‥」
空に言われて、祈祷師の少女はクスッと小さく笑みを浮かべ、あとは黙って村長の後に付いていく。その後ろ姿を見つめながら、空は「白神さん」と呼ばれていることに軽いショックを受けていた。
‥‥油断するとすぐに地が出てしまう空と違い、少女の方は徹底していた。村人達のいる間は空のことを白神さんと呼び、二人きりの時にあれやこれやしていることを悟られないようにしている。まぁ、空が今まで散々村人達を買収してきているので、気が付いている者は気が付いているのだろうが、少なくとも堅い人間は知らないままだろう。
しかしそれでも、ここまで他人行儀な丁寧さは悲しくなってくる。
「‥‥‥‥」
「‥‥ぇ？」
クイクイと、スカートの後ろ部分を小さく引っ張る感触に、空はチラリと振り向いた。
後ろから付いてきていた少女が、空のスカートを引っ張り、振り向いた空を招き寄せる。何か言いたいことでもあるのだろう。前を行く二人に聞かれたくないのか、屈んでくれとジェスチャーを送ってくる。
（何かしら？）
空は油断無く前を行く二人を視界に納めながら、その場に屈み込んで小声で話しかけた。
少女は両手を使って声が逃げないようにしながら、空に耳打ちしてくる。
（姉は、空さんのことを嫌っているわけではないですから。そんなに不安にならなくても良いですよ）
まるで、空の内心を見透かしたような少女の台詞に、空は驚いて目を丸くした。どうして考えていることが分かったのかと問いかけようとするが、少女は「それと、あまり姉に変なことをし過ぎないで下さいね」と言って、空の前に出て行ってしまう。
（姉、か。そう言えば、さっき“親族が一人”って言ってたわね。妹さんだったの）
少女の台詞から、ようやくその素性に思い至り、空は嘆息した。思えば、自分はそれなりに長い付き合いにもかかわらず、祈祷師の少女の家族構成も何も知らないのだ。二人が会う時には常に祈祷師としてのテントの中であって、二人で外出したことは一度もない。ついでに言うと、こうして祈祷師としての仕事をこなしていることも、見たことがなかった。
（あの村で、一・二を争える権力者だものね‥‥ああもう！ そんな子に構って貰えないからって、拗ねてたのね、私は。どっちが子供だか‥‥）
自分よりも一回りは子供の少女に精神的に負けていたのかと、空は頭を抱えたくなった。
いや、何となく妹さんの方にも負けているような気がしたのだが、それは脇に置いておく。ショックでどうにかなりそうだ。
（‥‥決めた。落ち着いて話が出来るようになったら、色々と聞いておきましょ。それまでは、大人しく付き合ってあげるから）
空はそう決めると、それ以降は黙って三人の後をついて行った。時折現れる蛇や虫や獣やらをはね除け、護衛としての役目を忠実に果たしていく。
そうしてかれこれ一時間あまりが経った午前五時‥‥‥‥
四人は、ようやく目的の場所に辿り着いた。
「ここが？」
空の声が、周りの洞窟に反響して響き渡る。
いや、この場所を洞窟と形容することが出来るのだろうか。
左右は壁に閉ざされているが、頭上は岩と岩が繋ぎ合わされているような、歪な形となっている。まるで、巨大な岩の丘に亀裂が入り、その亀裂の底を歩いているような感じだ。が、しかし頭上の亀裂は間違いなく地上にまで続いている。何十メートル先かは知らないが、確かに空が見えているし。そうすると、ここは完全に閉鎖されているわけでもない、ただの穴である。
‥‥そうして、現在空がいる場所は、その穴の終着地点。密林を見下ろすようにしてポッカリと壁に穴の開いた、小さな広場だった。
「では、始めます。白神さんは、そこで見ていて下さい」
祈祷師の少女は杖を横に構えながら、その広場の中心に立って外を見ていた。妹さんによると、これから神送りと呼ばれる舞を披露するらしい。これまで守ってくれていた神様を送り返し、新しい神様を迎え入れるための儀式なのだという。
他の村人が来られないわけである。こんな狭い広場では、四人いるだけで精一杯だ。
（静かに見ていて下さいね。姉さん、空さんに見て貰うために頑張って練習してたんですから）
（え？）
空の隣に座り込んで、姉の舞を見学する妹さん。村長に至っては今までの威厳ある態度はどこに行ったのか。敬虔な信者のように、祈りながら伏せている。
───そうして、静かな時が流れ始めた───
‥‥空はこの時の光景を、忘れることはないだろうと確信した。
少女の舞には、演奏もなく、歌もない。鑑賞者はたったの三人で、踊り甲斐もないだろうに、祈祷師の少女は一生懸命に、本当に真剣に舞っていた。
少女の踊りは、至極シンプルなものだった。
杖を振り、ドレスの裾を静かに舞わせながらステップを刻んでいく。たったそれだけの、多少練習すれば空でも出来そうな踊りではあったのだが、それだけに、その場を支配しているような存在感の強さを肌で感じることが出来た。
まるで極上の絵画を前にしているようだ。興奮しているわけでも冷めているわけでもない。ただ、目が離せない。空の視線は、完全に釘付けにされ‥‥
「っ！」
突然の光に、思わず目を細めた。反射的に上がった手の隙間からは光が漏れ出て、しかしその光の中に、踊り続ける少女が見える。
（夜明け‥‥）
空は、ここに至って、ようやくこの洞窟がステージに選ばれている理由を理解した。
初日の出の登る方角に、まさにピンポイントで合わせられている壁の穴。朝日の光は後光のように少女を包み、舞の美しさを際限なく引き上げる。
‥‥この時振り返っていれば、照らされた洞窟の壁に描かれている壁画などが見えたのだろうが、それはまた別の話だ。何百年、もしくは千年近くに渡って受け継がれてきた伝統から、目を離せるわけもない。
ジッと舞を見続ける空。そんな空は、ふと、今まで一心に舞を続けていた少女と目が合った。これまで少女はずっと杖の先や足下など、自分の周囲にしか目を向けていなかったというのに、確かに、ほんの一瞬だったが空の目に視線が向けられ────
パチリと、小さくウインクが送られた。
「ァ‥‥」
少女のウインクに気が付いたのは、恐らく空だけだろう。いずれは自分もこの舞を踊ることになるであろう妹さんは、振り付けを見て覚えようとしていてそんな余裕はない。
（気を使わせちゃったか）
空は自嘲を浮かべながら、舞を目に焼き付け続けた。
年に一度、限られた者しか見ることの出来ない聖なる舞。
そんな物を空に見せるために、この祈祷師の少女がどれだけの努力を重ねていたのか‥‥それは、並大抵のことではなかったはずだ。狭い村の中での地位は揺らぐし、信頼とて落とすだろう。
それでもなお、この少女は空をこの場に連れてくるために頑張ったのだ。
この一週間の間、ずっと。空と共に、ここに来るために‥‥‥‥
（この光景のお返しは、どうしようかしらね‥‥）
考えるが、この舞に釣り合う物が思いつかない。
が、焦ることはない。まだまだ、お互いに知らないことは多すぎる。
赤い陽射しが、少女を真横から照らし出す。
空は舞からも陽射しからも目を離さず、笑みを浮かべ、静かに少女を見守っていた。
★★★参加キャラクター★★★
0233 白神 空
★★★WT通信★★★
あけちゃいましておめでとうございます。メビオス零です。
毎回毎回、ご発注ありがとうございます。今回の話はいつもよりも長くなりました。
だと言うのに‥‥‥‥‥前回に引き続き、エロ成分が減るどころか消滅しています。今回は大変珍しいことにシリアス（？）話です。自分でも慣れないことをしているなぁーと、ちょっと疲れ気味でありますよ。ホント。インフルエンザには気を付けて下さいね？
っと、話が逸れかけました。
今回の話は、祈祷師の少女に祈祷師らしいことをして貰いました。年末の神事で大忙しの少女と、事情も証されないままに村に居座ることになる空。両者の立場から見ると、空が不安になるのも当然ですね。でも祈祷師の少女の気持ちが分かるような分からないような‥‥‥‥恋愛小説でも読んでみようかな。久しぶりに。
随分長い間、白神さんからのご依頼を受けていますが、偶には過去の作品を読み返して誤差を修正しておいた方が良さそうですね。そろそろ過去の出来事を忘れかけてますよ。ホント（笑い事じゃないけど！）
では、改めまして‥‥
毎回遅れてすいません。ギリギリまで修正をしている所為か、オーバーするのが癖になりつつあります。急いで矯正しますので、どうか生暖かい目で見守って下さいませ。
作品に対するご指摘、ご感想などがございましたら、またファンレターにして送っていただけたら幸いです。送っていただくたびに、戦々恐々としながら読んでます。たぶん、これはいつになっても慣れないでしょうねｗ
では、今回のご発注、誠にありがとうございました(･_･)(._.)
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