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ブラジル【ジャングル】ワイルドターキー
メビオス零
【オープニング】
クリスマスとは言えば、七面鳥だ。こんがり焼けたあいつに会えば、セフィロトの地獄の中で生き延びてきた事が無駄じゃなかったと心底思えるだろうよ。
そこでどうだ。クリスマスイブの晩餐で、どんとでかい奴をテーブルの上に置いてみないか?
買うのかって? いやいや、金なんか無いだろ? もっといい話があるんだ。
ちょっと穴場があってな。ジャングルの中なんだが‥‥俺の知ってる秘密の場所に、七面鳥が住み着いてるんだ。
野生種ってわけじゃないだろう、何処かから逃げたのが勝手に増えたんだろうな。
もちろん、誰の物でもない。なら、お前さんの胃袋に入れても問題ないって事だ。悪くない話だろう?
〜聖夜戦線・猛鳥軍を撃破せよ!〜
【SceneT:Game Start】
クリスマスイブまであと一日。現在、12月23日。
この日、ジャングルの密林の中は、異様なまでの静けさに満ちていた。普段ならばギャーギャーと小うるさく鳴きわめいている鳥達は静かに囀りを止め、虫達はこそこそと木の中へと避難している。本来ならば森の支配者であろう猛獣達も、まるで何者かを恐れるようにして縮こまり、自分達の塒(ねぐら)から周囲を窺い、獲物を探しに行こうかどうかと悩み抜いていた。
‥‥そんな静けさの中、密林の中程に、一台の軍用車が存在した。
小さくもないが大きくもない標準サイズ。密林の中に申し訳程度に作られた荒れ道を乗り越えてきた車は、なんの前触れもなく道を断たれて停車した。
「‥‥ッチ。道が岩で塞がれてやがる。地図が間違ってたか?」
「いや、この道であってるぞ。どうやら、ここが例の現場らしい」
軍用車を運転していたアルベルト・ルールの舌打ちに、助手席に座っていた伊達 剣人が答えてきた。アルベルトは、「ここからは徒歩だ。降りてくれ」と、後部座席に座っているメンバーに呼びかける。
「何だか、今日は静かだね。ここ。こんなんだったっけ?」
「まさか、そんなはずはなかろう。だがしかし、おかしいのは確かだの。やはり、逃げ込んだというターキーの仕業か‥‥」
分厚い装甲に守られている軍用車から降りた藤田 あやこは、密林の静かさに驚いていた。ヒカル・スローターも頷き、周囲を警戒しながら車中から荷物の詰まったバックパックを取り出し、猟銃として用意したライフルをあやこに渡し、自らも装備する。
「ねぇ、このサンタ衣装を着てみない? きっと似合うわよ」
「遠慮しておくよ。そう言うのはパーティーが始まってからね」
しきりにミニスカサンタの衣装を進めてくるジェミリアス・ボナパルトの誘いを断りながら、兵藤 レオナはブレードを引っ張り出した。ちなみに、レオナはいつも通りのタンクトップと短パン姿だが、ジェミリアスはレオナに着せようとしているミニスカサンタ衣装と同じ物を着ている。ミニスカートと袖が必要以上に短いのは、純粋に暑いかららしい。
「でも、これって本当に七面鳥の仕業なの? 所詮は鳥頭でしょ?」
「噂によると、IQ1300はあるらしいわよ? そこらの人間よりも、遙かに頭の回転は速いわね。知識があるかどうかは別問題だけど」
「‥‥それ、絶対に七面鳥じゃないよ」
ジェミリアスの返答に、レオナは「そもそも誰が測ったのさ」等と呟きながら、なぜか悔しそうに高周波ブレードを構えていた。自分よりも頭の回転が速そうな七面鳥を狩り出すイベントに、必要以上に気合いが入っているようだ。両手に持たれた二本のブレードは、刃をガチャガチャと言わせながら、タクトニム戦と何ら変わることのない殺気を放っている。
「七面鳥相手に大人気ねぇな」
「そう言うな。これが、その七面鳥のすることか?」
背後で笑みを浮かべながら殺る気満々のレオナを尻目に、アルベルトと剣人は、道を塞いでいる岩を調べていた。
岩の大きさは、おおよそ幅二メートル。高さ二メートル。奥行き五十センチほどの大きな物である。重さは一トン近くあるだろう。そしてその岩と地面の間には、大小様々な鉄板の破片が潰されている。
「いくら頑丈な輸送車でも、これを空から落とされりゃ、そりゃ潰されるわな」
「だろうな。しかしこれは、本当に鳥の仕業なのか?」
「だろ? あっちこっちに羽毛だらけだぜ」
アルベルトは、岩の周りに散らばっている羽毛を指し示し、今回の事件の発端となった岩を蹴り付けた。
‥‥数日前、マルクトとブラジルの一都市を繋ぐこの道で、些細な襲撃事件が発生した。
大量のターキーを満載した輸送車が、突如として上空から降ってきた岩に押し潰され、走行不能にされたのだ。幸いにも、運転手は間一髪の所で脱出に成功し、不運にも森の中から現れた何千羽もの鳥の集団に襲われ、現在病院で「やめて! お願いだからそこはつつかないで!!」などと訳の分からない呻き声を上げながら、うなされる毎日を送っている。
そんな状態の運転手から事情を聞いた自警団員は、何とか状況を整理し、調査に乗り出した。と言っても、その調査はたったの一日で終わっている。その日の内に、密林の中でターキー狩りを行っていた数人のビジター達が、全身を鳥の糞と羽毛だらけにして、泣きながら逃げ帰ってきたからだ。その証言から、この事件の犯人が、人間ですらないことが判明した。
その犯人とは‥‥‥‥七面鳥。つまりはターキーである。
一体何の冗談だ、と調査をしていた自警団員は笑ったものだが、しかしそれは、すぐに笑えない冗談に成り下がった。マルクト内にて畜産場(ここでは七面鳥も飼育していたが)を営んでいた店主が、「奴だ! 奴が来たんだ!」等と、叫びながら自警団の詰め所に現れたからだ。
‥‥この年は、鳥インフルエンザがマルクト内に蔓延し、全体の七割近い鳥が不幸な結末を辿ることになった。クリスマスを目前に控えていたマルクトだったが、まさか病気持ちのターキーを食べるほどの勇気はなく、泣く泣く鳥達を焼却処分することが決定した(泣いていたのは養鶏場の主達だったが‥‥)。そしていざ、鳥達を焼却場にまで送る段階で‥‥‥‥
駆け込んできた店主が育て上げた天才ミュータントキングターキー(四歳八ヶ月)が脱走してしまったのである。どうやら、このキングターキーが、鳥を操っているリーダーらしい。
その後、このキングターキーには懸賞金が掛けられ、賞金と鳥肉を目当てに密林の中にビジターが殺到することになった。が、その尽くが惨敗。一人残らず無傷では森を出られず、その多くが羽毛と糞まみれになると言う、これ以上ない屈辱的な末路を辿ることになったのである。
その後、ビジター達が尻込みしている間にもこのキングターキーの一味はあちこちの畜産場を襲撃。次々に襲撃し、鳥肉を輸入しようとした運搬トラックなども壊滅。御陰で、マルクト内の鳥肉の価格は高騰し、ビジター達でさえも手出し出来ない値段になったのである。
‥‥つまりは今回、彼らビジター一同は、クリスマスにターキーを食べるために集まったのである。
「これまでのビジターの中にも、エスパーだのサイバーだの、MSを持ってった奴もいたんだろ? 何で捕まらねぇんだ?」
「大半が、落とし穴に落とされたり蔓に足を引っかけられて吊されたり岩や石の雨に逃げ惑ったり一人になった所を、なぜか鳥でもない獣の集団に襲われたりしたんだそうだ。どうやら、キングターキーにこの密林は占拠されてるみたいだな」
「‥‥それ、あいつに教えてやれよ。絶対にはめられるぜ」
アルベルトは今にも飛び出していきそうなレオナを指し示し、頭を抱えた。
アルベルトも、レオナの性格は良く把握している。大雑把な性格のレオナは、その力と体力の続く限り、とにかく真っ向から相手に挑んで行きたがるタチなのだ。格闘戦好きな者にはままある性格なのだが、そういう者は、今回の相手には格好の標的である。このままではいの一番に罠に掛けられ、これまでのビジター達と同様に無惨な姿を晒すことになるだろう。
‥‥それは精神衛生上、良いことではない。
「おーい! そこの四人。盛り上がってる所悪いんだが、そろそろブリーフィングを始めよう」
「「はーい!」」
剣人の呼びかけに、レオナとあやこが元気よく手を挙げて駆け寄ってきた。ジェミリアスとヒカルも、走っていく二人を見送りながら、肩を竦めて集まっていく。
「さて、今回の標的なんだが、「あ、ちょっとタイム」‥‥?」
剣人の話を遮り、ヒカルは荷物の中からトランシーバーのような通信機を取りだし、密林の上空を飛び回っているであろう孫に連絡を取り付けた。
「これからブリーフィングを始めるが、聞こえておるか?」
『聞こえとるけどな、自分ら今、ウチのことを忘れてへんかったか?』
通信機から放たれる関西弁に、ヒカル以外の一同が一瞬、ビクリと肩を震わせた。別に恐怖からではなく、例えるなら「やべっ! 宿題忘れてきた!」と言う感じである。
そんな感じですっかり説明が遅くなった七人目のメンバー、アマネ・ヨシノは、百メートルほど上空をあっちらこっちらと飛び回っていた。
長時間の飛行能力を持つMS『ムーンシャドウ』を持つアマネは、祖母であるヒカルによって無理矢理駆り出され、バカ高い燃料代を犠牲にして上空の監視と偵察を割り当てられたのである。だと言うのに忘れられていれば、怒るのも当然である。
『大体、何でウチだけ空で一人飛んでなあかんねん。そっちは団体で楽しそうに‥‥』
訂正。怒るのではなく拗ねていた。
「すまぬな。ヨシノでなければ、上空の監視など出来ぬのだ。しばしの間、辛抱してくれ」
『‥‥分かったわ。手短に頼むで』
アマネはそう言うと、黙って聞き耳を立てていた。それを気配で察知したヒカルは、剣人に「OK」のサインを出す。
「あ〜っと‥‥で、今回の標的なんだが、どうやって捕まえる? 何か、案があるか?」
「はい! とりあえず首を捻ります!」
「だから、それまでの案を訊いてるんだろ」
元気よく手を挙げたレオナの提案に、剣人は呆れながら返答した。そもそもレオナが持っているのはブレードである。首を捻るどころか、ちょん斬る気が満々だ。
ブーブーと不平を漏らすレオナを気にせず、今度はアルベルトが挙手した。
「おふくろのESPで、鳥の首領(キングターキー)を操るって言うのはどうだ?」
「この森の中にどれだけの鳥がいると思ってるのよ。鳥以外にも膨大な数がいるし、ピンポイントではムリよ」
「じゃ、全部動かしたらどうだ?」
「‥‥‥‥それ、凄く疲れるのよ。クリスマスを頭痛持ちで過ごしたくないし、却下」
アルベルトの提案を、ジェミリアスはあっさりと却下した。いくらこの中でトップクラスの反則級ESP保持者とは言え、能力の安売りはしたくない。それに、密林の中にいる生物は、虫まで含めてしまえば何万と言う規模では済まないのだ。出来れば目視出来るまでは使いたくない、と言うのが本音だった。
「餌とかで誘き出すのは?」
「森の中にも、一杯餌があるでしょ。鳥の餌を撒いた所で、反応があるとは思えないわね」
あやこの提案も、あっさりと却下されてしまう。その時、通信機から、アマネの声が放たれる。
『ここからじゃ見えへんけど、そこ、今現場なんやろ? 足下に足跡やらなんやら、残ってへんのか?』
「あ!」
アマネの声にハッとした一同は、岩の周辺の羽毛に混じって、盛大に残っている鳥の足跡に気が付いた。既に数日が経過しているために消えかかっているが、それでもクッキリと残っている。幸いにも雨は降らなかったのだろう。足跡は残らず森の中に消えており、草木の合間にも時折羽毛が引っ掛かっており、飛べないターキー達の痕跡はハッキリと残っていた。
「‥‥ヨシノ、良く気が付いたの」
『なんや? 当たりか』
「うむ。こっちを辿っていけば、良い結果が得られそうじゃ」
ヒカルはそう言いながら、周りのメンバーの意思を確認した。皆は皆で少々思案していたが、結局の所それしかないと頷き、同意した。
「ならば行動開始だの。ヨシノは引き続き上空を監視。それと、我々の位置を教えてくれ」
『了解や。健闘を祈るで』
アマネはそう言い、通信を切った。
ちなみにアマネには、この場にいる全員の位置が把握出来る。MSと言う膨大な機器の固まりに身を包んでいるアマネは、メンバー全員に予め発信器を持たせることで、密林での遭難を防ぐ役割も担っているのだ。
‥‥まぁ、ここで遭難するようなメンバーと言えば、戦闘力に著しく欠けるあやこぐらいなものなのだが。
「それじゃ、この足跡を追跡すればいいわけか‥‥ってオイ。足跡って、あっちこっちに続いてるぜ」
早速足下の足跡を調べていたアルベルトは、四方に分かれている足跡を指差した。
この場を襲撃した鳥達は隊でも組んでいたのか、綺麗に四方に分かれて撤退している。キングターキーによって統率されているのだろう。四方に分かれている足跡は、どれもこれも全てが違う方向に伸びている。
「‥‥手分けするしか、ないみたいね。幸いこっちは六人いるし、私とアルベルトが一人で、残りの四人が二人一組で良いでしょ」
ジェミリアスの提案に、ヒカルは他のメンバーを見渡した。
つまり、強力なESP能力保持者の二人ならば、単独でも心配ない、と言うことだろう。あやこは言わずもがなで保護者が必要だろうし、レオナも、今回の相手では一人にしておくわけには行かない。四方ならば、四組。となると、剣人とヒカルのどちらかが、レオナかあやこの保護者になるしかないのだが‥‥
「伊達は、どちらが良いのだ?」
「‥‥‥‥藤田で頼む」
「やはりそう来たか」
「え? もしかしてバカにされてる?」
剣人はあやこを選び、ヒカルはレオナの保護者となる。非常に重い溜息を吐くヒカルに、レオナは剣人とヒカルを交互に見ながら、頬を膨らませて怒っている。だがしかし、猪突猛進のオールサイバーの面倒を見るのと、人の意見をしっかりと聞くあやこでは、どちらの方が楽かという所で比べようがない。
剣人はあやこの手を引いて、レオナが暴れ出す前にと撤退を決め込んだ。
「何かあったら、通信機で呼び合おう。集合場所は、この場所で」
「ああ、気を付けてな」
サッサと森の中に入っていく剣人。あやこはその剣人に引っ張られながら、「で、では! 行って参ります!」と、なぜか緊張気味に消えていった。
「じゃ、私達も行きましょ。日が暮れるまでここにいたら、それこそクリスマスが祝えなくなるわよ」
「まだ、一応一日あるだがな‥‥ま、適当にやるさ」
ジェミリアスとアルベルトもまた、森の中へと消えていった。
静かな密林の中で話し合っていたメンバーが消え、より一層、森の中の静寂が際立ってくる。
「ふむ。この森の静けさ‥‥気配が読めんな。レオナ、くれぐれも単独行動は‥‥」
メンバーを見送っていたヒカルは、その時、それに気を取られてレオナへの視線を切っていたことを後悔した。レオナにしてみれば、剣人やアルベルト達が森に入った時点で、既にスタートの火蓋は切られているのである。タッグ行動だとしても、今回のレオナは必要以上に殺る気満々だ。そんなレオナから、視線を切るなどして良い訳がない。
‥‥簡単に言うと、振り返ったらいなかった。と言うことである。
「‥‥ええい! まずは鳥よりも先にレオナを見つけねばならんのか!」
ヒカルは通信機に呼びかけ、アマネにレオナの位置を補足して貰いながら、全力で密林の中を駆けだした‥‥‥‥
【SceneU:鳥と少女と男と少女】
手を引っ張られて密林の中を走りながら、あやこはニヤリとフラグ成立にほくそ笑んでいた。まるで「計画通り」とほくそ笑むかのように、異様な迫力を含んでいる邪悪な笑みだった。
が、しかし手を引いている剣人は、前しか見てないために気付きもしない。
(良かったぁ。まだ、天には見放されてなそうだね。今年も一人でクリスマスかと、冷や冷やしたけど‥‥)
あやこは長年の間自分を見捨て続けた天に、今日ばかりは感謝した。
実は、あやこの目的は、キングターキーではない。彼氏いない歴二十数年間のあやこの願望と言えば、金銭でも鳥肉でもなく、まずは共に過ごしてくれる男性を求める方向に動いていた。
しかし、そもそもそのアテがあれば、とっくに当たっているのである。追い詰められたあやこは、人生経験豊富で数々の人脈を持つヒカルに相談し、この企画に乗せて貰ったのである。
‥‥そして剣人は、そんなヒカルが用意した、恋人のいない男であった。
あやこに相談されたヒカルは、ちょうど連絡を取ってきた剣人をこれ幸いと引き込み、今回の騒動に巻き込んだのである。レオナの相手は長年の相棒を務めるヒカルに回ってくることも計算付く。きっちりと狙ったカップリングが成立したのである。
(さぁて‥‥ここから先は、私次第なんだけど‥‥)
そこで、あやこの思考が凍り付く。
どうする? この後はどうするの?
そもそも男と二人っきりになったは良いものの、恋人にまで発展させることに失敗し続けた二十数年間。チャンスを貰っても、生かせなければ意味がない。
あやこが頭を抱えて悩んでいる間に、剣人はようやく歩調を緩め、一度足を止めて呼吸を整えた。元々体力に自身のないあやこを引き連れているのだ。足場の悪い密林と言うこともあり、急ぐにしても限度があった。
「ふぅ。大丈夫か? 息が上がってるぞ」
「はぁはぁ‥‥だ、大丈夫‥‥です」
考え事をしていて体の疲労に気が付かなかったのか、あやこは立ち止まると同時にペタンと地面に尻餅を付き、精一杯に息を吸い込んだ。今はとりあえず、目先の男よりも体力の回復を優先した、当然と言えば当然の行動である。
‥‥が、剣人はそんなあやこを一目見て、慌てて目を逸らした。
「? どうしました?」
「い、いや! なんでもない! なんでも!」
ブンブンと首を振りながら、しかし剣人は振り向こうとはしなかった。あやこは顔を横にずらして剣人の顔色を窺い、その頬が妙に紅潮していることに気が付く。
(え? なに?)
あやこは頭上に?マークを浮かべながら、剣人をそうさせた要因を考察し、周りと自分を見比べた。
‥‥‥‥非常に説明が遅れたが、現在のあやこの服装について述べさせていただこう。
あやこは、上半身に半袖のセーラー服を着込み、下の方がミニスカートを履いている。冬でも暑いブラジル圏内の密林にいるのだ。多少なりとも、涼しくて動きやすい服装をするのは当然である(まぁ、あえてセーラー服を選んだのはあやこの趣味だろうが‥‥)。
‥‥が、そこに多少のアクセントを付与するだけで、その格好は必殺の武器へと変化する。
全力で走り、紅潮した頬。高い湿度と気温によって、滴り落ちる汗。それを吸い込み、湿って肌に張り付く衣服。そして最後に、疲れたために尻餅を付き、座り込んでいるポーズ‥‥‥‥
あやこはそこに至って、ようやくスカートを押さえて立ち上がった。
「見ました!?」
「見ていない!」
「なら何で目を逸らしたんです!?」
「そ、それは‥‥」
弁解失敗。口籠もった時点で負けである。
しかし剣人は、咄嗟に明後日の方向を指差して誤魔化した。
「あそこだ! あそこに怪しい奴がいる!」
「誤魔化さないでくださ──」
‥‥あやこの言葉は、最後まで放たれることはなかった。
その口は目の前に振りかざされた炎の聖剣によって塞がれ、それでも紡がれようとした音声は甲高い金属同士の激突音によって掻き消される。
あやこは肩をビクリと揺らし、反射的にライフルを上げる。しかし引き金に当てられた指は、敵として現れた相手を見た途端に停止した。
「う、嘘だろ!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
剣人は驚愕しながらも、しっかりと剣を握る腕に力を込めて、突然草むらから現れた相手と鍔競り合う。剣人はその場を誤魔化したい一心で適当な方向を指差したのだが、まさかその場に、本当に敵が潜んでいるなどとは思わなかった。
‥‥それも、どう見ても人間の少女に襲われるなど、それこそ様々な状況を想定していた剣人の脳内にも、毛ほども存在していなかった。
「きょ、今日の相手って鳥じゃなかったっけ!?」
「そう聞いてたけど!?」
あやこも驚愕しながら、引き金を引くべきかどうかを考えていた。
剣人と鍔競り合っているのは、どう見ても子供である。剣人と張り合えるだけの力がある時点でオールサイバーかエスパーなのだろうが、そんなことにまで考えの届くほどの経験は、あやこには備わっていなかった。
‥‥そしてその隙を見逃すほど、相手の少女はお人好しではなかった。
「っ!」
ゴッ! 脇腹に炸裂する激痛。剣人の剣を止めていた少女は、ライフルを構えたままのあやこの脇腹に蹴りを入れ、同時にその場を跳んでいた。今まで力んでいた相手が突然後退したことによって体勢を崩した剣人に再び斬りかかり、その動きを封じ込める。
そして蹴られたあやこは、茂みの中にまで吹っ飛び、ゴロゴロと転がった。
「藤田!? っ、この!」
「‥‥‥‥」
剣人は慌ててあやこの跡を追い掛けようとしたが、目の前の少女の殺気を前に、とてもではないが動けなかった。
(この子は‥‥強い!)
自分の聖剣と拮抗する少女に、剣人は舌を巻いていた。
霊能探偵などをやっている剣人だが、北辰一刀流と少林拳を習得した、『炎の剣士』の異名を持つビジターである。オールサイバーだろうとなんだろうと、体格的に圧倒的に不利な立場にある少女と互角というのでは、驚愕を通り越して感心してしまう。
「こりゃ、助けに行ってる間なんてなさそうだな」
「‥‥‥‥」
決して言葉を発しようとしない少女。手にしたブレードの力加減を絶妙にコントロールし、剣人の聖剣を逸らさず、弾かず、押し切らずに拮抗状態を維持し続ける。
剣人は、なかなか押し切れない状況に歯噛みしながら、相手をしっかりと観察した。
‥‥身長は剣人の肩口ぐらい、体格は一見細身に見えるが、よくよく見るとしっかりと鍛練を積んでいることが見て取れる。オールサイバーである以上、年齢は推定不能。ボサボサの伸ばし放題の髪を虎柄のバンダナで掻き上げ、それが傘となって顔は伺えない。
いや、だが、しかし‥‥‥‥
この虎柄には、見覚えがなかっただろうか?
ゴカンッ☆
「‥‥‥‥んだぁ!?」
そこまで思い至った時点で、剣人は悲鳴を上げ、力無く地面に倒れ込んだ。召喚していた炎の聖剣は掻き消え、倒れ伏した剣人は目を回し、完全に気絶している。幸いにも鍛え上げていた体が反射的に受け身を取ってくれていた御陰で命に別状はなさそうだが、殺しきれなかった衝撃で、意識を地平の彼方に吹っ飛ばしていた。
ブレードを操っていた少女は、剣人にトドメを刺すでもなく、自分の頭上を通り過ぎてブランブランと揺れている丸太を眺めている。それが、剣人を背後から襲ったブービートラップ。現実にされたらシャレでは済まない丸太トラップである。木の蔓を案で作られたロープで木の上から吊されたそれは、十メートルほどの助走距離を持って、勢いよく剣人の頭部に炸裂したのだった。
それを片手で受け止めて揺れを止めながら、少女はその向こう側にいる、トラップを発動させた張本人に目を向けた。そこには数匹のターキーと、その中でも一回りほど大きなターキー‥‥今回の標的、キングターキーが立っていた。
「‥‥ケッ」
キングターキーはトコトコと剣人に近寄ると、ゲシッと一発だけ蹴りを入れ、周りを見渡した。先程あやこが吹っ飛んでいった茂みに気付いているのか、そちらの方に顔を向けて「クケェー!!」と鳴き、自分を取り巻いていた親衛隊を差し向ける。
部下達が頷いて茂みに飛び込んでいくのを見送ってから、キングターキーは、黙って待機していた少女に向き直った。
「クケケ。クケ、クッケッケーー!」
「‥‥‥‥」
常人では決して理解出来ない鳥言語。しかし少女は、コクンと小さく頷いてから、明後日の方向へと走っていく。彼女が一体何者なのかは不明だが、しかし鳥と会話出来ている辺り、ただ者ではないのは確かである。
「フッフッフッ、あと六人。ビジター共め、私の王国で好きにはさせんぞ!」
二度目の訂正。ただ者ではないのは、鳥の癖に怪しい笑みを浮かべて人語を発しているキングターキーの方だった。
さて、茂みの中に吹っ飛ばされたあやこは、呻き声を漏らしながら転がっていた。
少女から受けた蹴りは、まるで巨大なハンマーで殴られたかのような激痛をもたらしていた。しかし幸いにも、蹴りを入れられる直前に予知能力が働いてくれた御陰でギリギリと飛ぶことに成功し、威力はほぼ三割減。もしまともに受けていたら、意識を保っていることも難しかっただろう。
「イタタタタ‥‥うぅ、何なのあの子」
あやこは痛みを堪えながらヨロヨロと立ち上がり、剣人の元へと戻ろうとした。しかしすぐに膝をつき、ぜいぜいと呼吸を荒げて突っ伏してしまう。
(そうだ。ここに来るまでに走ってきたばかりだったんだ)
そこに脇腹への蹴りである。体力の限界に来ていたあやこにとって、あの一撃はトドメに近いものだった。剣人の応援に駆け付けるにしても、もうしばらくの間は休まなければ‥‥
ガサッ
「へ?」
「クケ?」
突っ伏しているあやこの目の前に、茂みを掻き分けてきた親衛隊、キングターキー直属の部下のターキー達が顔を出す。ちょうど両手と膝を地面に付けて突っ伏していたあやこは、茂みを掻き分ける音を聞いて顔を上げており、そしてそこには、不意に顔を出してきたターキーのクチバシが‥‥‥‥
ちゅっ♪
‥‥それは、二人(?)にとって不可抗力だった。あやこはターキー達の接近に気付かず、ターキーは茂みの所為であやこを目視出来なかったのだから。不意に衝突すれば、あり得ないことではない。
しかしこれは、二人にとっての不幸の始まりだった。
「わ、私の唇が‥‥‥鳥に‥‥」
「クケ!? クケケ!!」(ジョニー!? あなた人間に何してるの!)
「クケケ! クケッケケケ!!」(待ってくれ! これは不可抗力なんだ!!)
突っ伏した状態から一転して後退り、自分の唇を押さえてワナワナと震えるあやこ。ファーストキスというわけでもないのだろうが、しかし彼氏を求めてやってきた場所でターキー(満三歳二ヶ月:♂)に唇を奪われたとあれば‥‥
「鳥に‥‥聖夜が‥‥」
目頭がから零れそうになる滴を、あやこは無意識に拭っていた。
そんなあやことは別に、ターキー達は勝手にヒートアップしていく。
「クケケ!! クッケーー!」(お前また浮気かよ! モテるからっていい気になってるな!)
「クケケケケ!!」(ち、違うんだ!!)
「クケケッケ! クケケケケ!」(しかも相手が人間だと! 守備範囲が広すぎじゃねぇか!)
「うぅ、彼氏は欲しいって思ったけど、思ったけど‥‥‥‥」
「クケケケ!!」(話を聞いてくれ!!)
「クケ! クッケ! クケッケッケケ!」(問答無用だ! 野郎共! こいつを人間諸共殺っちまおうぜ!)
「クケーーーーー!!!」(おぉぉぉおおーーーー!!!)
「オスは要らないよ!!!」
あやこの痛烈な叫びが木霊し、それが開戦の合図となる。無数のターキー達の雄叫びが響き、羽毛が巻き上がり、あやこの拳が唸り、ライフルが炸裂する。
今までにないほどの大乱闘。相手が人間で内分容赦はなく、彼氏いない暦数年の鳥達の断末魔は森中に響き渡り、それに混じって、あやこの泣き声も響き渡った‥‥
【SceneV:Trap World】
「ン? 今一瞬、女の泣き声が聞こえた気がしたんだが‥‥」
ESPで聴覚を補助していたアルベルトは、遙か遠くから微かに聞こえてくる女性の声に、ふと顔を顰めていた。
(ま、気のせいだな)
と、アルベルトは結局黙殺することを決め込み、鳥の足跡の追跡を続行した。本当に女性の助けを呼ぶ声ならばすぐにでも駆け付けて良い所を見せたい所なのだが、残念ながらここは密林の中。そもそも悲鳴を上げる人間など踏み込まない。
アルベルトは、地面を叩いたり周囲の草木を観察したりしながら、理詰めでこの道を“当たり”と判断していた。
まず、地面は何度も何度も踏み締められていることで固まり、草木は獣の通り道として、一部の枝や葉が取り払われている。一回や二回通ったぐらいではこのような道はなかなか出来ない。少なくとも数回は、この道を団体で使用していることになる。
‥‥ならばこの先に、目的のターキー達の巣があるのかも知れない。
ターキーが森の中で単独行動を取るのは、あまりにも危険である。それはキングターキーでも同じことで、森に潜む大蛇や猛獣に抗しようと言うのならば、必ず団体での群れを形成するはずだ。
(巣さえ見つけることが出来れば、あとはおふくろの行動操作にでも任せるか‥‥)
アルベルトは気配を消しながら慎重に歩を進め、母であるジェミリアスをアテにしようと考えていた。
強力なESP能力を保持しているがために単独行動を任されたアルベルトだったが、そのESPはジェミリアスと比べると別の方向に突き抜けている。ジェミリアスが相手の行動、精神の操作能力だとすれば、アルベルトのは自身の能力強化に特化しているのだ。記憶操作なども一通りは行えるが、そもそも鳥の操作などしたこともない。捕まえるとしたら肉弾戦に持ち込むことになるのだが、それでは一匹を仕留めている間に他のモノ達が逃げてしまうだろう。それでは元も子もない。相手の警戒網を強めるだけである。
‥‥というわけで、アルベルトは自分の役目を偵察と割り切り、ターキー達の足取りを追っていた。
(それにしても、今回のターキー、まさかESPでも持ってるんじゃないだろうな)
アルベルトは森を支配しているであろうキングターキーの実力を推測し、舌打ちした。もし抗ESP能力でも持たれている場合、ジェミリアスを戦力に数えることは出来ない。そうなると真っ向からの力押しなのだが、相手は知能犯の上に団体だ。数で押し切られ、無惨な最期を遂げる可能性とて、ないわけでは‥‥
「ンな訳あるか。たかが鳥に、何でセフィロトで鳴らしている俺達が負けなけりゃならないんだよ」
首を振り、頭を過ぎった可能性を否定する。確かにアルベルトの言う通り、鳥程度にこのドリームチームが負ける理由が思い浮かばない。強力なタクトニムとて、このチームの前には手痛い敗北を喫するであろう。
‥‥しかし、アルベルトはその実力故に、基本的なことを見逃していた。
例えチームとして繰り出していたとしても、一人一人が離れて行動している以上、それは単身敵地に乗り込んでいることと変わりがないと言うことに‥‥‥‥!
「‥‥‥‥ん?」
アルベルトは森の木々の合間に鮮やかな羽毛を見つけ、歩みを止めた。羽毛の主であるターキーはあっちこっちに動き回り、その先にある頭は明後日の方向をキョロキョロと見回している。
どうやら、キングターキー側の歩哨のようだ。向こうは鳥達を駆使して森中を監視しているのだろう。アルベルトはこれ幸いと、その一羽を観察した。
(アイツを捕まえて、おふくろのところに連れて行けば、キングターキーの居所も分かる
ジェミリアスの能力ならば、動物の記憶も読めるかも知れない。まぁ、そもそもターキー自身に、物事を記憶するという能力があるのかどうかも甚だ疑問だったが、やってみる価値はある。
そうと決まれば話は早い。目の前のターキーを捕まえるべく、アルベルトは木々と茂みに身を隠しながら、ソッとターキーの背後に回り込む。体中にボディESPを付与し、ターキーまでの数メートルもの距離を一足で零にするために構えを取る。
いくら野生でも、所詮鳥は鳥。足場の悪い密林地帯で、アルベルトをも上回る身体能力など持っているはずもない。
(3‥‥2‥‥1‥‥‥GO!!)
カウントを取り、隙を見て地を蹴り付ける。地面からは盛大に土煙が上がり、えぐり取られた雑草が宙を舞い、アルベルトの体が残像を残す程の勢いを持って‥‥‥‥
地に沈んだ。
「はぁ!?」
驚愕の声を上げるアルベルトは、自身に何が起こっているのかを把握出来ていなかった。それもそうだろう。本来ならば、地を蹴ったコンマ数秒以内に、既にターキーを捕獲している筈だったのだ。だと言うのに、現在のアルベルトは地に沈んでいる。これで困惑しないわけがない。
‥‥そんなわけで、自分が底なし沼にどっぷりを嵌められているということに気が付いたのは、既に腰まで沈んでからだった。
「ば、バカな!?」
アルベルトの困惑は当然だろう。今まで自分の周りには、当然のように雑草が生い茂り、地面があり、踏み締めてもガチガチに固められていたのである。それが、実は底なし沼の上に張られた布の上に土や茂みをセットしただけのフェイクだったなど、誰が予想し得ただろうか‥‥!
「クッケー♪」
「くっ、野郎!」
底なし沼の中心部に落とされたアルベルトを嘲笑うかのように、岸には無数のターキー達が現れていた。岸に泳いでこようとするアルベルトを突いてやろうと待ち構えるターキー達は、心なしか笑っているかのように合唱している。
‥‥そのターキー達の足には、一羽残らず蔓の糸がくくりつけられていた。どうやら、彼らこそがアルベルトを沼に落とした張本人。落とし穴の上に張っていた布を勢いよく引っ張り、足場を掻き消した仕掛け人なのだろう。
アルベルトは予定を変更し、とりあえず目に付くターキー達を皆殺しにすることにした。
が、しかし‥‥
ゴンッ☆
「いて!」
PKを利用したソニックブームで吹き飛ばしてやろうとした瞬間、頭上から降ってきた石が頭部に命中し、アルベルトは声を上げた。頭部をさすりながら頭上を見上げると、そこには大小様々な森中の鳥達が集まり、それぞれ足に大小様々な石や岩を持って、爆撃体勢に入っている。そしてその鳥の向こう側、一番上空を飛んでいる鳥の何百何千という鳥達が、ちょうど沼と同サイズほどの巨岩を持ち上げて飛んでいた。
「おいおい、マジかよ‥‥」
呆然と呟くアルベルト。そうこうしているうちに胸まで沈んでしまったアルベルトには躱す術はなく、雨あられと降り注ぐ投石の嵐、トドメとばかりに落ちてくる巨岩を前に‥‥‥‥
【SceneW:天空の覇者】
アルベルトと正反対の方向に向かっていたジェミリアスは、現在、足下で完全に途切れた鳥の足跡を前に溜息を吐いていた。
この道を通っていった鳥達には飛行能力があったようで、ある程度の距離を走った所で飛行し、その痕跡を消していたのだ。これまで足跡や羽毛、枝に付いている泥の跡を辿ってきたのだから、飛行されてしまえばそれまでだ。空を飛んでいるモノに痕跡も何もあったものではない。
「ふぅ、引き返すしかないのかしらね」
そもそも追うことが出来ないのでは仕方がない。他のメンバーと違って野鳥の一羽も見かけることが出来ないジェミリアスには、それ以外に方法はなかった。さすがはIQ1300のキングターキー。ケンカを売る相手は慎重に選んでいるらしい。
しかし、引き返そうとしたジェミリアスは、まずは通信機を手にとって状況の確認を優先した。このまま引き返すのでは芸がない。近くに仲間がいるのならば、そっちの応援に向かうのも良いだろう。
上空でメンバーの位置を把握しているアマネに連絡を入れること数秒、ようやく出てきたアマネは、予想に反して切迫した悲鳴を上げていた。
『ちょ、誰や! ああもう誰でもええ! 助けてぇな!』
「どうしたのよ?」
通信機から聞こえるアマネの悲鳴は、ただごとではない。しかしどういうことだろうか? アマネはMSに搭乗している。いくら鳥達が数にものを言わせて攻撃に出ようともアマネには届かないし、空中にトラップなど以ての外だ。
となると、一体アマネの身に何が‥‥
ジェミリアスは手近な木の上に駆け上り、上空を飛んでいるアマネの『ムーンシャドウ』を目視した。いつの間にか曇っていたため、『ムーンシャドウ』の電子機器に異常でも発生したのかと思ったが、違う。次の瞬間には、アマネが焦っている原因を理解した。
‥‥空を飛んでいるのは、真っ黒な集団だった。
まるで森中から集まったかのような漆黒の生物は、次から次へとアマネのMSに飛びかかり、その体に激突していく。勿論アマネのMSにダメージなどあり得ないのだが、それは装甲部分のみのこと。間接部に激突されれば、ジョイントに巻き込んで根詰まりする。排気ダクトに突っ込まれれば、熱が逃げずに溜まっていく‥‥‥‥
加えて、カメラにまで激突してきたモノの血が接着剤の役目を果たし、舞い散る羽毛がカメラに張り付いて視界を奪う。
これぞ、数にものを言わせた特効戦法。ターキーと比べれば遙かに勝る物量を誇る、天空の覇者、カラスの戦い方である。
『前が見えへん! ラ、ラジエーターが!? お、落ちてまぅう!! ヘルプ! アカンて! これ以上はほんまにアカン!』
「まったく、仕方がないわね‥‥」
ジェミリアスは通信機から聞こえる切迫した悲鳴に溜息を吐き、黒い集合体を見据えて精神を集中させた。森中から飛び上がってくるカラス達をロックし、MSを取り囲んでいるモノ達にも標準を合わせる。精神の奥深くに入り込み、鍵を外し、その肉体の隅々にまで至る過程をイメージし‥‥‥‥
あっと言う間に、カラス達は散り散りに舞い散り、一羽残らず森の中に消えていった。
あるモノはフラフラと墜落し、あるモノは奇声を上げながら仲間に噛み付き、あるモノはドリルのように高速回転しながら地面に向かって飛翔する‥‥
阿鼻叫喚の地獄絵図。鳥達にとっても人間にとっても、一目見ればトラウマになりかねないような光景が展開される。
「さて、これで大丈‥‥夫じゃなさそうね」
ジェミリアスは上空から墜落するMSを眺めながら、どこか他人事のように呟き、墜落現場に向かっていった。機体の制御もロクに出来ない状態で墜落したとなれば、アマネも大怪我を負っているかも知れない。それに、機体のカメラも潰されているとなれば、地面に激突する瞬間すらそうと分からないだろう。それでは受け身もとれやしない。
アマネが上空を飛んでいる時点で能力を使って遠視していたジェミリアスは、アマネの状況を的確に把握していた。それだけに、今は急いでアマネの元へと向かうべく、密林の中を疾走している。
(こんな状態じゃ、他のメンバーも大丈夫かしら?)
ジェミリアスはそれぞれ別行動をしてしまっている仲間達の安否を気遣い、テレパスを飛ばして位置を探った。その数分後、ジェミリアスは現状を把握して頭を抱えるのだが‥‥
それぞれの結果に思わず失笑を漏らしたのは、ジェミリアスだけの秘密である‥‥‥‥
【SceneX:ミニ虎VS鷹の目VS大虎】
皆が順調に鳥達を追い詰め、いつの間にか追い詰められている時、レオナを追い掛けていたヒカルは完全に目標を見失っていた。
勿論、目標とはレオナである。キングターキーも目標であることに変わりはないのだが、しかし現在の最優先はレオナとの合流だ。
ここに来るまで、ヒカルは数々の罠を掻い潜って足止めを喰らっていた。突然消失する地面。降り注ぐ投石。叩き付けてくる丸太に、張り巡らされている蔓の網‥‥‥‥その為にレオナを見失ってしまったのだが、この分ではレオナもただでは済んでいないだろう。
出来る限り早く合流し、互いの安全を確保しなければならない。
「アマネに連絡を入れても出ないとは‥‥何かがあったようだの」
手にした通信機を懐にしまい込み、ヒカルは途方に暮れて周囲を見渡した。
今までに鳥一匹発見出来なかったヒカルだが、その気配だけは感じている。恐らく監視されているのだろう。木々の中の至る所から視線が浴びせられ、その包囲から抜けることが出来ないでいる。
‥‥この森の中に入った時点で、全員が捕捉されていたのだろう。もしかしたら、それぞれのルート全てに巧妙な罠が仕掛けられているのかも知れない。そうだとすると、この別行動は、ある意味最悪の選択肢だったのでは‥‥?
(‥‥一旦戻った方が懸命か?)
ヒカルは手にしたライフル銃を構えながら、油断することなく周囲の気配に耳を澄ます。狙撃屋出身であるヒカルにとって、自らに接近してくる敵の気配を探ることは得意分野だ。格闘戦の心得がないわけではないが、それに特化している敵と戦って必ず勝てると思えるほど、ヒカルは過信していない。
近付かれる前に撃つ。それがヒカルの戦いだ。特に今回の相手は野生の獣。気配の消し方では、そこらの人間よりも一歩も二歩も先に行っている。しかも、いくら元々は食用に育て上げられたターキーと言えど、食用だけあって数だけは半端ではない。森に生息しているモノ達も加えれば、ヒカルの能力では対処しきれないだろう。
‥‥ある意味、この森の中では、あやこに次いで危険なのはヒカルである。能力からして攻撃的なものではないため、油断した瞬間が命取りになりかねない。
このままレオナの捜索のために、情報もなしに密林の奥深くにまで向かうのは危険である。そう判断し、ヒカルは踵を返して振り返った。
「‥‥っ」
そして、沈黙を守って立ち止まる。これ以上動いてはいけないと告げる直感に、ヒカルの体は無意識のうちに停止していた。
「‥‥‥‥ふむ」
小さく頷き、ヒカルは直感に従って周囲の警戒に全力を注いでいた。木々に隠れる呼吸を、葉擦れの先にある衣擦れを、鳥の鳴き声に隠れる金属音を‥‥‥‥
そしてほんの一瞬、まるで矢を放ったかのような風切り音に紛れて、ヒカルは腕を背後に持っていくように後ろに引き、ライフルの引き金を引いていた。銃口はちょうど腰の辺りにあり、目の前に現れた少女の胴を吹き飛ばそうと、散弾を撒き散らせる。しかし空振り。木々の合間を縫うようにして現れた少女は、出現したのと同レベルの唐突さで消え失せた。
(あ、アレは!?)
ヒカルは突然の奇襲に声を押し殺しながら、ライフルだけでは対処を仕切れないと、サイドアームの拳銃を引き抜いた。獣狩りには不向きだが、対人戦ならば十分な威力を持っている。
(装備は‥‥レオナと同じブレードか。高周波ものだったなら死んでたかの)
銃を突き出す、もしくは普段通りに撃っていたのなら、ブレードで銃身を切り裂かれ、返す剣でヒカル自身を斬られていた。
(接近戦では勝ち目がない‥‥どこだ?)
ヒカルの方が先に相手を見つけることが出来れば、まだ勝ち目はある。が、密林の陰に隠れる襲撃者を見つけるのは、そう簡単なことではない。
せめて、相手の癖等を知ることが出来れば、襲撃のパターンを測ることも出来るのだが‥‥‥‥
(そう言えば‥‥)
今の襲撃者は、誰かに似ていたような気がする。ほんの一瞬しか見えなかったために自信が持てないのだが、あのボサボサ髪と虎柄のバンダナ、アレは‥‥‥‥
そうして、その相手にヒカルが思い至った時、その襲撃者は飛び出してきた。微かに思考に神経を向けていたのを察してきたのか、ヒカルが答えに辿り着いた瞬間の襲撃。いつの間に木の上にまで登っていたのか、襲撃者はヒカルの頭上から現れ、ライフルを両断する。
「くっ!」
「‥‥‥‥」
断ち切られたライフルを手放したヒカルは、続いて胴を薙ぎ払おうとするブレードの柄を拳銃で殴りつけ、勢いを削ぐ。その間に後ろに飛んでいたヒカルだったが、それに張り付くようにして肉薄してくる襲撃者を引き離せない。
このままではシャレにならないと、ヒカルは声を荒げた。
「やめろレオナ!」
「え? 呼んだ?」
襲撃者に声を荒げるヒカルに答えてきたのは、真後ろ、なぜか数匹のターキーを蔓で縛り上げて吊し、土産にしているレオナだった。
「なんと‥‥?」
「‥‥‥‥」
襲撃者と、背後のレオナを見比べるヒカル。そのような隙をこんな戦闘時に作って良いわけもないのだが、なぜか襲撃者までもが硬直し、レオナをしげしげと観察していた。
ヒカルは改めて、襲撃者の少女とレオナを見比べる。
服装はいくらでも同じ物を揃えられるので、この際無視。背格好はレオナの方が高いが、髪の色、肌の色は同一。顔立ちもそっくりで、まるでクローンにしてそのまま複製したのではと疑うほどだ。唯一の違いは瞳の色だろうか。レオナは黒で瞳は赤だ。
しかしそれも‥‥
「ふむ‥‥父親譲りか?」
「‥‥‥‥?」
「ちょっと! ヒカル、何か勘違いしてない!?」
「隠さずともよい。ふむ。そうだったのか。若いの」
「ボクの言ってることを聞こうよ! あ、そうだ。キミ、名前は?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥エノア・ヒョードル」
「ほらほら! ファミリーネーム(苗字)が違うよ!」
「‥‥‥‥籍は入れなかったのか?」
「だーかーらーーーー!!」
地団駄を踏んで、レオナが不機嫌そうに叫びを上げた。エノアと名乗った少女は、レオナを観察しながらゆっくりとブレードを腰に差し、完全に戦闘態勢を解いていた。既にその体からは殺気の類は一切感じられず、戦う意志がないことを明言している。
レオナはヒカルの追求から逃れるためか、はたまた諦めたのか‥‥‥‥疲れたようにエノアに声を掛けた。
「はぁ‥‥もう良いや。で、キミはここで何してるの?」
「‥‥‥‥‥‥」
「ヒカル、言葉は通じているのかな?」
「通じておるだろう。答えたくないのではないか?」
「む‥‥ちなみに、殺気は殺し合ってたみたいだけど、ヒカルはこの子に何かしたの?」
「しておらん。が、状況から察すると‥‥」
エノアはキングターキー側の刺客‥‥‥‥
間違いなくそうだろう。だとすると、これまでビジターを撃退してきた張本人は、このエノアなのかも知れない。そもそも森中に張り巡らせている数々のトラップは、どうした所で獣の手足では作れなさそうな物が多く存在していた。
しかし、現在は‥‥
「そなた、もう戦わずに良いのか?」
「‥‥‥‥」
沈黙。ヒカルは、それを肯定と受け取った。そもそも戦闘の意志があるのなら、武装解除などするはずもない。しかも退くわけでもない所を見ると、キングターキー側に戻る意志もないらしい。
ヒカルはレオナとエノアを交互に見比べると、小さく嘆息しながら、レオナの肩を叩いた。
「事情はあとで聞くとしよう。ここに置いておくわけにもいかんし、連れて行くぞ」
「‥‥‥‥それは良いけど、何でボクの肩を叩くのかな?」
「いや、ほら。他の者も、恐らく私と同じようなことを言うであろうからな。今のうちに慰めを」
「いらないよ‥‥」
「‥‥‥‥」
沈黙を守り続けるエノアの前で、レオナは肩を落として項垂れた‥‥‥‥
「で、そのターキーはどうしたんだ? 罠は?」
「え? 別に何もなかったよ。罠なんて、本当に張られてるの?」
「‥‥‥‥‥‥」
【SceneY:Last BOSS】
全員が集合したのは、優に三時間近い時間が経過したあとだった。
まず一番始めに到着したのが、ヒカルとレオナ、エノアの三人だった。行き帰りにトラップ群を抜けてきたものの、全員がほぼ無傷で生還。そもそもエノアの張った凶悪なトラップは事前に教えて(と言っても、無言で視線などを送ってくるだけだったが)貰ったため、あとは鳥だけに気を付けていれば良かったのだ。レオナとヒカルにとって、ここまでのハンデを貰えば楽勝である。
二番目はアルベルト。体に傷こそない物の(これは治癒能力による御陰なのだろうが‥‥)全身がドロドロ。一体何事かと問いかけると、アルベルトは「いや、何でもねぇよ。ただ、ちょっと海水浴をな‥‥」と、言葉を濁した。窮地に立たされたアルベルトは、結局PKを全力展開。岩を砕き泥を巻き上げ周囲を取り巻く鳥達を吹き飛ばし、何とか脱出に成功。惜しむらくは鳥達の大半がサッサと引き上げてしまったために、倒せたのは二割ほどだったことと、鳥達を追い掛けようと注意を逸らした所に巻き上げた泥が落下。ありがたくもない自然のシャワーを浴びることになったのだが、それは思い出したくもないことである。
三番目は、意外なことにあやこ、そしてあやこに支えられている剣人だった。剣人は未だにエノア戦での後頭部強打が利いているのか、足下が少々おぼつかない。あやこは全身血まみれになりながらも、自身はほぼ無傷。血はターキー達の返り血らしく、セーラー服を完璧なまでに赤に染め、「これがホントの惨タさんだね♪」などと発言し、メンバーを戦慄させるという偉業を成し遂げた。
ちなみに剣人は、エノアを見るなり声を上げ、一体何者でなぜレオナとそこまで似てるのかと問い質してきたが、エノアは黙秘権を全力展開。押しても引いてもまったく答えてこないエノアに、剣人は気力が尽きて判定負け。あやこは(‥‥‥‥隠し子? 妹さん? どっち?)などとレオナにこっそりと訊きながら、ニヤニヤと笑っていた。
そして最後、ジェミリアスは‥‥‥‥アマネと共に戻ってきた。MSの駆動音を鳴り響かせ、騒々しく戻ってきたことに一同は驚いていたが、アマネは自慢のスタンフォード(重力制御)機関が熱暴走で調子が悪く、戻って修理をするまでは使えないと涙ぐんでいたことであえて何も言わなかった。‥‥と言うより、アマネの格好もあやこに負けじと酷いものだった。間接部に入っていたカラスの死体やら何やらを取り除いていたためだろう。MS乗りのアマネにとって、直接死体やら血やらと接することはまれである。アマネにとっては酷い試練となっただろう。体中にカラスの血やら羽毛やらを貼り付け、目はどこか虚ろで疲れ果てている。
ジェミリアスも手伝っていたのだろう。元々突っ込み要素満載だったミニスカサンタ衣装も‥‥元から赤だったために分からないが、肌には若干の血が付いている。ただあまりにも変わり果てた姿となってしまったあやことアマネの二人と比べると、インパクトの麺では大きく劣っている。誰もそんなことで張り合ってはいないだろうが。
そんなわけで、七人中(一人は途中参加だが)三人が無惨な結果に終わってしまった。
「で、どうするの? その子のことは帰ってからにするとして、まさかこのまま帰ったりする気がないんでしょ?」
そうヒカルに訊きながら、あやこはミニスカサンタ衣装で仁王立ちをしていた。ジェミリアスがレオナに勧めていた衣装を借り受け、車中で着替えたのである。少々露出度が高い物だったが、元々セーラー服やらセンタ服やらを着慣れていたあやこにとって、まったく抵抗なしに着られる物だった。
「あれだけされて‥‥やり返さんと帰られへんわ」
涙ぐみながらそう言うアマネも、ミニスカサンタになっていた。血まみれの格好など願い下げだったアマネも、あやこと共に着替えていたのだ。残念ながらサイズの合っている物がなかったためにブカブカだったが、強引にベルトで固定して着込んでいた。涙ぐんでいるのは慣れないコスプレ衣装を着せられた所為なのか、それともジェミリアスやあやことのプロポーションの違いからか、はたまた大事なMSを壊された悔しさから七日‥‥それは誰にも分からない。
「‥‥‥‥‥‥なぁ。あいつら、皆殺しにしちゃダメなのか?」
「ダメよ」
俯きながら、肩を震わせて問うアルベルトもまた、なぜかミニスカサンタになっていた。
あやこ達とは違うが、アルベルトの服も泥だらけになっている。それを着るかならせめて肉体変化の女性化をさせてくれと頼むアルベルトをジェミリアスは一蹴し、強引にミニスカサンタ(♂)に変身させたのだ。ちなみにどれだけ強引に着替えさせたかというと、「アレは最悪だ。いくら何でも、行動操作はズルすぎだろ‥‥」と、のちにアルベルトは語ったという。
「こうなったら、意地でも捕まえて見せようではないか。ここまでされて逃げ帰ったのでは、明日から仕事が出来なくなる可能性もあるからの」
「でも、どうするんだよ。奴ら、そう簡単には近付いてこないぞ」
アルベルトが言う。そしてそれは、恐らく当たっている。
キングターキーの指揮下に置いて、勝てない相手には徹底して近付かないのが方針のようだ。実際に剣人やヒカルにはエノアを当て、アルベルトとアマネには軍団を使っての奇襲攻撃。ジェミリアス相手にはまったく姿を見せていない。
これを捕捉するのは、並大抵のことではない。この広い密林の中を逃げ回られたら、捕まえるのは不可能に近いのだ。まして、相手は鳥。他のモノ達に紛れ込まれたら、判別は難しい。
「ああ、それについては、多分大丈夫だよ」
「なに?」
レオナがエノアの頭をポンポンと叩きながら言う。どうやら、一計あるらしい。他のメンバーが集まるまでの時間に、作戦タイムでも開いていたのだろう。
「えっとね、まず‥‥」
レオナの作戦説明に聞き入る一同。ジェミリアスは面白そうだと笑い、アマネとあやこは逃げだそうとしてエノアとヒカルに羽交い締めにされた。
「これ、大丈夫か?」
「さぁな。案外、何とかなるんじゃねぇの?」
心配そうな剣人に、アルベルトはまだショックの抜けきらない表情でつれなく返していた‥‥‥‥
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・‥‥‥‥‥‥
・・・・・・・・・・・・・・・‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥
そうして、ようやく最終決戦が開始された。
決戦の地として選ばれたのは、密林の中にある、不自然な空き地だった。恐らく木々の不法伐採によって開かれた広場だろう。半径十メートル程の円形に開かれた空き地には、しっかりと根付いている木々の根が放置されている。
‥‥その中央に、二つの人影が存在した。中央の一際大きな切り株に縛り付けられ、二人ともグッタリと項垂れている。
そしてその切り株のてっぺんには‥‥『餌、キングターキー様へ♪』などと書かれた立て札が作られていた。
「こういう役回りなんやな。今日は完璧、厄日やわ。ホンマに」
「うう、餌って‥‥生け贄の間違いじゃないの?」
縛り付けられた二人が愚痴をこぼす。しかし戦闘力に欠けるあやこと、MSにダメージを受けているアマネでは、仕方のない役回りと言えばそうなのだ。キングターキーを直接狙うとなれば総力戦になる。そうなると、最悪あやこやアマネは人質に取られかねない。それならばいっそ、縛り付けて餌にしてしまえということだ。縛る必要があるのは、迂闊に動き回られて罠にでも引っ掛かった場合、フォローしきれないと判断されたのである。
しかし、まぁ、だからといって‥‥
「本当に大丈夫なのかな? 実はみんな、余所で足止め喰らってて、私達はその間に(自主規制)や(禁則事項)や果てには(爆弾発言)までされてしまうのでは‥‥」
「言うなや! そないな不安になること言うなや! ああもう‥‥って、来たーー!」
アマネがバタバタと両足をばたつかせ、空と森を交互に睨み付けた。森からは大量の、どこにこれだけの数が潜んでいたのかと疑いたくなるようなターキーの群れ。そして上空には、密林中に住む全ての鳥が集結したのではないかというほどの、視界を埋め尽くす鳥の群れ‥‥‥‥
その全てが自分達に向かってきていると分かっているアマネとあやこは、作戦失敗時に自分達が辿る末路を想像し、悲鳴も上げられずに‥‥
「帰ったらこの借りは返して貰うさかいなぁ! ウチの取り分多めに頼むでぇ!」
「見捨てないで下さいよー! 信じてますからねー!!」
怒声を見えない仲間達に向けて叫びながら、自分達に向かってくる鳥の大群と対峙していた‥‥
さて、そんな二人を、遠目に観察している者がいる。森の木々の中では鳥達に気付かれるため、PK能力で強引に掘った穴の中に潜み、遠視でタイミングを計るエスパー‥‥アルベルトである。
「始まったな。上手く誘い出せたみたいだ」
アルベルトはターキー達の前列にいるエノアの存在を発見し、まずは一安心と息をついた。エノアがキングターキーを言いくるめて餌‥‥囮の方へと誘い出す算段だったのだが、あの無口なエノアで大丈夫かどうかをアルベルトは心配していたのだ。が、どうやら成功したようである。
一体どういう理由で鳥と意思疎通が出来るのかは不明だが、かなりの信用を勝ち取っているらしい。まぁ、今まで散々ビジター達を追い払ってきたのだ。いきなり裏切るなどとは思うまい。
「それじゃあ、こっちの準備も開始するか」
アルベルトの傍らで炎の聖剣を召喚した剣人が、アルベルトに訊く。しかしアルベルトは、小さく首を振り、もう少し待てと小声で言った。
「もう少しだ。とりあえず、ターキー達全員が広場に入ってから‥‥」
アルベルトはそう言いながら、タイミングを計るために精神を集中させていた‥‥
‥‥そうして、戦いの火蓋は切って落とされた。
唯一鳥達の監視網を潜り抜けることが出来るエノアは、見事にキングターキーを焚き付け、広場へと誘い出していた。あやこに自分の側近が倒されたことが利いているのだろう。時間稼ぎに取り残されているビジターがいると告げると、一も二もなく襲撃指令が下され、総力が結集されたのである。
「‥‥‥‥」
エノアはチラリと広場を見渡し、そしてターキーの群れを見渡した。ジェミリアス達は、打ち合わせ通り見えない。しかしキングターキーまで見えない。と言うより、分からない。
キングの名が付けられているが、その姿は他のターキー達とそれほど変わらない。強いて言えば一回り大きいことか。しかしそれも、ただ単に年季の入ったターキーだと思えば大した見分け方にはならない。
‥‥キングターキーが今まで発見されなかった理由‥‥
それは単純に、他のモノ達と見分けが付かないだけなのだ。
「‥‥‥‥‥‥」
しかしそれを見分けるのは、エノアの仕事ではない。エノアは忠実に自分のやるべきことをこなすため、ブレードを振り上げ、そして振り下ろした。
突撃開始の合図である。
『ケケェェエーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!』
ターキー達だけではなく、森中の鳥の雄叫びがこの広場に集結し、そして放たれた。凄まじい鳴き声が炸裂し、耳を塞ぐことも出来ないアマネとあやこが「グハッ!」と悶えて暴れ出す。ターキー達は土煙を上げ、思うがままに突っつこうと我先にと突進を開始する。
‥‥‥‥しかしその突進も、ものの数秒で終わりを告げた。
地を駆けるターキー達よりも空を飛翔する鳥達の方が何倍も早いのは当然である。急降下してクチバシを突きだし、真っ直ぐにあやこ達に向かって‥‥
行く過程で、バシッと弾かれた。まるであやことアマネの周りにバリアーでも張られているかのようにバシッと、空中で弾かれたのである。
「なにぃぃ!!」
ターキー達の中から叫び声が上がる。飛びゆく鳥達は反応が遅れ、バシバシと凄まじい勢いで弾かれ続け、やがて飛びかかるのを躊躇するようになっていった。
その時になって、キングターキーはようやく相手の狙いが分かった。いや、そもそもあそこまであからさまに『餌』を撒かれている時点で100%罠だと気付くものだが、常勝のキングターキーの慢心と怒りに任せた行動が、完全に目を曇らせていたのである。
「ケケェーー!!」(撤退だー!)
そうと判断すれば、キングターキーの反応は早かった。
すぐさま部下達全てに撤退を指示し、自らもその場から逃亡する。
‥‥‥‥しかし、その退路は突如として広場を覆い尽くす炎によって遮られた。
「なんとぉーー!!」
またもやターキーの中から声が上がる。地を駆けるターキー達にとって、この炎の障壁は越えられない壁である。まさか突然そんな物が出現するなど予想だにしなかったために、森中から集められたターキー達は全て、広場に閉じこめられてしまった。
‥‥隠れていたアルベルトと剣人が、炎の壁の向こうでガッツポーズを決めていた。剣人一人の炎ではここまでの壁は作れない。しかしその炎を、アルベルトのPKによって何倍にも増幅し、壁として形を作ったのである。ちゃんと周りの木々に燃え移らないように障壁も張り、自然対策も万全。この広場を作った不法伐採者にも見習わせたい仕事である。
(くっ! このままでは‥‥)
キングターキーは、空を行く鳥達に救助を要請しようと空を見上げる。しかし炎は異様に高く立ち上っており、空飛ぶ鳥達は炎に撒かれまいとギャーギャーと騒ぎながら逃げていってしまっていた。鳥に炎は鬼門だ。本能には逆らえない。
この場から出ることは出来ない‥‥
ならばいっそ、餌の二人組を盾にして籠城を決め込んでやろうと、キングターキーは仲間と共に駆けだし‥‥
数秒もせずに、全ての動きを停止させていた。
「可哀想だけど観念しなさい。ここには近付けさせられないのよ」
「!!!!!」
ブンッと、あやことアマネが縛り付けられている切り株の上で、まるで虫の羽音のような音が鳴ったかと思うと、そこから忽然とジェミリアスとレオナが現れた。勝ち誇った笑みを浮かべ、真っ直ぐにキングターキーを見据えている。
「あなた、ちょっと迂闊だったわね。ここに来てから二言も大声を出して‥‥まぁ、人間の言葉を喋れるなんて、さすがに思わなかったけど」
「なっ‥‥!?」
キングターキーに驚愕が走る。ここに来てようやく、その事実を知るエノアの裏切りに気が付いたのだ。
エノアはあやことアマネを縛り付けている蔓をブレードで切り裂き、二人を解放する。ようやく囮役から解放された二人は、緊張で上がった息を整え、固まった体をポキポキと鳴らして動かした。
「いるとわかっとっても、やっぱ見えんと安心は出来へんな。めっちゃ怖かったで」
アマネはそう言い、切り株の上にいるジェミリアスに笑いかけた。
そう‥‥最初からいたのである。光を屈折させることによって姿を隠していたためにターキー達は気付かなかったが、アマネ達を守りながら、キングターキーがボロを出すのをジッと待っていたのである。賞金首としての報奨金を得るためには、どうしてもキングターキーとその他に分ける必要があったのだ。
‥‥そして当然、ターキー達の拘束も、ジェミリアスの行動操作によって行われている。空を飛んでいる鳥達を撃退したのも、ジェミリアスがギリギリまで引きつけて跳ね返したのだ(森の中にいるターキー達を広場に入れるため、ギリギリまで耐える必要があった)。
「まぁまぁ。上手くいったんだし、報酬はかなり上乗せするから」
「そやなぁ。キングの報奨金でもそれなりやし。ちょうどクリスマス前日やし。このターキー全部捌けば大儲けや」
「じゃ、捌いて良いのかな?」
ジュルリと唇を舐めるアマネと、ブレードを振り回すレオナの発言に、ターキー達は揃って一歩後退‥‥しようとして、体がまったく動かないことに涙した。
‥‥その頃、炎の向こう側で待機している男達は‥‥
「アルベルト、作戦は成功したのか?」
「ああ。成功はしたんだが‥‥」
「‥‥なんだ?」
「いや。女って、本当に怖いな」
炎の向こう側でどんな惨状が展開されているのか‥‥
アルベルトは遠視を打ち切り、遠くを見るように空を見上げた‥‥‥‥
【閉幕:パーティー】
そうして幕を下ろした23日を越えて、やって来たるは24日の午後8時。
マルクト内も完全にクリスマス気分に染まりきっている中で、特に煌びやかなパーティーが繰り広げられている場所があった‥‥
「「「「「「カンパーイ!」」」」」」
「‥‥‥‥」
マルクト内にあるジェミリアス所有のビルを一室借り切り、ターキー捕獲作戦に参加した面々は盛大にシャンパンを開けていた。豪華に飾られたテーブルには数々の料理が並び、前日の苦労などどこ吹く風か、集まったメンバー達はこれでもかとばかりに騒ぎ立てている。
「元気だなぁ。あんなに引っかき回されて、まだここまでの体力が残るとは‥‥‥ってアマネ? 何してるんだ?」
剣人はグラスを片手に、テーブルに向かって熱心に何かをしているアマネに話しかけた。
「うぅ‥‥誰の御陰でここまでのパーティーを開けた思うとんねん。せっかくのターキー代が‥‥」
「手元にはかなり残っただろ?」
「修理代で吹っ飛びそうやぁ‥‥」
料理片手に、今回の収支を計算しているアマネの表情は微かに暗い。何百というターキーを確保して売ろうとしたのだが、そもそも鳥インフルエンザの所為で焼却処分されそうになっていたものと、そうでないものが混ざっているのだ。とても表立って売ることは出来ない。
となると裏筋に流すことになるのだが‥‥値段は足元を見られて市場よりもかなり安い。クリスマスまで時間もなかったため、アマネは決死の交渉の末、何とか売りさばいたものの、その代金からクリスマスパーティーの資金を出してくれと言われてしまい、自分の取り分を確保するのが精一杯だったのだ。
幸い、キングターキーの懸賞金を多めにして貰ったものの、割に合わない仕事だったことには変わりがない。
「まぁまぁ。ほら、あいつらに混じって、大食い競争でもしてきたらどうだ?」
剣人は、必死になって料理を確保しているレオナを指差した。対戦相手は、無謀にもあやことエノアである。と言ってもエノアは競争する気などないのか、ただ単にレオナのマネをしているだけに見える。実質的にはあやこ一人との勝負。商品は一切なし!
ヒカルとジェミリアスはそんな二人を囃し立て、互いに酒を飲み交わしていた。
そんなレオナを眺めながら、悩んでいる自分が嫌になったらしく、アマネは収支計算を書き綴っていたノートを閉じて溜息を吐いた。
「はぁ。そやな。大食いは嫌やけど、出すもん出して楽しまなかったら大損やな」
「そうそう。楽しんでこいって」
剣人はアマネを送り出すと、どっかりと椅子に座り込んだ。
「どうした?」
「ん? アルベルトか。ちょっと疲れてるだけだ。あのテンションに付き合うのは、この年だと疲れるよ」
「‥‥‥‥若くてもレオナと付き合ってたらそうなるぜ?」
アルベルトの言葉に、剣人は苦笑しながら頷いた。
昨日のターキー戦では暴れたりなかったのか、今日のレオナの暴れっぷりは見事なものだ。
「そう言えば、あのキングターキー。ジェミリアスが買ったってのは本当か?」
「ああ。おふくろの研究所で研究して、量産するんだと。きっと美味いからって」
「‥‥あいつ喋るだろ。食べるのか?」
調理時に断末魔の叫びでも上げられたら最悪である。
「怖いだろ」
「怖いなぁ。俺は勘弁して貰いたいね」
互いに同じ感想を言い合い、顔を見合わせて苦笑する。
「おーい! そこの男二人! こっちに来て参加しなさい!! 私からの命令!」
「さて、お呼びだ」
エノアを脇に抱えて手を振り、剣人とアルベルトを呼びつけるレオナ。その脇にはあやこが「うぅ、お腹が‥‥」などと呻いて突っ伏していたりするのだが、まぁ、ジェミリアスが診ているようなので、問題はないだろう。
剣人とアルベルトは、手持ちの酒を飲み干し、腰を上げて仲間達の中に入っていった‥‥‥‥
☆☆参加キャラクタ☆☆
0541 ヒカル・スローター
0351 伊達・剣人
0536 兵藤・レオナ
0544 ジェミリアス・ボナパルト
0552 アルベルト・ルール
0637 アマネ・ヨシノ
0716 エノア・ヒョードル
0812 藤田・あやこ
☆☆後書き☆☆
疲れた‥‥八人書きは疲れた‥‥クリスマスからお正月まで書きっぱなしで疲れた‥‥メビオス零です。
あけましておめでとうございます。そしてクリスマスネタなのにお正月を開けて一月の半ば納品という体たらくになって申し訳ありませんでした。〆切が近い順に書いてたら凄いことになってしまって‥‥特にヒカルさん、毎回毎回すいません。
これからは忙しくなりそうな時期には窓口をちょと制限しておきます。依頼が重なると辛いので。
さて、言い訳タイムは終了。
今回のご発注、誠にありがとう御座います。
今回の作品はいかがでしたでしょうか? 人数が多くなると、どうしても作品が長くなりがちな私なので、今回のはいつの間にか通常の三倍になってました。昔はこれぐらいはすぐ書けたんだけどなぁ‥‥全盛期が懐かしい。
今回のエノアさんは、私のところで書かせていただくのは初めてですね。一応過去の作品とかは見ておきましたが、えっと‥‥レオナさん達と出会うのは初めてデスヨね? 間違ってたらすいません。その場合はこちらで見逃したと言うことです。ついでに言うと、五歳児‥‥‥でもオールサイバーだし、身長とかもレオナさんとまったく同じなのでしょうか? でも絵は幼いし‥‥今回は、勝手にちょっと低めと言うことにしてしまいました。間違ってたら申し訳御座いません。
剣人さんは、これで二回目でしたかね? 確か一回、私の個人ページでの仕事でお会いしましたね。あれ以来ほとんどあの部屋は活動停止状態ですが、ネタが詰まってきたのでそのうち再起動すると思います。
その前にホームページもですが‥‥
アルベルトさんもお久しぶりですね。今回はひどい目に遭わせてしまって申し訳ないです。PK能力が強力だったので、不意打ちさせていただきました。アマネさんも。ジェミリアスさんは‥‥能力が強力すぎて、最後ら辺までは出番がないですね。あえばそれで決着が付いちゃうし。最後でも出番が少しですが。すいません。
謝ってばかりだぁ‥‥
あ、最後はあやこさんですね。あまりにもプレイングが今までのイメージとかけ離れてて強烈だったんで「どうしよう‥‥」と思ってしまいましたが、こんな形になりました。ターキー程度には負けませんよ。
では、この辺で‥‥‥
今回のご発注、誠にありがとう御座いました。
作品へのご感想、ご指摘、苦情などが御座いましたら、ファンレターとしてでもHPを通じてでも送って下さい。次回の機会が御座いましたら、出来る限り反映させていただきます。
ご発注、改めて誠にありがとう御座いました(・_・)(._.)
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