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都市マルクト【ヘルズゲート】ゲート守衛部隊の一日
メビオス零
【オープニング】
ヘルズゲート。セフィロト内と、都市マルクトを隔てる場所だ。
問題は、ここを抜けようって奴が、中にも外にもいるって事だな。
ビジターでもないくせに中に潜ろうとする、ゲート破りの連中の事は聞いた事があるだろう。それに、気を抜けばタクトニムが、こっちに出てこようとしやがる。
良いか? ビジター以外は絶対に通すなよ? それが、ここを守る守衛部隊の役目だ。
〜サンタを阻止せよ〜
「サンタから貰っただってぇ!? 嘘だろ絶対!!」
‥‥‥‥密林地帯での捕り物を終え、疲れ果てながらも賞金首を自警団の詰め所に引き渡しに来たヒカル・スローターを迎えたのは、そんな馬鹿馬鹿しい言葉だった。
自警団員達は詰め所の中央に集まり、受付も業務もほったらかしにしてわいわいがやがやと騒いでいる。誰一人として、鳥籠を持って入ってきたヒカルに気が付いた者はいない。
このまま放置をくらうのか‥‥そう思った矢先、お茶を飲みながら騒ぎを遠巻きに眺めていたらしいお茶汲みの女性が、呼び鈴を鳴らすヒカルの存在に気が付いた。
「ああ、ヒカルさん。来ていましたか」
「うむ。こいつを引き取って貰えないか」
ヒカルはそう言い、手にしていた鳥籠を受付台に置いた。中に入っているのは一羽のターキーだ。それだけで女性はヒカルの用件を了解したのか、女性は鳥籠を受け取る変わりに、ヒカルに札束を手渡した。
「もうクリスマスなのに、ご苦労様です。報酬金の確認をお願いします」
「そうさせて貰うが‥‥アレは何じゃ? サンタがどうとか聞こえたきもするが‥‥」
ヒカルは集まっている自警団員の渦に目をやり、白熱して言い合いをしている男達を指差した。
「サンタなんて、居るわけないですよ。アレは、ただ単に窃盗犯の疑いのある怪しい女を捕まえただけです。何でも、貴金属店にすごく純度の高いレアメタルを持ち込んだビジターが、出所を聞かれて『さぁ? サンタから貰っただけだし、知らない』言ったそうなんです」
「それでこの騒ぎか‥‥」
ヒカルは肩を竦めて団員達の渦を見つめていた。
純度の高いレアメタルは、セフィロトの最深部にでも行かない限りは滅多に見つからない。例え見つかったとしても、実用に耐えうる程の量を確保出来る事態というのは、まず聞いたことがない。だからこそ、そういった物が大量に持ち込まれたり純度が高すぎたりすると、盗品の疑い有りとして出自を確認される。
何しろ高価な金属を保有しているのは、一部の一流ビジターか大企業か、はたまたマフィアか‥‥敵に回したくない者達ばかりである。店側としては、出来る限りの安全策をとっておきたい所なのだ。勿論裏側の商人に流せばそんなことをされることもないのだが、その場合は足元を見られて安く買い叩かれることがほとんどである。表に流せる自信があるのなら、そうした方が良い。
しかし、そこでサンタと来たものだ。それでは「とても言えない所から持ってきました」と言っているようなものである。捕まるのも当然である。
「本当だって! この前セフィロトに潜った時に、なんかサンタが来たんだよ!」
「なおさら出るか! あそこにゃ化け物と機械共しかいねぇっての!」
怒声が響き渡る。外から来た客も混じっているのか、人数は十数人はいるだろう。渦の中心で集られている誰かは、「本当にサンタがくれたんだよ! だからボクは無実なんだってば!」などと叫んでいる。
「やれやれ。少し見学をしていってもよいかな? あの様な可愛げのある嘘を吹く輩を見てみたい」
「ごゆっくり。と言うより、ヒカルさんも自警団員に登録されてるんですから、断る必要もないですよ」
「お茶を入れますね」と、奥に引っ込んでいく女性を見送りながら、ヒカルは手近な椅子に座り込んだ。騒動を傍観し、野次に耳を立てる。
「それにしても、あいつも粘るなぁ。もしかして、本当にサンタが‥‥?」
「んな分けないだろ‥‥って言いたい所だが、そう言えば、前にも同じようなことを言って捕まってた奴がいたな。まぁ、その時には結局捕まったらしいけど」
「それじゃあダメだろ。それにしても、あいつヒカルの姐さんの連れだからって、ちょっと強く出過ぎじゃねぇか?」
そうして聞こえてきた情報に、ヒカルはガタリと席を立った。
「私の連れだというのは本当か?」
「げげっ! ヒカルの姐さん!?」
背後から肩に手を掛け、ヒカルは顔見知りの自警団員に声を掛けた。自警団員は心底ビックリしたのか、それとも何か別の感情が働いているのか‥‥なぜかビクつきながら、怪獣でも見るかのような目でヒカルに振り返った。
「どうなんだ?」
「へ、へい。この前、赤ん坊を連れてきた時にご一緒だった奴が‥‥」
それだけ聞くと、ヒカルはもう躊躇しなかった。そもそも詰め所中を飛び交う怒声の応酬で聞き取りにくかったのだが、中央で抵抗している人間の声と口調には聞き覚えがある。
人混みを掻き分け、ヒカルは強引に中にねじ込んでいった。屈強な武闘派自警団員を押し退けるのには苦労したが、どういうわけか皆がヒカルを見た途端に「ひぃっ!?」などと声を上げて退いていく。ヒカルは、一体どういう認識をされているのか、一度全員にじっくりと聞いてみようと思い始める。
‥‥が、今はそれどころではない。ついに中央では、尋問が口喧嘩、そして乱闘に発展し掛かっていた。不必要にマッチョスタイルなオールサイバーの自警団員と被疑者の女は掴み合いを始めており、周りで囃し立てている者達は、どっちが勝つかの賭け事まで始めていた。
そんな一触即発。いや、既に戦いの火蓋が半ばまで切り落とされているような状況で‥‥‥‥ヒカルはまったく物怖じすることなく、呆れたように肩を竦めた。
「一体どこに行ったのかと思ってたら‥‥何をしておるのだ」
「あ、ヒカル! ちょっと聞いてよぉー!」
「ぐあぁっ!?????」
では、これから戦いを始めよう‥‥とした所で掛けられたヒカルの声に、マッチョと両手を合わせて力比べをしていた兵藤 レオナは、まるで子供のような声を上げながら目を輝かせ、感情のままに力を解放した。
ようやく味方が登場したことによって発生した安堵によるうっかりミスか、リミッターを解除されたレオナと組み合っていたマッチョの両手から、ゴギッ! と言う異音が鳴り響いていた‥‥
「やれやれ。せめて言うべきことと言わぬべきこと考えてみたらどうだ? 普段から潜っておるのだから、セフィロトから持ってきたと言えばよいではないか」
「うーん。まぁ、確かに昨日、セフィロトに潜った時に貰ったんだけど。でもサンタって言うのも本当だよ。「そこの可愛いお嬢ちゃん。よい子の君には、これをあげよう!」って」
(‥‥可愛いとかよい子とか、子供扱いではないか)
ヒカルはレオナからことの顛末を聞きながら、自警団詰め所をあとにし、マルクトとセフィロトを隔てる最終防衛ライン、ヘルズゲートに向かっていた。
詰め所での半乱闘(一瞬で決着が付いたので、乱闘とも言えないが)のあと、仲間をやられたことで殺気立ち始めた自警団員を一睨みで黙らせたヒカルは、レオナや他の団員達から詳細な事情を聞き、互いの仲介を努めた。
あくまで無実だと言い張るレオナと、やっぱり怪しいと言い張る自警団員‥‥サンタ発言を置いておけば、証拠不十分でレオナの勝ちである。元よりこの街のビジター達の主な稼ぎは、セフィロトの物品回収である。あちこちで怪しげな物が売買されているのだ。レオナも「サンタに貰った」ではなく「セフィロトに潜っている時にサンタに貰った」と訂正したため、“疑いが晴れたわけじゃないけど、でもこいつを上げると後々面倒そうだ”と判断されて釈放となった。
が、しかしだからと言って、そのまますんなりと帰されるわけもない。
レオナの釈明が不十分であったことと、迂闊な口喧嘩から自警団員への傷害行為。これはこれで犯罪である。幸い自警団員はオールサイバーだったために大事にはならずに済んだが、普通の人間だったら、修理終了までの仕事代行などでは済まなかっただろう。
「と言っても、なぜによりにもよってこんな役目なのだ」
「そうだねー。まぁ、あの人恋人いなさそうだったし。クリスマスを仕事で潰したかったんじゃない?」
レオナは自分が手を破壊したマッチョの顔を思い出し、クスクスと笑いを忍ばせた。
今回の騒ぎのペナルティとして二人(ヒカルはレオナの巻き添えだが)に与えられた仕事は、深夜までのヘルズゲートの警護任務だった。主にビジターの資格を持たずにセフィロトに入り込もうとする不届き者を取り締まり、セフィロトからマルクトに出ようとするタクトニム達を吹っ飛ばす任務である。
最も、ヘルズゲートは巨大で頑丈な砦である。これを破壊して乗り越えてくるような強者はおらず、今までこの門を無事に潜り抜けた不法者はほとんど居ない(居たとしても、その場合はバレないと言うことなので断言は出来ないが)。
セフィロト側での警護任務の者達はしばしばタクトニム達と交戦することもあるが、門の近くが危険だと知っているタクトニム達は頻繁には現れない。
マルクト側から不法侵入しようとする人間達も、大抵はあっさりと捕まってしまう。そもそもビジター試験にすら受からないような奴らだ。本職の戦闘屋に勝てる道理はない。
よって、この任務は余程のことがない限り暇である。
その筈なのに‥‥
「なんじゃ? この人混み」
「さぁ‥‥?」
二人がヘルズゲートに到着した時、門の前はワイワイガヤガヤと騒ぎ立てている人混みが形成されて賑わっていた。毎年毎年、祭日時には閑散とするセフィロトだというのに、よりにもよってクリスマスに何十人ものビジター達が集まっている。
とてもクリスマスの光景とは思えない。
「ねぇ。応援で来た者ですけど‥‥一体何があったの?」
「ああ、助かった。ようやく交代か」
ビジター達を押さえに掛かる守衛は、応援として現れたレオナ達を見るなりホッとした表情で事情を説明してきた。
「いや、それがね。実に馬鹿馬鹿しいんだが、なんでもセフィロトにサンタクロースがいて、高価なプレゼントをくれるんだとか。んなわけないだろうに」
「いい歳こいて何言ってんだ。こいつ等は‥‥」と言う守衛を前に、レオナは冷や汗を掻きながら振り返った。
「‥‥‥‥ど、どうしよう。これもボクの責任とかになるのかな?」
「ならん。そもそもこんな話を信じ込む方が悪い」
集うビジター達を睥睨し、ヒカルは呆れ果てて疲れたように、大きな溜息を吐いた。どうやら、レオナが自警団で言い合っていた内容は、すぐさまマルクト中に伝達されていたらしい。勿論信じるかどうかは本人次第だが、実際にレアメタルを持ち帰っている者が発見されたのだ。信じてみる価値はある。
集まった者達は、どう見ても欲望丸出し。童心に戻ってサンタにプレゼントをお願いするでもなく、サンタを見つけたらプレゼント袋ごと攫おうというのが見え見えな輩ばかりである。
こんな夜に、マルクトでノンビリと聖夜を祝おうという輩は居ないのだろうか?
ヒカルは固く閉じられた門を見つめ、ふと気が付いて問いかけた。
「なぜ開けないのだ? 入れてやればいいではないか」
「この人数にもなると、簡単には‥‥ちゃんとチェックしないと」
真面目な台詞を吐く守衛。しかしその守衛の台詞に混じる微かな震えと、その表情から、ヒカルはあることに思い至った。
(レオナ)
(なに?)
(私が向こう側を担当してもよいか? 確かめたいことがある)
(ええ?! ボクがこの人数を相手にするの!?)
(他の守衛もいるだろう。それに、事の発端はそなただ。異論は?)
(‥‥罰ゲームとでも思って受けておきます)
「よい心がけだ」
声を潜ませて語りかけていたヒカルは、ポンとレオナの肩を叩き、守衛に自分がセフィロト側の警護に回ると言って、門を開けて貰った。門が閉まる前にレオナに振り返り、必死に人混みを押さえに掛かるレオナに視線を送る。
「‥‥どうやら、サンタは本当にいるらしい」
誰にも聞かれないほどに小さくそう呟き、ヒカルはセフィロトの中へと入っていった‥‥‥‥
【マルクト側】
そうして、ようやく開始されたレオナの守衛任務は‥‥入った最初の段階から大荒れ状態が展開されていた。まずは次から次へと詰めかけて、我先にと門に殺到するビジター達を二列の行列に切り替えさせる。
仮にもここにいるのは、全員がビジターだ(エセもいるかも知れないが)。レオナと実力伯仲の者も、それ以上の使い手もいるであろう者達を整理するのは命懸けである。他の守衛達にも手伝って貰い、高周波ブレードを振り回しながら、レオナは力ずくでその異形をやり遂げた。
‥‥のだが、しかしそれも‥‥
「何なのこれ!? 次から次へと‥‥」
レオナは一向に進まない長蛇の列に、ビジター達と共に苛立ちを募らせていた。
門の前でチェックを担当している守衛達は、本当にちゃんと仕事をしているのか? そう思えるほどに、ヘルズゲートの前に並んでいるビジター達の列は進まない。それどころか門の所からは頻繁に怒声聞こえ、乱闘の音まで響いてくる。
気になって見に行きたい所だったが、この列を見張っているというのも相当な神経を張り巡らさなければならなかった。ビジター達に気圧されている守衛が見張っている部分は、今にも決壊しそうなダムのように、見ていて冷や冷やしてくる。
ここに来ているビジター達は、ほぼ全員がサンタのプレゼント目当てだ。数に限りがあるのは、容易に想像出来る。後ろに並んでいる者達は自分の取り分が残っているかどうかにヤキモキし、前にいる者達は列がまったく進もうとしないことに苛立ち、殺気を放っている。
‥‥‥‥レオナは、内心で泣きそうになりながら、そう長い時間も持たないだろうと判断した。
(ど、どうしよう。こんな人数が門に殺到したら、ゲートを無理矢理開けられちゃうかも‥‥)
そうなった場合、勿論それはこの場にいる守衛達の失点になる。正式な自警団員ではないレオナにはあまり関係のないことかも知れないが、しかしこの場の担当であることには変わりがない。
恐らくは追加のペナルティ。この場の始末だけでもクリスマスの全てを潰され、もしかしたらお正月明けまで拘束されてしまうかも知れない。ただでさえ人手不足のこの時期だ。どんな小さな理由でも、ハイエナのように食いついてくるだろう。
レオナは列の最後尾を観察し、ホッと息を吐いた。
ここに来てから十数分‥‥ようやくビジター達の追加に終わりが見えた。次々に現れるビジター達が消え、ただ長蛇の列だけが残っている。
あとは、全員が捌かれるまでこの列を維持し続ければ、レオナの勝利だ。
「ふぅ。何とかなりそうかな‥‥‥‥?」
一息つきながら周りを見渡していたレオナは、より一層騒ぎが激しくなっている門の辺りに目を凝らした。列を整理している間に少し離れてしまっていたが、それでもレオナの優秀な聴力は、門の付近で怒鳴り声が飛び交っていることを察知する。
「どうかしたの?」
レオナが手近な守衛に訊くと、その守衛は顔を顰めて答えてきた。
「それが‥‥なんでも、ビジター登録のデータファイルが壊れて照会が出来ないそうなんです。しかも、「しばらく待ってくれ。もしくは帰ってくれ」って門の守衛が言ったらしくって‥‥」
大喧嘩に発展。散々待たされた挙げ句にそれでは、怒るのも当然だ。
せっかくレオナが整理した列も、門付近はごちゃごちゃである。
「ああもう! ちょっとこの辺りお願い! ボクが言ってやる!」
「ええ!?」
声を上げて引き留めようとする守衛を置き去りにして、レオナは門の方へと走っていった。
‥‥門の惨状は、酷いものだった。
門を担当していた守衛達に抗議をするビジター達は、既に銃器を引き抜き実力で押し切ろうとしていた。守衛達もビジターなのだろうが、気迫に押されてジリジリと押され、少しずつ交代している。しかし背中側には門があるため、もうしばらくしたら追い詰められるだろう。
レオナは走り、跳躍し、ビジター達と守衛達の間に入ると同時に守衛に突き付けられている銃を高周波ブレードで両断した。二本のブレードを体を回転させ、独楽が独楽を弾くようにビジター達を怯ませる。
ついでに守衛達悲鳴を上げていたが、レオナはまったく気にすることなく停止した。
「あ・ぶ・なーーーい!! こら! 列で待たされてるぐらいで銃を相手に突き付けるなんてダメでしょ!」
「い、いきなりそんなもんを振り回してくる奴が言うことか!」
銃を持っているビジター達が、退きながらレオナに抗議する。まぁ、人のことは言えないが、当然と言えば当然か。
「言うことだよ。何故ならボクは峰を返しているから!!」
エッヘンと胸を張って、手に持ったブレードを見せびらかすレオナ。しかしビジターは、手に持っている両断された銃を見つめて「ふざけんな!」と怒鳴り返す。ちなみにレオナの持っている高周波ブレードは、ただのブレードとして使っている時になら刃と峰が存在する。しかし高周波を発生させている場合、刀身全体に高周波が影響するため、例え峰でも砕き、断ち切ってしまうのだ。
咄嗟に飛び込んだため、スイッチが入りっぱなしだったことに気が付かなかったレオナである。
「お前も守衛か! さては、こいつ等とグルなんだな?」
「何? グルって?」
「とぼけんな! そいつらと一緒に俺達をここで足止めして、サンタのプレゼントを独り占めしようって魂胆だろ!!」
大声で捲し立てるビジターを前に、レオナは守衛達を振り返り、それからポンと手を叩いて「なるほど」と感心した。
確かに、先程からなんだかんだとケチを付けられて、列が一向に進んでいない。それを考えれば、確かにそうとも考えられる。何しろサンタがレオナに与えたレアメタルの総額は、この街で二月は豪華な食事にありつける‥‥ぐらいの量だ。
そのサンタのプレゼントを独り占めしてしまえば、仲間内で分け合っても相当な配当になるだろう。守衛で外のビジター達を足止めし、その間に仲間達が略奪の限りを尽くす‥‥
上手い手である。それなら、この状況下にも納得がいく。
ビジターの言葉にうんうんと何度も頷いたレオナは‥‥‥‥
「それにしてもさ、いい大人が銃を突き付けながら、「サンタのプレゼントを独り占め!」‥‥とか言うのはやめようよ。恥ずかしくない?」
「「そっちかよ!」」
守衛側とビジター側から声が上がる。先程レオナに抗議してきたビジターは顔を真っ赤に染めて、「余計なこと言ってんじゃねぇ!」と怒声を飛ばす。やはり恥ずかしかったらしい。
場の空気が変わったことを読み取ったレオナは、再び元に戻らないよう。すぐにこの後、どうするかを考えた。そしてその過程で、ある可能性に行き当たる。
ビジターの言っていたことが本当だとしたら、もしかして、セフィロト側に行くことを希望したヒカルの狙いは‥‥‥‥‥‥
(まさか‥‥ヒカル!? ボクを囮にしたね!!)
メラメラと闘気を立ち昇らせるレオナは、守衛達に命令を下し、ビジター達にある提案を持ちかけた‥‥
【セフィロト側】
セフィロトないに入り込んだヒカルは、まずは元からいた守衛に巡回を申し入れ、門の傍を離れていった。既にこの時には拳銃を引き抜き、どこから奇襲が来ても問題ないように構えを取る。
(そう離れた所にはいないと思うが‥‥)
空は瓦礫の山、目立たない路地や建物の陰など、人目に付きにくい場所を中心にチェックをしていた。すぐ見つかるような場所には用はない。今回は、宝を隠そうとしているビジターが相手、とヒカルは目標を定めていた。
そう、ヒカルは既に気が付いていた。あの門と守衛を見た瞬間に、あの門は時間稼ぎの役割をしているのだと察したのだ。
しかし、それにレオナは気付いていなかった。だからこそ、ヒカルはこのセフィロトないに入り込んだのだ。あの門の渋滞を解消するには、犯人の一味を捕まえる以外にないだろう。何しろ、外の渋滞はなんとでも言い訳の利く事象だ。ならばここは、セフィロトないに入り込んでいる宝の回収犯を捕まえて、自供させるしかない。
勿論、犯人はただのビジターだと言い張るだろうが、このまま守衛と共に外のビジター達に引き渡されてリンチを受けるか、それとも守衛と共にビジターズギルドに連れて行かれて、資格を剥奪されるか‥‥‥‥選ぶまでもない。外の連中に任せれば、殺されそうになっても誰も助けてくれないだろう。
「‥‥あれか」
ヒカルは建物の陰に身を隠しながら、何やらゴミ捨て場のような場所に固まっている、二人の男を発見した。二人はゴミを入れる大きな箱をひっくり返してゴミを捨てると、その中にいくつもの袋を、大事そうに仕舞い込んでいた。そしてその二人の足下には、赤い服を着た‥‥無惨な姿になったサンタがいた。
どうやら、強引にサンタからプレゼント袋を奪い取ったらしい。中に入っているプレゼントの数々をチェックし、喜々としてプレゼントを隠している。一度に全部を外に持っていくと怪しまれるか、マフィアに目を付けられるかするため、その対策だろう。
ヒカルは油断しきっている二人組の背後にソッと近付き、銃を構え‥‥
バキッ! ドカッ!
その後頭部を銃のグリップで殴りつけ、あっさりと昏倒させた。
「やれやれ。見たところ酷く弱そうだが‥‥」
ヒカルは気絶させた二人にの襟首を掴みながら、倒れ伏しているサンタもどきを観察した。
帽子から靴下まで、全てにサンタ尽くしの格好をしているその何者かの体は、人間のそれと大差がなかった。マルクト内で見かけたら、誰もが“コスプレをしている可愛い子”ぐらいにしか見ないだろう。しかしここはセフィロト。こんな危険な場所に、冗談半分でふざけた格好で入り込むような者はまず居ない。
しかしそのあまりにもか弱い容姿にヒカルはついつい声を掛けてしまった。
「大丈夫かの?」
「はい! 大丈夫です!」
「ぬおっ!?」
返答などまったく期待していなかった言葉に、勢いよく答えながら、偽物サンタは飛び上がった。今の今まで完全に死んだと思っていた者の復活に、さすがのヒカルも驚愕して後退る。
偽サンタは体中のあちこちから盛大に血を吹きながら、満面の笑顔でヒカルに笑いかけた。
「い、生きておったのか!?」
「はい! ぶっちゃけ全然勝てそうになかったので、死んだフリをしてました!!」
何とも逞しい偽サンタである。偽サンタは、ビジター達に取られた自分のプレゼント袋をゴミ箱から救出して背負い直すと、ヒカルに向けてお辞儀する。
「危ない所を、助けていただいてありがとうございます」
見たところ、全然助かってない。
「いや、それは良いのだが‥‥」
「はい?」
「袋の数が合わんぞ」
ヒカルは目を逸らしたい一心で、ゴミ箱の中に入れられている袋を見て取り、目を見張った。
その数何と‥‥‥二十数袋。
一人につき一袋だとすると、まさか‥‥‥‥!?
「ああ、仲間の分ですよ。今呼びますね!」
そう言うと、偽サンタは口に指をくわえ、ピーーーーーっと口笛を吹き鳴らした。その途端、あちらこちらの瓦礫の隙間から、見なして同じような背格好の偽サンタ達が現れる。しかも袋を強引に取られた者達は一様にしてボロボロの血まみれで、しかし満面の笑顔を作っている。
その数‥‥目視出来るだけでも三十弱。しかし建物の壁の向こう側などの気配を探ると、もっといるのは確実である。
まさにサンタの軍団である。見なして同じような顔立ち、同じ背丈、そしてこの場所が数々の戦場を作り出してきた血塗られた場所であると言うことを考慮すると、それはとても手放しで喜べる集団ではない。と言うより、どう見てもスプラッタホラーの領域だ。冬には季節外れな感がある。
ヒカルは、とてもではないが捕まえたビジター達と違って、喜々として略奪に励む気にはなれなかった。
「そうだ! 助けてくれたあなたに、プレゼントを!」
声を張り上げて迫ってくるサンタ集団。しかし、ヒカルはそんな怪しい集団から物を貰うようなことはしなかった。
経験上、こういう甘い話を仕掛けてくる相手には要注意、と知っているのだ。
「それはいらん。私はこの者らを引き渡してくるから、大人しくしておってくれ」
ヒカルは早々に用件だけを棲ませようと、男達を引きずってヘルズゲートに向かおうとする。が、その言葉を聞いた瞬間、その場にいた偽サンタ達の目が、ギラリと光る。
「重そうですね! みんなー! 僕たちで持って上げよー!!」
「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「なにぃ!?」
ヒカルの手から、今まで引きずっていた男達の襟首が消失する。代わりに視界には、男二人を胴上げし、一目散にヘルズゲートに向かっていく。
「ま、まさか‥‥!」
偽サンタ達の行動の理由に思い至ったヒカルは、すぐにその後を追おうとした。しかしその前に、残っていた十数人もの偽サンタ達が立ちはだかる。
「プレゼントーー!」
「プレゼント上げますよ!!」
「だから待って下さいよ!! ねぇ!」
「ええい! そなたら、邪魔だぞ!」
ヒカルの足が止められる。ヒカルの戦闘能力から見れば、こんな偽サンタを倒すことは、そう難しくはない。だが数が違う上、あまりに接近されすぎた。血だらけでも動き続けるこの偽サンタ達を、拳銃程度で止めることは不可能。しかし格闘戦に持ち込んだ所で、寄って集ってしがみつかれて終わるだろう。
‥‥何より、幼い容姿が非常に戦いづらい。
ヒカルは歯噛みしながらステップを刻み、跳び、走り、自分の持てる最大の能力を使って偽サンタの網を突き抜ける。
(思ったよりも早い‥‥セフィロトから外に出したら、追い切れん!)
急がなくてはならない。
恐らくあの偽サンタ達の狙いは、このセフィロトからの脱出だ。
ビジター達の警戒心を削ぎ、人間そっくりなその容姿を利用して脱出する。そしてその他とは、恐らく恐ろしい何かをするのだろう。ヒカルは直感的に、あの赤い衣装は血の赤なのではないかと思考し、戦慄した。
そして、ヒカルがそうして偽サンタの包囲網を走り抜けている頃‥‥
「おじさーん! 怪我人が倒れてましたーー!」
「何?」
突然駆け寄ってきた子供のサンタ達の集団に、門を守っていた守衛達は当惑した。当然だろう。この門を長い間守ってきた者達でも、こんな集団が中に入っていった経験はないはずだ。
しかも、そのサンタ達は二人の男を拘束して担いでいる。その男達は、つい一時間ほど前に通したビジター達だ。
守衛は、「もうリタイアか‥‥」などと溜息を吐きながら、男達の容態を見に掛かり、門の傍にいる仲間達を呼び集める。セフィロト内で倒れているビジターが、仲間、もしくは門付近の巡回に引っ掛かって届けられることはままあることだ。
男達は守衛達に回収された。しかし、勿論門の周囲に怪我人を収容しておくような場所はない。守衛室などは設けられていたが、こうした怪我人は早々に外に出され、治療を受けにマルクトにまで送り返される決まりである。
「おい。門を開けるよう、外の奴らに連絡を取れ。気絶してるだけのようだが、体中に引っ掻き傷があるぞ」
守衛の言葉通り、ヒカルに殴り倒されただけの筈のビジター達の体には、もはや元の肌など分からないほどの引っ掻き傷が付けられていた。
ここに運ばれてくるまでの胴上げ時に、それまでにやられた腹いせに、全員で寄って集って爪を立てていたのだ。それにそうしてケガを重傷にまで持ち込んでおけば、その場で叩き起こされるような心配もあり得ない。
‥‥そう、ここまでの行動は、全てこの門を確実に開けるための‥‥‥‥
「待て! 門を開けてはならん!」
「は?」
守衛が連絡を取り終わった所で、ようやくヒカルが追いついてきた。サンタ達に追い掛けられながらも、全力で門の方へと走ってくる。
‥‥‥‥だが遅い。既に外の方へと連絡は取られ、門は左右に開きつつある。
そして、扉が子供一人分なら十分に通れる程に開けられた時、サンタ達は動き出した。
「やった♪」
「行くよーーー!」
扉に殺到しながら、偽サンタ達は真っ赤な衣装を脱ぎ捨てた。宙を舞う赤い服の下には、青黒いサンタ衣装を着込んだ子供たち‥‥‥‥
「くっ! しまった、外へ‥‥?」
門へと疾走を続けるヒカル。その背後にまで迫り、追跡をしていた偽サンタ達も、既に衣装を変えて門へと突撃している。もはやヒカルなど眼中にないのだろう。「ウケケケケケ!!」などとサンタらしからぬ奇声を上げながら、背負った袋をふりまわしている。
ヒカルは門を潜り抜けていく偽サンタ達を追い掛けながら、こうなるのなら、外にいるレオナに連絡を入れておけばよかったと後悔して‥‥‥‥
「グゲッ!」
外に出てから数秒と経たずにセフィロト内に吹っ飛んで戻ってくる偽サンタ達に唖然とした。
「さぁ! これより、第一回! サンタのプレゼント争奪大会を始めます!!」
「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」
「何をやっとるかーーー!!!」
門の先で待ち構え、どこから持ってきたのかマイクを片手に宣言するレオナに、ヒカルは肺に残っていた酸素を根こそぎ使って突っ込んでいた。
外で待機していたレオナは、集まっているビジター達の目的があくまでサンタのみに集中していると言うことに目を付け、他の守衛達の反対を押し切って無理矢理大会を主催してしまったのだった。
外にいた守衛のほとんどがサンタ狩りをしている者達の仲間であり、そいつらを拘束したため、誰もレオナを止めることが出来なかったのである。一応まともな守衛達も数人はいたが、サンタ狩りの大会に賛同するビジター達には逆らえず、結局見て見ぬふりを決め込んでいた。
‥‥そうとも知らずに門にまで突っ込んでいった偽サンタ達は哀れである。
彼らはプレゼント袋を強奪され、頭の先から靴下まで、全ての衣服を剥ぎ取られて放り捨てられた。抵抗しよう物なら容赦はされず、ボコボコにされてセフィロト内にカムバックしてくる。
「また勝手なことを‥‥しかし、まぁ‥‥‥‥」
しっかりと役に立っている。
もしここで外に出られていたらシャレでは済まなかった。しかも、これだけの人数なら、確実にこのサンタに化けたタクトニム達を一掃出来るだろう。
‥‥主催者であるレオナまで、喜々としてサンタのプレゼントを強奪しているのを眺めながら、ヒカルは溜息混じりに拳を鳴らした。
と、そんなヒカルを見つけ、レオナがプレゼントを片手に声を上げる。
「あ! ヒカル見っけ! ずるいよ。こんなのを独り占めしようとしてたなんて‥‥!」
「どんな誤解を‥‥まぁ、それはあとでゆっくりと話そう。で、大会のルールは?」
「一番多くお宝を得た人の勝ち! 優勝商品はサンタさんからのプレゼント!」
「ふむ。OK。では、私も乗らせて貰おうかの」
ヒカルは振り返らず、背後でソロソロと逃げようとしていた偽サンタの襟首をひっ掴み、ニヤリと笑いかけた。
‥‥‥‥この事件は、『ブラッディサンタクローズ事件』と呼ばれ、“世界初、サンタクロースの大虐殺が行われた事件”として、それから何年もの間語り継がれることとなる。
この年からと言うもの毎年、クリスマスにはセフィロトに行列を成して入っていくビジター達が殺到したのだが、二度と、このタクトニム達が現れることはなかったのだとか。
そして‥‥‥‥
「ヒカル、聞いた? なんか、セフィロトにサンタクロースの衣装を着て入った人が、他のビジターに攻撃されてケガしたんだって!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥気の毒に」
この日を境に、マルクトではサンタ衣装の売れ行きが激減し、服屋の売り上げに打撃が与えられることになるのだが‥‥‥‥
それは、ヒカルにもレオナにも関係のないことである。
☆☆参加キャラクター☆☆
0541 ヒカル・スローター
0536 兵藤・レオナ
☆☆あとがき☆☆
毎回毎回、ご発注ありがとう御座います。メビオス零です。
今回の仕事、だいぶクリスマスからずれ込んでしまって申し訳御座いません。お正月ネタの作品が重なり、締め切り日の近い順から書いていたら、最後までずれ込んでしまいました。重ね重ね、申し訳御座いませんでした。
さて、今回の作品はいかがでしたでしょうか? 私の作品は波が激しいようなので、結構不安です。サンタ達は、結構子供っぽくしてしまいました。弱いけど頑丈。足も速く、本性を出したらあちこちでテロ活動を‥‥するはずだったのにボコボコにされてます。まぁ、門を出たらビジター達の集団に出会うんですから、勝てるわけないですね。
ヒカルさんの口調も少しずつ調整していきますので、ご指摘がありましたらまた、よろしくお願いします。レオナさんの方も、ご意見の方を聞かせていただけたら幸いです。指摘されれば、参考にして善処させていただきますので。
では、改めまして‥‥
今回のご発注、誠にありがとう御座います。作品での批評などは思いっきり遠慮無く送って下さい。その方が私のためにもなります。特にセリフ回りがおかしいとか、そこんとこは参考になりますので。
またの機会がありましたら、その時にも頑張って書かせていただきますので、よろしくお願いします。 (・_・)(._.)
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