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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第二階層【ゴミ処理プラント】ホワイト・ノート
 接近遭遇

 ライター:斎藤晃



「はぁ…はぁ……」
 荒い息を吐く。大して暑くもないのに背中には嫌な汗が滲んで今すぐシャワーを浴びたくなるような不快感を煽っていた。
 この状況を回避する為の考え付くありとあらゆる油断を脳内シミュレート。全て失敗を幻視。悔しいが奴と自分との実力差は歴然だった。
 奴が近づいてくる。
 その見た目に相応しく緩慢な動きは死へのカウントダウンのようで―――違う。ネガティブに傾く思考を強引に中断。
 まだ死んでない。絶望するには早すぎる。死ぬまで諦めない。死んでも諦めない。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
 傍らで同じように、いや自分よりも更に息を切らしている彼女の存在に気付く。
 そっとその肩を掴んだ。
「あたしが足止めするから、その間に逃げて」
「なっ……!?」
「生きて帰れたら―――ご褒美宜しく♪」
 彼女の肩を押すように駆け出した。
「ちょっ……バカ……!!」
 背中を彼女の怒声が叩く。無視。
 既に右手は放電。人型戦闘変異体【妲妃】。
 床を蹴る。
 奴の全方位型20mm機関砲の照準が自分にロックオン。回避―――間に合わない。と、どこか冷静な頭が判断する。
 逃げる気はない。刺し違えてでも。
 彼女が逃げるだけの時間は稼ぐ。
 肉片が残ればいい。そうすれば八百比丘尼で再生してやる。
「くたばれ!!」
 自分の声に。

「空ーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 彼女の絶叫が重なった。



   ◆



 ブラジル北部アマゾン川上流域に聳え立つ高層立体都市イエツィラー。審判の日以後ロスト・テクノロジーを抱いて眠る過去の遺物は、もしかしたらその目覚めを静かに待っているのかもしれない。忘れられ続けた軌道エレベーター「セフィロト」に集う訪問者たちの手により、ゆっくりと。
 そしてこれは、決して安全とは無縁のその場所で繰り広げられる訪問者たちの日常と非日常である。



 高層立体都市イエツィラーの入口に作られた訪問者の町――都市マルクトは、激しいタクトニムとの戦闘の傷跡をそこここに残し、多くの雑居ビルは鉄骨や鉄筋を剥き出しにしたまま今も廃墟然と佇んでいたが、更に一線を画す場所がある。ガラクタの山に家が立ち並び、ともすれば怪しげな看板が掲げてあったりなかったり、異様な活気さえ漂うマルクトの片隅に掃き溜めの如く存在する町、ジャンクケーブ。
 その奥に白神空の目的地はあった。。
 その名をルアト研究所という。マッドサイエンティストが1人、それから彼の護衛兼助手が1人いるだけの鄙びた研究所だが、彼女が用があるのはそこではない。
 鳶が鷹を生むように、あのマッドサイエンティストから生まれた奇跡―――だと空は思っている。彼女はきっと、母親に似たのだ。しかしあの男の妻とは。
 名前をマリアート・サカ。愛称リマ。綺麗な顔立ちの美少女といっても申し分ない容貌。短い髪に黒のレザーのジャケットと、同じく黒のパンツ姿は一見少年のようにも見える。ただし、空より胸は大きい。
「リマ。お待たせ」
 研究所の片隅に置かれたコンピュータ端末の前で、何やら考え込んでる風の彼女を見つけて空が声をかけた。
「ああ、……うん。いらっしゃい」
 リマが顔をあげて笑みを返す。
「何やってんの?」
 空は尋ねながらディスプレイを覗き込んだ。
 2人はこれから第二階層〈イェソド〉へ第四階層へのエレベータを探索しに行く予定なのだ。場所の検討はまったくついてない。イェソドのブローカー頼みである。“彼”にその場所を教えて貰うか、或いは第二階層の中で“彼”が知らない場所を教えてもらうつもり。
 単独では危険なため空がリマを誘った。危険に彼女をつき合わせるのは、ほっておくと彼女1人で探索に出かけちゃうからであり、『つり橋効果』でドキドキさせて親密度をあげるため、でもある。要はリマのガス抜きと探索、それから空の下心が見事にマッチングした結果なのである。
 余談はさておき。
 なのに彼女ときたら準備万端かと思いきやコンピューター端末と睨めっこしているのだ。
「何これ?」
 ディスプレイの中には、粒子の荒い画像が、ぼんやりと何かのシルエットを浮かべていた。映っているものは皆目検討もつかないが、ただ、この映像には見覚えがある。
 と、リマが種を明かしてみせた。
「以前、ダークゾーンで発見された遺体があったでしょ? その人が送ってきてた映像」
「ああ、思い出した。ムーンアイが公開したやつでしょ」
 ムーンアイとはビジターズギルド専属の情報屋の事である。
「そういえば、そんなものがあったっけ……」
 セフィロトの塔が開いて間もない頃、第二階層へ移動する為の高速エレベーターを発見したビジターが現れた、というので話題になった。このノイズが多くて殆ど識別困難な映像はそのビジターがギルド宛てに送ってきたものだと言われている。
 それから何人の到達者がいたのかはわからないが、自分が第二階層に到達するまでには随分時間がかかったな、と思うと空は何とも複雑な気分になった。
 視線を明後日へと彷徨わせる。
 確かその直後、そのビジターからの通信は途絶え、ずいぶん後になって遺体がダークゾーンで発見されたという話だった。
「ええ。この映像をね、イェソドメインゲートのゲートキーパーと重ね合わせてみたんだけど……」
 そう言ってリマはディスプレイ上でそれらを組み合わせてみせた。
「これ、シルエットが全然違うんじゃない?」
「うん」
「って事は、この映像、ゲートキーパーが今の状態になる前のものとか? 確か、あれって一度戦闘不能になるとバージョンアップするんでしょ?」
「そうなんだけど、もう一つ可能性があると思わない?」
「確かに……」
 上位階層へ行くためのエレベータに、それぞれにゲートキーパーがいるのなら、この映像はその1つである可能性。
 だが遺体があったのはダークゾーンの中。ダークゾーンの先にあるのは廃棄物一次処理プラント。その最奥部には外へ出る玄関とイェソドゲートの存在を示す看板があるだけで、それらしい建造物はない。勿論、看板が指していたのは施設の外だった。
 その看板を頼りに最近になってイェソドゲートの位置が割り出されたのだ。それはマルクト内でも5本の指に入る危険地帯、中央警察署――その傍にある地下施設だった。
 だが、今でこそ大量のビジターの侵入を許している警察署も当時は殆ど近寄れなかっただろう。ならばそれらを迂回して別のルートでイェソドゲートに向かったと考えるのが妥当か。つまり、ダークゾーンを抜けてゴミ山を横切り看板通りにイェソドゲートへ向かうルートだ。それに、そのビジターが第二階層に到達した時点では、まだ今のような改装・改築が行われていなかった可能性もある。
 イェソドゲートからゴミ山を抜けダークゾーンを辿ってヘルズゲートに戻って来ようとしていたのなら、その途中で力尽きた。とも考えられるが。
 だけど。
「瀕死の状態でそのビジターが、ダークゾーンに来たワケを考えてみたの」
 リマの口ぶりはまるで、そのビジターがわざわざそこへ向かったとでも言いたげだった。その映像に残るものに殺されかけ、最後の力でそこに辿りついた、とでも。
「自分なら……」
 リマは映像をじっと見つめている。最後にビジターが残したメッセージを探しだそうとでもしているみたいに。
 必ず訪れるあまたのビジターにその存在とその場所と、そして警告を促すための何か。
「……なんて、ね」
 リマは小さく肩を竦めて立ちあがった。
「ちょっと気になって。調べてたんだ」
「それで? どうせ遺体が発見された詳しい位置も調べたんでしょ?」
「あ、うん……でも、無駄足かもよ」
「いいわよ。どうせあのブローカーが自分の管轄外の事、喋ってくれるとも思えないし」
「うん。ありがとう」



   ◆



 
 第二階層〈イェソド〉中層東部―――ゴミ処理プラント。
 集められたゴミは自動的に分別され、焼却、リサイクル、貯蔵のどれかに回される。基本的にはただのゴミの集まりであり、第一階層にあるゴミ山と大して違いはない。
 そこにあるのはゴミが放つ強烈な異臭。
 探索が主目的であるが故に戦闘を出来る限り回避するため、空の【玉藻姫】による獣感覚でタクトニムとの遭遇を回避し、ここまで来た2人だったが、さすがにこの異臭は嗅覚の鋭くなった【玉藻姫】には堪えたらしい。
 空は変化を解くと、辺りを見渡した。視認出来る範囲に動くものはない。
「この先?」
「うん」
 リマはDMM(ディジタルマップメーカー)で位置を確認しながら頷いた。
 ブローカーが示したイェソド管轄区域の中にブラックボックスになっている部分がある。それは、かの遺体が発見された場所の丁度真上に等しかった。
 偶然か、必然か。
 前回の失敗を考慮して今回は万全の準備を整えている。その荷物の中からリマが一本のスプレー缶を取り出した。
「何それ?」
「虫除けスプレー。空もしておく?」
「虫除けって……効くの?」
「エド特製だからビミョウね」
 リマは肩を竦めながら、それでも全身に虫除けスプレーを吹きかけた。気休めという顔だ。
 これだけの異臭が立ちこめるエリアなら、ビーストは少ないだろう。だとするなら、このエリアにはビーストよりもイーターバグやボキちゃんのような昆虫系のタクトニムが多いかもしれない。
 それは実際にそうだったようで。
「!?」
 歩き出した2人の目前に突然、ゴミ山から這い出したのは。
「ムカデ!?」
「げっ……本当に足が100本ありそう……」
 空が舌を出す。目測、全長1mぐらいか。
「やめてよ!」
 言いながらリマがマシンガンを構えた。滑らかな動きに1つの無駄もない。有無も言わせず引き金引く。
 けれど弾はその巨体に穴を穿つ事も出来なかった。固い装甲。
「ボキちゃんの時も思ったけど、あんまり触りたくないわね」
 空は溜息を吐きつつ親指と人差し指で輪っかを作るとムカデの頭部に照準を合わせた。
 輪っかの中にバチバチと火花が散る。生体電流を増幅して電磁界を発生。人型戦闘変異体【妲妃】。
「バースト」
 小さく呟くと共に、輪の中心から青光した閃光がムカデの頭部に向かって走る。
 一瞬、青白くスパークしたムカデは次の瞬間黒焦げになってどうと倒れた。
「ふぅ〜」
 人心地ついてリマを促そうと空が彼女を振り返る。
「行きますか」
 そう声をかけようとして、だが、リマはマシンガンの銃口を空に向けていた。
「動かないで」
 リマの固い声。
 次の瞬間、引き金が引かれた。
 弾が空の頬を紙一重に掠める。
 振り返ると、巨大なハエがその目に風穴を開けて落ちた。
「虫除けスプレー全然効かないわね」
 リマがペロリと舌を出す。
「本当に。」



   ◆



 そこに油断があったわけではない。前回の事もある。互いに細心の注意を払っていた。けれど、ほんの少し気付くのが遅かった。
 より大きな注意が別の方向に向けられていたからだ。ゴミを漁るハイエナの群れ。それを回避する事に集中していたのだ。
 だから自分たちが、奴のテリトリーに侵入している事に気づかなかった。

 あの映像の正体―――。

 後にフォートトータスと呼ばれる事になる、第三階層へ繋がるゲートを守護するガーディアンの、そのテリトリーに。
 目測で全長約35m、幅15m弱、高さ10m強もある巨大なワニガメ。
 突然迫り来るプレッシャーに反射的に足を止めた。
「リマ……」
 口の中が粘つくのを感じながら空が傍らに声をかけた。
「うん……」
 イェソドのゲートキーパーとは比べものにならない威圧感は、あれがシンクタンクなのに対し、こちらは生体だからだろうか。動物が持つ闘争本能ゆえに。
 獰猛な眼光に息を呑む。ワニガメの攻撃性。見た目に反した動きと顎の力。生体であるがゆえにそれが持つ自然治癒力は、どこまで高められていることやら。
 だが。それだけではない。
 背中には105mm砲が3門付いた砲塔を4つ四方に向けて積んでいる。その上、全周囲に22mm機関砲を武装しているのだ。
 今回の探索は斥候。ゲートキーパーの有無と装備や性能の視認。真っ向勝負など論外。恐らくゲートキーパー同様抗ESP樹脂によるESP対策は万全……とするなら、今はこのまま戦線を離脱すべき。
 だが、有無も言わせぬ勢いで突然、フォートトータスの銃火器が火を噴いた。それは最早威嚇ですらない。
 どうやらこのガーディアンはゲートキーパーよりせっかちらしい。パスカードの確認も何もない。
 【天舞姫】で上空に回避。勿論リマも抱いている。追尾してくる機関砲のスピードよりはこちらの方が速い。逃げ切れる。
 だが刹那、脳裏に別の警告。上空に殺気。回避するように床に降り立つと、【玉藻姫】で床を駆ける。間髪入れず【天舞姫】へ。
「やばっ……」
 敵は一体ではないのか。子ガメが周囲を囲んでいるのに気付く。
「子沢山な事で……」
 投げ遣りに吐き捨てて回避、回避、回避。スモークポッド被弾、粉砕。
 逃げているつもりが追い詰められていたと気付いたのは、目の前を壁に阻まれた時だった。
「っっ……」
 壁を背にフォートトータスを睨みつける。
「はぁ…はぁ……」
 荒い息を吐き出した。
 生き残る、から、全滅を免れるにシミュレーション変更。
「あたしが足止めするから、その間に逃げて」
 その数秒後。
 リマの絶叫が迸る。
 それを掻き消すように20mm機関砲が炸裂。全てスローモーションの中で空はフォートトータスに一撃を叩き込もうとする。
 左腕が、いや、左半身が削り取られるような感覚。アドレナリンの分泌量はMAX。痛みは既に麻痺。
 何かが肩に触れた。
 押されたらしい。上空で移動方向がずれた事により残った右腕は砲撃を回避。
 自分の右半身を庇った人影。リマではない。
 その右腕が砲撃により上腕部からもぎり取られ、サイバー特有の機械化部があらわになっているのを視界の片隅に捕らえた直後、何かタネでもあるのか、周囲が煙幕に包まれた。
 それでフォートトータスは空の位置を見失ったのか。或いは、今の手ごたえで撃墜したと思ったのか。
 空は残った右半身で挑みかかる。狙うのは目。そこに電撃を叩き込む。
 フォートトータスの一瞬の停滞。
 刹那、【八百比丘尼】人型生存変異体に変化。
 砲撃で破損した左半身の修復をしなければ、走るどころか歩く事すら出来ない。

 だが―――。

 誰かが自分の体を片腕で抱えあげていた。
 オールサイバーのみが持つ高機動運動。それには遠く及ばないが、サイバー化された両足が彼の高速運動を可能にしているのか。
 一瞬でトンズラ。
 フォートトータスの咆哮が、瞬く間に遠のき消える。
 安全確認。
 高速エレベータを降りてすぐの小さなフロアの床に下ろされた。
「空!!」
 リマの元気そうな声を振り返った。
「大丈夫なの!?」
 心配そうなその顔に笑みを返す。
「ああ、うん。もう傷は殆ど」
 塞がっている。
「良かった……」
 リマが安堵したように、傍らに膝をついた。
 うんうん、大丈夫、とリマの膝を叩いて、それから空は自分を抱えてきた相手を見やった。勿論、お礼を言うためではない。
「まさかジーン、ずっとつけてたんじゃないでしょうねぇ」
 せっかくの2人きりのデートだってのに、という言葉は飲み込んで、代わりにキッと睨みつけてみせる。
 それにルアト研究所唯一の助手――怜仁は、まっすぐで純粋そうな眼差しを空に返した。
「いいえ。リマ。声」
 短い単語が並ぶ。相変わらず人との対話が苦手らしい。
 しかし、どうやらリマの声に駆けつけただけのようである。どこにいたのやら。彼はリマの危機に聡いから、もしかしたらフォートトータスと遭遇していた時には、もうこちらに向かい始めていたのかもしれない。
「ああ…そう……」
 完全に消失している彼の右腕から垂れるのが赤い血ではなく乳白色の人口体液に何だかホッとして空はゆっくり息を吐いた。
 いずれにせよ。
「助かったわ」
 ジーンに礼を言って空が上体を起こすと、その首にリマが抱き付いてくる。
「もう、あんな無茶しないでよね」
 語調は強い。怒ってるのと、安堵が半分半分。空はリマの背をそっと抱くようにしてよしよしと撫でる。
「はいはい」
「ご褒美、何がいい?」
「……そうねぇ。とりあえず冷えたビールを一杯」
「…………」
「それから、リマを肴に貰おうかな」
「肴って、何よ」
「さぁ? クスクス」

 美味しくいただきます。



   ◆



 上位階層への探索はまだ始まったばかり。

 だけど。
 この時はまだ、誰も知らなかった。
 このセフィロトの塔が完全封鎖される事を。






【大団円】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0233】白神・空


【NPC0104】怜仁
【NPC0124】マリアート・サカ


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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
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