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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


まいごのおこさまをさがせ 〜 feat. SATYR HEART
 〜まいごのおこさまとおねえさま。

 と、都市マルクトの一角にある【SATYR HEART】がそんな事になっている頃。
 在野の植物学者兼セフィロトの塔ビジターなシャロン・マリアーノもまた、例の如く迷子になっていた。
 …彼女は現在二十代後半になるおねえさまであり、おこさまではないのだが。

 場所はセフィロトの塔第一階層マルクト入口周辺区画都市マルクト内。ついでに言うとどうやらジャンクケーブに入ってしまっているらしい。らしい、とまでしかわからない。…もっとはっきり言い切れるのなら初めから迷子になどなっていない。
 …ともあれ気が付いた場所がどうやらジャンクケーブらしい、となると、あまりよろしくない。
 そう、彼女の場合ただ都市マルクト内であるだけでも迷子になりがちなのに、気が付いたらジャンクケーブとなれば、まずそれ以上細かい現在地の見当が全く付かない。
 …別におこさまでなくとも迷うのだ。ここは。
 例えば理由を挙げるなら――タクトニムとの戦闘とか住人の喧嘩とかそれに伴う建物家屋施設等の破壊、そして破壊されたそれら建物家屋施設等の補修、いや補修の必要がなくとも住人の皆さんが住み易いように元々あった建物家屋施設等が好き勝手に改築やら増築されていて気が付くと辺り一帯の様子がころっころ変わっているので…時々訪れる程度ではその辺の目印になりそうなものが全然当てにならないと言う事がある。都市マルクト内であるだけでもそうなのだが、更にそこの廃材捨て場から生まれた掃き溜めジャンクケーブとなると都市マルクト内に於けるビジターズギルドや自警団のような『取り敢えずの纏め役』になるような人すらも居ないので――その辺の変わりようが更に酷い。
 その上にシャロンの場合、ここに住み付いている訳ではなく基本の活動が屋外である。その為、周辺の植生や太陽・天体の位置を目印にする癖が付いている――と言うか本能的にその辺で自分の位置関係や東西南北の方向を確認している節があるので、むしろセフィロトの塔のような人工的な閉鎖空間だとその辺の感覚が狂って全然頼りにならなくなってしまう。
 と、そんな訳でセフィロトの塔に来ると迷子になる事が多いのだ。
 …ちなみに都市内ではそんな感じだが、ヘルズゲートの向こう側なら一応何とかなる。都市内のようには迷わない。何故ならイエツィラーの中では建物や施設が戦闘で壊される事はあっても都市内部のような派手で細かい増改築はまず無いから。…塔内イエツィラーであるなら、一度作成したマップは結構長持ちする。一気に目印にしていたものが全部無くなるとか次に行った時にがらりと様子が変わっているとかそういった事はあまり無い。…即ち、よく迷子になるとは言え、シャロンは別に地図が読めないとか方向音痴だとかそういう訳では断じて無い。
 と、そうは言っていてもやっぱり今現在迷子になっていると言う事に変わりは無い訳で。
 シャロンは溺れる者が掴む藁なつもりで以前ミクトランテクトリからもらったジャンクケーブ出口までの地図を再び開いてみたりする。が、やっぱり周辺を見渡すに――何だかその地図に描かれた目印になりそうな建物――例えば遠くからでもわかりそうな比較的高い建造物の名残とか――はまた変わってしまっている気がする。…と言うかそもそもその地図に描かれている道の上もしくはその近所に自分が居るかどうかが謎でもあるのだが。地図にある目印そのものがまだそのままあったとしても、見る角度が違うだけでまた全然違うものに見えてしまう可能性は否定できない。
 さて。
 どうやら今はもう役に立たなくなっていそうなその地図をくしゃりと握り潰しつつ、シャロンは改めて周辺を見渡してみる。取り敢えず一番簡単な方法――その辺を歩いている人に道を訊く事を考えてみる。が、その方法を試みるに当たって単純かつ重要な事――その辺を歩いている人が普通に話しかけて問題無い人かどうか。そこが一番の謎である。…何と言うかこの辺り、あまり物事に拘らないシャロンの目で見ても気軽に話しかけるのは微妙に迷う人々ばかりの気がする。
 …下手な相手に話しかけて面倒に巻き込まれたら却って厄介である。そして下手に話しかけたら面倒に巻き込まれそうな人ばかりが歩いているように見える。例えば何だか凄く深刻な訳ありげな方々とか異様にハイかつ強引な何処ぞの店の呼び込みらしい兄ちゃんとか場所柄気にせずごろごろ転がってるへべれけの酔っぱらいとか話しかけるどころか近くに居るだけで危険そうな人間捨ててるヤク中な方々とか。…まぁ話しかけてみたとしても元々まともに反応が返って来そうにない方々ばかり、と言えばその通りでもあるのだが。歩いている人が何だかとってもアンダーグラウンドな感じである事もまたジャンクケーブの特徴の一つである。奥に行けば行く程特にそんな感じがある。
 と、なると。
 …この辺りは結構ジャンクケーブの奥まったところになるのかもしれない。思いながらシャロンはアンダーグラウンドな感じの人の波を器用に避けつつ、さくさく当ても無く歩いて行ってみる。…迷子になったとしても最低限の注意・警戒を怠らないように気を付けつつ適当に歩き回っていればいつか何とかなりはするものなので。
 実際、シャロンは今のところセフィロトの塔内で野垂れ死にしかけた事はない――つまり都市マルクトに来てから結構な回数迷子になってはいるのだがそれでまだ最悪な状況にまで至った事は一度も無いので、気持ちの方は実はまだ結構余裕がある。
 歩いている内に何処か知ってる場所にぶつかるだろう。そんな風に楽観的に思いつつ道なりに進んで行くと――いきなり視界からぱっと一人少年らしい顔が消えた。え? 驚いて思わずきょろきょろと辺りを見回してしまう。…今、私が向かっている方向の正面から十四、五と思しき年頃の少年がこちらに向かって歩いて来ていた。目に付いたのは少年の持つ鮮やかなオッドアイ。右は青で左は緑、瞳のその色自体は鮮明なのだがどうも人物の印象は茫洋として見える。なんだか危なっかしいな…と思ったらいきなりその顔が消えたのだ。…驚きもする。
 慌ててきょろきょろ見回したらそのオッドアイの少年はすぐに見付かった。顔がいきなり消えたのはどうやら人にぶつかってよろけ、転びかけてしまったところだったかららしい。
 ぶつかった相手に去り際罵声を浴びせかけられ、その少年は頭を抱えて縮こまっている。…まぁ大した因縁付けられずに済んだのはまだよかっただろうが。
 シャロンは改めてその少年の様子を窺ってみる。
 と、また他の人にぶつかって撥ね飛ばされ、よろけている。…今度はぶつかった方が気付いていない。少年の方でもびっくりはするがそれで何を言うでもない。
 ただ、よろけた結果、足が縺れてしまい少年は今度はぺたんと尻餅を突いてしまっていた。
 …何だか今にも泣きそうである。
 遠目での見た目は十四、五に思えたのだが――何となくそれにしては印象が幼いような気もしてきた。
 再び少年の様子を観察。印象的な瞳の色は青と緑のオッドアイ。肌の色は小麦色で、髪の色はそれより薄めな淡い茶色――ベージュ系。服装は濃い茶のハイネックのノースリーブをインナーに、黒い上着を適当に羽織っている――肩から二の腕の辺りが露出してもいる。
 容姿だけで言うならなかなか大人っぽいかもしれない。服の色やセンスといい。
 …でもやっぱり危なっかしい。
 シャロンは気が付いたらその少年に声を掛けていた。…放っとけないような気がしてしまったらしい。
「あんた…大丈夫?」
「………………ふぇ?」
 …。
 駄目だこりゃ。
 はぁ、と溜息を吐くとシャロンは少年の腕を取り、何とかその場で立ち上がらせる。少年はきょとんと目を瞬かせている。シャロンは腕を取ったそのまま道の隅、人の波を遮らないで済みそうな場所に寄ると、漸く少年の腕から手を離して――代わりに肩に手を置いて、その顔をじーっと覗き込んだ。…ちなみにその間少年からは何も言われないし、抵抗もされない。…この御時世しかもこんな場所でそれはヤバいだろうと思う。無防備でされっぱなしな行動と言うだけなら何だか何処ぞの不良吸血鬼を連想しそうな気もするが――それでも何の問題も起きないだけの『化物』である『あれ』とこの少年とでは根本的なところで全然違う。
 この少年の場合、本当に黙って見ていられない危なっかしさが。
「あ…お姉さん。こんにちは」
「こんなところでどうしたの。…迷子?」
「わかんない」
「名前は?」
「キース」
「お父さんとかお母さんとかは?」
「…わかんない」
 少年の目が潤み始める。
 …いや待てそれは困る。
「えぇっと…じゃあね、何処から来たか言える?」
「…わかんない」
 そう来るか。
 …名前以外の手掛かり無しである。
 さて、とシャロンは少し考える。
 決めた。
 うん、と頷く。
「ここで遇ったのも何かの縁だろうし。一緒に行きましょ? ちょうどあたしも迷子なの」
 にこり。
 笑い掛けてみる。
 と、キースは一旦不思議そうな顔をした後――シャロンの笑顔につられたようににこりと笑って頷いてきた。

 成功。
 ………………泣かれたらどうしようかと思った。



 と、そんな訳でキースを連れシャロンが当てもなく――いや自分も確り迷子なので――歩き回っていると、偶然歩き過ぎようとしたすぐ横に位置するコンテナの扉――と言うかむしろ蓋――がいきなりばたりと開いた。
 ちょっと驚く。
 出て来た相手に更に驚いた。
 …知り合いである。銀髪に黒い肌、その顔の左側にはびっしりと漢字――般若心経の刺青がある少女、傭兵ギルド『四の動きの世界の後の』セフィロト支部元締の片割れ、テスカトリポカである。
「………………シャロン・マリアーノか?」
「そういうあんたはテスカトリポカ…よね?」
「…妙なところで会うな。ここから事務所は結構遠いぞ?」
「いや別に『四の動きの世界の後の』に来た訳じゃないんだけど」
「…ひょっとして迷ったか?」
「お察しの通り。ついでにやっぱり迷子の男の子まで拾っちゃって」
 と、シャロンは繋いでいたキースの手――離したらそのままふらふらと何処ぞにはぐれてしまいそうだったので――を挙げてみる。
「キースって言うらしいんだけど、それ以上は謎」
 心当たり無い?
 キースの方も。と、シャロンはテスカトリポカとキースの両方に確認してみる。
 テスカトリポカは少し考える風を見せた。
「職業柄、人の顔は記憶している方だが…済まんが心当たりは無いな」
 と、心当たりが無いと言ったテスカトリポカ同様、ふるふるとキースも頭を振っている。…知らない。
「何ならうちの依頼にするか?」
「や、そんな大袈裟な話にしなくても。…依頼するまでもなくこの子の行き場所すぐ見付かるかも知れないし」
 一応今は、この子の方で見知ったところに出たら何か反応するかなーって思ってうろうろしてみてるんだけどね。積極的にこの子の行き場所を捜してる、と言うより。
「そうか。…まぁどちらにしろこの辺は場所が悪い。ひとまずうちの事務所の方にでも行ってみたらどうだ? …ここから事務所までの今現在の地図くらい描くが?」
「あ、お願い出来るなら助かるわ。それと、出来ればついでに都市内の主立った場所への道順も教えてもらえると嬉しいんだけど?」
「…そこまでは勘弁してくれ。書くのに手間が掛かり過ぎる。私も一応用があってここに出てきた身なんでね」
「そっか。じゃ、まぁしょうがないけど」
「少し待て」
 そう言い残してテスカトリポカはコンテナの中に戻ったかと思うとすぐに出てくる。持っていたのはくしゃくしゃの紙とペン。…そこに地図を描き込んでいるらしい。描いているそれをシャロンに見せながら、説明する。
「こちらの道を暫く道なりに行くとちょっと目立つ形なモニュメントの残骸が見える。で、そこまで出たらここをこう行って、こう。これで本通り――と言うかこの辺りでは珍しく変化の少ない道なんだが――に出られる」
 そこからは一本道だ。歩いていればその内事務所の前を通りがかる。
「…ん。そこの道まで出られれば幾らか見当付きそうかも」
「そうか。なら私はこれで失礼する」
 仕事なのでな。と告げつつテスカトリポカは今描いたその地図をシャロンに手渡し歩き出す。最後に、他にもまだ何かあるようなら事務所のケツァーに訊いてくれ、シンクロニシティで伝えておくから、と言い残し、テスカトリポカは近場の建物から伸びている狭いダクト――この辺ではそこも『道』であるらしい――の中に飛び込んだ。そのまま戻って来ない。…行ったらしい。
 地図を手渡されその場に残されたシャロンは取り敢えずキースの顔を見る。
 キースもキースでシャロンを見ている。
「…じゃ、ひとまず行ってみよっか」
 シャロンはキースにそう言ってみる。
 キースはこくりと頷いた。

 一方。
 そこからほんのちょっとだけ離れた入り組んだ路地で、右目左足をサイバー化している、活動的な軽装をした無愛想な少女が――通りすがりのチンピラらしい男の襟首を片手で掴み軽々と吊り上げていた。
 …ほんのちょっと前の事。チンピラの方が赤い髪に金の瞳を持つその少女に軽ーく声を掛け、声を掛けられた少女の方はそんなチンピラに対し今現在の自分の目的――自分が捜している相手の事を訊くだけ訊いてみる。訊かれたチンピラの方は全然信用ならない適当な答えを返しつつ――さりげなくその少女の肩を抱いて何処ぞへ連れて行こうとする。
 その直後が今現在のこの状況である。
「…美星を甘く見るな。今お前は美星が右目が青で左が緑のぼーっとした少年の事を訊いたら見たと言ったろう。何処で見た」
「あああああ…ごめんなさいごめんなさい許して下さい嘘付きましたッお願い離して…っ!!」
 と。
 チンピラがそう泣き喚くなり。
 少女は片手で吊り上げたままなそのチンピラを、興味を失ったように無造作に放り落とした。
「…嘘か。紛らわしい事言うな」
 放り落としたチンピラに向けぽつりと吐き捨てると、少女――美星はそのチンピラの存在など忘れたようにあっさり歩き出す。
 …捜している相手はまだ見付からない。



 シャロンとキースがテスカトリポカに描いてもらった地図に従い本通りまで出てみると、すぐに傭兵ギルド『四の動きの世界の後の』の事務所は見付かった。…この事務所、真っ二つに切られたキャリアの外装が何故か接着されていたり余計なパイプがうねうね巻き付いていたりと無駄に特徴のある建物――と言うかコンテナなので、目印には良い。むしろ一度迷ってみると、目印にする為にこそこんな異界めいた異様な外観をしているのではと言う気さえもしてくる。…他に必然性が感じられない。
 シャロンは取り敢えず、キースも連れて中に入ってみた。
 と、中にはいつもの如く事務机に向かって――事務椅子の上に足まで乗せてちょこんと座り込んでいるケツァルコアトル――テスカトリポカの言うケツァー――の姿だけがあった。
 テスカトリポカと刺青の位置関係を左右逆にして色を白人にした姿の少女である。
「お? …どうしたのシャロンさん。見慣れない子連れてるけど」
「…その反応って事はやっぱり心当たりないのね」
 あんたの方はどう? とシャロンはキースの方にも振ってみる。…やっぱり知らないと頭を振る。
「なに? 迷子?」
「そう。さっきテスカトリポカに偶然会ってここまでの道教えてもらえたから取り敢えずひと心地着こうと思って来ただけ。もしケツァルコアトルの方で心当たりがあれば――この子の方でここに見覚えでもあればもっと良かったんだけど…そうでもないみたいね」
「…テスカ…ああ、そう言えばさっきそんな事シンクロニシティで伝えて来てたわ。…ふぅん、名前はキースって言うのか…生身だよね? 結構目立つ子だと思うけど」
「あたしもそう思うんだけど…元締でわからないとなると他行ってみるしかないか。…あ、ここからの道なら前ミクトランテクトリに描いてもらった地図でわかりそうだから向こう行ってみよっかな?」
 ミクトランテクトリの家。
 と、シャロンは先程くしゃくしゃに握り潰してしまった――けれどまだ何処かで何かに使えるかもと言う密かな直感があったので放り捨ててはいなかった――ミクトランテクトリの地図を広げてみた。ケツァルコアトルがそれを覗き込んで来る。お、なかなか丁寧な仕事、と呟きつつその地図の二ヶ所を指し示した。
「この地図はだいたいそのまま使える。この辺で特に変わったところって言うとこことここの路地がついこないだの増築工事で潰されてそこの道が無くなったってくらいだから。他はこの地図通りでだいたいOK」
「そう? じゃ、次はこっち――行ってみよっか?」
 と、シャロンはキースに振ってみる。
 キースはまた、こくりと頷いた。…何だか殆ど喋らない。

 …暫し後、同じ場所。
 着物のセクシーアレンジ系な軽装にチョーカー、紫色の豊かな長髪を頭後高い位置で纏めて垂らしている色っぽいお姐さんがそこ――『四の動きの世界の後の』事務所――に顔を出していた。
 ケツァルコアトルはその姿を見るなり意外そうに目を瞬かせている。
「お、【SATYR HEART】の彩麗姐さん。珍しい」
「まぁね。ちょっと迷子を捜しててねぇ、通りすがりなんで立ち寄ってみただけさ。…で、早速だけど…右目が青で左目が緑、年頃は十四、五に見える男の子、この辺で見掛けなかったかい?」
 髪はベージュ系で肌の色は小麦色、居なくなった時の服装は焦げ茶のハイネックノースリーブに黒い上着…まぁ黒系の服着てたって言えばわかるかな。
 …名前はキースって言うんだけどさ。
 と。
 特徴を並べられるなり、ケツァルコアトルはあっさり頷いた。
「ん、その子ならついさっきここに来たよ?」
 もう行ったけど。
「って…来たって言うならどうしてあの危なっかしい子を引き止めといてくれないのかねぇ…!」
「んー、一応連れ居たしね。その連れもうちと契約もしてるねーさんだったからまぁ良いかって」
 で、向こうもキースくんの保護者さん捜して回ってるみたいだったよ?
「…そう。思いっきり行き違いって事か…で、ここに来てからキースとそのお姐さん、どうしたのさ?」
「取り敢えずミクんちの方行ってみるってさ」
「…。…ミクって『あれ』よねぇ…。まぁいいさ。何かある前に追い着けばいいんだしねぇ――もしあたしが追い着かなくてまたキースがここに戻って来る事があったなら、今度こそ引き止めとくんだよ! わかったね!?」
 と、がつんと言い残して彩麗は踵を返し走り去る。
 ケツァルコアトルは彩麗が来た時同様、見送る時もやっぱり目を瞬かせている。



 ケツァルコアトルにお墨付きを頂いたくしゃくしゃの地図を頼りにミクトランテクトリ宅に来て。
 どうもその中から醸し出されて来る不穏な気配に、シャロンはドアをノックをする前と言うかその玄関前に着かない内に足を止めた。
 …何となく今日今この時は、ここには顔を出さない方がいい気がする。
 いきなり立ち止まった事にキースはきょとんとして、シャロンの顔を見ている。
「…どうしたのお姉さん?」
「んー、来るとこ間違ったかなーって気がしてね」
 で、あんた…ここ見覚えある?
 と、シャロンに確かめられると、キースは改めてミクトランテクトリ宅を見直し――やっぱり頭を振る。
 その反応を見てから、じゃ、他行きましょ。とシャロンは再び地図を見た。…その地図は一応ジャンクケーブの出口までの道案内もしてある。…そろそろジャンクケーブを出てみるか。シャロンはそう考えてみる。

 …暫し後、ミクトランテクトリ宅。
 その中から感じる不穏な気配――そして血の匂いに気付くなり、彩麗は血相変えてばんと乱暴に扉を開けた。
 と、その部屋の中のそのまた奥の扉から、何故か血まみれな手術着を着た灰色頭の若い男がちょうど顔だけを出していた。
「おや。…どなたか来たかと思ったら――彩麗さんでしたっけ、どうしました?」
 と、灰色頭の男――ミクトランテクトリに返されるなり彩麗はずかずかと部屋の中に入り込んでくる。そしてミクトランテクトリに近付くと、いきなりその襟首を掴み上げた。
「…坊や。うちのキースに何したんだい?」
「…誰ですって?」
「とぼけるのかい? うちのキースがこっちに向かったってそちらの元締から聞いてるんだよ」
「いや、誰も来てませんけど?」
 今日は朝からずっと奥の部屋で解剖していたので、来客に気付いたのは今が初めてで。
「………………右が青で左が緑の目の子供に見覚えは本当に無いのかい?」
 肌の色は小麦で、髪の色はそれより薄いベージュ系の。
「疑うようならこちらの中入って確認して行って下さってもいいですよ。どの方もまだ眼球取り出してませんし…顔の判別もまだ付く状態ですし。そもそも今日ここにある御遺体は白人ばっかりですから、肌の色が小麦色であると言う事なら…そのキースさんではないとすぐわかる筈です」
 …。
 一拍置いて彩麗はミクトランテクトリを突き放す。
 紛らわしい事してるんじゃない。



 ジャンクケーブを出て、シャロンとキースはふらふらと都市マルクト内を歩き回ってみる。不意に思い付き、そもそも都市マルクトの中の子だよねとシャロンは改めてキースに確認。キースは小首を傾げて考え込む。
「…よくわかんない」
「…。…えーっとじゃあ訊き方変えるわね…あんたの住んでるところの空って青い? それともここみたいに天井がある?」
「…こことあんまり変わんない」
「よし。…じゃあこの都市の何処かの子って事だけは言えそうね」
「?」
「となると塔の外まで考える必要は無いって事だから…ここはビジターズギルドか自警団かな…」
 …と、言ってはみても。
 そもそもシャロンとキースの二人でジャンクケーブから出てうろうろと歩き回った結果、当のビジターズギルド本部建物や自警団詰所が見付からないと言うのがある。…シャロンは通りすがりに見知ったビジターを見付けるとちょっと声を掛けて訊いてみる。ビジターズギルド本部建物の場所って何処だっけ。と言うかそれ以前にこの子見覚え無い? ビジターズギルド本部建物の場所を訊くついでのようにキースの事を示して訊いてみる。知らん。迷子? …訊いて返って来る答えは大抵決まったもの。
 結局、シャロンとキースの二人はビジターズギルド本部建物の方に辿り着いた。…こちらはビジターの誰もが知っている訳で、教えられた通りに来ればそこまでは迷わず来れる。そもそもビジターの仕事場への入口ヘルズゲートもこのビジターズギルド本部建物の少し奥に当たるので、ビジターならばビジターズギルド本部の場所くらいは知っていて然るべきものである。…まぁ若干の例外があると言うのはさて置いて。
 シャロンは小首を傾げ建物の外観を指差しつつキースの顔を窺う。キースはやっぱり頭を振る。
 …駄目か。
 軽く肩を竦めながらもシャロンはキースを連れ、中に――受付ロビーに入ってみた。相変わらず窓口はお役所の常で無駄に混んでいる。さてどうするか。と思いつつ周辺を見渡していると、極東の着物めいた露出の高い服を纏った見覚えのある大柄なエスパーハーフサイバーのおねえさん――柊・七星と、伝説のサイバーボディを持つ金髪碧眼のオールサイバーなおねえさん――マチュア・ロイシィの二人を見付けた。
 二人ともビジターとして古株な人で有名人でもあり顔も広い。
 と、気付けばキースがぼーっとその二人の方を見ている。
 マチュアの方が気付いて近付いて来た。
「? どーしたのー? おねーさんに見惚れちゃったかしら?」
「…え、と…あの…」
 キースは困ってシャロンを見上げる。
 マチュアもシャロンを見て小首を傾げた。
「どうかしたのかな?」
「って言うか…ひょっとしてあんたたちの方でこの子に見覚え無い?」
 シャロンは逆に訊いてみる。
「んー? こんな可愛い子一度見たら忘れないと思うけど。ね、七星?」
「そうだねぇ。なんでそんな事訊くんだい? …ってあ、迷子って事だね」
「うん。そーなのよ。…でも今初めて…反応らしい反応があったんだけどなー…」
 今、例えぼーっとでもキースが彼女たち二人の方を自分から見ていた事は確かである。その程度の反応すらも今まではなかった。
「ふーん。私たちを見て、ね…。何かしらね?」
「まぁあたしたちの場合顔だけは知られてるしねぇ…何処かで写真か何かで見たって事もあるんじゃないかい?」
「何かの手掛かりになるかと思ったんだけど…」
「何ならこの子がビジター登録してあるかどうか照会してみる?」
「…いやそこまで頑張る事もないから窓口あの状態だし」
 長蛇の列。
 その上に、建物自体にキースの方で見覚えが無かった以上、多分キースはビジター登録はしていない。
「じゃあラジオ・ビジターに迷子案内頼んでみるとか?」
 と、マチュアは手持ちの小型無線を取り出しラジオ・ビジターの投稿用周波数に合わせようとするが…相手方の反応無し。
「あれ?」
 何度かチューニングをし直してみるが、同じ。
 と、そんな様子を見ていた七星がぽつりと呟いた。
「…そう言や昨日、レアの熱狂的なファンが勢い余ってラジオ・ビジターの放送局襲ったって聞いた気がするんだけどね? それも放送中のレア本人による実況中継で」
 聞くなりマチュアの小型無線をいじる手が停止する。
 …そうだった。
 となると、昨日の今日ではラジオ・ビジター放送局では迷子案内など頼める状態ではない事が容易く予想出来る。…よくよく考えれば昨日からラジオ・ビジターはぱったり放送していない。
 うーん、とマチュアは考え込む。
「他には…自警団詰所はもう行ってみたの?」
「そこはまだ。ここで駄目なら行ってみようとは思ってるんだけど…」
 ただ一つ問題があって。
「なになに?」
「ここから自警団詰所までの道がわからないのよ」
 良かったら教えてもらえないかしら?
「…」

 …それから暫し後、ビジターズギルド本部建物、受付ロビー。
 砂色を纏った少年がきょろきょろと辺りを見渡しながら中に入ってくる。長蛇の列の後ろの方に並んでいる人や比較的暇そう手持ち無沙汰そうな人に声を掛けてみる。…これこれこう言う人見ませんでしたか。左右で色の違うオッドアイに小麦の肌、茶色い髪で、黒い服を着た少年。名前はキース。何度かその旨聞き込むが、答えはなかなか返らない。
 と。
 あんたエリニュスだったよねぇ、あのバカの弟分の、と声が掛けられた。呼ばれた砂色の少年――エリニュス・ストゥーピッドは、はっ、としてその声の方を向く。そこには極東の着物めいた露出の高い服を纏った見覚えのある大柄なエスパーハーフサイバーのおねえさんと、伝説のサイバーボディを持つ金髪碧眼のオールサイバーなおねえさんが居た。
 …柊・七星とマチュア・ロイシィである。
「えー…と、七星さんでしたっけ?」
「そう。ところであんたの捜してるそのキースって子、さっきここに居たよ」
「うん。これから自警団詰所の方に当たってみるってついさっきここから出てったわよ?」
「ってどなたかキースさんと一緒に居たって事ですか?」
「ああ、シャロンが一緒に居たよ」
 緩くウェーブのかった赤い髪してて、焦げ茶の繋ぎを着てる白人寄りの混血ブラジル人なんだけど、知ってるかい?
「シャロンさんがですか」
 エリニュスは少し驚く。
 …まぁ、そうなれば少しは安心出来る。キース一人でないのなら――そして一緒に居るのが彼女であるなら状況としてはかなリマシだ。しかも向こうも向こうでキースの保護者を捜していると言う事らしいとなれば、その内出会えるだろうとある程度の楽観も出来る。
 だが。
 同行しているのがシャロンであるとなると、ただ一つだけ問題がある。
 …エリニュスの知る限り、シャロンはここ都市マルクト内の流動性溢れる地理的事情とは――相当に相性が悪かったような気がするのである。
 つまり、シャロンとキース、ダブルで迷子になりはしないかと言う懸念が。



 自警団詰所への道の途中、シャロンとキースは通りすがりにあったカフェ『心象風景』に立ち寄ってみた。何だかんだで歩き詰めな訳で、そろそろ小休止を考えた結果の事。
 取り敢えず一番安いジュースとデザートなど注文する。…こんな場所でこんなタイミングで特に奮発する気もない。その代わり、もしもの時の為に店の位置は確り頭に入れておく。…食い物関係の店である限りは一応。
 そしてついでなので、注文を取りに来たやけに幼いウェイトレス――まぁサイバーだったりするのなら実年齢は幼くなかったりもするのだろうと思うが――にもキースの事を一応訊いてみた。
「こちらの方ですか〜?」
「そう。キースって言うんだけど、心当たりない?」
 店に来たお客さんが連れてたとかで。
「う〜ん…。申し訳無いですがちょっとわかりませんね〜? ではでは、ご注文を厨房の方に入れて参りま〜す」
 と、軽やかにやけに幼いウェイトレス――コエリオはテーブルの合間を抜け厨房の方へと去って行く。
 それを何となく見送ってから、シャロンは改めてキースを見た。
 と、それを見計らったように話し掛けられた。
「あの…お姉さん」
「ん? どうしたの何か思い出した?」
「…さっきの黒髪のお姉さん」
「あ、そうそうそう。さっきのあれ。何か気にしてるみたいだったけど…彼女がどうかしたの?」
「うん…あの黒髪のお姉さんの格好、ちょっと彩麗と似てたなって思ったんだ」
「彩麗。…ちょっと待ってそれひょっとして?」
 保護者さん――って言うかあんたと元々一緒に居た人の名前とか?
「うん。僕、彩麗とか西虎と一緒に居たよ。あと、美星と、るかと、シャラザード」
 みんな大好き。
 にこり。
 その微笑みにつられて何となくシャロンも微笑んでしまう。…いや違う笑っている場合ではないのだが。
 ともかくいきなり手掛かりが出た。…彩麗に西虎に、美星にるかにシャラザード?
 と。
 シャロンが考え込んだところで、お待たせしました〜、と注文したものがテーブルに届いた。
 早い。

 …そんな頃。
 軽めにカットされた背の中程までの長髪に、活動的な格好をした日本人の少女が人を捜して道を駆けずり回っていた。…その場所、ちょうどシャロンとキースがのほほんしているカフェ『心象風景』の表辺りの通りに当たる。
 少女はそこで息を切らして立ち止まり、がくりと両膝に手を突いていた。
「もー何処行っちゃったのかなーキースはー」
 荒い息を吐きつつ少女は嘆いている。
 …彼女の名は斎条・るか。
 彼女が捜しているのはキースと言う少年である。
 …そしてもう一度書いておく。彼女が今居るこの場所は――ちょうどシャロンとキースがのほほんしているカフェ『心象風景』の表辺りの通りに当たる。
 けれど彼女は――すぐそこにある店の中の様子に全く気付いていない。



 カフェ『心象風景』でのほほんとお茶した後。
 シャロンとキースは今度こそ自警団詰所に向かおうと歩いていた――が。
 その途中でヘブンズドアの看板を見付けた。
 シャロンは思わず立ち止まる。
 キースはシャロンの顔を見た。
「…どうしたの?」
「考えてみるとここも人が集まる場所なのよね」
 ヘブンズドア。
 入ってみようかと考える。
 と。
 考えていたそこで、何とも言い難い妙な目でこちらを見ている金髪碧眼の眼帯男――スティンガーの視線に気付いた。
 ちなみにシャロンにしてみればこのスティンガー、一応顔見知りである。
「…何見てるのよあんた」
「…。いや」
「なぁんかはっきりしないわね。…まぁいいわ。ついでだから訊きたい事あるんだけど」
「…あー、金次第で何でも答えるが?」
「あっそ。だったらいいわ」
 と、あっさり断ってから一応キースの方にスティンガーの事が見覚えあるか訊いてみる。やっぱり頭が振られる。それを認めてから、じゃ、とシャロンはキースを連れてあっさりその場を立ち去った。
 スティンガーは軽く肩を竦めて遠ざかる二人の背中を見送っている。

 …少し前。
 まだスティンガーがシャロンとキースに遭遇するほんのちょっとだけ前の事。
 その時スティンガーは、襟の立てられた黒服を着、長い茶色の髪を頭の後ろ中程でひとくくりにして垂らしている眼鏡の男性と道端で話をしていた。
 と言うか、その男性――狼・西虎に、こんな子見かけませんでしたか、とキースの特徴を懇切丁寧に聞かされていた。そして写真まで見せられていた。
「…どうでしょう。心当たりありませんか?」
「済まんが無いな。…捜してくれと言うなら金次第で請け負うが?」
「…。…そうですか知りませんか。では他を当たる事にします」
 お時間取らせてすみませんでしたね。
 西虎はそう告げると、軽く会釈しスティンガーの前から去っている。
 …そんな事があってからほんのちょっとだけ後に、ヘブンズドアの前にてスティンガーは捜されている当人に遭遇してしまった訳で。それでキースの事を妙な目でじっと見てしまっていた訳である。



 ヘブンズドアからもう少し先に行ったところで。
 …シャロンは今度はそろそろ見慣れた似非少女な外見の不良吸血鬼――ブラッドサッカーが鄙びた店から大欠伸しながら出て来るのに遭遇した。
「んあ?」
「…あら。何だか会うたび久しぶりね。相変わらず元気そうだけど」
「あー、久しぶりー。つーかまだ眠いな。…も少し寝るかな…」
 と、一応シャロンに挨拶はしつつも、ぼやきながらまたブラッドサッカーは踵を返して鄙びた店の中に戻って行こうとする。すると店の中からショートボブ程度の髪型をし、首から胸の上までレースをあしらってある黒いドレスを着たアラブ系の少女が様子を窺いに来た。…ちなみにその少女の目は見えていないようで、閉じている。
「…どうかしましたかブラッドサッカーさん?」
 と。
 その声を聞くなり。
 キースが弾かれたように顔を上げた。かと思ったらシャロンと繋いでいた手を離す。そして店の中から現れたアラブ系の少女に駆け寄るなり、ひしっと抱き付いた。
「シャラザードだシャラザードだシャラザードだ…!」
 それで、キースはすりすりと頬を擦り寄らせるようにしてそのアラブ系の少女――シャラザードに甘えている。シャラザードの方は、いきなりの事にびっくりしてキースに抱き付かれたそのままの格好で固まっている。
「…え…キース、さん?」
「うん。キースだよ。みんなは何処に居るのシャラザード?」
「皆は…キースさんを捜しに出ているんですよ。今」
「僕を?」
「はい。キースさんが無事に戻られたのなら良かったんですが…お帰りなさい」
「ただいま。シャラザード」
 にこりと笑い、キースはまたシャラザードを、ぎゅー。
 シャラザードは自分を抱き締めるその背中を安心させるようにぽむぽむと叩いている。…いきなり目の前で繰り広げられたその状況に、ブラッドサッカーとシャロンは何事だか良くわからないまま置いて行かれている。
「…えーと?」
「ここ、って事だったみたいね?」
 キースの居場所は。
 …シャラザードの名を出された事と今のキースの反応で取り敢えずそのくらいはわかった。
 シャロンはブラッドサッカーをちらと見る。
「…あんたここの人たちと知り合い?」
「んー、まぁね。ところでなんで姐さんキース連れてたの」
「それがね。ジャンクケーブでこの子がふらふらしてるの見付けちゃってさ。何処から来たか話聞いてみても殆ど会話が成り立たないし、なんか危なっかしく見えてね。迷子仲間って事もあったし、適当に連れ回してれば自分で心当たり見付けるかなって思って連れ回してた、ってとこ」
「迷子…あー、道理で起きた時シャラザード以外誰も居なくなってる訳だ」
 うん、と納得しつつブラッドサッカーはまた大欠伸。
 と、その背後から、キース! と呼ぶ声がした。るかの声。こちらの様子に気付いたのかぱたぱた走ってくる。そしてシャラザードとキースの側に駆け寄り、何処行ってたのよー心配したのよとキースを叱っている。が、そんなるかに対してキースはまずるかだるかだるかだとシャラザードにしたのと同様にるかの名を何度も呼びながらるかにひしっと抱き付いている。もうっ、と仕方なさそうにでも嬉しそうに、るかはそんなキースを抱き締め返している。…絆されている。
 そんな様子を余所に、こそりと背後からシャロンに声が掛けられた。
「うちのキース君が色々と御世話になってしまったようですね」
「わ。…あんたは?」
「この店、【SATYR HEART】のオーナー、狼・西虎と申します。何やら貴方がたとはつい先程殆ど擦れ違ってしまっていた状況だったりするようなんですが…いやはや、有難う御座いました」
「ふぅん、あんたが西虎なんだ」
「…キース君から聞きましたか?」
「名前だけね。あんたの名前と…後、彩麗って名前をまず挙げてたわ」
「やっぱり。うちの皆は彩麗が第一ですからね」
「…ああ、それで」
 その彩麗とちょっと服装が似てたかもってだけで柊・七星に反応した訳か。
 納得する。
 と。
 ったく人騒がせなんだからねぇ、と色っぽい声が聞こえてきた。
 聞こえるなり、キースはじめシャラザードもるかも西虎もそちらを向いている。
 そこには美星を連れた彩麗が戻って来ていた。
 苦笑している。
 と、キースは今度はるかから離れると、当然のように彩麗の方に駆け寄り飛び付いていた。ひしっと抱き付くとそのまま踊るようにぐるぐるぐると振り回される。回るのを止めると、キースは満面の笑みでもう一度ぎゅっと彩麗を抱き締める。
「彩麗だ彩麗だ彩麗だ」
「心配掛けさせるんじゃないよ。でも無事で良かった」
 何処か他のところに行こうとしなくったっていいんだよ。
 坊やはここに居て良いんだからね。
 と、彩麗がそうキースに言い聞かせているところで――また少し離れた位置から、ああ良かった、と声がする。
 捜索組最後の一人、エリニュスがそこに戻って来ていた。
「…こちらに辿り着けましたか、シャロンさん」
「おや、エリニュスの坊やはこちらの方知ってるのかい?」
「はい。それからさっきビジターズギルドでキースさんとシャロンさんが一緒に自警団詰所に向かっているらしいって話は聞いてたんで…ビジターズギルドから自警団詰所への道となると途中で【SATYR HEART】の目の前通る事になりますけど知らなければ見逃す可能性も高いと思ったんで…ちょっと心配だったんですが」
「そうかい。…シャロンと言ったね貴方。いや本当に有難うねぇ。助かったよ。さっきからうちの皆総出でこの坊やの事捜してたんだ」
 そんな中でわざわざここまで連れて来てくれたんだ。貴方には何か礼をしなきゃだねぇ。…うちの可愛い子供が世話になったんだからね。
 彩麗はそう言いつつ、シャロンを見る。
 振られたシャロンは――この際なので遠慮なく頼んでみる事にした。

 …今現在の状況に於ける、自分にとって一番の懸念。
「じゃあ折角だからお願いがひとつあるんだけど…良いかしら?」
「何なりと?」
「じゃあ――あたしの事、都市マルクトの塔外側の出口まで送ってもらえないかしらね?」

 …多分あたし、また途中で迷いそうだから。


 Fin.


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/クラス

 ■0645/シャロン・マリアーノ
 女/27歳/エキスパート

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 …以下、登場NPC(公式NPC→□/当方NPC→■/緋烏様よりの共有NPC→◆)

●まいごのおこさま
 ◆キース

●捜索組の人々
 ◆彩麗
 ◆美星
 ◆斎条・るか
 ■エリニュス・ストゥーピッド
 ◆狼・西虎

●於、ジャンクケーブの街中
 ■テスカトリポカ

●於、『四の動きの世界の後の』
 ■ケツァルコアトル

●於、ジャンクケーブの一角にある獣医さん兼死体処理業者(…)
 ■ミクトランテクトリ

●於、ビジターズギルド本部(受付ロビー)
 □柊・七星
 □マチュア・ロイシィ
 □レア・クロニア(名前のみ)

●於、カフェ『心象風景』
 □コエリオ

●於、ヘブンズドア前
 □スティンガー

●於、【SATYR HEART】
 ■ブラッドサッカー
 ◆シャラザード

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          ライター通信
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 いつもお世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。
 そして…恐らくはサイコマ最後になるのでは(?)と言うこのタイミングにしてお渡しもやや遅れてしまっております…何だかしまらないライターです。
 作成日数目一杯上乗せした上に大変お待たせ致しました。

 今回のシナリオはイラストレーターの緋烏様とのコラボ品にもなる訳でして、SATYR HEARTと言う場所とそこのNPCさん、それとシナリオの内容自体があちこち立ち寄る事前提な話でもあったので…当方の設定場所やらNPC、公式の施設やらNPCが出まくる話になりました。捜索組では無く迷子さん側、と逆方向に行くプレイングを頂いた訳ですが…結果のノベルとしてはこんな形になっております。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
 では、当ゲームにて猶予ある内にまだ他のご用向きがありましたら…もしくは他ゲームにて、お気が向かれましたらまたその時は宜しくお願い致します。

 深海残月 拝