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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【密林地帯】インディオ村

【オープニング】
 アマゾン流域の密林地帯には、昔ながらの暮らしを続けているインディオの村が幾つもある。
 インディオは凄いぞ。あの審判の日と、それ以降の暗黒時代、高度なテクノロジーを持ってた奴らがバタバタ死んでいった中、インディオ達は何一つ変わらない生活を送っていたというんだから。
 本当に学ばなければならないものは、インディオの元にあるのかも知れないな。


ライター:メビオス零



〜〜

 セフィロト第一階層・都市区画『マルクト』‥‥‥‥そこは、廃墟の静けさと街の喧噪を併せ持つ街である。
 綺麗に修復が進んでいる場所は喧噪に包まれ、今日も荒くれ達とビジター達のイタチごっこが繰り広げられている。それとは逆に、タクトニムを排除した時の戦闘によって、廃墟同然と成り果てた場所は、ろくに手入れもされないままに放置されている。しかし電気や水道の機能は生きている場所が多かったため、そのような所は表だって住居や店舗を構えられない者達の、格好の隠れ家となっていた。
今でこそ都市区画として機能しているこのマルクトは、そんな街だった。どこに誰が建てたどういった施設があるのか‥‥‥‥それを正確に把握している者はいない。しかしそれを完全に把握しようと言うのならば、それこそ廃墟全てを取り払い、一から建て直す以外には方法はないだろう。しかし逐一姿を変える廃墟群を、そこまでして調べたい者もまずいない。よって、ほとんど放置されているのが現状である。
‥‥‥‥そこに付けこみ、商いをする者達が居た。
 その商人達を知るものは数少ない。信用の置ける者達にのみ語り継がれ、高額で取引をするその者達の存在は、決して明るみに出る場所には存在しない。

「‥‥‥‥ここね。新しい場所は」

 そんな場所を目指し、白神 空は、小さく呟きながら頭上の看板を見上げていた。
 『後ろの穴』と書かれている看板は、盛大に埃がかかっていた。既にあちこちが欠けており、端の方には蜘蛛の巣さえ張っている。
 どう見た所で、既に潰れた店である。周囲の店舗が喧噪に包まれる中、この店だけが静けさを保ち、まるで氷のように冷え切った空気を取り巻いていた‥‥‥‥
 キィ‥‥と、そんな店の扉を開け、空は静かに足を踏み込んでいく。扉は何年もの間手入れをされていないのか、それとも滅多に開け閉めされないために、金具が錆び付いてしまったのか、扉の蝶番(ちょうつがい)は金切り音を上げ、店の中に響き渡った。
しかし、誰一人として‥‥いや、薄暗い店内には、何一つとしてその音に反応するモノはない。顔を顰める客も、声を掛けてくる店員も、存在しない。
それが、店の暗い雰囲気をより一層際立たせている。

「‥‥‥‥」

 空は扉を閉め、一歩一歩、慎重に歩を進めていった。
 ‥‥照明が落とされ、薄暗い店内。カーテン越しに入り込んでくる光に照らされ、店内に並んでいる人形やマネキンが映し出されている。店内は、足の踏み場もないほどにモノが散乱していた。着飾られた人形が床に散らばり、かつては美しい衣装を纏っていたのであろうマネキンが、手足を歪ませ、バラバラになって床に這っている。
そんな場所なら、例え少ない光でもありがたいものだ。だと言うのに、しかしその光も、決してありがたくは思えなかった。ボロボロに朽ちた人形達の目は、少ない光を反射してギラギラと光り、歪に折れ曲がったマネキン達が不気味に来訪者を竦ませる。
 扉一枚を隔てただけだというのに、やけに外の音が遠く聞こえる。この店に入る前は、耳を塞ぎたくなるような喧噪の中にいたというのに、今では空の足音でさえが大きく響いていた。
まるで、ここだけが世界から隔離された場所だと錯覚させるほどの異質さを漂わせている。
長い間留まり続けた空気は異様な臭気を持ち、人間ならばこの場にいるだけで頭痛や吐き気を覚えるだろう。この場に留まるようなことは、例え悪党でも、長居することはまずあるまい。
 そんな中に身を投じている空は、顔を顰めながら床を足で叩き、店内を歩き回る。
 コツ、コツ、コツ、コツ、トン、コツ、コツ、コッ‥‥‥‥
 木造の床は、古めかしい店内の惨状とは違い、今でもその強固さを物語る音を奏でている。
まるで石の上を歩くような感触を味わいながら、空は静かに踵を返した。

「ここね」

 トントントン‥‥
 数歩戻り、足下を叩いて音を確かめる。
 石のように固い感触だったものの中に、一カ所だけ音が違うものがある。音は床下にまで伝わっているらしく、他の箇所よりも数段軽い音を出していた。
空は、スゥッと床に指を這わせ、床板と床板の繋ぎ目に小さな突起を発見する。極々小さな物で、例え見つけたとしてもこの惨状の店内だ、気に留めるようなことでもない。
 しかし空は、その突起に指をかけると、繋ぎ目に沿って上下に動かした。すると突起は、ガコンという小さな音を立て、下の方へと下がっていく。
 ガコッ!
 小さな音の後は、大きな音だった。それも空の背後、すぐ後ろで勢いよく発生する。

「‥‥毎度毎度、凝った仕掛けね」

 空は、驚かされてバクバクと動悸する心臓を抑えながら、音の発生源に歩み寄った。
 ‥‥床の一部が跳ね上がり、地下への階段が見えている。
 覗き込んでも、今度は電球の一つもない。先にあるのは、完全な闇である。これを発見した者が真っ当な者で、かつこの先に何があるのかを知らなければ、見つけたとしても踏み込むようなことはしないだろう。
 しかし空は、躊躇することなくその闇へと踏み込んだ。階段の途中で外から僅かに入り込んでいた明かりが途切れ、数センチ先も見えなくなっても、階段を下りていく空に迷いはない。
 ‥‥そうして十数秒後、ゆっくりと降りていた空の足が壁を蹴る。階段を下りていって、すぐに壁があるのだ。前後もつかない闇の中のため、下手したら激突していただろう。
 空は、「嫌がらせかしら?」と小さく溜息を吐くと、その壁に向かって手を伸ばし、手に触れる物を捻り上げる。
 ガチャ‥‥ギイィィ‥‥!
 壁は扉だった。地上の店内と打って変わった清涼に整えられた空気が、扉を開けた途端に流れ込んでくる。店の扉と同様に大きな金切り声を上げる蝶番。やはり顔を顰める客はいない。しかし、今度は部屋の奥に、顔を上げる店主の姿があった。

「‥‥お前さんか」
「ええ。頼んでいた品を引き取りに来たわよ」

 小さなランタンの明かりの下、小さな宝石を鑑定していた初老の店主に歩み寄る。
 店主は無念そうに大きく溜息を吐くと、客であるはずの空を睨み付けた。

「フン。逃げ切れなかったか」
「当然よ。それにしても、私の注文の品を持ったままで店を変えるとは‥‥やってくれたわね」

 空は店主を睨み返し、懐から得物を取り出し、店主に突き付けた。
 ‥‥しかし店主は、その得物越しに空を見据えたままで動かない。この男とて、伊達にマルクトの荒くれ者達を相手に商売をしてきたわけではない。この程度の脅しで怯んでいたようでは、裏手に店を構えるような資格はないだろう。
 だがそれとて、敵に舐められないようにするためのものだ。決して互いの実力差が覆るようなものではない。
 店主はカウンターの下に隠していた銃を抜こうとする手を挙げ、降参の意を示した。

「さぁ、取引よ。私の注文した品‥‥渡して貰いましょうか?」

 冷たく言い放つ空。そこには静かな殺気が籠もっている。それは店主も感じ取っていたのだろう、苦々しげな表情を作りながらも、カウンターの裏に手を伸ばし、大きな長方形の箱を手に取った。

「持って行け。ただし、例の物は置いていって貰うぞ」
「持ち逃げしようとして報酬を要求するなんて‥‥まぁいいわ。長い付き合いだからね」

 不敵な笑みを浮かべながら、空は、箱を受け取る代わりに手にしていた得物をカウンターの上に置き、箱の蓋に手を伸ばした。まだ、箱の中身が本物だという保証はない。その場での確認が取れない限り、報酬など渡せるはずもない。
 しかしいざ、箱の蓋が開けられようとしていたその瞬間‥‥‥‥!!

「甘いわ!」
「なっ!?」

 店主の手が素早くカウンターを滑り、空の獲物を攫っていく。そのあまりの素早さに、空は箱の蓋に手を掛けたままで動けない。
 この店主とて、数々のビジターと渡り合ってきた凄腕だ。得物もなしに空と対峙するのは自殺行為。しかしそれを持っているのならば、不意をつかれた空といえど‥‥‥‥‥‥

「っ!」

 空の手が走る。しかしそれより速く、店主の手が懐に伸び‥‥

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

‥‥‥‥‥‥

「そうして、あたし秘蔵の“インディオ村の美少女写真(水浴び編)”数枚が奪われてしまったのよ。ごめん。取り返せなかった」
「散々引っ張っておいてそんなオチですか! しかもそれ私の写真!?」

 祈祷師の姉(以下、姉)は声を上げながら、頭を下げてくる空に掴みかかった。しかし少女の剣幕などどこ吹く風か、空はニヤニヤと歪もうとする口元を腕で隠しながら、少女に「ごめんごめん♪」などと挑発するような声色で宥めていく。
 ‥‥現在、空は薄暗いマルクトではなく、本物の陽射しの当たるインディオの村に来ている。
 海嘯観光事件(何故か祈祷師の姉はそう呼んでいた)から数日後、空に科せられていた自重命令は無事に解除されていた。まだまだ村人からの監視がなくなったわけではないが、それでも祈祷師の妹にも会えるようになったのは大きく、空はこれまでよりも更に日を明けずに祈祷師姉妹の元を訪れるようになっていた。
 ‥‥だが姉にとって、それは手放しで喜べることではなかった。
 祈祷師の妹(以下、妹さん)の脅迫(空はそんなことは知らないが‥‥)じみた交渉に屈服した形の姉は、それ以来妹さんの言葉に逆らいにくくなっていた。妹さんの方は空との交渉以外で“海嘯事件”のことを持ち出したりはしないのだが、それでも“知っている”と言うことだけで牽制になっている。
これまでのように空と“遊ぶ”ことが出来なくなった姉は、それまでよりも過敏に空に突っ込むようになっていた。

「偶には都会の話も聞きたいって言いましたけど、それは違うでしょう! 大体いつ撮ったんですか!?」
「え? この前の海嘯を見に行った時よ。ほら、三人とも川に落ちて泥だらけになっちゃったから、帰りに川に寄ったじゃない。あの時ね」
「堂々と白状してるし‥‥‥‥何でこっそり撮ったんですか! 言ってくれればいつでも‥‥じゃなくて! どうしてそういう物を撮りたがるんです!!」
「二人の愛のメモリーのために♪」
「それを取引に使わないで下さい!!」

 声を上げて息が絶えたのか、ゼイゼイと肩で息をしながら、姉はそっぽを向いて頬を膨らませる。
 そんな少女の機嫌を取ろうと四苦八苦する空に、二人を遠巻きに観察していた妹さんが声を掛けた。

「まぁ、白神さんの御陰で都会がどういう所かは分かりました。でも、姉の写真でこんな物が手に入るのですか? オーダーメイドの服なんですよね?」

 妹さんが、空から手渡された箱の中身を見ながらそう言った。
箱の中には二着の衣服が入っており、見たところ祈祷師姉妹のサイズに合わせてある。外見は薄い緑色で、軽く、満遍なく美しい絵柄が入っているドレス風の衣装だ。まるでそこらのお嬢様が着るような服である。
 確かに、写真程度で手に入る物とは思えない。

「普通の写真だったらダメだけど、あの写真は特別だったのよ。ただの水浴び風景じゃなく、逆光や水によって微妙に見えそうで見えなく、でも目を凝らすと実は見えてくるような‥‥そう言う絶妙な光景の撮影に成功した物なのよ。たぶん百枚撮って一枚か二枚ぐらい撮れれば幸運なぐらいに難しい写真。‥‥‥‥ああ! やっぱり取り返しておけばよかった!」
「‥‥何でそんな物を見せたんですか?」

 妹さんが、首を捻りながら空に問いかけた。
 それほどまでに大事な写真なら、“そういう写真”に目のない輩に見せるのは迂闊な行為だ。空が意味もなくそんなことをするとは思えない。
 空は微かに唸りながら、悔しそうに目を背けた。

「あの店主の性格上、あの写真を見せれば余計な抵抗はしないだろうって思ったのよ。案の定、写真を見せた途端に銃を取ろうとした手を引っ込めてくれたわ。‥‥でもまだ写真を奪いにかかる気力が残っていたとはね。不覚だったわ」
「どんな戦いですか!」

 姉が悲鳴に近い声を上げているが、空も妹さんも綺麗にスルーして退ける。
 二人とも、決して姉を軽んじているわけでも嫌っているわけでもない。しかしからかった時の反応が面白いがため、二人は結託して姉で遊ぶことが多くなっていた。本来ならば妹さんよりも格上として扱われるはずの姉も、海嘯観光以来強くは出てこない。それに違和感を覚えながらも、事情を知らない空は、ただ妹さんに気を利かせているだけだと思っていた。
‥‥空の勘違いと、妹さんの悪戯心。
空とより長い間付き合ってきた姉にとって、この状況が面白いはずもない。

「二人とも‥‥いい加減にしないと────」
「それでは、私達はこの服に着替えますね」

 妹さんは、姉の忍耐が限界に近いのを目敏く察すると、素早く対応に打って出た。手にしていた服の一着を姉に手渡し、もう一着を自分の体に当ててサイズを確かめる。怒るタイミングを外された姉は、むっとした顔をしながらも服を受け取り、しげしげと観察した。

「お姉様にしては、今日の服は普通ですね」
「え? これが普通なの?」
「いつもの服に比べれば‥‥ね」

 私の方が空と一緒にいる時間が長いんだ‥‥と言わんばかりに、“いつもの”を強調する姉。これまで空が持ってきた何十着もの服を着続けていた経験からすれば、確かに今回、空が持ってきた服は普通の部類にはいる。普段が無駄に露出度の高い服や、猫や犬と言った獣をあしらったコスプレ服を持ってくる確率が高かったのだから、確かに今回のドレスはいつもよりも普通の部類にはいるだろう。たぶん。

「あら、偶にはこういう趣向も良いと思ったんだけど、イヤだったかしら?」
「別にそう言う訳じゃないですけど‥‥とりあえず出て行ってくれませんか?」
「あら、別に見ててもいいじゃない」
「お姉様にジーーーッと見ていられると、何だか怖いんですよ。いろんな意味で」

 姉はそう言い、空から静かに距離を取った。
 こういった着せ替え品を持ってきた時、必ず空はその場に留まりたがる。そしてジッと着替えを見ているか、もしくは隙を見て抱きついてきたりもするのだ。もはや慣れたとは言え、それでも不意を突かれればそのまま行為に及んでしまう可能性もある。妹さんの前でそれは避けたい。

「そうなの?」

 空は笑みを浮かべながら、傍らでドレスをしげしげと見つめていた妹さんに顔を向けた。

「私は別に構いませんけど?」
「よくないから! ほら、出て行って下さい!」

 躊躇なく了承する妹さんの言葉を切り捨て、姉は空の背中を押して強引にテントの外に押し出した。







 テントの外に追い出されてしまった空は、やれやれと溜息を吐きながら、至極残念そうに周囲を見渡した。
 天気は晴天。絶好の狩り日和と言うこともあって、今日は村に男連中の姿が見えない。その代わりにあちこちで果物や木の実を調理している女性達が、テントから出てきた空にギラリとした視線を向けてくる。

(う〜ん、好かれたり嫌われたり忙しいわね)

 一斉に空を監視態勢に置いた村人達に、空は笑って手を振った。途端にそっぽを向いてそれぞれの作業に戻る村人達。監視がばれていないとでも思っていたのだろうか。だとしたら素人その物‥‥いや、事実素人なのだから仕方ないだろう。だからこそ、空も余裕でテントの前で聞き耳を立てていられるのだ。

(今日は、どうも様子がおかしかったわね)

 空は今日‥‥ここ最近の祈祷師の姉の様子がおかしいことに疑問を持っていた。
 少ない違和感だったからこそ、これまで黙殺してきた。本人に聞こうとしたこともあったが、空が村に来た時には必ず妹さんの方が傍にいたために聞きにくく、機を逃してきた。
 しかし、何か、多少強引にでも聞いておくべきだという予感が、少なからずある。
 空は両手を自分の耳に当てると、器用にも耳の部分にのみ【玉藻姫】の獣人化を行った。よくよく見れば狐のような獣耳が空から生えているのが分かっただろうが、手で隠している上に遠目から見られただけでは、飾りかどうかを判別することは不可能だろう。
それに万が一ばれた時でも、普段から空が怪しい品物をテントに持ち込んでいるのは、周知の事実でもある。空に猫耳だろうと狐耳だろうと生えていた所で、いくらでも誤魔化しは利く。
 空は、分厚い布に覆われたテントの中の音を聞き取ろうと目を閉じ、集中する。まず聞こえてくるのは衣擦れの音。
そして、先手を斬った妹さんの声だった。

『姉さん、どうしたんですか? 去年までは、白神さんとべったりだったのに』
『べ、別にべったりなんでしていないでしょ。あなたこそどうしたのよ、最近なんて‥‥並んでご飯食べたり腕を組んだりオンブして貰ったり抱っこして貰ったり一緒に散歩に行くって言って水浴びしてきたり夜に姿が見えないと思ったら一緒に朝帰りしてきたり‥‥‥‥‥‥イチャつき過ぎじゃないの!?』
(た、確かに‥‥)

 空は、祈祷師の姉が並べ立てた自分の罪状に冷や汗を掻きながら、小さく震え始める体を押さえつけた。
 姉の声色は、一見すると普段の通り。しかし罪状が一つ増えるたびに声のトーンが僅かに落ちていき、最後の「朝帰り」の部分では聞き取ることすら困難だった。
 しかしその小さな声が、聞く者の恐怖心を煽っていく。
 だが空すら恐怖心を覚える相手を前にして、妹さんは平然と答えている。

『そんなことはないですよ。それに、羨ましいのなら姉さんもすればいいじゃないですか』
『なっ‥‥・あなたがそれを‥‥‥‥』
『この前の事ですか? 別にあんなネタ、何回も使いませんし、村のみんなにバレたとしても今更じゃないですか』
(あれ? もしかして脅迫してた?)

 自分絡みでまさかそこまで‥‥‥‥空はテントに張り付くようにして聞き耳を立て、妹さんの言葉に注目した。

『い、今更って‥‥まさかあなた!?』

 一方、冷静に言葉を紡ぐ妹さんに対して、姉の方は冷静さを失っている。先程までの氷点下レベルの怒気と殺気もない。姿は見えないが、言動と気配から察するに、狼狽しているのだろう。
 そんな姉に、妹さんは追撃を開始する。

『フフフッ‥‥‥‥別に私が何か言う必要もありませんよ。そもそも白神さんと会う前から、村の人達も気付いていたじゃないですか』
(‥‥え!?)
『‥‥え!?』
『気付いていなかったんですか? みんなであんなに監視してたんですから、気付かない方がおかしいですよ。いくら‥‥まぁ、田舎者と言っても、そこまで鈍くはないですよ?』

 そもそも布で覆われたテントなんですから、聞き耳を立てれば何をしているか分かりますよ。と、そう付け足した妹さんは、クスリと笑っていた。布越しのために顔は見えなかったが、しかし空の脳内では、口に手を当てて嘲笑するかのように笑う妹さんの顔が、鮮明に思い描かれていた。
わざと勘に障ろうとしているかのような笑みだったが、姉の方はそれどころではない。これまで懸命に体裁を取り繕ってきたというのに、村人にばれてしまっている。これは、姉にとっては恐ろしい事だった。
このインディオの村は、大分古い時代から存在する。それだけあって掟の類は絶対であり、村の上に君臨する者であるほど、それをより厳しく遵守しなければならない。まして神事に関わる祈祷師の貞操など‥‥‥‥どれほど重要な要素なのか、考えるまでもない。
最も寛大な処理でも、祈祷師の立場を後継に譲ることになるだろう。発言権は取り上げられ、空は再び村から出入り禁止を命じられ、自分はこの村に縛り付けられる。これから先はより一層厳しく監視され、二度と、空と会うことは出来なくなる。
だからこそ、今まで隠し通そうと、誤魔化そうと必死だったのだ。
 しかしそれもばれている。
 それはつまり‥‥‥‥‥‥

(もう、ここには居られないのかしら)

 自分だけならばいい。空も、この村の人々に歓迎されているわけではないことは分かっていたのだから、追い出されたとしても文句は言わないし報復もしない。しかし自分の巻き添えで祈祷師の少女の立場まで悪くすると言うのならば、いっそ自分から‥‥
 空がそんなことを考え始めた時、テントの中でじっくりと姉の反応を見ていた妹さんは、向かい合っていた姉に歩み寄り、その方を掴んでいた。姉は、まるで死に神にでも肩を掴まれたかのようにビクリと体を硬直させ、抵抗はしない。妹さんの言葉によって彼女の思考はグシャグシャに歪み、一種の恐慌状態となっていた。
 そんな姉に、妹さんはトドメの一撃を繰り出した。

『良かったじゃないですか。お二人の仲が認められて。ねえ? 白神さん』
「え?」
『へ?』

 二人の声が重なると同時にテントの出入口のカーテンが小さく開き、そこから伸びてきた細い手が、空の体をグイッと引っ張った。まさかこのタイミングで引き込まれるとは思いもよらず、空は抵抗出来ずにテントの中に引き込まれた。

「きゃっ!」
「お姉様!?」

 ドンッと、引き込まれた空の体はテントの中にいた祈祷師の姉にぶつかり、喫せずして抱き合うような形になる。空の腕に、普段の簡素な獣の皮で出来た服ではなく、柔らかなドレスと少女の感触が伝わってくる。
抱き合う二人の横を通り過ぎて、着替えを終えて空を引き込んだ妹さんが、入れ違いになるようにしてテントのカーテンに手を掛けていた。

「とっくにバレてるのに、ずっと黙殺していたんですよ? お二人の心配はいりません」

 公然とされたら、黙殺も効きませんけど‥‥と付け足し、二人に振り返った。妹さんの言葉によって硬直が解けた二人は、驚いたように妹さんに目を向け、呆けたように口をパクパクと開け閉めしていた。

「あなた‥‥まさか」
「お二人が余りに鈍いので‥‥ちょっと遊ばせて貰いました。ごめんなさい姉さん」
「え? いえ‥‥ちょっと待って、混乱中だから。私達の仲が認められてるって?」
「うん。厳密には黙殺されてるだけだけど、見えないテントの中限定なら問題ないと思うから」

 つまりは、これまで通りならば問題なし。これまで通り、村に貢献しながらその報酬として、祈祷師の少女達との時間を買う。
 ようやく事態の展開に追いついたのか、妹さんの言葉を整理して理解した姉が、ジトリと妹さんを睨みながら声を上げた。

「何でもっと早く教えてくれないの?!」
「だって、そうしたら白神さんと遊べなくなりそうだから‥‥姉さん、少し独占欲が強いですからね」

 妹さんはチロッと舌を出してから満面の笑顔を浮かべ、小さく手を挙げて「バイバイ」と手を振った。

「今日はこれで退散しますけど、良ければまた、私とも遊んで下さいね?」

 「お幸せにーー」と、妹さんがテントからサッと退散する。
 今日まで悪戯半分に空を独占してきたお詫びにか、姉に気を利かせたのだろう。空から贈られたドレスを着たまま、テントの外から妹さんが走っていく足音が聞こえていた。

「‥‥‥‥やられちゃったわね、二人して」
「‥‥‥‥あの子ったら‥‥」

 静かな時間が流れる。これまでは一緒にいながらもお預けとなっていた二人の時間が、ゆっくりと動き始める。
 姉と空は、互いにしばらく見つめあってから、プッと同時に吹き出した。

「ふふっ。そう言えば、こうして二人きりでいるのは久しぶりね」
「そうですね。あの、これ、似合ってますか?」

 祈祷師の姉は、ドレスを着た自分を見渡した。
 洋風のドレスを着込むなど、このインディオ村に住む少女にとっては初めての体験なのだろう。恥ずかしそうに頬を染め、空を上目遣いで見つめてきた。
 空は、可愛らしい仕草で感想を待っている少女の肩に手を掛け、ソッとその頬に手を添えた。
 そして、少女の顔を覗き込むようにして顔を近付けながら‥‥

「当然よ。すごく、似合って──」

 ビュゥゥウ‥‥・
 空の台詞を遮るように、外で強風が吹き荒れた。
 軋むテント。はためくカーテン。布越しだった陽射しが、はためいたカーテンの隙間から降り注ぎ、二人の姿を照らし出す。
 途端、少女の表情がキョトンと呆けたものに切り替わった。

「‥‥‥‥え?」

 カーテンと共に揺れる陽射し。光は少女の美しいドレスを照らし出したかと思うと‥‥‥‥‥‥その中身にある少女の肢体を、輝かしいまでに照らし出していた。
 肩から足下まで、ピッタリと体を覆っていた筈の布が、光が当たった途端に透過してしまっている。しかし完全に消えたわけではなく、模様として残った無数の筋のような線が、きわどい所で大事な部分を守っていた。
 風が収まり、カーテンが降ろされる。薄暗がりに戻ったテントの中で、ドレスは再び元の色合いと不透明感を取り戻した。
 ‥‥二人の間で、静かに、停滞した時間が流れ始める。

「‥‥‥‥似合ってますか? お姉様♪」
「‥‥‥‥アハハハハ♪ 似合ってないわけないじゃない♪」

 白々しく乾いた笑い声を上げる空に合わせるように、祈祷師の姉も口に手を当ててクスクスと笑みを浮かべた。しかし目は笑っていない。全くと言っていいほど笑っていない。むしろ盗み聞きをしていた時の初期段階のように、氷点下のオーラを発しながら‥‥‥‥

「ひやぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」

 外から聞こえてくる悲鳴。透明になったと言っても、消えたわけではない。重さや感触がそのままのために気付かなかったのだろう。先にテントの外に‥‥陽射しの下に駆けていった妹さんの悲鳴が、二人の耳に届けられた。

「‥‥‥‥これで、また出入り禁止でしょうか? お姉様」
「それじゃ、そうなる前に楽しみましょうか?」

 空は出入口のカーテンを荷物で塞ぐと、手慣れた様子で祈祷師の姉に足払いを掛け、その上に覆い被さった。
 まずは唇を重ね、人が来る前にと、普段よりもペースを上げて行為に及ぶ。
 ‥‥‥‥数分後、着替えた妹さんが飛び込んでくることになるのだが‥‥‥‥‥‥‥







その後の大騒動は、また別の話。











★★参加PC★★
0233 白神 空




★★後書き★★
 もう色々ダメかもしれない。メビオス零です。
 今回のご発注誠にありがとうございました。いつも通りに長らく時間がかかってしまい、申し訳ありません。今回は、仕事上のトラブルです。掛け持ちなんてするものじゃないですね。今年のGWは修羅場ウィークになりそうです。
 今回のシナリオでは‥‥空の活躍が‥‥‥‥・すくな‥‥‥いですね。お姉さんは寂しがり屋で、妹さんは黒い。前回は妹さんの狸寝入りに騙されたお姉さんですが、今回は妹さんが可哀想な目にあってますね。光が当たると透明になる服‥‥恐ろしい兵器ですね。人に贈ったらすごいことになるなぁ(汗)
 これで、また空が出入り禁止になるかもしれませんね。可哀想ですけど、やってることがやっていることですから。ちなみにアレな描写は、しばらくの間自重させていただきます。
 では、いつもの一文を‥‥‥
 今回のご発注、誠にありがとうございました。しばらくの間は、ゲームのシナリオなどを作成しなければならないので、窓口を少しの間だけ閉じることになります。次は五月の終わりかな? それぐらいになったら、よろしければ、またお願いいたします。(・_・)(._.)