PSYCOMASTERS TOP
新しいページを見るクリエーター別で見る商品一覧を見る前のページへ


<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【密林地帯】インディオ村

ライター:メビオス零


【オープニング】
 アマゾン流域の密林地帯には、昔ながらの暮らしを続けているインディオの村が幾つもある。
 インディオは凄いぞ。あの審判の日と、それ以降の暗黒時代、高度なテクノロジーを持ってた奴らがバタバタ死んでいった中、インディオ達は何一つ変わらない生活を送っていたというんだから。
 本当に学ばなければならないものは、インディオの元にあるのかも知れないな。





〜インディオ村に萌え要素はあるのかどうかを検証してみたらえらいことになってしまったのですが私としてはOKと言うことで楽しんでしまいました。怒られましたけど、反省はしていません〜


 インディアン‥‥と聞いて、皆さんはどんな風貌を思い浮かべるだろうか。
 男だったら、白い簡素な服を着て額に羽根付きのバンダナ‥‥と言った感じだろう。女性もさして変わらない格好を思い浮かべると思う。
 しかし実際の所、そのイメージは本物と合致すると言うことはまずないだろう。インディアン達の格好や風習は、それぞれの部族ごとに全く異なっている。交流はあっても、昔は共通の言葉さえ持たなかった者達だ。他人の持ってきた文化の影響を受けたとしても、それまで大事にしてきた掟や風習を捨てるようなことはまずあり得ない。
それを捨てると言うことは、それまでその部族を生かしてきた誇りを捨てるようなものなのだ。
‥‥が、『審判の日』が来る以前までは、インディアンの血を引く者、部族を存続させようとする者は、国家から極貧地域に追いやられ、強引な手段を持って解散させられた。現在こそ『審判の日』によって国家の管理がなくなったのだが、だからといってこれまで迫害されてきた記憶が消えるものでもなく、未だに外部との交流を行おうとしない村もある。
 よって、インディアンのような古い部族に対して、安易に外の文化を持ち込む物ではない。
 進んで共存路線を歩んでいる者達ならまだ良い。しかし、遙か昔から築いてきた文化を壊しかねないような物を持ち込んだとなれば、余程親しい人物でもない限り、その村への出入りは出来なくなるだろう。
 まして、その持ち込んだ物を、村の重要人物に対して使用したとなると‥‥‥‥

「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥‥ねぇ、もう大丈夫?」
「ええ。みんな、別の場所を探していますよ」

 息を切らせてテントの陰に隠れている白神 空に、祈祷師の少女(姉)が静かに言った。

「ふぅ‥‥しばらくは大丈夫かしら?」
「さぁ? 今度ばかりはどうでしょうか。この前のこともありますし、案外シャレにならないかも知れませんよ?」
「うぅ、それは嫌ね。‥‥‥‥それにしても、どうしてこんなに怒られちゃったのかしら。最初なんか石を投げられたわよ?」
「‥‥‥‥あんなことをすれば、誰だって怒ります」

 祈祷師の姉は、真剣な顔をして悩む空に対して、冷ややかな視線を送っていた。
 ‥‥時が遡ること約十分前。
 空は、村中の女性達を祈祷師の少女のテント前に集め、マルクトから買い付けてきた衣服を公開して騒がせていた。
 この村に来て長い空は、既に村人達からもそれなりの信用を得ている。特にあちらこちらから持ってきた食料品などの生活必需品を、何度も献上品として贈っていたこともあり、こういった物品の取引に対しては、上の者達から睨まれることはあっても強く言われることはない。
 元々この村は、それほど厳しい掟を持っていない。
 仲間同士の繋がりは強いために余所者に対しては冷たいが、親しくさえなればこういった、少々咎められかねない行動も容認される。
 空はそれを良く理解し、頃合いを見て練りに練った計画を実行に移したのである。

「はーい! どう? これが街の服よ。森で採れる素材だと、こんな感触は出ないでしょ?」
「ブヨブヨしてるわね」
「この青いのは?」
「ああ、それは『すくーるみずぎ』って言う服よ。頑丈で、特に川や雨には強いのよ」
「‥‥‥‥お姉様。ちょっと」

 衣服の解説を行っていた空の袖を、背後で監視していた祈祷師の姉が引っ張る。空が何事かと振り向くと、祈祷師の姉は周りの者に聞かれないようにと声を潜め、耳打ちしてきた。

(お姉様。他の人達は知らないですけど‥‥‥‥良いんですか? こんな物を売って、本当のところが知られたら怒られますよ)
(あら、これでも結構悩んだのよ? この村では手に入らなくて、都会にだけある物。それでいて色っぽくてかつ実用的な物。この辺りは年中暑いし、雨も多いから便利でしょ。水着って)

空は含み笑いを押さえ込むように指を口元に当て、心配そうにしている祈祷師の姉に答えていた。
 空が今言ったように、何と空が街から持ってきた衣服の数々は、全てが女性物の水着だった。
 それぐらいなら村にも‥‥と思われるかも知れないが、ゴム質の素材など存在しないインディオ村にとって、これは道の素材である。
 街との取引もあるにはあったが、しかし誰一人として水着などと言う物は持ち込もうとすらしない。当たり前である。
 水着を村に持ち込んだ所で、だからどうした、で済まされかねない。この熱帯地域に住んでいる者にとって、水に濡れるようなことは特に何でもないことだ。雨は頻繁に降るし、普段着が濡れても、絞って着ていれば半日と掛からずに乾いてしまう。
 そんな場所で生きている者達に、水着など売ってどうするというのか。水に入るにしても、特に何も準備せずにそのままは言ってしまえば済むことなのだ。売れるはずもない。
 売れるはずもない‥‥‥‥が、空はそこに目を付けた。
 水着を‥‥特に、丈夫で柄のある綺麗な物を選び、普段着として提供してみてはどうだろうか? と‥‥‥‥

「フフ、結構人気があるじゃない。これなら、バレてもそれほど怒られはしないわよ」
「この前のドレスの時には、村から追い出されてたのに‥‥‥‥全然反省してないですね?」
「あら、反省はしているわよ。後悔はしてないけど」
「‥‥‥‥この人は」
「姉さん。もう良いじゃないですか」

 溜息混じりに肩を落とす祈祷師の姉に、テントの中から声を掛けてくる者がいた。

「妹ちゃん。準備出来た?」
「はい。すぐに着替えられますよ」

 ニョキッとテントの中から顔だけを出し、もう一人の祈祷師の少女(妹)が答えてくる。
 テントの外で空のお目付役をしている姉と違って、妹の方は空の味方役だった。今はテントの中で服を着替え、皆に実際に着ている所を見せるためのキャンペーン役のための準備をしている。
 空はテントの中を僅かに覗き見ると、小さく頷いた。

「水着は、まだ荷物の中?」
「はい。量が多いので、出しておくとゴチャゴチャになってしまいますので。それにこれなら、着るのにそれほど時間は掛かりませんし」

 普段から水着に近い形の物を着ているため、さほど抵抗がないのだろう。
 妹の答えに空は微かに邪悪な笑みを漏らしたが、一瞬にしてそれを消し去り、普段の雰囲気に戻していた。

「お姉様‥‥今なにか──」
「さぁ! それじゃあ妹ちゃん。始めましょ!」
「はい!」

 空に何かを感じた姉が口を開くと、それを塞ぐようにして空が声を上げた。妹の方は、それにつられたのか、空の変化には気付かない。策を立てれば空すらも引っ掻けることが出来る策士も、姉と比べれば空の雰囲気を察する経験には、未だに及んでいない。そして危険感知の直感も、未だにその精度を上げられないでいる。
 つい一週間前、空の持ってきたドレスによって酷い目にあった妹でも、まだ空を警戒していない。むしろドレスの時に着せ替えを楽しめなかったからか、余計に張り切っている。それがどうしても不安に思えてならない姉は二人を止めようともしたが、姉一人で策士二人に敵うはずもない。制止しようとする姉を振り切り、空はテントのカーテンに手を掛けた。

「さて、皆さん! 脱いである物を見ても、まだピンと来ないと思います。そこで今日は、モデルの女の子を募ってみました! とくと御覧あれ!!」

 空は、テントの前に並んでいる女性達を見渡しながらカーテンを勢いよく跳ね上げた。途端、集まっていた女性達の中でも、若い少女達の中から歓声が上がる。

「えへへ‥‥」

 女性達の視線の先‥‥‥‥そこにいたのは、言うまでもなく祈祷師の妹だった。
 格好は、普段の白い布服ではない。胸回りを一周しているストラップレスタイプのトップ(肩ひもなし)に、ビキニにはパレオ(柄の入った布)を巻いている。露出度よりも外見的な優雅さを重視しており、色は日焼けした肌にも馴染むように薄い緑色に統一されている。
 本来なら村の中心人物とも言える祈祷師がモデルをするなど以ての外ではあるのだが、祈祷師の妹はあくまで“次期“祈祷師だ。それに祈祷師となった者は、どうしても外の者達と接触していかなければならないため、村の族長達もあえて空に文句は付けず、事態を遠目で見守っていた。

「ど、どうですか?」

 着慣れない服を着ているからか、それとも注目されることに慣れていないのか‥‥‥‥祈祷師の妹は頬を僅かに紅く染め、上目遣いで空を見上げた。
 空は自分が選んだ衣装が思ったよりも似合っていることに満足したのか、グッと親指を立て、ニヤリと笑う。

「グッジョブ!」
「似合ってるわよ。思ったよりもね」

 空とは対照的に、姉の方は拗ねるかのように唇を尖らせてそっぽを向いた。
 姉の方は、妹とは違い現役の祈祷師と言うこともあり、モデルの仕事は出来なかったのだ。普段空としている着せ替えではまともな服を着せられたことのない(着せ替え自体はするが、着ぐるみやプレイ用の服は普通とは言わないだろう)姉にとって、軽い嫉妬心でも覚えたのかも知れない。

「フッフッフッフッフッ‥‥‥‥まだまだよ。妹ちゃん! 次よ!」
「はい! いっきまーす!」

 反応が上々なのに気をよくしたのか、妹さんは元気よく返事をすると、すぐにテントの中に引っ込んでゴソゴソと着替えをする。そこに踏み込もうとする空を押さえ込みながら、姉はテントの出入口に目を向ける。

(おかしいなぁ。絶対に何かしてくると思ったんだけど‥‥‥‥)

 空との付き合いのある姉は、どうしても空に対する警戒心が拭えず、このモデルには参加出来なかった。テントの中に踏み込もうとしている時点でも、既に何かをしているのだが、普段の空ならばもっと強く、かつ二人っきりになるようにし向けてるはずだ。
 本当にモデルをさせているだけなのだろうか? もしそうならば、特別警戒することも‥‥‥‥
 テントのカーテンが開けられる。姉は空を手放し、再び監視員として見学に回った。

(それにしても‥‥‥‥良くこんなに持ち込めたなぁ)

 祈祷師の姉は、次から次へと着替えては消えていく妹を眺めながら、感心と呆れの混じった微妙な表情をしていた。
 空の説明と紹介に合わせて、テントの中で素早く着替える妹の格好は、本当に多くのバリエーションを持っていた。
 最初の水着から始まりスクール水着、レオタード、涼しげなワンピース、浴衣、メイド服、着ぐるみetc.etc.‥‥‥‥様々な衣装に切り替わっていく妹。空はそれぞれの衣装の素晴らしさを集まった女性陣に語り、熱心に勧めていく。
 そんな空の言葉に聞き入っている女性達の目は、微かに空に対する憧れのようなものを含んでいた。
 この村から出ることのない女性達にとっては、空が持ち込む物と言うだけでも十分に興味深い物だ。そこに加え、空の話術によって引き出される普段は滅多にすることのない、着飾りたいという乙女心。熱中したとしても仕方ないことである。
 ‥‥‥‥しかしそう言った外の文化が入り込んでくると言うことは、部族の掟や文化を守る者にとっては致命傷になり得る。例えどんなに小さな事柄であっても、一度許してしまえばあれやこれやとどんどん広がり、それを拒めば不平不満を内部に溜め込んでいくことになる。
 空と妹、そしてその二人に熱中する女性達を観察していた姉は、これまで遠巻きに眺めていたこの村の権力者、老人達の目の色が変わり始めていることに気が付いた。

(潮時ですね)

 楽しんでいる者達には悪いが、ここで止めなければ、また空が出入り禁止になってしまう。
 既に再三に渡って出入り禁止になっているのだ。ただでさえ上の者には睨まれているのに、これ以上続けると親密な仲になる計画が逆に作用する。
 祈祷師の姉は空に解散するように伝えるため、ソッと背後にまで忍び寄った。
 だが‥‥‥‥一歩遅かった。
ここで、空が、最後の、決して見せてはならない最終兵器クラスの衣装を繰り出した。

「では、これが最後!! まさに最後のトリを飾るに相応しい、人類が誇る最高傑作にして最古の衣服‥‥‥‥それが、これだ!!」

 ジャジャン!!
 どこからともなく聞こえてくる効果音。しかし誰一人としてそんなことに思考を及ぼす事はない。空を止めようとしていた祈祷師の姉でさえ、テントのカーテンの向こう側にいた妹を見た瞬間に凍り付き、そして目を覆った。

「え? あれ?」

 そして皆を凍り付かせた張本人の妹さんは、目をパチクリとさせている。
 空の紹介のペースに合わせて急いで着替えていたため、自分が何を着ていたのかをよく分かっていないのだろう。視線を下に移し、自分の体を確認する。
 そこには、要所三点を覆う小さな葉っぱが‥‥‥‥

「ああ! 妹ちゃんその葉っぱスタイルは秘蔵の‥‥いたっ! ちょ! ごめんなさい!!」

 大乱闘が、開幕した。







「そう言えば、妹ちゃんは?」
「自分のテントで丸まってます。さっき行ったら、『お姉様、私を公開処刑するのが好きなのかなぁ‥‥』って言ってましたよ。ほら、この前のドレスの時も、村のど真ん中で素っ裸に‥‥‥‥」
「こ、公開処刑なんてするつもりはないわよ! あの葉っぱ水着だって、本当は後であなたに着せようとしていただけで、本当の衣装は別に用意してあったんだから!!」

 空は冷ややかに告げる祈祷師の姉に反論する。
 空にとっては、あそこで妹さんがあの衣装で出てきてしまったのは誤算だった。体の大事な三点のみを葉っぱで覆うというある意味犯罪的な衣装など、公衆の目に晒すつもりは毛頭なく、あの衣装は後の“お楽しみ”に使うつもりだったのだ。
 しかし、その取って置きの衣装と、村人達に見せていた衣装とを一緒に仕舞っていたのが運の尽きとなった。

「‥‥‥‥私に着せるつもりだったと言うのも問題なんですけど、当面、これからどうするんですか? 村の周りは固められてるし、誤解(?)を解かない限り、また出入り禁止ですよ」

 祈祷師の姉は出入口のカーテンの隙間から外を窺い、隠れている空に問い質した。
 そう、それが重要な所であり、今後の分岐点に当たる。
 これまで空は、何度となく出入り禁止処分を受けている。いくら祈祷師の姉との仲を黙認されていたとは言え、そう何度も掟を破っている者を許しはしないだろう。いくら空の存在が村にとっての利益になると言っても限度がある。
 空もそれは分かっている。だからこそ、こうして隠れながら、懸命にこのトラブルを解決するための方法を考えていた。

「とりあえず、妹ちゃんのいるテントってどこかしら?」
「え‥‥えっと、このテントの背中側の方です。一番後ろにありますよ」

 姉が答える。空はテントの奥に向かい、テントの布を少しだけ捲り上げて確認した。
 祈祷師の妹の居るテントは、村の最も奥まった所に存在した。やはり次期村の中心人物と言うこともあり、祈祷師の姉と同様に他のテントよりも出来の良い物になっている。前後左右に四角形を描くようにして柱が立てられ、余す所なく丈夫そうな布で覆われていた。
 そのテントの場所までの距離を目測で測り、周りを彷徨いている村人達の様子を探る。幸いにも村人達全員がこの捜索に積極的というわけでもないらしく、祈祷師の妹のテントを取り囲んでいる者達の中には退屈そうに欠伸をしている者もいた。退屈そうにしているのは主に男性陣か。「むしろ俺も見たかったぜ」的な表情でテントを見張り、集まっている仲間と共に話し込んでいる。
 その顔に見覚えがあることに笑みを浮かべ、空はテントを捲っていた手を離して元に戻した。

「うん。彼なら写真で買収出来るわね。あとは妹ちゃんのテントまでどうやって抜け出るか‥‥‥‥」
「写真?」
「女の人達は特に怒ってたわね。インディアンにしては珍しく、この村は貞操観念が強い(インディアンは、不思議と自由なのが多い)から‥‥‥‥やっぱりアレはダメなのか。黙認されているからって、少し調子に乗りすぎたわね」
「あの、写真って何ですか?」
「妹ちゃんの口から許して貰えれば、他の人達も強くはでられないと思うんだけど‥‥‥‥今のままだと難しいわ。妹ちゃんが拗ねちゃってる以上、私が捕まるまで会ってくれないかも知れないし」
「聞いてますか? 写真って何です。まさかこの前みたいに、取引に使うんじゃないでしょうね?」
「でも捕まったら、妹ちゃんを経由せずにそのまま追放‥‥‥‥って事もあるし‥‥‥‥うーん、難しいわね。やっぱりここは、暗くなるまで隠れていた方が────」
「聞きなさい!」

 ゴツン!!
 鈍い打撃音。そして頭から足先まで突き抜けていく痛みによって、空の意識は三センチほど吹っ飛んだ。そしてテントの下側を捲るために態勢を低くしていた空の頭部は、地面にぶつかり、その衝撃で吹っ飛んだ意識を呼び戻される。

「イタタタタ‥‥何するのよぅ────」

空は自分を殴った張本人、祈祷師の姉を見上げる。
祈祷師の姉は空が持ってきた衣装箱(マルクトから持ってきた大量の衣装を納めてあった。ちなみにインディオ村に馴染むように木箱である)を持ち上げ、微かに殺気を放ちながら第二撃目を繰り出そうと構えている。その衣装箱の端の方に血が付いているのは、空を殴ったためだろう。幸いにも一撃目は手加減してくれていたのか、傷は浅く、既に再生が始まっている。
 しかし二撃目には手加減しない‥‥そう、祈祷師の姉の空気が言っていた。

「お姉様? 人の話を聞いてました?」
「ごめんなさい。取引に使うつもりでした。写真はこれまであなた様に着ていただいた衣装のコスプレ集の一部を使うつもりでした。ごめんなさい。すいません。許して下さい」

 空は地面に頭をこすりつける。紛う事なき土下座である。
 ついこの前、“見えそうで見えないでもよく見ると少し見えているヌード写真”を取引に使用したこともあり、この手の話題には祈祷師姉妹は敏感だ。特に姉の方は、空への依存が妹よりも強いこともあり、裏切られたという感情が湧き出てきてしまうらしい。この時の怒りは通常の三倍の制裁を持って行われる。いくら高い自己再生能力を持っている空とは言えど、恋人(?)からの直接打撃攻撃は非常に堪える。肉体よりも精神的に。
 懸命に謝罪してくる空に攻撃衝動が抑えられたのか、祈祷師の姉は肩で息をしながら、木箱を地面に置いた。

「はぁ‥‥まだそんなことをしてたんですね」
「やっぱりこういう取引は有効な手段でありまして。まして男相手だと、相手に知られたくないという思いもあって口封じもかねられるし‥‥‥‥すいません。反省してますから木箱を置いて下さい」

 再び木箱を手に取った祈祷師の姉を宥め、空は内心で溜息を吐いていた。
 この手の取引ならば、確実に成立させる自信があった。
 空はこの村に出入りするようになってから、人払いのために度々取引をしてきた。その為、誰がどういった材料でこちら側に転ぶのか、それを熟知していたのだ。
 そのため、この村に限るが交渉ごとには絶対に自信がある。妹のテントの前を固めている男達は、皆一度は取引をしたことがある者達だ。交渉次第で、テントの中に入り込むことも出来るだろう。
 もっとも、祈祷師の姉に知られた以上、その手も使うことは出来ないのだが‥‥

「‥‥‥‥あら?」

 祈祷師の姉を見上げた空は、持ち上げられようとしている木箱に目を留め、ガバッと身を起こして手を伸ばした。祈祷師の姉の手に割り込み、木箱を掴み上げる。

「ど、どうしたんですか?」

 突然の空の行動に驚いた祈祷師の姉が一歩退き、問いかけた。しかしその声を聞いているのかいないのか、空は箱を持ち上げて様々な角度から観察し、最後に小さく頷いた。

「案外、いけるかも知れないわね」
「え?」

 空が漏らした言葉に、祈祷師の姉は言いようのない不安感を感じたのだった‥‥‥‥







 所変わって、祈祷師の妹のテントの前。そこには、数人の男達が立っていた。
 皆が皆、暇そうに雑談している。元々、このトラブルは女性間の間で起こったことであり、それに付き合わされている男達の士気はそれほど高くない。むしろ「妹さんの葉っぱスタイルを見損ねた」などと残念そうに話し合っている辺り、テントを見張るための注意力ですら散漫であった。

「はぁ‥‥退屈だな。今日は仕事も多いってのに、どうしてこんな所に立たされなけりゃならんのだ」
「まったくだ。午後からは他の村に果物を届けに行かなけりゃならないってのに、まだ荷造りもしてないぜ?」
「姐さんに手伝って貰うつもりだったからな。その当の本人が鬼ごっこ中じゃ‥‥今日は姐さん抜きか」
「冗談じゃない。この問題さえ解決すれば、俺達は重い荷物を運ばなくても良いんだぜ? 姐さんの怪力は恐ろしいものがあるからな」

 それぞれ、今日の荷物運びの仕事のことで言い合っている。
 空は今日、ファッションショーを終えた後は村の仕事を手伝うはずだった。しかし現在の状況を見るに、それは難しい。空なしでも密林を越えられないわけではないが、労力や人材を多く使うことになる。いくら働き盛りの若者達と言えど、出来ることならば勘弁願いたいことであった。

「おーい! お前達、ちょっと良いか? 荷物の荷造りを手伝ってくれんか。数が多いのでな」

 見張りをしている者達に、初老の男が話し掛けてくる。
 男達はそれぞれ目を合わせると、小さく頷いた。

「良いぜ。でも、俺達はこの場所を見張らないといけねぇ。全員はダメだが、それでも良いか?」
「構わんよ。と言うより、だたの見張りに人数を使いすぎだ。一人いれば十分だろう」

 男達は相談し、一人だけ残して立ち去った。この村では子供でも、ある程度の仕事をこなす。その為、都会と違って働きたくないなどと思う者は滅多にいない。その村の中で生きていく限り、仕事を多くこなせる者の方が、重宝されるからだ。
 狭い世界の中では、それは大きな事である。取り残された者は小さく舌打ちし、暇そうに佇んだ。話し相手すらいなくなってしまったのでは、本当にすることがなくなってしまう。
 せめて空を捜し回れたら良かったのだが、このテントの前から動かないよう、村の女性達に命令されてしまっている。
 インディオの村では、基本的に女性の方が強い立場にある。男は退屈だったが、指示に従って従順に役目を果たしていた。無駄に逆らって叩かれるよりは、大人しくしたがっている方を選んだのだ。

「暇だな‥‥ん?」

 ふと、そんな見張りの目に、何か得体の知れない物が飛び込んでくる。
 ‥‥いや、得体の知れない物、などではない。
 それは、木箱だった。屈めば人でも二人は入り込めそうなほどの大きな木箱。それが逆さまになって(蓋の方をしたにして)地面に横たわり、ジッと停止している。

「‥‥‥‥」

 男は硬直していた。
 つい先程、少なくとも仲間達と語らっていた時には存在しなかった物だ。それは間違いない。でなければ誰かが見咎めていたはずだ。何しろ、木箱が置かれているのは村の中心近く、ちょうど現祈祷師のテントある辺りである。まず見逃すはずがない。
 目を離した好きにこの木箱が置かれたとすれば、恐らくは皆が出払った時だ。明後日の方向から声を掛けられた自分達は、木箱が現れた辺りからは目を離していた。

「どうしたの? 何かあった?」
「あ、いえ、何もありませんよ」

 外の様子が気になったのか、テントの中から祈祷師の妹が声を掛けてきた。思わず振り返って返答する。祈祷師の妹は見張りをしている男よりもずっと年下だったのだが、次期祈祷師という立場は男よりもずっと上の位である。突然声を掛けられたことで驚いた男は、返答してから一息つき、再び村の広場に目を向けた。

「うおっ!」

 そして、視線を戻してから更に大きな動揺に襲われた。
 振り返った直後、足下に違和感を感じて視線を下げる。そこには、つい先程まで村の中心部当たりにあった木箱が存在した。
 ‥‥男の体に緊張が走る。もはや、この木箱がただの木箱でないことは確かである。明らかに何かの仕掛けか、何者かが潜んでいる。そして誰かが入り込んでいるのだとすると、心当たりは一人しか思い浮かばない。
 男は周りを見渡し、捜索している者達を目で探した。しかし、見渡す限り、誰もいない。捜索をしていた村人達は手近な森の中にまで捜索範囲を広げたのか、目に付く範囲にはいなかった。

「‥‥仕方ない」

 男は緊張で呼吸を荒くしながらも、慎重な手付きで木箱の縁に手を掛けた。
 誰もいない以上、誰かが来るまでは木箱を監視し続けるべきだとは思ったのだが、下手をすると中にいる者が焦り、実力行使に出る可能性が出てくる。そうなった場合、男には勝ち目がない。この“謎の木箱”の戦闘力は、男のそれを完全に凌駕している。
 だから出来るだけ、穏便に済ませたい。木箱の縁に手を掛けながら、口を開く。

「あの、姐さん? ちょっと話が────────」

 ガシッ! 木箱が小さく跳ね上がり、男の言葉が終わるよりも早く手が掴まれる。男の口から「ひっ!?」と小さな悲鳴が出たが、それも一瞬。男は掴んできた手の力に抗えず、一秒と掛けずに木箱の中に引きずり込まれた。
 ズビシッ!!
‥‥ズッ‥‥ズッ‥‥ズッ‥‥‥
 木箱の中から鋭い打撃音が響く。そして木箱は、何事もなかったかのように、その活動を再開した。




「な、何?」

 テントの中で拗ねていた祈祷師の妹は、外から響いてきた打撃音に肩を奮わせ、出入口に歩み寄っていた。
 既に勢いで着てしまった水着は着替え、いつも通りの服装に戻っている。先程の水着は部屋の隅の棚の上に放置していた。他の女性達は捨ててしまえと言っていたが、空の本音同様、祈祷師の妹も夜になら使えるかも‥‥と、思い留まって取っておいたのだ。
 祈祷師の妹が、出入口を塞いでいるカーテンに手を掛ける。それと同時に、ズッ、ズッ、とまるで何かを引きずるような音が外から聞こえてきた。

「な、何? 誰かいるんですか?」

 見えない向こう側に、ナニカがいる。
 祈祷師の妹はいい知れない恐怖を感じ、後退った。外からの返事はない。つい先程はあった見張りの男からの返答も、何一つとして返ってこない。
 ‥‥‥‥代わりに、聞こえてくるのはナニカを引きずるような乾いた音‥‥‥‥

「‥‥‥‥!」

 コツンと、足先に何かがぶつかる感触で祈祷師の妹は飛び退いた。
 固い感触。カーテンを今にも開けようとしていた祈祷師の妹の死角である足先を突いたそれは、カーテンを押し開けてくる木箱の感触だった。ズッ、ズッ、と木の枠を地面に擦らせ、テントの中に侵入してくる。
 祈祷師の妹は、数歩、侵入してくる木箱から距離を取り────
 勢いを付けて蹴り上げた。
 ガツン! 軽い木材で出来ていたのか、それとも祈祷師の妹の脚力がすごいのか‥‥‥‥木箱は綺麗に持ち上がり、サイコロのように反転して中に隠れている者達をさらけ出した。

「あら、もうバレちゃった?」
「これで気付かれないとでも思っていましたか?」

 不敵な笑みを浮かべながら抱えていた見張りの男(気絶中)を放り出した空に、祈祷師の妹は呆れきった表情で答えていた。放り出された男は小さく呻き声を上げ、薄く目を‥‥‥‥開けようとした所に、空の追撃のボディーブローが炸裂して昏倒した。

「‥‥容赦ないですね」
「本当はもっと穏便な手を使いたかったんだけど、ちょっとそれは禁止されちゃって」

 ポリポリと頬を掻きながら、空は再び気絶した男をテントの奥に隠し、コホンと一息置いた。

「えっと、妹ちゃん? ちょっと話があるんだけど‥‥」
「分かってます。私が怒っていないことをみんなにアピールして、出入り禁止処置を受けないようにしたいんですよね」

 空が言わんとしていたことを、祈祷師の妹はピタリと当ててくる。
 祈祷師の妹は、姉と違って裏側の交渉役としての才能に秀でている。この手の騒ぎの鎮圧どころか、空を快く思っていない、掟に五月蠅い老人方との対決すら交渉で乗り切ってしまうだろう。
 若さ故に少々詰めが甘いことと攻められることに慣れていないのだが、村の中ではほぼ最強に近い位置にいる。
 空は、祈祷師の妹が既にこれからのことの対策を考えてくれている事に期待し、安堵に胸を撫で下ろした。
 ‥‥‥‥しかし、現実はそこまで甘くはない。
 祈祷師の妹は腕を組みながら身を起こしに掛かる空を見下ろし、目を鋭く細めていた。

「で、何か言うことはありませんか?」
「‥‥え?」
「惚けないで下さい。今回ばかりは、私もタダで許したりはしませんよ」

 表情は笑顔。しかし足は苛立たしげにタンタンとリズムを刻み、組んでいる腕には余分な力が入っている。
 ‥‥怒っていた。
 冷静に見えても怒っていた。
 前回と連続して衣装ネタではめられたのが余程嫌だったのか、それとも空の解説に釣られて急ぎ、うっかり自分でミスをしてしまったことを誤魔化したいのか‥‥‥何にせよ、これまでにない程に怒っている。空にしてみれば、今回の葉っぱ水着着用事件はあくまで事故なのだが、これまでに祈祷師姉妹にしてきた悪戯を思えば、信じて貰うのは難しい。
 これが姉の方ならば、甘える事で機嫌を直したりもするのだが、祈祷師の妹への対処方法はまだ模索している段階である。よって、妹対策のご機嫌取りの方法を、まだ空は習得していなかった。
 ‥‥だが空とて、この展開を予想していなかったわけではない。むしろ高確率であり得ると踏んでいた空は、ひっくり返った木箱の中から、一つ、丁寧に包まれている箱を取りだした。

「これ、受け取って貰えないかしら」
「何ですかこれは?」

 箱を受け取り、空と箱を交互に見てから包装を解きに掛かる祈祷師の妹。空のニヤニヤついている笑顔を見て、問い質した所でプレゼントの内容を話すようなことはしないだろうと理解したのだ。
 真白い包装を解き、中から出てきた箱の蓋を開ける。箱も包装と同様に真っ白で、そして蓋を開けても、そこにも真白い色合いが光っている。

「また衣装‥‥」

 祈祷師の妹は心底呆れ、空の表情を盗み見た。
 つい先程‥‥‥‥数日前も、衣装関係で騒動が起こったばかりである。
 だと言うのに、空が贈ってきたご機嫌取りの品物も衣装である。これでは疑ってくれと言わんばかりの行動だ。
 中に入っていた服を手に取り、怪しい所はないかどうかを調べる。サラサラとした触り心地の良い布は、まるで羽毛のように軽い。そして白い色合いの中には、目立たず、しかし不思議と存在感を失わないきめ細かな装飾が施され、ドレスと一緒に仕舞われていた透明感のある白いヴェールは、幼さの残る祈祷師の妹の目を惹き付けた。

「あの‥‥‥‥これって、もしかして」
「聞いたことはあると思うけど、それが“ウェンディングドレス”‥‥って言うのよ♪」

 箱から取り出された新品のウェンディングドレスを見つめ、祈祷師の妹はキラキラと目を輝かせていた。
 婚礼を先祖代々伝わる儀式で済ますインディオ達にとって、ウェンディングドレスは縁のない物だった。それに、この村は食料品や布を外と取引することはあっても、こういった物が入ってくることはない。知識にしても、外客からそれとなく雑談の中で教えて貰っただけで、実際に見たのはこれが初めてである。
 ‥‥祈祷師の妹は手にしたドレスを広げ、目をパチクリと瞬かせて空に視線を向けた。

「これを、私に着せようとしていたんですか?」
「ええ。やっぱり女の子向けの中で、一番の注目を集めそうなのはそれぐらいだったし、それに‥‥‥‥」
「それに?」
「妹ちゃんにも、それを着て貰いたかったしね♪」
「っ!」

 顔を僅かに赤らめ、照れながらもハッキリと言ってのける空に、祈祷師の妹はドレスを手に抱いたままで空の胸に飛び込んだ。

「お姉様‥‥私のことをそこまで‥‥」
「え? あの‥‥」

 予想を超えた反応に、空のからだが硬直する。普段ならば、少女が懐に飛び込んで来ようものならば素早く抱きかかえそのまま押し倒し体中をまさぐり服を脱がしにかかるのだが、今の状況はまずい。顔を真っ赤に染めて目を潤ませた祈祷師の妹は、異様な色っぽさを持っている。
それが、何か、非常にまずい事態に陥っていると警告してくる。

「私‥‥‥‥お姉様と一緒になれるのなら、例えこの村を出てでも────」
「ちょっと待ちなさい!! なに勝手なことを言ってるのよ!!」

 空の胸の中で熱っぽく語り始める妹の言葉を遮り、一人の声が響き渡った。
 力任せに開かれたカーテンは裂け、ビリビリと断末魔の声を上げて姿を消した。
そのカーテンを握りしめ、外で空が妹を説得するのを待っていた筈の空は立っていた。外からの陽射しを後光のように浴び、全身から空をも退かせるほどの気迫を漲らせている。実際に空は、祈祷師の妹に迫られている事すら一瞬忘れ、「ひっ‥‥」と微かに声を上げて後退した。
 ‥‥しかし、それに祈祷師姉妹は気付かない。
 姉が踏み込んできた直後、まるで空を守るように前に出た妹が、空を押し退けるように動いていたからである。

「あら、なんですか? 姉さん」

 空の盾になるように立ちはだかる妹。
 それと対峙する姉は、握りしめたカーテンを鞭のように一振りして威嚇しながら声を荒げた。

「“何ですか?”じゃないでしょ! あなた、何を言ってるのよ。まるで、お姉様があなたに結婚を申し込んでるみたいに受け取って‥‥‥‥それはウェンディングドレスだけど、あくまで今日のショーのために持ってきただけの衣装よ! ただの見せ物! あなたはそれを着てみんなに見せびらかす役目を与えられただけなのよ! 分かった? あなたはそれで着飾っても、精々お姉様に“可愛いわね”と言って貰ってそれでおしまい。そこから先はあり得ないわ!」

 一息に言って、肩で息をする姉。あまりに力強い声に、空は自分に言われたわけでもないのにタジタジになってしまっている。祈祷師の姉の声は、村中に聞こえんばかりに響き渡った。間近で聞けば、誰でも空のように怯えるぐらいはするだろう。
 しかし、妹は手にしたウェンディングドレスから何かしらの力を得ているのか、異様な気迫を持って姉の言葉を聞き流し、不適な笑顔を浮かべている。

「ふふっ。姉さんったら、お姉様に選ばれたのが自分じゃないから嫉妬してるんですね」
「なっ? 何ですって!?」
「そうですよね‥‥気持ちは分かります。お姉様に会ったのは、私の方がずっと遅いですから‥‥‥‥でも、これが現実です。お姉様には、私の方が相応しいんです」
「そんな服ぐらいで‥‥お姉様!!」
「は、はい!?」

 妹を挟んで怒声を向ける姉の声に、空はビシッと背筋を伸ばして返事をした。
 空に向けられる姉の視線は、非常に痛いものだった。殺気に近い怒気、怒気に近い嫉妬の念。
 つい先日のドレス事件の時に、祈祷師の姉の信頼を回復したはずだったのだが、それも完全に帳消しになっている。それほどまでにこのウェンディングドレスが羨ましかったのか。恐るべきウェンディングドレス。年端もいかない少女への贈り物としてならば冗談で済むかと思っていたのだが、どこからどう見ても洒落にならない事態に発展している。

「お姉様、私にもありますよね? こんな子供サイズの玩具じゃなくて、本物の、私のためのドレスが」

 空を射抜こうとするかのように、凄まじい念を込めて空を睨み付ける祈祷師の姉。
 ここで空が「ないの。ごめーんね♪」などと答えれば、その場で呪殺されかねないほどのプレッシャーを感じさせる。このようなプレッシャーをセフィロトで与えられれば、普通は全力で逃げる。脇目も振らず宝も放り出して全力疾走、例え無駄だと分かっていても、恐怖に突き動かされて逃走する。
 だが、空にはそれが出来ない。
 祈祷師姉妹の姉も、妹も、決着が付くまでは絶対に逃がさない‥‥とばかりに間合いを詰めてきている。ジリジリと、ゆっくりとだが確実に‥‥‥‥
 その迫力に押され、空は変身して突っ切ろうという考えすら思い浮かばず、ただ姉と妹の顔を交互に見ながらパニック寸前の頭を動かそうと必死になっていた。

(まずい、まずいわ。何でこんな事になっているのかは分からないけど、このままだと二人の内どちらかを失いは目になりかねない‥‥)

 しかしこの時、空には、まだ起死回生の手段が残されていた。
 妹へのプレセントを取り出した木箱に目を向ける。
 既に中身など残されていないと思われていた木箱だったが、また一つ、妹に渡した箱と同じものが一つ、残されていた。そしてその中身は‥‥‥‥

「お姉様? さぁ、もったいぶらずに、早く‥‥」
「ふふっ。お姉様。姉さんなんて放っておいて、もう私達だけで‥‥‥‥」
(もう‥‥ダメ!)

 迫り来る祈祷師姉妹の気迫に負け、空はパンッ! と両手を合わせ、声を上げた。

「実は‥‥これ!」
「え?」
「!?」

 空は二人の間を擦り抜け、テントの脇に転がっていた木箱に走った。そして素早くその中から、祈祷師の妹に渡した箱よりも一回り大きな物を取り出し、まるで献上品を納めるかのように姉の方へと差し出した。
 それまで空に迫っていた祈祷師の姉は、空から箱を受け取りながらもポカンと呆けたように硬直し、箱と空を見比べている。妹はウェンディングドレスを握りしめ、ガックリと肩を落としていた。

「二人ともに用意しておいたのよ。本当はあのショーも、二人で並んで欲しかったんだけど‥‥‥‥一人は見張りに立たされちゃったでしょ? だから、先に妹さんだけでも渡しておいて、あなたには今夜にでも‥‥って‥‥」
「お姉様‥‥‥‥」

 祈祷師の姉が、目を潤ませて箱の中に収まっていたドレスを広げる。
 デザインは、何から何まで妹の物と同じだ。最も、妹の方が子供用にサイズ変更がされており、よくよく見比べると姉の方がより不自然な部分がなく、統一された綺麗な物になっている。
 姉は取り出したドレスを見て感嘆の声を上げながら、目を潤ませて空に抱きついてきた。

「やっぱりお姉様は、私のお姉様でいてくれるのね!?」
「も、もちろんよ。でも、やっぱり妹ちゃんにも‥‥‥‥」
「何でですか? あんな幼女、別にどうだって良いじゃないですか」
「何言ってるんですか姉さん! わ、私にだってドレスをくれたんですから、これまで通りです!」

 姉の発言に、硬直していた妹は我に返って二人の間に割って入った。
 二人を引き剥がし、息を荒げて姉を睨み付ける。しかしそれと真っ向から睨み合う姉は、余裕の笑みを浮かべていた。

「あら。この前みたいに、気を利かせてくれても良いんじゃない?」
「今回は私が主役です。事の発端を忘れたんですか?」
「あ」

 忘れていた。空は、祈祷師の妹の言葉を聞いてようやく思い出した。
 このテントには、祈祷師の妹の機嫌を取るために来たのだ。そこからプレゼントを渡したことで誤解を招き、姉が突入してきてケンカになり、姉にもプレゼントを渡して‥‥‥‥現在になる。
 それほど行程を積んでいないはずなのだが、強烈なオーラを放つ二人に挟まれた影響か、混乱状態に陥って完全に本来の目的を忘れていた。この場では妹の方を立てなければ、空は村から出入り禁止を受ける可能性が高い。
 妹の方の発言で、姉がその事を思い出してくれれば、或いは大人として身を退いてくれると期待することも‥‥‥‥

「知らないわよ! あなたこそ一回や二回ちょっと脱がされたぐらいで文句言わないの!」
「ちょっ! そんなことを大声で────」
「姉さんは慣れるぐらいに脱がされてるからそんなことが言えるんです!」
「そんなに脱がして‥‥・るけど! とりあえず落ち着いて────」
「あなただって、お姉様と一緒に“遊んだ”でしょう!」
「落ち着い────」
「お姉様ほどおかしいことはしていません! 何ですか? 一歩間違えば人に見つかりそうな場所で始めたりして、恥ずかしくないんですか!!」

 段々と白熱していく姉妹喧嘩の中に、空の制止の声は完全に埋もれていった。
 ここで大声の一つでも上げられれば気も楽なのだが、追われている身だと言うことを考えればそうもいかない。それに、こういう時に声を上げて二人を制止すれば、たいていの場合は矛先が主人公に向くのである。往々にして。
 しかしだからと言って、いつまでもこのままというわけにも行かないだろう。
 いずれは外から戻った者達が、姉妹喧嘩を聞きつけて止めにやってくるはずだ。
 空は外の様子を窺おうと、ソッと出入口の方に視線を向けた。
 ‥‥‥‥大丈夫だ。今は、まだ誰もいない。
 よっぽど遠くまで出て行っているのか、不思議と出入口から見える光景には、人っ子一人見当たらない。多少の違和感は感じたが、空はその違和感の追求よりも、目前で繰り広げられる当面の問題の方を優先した。
 どうやら二人は、空が現実逃避がてらに外を見ている間に、一応の休憩に入っているらしい。
 それぞれ肩で息をしながらも、互いに睨み合って譲らない。しかし白熱しているにもかかわらず、二人が手に抱いているドレスは不思議と皺が寄っておらず、それだけでどれだけ大事に扱っているのかを周囲に知らしめている。

「はぁ、はぁ‥‥言い合っていても決着が付かないわね」
「そうですね‥‥ここまで言い合っても譲って貰えないのでしたら、仕方ありません。お姉様に決めて頂くしかありませんね」
「あれ?」

 いつの間にそう決まっていたのか‥‥‥‥空が現実逃避をしている間に、何やら自体は動いていたらしい。

「お姉様。どっちですか?」
「な、なにが!?」
「どっちが似合うか‥‥です。どっちの方が、このドレスが似合いますか?」
「お姉様なら、分かるでしょ!」

 二人が空に詰め寄ってくる。
 空は後退り、二人を見比べながら、心中で“無理だ”と確信した。
 この二人からどちらかを選ぶなど、不可能である。どちらを選んだとしても、恐らくはろくな結果にはならないだろう。最悪、二人共に嫌われ、それっきりと言うこともあり得る。
 空の困り果てた表情を察したのか、妹は小馬鹿にしたような口調を姉に向けた。

「何を言っているんですか。いくらお姉様だって、着てもいないのに選べるわけないじゃないですか」
「むっ‥‥」
「ここは一つ、着てみてからお姉様に選んで貰うというのはどうですか?」

 妹が問いかける。姉に向けて問いかける。そこに空の意見など聞く気はまったく感じられない。
 空も、選択が自分に託された事に困り果てはしたが、しかしあえてそこに突っ込みはしなかった。
 こういう場合、大抵選択を任された者には選択権はない。往々にして。
 空は大きく溜息を吐いた後、ようやく口を開いた。

「分かったわ。じゃあ、それで行きましょう」
「え?」
「へ?」
「だから、二人とも着替えて頂戴。私がそれで判断するわ。選ばれなかった方は、今日の所は退いて頂戴。恨みっこなし。それで良い?」
「え‥‥あ、はい」
「問題ないです」
「そ。じゃあ、カーテン付けて‥‥こいつも連れて、外に行っておくから」

 空はそう言うと、足元に落ちていた引き千切られたカーテンとテント脇に放置していた気絶した見張りを引きずり、テントの外に出た。不思議と懐かしく感じる陽射しに目を細め、見張りを放り出してテントのカーテンを取り付けにかかる。
 空はカーテンの両端を結びつけると、大きく伸びをしながらその場に蹲った(うずくまった)。

(参った‥‥‥‥どうしよう)

 頭を抱えて考え込む。
 二人に板挟みにされる状況から抜け出したい一心で「選択する」と言ってしまったが、この場合どちらを選べばいいのか‥‥‥‥非常に難しい問題である。
 恨みっこなしと言っても、ウェンディングドレスまで贈っておいて選ばれなかったとなると、今後は“遊び”に誘いにくくなる。いや、この時点で選ばなかった方は、それこそ“フられた“と認識されても仕方がない。まして、“弄ばれた”等と言われたとしても‥‥‥‥文句は言えないだろう。
 しかし選ぶと言った以上、このまま逃げ出すことも許されない。
 空は、これからの選択に頭を痛め、周囲への警戒を怠っていた‥‥
 空がそれに気付いたのは、蹲って見つめていた地面が、ふと影に覆われた時だった。

「あら?」
「ようやく見つけたと思ったら‥‥‥‥よりにもよって祈祷師様のテントの前にいるとは‥‥‥‥」

 顔を上げると、そこには村人達がいた。
 男女を問わず、大勢の人間が立っている。どういう訳か村中の人間が空のことを探していたらしい。

「皆さんお揃いで‥‥‥‥どうしたのかしら」
「あんたと一緒に祈祷師様(姉)も居なくなったんでな。もしや駆け落ちでもしたのではないかと探し回っていたんだよ」

 村人達はズイッと間合いを縮め、空を睨み付けた。空は立ち上がりながら後退り、足元に転がっていた見張りにつまずいてしまう。
 気絶した男を見た村人達は、より一層目を鋭く尖らせた。

「こいつまで転がして‥‥あんた、まさかこのテントに入ったんじゃ‥‥」
「いえ、それは‥‥」
「入っただろ? カーテン‥‥何で取れてるんだ?」

 空が慌てて振り返ると、出入口の役目を果たしているカーテンの結び目を指差している村人が居た。
 細かい所まで見られなければ大丈夫かと思っていたが、ばっちりと気付かれてしまっている。

「もしかして‥‥‥‥お前」

 この時‥‥村人達の脳内で、この状況から推測されるシーンが展開された。
 見張りが倒される。空が中に踏み込む。中には妹を慰めていた姉。空が姉妹に襲いかかる。姉妹の必死の抵抗によりカーテンが取れる。ご馳走様でした。空、逃走前にカーテンだけ修復して、気絶した村人の様子を見るために屈み込む。発見。
 村人達(特に男性陣)の顔色が一変する。

「貴様ぁ! なんて羨ましいことを!!」
「どんな想像したのよ‥‥」

 悔しそうに吠え立てる村人に、空は軽蔑の視線を向けた。が、同じような想像をした者達が何人もいるらしく、口々に声を上げる。

「うるさい! ええい、こいつを捕まえておけ! 俺は祈祷師様を介抱しに‥‥」
「いや俺こそが!」
「俺も!!」
「男は引っ込んでいなさい!! こら、下がれ!」

 あちこちから放たれる怒声。その声は、まるで波のように少しずつ広がり、やがて臨界点を超えた。

「あ、こら! 中に入っちゃダメよ!」

 村人の一人がテントのカーテンに手を掛ける。その手を空が掴んで制止するが、その反応が村人達の想像を確信に変え、より強い力を引き出させる。
しかしそれを止める空と手ただの人間ではない。ばれないようにドサクサに紛れて部分的に変身し、より強い力で引き留める。‥‥が、それとて数の暴力には敵わない。空の力によってせき止められていた村人の奔流は、積み木が倒れ込むようにしてテントの出入口に集中した。

「きゃっ!」
「わっ!」

 ドドドド‥‥‥‥
 テントのカーテンが、こんどこそ勢いに任せて引き千切られた。空が力尽きたことによって抑えられていた村人達が、勢い余って転倒し、折り重なるようにしてテントの中になだれ込んだ。

「え‥‥‥‥?」
「何‥‥‥‥!?」

 テントの中でドレスに着替えていた祈祷師姉妹は、突然なだれ込んできた村人達に驚愕の声を上げる。
 二人して、テントの外の騒ぎに気付いていなかった。空が、これからどちらを選ぶのかを考える事で精一杯で、とても外の怒声などにまで気が回らなかったのだ。
 かくして、着替え中に踏み込んでしまった村人達は、祈祷師姉妹と目が合った。テントへの突入参加出来なかった者達は、出入口の影からソッと顔を覗かせ、硬直する。祈祷師姉妹も、村人達と目を合わせたまま、これから着ようとしていたドレスを手に停止しており、村人達に押し倒されるかのように埋もれている空には気付きもしない。
 ‥‥一秒。
 ‥‥‥‥‥二秒。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥三秒。
 時間が停止している。先程までの怒声の数々が、まるで風に流されたかのように霧散し、静寂に包まれている。
 誰一人として声を上げない。そうしてそのまま十秒ほど。静寂な時間が流れ、そして誰かがこう言った。




 “そして時は動き出す”




「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」」

 綺麗に重なる、少女二人の悲鳴。歓喜に満ちた男性陣の完成と、悲鳴を聞いて再起動した女性陣。
 この日、このインディオ村創設以来の男女対抗戦争巻き起こるのだが‥‥‥‥
 それは、空の関与する所ではない。











「ふぅ。何もかもが有耶無耶になったから、良しとしましょう」
「「良くありません!!」」

 大乱闘を背に、額の汗を拭う空の背中に二人の花嫁の跳び蹴りが放たれた。











☆☆参加PC☆☆

0233 白神 空



☆☆あとがき☆☆

 村人達が大暴走。ダメだ、コイツ等。早く、何とかしないと‥‥‥‥
 なんて事になった話を書いた、メビオス零です。
 この度の遅延遅延超遅延‥‥誠に申し訳ありません。アクスディアとサイコマスターズの運営停止に伴い、少々注文が捌ききれず、こんな事になってます。
 この回も、オチや話がなかなか思うように書けず、時間を掛けてしまいました。完成原稿第三号です。一号と二号にはお蔵入りして貰いました。これよりもリミッターを掛けてない状態ですから、内容は黒歴史状態でしたよ。危ない危ない。
 では、他の作品も書かなければならないので、今回は手短に失礼します。空さんのも、もう一つ入ってますね。速攻で仕上げます。頑張ります。少なくともこの話みたいには遅れません。たぶん。

 では、今回のご発注、誠にありがとう御座いました。
 次回の発注分‥‥・と言うより今の時点で入ってるのですが、そちらも頑張りつつ急いで書かせて頂きます。では、最後まで読んで頂いて、誠にありがとう御座いました(・_・)(._.)