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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【ショッピングセンター】もう新人じゃない

ライター:メビオス零

【オープニング】
 よし、お前さんがルーキーじゃないって所を見せる機会が来たぞ。
 目差すのはショッピングセンター。過去に大量の商品が詰め込まれた宝箱。だが、同時にタクトニム共の巣でもある。
 ショッピングセンターは巨大な建物だ。道に迷う事だって有る。
 生きて帰ってこれれば一人前だ。帰ってきたら、とっておきの一杯を御馳走してやる。





〜さよなら〜

【1:家】

 重いボストンバッグ担ぎ、壁に設置されている電気のスイッチに手を掛ける。
 パチンッ‥‥と小気味の良い手応えのある音が鳴り、背後の空間が闇に閉ざされた。

「‥‥‥‥」

 パチンッ‥‥と、もう一度スイッチを動かし、光を灯す。
 背後を振り返る。
 誰も居ない部屋。セーフハウス兼物置として使っていた部屋には、愛着のある服や置物、ビデオにCDなどが所狭しと、ゴチャゴチャになって置かれている。
 相方に散々「整理しろ!」と叱られたにも関わらず、結局一度も整理整頓を行わなかったことを、今では少しだけ後悔している。
こんな慌ただしくこの場所を去るのなら、せめて思い出の残っている物ぐらいは選別しておくべきだった。
ボストンバッグの中には、最低限の着替えと武器、そしてアルバムと旅費が入っている。
それだけが‥‥‥兵藤 レオナが、長年を過ごしたマルクトから持ち出せる全てだった。

「‥‥‥‥ここも見納めかな」

 制限時間内に整理しきれなかったコレクションの山を見つめ、レオナは小さな溜息を吐いていた。
 ‥‥‥‥ビジターズギルドから流されたマルクトからの退去命令は、あまりにも唐突で、誰一人としてまともに取り合おうなどとはしなかった。
 当然だろう。いくらセフィロト(の第一階層)を管理しているビジターズギルドとは言え、突然「荷物をまとめて出て行け」などという命令を出すはずがない。まして、その理由すらギルドは明らかにはしようとしなかった。
悪い冗談だ‥‥と、誰もがそう思った。レオナも、ギルドからの宣言が成されてから数日間、仲間達と共に普段通りに過ごしていて、マルクトからの撤収準備など、ろくにしようとしなかった。
 ‥‥‥‥その状況が変わったのが三日前、久しぶりにセフィロトのショッピングセンターで宝探しでもしようと仲間達と共にゲートに向かい、ゲートに群がる人だかりに遭遇した。
 最初は、ただ混雑しているだけだと思っていた。このゲートは、ちょっとしたお宝情報がビジター間に流れるとすぐにごった返してしまう。皆が皆探検家のようなものなのだから、お宝情報に目が眩んで我先にと探索に繰り出すのは当然だ。決しておかしいことではない。
 まして順番を争って喧嘩でも起こった日には、それこそ数十分から数時間は場が混乱することもある。
 さすがにそう言った日は希だったが、それでもないわけではない。レオナ達は、雑談をしながら列に並び、自分達の順番を待った。
 ‥‥だが、十分も経たないうちに違和感を覚え、すぐにそれに気が付いた。
 人が、帰っていく。
 セフィロトの中に入るために集っていたはずのビジター達が、次から次へと引き返していく。列に並んでいた者達も、一体何事かと身を乗り出し、ゲートの入り口で何が起こっているのかと探り出す。
 引き返していく者達に声を掛け、話を聞く。そこでようやく、事態の深刻さを知ることとなった。
 ‥‥‥‥この一週間セフィロトから、誰一人として戻ってこない‥‥‥‥
 その話を聞き、レオナは心中で「は?」としか思えなかった。
 何しろビジター達は、程度の差はあれ百戦錬磨のプロばかりである。いくら危険に満ちたセフィロト内であろうとも、そう簡単に死ぬようなことはあり得ない。まして一週間もの間、セフィロトに潜った者が一人残らず未帰還? 悪い冗談を通り越して怖気が走る。だからこそ、ゲートを潜れる者がいなくなったのだ。調査のためにと中に入った凄腕達までもが未帰還という事態を受け、ギルドがゲートを閉鎖したのである。
 ‥‥‥‥そうして、ようやくマルクトで燻っていた者達は事の深刻さに気が付いた。
 ギルドが出したマルクトからの強制撤収は、決して冗談ではない。あとたった数日で、自分達はこの町を出て行かなければならない。
 後はもう、まるで祭のような騒々しさだ。
 レオナ自身、その祭の中に参加した。マルクト中が騒々しく怒鳴り声と喧噪に包まれ、少しでも価値のある所持品をより多く外に持ち出すための車両や船舶が飛ぶように売れたり、略奪されたりしている。もちろん細々とした店舗の商品も動揺の有様で、自警団やギルドのメンバーも総出で鎮圧と誘導に奔走する羽目に陥った。鎮圧は祭に乗じて悪事を働く馬鹿者共を殴るため、誘導は少しでも騒ぎが小さい内に去ろうとする懸命な者達を逃がすために‥‥・だ。
 レオナはどちらにも付かず、自警団や友人‥‥仲間達と連絡を取り合いながら、落ち合う日取りだけを決めてそれぞれの出立準備に入った。
 この騒ぎの中、特定の人間と常に共に行動するのは難しい。それに皆が皆、それぞれでやらなければならない事で一杯だ。どちらにせよバラバラで行動するのならば、最初からそうしていた方が動きやすいだろう。
 レオナはコレクションの中から持っていく物を選抜し、価値のありそうな物は街にいる闇商人達に売り払い、路銀に変えた。
 ‥‥もっとも、そうして売り払えた物は、極一部である。
 現在の混乱時の中では、同じように裏側の商人達も大忙しである。時間を掛けてレオナのコレクションを吟味することも出来ず、慌ただしく売買を成立させて去っていってしまった。そもそも彼らとて、買い取った品物をどこぞへ運ぶための手段を探さなければならないのだ。目立つと横取りされる可能性も高いため、この混乱の中、誰にも気付かれないよう、秘密裏に動かなければならない。
 当然、かさばるような荷物は持っていくことは出来ない。
そうした理由で売り払われもせず、ただ残されるがままとなったドネルド・ドッグ人形やら怪獣ビデオやらは、部屋の中に置き去りとなったのだ。
 もちろん、手荷物に加えて持っていくことも出来たのだが、それにはそれで既に荷物が入っていてパンパンになっている。それに、下手に貴重な品物を持っていると、野盗達の的になる。外では仲間達と一緒に行動するとはいえ、面倒ごとの種にはなりたくなかった。

「まぁ、これまでは散々なってきたけどね」

 ポリポリと後頭部を掻き、頭に浮かんできた回想シーンを追い払った。
 ここで回想に浸っている時間はない。既に、マルクト住民の大移動は始まっているのだ。
 本来ならば混乱の起きないよう、数日間に分けて小分けに外に出て貰うのが理想だったのだが、そこは荒くれ共の集まりである。一般人にしても一癖も二癖もある住民達は、隙あらば表裏どちらにでも転がっているお宝を攫おうと牽制試合、積極的に出ていこうとする者は皆無に近かった。
このままでは撤収期日を延ばしても、状況が長引くだけだと判断したギルドは、自警団やマフィア達の力を借り、多少強引にでも住民をセフィロトの外に出すことに決定した。
‥‥‥‥よって、レオナがセーフハウスの片付けを行っている今現在の間にも、既に住民達が列を成してセフィロトの外に撤収している真っ最中である。
指定された時間以内に外に出なければ、門は閉ざされ、外に出ることも出来なくなる。
 いや‥‥‥‥ただ閉じこめられるだけならば、まだ問題はない。
 レオナが‥‥ギルドに追い立てられて移動しているビジター達が最も恐れているのは、ギルド達が最終手段を使うことである。
 そもそもセフィロト奥地に入り込んだ者達が尽く行方不明という時点で、とんでもない事態になっていることは分かる。そして、それを強引にでも解決するには‥‥‥‥

(まさかとは思うけど‥‥‥‥急いだ方が良いよね)

 腕時計を確認し、留まりすぎたと反省する。
 レオナは部屋の電気を消してから名残惜しそうにゆっくりと扉を閉め、最後にしっかりと鍵を掛けた。
 鍵はポケットの中に入れておく。
 もしかしたら‥‥‥‥また、この場所を訪れる事になるかも知れない。その時のために‥‥‥‥

「じゃ、行ってきます!」

 レオナは長年の間付き合い続けてきた家に小さく頭を下げ、急いでマンションから出て行った‥‥‥‥




【2:街】

 慌ただしく動いている街は、眺めているだけでも良い暇潰しになっていた。
 まるで抗議デモのように列を成すビジター達は、苛立たしげにギルドの者達を睨み付け、騒ぎを起こしている。
 最初の方こそ渋々ながらも従っていたビジター達だったが、列が長くなり騒ぎが起き、段々と列の進みが悪くなってくると苛立ち始め、更に騒ぎを大きくする。
 ギルドメンバーや自警団、何かしら交渉があったのだろう、マフィア達に至るまでがその鎮圧に右往左往し、時折銃声まで聞こえてくる。

「やれやれ。だから、もっと早く出て行くべきだったんだ」

 伊達 剣人は、そんな町の様子を雑居ビルの屋上から眺めながら、退屈そうに眺めていた。
 街の状況は、刻一刻と悪化している。
 列に加わって騒いでいる者達はまだ良い。しかし、遠くで住民の居なくなったビルや倉庫を家捜しして騒ぎを起こしている野盗もどきの者達の騒ぎは、段々と広がり、自警団員との戦闘まで起こっていた。
 ‥‥これでは無法地帯と何ら変わらない。
 そんな無法地帯のど真ん中で、MS、『流星』を抱えて待ちぼうけを喰らっているのもいい気はしない。MSは戦闘時には頼りにはなるのだが、こうして街中に置いておくとなるとある意味札束の山である。操縦出来なくとも、パーツをジャンク屋に売り払うだけで巨額の資金を調達出来る、ぼろい商売が存在する。
 まさか街中でそんなことは‥‥‥‥などと思いたいが、今の状況では楽観視は出来ない。
MSの巨体を列に並べるにはトラックに積み込まなければならないと言うこともあり、剣人は早々にMSを運送トラックに隠しておきたかった。しかし街中の住民が大移動しているのだ。車両の類はあっと言う間に無くなり、剣人はこうして、列の最後尾が来るまで待っている。
‥‥‥‥いや、本当は友人に頼んでトラックの心当たりを当たって貰い、それを使う手筈だったのだが、その相手が来ないのだ。一向に‥‥‥‥
街を眺めることで退屈はしていないものの、既に集合時間を一時間近くオーバーしている。
 MSの通信機を使って向こうの携帯端末に連絡を送ってみるが、この大移動の混乱の中では通信にジャミングでも掛けられているのか、それとも向こうが端末を紛失してしまったのか、或いはうっかり売ってしまったのか‥‥‥‥一向に通じない。
 それに加えてこの騒ぎだ。もしや何かしらのトラブルに巻き込まれたのか‥‥と考え出すと、今すぐにでも調査と救援に向かいたい所である。だが、そう思って動いた所に入れ違いに来るかも‥‥‥‥と言う可能性が、集合場所から動くことを躊躇わせる。
 結局の所、剣人に出来ることと言えば、集合場所からは動かずに動ける人材に連絡を入れるぐらいであった。

「‥‥ダメだな。やっぱり、みんな先に出ていってたか」

 剣人は溜息混じりに通信端末のスイッチを切り、物言わぬMSを見上げた。
 連絡を入れられる仲間には軒並み連絡を入れ、待ち合わせている者達の情報を集めてみた。しかしその肝心の仲間達が、既にマルクトの外に出ていたり列の中にいる者達である。‥‥いや、さらに付け加えるのならな、“元”仲間、だ。ヒカルはこの大移動を期に、チームの解散を宣言した。外の世界に出るのならば、チームとして動くよりも、個人として動いた方がそれぞれ動きやすいし気楽だろうという配慮である。
 そうなると、当然チームメイトですらなくなり、まだ列にも加わらず、マルクトの外にも出ていない者の情報など持ち得ない。
 剣人は、頭をグシャグシャと掻きながら、いつまででもドンドンパチパチと慌ただしく喧噪を撒き散らしている街を眺め、MSに腰掛けた。
 ‥‥‥‥思えば、この街とこんな別れ方をすることになるとは‥‥と、しみじみと思えてくる。
 マルクトに流れ着いてから、一体どれだけの時間が経ったのだろうか。
 明確な時間は覚えていない。ここに来た時の日付などどうでも良かったし、なによりこの街に来てからは毎日が怒濤のように忙しい日々だった。仲間に引っ張られ、厄介事に巻き込まれ、戦いに明け暮れ、或いはただ馬鹿騒ぎに引きずり込まれ‥‥‥‥
 そんな日々が、剣人の胸中を埋めている。

(ああ‥‥楽しかった、んだな)

 この街に来た当初は、姉の仇を取るための決意を固めていた。今でもその決意は変わらない。変えたつもりもない。
しかしこの街での日々は、不思議とその執念の籠もった決意を一時的にでも忘れさせ、失われたはずだった“平穏”という名の充実した日常を与えてくれた。

「さて‥‥もうそろそろか」

 剣人は黙祷するようにして閉じた目を開け、パンパンと自らの頬を叩いた。
 思い出に耽っている時間はない。待ち合わせに来るはずだった二人が来ないとなると、探しに行くか自分だけで外に出るかを、もうそろそろ決めなければならない。
 既にマルクトと外を繋ぐ出入口の完全閉鎖までの時間まで半日を切った。
 厄介事に巻き込まれているのだとしたら、もうそろそろリミットだ。小さな揉め事ならまだしも、大きな事件に巻き込まれているのならば、強引に連れ出したとしてももう動かなければ間に合わなくなるかも知れない。
 剣人は再度通信機に手を伸ばし、こうなったら情報屋でも呼び出すかと端末を弄り回し────

「おーい! 良かった! 剣人!」

 遠くから、剣人を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえ、剣人は端末を弄る手を止めて周囲を見渡した。
 ちょうどMSの背後のビルから、その声は聞こえていた。ちょうど裏通りを挟んで隣のビルである。二メートル程はあるビルの合間を苦もなく飛び越え、声の主は剣人にまで駆け寄ってきた。

「遅いぞレオナ。一時間の遅刻だ」

 剣人は駆け寄ってきた人間が待ち合わせをしている一人、レオナであると見て取り、呆れたように窘めた。
 対するレオナは、肩で息をしながら汗だくになりつつ、必死に声を張り上げてくる。

「ああ、ごめんごめん。でも色々あって‥‥‥そうだ! 遅刻どころじゃないんだよ! どうしよう! 早く行かないと‥‥! 他のみんなは? 剣人だけ? ああもう! 時間がないって言うのに‥‥!!」
「ちょっと、ちょっと待てレオナ。落ち着け。落ち着いて話してくれ。何があったんだ」

 剣人はいつになく取り乱しているレオナに驚きながら、その肩を掴んで落ち着かせようとする。しかし動揺しているレオナは、まるで剣人の言葉など聞こえないかのようにオロオロと取り乱したままで落ち着こうとはしなかった。
 そのレオナの反応に、剣人はどう対応して良いものか考えあぐねていた。。
 これまで剣人は、レオナがここまで取り乱している場面に出会したことがなかった。
 どれほど困難な状況でも、仲間の手を引き敵に突っ込んでいくのがレオナのスタイルだ。それがしばしば仲間の足を引っ張ることもあったが、前向きなレオナの雰囲気は、それを帳消しにして余りあるものだった。
 そのレオナが取り乱している。
 それだけで、剣人は言いようのない不安を覚えていた。

「ヒカルが‥‥ヒカルが‥‥!!!」
「ヒカル? ヒカルがどうしたんだ?」

 剣人はレオナと共にここに来るはずであるもう一人の仲間を思い浮かべ、内心で湧き上がっていた不安感が多少なりとも薄れていくのを感じていた。
 レオナと対照的に、もう一人の仲間であるヒカルは冷静沈着なビジターだ。状況を正確に把握し、臨機応変に攻めることも退くことを覚えている。ヒカルならば今現在の切迫した状況でも、それ程深刻な問題にはならないだろう。
 そう思った。ヒカルと共に戦ってきた経験が、剣人にそう思わせた。
 ‥‥‥‥だが、それもほんの数秒で砕け散ることになる。

「ヒカルが‥‥‥‥セフィロトの奥に入ったって!」
「‥‥は!?」

 ガツンと、剣人は後頭部を殴られたかのような衝撃を受けていた‥‥‥‥‥‥




【3:幻】

「ここも‥‥‥‥ダメか」

 廃墟の壁に背を預け、ヒカル・スローターは、目の前で瓦礫に埋まり、閉ざされている小さなゲートを虚ろな目で睨め付けた。
 弱々しく壁に設置されていた端末を弄っていた手は、ダラリと垂れ下がって地面に突く。地面が唐突に近くなり、顔面に猛烈な痛みが走り、口内に血の味が滲んでいく。
 ‥‥自分が地面に倒れたのだと気付いたのは、十秒近い時間を掛けて目を開けてからだった。
 朦朧とした頭を揺り動かす。出血多量で失血死寸前の体では、脳にまで活力を与えることが出来ないのか、緊急用に記憶しておいた次の出口の位置を思い出そうとしても、まるで靄が掛かったように思い浮かんでこない。
 ヒカルは地面に倒れ込んだまま。ゴロリと寝返りを打って空を‥‥天井を見上げた。廃墟であるセフィロトの奥地は、マルクトのように昼夜を現す照明が所々で壊れている。チカチカと明るかったり暗かったりと明滅を繰り返している空は、この塔が僅かずつにでも確実に、崩壊に向かっていることを物語っている。
 ‥‥ヒカルは脇腹に感じていた熱が引いていくのを感じ、そろそろ自分の限界が訪れようとしていることを悟っていた。

(ああ、最後の最後でツケが回ってきたか‥‥‥‥)

 死に逝く体を横たえ、ヒカルは小さな溜息を吐いていた。
 どうしてこうなってしまったのか‥‥‥‥
 ヒカルは、そもそもこんな場所に入り込んでしまった、己の迂闊さを呪っていた。
 マルクトからの大移動の最中、ヒカルは仲間である剣人からの頼みで、MSを運搬出来る大型トラックのアテを当たっていた。
 自警団、マフィア、ジャンク屋にビジター仲間‥‥‥‥
 長年の経験でコネクションの大切さを理解しているヒカルには、そうしたアテが数多い。多少街が混乱状態に陥っているとしても、MS運搬に耐えうるトラック程度ならば問題なく手に入れられる‥‥筈だった。

『なぁ、トラックはこっちで用意するから、俺達の仕事を手伝ってくれないか?』

 そう持ちかけられたのは、心当たりのほとんどを当たって玉砕した時だった。
 ヒカルが剣人に頼まれ、車両捜索に当たった時には、既にこの騒ぎでほとんどの車両や船舶は押さえられてしまった後だった。もしかしたら、こうした事態を見込んで誰かが事前に買い占めでもしたのかも知れない。いくらコネクションに富んだヒカルでも、そうした者達から車両を持ってくることは難しい。ここ最近は金にならない仕事が多かったため、足元を見て吹っ掛けてくる裏商人達からは入手出来なかったのだ。
 頼んできた剣人には申し訳ないと思ったが、入手出来なかったものは仕方ない。ヒカルは早めに集合場所に向かい、剣人にその旨を伝えようとした所で‥‥‥‥

『ああ! スローター! ちょっと来てくれ!!』
『む? 何事か?』

 何度と無く仕事をこなし、顔見知りとなっていたギルドメンバーに声を掛けられた。
街中の大混雑、人混みを掻き分けて奔走しているヒカルの姿は目立っていたのだろう。ギルドメンバーは、掴みかかってきていた若者を殴り倒し、ヒカルに駆け寄ってきた。

『スローター。お前、あっちこっちでトラックを探し回っているそうだな? それも、MS運搬用の中型車両をよ』
『ああ。よく知っておるな』
『今じゃ、ギルドメンバーでマルクト中を囲っているからな。有名人が走り回ってれば嫌でも気付くさ。で、上の奴らから連絡があったんだ。条件次第で、本部にあるギルド専用車両で良ければ貸し出すぞ‥‥ってな』
『‥‥条件か。嫌な響きだの』
『俺もそう思う。だが、こっちも人手が足りてないんだ。出来る限り条件は飲むから、頼む!』

 パンッ と手を合わせて拝み倒してくるギルドメンバー。その態度に、これまでの付き合いもあることから無下には出来ず、剣人とレオナとの合流まで時間もあったことから、ヒカルは仕事の内容だけでも聞くことにした。
 ‥‥依頼の内容は、セフィロトに潜った調査員達の生死の確認。また、セフィロト内の現在の状況を出来る限りの範囲で調査、記録することだった。
 マルクトを完全閉鎖する前に、ある程度の情報を集めておきたいのだろう。もしセフィロトで起こっていることを確認出来たのならば、セフィロトの外で対策を練り、十全な準備をしてから全てを解決、そしてマルクトの実験を再び自分達の手に‥‥‥‥という算段だろうか。新たにギルドメンバーを派遣しないのは、これ以上の犠牲は組織の存亡に関わるからだろう。誰が好きこのんで部下を捨て駒にするような組織に居座るというのだ。既にマルクトからの大挙が始まった頃から、混乱に紛れてギルドメンバーの離散が始まっている。ギルドの人手が足りないというのも、確かなことだろう。
 ヒカルは話の内容を頭に入れ、小さな唸りを上げた。
 条件としては、さして困難と言うものではない。
 話を聞いた時点での時刻は午前。合流は夕刻。半日以上の時間が空いている。セフィロトに潜って戻る時間は、十分にあるだろう。
 それに、ギルドメンバーの捜索と調査については、あくまで『出来る限り』‥‥の範囲での話である。
 厳しい時間制限(今回の場合はマルクトの閉鎖まで)のある依頼の場合、その成否の如何に関わらず報酬は受け取れる。まして調査ならば、いつでもゲートに逃げ込める範囲ですれば良い。セフィロトの廃墟群を考えれば、ギルドメンバーの死角を突く程度は造作もない。
 ヒカルはそう考え、ギルドからの依頼を受けることにした。
 もちろん、剣人やレオナとの待ち合わせのことは事前に伝えておく。ゲート前のギルド本部にて依頼受諾の報告を済ませ、調査器具などを借り受けてゲートを潜り、廃墟群に入り込み‥‥‥‥
 ギルドの狙いに気が付いた時には、既に戦闘を潜り抜け、瀕死の重傷を負った後だった。

(まさか、あそこまで露骨な手段に出てくるとは思わなんだのう)

 ヒカルは悔やみ、手に力を籠めて腰のホルスターから銃を取りだし、グリップを握る。
 セフィロトで調査を行っていたヒカルは、セフィロトに巣くっているモノ、ビジター達を襲い、セフィロトを閉鎖に追い込んだモノと遭遇した。
 ‥‥遭遇自体は、ただの偶然に過ぎなかった。ただ廃墟を歩き回っていて、角を曲がったらバッタリと食事風景に遭遇した‥‥それだけである。
 だが、これまでただの一人たりとも目撃者を逃がそうとしなかったモノだ。当然のように見つかったヒカルは、壮絶な逃走劇を繰り広げることになった。戦いにならないと踏んだヒカルは一目散に撤退し、ゲートに向かいながらも“ソレ”を振り切ろうと、躍起になって廃墟群を疾走した。
 ‥‥だがゲートに向かうにしても、まずは追っ手を振り切らなければ話にならない。ゲートを潜り抜けて元凶となったモノが外に出る可能性を考えると、振り切らずに辿りついたとしてもゲートを開けてはくれないだろう。例えヒカルを見殺しにすることになろうとも、混乱している街にタクトニムを近付ける可能性を出すわけにはいかない。
 だからこそ、ヒカルは走り、撒きに掛かった。跳び、走り、時には手持ちの装備で罠を張り、迎撃し、追ってくるタクトニムと元凶のモノを振り切り、肩で大きく息をしながら、傷だらけの体を引きずってゲートの前にまで到着した。
 ‥‥背後を振り返っても、タクトニム達の影はない。体の傷も、ギルド本部からの依頼によって負ったものだ。治療も受けられるだろう。
 そう期待して、ゲートに近付き‥‥‥‥
 ヒカルは、固く、閉め切られたゲートに拳を打ち付けた。

『馬鹿な‥‥‥‥これは‥‥!』

 ヒカルは目を見張り、何かの間違いかとも思った。しかし実際に、ゲートの内側‥‥・セフィロト側にあるギルドメンバーの待機所には、誰一人として存在しない。いや、それどころか外へと連絡を繋ぐための通信端末すらも存在しなかった。まるで内部から爆発でも起こったかのように四散し、廃墟の一員となった待機所は、その場が完全に放棄されたことを物語っていた。

『‥‥出さぬつもりか』

 ゲートを見上げ、こちらを観察する人影を発見する。
 薄暗く、遠くて影にしか見えてこない。しかしボディESPの知覚強化によって引き上げられたヒカルの視力は、容易にその姿を捕らえていた。
 ‥‥ヒカルを誘い出したギルドメンバーは、ニヤニヤとほくそ笑んでいた。
 その隣に、背後に、何人もの人間が立ち、やはり笑みを浮かべている。服装や風貌から見て、ギルドメンバーの中でも上層部に位置する者達だ。下から見上げている角度であるために最前列でヒカルを眺めている者達しか確認出来なかったが、その全ての人間がこれまで、ヒカルに一度や二度、とても公開出来ないような依頼をしてきた者達ばかりである。
 それだけで、ヒカルは自分が嵌められたのだと理解した。
 ‥‥死人に口なし。組織の存続に関わるような秘密を部外者が持った場合、自分の陣営に取り込むか、可及的速やかに排除するのは当然のことである。そしてヒカルは、およそ巨大な組織には長く腰を据えないタチである。これまでギルドメンバー達がヒカルを見逃してきたのは、ただ単にヒカルが“使えた”からに他ならない。
だが、やがてセフィロトを元に返り咲こうとしている者達にしてみれば、今では排除対象でしかない。セフィロトにギルドが戻ってきた時に、“ネタ”を元に食い込んでくる可能性を考えれば当然と言えるだろう。一体どこの組織が、外部のフリーランスに弱みを握られたままで放り出すというのだ。
これまでは上手く立ち回ってきたと思っていたヒカルは、自分の迂闊さを呪った。
ギルドの上層部達は、このセフィロト内でヒカルを殺害するつもりなのだ。
‥‥いや、殺害ではない。
 何しろヒカルを殺すのは、あくまでセフィロトに巣くうタクトニム達だ。
ギルドメンバー達は、ただヒカルを送り出し、その任務の失敗を確認し、ヒカルの冥福を祈りながら徹底的にゲートにロックを掛け、そして他の住民達と一緒にマルクトから撤退する‥‥‥‥そう言う筋書きである。どこにもギルドが気に病む要素はない。何しろ危険なセフィロトの奥地では、どんな凄腕のビジターでも死の危険性を排除することは出来ないのだ。例えヒカルの遺体が仲間達によって発見されたとしても、ソレはあくまで“タクトニムによって殺害された遺体”であって、ギルドの介入している余地はない。ギルド側からは、それこそ銃弾の一つも撃ち込んではいない以上、ギルド側はヒカルの仲間達から責められる言われもない。
それが暗殺であったという事実は、誰にも知られることはなく、ヒカルは黙って死に行く以外に道はない。

(冗談では‥‥‥‥ない)

 ヒカルは唇を噛み締め、ギルドメンバー達を睨み付けてから文句の一つも言わずにゲート前から立ち去った。
 余り長居すると、ヒカルの血の匂いを追ってタクトニム達が来るだろう。そうなった時にと期待していたゲート側からの支援が絶たれた今、最も安全であるはずのこの場ですら、ヒカルにとっては安全では無くなっている。
 ‥‥傷付いた体に鞭打って去っていく姿は、見ている側からすれば酷く滑稽だったのだろう。
 ギルドメンバー達は口を開いて大笑いをすると、楽しそうに奥の方へと消えていった。

『だが‥‥舐めるでないわ』

 ヒカルとて、なにもわざわざ死ぬために去るわけではない。ただ、あの場所では残るだけ危険だ‥‥と言うだけである。
 一般的には、あのゲート以外に脱出手段は無いと認識されている。しかし実際には異なっている。広大なセフィロトからの抜け道というのは、至る所に隠されているのだ。
 排気ダクト。ダストシュート。下水道。そして危険地域とマルクトの街を隔てるゲートの巨壁に存在する、隠された出入口‥‥‥‥
 電力供給が絶たれていて扉が開かなかったり、瓦礫に埋まっていたり、強固なロックが掛けられていたりと、ほとんどの所が使用出来なくなっている。しかし、無理をしてでもそれを使用出来るようにしておくのも、ある意味ビジターの腕の見せ所である。万が一の事態のため、幾つもの脱出ルートを確保しておくのはビジターとして当然のことであった。
 身を隠してタクトニム達を躱しながら、ヒカルは順調に脱出ルートを辿っていた。そして‥‥‥‥その先にある、絶望を目の当たりにすることになる。

『‥‥‥‥奴らめ!』

 ヒカルは目の前に広がる惨憺たる光景に顔を背け、『舐めていたのはこっちの方であったか』と、悔しげに顔を歪めていた。
 ‥‥ヒカルの脱出ルートの一つ、巨壁の一角に沿って建てられた建物から壁の向こう側にまで通じる隠し扉。厳重なロックがかかっていたものの、既に仲間の協力を得て外してある。ここから出れば、メインゲート側からも距離がある。まずヒカルが脱出したことを気付かれることもないだろう。
 そう思ってこの場に来た。体の傷を考えると、とても下水道や排気ダクトは利用出来ないと踏んだからだったが‥‥‥‥その脱出ルートはハズレだった。扉は、十数人ものビジター達の死体で埋まっていた。
ヒカルと同じようにこの場所を知っていた彼らは、恐らく何らかの事情によりメインゲートからの脱出を諦め、この場に来たのだろう。しかし、この場からの脱出は叶わなかった。何故なら扉は、まるでその一部分だけ倒壊したかのように綺麗に瓦礫に埋まり、姿すら見えなくなっていた。
もちろんそれだけならば、瓦礫を退ければ済むことだ。しかし、そんな余裕はなかったのだろう。
ヒカルは壁に残るタクトニム達の爪痕を指でなぞり、残されている死体の新しさに舌打ちした。
‥‥死体はまだ新しい。恐らく死後二日と経っていまい。
だとすれば‥‥‥‥彼らが、ギルド側の言っていた調査員達か。しかし、彼らもメインゲートを使用出来ずにこんな場所にまで来ていることを考えると、何らかの理由により切り捨てられた者達であることは明白だ。
もしかしたら、ギルド側はこの事件を期に邪魔となるであろう者達を軒並み始末しにかかっているのかもしれない。さすがにこの事件全てがそうではなかったとしても、利用しようとしているのは確かだろう。
 ・・・・それから体力の続くまま、ヒカルは非常時の脱出口として決めていたポイントに歩き続け、倒れこんだ。
 限界にまで達している体の前には、端末に反応して開閉する扉を塞いでいる瓦礫の山を撤去するような気力は残されていなかった。。

「このまま一矢報いることも出来ずに死ぬとは‥‥‥‥情けなや」

 ヒカルは手にした銃を見つめ、それを自分の頭に突きつけた。
 ヒカルの能力ならば、たった一発の銃弾を喰らうだけで死にきれる。
 サイバー化している訳でもなければ上等なエスパーのように再生能力があるわけでもない。このままタクトニム達の餌になるぐらいならば、いっそ・・・・・・

「馬鹿なことを。私も焼きが回ったか」

 脳裏を過ぎった考えを振り払い、銃を今きた廊下に向ける。
最早タクトニム達に素早く照準するような体力すらない。霞みかかった頭でも、既に脱出を試みるだけの体力が尽きていることは分かっていた。もしヒカルに道が残されているとしたら、それは仲間達がヒカルの危機を察してこの場に駆けつけてくれることを祈るだけである。
・・・・・都合のいい妄想だ。
 街で撤収の準備を進めている者達が、どうして閉鎖されているセフィロト奥地に来ている自分を察することが出来るのだ。よしんば気付いたとして、ビジターズギルドの者達がヒカルは来なかったといえばそれで終わりである。第一メインゲートの開閉にはギルドメンバーの承認が必要である。彼等がここにくることはありえない。

「信じるだけ無駄か・・・・・」

 せめて、相棒であるレオナと恋人候補との結果だけは見ておきたかったのだが、最早仕方ない。
 ヒカルは銃を構えながら、脳裏を覆っていく眠気に瞼を下ろし・・・・・

『何だ。随分と弱気だな』

 そんな、聞き覚えのある声に瞼を開けた。






【4:侵】

 目の前で開いていく巨大な扉を、剣人は『流星』のカメラ越しに眺めていた。
 足元でビジターの一人に高周波ブレードを突きつけていたレオナは、周囲から向けられる殺意に沈黙で応えている。
 邪魔をすれば斬ると、レオナの纏う空気は語っている。素人ならばまだしも、殺気や気配に敏感なビジターであるギルドメンバーが、その空気を読めないわけが無い。そしてギルドメンバー数人をあっという間に再起不能にまで追い込み、人質までとっているレオナに攻撃を仕掛けることが出来る者など、主力メンバーをマルクト住民の誘導に当てていたギルドに居る訳が無い。
そもそもギルドの庇護かにあって初めてセフィロトに入れる者達など、レオナ達のようにフリーで活動している者達に比べれば一般人とさして変わるものでもない。その実力の差に思うところでもあるのか、周りを囲んでいるギルドメンバー達は悔しげに戦闘態勢を崩さず、レオナを牽制し続けていた。

「お前ら・・・・・こんなことをして、ただで済むと思っているのか?」
「うん。特には」
「“ヒカル”なんて奴は、この中には入ないと言ってるだろう!?」
「それは、ボク達が見てから判断するよ」

 レオナは喚く人質の言葉に、冷たく、淡白に応えていた。
 街でヒカルに連絡を取ろうとしていたレオナは、ヒカルがギルドメンバーと共にギルド本部に向かったという目撃情報を得て、こうしてギルド本部に乗り込んでいた。
 本部には、ヒカルの姿は無かった。本部にいる者達にも訊いてみたが、しかし誰一人としてヒカルの事を「知らない」、「来ていない」と答えてきた。
 その時点で、レオナと剣人はヒカルがこの場に来たことを確信した。
 本部にヒカルが向かったのは確かである。にも関わらず、ギルドの者達は知らないの一点張りだ。
 ・・・・・・・ここまで分かりやすいこともない。ヒカルが来たことを隠しておきたいのならば、「帰った」といえばいいのだ。そもそも「来ていない」と答えてしまっては、虚偽の発言をしていることがバレバレである。
 そしてこの本部に、このメインゲートに来る必要のあるような用件など、一つしかあり得ない。

「狂ってるよ、お前ら・・・・・この中がどうなってるかを知らないから、居るかどうかも分からない女一人のために入ろうなんて思えるんだ!!」
「じゃ、教えないでね。こんな所に来てまで踏みとどまりたくないから」
「俺達を敵に回したということは、もう、このゲートは開かないぞ? 絶対にな!」
「その時には・・・・・まぁ、その時に考えるよ。キミ達が気にする事じゃないから」

 レオナは、剣人の『流星』がゲートに入っていく事を確認し、人質を手放した。その途端、周りを囲んでいた者達が無数の銃を向けてくる。・・・・が、そのトリガーは引かれない。『流星』の左腕に仕込まれたショットガンが銃口を覗かせただけで、周りを取り囲んでいた者達は硬直し、それまでと同様に牽制するだけでやり過ごしていく。

「それじゃあ、このゲートは閉じておいてね。タクトニム達が街に行ったら騒ぎになるから」
「当然だ。もう、二度とここを通れると思うな!」

 人質にされていたギルドメンバーが怒鳴る間に、ゲートは開いた時と同じように轟音を立てて閉じていく。
 レオナはそのゲートに背を向け、剣人と共に歩き始めた。

『良かったのか? もう引き返せないぞ』
「なら良いでしょ。引き返せないんなら、もう行く所まで行くまでだよ」

 『流星』の中から念話で語りかけてくる剣人に、レオナは平然と答えていた。
 もし、この中にヒカルが居れば、共に帰れば良い。もし居なければ、引き返して探し回れば良い。
 ヒカルが街に残っていた時のために、これまで懇意にしてきた情報屋の頼み、セフィロトの外に出て行った“元”チームメイト達に向けて伝言を頼んでおいた。
 万が一の場合には、彼らがどうにかしてくれるだろう。もっとも、実質的に解散宣言を終えたあとである。彼らに頼るのは、虫がいいにも程があると解ってはいた。だから、例え彼らが助けに来なくとも、恨む気などは毛頭ありはしない。

『で、ヒカルが向かった先に心当たりは?』
「ないよ。あいつらが何も言わなかったから。残念な事に、ね」

 レオナは唇を噛み、悔しげにゲートを振り返って睨みつけた。
 惜しむ事があるとすれば、それである。ヒカルがこのセフィロトに入ったこと最後まで言わなかったギルドメンバー達は、当然ヒカルがどの場所に向かったのかも言わなかった。いや、ギルドメンバー達にしてみても、ヒカルがどの場所に向かったかなど知るよしも無い。何しろ全ての事情を知っている上層部達は、ヒカルがセフィロトに消えていくのを確認し、早々に本部から消えていたのだから・・・・・・
 レオナの頼りない返答に、剣人は文句も言わずに頷いた。
 居場所が分からないなら、手がかりを探すまでだ。幸いにも、少なくともこのメインゲート前には確実にヒカルは居たはずである。それも今日の内、数時間前には居たというのだから痕跡が残っていない方がおかしい。
 レオナと剣人は、まずはゲート前から動くことにした。ゲートには、対タクトニム戦用のための銃座やカメラが設置されている。レオナ達を危機だと判断したギルド側からの銃撃がないとは言い切れない。ヒカルもそう思ったからこそ、この場から動いたはずだ。
 そして何より‥‥‥‥・ゲートから、血の跡が二股に分かれている。

『一方が戻ってきたとき、もう一方がもう一度は入っていったとき‥‥・だな』
「この出血量、まずいかな?」
『足下にまで流れてる時点でやばいだろうな。ヒカルには治療系のESPはなかったはずだし‥‥・レオナ。飛び出すのは無しだ!』
「う‥‥ごめん」

 今にも血の跡を追って駆け出しそうなレオナを見てとり、剣人が険しい声で制止した。レオナには、敵の情報を得ると同時に、誰に相談する間もなく飛びだしてしまうと言う癖がある。相談すらされず、なんの算段もなく飛び出してく猪突猛進さは、しばしばレオナの生命を危険に晒していた。
 最近は仇敵を倒したこともあり、大分落ち着いてきた。少なくとも、制止の声には反応してくれる。
 もっとも、今のように仲間の危機には、冷静さを欠いてしまうのは元のままであったが‥‥‥‥‥‥

『レオナはそっち側だ。俺はこっち。そう遠くへは行ってないと思うが、辿っても痕跡がない時には戻って別の方へ合流しろ。絶対に一人で行動するな。はぐれたら、捜索は仕切れないぞ』
「わかった」
『一応テレパスは繋いでおくが、距離が開いたり俺が交戦状態に入ったら繋がらないかもしれない。その時には、とにかくヒカルを優先してくれ。この状況下で一番やばいのは、とにかくヒカルだ。傷がどれだけ深いのかは知らないが、見つけたら最優先で脱出して手当てしておけ。この混乱で病院が開いているのかどうかも知らんが、闇医ならツテの一つや二つはあるだろう?』
「うん」
『それと、セフィロトにいるって言う大物タクトニムなんだが、状況が状況だ。出会っても戦うな。雑魚以外は全部無視して―――』
「ねぇ、剣人」
『ん?』

 ヒカルの代わりにレオナに指示を出す剣人に、レオナはウズウズと体を震わせ、今にも駆け出しそうに足で淡々とリズムを刻みながら淡泊な口調で、たった一言だけ言葉を出した。

「もう、行って良い?」

 静かに、それだけを言った。

『‥‥‥わかった。行ってこい』
「ありがと!!」

 剣人からの許可が出た途端、まるで弾丸のように走り出すレオナには、剣人のテレパスの制止すら届かなかっただろう。
 剣人はその後ろ姿を見ながら、自らも血の跡を追跡しようとカメラを地面に向け‥‥・

『‥‥え!?』

 機体を覆う、黒い影に目を見開いた。





【5:戦】

 レオナが走っていくのを見送った剣人は、ヒカルの存在の大きさを感じ取り、溜息を吐いていた。

「俺じゃ、保護者代わりにはならないな」

 ヒカルのように上手く制止出来ないのが悔しかったが、しかしそれも仕方ない。ヒカルの捜索のために、一分一秒でも時間を惜しむことは、当然と言えば当然である。まして相棒としてコンビを組んでの数年間、もっとも時間を、死地を共にしてきた親友なのだ。
 仲間を失うことを極度に恐れるレオナにとって、ヒカルを失うと言うことは、あまりに大きすぎるのだろう。
 だが、レオナを押しとどめていた剣人も、心情はレオナとさして変わらなかった。

(レオナとテレパスが繋がっている間にヒカルを見つけて、撤収したいところだな。ここも、いつもよりも危険に―――!!?)

 地面に残されている血の量から、ヒカルに残されている時間を予測していた剣人は、レオナに負けじと『流星』を走らせようとして‥‥‥‥自身を覆い尽くした影を回避するため、前方にMSを跳躍させて転がらせる。まるで人間のように『流星』に前転させた剣人は、回転している間に、空中から落下してくる“ソレ”を捉えて目を見開いた。

「なっ!」

 ドォォォオオン!!!
 剣人の驚愕の声を掻き消すかのように響き渡った轟音は、衝撃と共に『流星』を叩き、地面に小さなクレーターを形成させる。
 音として周囲に響き渡った衝撃に身を震わせながらも、剣人は跳躍と地割れによって体勢を崩し掛けた『流星』を操作して足場を固め、高周波ブレードを取り出した。腕に仕込んであるショットガンも、いつでも撃てるように銃口を開き、頭上から振ってきた“ソレ”に向けて照準する。

「GYAAAAAAAOOOOOOOOOOONNNNNN!!!!!!!!!」

 獣の咆吼。クレーターの中心に立ち、踏み潰すはずだった『流星』に向き直った“ソレ”を見上げ、剣人は言葉を失った。
 あえて近いモノを上げるとすれば、恐らくはケイブマンだろうか。皮を剥かれたように全身を紅く染め、筋肉の塊と表現するにふさわしい屈強なフォルムは、セフィロトを徘徊する見慣れたタクトニムに酷似している。しかし目の前に現れた“ソレ”の身の丈は、優に『流星』の倍近くあった。
 そして手足の太さも、それと比例するようにして大きくなっている。もしも殴られたとしたら、ただでさえMSの装甲を削り取る攻撃に一撃と耐えられず、四散することになるだろう。
 影に気付かずにその場に留まっていれば、『流星』は頭から潰されてクレーターの一部になっていたはずだ。
 ‥‥その事実に戦慄を覚える。が、そんな暇も時間もない。
 咆吼に紛れてショットガンの散弾を放った『流星』は、現れた怪物の顔面を撃ち抜いたのを確認することもなく、撃った瞬間に走り、距離を取っていた。
 恐らくこの怪物はも、ヒカルの血の跡を辿ってこの場にまで来たのだろう。そしてその場所に現れた剣人とレオナに目を付け、奇襲を掛けた。

「これは、ツいてるのかツいてないのか‥‥」

 剣人は苦笑いを浮かべながら、廃墟に身を隠そうと廃墟群に駆け寄っていく。
 もしこの場にレオナと剣人が現れるのがもっと遅かったら、怪物はこの場を通り過ぎて剣人達よりも速くヒカルに辿り着いていただろう。いや、もしゲートが開いている真っ最中に来ていたのなら、外の世界に出ていたのかもしれない。それを考えると、ここで怪物と出会い、目を付けられた剣人は不幸とも幸運とも言えない微妙な立場に立っていた。

(間接的にはヒカルを助けられたのはいいんだが、俺はアイツを撒かないといけないのか‥‥・)

 剣人は一目見た瞬間に、『流星』でもあの怪物には敵わないと判断した。
 何しろごく普通のケイブマンでも、MSの装甲を切り裂く個体というモノはまま見かける。それがどういう変態を繰り広げてああなったのか‥‥‥‥突然変異種なのだろうが、真っ向から戦うことは得策ではない。
 だからこそ、剣人は身を隠して怪物の様子を見ながら、静かに撒きにかかる算段だった。咄嗟に顔面を撃ち抜いたのは、視界を奪って探索を困難にさせるためだ。体の筋肉と比例して肥大化した頭部を砕くことは出来なかっただろうが、少なくとも最前面にある眼球の破壊は出来ただろう。だがそんな状況でも、剣人は戦おうとはしなかった。たった一撃でも貰えばバラバラ死体行きになってしまうのだ。まだ相手の手足を壊したわけでもない。むしろ躍起になって大暴れをするであろうことを考えると、とても近づける状況ではなかった。
 そう剣人は判断し、今の内に廃墟群の少しでも奥に身を潜ませようと、MSを疾走させる。
 疾走させて‥‥‥‥背後で巻き起こる轟音と、ゾクリと背筋に走った悪寒に軽く声を漏らし、MSを全力で地面に伏せさせた。

「どぅあ!?」

 剣人が声を漏らし、しかし目はカメラから離さず、操縦桿は握ったままで操作を止めることはない。
 逃走を図る剣人に飛び掛かるようにして擦れ違った怪物は、躱された腕をその先にあったビルに叩き付け、風穴を開けていた。

(こ、コイツの体‥‥!?)

 剣人はカメラが捉えた光景に、自然と操縦桿を握る手に力を籠めた。
 現在、剣人がいるのは廃墟群の入り口である。地面はコンクリートで舗装され、ずっと先にまで巨大で長い道路が通っている。それを中心に大小様々なビル群が建ち並んでいるのだが‥‥背後から飛び掛かってきた怪物の腕は、まるでゴムのようにまっすぐに伸び、剣人の目の前で道路の反対側から反対側までを横断し、そしてビルを完全に貫通した。
 舗装された地面にクレーターを作るような体重と豪腕だ。ビルは当然のように耐えられず、殴られた部分に砲弾を撃ち込まれたかのような大穴を開けている。
 剣人のMSに命中していたら、言うまでもなく即死していただろう。

「冗談じゃ‥‥ない!」

 剣人は怪物が振り返るよりも速く、腕のショットガンを立て続けに発射した。大口径の散弾が、雨のように怪物に降り注ぎ、その全身にめり込んでいく。
 ‥‥だがそれは、どれ程の効果があったというのだろうか。
 伸縮自在の腕を持っている時点で薄々は気付いていたのだが、怪物に着弾した散弾はめり込んだ瞬間に肉に覆われ、その姿を隠していく。
 元々面破壊を重視しているショットガンでは、貫通までは望めないのは解っていた。しかし全ての散弾で負わされた傷が数秒と掛けずに治癒されていくのを見た剣人は、舌打ちしながらMSを操縦する。

(こんなのが出てくるとは‥‥‥‥一体何が起こっているんだ!)

 怪物が振り向くのに合わせて機体を走らせ、視界に回り込む。そして無駄と知りつつバルカンとショットガンを集中的に膝に撃ち込み、少しでも機動力を削いでやる。

「GUUOOOOOOOO!!!!!!」
「頑丈な奴だな‥‥!」

 間断なく撃ち込まれる銃弾に憤ったのか、怪物は剣人に向けて豪腕を振りかざし、横薙ぎに振り払った。やはりゴムのように伸びる腕は、周囲のビルを破壊しながら剣人に襲いかかる。
 ‥‥だが剣人は、その攻撃を伏せてやり過ごし、攻撃を続けていた。
 たったの一撃、それも偶然に躱しただけだったが、既に剣人は怪物の攻撃を躱した経験がある。ならば、もはや半端な攻撃に当たるようなことはない。横薙ぎだろうと突きだろうと、伸縮する腕のリーチ分を多めに予測して回避すればいいのだ。その程度、普段の戦闘とさして変わるところはない。
 だが‥‥‥‥・変わるところがあるとすれば、それはこの敵に対する決定打を、剣人が持っていないと言うことだろうか。
 いくら弾丸を撃ち込んでも、高周波ブレードで斬りつけても瞬く間に再生される。しかも攻撃を躱されたことでより憤ったのか、まるで台風のように両腕を振り回す攻撃は、あっという間に周囲のビル群を倒壊させた。
 ‥‥‥‥・これは剣人も堪らない。
 ビルの倒壊などに巻き込まれれば、その時点で押し潰されて終わりである。この怪物はものともせずに降りかかる瓦礫を突っ切って襲いかかってくるが、そうも出来ない剣人は瓦礫を避け、倒壊に巻き込まれないように立ち位置を変え、だんだんと追いつめられていった。

(勝負で勝ち目はないな‥‥‥‥ヒカル、どうやってお前はこいつを振り切ったんだ!?)

 この場にいないヒカルに問いかける。
 しかしレオナと繋がっていたテレパスは怪物の奇襲によって気が逸れたことで途切れたのか、一向に繋がらない。舌打ちしながら、剣人は襲いかかる腕を躱し、蹴り付け、ビルの壁に跳躍して三角跳びの要領でビルの屋上にまで登り詰めた。
 地面にいたのでは、いずれ怪物の豪腕を受けるか、倒壊に巻き込まれるかの二択である。それならば屋上にいた方がいいだろう。‥‥叩き落とされる危険があったとしても、いずれは壁際に追いつめられる運命を辿るよりかはマシである。

「さて‥‥俺がコイツを惹き付けてる間に、レオナがヒカルを助けてくれると助かるんだが‥‥‥‥」

 剣人はビルの壁に手を突っ込み、穴を開けながらロッククライミングのように昇ってくる怪物を眺めながら、剣人は隣のビルに飛び移った‥‥‥‥






【5:救】

 瓦礫の山を飛び越え、血の匂いを嗅ぎつけてきたイーターバグの頭部を高周波ブレードで叩き斬る。頭を刎ねられたバグは獲物を見失って手足をばたつかせ、傍にいた仲間に食いつかれた。

「邪魔だよ! 退いて!!」

 着地。それと同時に体を一回転させ、着地を狙っていたバグを横薙ぎに切り裂いて跳躍、襲いかかるバグ達への攻撃は最小限に抑え、レオナはひたすら疾走する。
 ‥‥本音を言えば、ヒカルと合流したときに襲撃されないように追い払ってから向かいたいところだったが、そうも行かない。レオナの辿っている血の跡は“アタリ”だったらしく、ヒカルの血の跡はだんだんと新しいものに変わってきている。最初は乾いていた血も、今では乾ききらずにヌルリと流れているぐらいだ。
 だが、その事実がレオナを掻き立て、急がせる。ゲート前から現在の位置まで、優に一q近く離れている。離れていくに従って血の跡は小さなものに変わっていっていたが、それが出血が止まったからなのか、それとも流れ出るものがなくなっていっているのか‥‥‥‥不安を掻き立てて仕方がない。

「ヒカル‥‥・ヒカル!! 返事をしてよ!!」

 レオナは廃墟の中で呼びかけながら、擦れ違うバグ達だけでもと切り裂き、絶命させながら疾走した。
 そもそも、こうしてイーターバグが集まってきていると言う時点で、非常に恐ろしい想像が働いていく。イーターバグは、食欲旺盛な昆虫系タクトニムだ。血の匂いなどを嗅ぎつけ、獲物を追い求める本能は第一級であり、手負いのヒカルでは手に余るタクトニム達である。
 もしも‥‥もしもではあるが、このバグ達が、自分よりも早くヒカルを発見したら? そうしたら‥‥‥‥‥‥一体何を見ることになるのか。
 想像もしたくない。したくないが、しかしその可能性は高い。
 そう思うと、こうして群を成して廃墟を徘徊するバグ達の存在は、既にレオナの怨敵になりつつあった。

「どっけぇぇええええ!!」

 蹴り付け、踏み台にして襲いかかってくるバグ達の頭上を飛び越えて疾走する。もはや気を抜くと見失ってしまいそうな程に途切れ途切れになっている血の跡を目で追い続け、体はタクトニム達を蹴散らしていく。レオナの通ってきた道には、バグ達の得体の知れない体液と死体で埋まっている。皮肉にも、それが他のバグ達への撒き餌となり、増援を引き寄せていた。
 しかしレオナがヒカルを守り、一刻も早く駆けつけるには必要なことだ。レオナは戦神のごとく怒濤の勢いで斬り進み、そしてある一つのビルを視界に収めた。

(アレは‥‥!)

 見覚えのあるビルに、レオナは歓喜の念を覚えていた。
 血の跡の続いているビルは、レオナにとっては見覚えのある場所だった。ヒカルと共にセフィロトからの脱出ルートを模索していたときに、二人で発見した場所だ。当時は電力系統が壊れていたために起動出来なかったが、今では修復を終え、しっかりと巨壁の反対側にまで通じている。
 もしかしたら、既にヒカルはこのセフィロトからの帰還を果たしているのかもしれない。レオナは逸る気持ちを疾走に変えて発散しながら、剣人への念話を送っていた。

「‥‥‥‥あれ?」

 そうして、レオナは気付いた。最初の頃は頭の隅に引っかかるようにして繋がっていた、剣人のテレパスの感覚が途切れていることに。
 いつの間に途切れていたのかは解らない。ヒカルのことに集中し過ぎて、テレパスが外れていることに気付かなかった。

(剣人? 剣人!?)

 走りながらも懸命に剣人に向かって呼びかける。返答はない。
 このテレパスが外れているということは、念話の通じない程に二人の距離が開いてしまったか、もしくは剣人の身に何かがあったと言うことだろう。これまで剣人と念話を通じさせたままで仕事をこなしていたことは幾たびもあったが、こうして念話が途中で途切れるときは、大抵ろくでもないことが起こっている時だ。
 すぐにでも駆けつけたい‥‥‥‥所だったが、今、戻ったところで間に合わないだろう。余裕がない程の交戦状態に入っているのならば、血の跡を辿って行ったとしても道を外れてしまっているはずだ。足取りが解らない。そんな相手を捜索するような余裕は、まったく存在しない。

「外で待ってるから、ちゃんと来てよ‥‥」

 レオナはポツリと呟きながら、巨壁に隣接するようにして建っているビルに入り込んだ。
 このビルは、中堅規模のビルの高さと工場のような広さを持っている異様な場所だ。元々は巨壁の向こう側、マルクト側からの資材搬入と建設業にでも使われていたのだろう。広大な倉庫には作業用MSや巨壁建設時の資材が数多く残され、自家発電を修理したために搬入用ゲートも問題なく機能する。その出入り口の先は、これまた資材倉庫だ。外から見えないように作ってあるのは、もしかしたらセフィロトの管理者の目を盗んでいたのかもしれない。
 しかしだからこそ、ギルド本部にもこの場所は察知されていない自信があった。例えギルドがマークしている出入り口の全てを塞いでいたとしても、この場所だけは‥‥・
 ビルに入ってから、バグ達の姿は激減し、見えなくなっていった。
 通路が狭いからだろうか‥‥時折見かける個体は極々小さなモノばかりで、レオナが踏みつけ、殴りつけるだけでも十分に破壊することが出来た。
 ‥‥・そうして死体を道標のように残しながら、レオナは廊下を疾走する。
 このビルには、戦闘の跡がない。ヒカルはバグ達には遭遇しなかったのだろう。ヒカルがこのビルに入ったとき、中にタクトニムがいなかったことは幸運としかいいようがない。
 その幸運が、まだ続いていることを祈りながら‥‥・
 レオナは、ゲートのある一際大きな廊下に飛びだしていた。

「なっ!?」

 その光景に、レオナは絶句した。
 資材倉庫と並ぶようにして造られた廊下の壁は崩れ、天井も破壊されてゲートは完全に埋まっていた。何者かによって爆破されたのか、それとも倉庫側の方で戦闘があったのか‥‥‥‥それは解らない。しかし、ゲートが完全に塞がり、この場で戦っていた者達が全滅したということだけは理解出来た。
 倉庫側は、あちこちが銃弾と爆破によって破壊され、転がるタクトニム達の死体が戦闘の激しさを物語っている。そしてこの場で戦っていたであろうビジター達の無数の死体が、その戦闘の結果を告げていた。
 そして、その光景に混じり、見覚えのある顔を発見する。
 現在進行形で、イーターバグの幼体達によって囓り取られ、見るも無惨になっていく死体‥‥‥‥
 それに混じって、ヒカル・スローターは倒れていた。

「ヒカル!?」

 レオナは声を上げ、高周波ブレードを辺り構わず振り回した。
 狭い廊下で、レオナのモツブレードは使いにくい。壁や天井に刃がめりこみ、振り抜き難いためだ。
 ‥‥が、ヒカルを目の前にしたレオナに、そんな理屈が通用しない。
 ズドガシャギィ!!!
 壁を切り裂き、破片をまき散らしてバグ達を調査員達の死体諸共吹っ飛ばしたレオナは、床に倒れているヒカルに駆け寄り、その体を抱き起こした。

「ヒカル!? 起きて!! ヒカルゥ!!」

 ヒカルの体を揺り動かし、心臓の鼓動を確かめる。
 ‥‥生きている。
 意識は絶たれていたが、しかし心臓は、弱々しくだが確かに鼓動を打っている。医療用テープを巻いて(恐らく、このビルの事務所から持ってきたのだろう)止血してある体からは、傷口から滲み出る少量の出血だけで済んでいる。そうでなければ、とうに死んでいただろう。
 そして幸いにも、ヒカルの体はバグ達の餌食になってはいなかった。
 バグ達は、奥に倒れているヒカルよりも、手前に倒れている調査員達の死体に食いついていたのだ。
 デコイに守られるようにして難を逃れたヒカル。その事実に気付いたわけではなかったが、レオナはホット胸を撫で下ろし、ヒカルに呼びかけ続けた。






【6:夢】

 ‥‥‥これは、夢か‥‥‥‥
 瓦礫に背を預け、銃を手にしたままで、ヒカルは薄ぼんやりとした視界の中で、見覚えのあるシルエットを見つめていた。
 ‥‥・見覚えのある。誰か。
 これが夢の世界だからか、それとも、ヒカルの記憶が風化しつつあるからなのか‥‥‥‥目の焦点は合わず、その姿をはっきりと捉えることが出来ない。

「俺が惚れた女って、こんなに弱気だったかな?」

 シルエットが笑って言う。
 傷つき、命を終わらせようとしているヒカルを前にして笑っているその口調が勘に障り、ヒカルはムッとした声で応答した。

「誰が‥‥六十数年もの間を放っておかれれば、誰でも変わるわ」
「む。俺といたときには結構おしとやかな口調だった気がするんだが‥‥・ホントに変わったなぁ」

 しみじみと呟く声は、楽しげに、しかしどこか悲しげだった。
 それが、想っていた女性が変わってしまったことへの思いからなのか、それとも変わってしまう程、弱い婚約者を置いていってしまったことへの後悔からなのか、ヒカルには解らない。

「お主が居なくなってから、いろいろとあったからな」

 シルエットの姿は依然として鮮明に見えてこない。顔も、体も、まるで磨りガラスに隔てられるかのようにして不鮮明で、今にも消え入りそうだった。
 そんな姿を前にして、ヒカルは自然を突いて出る言葉に違和感を感じていなかった。
 目前にいる男が、誰であったのかは思い出せない。しかし、いつか探し求めていた相手であったと言うことは‥‥‥‥不思議と感じていた。

「まったく。これまで放っておいて‥‥‥‥なぜ、こんな最悪の場面で出てくるのだ」
「へぇ? 最悪の場面なのか」
「死に際に現れられては、甘える気にすらならん。もっと早く来んか」

 自嘲するように吐き捨て、体から力を抜く。
 死ぬことに対しての恐怖はない。これまで潜り抜けてきた修羅場の中で、そんなものはとうの昔に置いてきてしまった。
 もしあるとするならば、それは見続けるはずだった結末を見られなかったこと‥‥・だろうか。だが、それももはや敵わぬと、脳裏に過ぎった仲間達の顔を振り払う。
 このまま死ぬとするならば‥‥‥‥このまま幻想の中で消えていきたかった。こんな死に際に仲間達のことなど考えてしまうと、どうしても泣いている相方の姿を想像してしまい、死にきれなくなる。剣人が見ているような幽霊の仲間になど、なるつもりは全くない。
 ‥‥‥‥それを、シルエットの男は不思議そうに見つめていた。

「俺に甘えるつもりなんてないだろうが。お前には、俺よりも想ってる奴らが居る癖に」
「何を言うか。一体誰の為に、こんな場所にまで来たと思っておるのだ」

 尚も楽しそうな口調に、ヒカルは素っ気ない口調で返している。
 これまで、待ち望んでいたはずの再会‥‥‥‥例え幻だとしても、それは自分の追い求めていたものの筈だった。
 しかし、ヒカルはなぜか、その再会を素直に喜べずにいた。
 残してきた未練が思考を過ぎり、目を合わせられない。これまでは夢に見るだけでも涙を流した再会を、想うことが出来ずにいる。
 一体何がそうさせるのか、今のヒカルには解らない。

「俺のため‥‥だったのは、いつまでだったんだよ。いい加減目を覚ませ。この馬鹿」

 そんなヒカルの内心を見透かしたように、男は子供を叱るように言い放った。

「お前、俺の所に来ることよりも大事な物があったはずじゃないのか? あの廃墟で言ってきたことは嘘か?」
「‥‥‥‥だが、私は‥‥・」
「死ぬから、もう良いのか? お前はここで、誰かを待つつもりだったんじゃないのか?」
「どうして来るというのだ。こんな場所にまで」
「“来る”と思える、そう信じられる奴を、奴等をお前は知ってるはずだ」

 シルエットが歪んでいく。代わりに、頭に何か、微かな声が響いてくる。

「お前は、俺と一緒に行きたいとは思っていない。そうだろう?」
「‥‥‥‥‥‥言わないでくれ、そんなことは‥‥」
「いや、お前には必要なことだ。言わないと‥‥・本当に俺の所に来そうだからな」

 男がゆっくりと手を伸ばし、壁により掛かっているヒカルの頭を撫でさする。
 その感触は‥‥ひどく懐かしく、そして実感を伴わないものだった。

「‥‥‥‥・っ」

 その感触に、頭では解っていたことだったが、ヒカルは目尻に浮かぶ涙を抑えられずにいた。
 ‥‥解ってはいた。探し求め、事実を確信しつつ、否定するために奔走し続けた数十年。
 あまりにも長い時間の中、夢の中ですら触れることの出来なかった感触に、ヒカルは静かに目を閉じた。

「お前がいるべき場所は、もう解っているだろう? とうの昔に、そこに俺は居なかったんだ。それを認めてくれないか?」
「だが‥‥私は‥‥」
「忘れたくはないか。なら、忘れなくてもいいだろう。ただ、昔そういうことがあったんだと、笑って思い起こせばいい」

 声が聞こえる。シルエットが消えていく。頭に置かれていた感触が、まるで風が当たるようにして過ぎ去っていく。
 ヒカルは目を閉ざしたまま、耳を澄ませて肌を過ぎ去っていく風の感触に身を任せた。

「ああ‥‥そう、出来ればよいな」
「出来るだろ。お前の傍にいる奴等に付き合ってれば、無理矢理にでもそうなるさ」

 実際、お前が俺から離れられたのはそいつ等のお陰だろ‥‥‥‥と、小さな声が聞こえてくる。
 まるで風に掻き消されるようにして消えていく声‥‥‥‥ヒカルは耳を澄まし、最後まで男の言葉を聞いていた。

「だが、私はそれを‥‥・」

 手放した。マルクトからの大移動を口実に、自分の方から解散させて突き放した。
 だが、そんなもの‥‥だからどうしたと、男が告げる。

(ああ、そうかもしれないな‥‥)

 あの人の言うことを聞かず、思うがままに、奔放に生きている少女と付き合っていたあの仲間達ならば、突き放したところで付いてくる。
 そう言う連中にお前は会えたのだと、男は消え入りながら告げていた。

「じゃあな。もう、会うことも言うこともないだろ?」
「いや、もう一つだけ」

 もはや姿は見えず、声も微かにしか聞こえない。
 しかし男は、確かにそこにいる。ヒカルの声も届いている。
 そう確信し、ヒカルは最後の言葉を口にした。

「‥‥‥‥言い忘れていた。あのぬいぐるみは、やはり私には似合わんから置いてくぞ」

 ヒカルにつられてしまったのか、シルエットの男は、最後に笑ったようだった‥‥‥‥‥‥‥‥






【7:さよなら】

「ヒカル! 目を開けてよ!!」
「‥‥‥‥やかましい。耳元で怒鳴らんでくれ」

 開口一番、ヒカルは目前で声を上げるレオナにそう言った。
 ゆっくりと目を開ける。ボンヤリとした視界の中、まるで霧が晴れるかのようにして、涙を流す相方の顔が見えてきた。

「‥‥酷い顔だの。久しぶりに見たわ」
「‥‥そうさせたのは誰なのさ。人の気も知らないで」

 レオナは、ヒカルを抱きしめている腕に力が籠もるのを懸命に押さえながら、ヒカルの胸に顔を押しつけた。
 涙顔を見られたくなかったのだろう。ヒカルはレオナの頭を優しく撫でながら、微かな笑みを浮かべて目を閉じた。

「心配を掛けたか」
「うん。馬鹿。いつもは一人で動くなとか言ってる癖に」
「まぁ、たまにはこんなこともある」
「その“たまに”で、こんな大騒ぎになってたら堪らないよ」

 レオナが顔を上げ、目尻に残っている涙を拭い取った。
 まだまだ、ヒカルには言いたいことが残っている。ヒカルにもあるだろう。
 だが、そんな余分な時間は残っていない。意識は取り戻しているものの、ヒカルの体は大量の出血により冷え切ったままである。
 このまま放っておけば、数十分と経たない間にヒカルの体は保たなくなるだろう。今の状態で意識を取り戻せただけでも奇跡的なのだ。
 ヒカルは身を起こそうとして、体に走る激痛に顔を強ばらせた。

「ヒカル、動かないで!!」
「くっ‥‥さっきまでは、何ともなかったのに‥‥・」

 緊張と痛みで、痛覚が麻痺していたのだろう。一度意識を失い、レオナを目の当たりにしたことで、緊張の糸が切れて痛みが戻ってきた。
 タクトニムの追撃から逃れるために動き回った体の傷は、最初に負った時よりも広がっている。止血はしてある物の、中身では未だに内出血を続けているはずだ。瀕死の状態にも程という物がある。
 レオナはヒカルの体を床に横たえると、ゲートを塞いでいる瓦礫の山に手を掛けた。

「待ってて! すぐに助けるから!」

 そう叫びながら、瓦礫を崩さないように慎重に、しかし大急ぎで退かしにかかるレオナ。
 天井からして崩れているその瓦礫の山は、複雑に入り組んで積まれている。どれだけ急いだとしても、退かせるだけで数時間はかかるだろう。
 ‥‥・それでも、もはやこの場所以外に外に出る道はない。メインゲートが塞がれた今、この搬入用ゲートが最後の出口である。他の出口になどヒカルを運んでいたら、その間に死んでしまう。
 その不安が、レオナの中では着実に積もっていた。
 このまま死なせたくはない。しかし現在の状況が、ヒカル生還の邪魔をする。

「GIIRUURRURURURII‥‥・」
「う‥‥コイツ等‥‥」

 背後から聞こえてきた声に、レオナは顔を歪ませた、
 血の匂いを嗅ぎつけてきたのだろう。ここに来るまでの間に仕留めきれなかったイーターバグ達の群が、ようやく追いついてきたのである。
 倉庫側の瓦礫の影からも、十、二十とバグ達が現れた。元よりこの場には、大量の死体があったのだ。何もヒカルがここに来なくとも、バグ達はいずれ匂いを嗅ぎつけ、辿り着いていたに違いない。仲間ですら食し、常に集団で動くイーターバグに血の匂いを嗅ぎつけられたことは、不運としか言いようがなかった。

(何も、こんなタイミングで‥‥・!)

 レオナが唇を噛む。
 この状況はまずい。動かないヒカルは、バグ達にとっては格好の餌である。そんなヒカルを守りながら瓦礫を撤去し、脱出するなど‥‥・
 そんな時間、何処にもありはしない。
 絶望とはこのことだろう。滅多に弱音を口にしないレオナだったが、今度ばかりはお手上げだ。
 だが、少なくとも自分が存在する間は、ヒカルに指一本触れさせない‥‥と、レオナは床に放り出してあった高周波ブレードを構え、ヒカルの前に立ち塞がる。
 その光景を倒れたままで見上げていたヒカルは、小さな溜息を吐いてから天井に目を向けた。

「こうなったか‥‥レオナ、無理はせんでいいぞ」
「何言ってるの。こんな所に捨ててくぐらいなら、最初から来てないって」

 ジリジリと間合いを詰めてくるバグ達を牽制しながら、レオナは慌ただしく目を走らせた。
 見える範囲だけでも三十匹弱。だが、騒ぎを聞きつけて現れるであろうタクトニム達を考慮に入れると、この倍は覚悟しておくべきだろう。普段は出会い次第、数が少ない内に徹底的に倒すか、逃走するかをしているが、今回はどちらも不可能だ。ヒカルが動けない以上はここに留まるしかないが、この数では、いずれはレオナの体も武器も保たないだろう。
 ‥‥戦いの火ぶたは、間もなく断ち切られる。バグ達とは約十メートル程の距離を開け、レオナはリミッターを解除しようと呼吸を整えて―――

「無理はする必要はない。相手なら、あいつにして貰えばよいだろう」
「へ?」

 頭上を見上げ、安心しきった表情で言ってのけるヒカルの言葉に、レオナは戸惑いを浮かべ‥‥・そして、響き渡った轟音と衝撃に体勢を崩した。

「だぁっ!?」
「ぐっ‥‥! 居るのは分かっておったが、もう少し静かに降りられんのか‥‥」

 まるで地震のように地を伝ってきた振動に、ヒカルが苦悶の声を上げる。
 その言葉に応えるようにして襲いかかった砂埃は、殺虫剤のようにイーターバグの群を追い払った。バグ達にとって、衝撃だけでも十分な効果があったのだろう。パニックに陥ったバグの群は、我先にと工場外に飛び出していく。

「な、なんなの!?」

 黙々と立ち込める砂を振り払い、レオナは油断なくブレードを構えて警戒した。
 バグに気を取られて気付かなかったが、何かが天井の上から落ちてきたのだろう。それは分かる。だが、その正体がただの瓦礫なのか、それともタクトニムなのか‥‥・
 瓦礫ならば、先ほどと同じ状況が間もなく作られる。タクトニムなら、状況はより一層悪くなる。

「‥‥‥‥っ」

 固唾を呑みながら埃が落ちていくのを待つレオナ‥‥‥‥対照的に、ヒカルは落ち着き払って笑みを浮かべていた。
 ゴッ‥‥!
 工場内に響き渡る轟音。そしてそれと共に巻き起こった熱風が、工場内の埃を吹き飛ばしていく。

「ぶっ‥‥って、これ、まさか」

 その熱風に心当たりのあるレオナは、埃を避けるために目に当てていた手を退け、目を凝らす。
 ‥‥飛散する埃の中からMSが現れた時、レオナは歓喜の声を上げていた。

「剣人!?」

 声を張り上げるレオナ。その声が届いたのか、それとも元よりこの場所を求めてきたからなのか‥‥・
 天井から落下してきたMS『流星』は、傷だらけになった機体を二人の方へと走らせていた。

『二人とも、ここにいたのか!?』
「なんだ、狙っておったわけではないのか」

 ヒカルは「また偶然に救われたか‥‥」と、小さく漏らしていた。
 地面に横たわっていたヒカルは、ずっと天井を見つめていた。その為、バグを警戒していたレオナが警戒していなかった天井の上に、何か、巨大なモノが乗っていることに気付いていた。
 もちろん、それがMSであるかタクトニムであるか‥‥‥‥などという判断は付かない。しかしこの状況下、ヒカルは、不思議とそのシルエットが“仲間”であるという確信を持っていた。
 『流星』が駆け寄り、コクピットから剣人が顔を出す。

「二人とも、動けるか?! 早くここから出るぞ!」
「そうしたいのも山々なんだけど‥‥・」

 レオナがゲートを塞いでいる瓦礫の山を見つめ、そして再び顔を覗かせているバグ達の群に顔を向けた。
 剣人はその気配に気付き、舌打ちしながら再びMSを起動させる。

『そこのゲート、開けられるのか?』
「うん。ここは使えるようにしておいたから」
『なら、俺が瓦礫を退かす。ゲートだけ開けて、あのバグ達を遠ざけてくれ』
「間に合うの!?」
『間に合わせるんだ! 急いでくれ! じゃないと、奴が‥‥』

 剣人が瓦礫に手を掛ける。小さなレオナの体と違い、まるでゴミを振り払うようにして瓦礫を撤去していく『流星』‥‥・
 その急ぎように押され、レオナは隙をつくようにして前に出てきたバグの頭をブレードで押し潰し‥‥・
 ドォン!
 剣人が落ちてきた落下地点、山のように積み重なっていた瓦礫の中から、一本の巨大な腕が現れた。

「な、なんなのアレ!?」

 さすがのレオナも、声を上げて剣人に怒鳴る。対する剣人も、「ぐっ」と息を呑み、ブレードを引き抜いた。

(首を完全に切り落とした‥‥‥‥それでも足りないのか!!)

 剣人は当然のように復活してくる怪物を睨み付け、瓦礫を一閃して悔しげに瓦礫を吹き飛ばす。
 ‥‥・あれから街中を駆けずり回り、怪物と逃走劇を繰り広げた剣人は、どう足掻いても死のうとしない相手に、苛立たしげに最終手段に打って出ることにした。
 その手段とは、“首”を切断する‥‥という、至極単純なものである。
 アレがどれ程にデタラメな生物だったとしても、生物である以上は脳があり、それを切り離してしまえば体は死ぬ。再生能力持ちのエスパー達であってもそうなのだ。この敵にも、効く公算は高かった。
 だと言うのに、アレはまだ死んでいない。わざわざ天井の脆そうな工場に目を付け、惹き付けたところで足場を崩し、落下の勢いを上乗せして高周波ブレードを叩き付けたにも関わらず、まだ生きていた。首は完全に飛ばしている。実際、今瓦礫の中から這い出そうとしているモノには、つい先ほどまであった頭部が欠如していた。
 ‥‥‥もっとも、その切断された首元からは、新たな頭部がせり出してきているのだが‥‥‥‥
 その光景を呆然と見守っているレオナに、剣人は声を上げる。

『説明はあと! 開けてくれ!!』
「う、うん!」

 剣人の叫びに、レオナの反応は早かった。壁際に取り付けられている端末を操作し、瓦礫の取り除かれたゲートが開閉する。ちょうど『流星』の背の高さと同じ程の大きなゲートだ。
 バグ達は、セフィロトを荒らしていた捕食者に、堪らず恐れをなして逃げていた。レオナも本能的にか、経験的にか‥‥‥‥得体の知れない悪寒に、ゲートを開けてすぐにヒカルに飛び付いた。
 ッッッオ!!
 耳元で鳴る大撃音。動けないヒカルに向けて伸びてきた怪物の腕が、空を切ってビルの壁を破壊する。
 咄嗟にヒカルを抱えて転がったレオナは、ヒカルを抱きしめたまま、その勢いを持って起きあがり、疾走した。剣人を追って現れたモノとは、戦うべきではない。その直感が、レオナを駆り立て、突き動かす。
 剣人は目の前を通り過ぎてヒカルを狙い、ビルの内壁を抉った腕を見た瞬間、高周波ブレードをその腕に突き立てて壁に固定させていた。
 
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAOOOOOONNNN!!!!!!」

 堪らず声を上げる怪物。しかしそれでも、大した拘束時間は稼げない。高周波ブレードで串刺しにされたにも関わらず、怪物の豪腕は壁ごとブレードを引き抜こうと戻り始めている。
 そんな相手に稼げるのは、精々数秒程度だっただろう。しかし、それでも十分な時間である。
 剣人もレオナの跡を追い、ゲートにMSを滑り込ませて疾駆する。厚さ十メートルはあろうかという巨壁のトンネルを潜り抜け、対岸で先に待っている二人に、すぐさま合図を出した。

『閉めてくれ!!』
「もちろん!」

 剣人が口にした時には、既にレオナは外側の端末を操作し始めていた。

『だぁぁあ!!』

 左右から壁の迫ってくる通路を駆け抜け、剣人は危険地帯を脱していた。マルクト側の廃墟に滑り込んだ剣人は、コクピットの中、肩で息をしながら『流星』を倒れ込ませる。
 先に通路を駆け抜け、ヒカルを背負いながら端末を操作していたレオナは、駆け抜けて倒れ込んだ剣人にガッツポーズを取っていた。

「やった! 間に合っ―――」

 ガゴンッ!
 言葉を掻き消すように発せられた音に、ガッツポーズを決めていたレオナの体が硬直する。そしてその音の出所からの衝撃を直接受けた剣人は、ホッとする間もなく腕を手近な壁や鉄骨に伸ばし、掴みかかる。
 剣人はカメラを動かし、衝撃の出所である『流星』の足下に目を向ける。
 ‥‥そこには、セフィロト側に残されているタクトニムの、伸縮自在の腕が突き刺さっていた。

「いい加減に‥‥!!」

 左腕に仕込まれているショットガンを向ける。レオナがヒカルを横たえ、素早く高周波ブレードを構えて斬りかかる。そして、突き刺さっている腕が『流星』の足に腕を食い込ませたままゲートの通路に引き込もうと腕を縮め、『流星』の体を引きずり‥‥!
 ゴォン!!
 衝撃、爆発。そして『流星』の足ごと爆発したタクトニムの腕は、盛大な悲鳴と共に、ゲートの中に引っ込んでいった。

「だっ‥‥あ、ああ」

 剣人は突然窮地から解放されたことで、何も考えられず、荒い呼吸を整えにかかった。カメラを動かし、周囲を見渡し、得体の知れない爆発を引き起こした張本人を捕捉する。
 そして、廃墟と化した街の中を駆けずり回っていたらしい何人もの姿に、三人は、安堵で体から力が抜けていくのを感じていた。

「ハァ、ハァ、ハァ‥‥・みんな、来てくれたんだ」
『ら、らしいな‥‥』

 剣人とレオナは、緊張の糸が途切れ、地面に倒れ込んだ。痛みに歯を食いしばっていたヒカルも、倒れている三人に駆け寄ってくる仲間達を見つめ、大きな安堵感に包まれる。

(本当に死に損なってしまったな‥‥‥‥)

 集まり、駆け寄ってくる、解散したはずの仲間達。
 ヒカルは仰向けに寝ころびながら、大きな溜息を吐いていた。

『ヒカル、生きてるか?』
『‥‥なんとかな』

 ヒカルは、MSの中で休んでいる剣人からの念話に、力無く答えていた。
 生きている。ならば、どれ程の重傷を負っていたとしても、もう心配はいらないだろう。集まってきた者達は、何を置いても必ずヒカルを助けにかかる。
 ヒカルは、逆の立場に立ったならば自分もそうするだろうと、自らの犯した過ちに自嘲した。

『お前、生き残るぞ』
『うむ、そのようだな』
『コイツ等、絶対にお前のことを叱りにかかるぞ』
『やはりそうなのか』
『たぶん「危なっかしい」とか、適当な理由付けて引っ付いてくるぞ』
『私はレオナか』
『さして変わらんだろ。いざというときに周りが見えなくなる辺り、絶対にレオナに毒されてるからな』

 念話でも、剣人が笑いを堪えていることが伝わってくる。
 ヒカルは静かに目を閉じ、フッと小さく笑みを浮かべた。

『なるほど‥‥‥‥私の居場所は、ここにあったか』

 居るべき場所はここに在る。
 追い求めていたものはない。しかし、既にその追い求めていたものの存在すらも上回った何かが、今、この場所を占めている。
 ヒカルは小さく頷きながら、剣人にこっそりと呼びかけた。

『さて‥‥再結成の呼びかけ、どうしたものかな?』
『自分で解散宣言した手前言い辛いのは分かるが、自分で考えてくれ。楽しみにしてるからな』

 剣人は最後に、心底楽しそうに忍び笑いを漏らしながら念話を切った。
 その反応に、ヒカルは内心で溜息を吐き出した。

(やれやれ。解散期間はたったの二日か‥‥・これは、しばらくからかわれるな)

 仲間に囲まれ、治療を受けながら‥‥・‥‥・気絶中のフリをして時間を稼ぎながら、ヒカルはどう言えばいいかを考えていた‥‥‥‥・










☆☆参加PC☆☆

0536 兵藤・レオナ
0351 伊達・剣人
0541 ヒカル・スローター


☆☆あとがき☆☆

 最後の最後まで〆切を守らなかった、メビオス零です。
 言い訳はしません。ただ単に風邪を引いて寝込んでいたり今時分も体温がやたら高かったりでも吐き気とかは退いたから書いてみたけど普段書いてるノートPCにトラブルが発生して慣れないデスクトップPCで書いてみたらPCの発する熱に負けて倒れかけたりデスクトップの方には単語登録してなかったから「剣人」とか「タクトニム」とかの単語がスムーズに出てこなかったりで散々な目に遭っていたメビオス零です。言い訳はしません。最後までごめんなさい。
 まぁ、途中までは風邪なんて引いてませんでしたよ? たぶん作品を読んでいて、「‥‥ここら辺からだな」と思ったらそこからが風邪を引いたタイミングです。そもそもちゃんと〆切を守っていれば、こんなことにはならなかったんでしょうけれど‥‥‥‥重ね重ね、ごめんなさいです。
 では、言い訳タイムはこれまで(ァ、言い訳って言っちゃった)!
 以下はシナリオに対する個別コメントです。

◎レオナ様◎
 主人公‥‥なのになぜか主人公第二号となってしまいました。なんでだろう。何処でずれたんだろう。‥‥いや、おかしいとは思ったんですよ? 名前は出せませんが、“例の超能力者様”がシナリオに参加していないなら、ヒカルと絡ませることも出来ただろうに‥‥。すいません。私が窓口を閉めていたばっかりに混乱させてしまいまして‥‥‥‥むぅ、開けておけばよかったか。

○ヒカル様○
 今回の主人公様。目立ってるのか目立ってないのか、のっけから瀕死の重傷を負ってしまいました。体から流れてる血の量を考えると、どう見ても途中で死んでる筈なんですが‥‥そこは、アレです。ヒカルさんだから大丈夫なんです。ァ、ちなみにレオナさんも同じぐらいに死にません。頑丈ですから。
 今回、ちょこっとだけ出してしまいましたが、ぬいぐるみ云々などが解らない人はヒカルさんの過去作品を見ておけば解ります。矛盾は‥‥ないはず。たぶん!

☆伊達 剣人様☆
 目立ってるのか目立ってないのか解らない人第二号。今回は“例の超能力者様”不在により、レオナさんの相方兼保護者を務めて頂きました。
 最初、プレイングを読んだ時には「?」と思いましたよ。いえ、私、知らなかったんですよ、『メタスラアタック』って。あのゲームをしたことなかったですから。で、調べてみて‥‥「これ、自爆特攻じゃん!」と、思わず突っ込みました。機体だけを捨てて自爆‥‥でもゲートを壊すと大変なことになるので、ちょっと壊れるだけにしてしまいました。ご期待していたら申し訳ありません。


 ‥‥では、長々と申し訳ありませんでした。
 サイコ・マスターズでの仕事はあと一本だけ残っていますが、たぶん皆様にとってはこれが最後になると思います。余裕があって、かつご希望が在れば窓口を開けるのですが(それで一日だけ開けてみた。速攻で塞がった時には笑ってしまいましたよ)、そうしているとずっと続けてしまいそうですから‥‥‥‥いい加減、期を見ないといけませんね。もうそろそろ潮時です。
 では、長々と呼んで頂き、誠にありがとう御座いました。
 このシナリオに対する感想・苦情・指摘などは、容赦なく遠慮無用で送りつけてしまって下さい。だいたい一日から二日程の覚悟期間を経てから読んでますので、多少ショッキングなことが書いてあっても耐えられると思います。むしろ無反応だとそれはそれで怖いので。
 では、改めまして。
 今回のご発注、誠にありがとう御座いました!!(・_・)(._.)