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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


困ったちゃんを連れ戻せ 〜フリーダム青少年

 その日。
 クレイン・ガーランドは『四の動きの世界の後の』の事務所に訪れるなり――ぼやき半分のような感じでケツァルコアトルからそんな話を聞かされていた。要は折り入っての話――依頼の話。確かにこの都市の政情を考えると、ビジター資格を持たずに塔内イエツィラーに行っている奴を都市マルクトまで連れ戻してくれ、となればちょっとばかり折り入っての話にもなるだろう。
 ただ。
 ケツァルコアトルにしてみれば、その場に居合わせているクレインにその依頼に行ってくれ――と、直接はっきり頼むのには少々躊躇いを覚えている風である。
 だからこそぼやき半分の言い方になっている。
 何故なら――クレインの他に依頼を請けてくれそうな人員は今ここには誰も居ない。誰かすぐ来る予定も無い。…ケツァルコアトル当人は支部元締と言う責任上この場で待機している必要がある為、動けない――今日はもう一人の元締、テスカトリポカは何らかの仕事で留守らしくそちらにも頼れない。
 適性から考えてこの依頼にクレイン一人だけを赴かせると言うのは若干の無茶がある。場所が都市マルクト内で済むならいざ知らず、この依頼の場合何と言ってもヘルズゲートの向こう側に行かねばならない。…それは確かにクレインは資格も持っているビジターであるし塔内イエツィラーに赴いた事も少なくは無い。一応、銃を使えない訳でもないが――ただそれでも『一人』でこの依頼の為に塔内イエツィラーに出向いてもらうのは心配なくらいの技術しか持っていない。他に戦闘向きな――と言うか直接身を守るのに向きな能力がある訳でも無い。この依頼の場合、クレインは捜索対象との交渉面では頼れるかも知れないが――場所柄せめてもう少しくらいは戦闘向きの人員も同時に欲しい。
 なので、ケツァルコアトルはクレインに依頼の話はしたが――それで行動として具体的にどうして欲しいと言う詰めるべき詳細の部分についてはのらりくらりと先伸ばしにしていたりする。
 せめて誰でもいいから誰か一緒にお仕事頼めそうな人が来るまで、と。
「…心配し過ぎだと思うんですけどねぇ」
「…ヘルズゲートって開けた途端にタクトニムが出るような事だって少なくないんだけどね?」
 つまり、ヘルズゲートの向こう側に行ったら何処に居ようと危険地帯である事に変わりはない…とケツァルコアトルとしては言いたい訳で。
 はぁ、と嘆息しつつもケツァルコアトルは座っている事務椅子ごとぐるりと回って事務机に向き直ると、その上に置いてあるファイルをぱらぱら捲っては頁を上から下へと確かめるように指でなぞっている。このファイルは現在契約している傭兵のリスト。今すぐ呼べそうな人この依頼に適していそうな人。見付ける度リストを上からなぞる指を止め無線で連絡を取ろうと通信を試みてみたりもするが――どうやらその都度相手側の手が空いてないようだったり無線が壊れているらしかったり他色々と――何だか間の悪い事に今すぐには誰とも伝手が付きそうにない状況が続いている。
 ケツァルコアトルは事務机に向かったまま――つまりはクレインに背を向けたまま、また嘆息。
 と。
「本当に大丈夫ですってば。貴方の様子を窺っていますに他にお手隙の方もいらっしゃらないようですし」
 ね? と小首を傾げてクレインはそう言ってくる。
 何だか全然翻す気配がない。
 …と言うか実はこの場合、むしろ元締のケツァルコアトルがのらりくらりと具体的に依頼の話を詰める事から逃げていたり誰か他の人員を捕まえようとしている事からして余計に、クレイン側としてはそんなに気を遣って頂かなくても、と思っている訳だったりする。
「うーん…」
 ケツァルコアトルは唸っている。
 そんな背中をクレインは思案げに窺っている。
 …元締は自分だけをこの依頼に向かわせる事を心配しているが、クレインとしてはこの依頼はそれ程心配するようなものではない、と思っている。壁一枚隔てただけのヘルズゲートの向こう側が戦場同然で危険地帯なのは勿論承知だ。が、驕りでも何でも無く、危険だと言っても何と言うか…クレインの場合、どうも一度死にそびれて以来その辺の運だけはあまり悪くないのである。危険な目に遭う事はあっても、その結果大した負傷をした事もないし…厄介な問題にぶち当たっても何とか良い方向に切り抜けられている。
 だから、わざわざ戦いに行く訳でも無いなら、まず一人で行っても大丈夫だろうと思う訳で。
 …ここは、私の方で行動を起こしてしまいましょうか。
 そんな気分になってくる。
「旧住宅地の方、と言う事でしたよね?」
 確認しながら席を立ってみる。
 ケツァルコアトルはまだこちらを向いていない。
 クレインは更に続けてみる。
「捜索対象のお名前はアジテーターさん。それと外見としてあまり当てにはならないとの事ですが、この写真も一応お預りしても構いませんよね」
「うん。そりゃ別にいいけど――って」
 と。
 そこまで聞いたところでやっとケツァルコアトルが振り返った――その時既にクレインは扉のところまで来ている。振り返ったその顔に静かに微笑みを向けると、クレインは軽く片手を挙げ挨拶、そのままコンテナの扉に手を掛け向こう側に消える――事務所を後にする。
 ケツァルコアトル、一時停止。
 一拍置いて慌てると転げるように事務椅子から下り、事務所コンテナの扉に飛び付く。飛び付くなりその扉を開け勢い込んで外を見た。
 が、その時既に人込みに紛れてしまっていてクレインの姿は見えない。…この『四の動きの世界の後の』事務所コンテナ、ジャンクケーブ内でも特に変化が少ないまま残されて今に至っている通路――言わばジャンクケーブ本通り、目抜き通りのような道に面している為、実は事務所の前の道は基本的にいつでも人通りは多い。
 このまま無策で追い掛けてクレインが見付かる――クレインに追い付く可能性は? そしてそれを実行したとして、その間事務所はどうする? …僅かな間なら構わないが僅かな間で済むと思うか?
 …。
「まぁ良いか」
 本人が言うんだから。
 あっさりそう思い直すとケツァルコアトルはコンテナに――事務所奥の事務机まで戻りつつ少し考えを巡らせる。机に辿り着いたそこで無線端末を手に取ると、チューニングを合わせてまた別の誰かと通信を試みる。
 今度はすぐに繋がった。
 よし。
「こちら羽の蛇。あのさ、あんたら今イエツィラー居るって聞いてるけど細かくは何処に居る?」
 …もし旧住宅地に近い方だったら…ついでにちょっと頼まれて欲しい事あるんだけど。



 そのまま宿の部屋まで戻り取り敢えずの装備を整え、ヘルズゲートを潜って暫し。
 クレイン・ガーランドは殆ど手ぶらに近い状況で塔内イエツィラーの中に居た。武装は一応してはあるが持っているのは反動がそれ程強くない小型拳銃のみ――クレインは元々その程度しか使えない。そして今回は特に何か物品をサルベージして来る予定も無いので余裕のある大きめの鞄を持ってきてもいないしその他の装備も最低限。…持参している予備の弾も少なめである。
 アルビノの身である上にサイバー化後は余計に疲労し易い体質になってしまってもいるので、装備は出来る限り軽い方がいい。今回ここイエツィラーに来たのはあくまで人捜しなので、小回りの利く――もしもの時も逃げ回り易い格好の方がいいだろうと言う思惑もある。
 ともあれそんな軽装備でクレインは旧住宅地――居住区の区画にかかるところまでやってきた。…現時点ではタクトニムには遭遇せずに済んでいる。
 人目に付かない隠れた位置でそれとなく周辺の様子を窺っている。人気はあるか。タクトニムの気配は。今のところすぐ側には居ない。少し離れたところで鉄火場らしい銃撃音は耳に届くが、まだ一応ここまでは届くまいと言う程度の音である。
 ――…もしこの辺りでアジテーターさんが見付かれば…ゲートを通らずとも帰還できるところを探しておきたいですね。
 取り敢えずそう思う。話からするとこのアジテーターとやら、元々目立たずに行動して来た人物らしい。ならば彼(?)ならきっと、そういう風に出入りできる場所の一つや二つは知っているだろうと思う訳で。
 実際に、都市マルクトには何処からともなくタクトニムが紛れ込んでたりする事も比較的多くある。行き来が出来るのが本当にヘルズゲートだけであるなら都市マルクトに紛れ込んでいるタクトニムの数はもっとずっと少なくて済む筈――と言うか、行き来が出来るのがヘルズゲートだけならば、ヘルズゲートに門番が居る以上少なくとも――例え殲滅敵わず逃してしまうにしても――ビジターズギルドが把握していないタクトニムが都市マルクトをそういつまでも徘徊している筈がないのである。だがそうではない。ならば何処かに紛れ込める抜け道のような場所はあって然るべき。
 それは、大きな目立つもの――安定したもの、使い易いものではなくとも。
 ――…まぁ、もしそんな場所が見付けられたとして、出来るだけ安全なところだと良いと思うんですけれど。
 考えてはみるが、何にしてもあくまで希望的観測。
 預かって来た写真を取り出して見てみる。
 アジテーター。…何だか実際にサイバーテクノロジーを使っている、と言う意味をさて置いても印象としてサイバーでパンキッシュな少年、と言った風である。機械にシンパシーを感じているような無機的で鋭く冷たい印象のロボットめいたファッション。…趣味からして疑いようがなく前世紀のSF方向だ。更には写真の印画面でも顔半分を覆うようなミラーゴーグルを掛けている時点で充分過ぎる程正体不明。
 クレインの見る限り、ベースは恐らくコーカソイド系の混血。…但しあまり自信は持てない。それっぽい人工皮膚や顔型パーツを使っているだけの可能性もある訳で。今のサイバーテクノロジーは生身の人間と見た目だけで区別は付かない。…まぁ、人工皮膚はあまり使いたがらないと言う話なので、ここは特に勘繰る事もない気はするが。
 これの上にこの捜索対象のアジテーターとやら、着替えるように簡単にサイバー部分を増やしたりパーツを変えたりしているとの事なので…確かに事務所で聞いた通りこの写真だけではあまり当てにならないのだろう。見た目だけでは無い。ビジターライセンスを敢えて取得しない事と言い彼(?)を知る者からの評判と言い――…。
 ――…自由さがお好き、と言う事なのでしょうか。
 何となく思いながら、写真を仕舞う。
 まぁ、外見の事前情報は当てにならなくともアジテーターと言う呼称に関しては誤魔化さないと聞いている。
 …なら、その名前で確認するしかないか。
 思いながらクレインはあまり目立たないよう連なる家屋――廃屋の壁沿いに移動しつつ、周辺の様子を窺い続ける。注意深く動けばそんなに目立つものでもない。
 と。
「…うわホントに来たよ」
 いきなり聞き覚えのあるボーイソプラノが飛んできた。



 おやと思いクレインはそのボーイソプラノの主を探す――探すまでもなくその彼はクレインの目の前にぴょんと飛び出してきていた。都市型迷彩服に身を包みアサルトライフルで武装した、まだ年端も行かない日系の少年。
 確か以前遭った時、若宮と名乗っていた。
 クレインはちょっと驚いて御一人ですかと訊こうとしたら、その後ろから何処か化物染みた印象を与えるネグロイド系眼帯男――ジェダも少し遅れて現れた。となるとその時点で訊くべき事が消えた。今ひとまず訊こうと思っていたのはこのジェダの事だったので。何故ならこの二人は基本的に共に行動している――と言うか若宮の方がこのジェダに懐いてくっついて回っているので、その若宮が単独で行動している事はまずないだろうなぁと思った為。
 以前クレインが彼ら二人と遭った時には…出遭い頭にいきなり銃突き付けられて回収品&装備品の横取り狙われたりとちょっと先走った行動を取られてしまっていたのだが――ちなみにその時はこの二人、回収品&装備品を受け取る代わりにいつの間にやらクレインたちをヘルズゲートまで送るボディーガードを務めさせられていたと言うオチがあったりもするのだが――、どうも今日はそんな感じでは無い。二人とも、武装を持ってはいてもそれらを構えてこちらに銃口を向けて来る気配が無い。
 いったいどうしたのか。
 クレインは思わず目を瞬かせる。
「若宮さんに…ジェダさんじゃないですか」
「…てめぇその気になると結構デキやがるな。事前にテレパスで【網張って】なきゃココまで来てる事気付かなかったぜ?」
「…網?」
「そのつもりで居りゃ接触で無くても【読め】ンだよ。網張った範囲に誰か来たか――『誰か人の思考が入って来るか』くらいはな。【生態感知】程はっきりわかりゃしねぇが、それでも大雑把にゃわかる」
「そういう事でしたか。それで。…うーん。確かに私は生活感が稀薄な人間のようには見えるみたいですけれど」
 とは言え気配まで稀薄かどうかはちょっと謎ですが。まぁ、注意深くここまで来たつもりではありますけれど。
「あ、それより…申し訳無いんですが今日は貴方がたに差し上げられるような物が前にも増して綺麗さっぱり全く何も無いんですが」
「…別にそんなつもりでてめぇの前に来たんじゃない」
 いきなり無線で羽の蛇に頼まれた。
「羽の蛇って…『四の動きの世界の後の』セフィロト支部元締のケツァルコアトルさんに、ですか」
 彼女は確か無線等では名前が長いせいか『羽の蛇』と名乗っている事が多い。
 クレインがジェダに確認すると、今度は若宮が頷いてくる。
「そうそう。てめぇを手伝ってやってくれってよ。なんか金にはなるし反ギルド的な話なんだって?」
 と、更に若宮が続け――クレインの前に現れた理由を言ってくると。
 にこりとクレインが微笑んだ。
「その為にわざわざ御二人が。それは有難う御座います、心強いです」
 …。
 その臆面の無い反応を受け、若宮とジェダは反射的に非常に不本意そうな顔になり黙り込む。…以前遭った時と言い、この白皙の青年相手ではどうも調子が狂う。
 一拍置いてからジェダはクレインを見た。
「…で、詳しい話はてめぇから直接聞けって言われてるんだが」



 と、そんな訳で。
 クレインから依頼の詳細について粗方聞いたジェダと若宮は――ちょっと妙な顔をしていた。
「アジテーター、か」
「…って…あの何処がツボなんだか良くわからねぇ莫迦の事っスよねジェダさん?」
「…」
「ご存知なんですか御二人とも」
「ああ。そう名乗っているミラーゴーグルを掛けたエスパーハーフサイバーになら、イエツィラーで何度か遇った事はある。今現在の居所に心当たりはねぇが」
「旧住宅地の方に来ているらしいって話だけは事前に聞いているんですけれど」
「んじゃその辺に居そうだって事か」
「…。…逃げた可能性もあるかもしれねぇな…」
「え?」
「…さっきてめぇを見付ける前にタクトニムと戦り合ったからな。音が聞こえていれば逃げたかもしれない」
 言われてみればジェダと若宮からは火薬のきな臭さがする――そんな臭いが残っている。…となると、どうやら先程少し離れたところでした銃撃音はこの二人組の仕業だったと見ていいらしい。
 クレインは少し考え込む。
「それは困りましたね…」
 二人がタクトニムと交戦した事で、事前に聞いていた場所が当てにならなくなっている可能性がある、となると。
 他に当てらしい当ては、ない。
 …ならばひとまず、この近所を出来る限り急いで捜して――可能性を潰した方が良いか。
 そう決めるとクレインはその旨伝え、ジェダと若宮の二人にも彼らが元来た道――旧住宅街範囲での周辺の様子を訊いてみる――誰か人やタクトニムの姿があったかどうか。少なくともアジテーターの姿は見ていないと確認したところで、今度は人気の無さそうな場所、無いだろうと思われる方向――現時点で平穏無事に済んでいそうな場所を幾つか候補に挙げる。
 候補に挙げたその場所を、現在位置から近い順に向かってみる。向かう途中でも注意は怠らない。塔内イエツィラー、いつ何時状況が動くかはわからない訳だから。
 動くものの姿が同行者以外にはまず誰も見当たらない閑散とした場所まで到着すると、クレインは何度か名前を呼んでみる。…アジテーターさんと言うその方が、すぐ反応して下さる方だと良いなあと思いつつ。逆に他のお客さんに来られてしまうと色々と困るので。逃げるにも大変だし、ジェダたちに交戦してもらうにしてもそうするとむしろ捜索対象の人物からは避けられる可能性が高いと思うから――依頼の目的からは遠くなってしまう。
 …いや。
 捜しているこちらが何らかの危険な状況に陥っていたとして、その方が逆に捜索対象の興味を引く可能性もあるかもしれない。捜索対象のアジテーターが塔内イエツィラーでどうして無事で居られるのかその理由までは詳しく聞いていないのだから――実は戦闘面で強い人だったりその手の騒ぎに興味があったりする可能性もあるかもしれない。
 その場合、アジテーターがいい人であるなら助けてもらえたりするかも=向こうから私の元に来るように誘き出せる可能性もあるかも、とも考えてみたりする。
 …まぁ、若干黒い考えかも知れないし無謀であるかもしれないが。
 とは言え。
 今ここには――クレインだけではなくジェダと若宮も居る訳で。
 …そうなると、ちょっと試してみたい事も思い付く。
 クレインは二人を見た。
「あの、ちょっと伺いたいんですけれども…いいですか?」
「なんだ」
「アジテーターさんとお会いした事があるとの事ですが、いったいどういう方なのか…御二人から見ての印象を聞かせて頂けたらなと」
「………………読めない奴だな」
「その通りっスね。あ、声がわざとらしいまでに合成な電子音声だったから感情とか性格とかその辺余計読み取り難かったってのもあるかも知れねぇな。ちなみにテレパスの方で【読む】限りは…考えてる事はまるっきり芸術家」
「…そういう方なのですか」
「ああ。…幾ら【読んで】も理解不能な辺りがな」
 なんつーか、考えてる事自体ははっきり【読めて】ンのに、どうしてそういう考えになるのかのプロセス、その思考回路の方が意味不明なんだよな。
「…」
 テレパスの【思考読破】で意味不明と来るか。
 ならば――思い付いた『ちょっと試してみたい事』、やってみる価値はあるかもしれない。
 クレインは改めて二人を見る。
「ではちょっと思い付いた事があるんですけれど…協力して頂けませんか?」
「?」
「いえ、以前私と遭った時にしたような事をここでもう一度やってみては頂けないかな、と思いまして」
「…はあ?」
「ですから、回収品と装備品の横取りを狙って私に銃突き付けてるような事を今ここで、って事です」
 勿論、フリで。
「きっと御二人なら…人間ですけど端から見て襲撃者として信用してもらえると思うんですよ。貴方がたの実力があれば間違いで撃ってしまったりって事もないでしょうから私も安心してお任せ出来ますし。私の方もたった一人の上に見た目こうですから、端から見てカモにされてる事は信用してもらえそうな気がしますしね」
「………………てめぇな。…それでどーなるってんだよ」
「逆にアジテーターさんの方から気にして頂けたりしないかなぁ、って」
「…」
 クレインのあんまりな科白に若宮は唖然としている――ジェダの方は頭痛でも堪えているように額を押さえて俯いている。
 と。
 何だか妙に篭った爆音がした。
 …冷静に聞いてみると、その爆音は、ぶはははは、と噴き出して笑う声のような――でも声帯を震わせたような生の音でないので何とも言い難いデジタルなノイズの爆音に聞こえたような感じであり。
 三人は――と言うよりジェダと若宮は反射的に音の源へと振り返り銃を向けている。一番速かった反応はジェダで、銃口を向けるのみならず間合いまで詰めていた。それより少し遅れて若宮、最後にクレインが音の源であるその人物を振り返っている。
 そこに居たのは顔半分を覆うミラーゴーグルを掛けた小柄な人物。針金のような色と質感の髪の毛なツンツン頭。後ろ髪は長いようで、細長く編んだ同色の三つ編みをマフラーのように無造作に肩に掛け一周させている――それが可能なくらい長かった。服装の方はウォッシュアップした穴だらけなボロボロのGジャンにGパン。機械めいたデザインの鋲、ベルトやチェーンなどを多く付けて纏めている。左腕はサイバーパーツのようで金属剥き出しのままになっている。
 三人の注目を集めたところで、その人物は「よお」と挨拶するように軽く片手を挙げてきた。…若宮から銃口を向けられているのみならずジェダのショットガンを殆ど直接突き付けられているのに、動じた様子が全く無い。
 それどころか、その人物が挨拶をした対象は――どうやらジェダでも若宮でも無く銃を向ける事すらしていないクレインである。
「ははッ。こいつら手玉に取るたァやるね、オニイサン」
 いーっつもしかめっ面してクールに決めてるつもりなジェダの野郎に若宮の子犬もアンタにかかりゃ形無しだなっ♪
「…はぁ」
「…黙れ」
 と、ジェダはその至近距離からいきなり発砲――した筈だったのだが、その時には既にそこにその人物は居ない。かと思うと、その人物は今度は若宮のアサルトライフルの銃身を掴んで退かしつつ、クレインのすぐ目の前まで来ている。その動きは殆どコマ落とし。そう思ったところで――【テレポート】だよん☆ と男とも女とも付かない合成電子音で秘密めいて囁かれた。
 …少し驚く。
 結構小柄――確かに『四の動きの世界の後の』元締の二人と同じ程度の体格。
 何だか性別不明――声がいかにもな合成の電子音では元々そのつもりでいるとしか思えない。
 そして――顔半分を覆うミラーゴーグル。
「あの…ひょっとして貴方がアジテーターさん、ですか?」
「スィン――そう。なぁんか呼ばれたよーな気がしたなーと思って来たら妙な組み合わせが面白そうな事話してっからさあ。暫く様子見させてもらったワケなんだけどー。…と。ちょっと待ってねー今イイフレーズ浮かんだ」
 そう言うとアジテーターはサイバーパーツ剥き出しの左腕を蓋を開けるようにおもむろに『展開』して中に内蔵されている何かを操作し始めた。
 クレインがきょとんとする。
 その操作――指の動きを見るに、何となくリズムを取っているような、何かを紡いでいるようなそんな風に見えたのだ。まるでピアノでも――キーボードでも弾いているような。
 暫くその操作を続けてから、アジテーターは何故か満足げに展開した部分を再び左腕の中に仕舞う。
「って事で。アンタらオレの事捜してたんだろ? …相っ変わらず早ぇよな執事のやろ。まだこっち出て来てそんな経ってないじゃん…ってそうでもないのか」
 今度はこめかみ辺りをとんとん叩きながらアジテーターはぼやいている。
「あー、三日経ってるってこた執事も我慢した方かもなァ。ケツァーとかテスカは何か言ってた?」
「いえ。特には。…それより三日間も御一人で塔内に?」
 何だか全然そんな装備には見えない。このアジテーター、クレインより軽装である。…武装どころか、殆ど手ぶらだ。
「んー、ここんとこちょっとスランプ気味でねぇ。気分転換にこっち来てみたんだよね♪」
 旧住宅地――居住区画の方だとタクトニム少ないし、ついでにどっかイイ場所ものんびり探せるかなぁってね。
「いい場所?」
「クラブパーティの会場にさァ」
「…」
 塔内でか。
「何処か良さそうな場所、見付かりましたか?」
「設備が結構そのまま使えそうなトコなら幾つか物色できた☆ 電圧も安定してたから――後は機材持ち込みゃいいだけで。で、そんな事してたら…アンタらがオレの名前出して騒いでるの見付けたんだよね?」
「…そんなに目立っていましたか?」
 私たちは。
「いやいやこちとらセンサリティ――例えば【透視】やら【千里眼】ってモンが利くんでね。しかもそれで【見た】ら一緒に居るのがジェダに若宮、それといかにも場違いっぽい物腰穏やかなアルビノの美青年三人と来れば何だか有り得ねぇ組み合わせだろ。そんな連中が和気藹々とオレの名前出してりゃ興味も湧くって。あーところでアンタさ…オレの思い過ごしかもしんねぇけどサ、ガーランドって名前に聞き覚えない?」
「…私のファミリーネームになりますが」
「お。つぅとひょっとして本人だったりする? クレイン・ガーランド?」
「私の事を御存知で?」
「大して御存知じゃねぇよ。ただもしクレイン・ガーランドなんだったら、アヤワスカからオファーがあったら宜しくって言っとかねぇとな、ってだけの事♪」
「…そういう事ですか」
 アヤワスカ――魂のつる。南米アマゾンの原住民の間で伝わる、神話的世界観を共有する為の祭祀で利用する幻覚剤の名前。…確かそんな名前を冠した会社がマナウスにあった。…時勢に乗って少なからずマフィア化してもいるテレノベラや映画の製作会社である。つまりは一応ながらクレインの表の仕事の方に絡んで来るだろう名前で。…このアジテーター、そこに関係する人間と言う事か。
 幾ら表では別名で活躍している、代理人を立てていると言っても、別に本名の方を完璧に隠し通している訳でもない。表向きには隠していても、業界の人間ならそれなりに知っている。
 …とは言えここはセフィロトの塔内。こんなところで、そんな話が出てくるとは。
「…。…宜しくと言われても頂いたオファーの内容がどんなものかにもよりますが。…それより今は」
 貴方の方が先です。
「どうやら元々御承知のようですが、貴方を秘密裏に都市マルクトまで連れ戻してくれと言う『四の動きの世界の後の』からの依頼の為に私どもはここまで来た訳なので…お会い出来たところで、一緒にお帰り頂けると嬉しいのですが」
「ん? ああ、いいよ。アンタらのおかげでスランプ脱出出来たっぽいしな♪」
「先程の左腕の?」
「お、目敏いね」
「鍵盤か何かに打ち込みしてらっしゃるようにお見受けしたので」
「そーそーこれこれこれー。自慢の一品☆ この大きさのサイバーパーツにシンセサイザー内蔵させるの案外大変でさァ、何とか機能絞って使い易さも考えてねー…――」
「そのお話は帰った後でゆっくりと。今はまず、『帰り方』が問題です」
 取り敢えず、私はビジターライセンスを持っていますからヘルズゲートを開けてもらう事は出来ます。
 ですがアジテーターさんはビジターライセンスをお持ちでないまま塔内に出入りしてらっしゃると伺っています。
 そしてジェダさんと若宮さんは――基本的にヘルズゲートが開いた時を狙っての強行突破、と言うお話ですが。
「…これらを踏まえた上でまず確認しておきたいのが、アジテーターさんはどうやって塔内に出入りしてらっしゃったのか、と言うところで」
 参考までにお伺いしたいと。
「んー、見当付かない?」
「…【テレポート】だろ」
 と、脇からぼそりとジェダの声。
「俺に銃で小突かれてるところから平然と逃げた上で若宮の銃を掴んでクレインの前だ。あれだけ鮮やかに使えるなら敵は無ぇだろ。ゲート破りの方法も同じじゃねぇのか」
「スィン。そのとーり。ゲート開いた時に狙ってるからジェダたちと同じだよん?」
 ただその狙った際に使う手段が違うだけで。
 …とは言えその手段の違いで目立つ目立たないが極端に変わってくる。
「ではゲート以外の何処か別の場所から出入りしている訳では無い…そんな場所があったりするのかなとも思ってたんですけれど」
「何処か別の場所ッつーと、人が通れない程度の穴なら都市マルクト囲ってる隔壁に幾つか開いたり塞がれたりしてるってのはあるよ」
 で、【テレポート】は移動先の着地点が確認できれば出来るから、場合に寄っちゃそういう場所を使って出入りする事もある。
 まァ基本はヘルズゲートだけど。他ンとこだと無駄に迷う可能性あッから面倒臭ェのよ。
「そうですか…」
 皆、使っているのがヘルズゲートと言うのは同じ。
 但し、通る際の手段が違う。
 それぞれの手段を考え、都市マルクトに帰還する方法を思考する。
 クレインは一同を見渡した。
「…じゃあ、こうする事にしましょう」



 ヘルズゲートの脇にあるスリットにビジターライセンスのカードを差し入れた。
 門番からの人物確認の声が振ってくる。クレイン・ガーランドだな。はい。戻りたいんですけれど開けて頂けますか。了解した。今開ける。
 それから少しだけ間を置いて、ヘルズゲートの扉は重々しい音を立てつつ開き始める。
 と。
 開き掛けた――半分程開いてクレインの姿も直接門番が把握出来たところで、そのまた後ろの方から一つの影が突進して来るのが見えた。その姿と勢いに気付くか気付かないかと言うタイミングでその影――ジェダは門番たち――自分を遮る連中に対し容赦無く両手のショットガンで銃撃を仕掛けつつ、無理矢理ゲートを通過。その騒ぎに紛れ、ほんの少し遅れてへへっとばかりに得意げにその合間を縫って走り込んでくるのが若宮。捕まえようとする門番の手を軽やかに避けつつこちらも一丁前に銃撃を返している。
 一方、門を開けた当のクレインは巻き込まれるのをぎりぎりで避けたとでも言う感で、ゲート塔内側の脇にぺたんと座り込んで茫然としてしまっている状況。ジェダと若宮がゲートを破り駆け去ってから暫し後、漸くクレインの方に門番が来た。そして大丈夫かとばかりに助けられると、クレインはやっとゲートを潜り、おざなりながらもチェックも受けた上で漸くヘルズゲート都市マルクト側に戻って来れた。
 クレインはそのままビジターズギルド本部建物前に向かう。
 …そこで何事も無かったように壁に凭れて一人待っていたのは、アジテーター。ヘルズゲートが開いたそこで、先回りして【テレポート】でここまで移動している。
「結構演技力もあるねェ、アンタ♪」
「いえいえ。実際びっくりしたので」
 御二人のゲート破りのやり方、想像以上に過激でした。
「確かにそーナ。あんなんで良くやってられンなぁと思うぜ。…いつか死ぬぞ?」
「まぁ、人間誰でもいつかは死ぬものですが。…ともあれ、事務所に行きましょう」
 御二人ともそこで落ち合う事になってる訳ですから。



 …それから、『四の動きの世界の後の』事務所。
 クレインとアジテーターはケツァルコアトルに淹れてもらった珈琲を前にのんびり話し込んでいた。座っているのはクレインの方がぼろぼろのソファでアジテーターの方が事務椅子。ちなみにアジテーターの後ろには身形の良い初老の紳士が佇んでいる――どうやら彼が依頼人でありアジテーター曰く執事、との事。
 そんな四人が今事務所の中に居る。
 一応落ち合う約束はしてあるが、まだジェダと若宮の姿は現れない。現れないところで――アジテーターが先程話しかけた話の続き、とばかりに左腕内蔵のシンセサイザーについての話などクレインに対してつらつらと始めていた。…どうもクレインなら専門的な話になっても通じそうだと見たらしい。
「――…ただこれさ、スピーカーもマイクロフォンもオレの中に直接内蔵してるからすぐに人に聴かせらんないってのが一番引っ掛かるんだよね。やっぱすぐ人の反応見てみたい時ってあるからさァ」
「と、言うか…先程のような事をいつもなさっているので?」
 いつでもどこでも塔内であっても、思い付いた時に音の打ち込みを。
「うん。やっぱ塔内のあの空気ってなーんか居心地イイんだよね。いつ何処でどうなるかわからないってところがまたイイ。…だからこそ頭が冴える。イイ音が思い付く。銃声とか機械音とかヤバげな雑音が絶妙なハーモニーになりやがった時にゃゾクゾクしてくる。最高だよホント♪」
 と。
 見るからに楽しそうにアジテーターがそこまで話したところで。
 声を掛けもノックもしないまま、事務所の扉が乱暴に開けられた。
 入ってきたのはジェダに若宮の二人である。
 彼らが入ってきた直後、何故か待ってましたとばかりにアジテーターが事務椅子から立ち上がっている。

 …?

「アジテーターさん?」
「ンじゃ早く行こうぜ。待ってたんだよお前らのコト♪」
「…? 俺は依頼の金を頂きに来ただけだが。…もうそれ以上の用はねぇし、てめぇらと馴れ合うつもりもねぇ」
 ジェダは訝しげに口を開く。が、アジテーターはそんなジェダに対してにやりと笑って見せる。
 仰々しく両腕を大きく開いて見せてもきた。
「だーかーらーさ。オレがここに来た事で執事からの依頼は済んだ事になるんだろ? なぁんか今クレインとシンセサイザーのハナシしてたらちょっとまたウズウズしてきてサ。折角だからこれからお前ら連れてってみるのも面白そうだ、ってな♪」

 門の向こうに。

「っ――お嬢様ッ!」
「るっさいなぁ。オレが居なくたって万事恙無く会社は回ってンだろ。オマエさえ居りゃあ丸く治まる」
「そんな事はありません! 貴方の代わりなど誰にもこなせないのですよお嬢様! 現にこの三日の間、どれだけお仕事が溜まってらっしゃるとお思いですかっ!」
「そんな慌てるよーな仕事は何もないだろー? 細かいトコはぜーんぶお前らに任せっからよ♪」
「お嬢様っ!!」
「…」
 …何だか色々とちょっと待て。
 思いつつ、『お嬢様と執事』の喧々囂々のやりとりを…事務所内の一同はやや呆気に取られつつ眺めている。
「…帰ってきたここですぐまた塔内に戻る気なんだ…」
「てゆーかあれ女だったのかよ…しかもお嬢様って有り得ねー…」
「その辺の事は見なかった事聞かなかった事にしてあげましょう若宮君。…それも依頼の完遂条件に含まれていたと思いますから」
 にしても。
 ………………アジテーターさんって、本当に自由人な方なんですねぇ。

 Fin.


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/クラス

 ■0474/クレイン・ガーランド
 男/36歳/エスパーハーフサイバー

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 …以下、登場NPC(公式NPC→□/当方NPC→■)

 ■アジテーター

 ■若宮
 □ジェダ

 ■ケツァルコアトル(羽の蛇)
 ■テスカトリポカ(名前のみ)

 ■執事(?)

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 運営終了直前と言うタイミングで三件も駆け込み発注有難う御座いました。
 で、ひとまず発注頂いた順番通りにこちらのノベルから納品です。

 何やら同行者の必要があるなと考えた結果…「タクトニムではないらしい」から続いているような雰囲気にしてしまったりしましたが、結果としてはのほほんとこんな感じになりました。
 実はアジテーター、音楽関係と言うかそっち方面な人でもあったので…最後だったのでその辺も折角だからバラしてみました。クレイン・ガーランド様は映画音楽作成のお仕事をされている方と言う事なので、ひょっとするとアジテーター側が勝手にクレイン様の事を知ってたりもするかなとも思ったりもし。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。

 では次は…お預り中の「気が付けばいきなりの事」の方でお会いする事になると思います。順番的に。多分。

 深海残月 拝