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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


気が付けばいきなりの事 〜手を貸すも何も

 細かい状況は正直良くわからなかった。
 ただ、随分派手な戦闘が行われている事だけは確かなようで。
 そこから少し離れた現在位置から覗き込んで見て――そこに見た事のある二人の姿を確認した時点で、珍しく大変そうなのでしょうか、とクレイン・ガーランドはふと思う。と言うか、そもそものんびり他人事的に見物している場合でもなかったりする。偶然ながらクレインが今居る位置は交戦中なそちらの視線からはまだ隠れていられる位置になるが、はっきり言って巻き込まれるのは時間の問題。…ついでに言えばその問題の時間、音の近さから言って数分どころか下手すれば秒単位。クレインの身体能力や戦闘能力、移動能力からして、既に巻き込まれていると言って差し支えないくらいの距離しか離れていない。。
 案の定、まだ次の行動に移れずにいたクレインの目の前に機械の残骸が降って来る――時間切れ。機械の残骸は硬い音を立てクレインのすぐ側地面に落下。続いてその残骸にぶち当たるような勢いで飛んできた機械――タクトニム・シンクタンクがその残骸を踏み潰しつつ何とかその場に踏み止まり自分が元居た方向、後方に回頭しようとする――が、自らをそう駆動させようとしたその時――クレインと言う新たな『人間』を発見する。…目が合った。それはシンクタンクの光学機能・レーダー機能に当たる場所、見ている場所が何処なのかは、X-AMI38スコーピオンやソーサーのような良く知られた形式の個体でもない限り遭遇した今すぐにクレインにわかるものでもない。が、今ここでこうして遭遇したお互いの感覚として、明らかに目が合った気がした。
 目が合った直後、そのタクトニム・シンクタンクの個体は新たに発見した『人間』――クレインの事も即座に敵と判断。鋭い爪型のアームを展開、クレインへと向け凄まじい勢いですかさず突き出してくる。その一挙一動、自分に容赦無く近付いてくるアームの爪をクレインはやけに冷静に見ている――何故か自分へと突き出され近付いてくる凄まじい勢いと速さな筈のアームの動きが知覚出来ている。知覚出来てはいるが、こうなってしまっては仕方ありませんねとも同時に思う――結構あっさり諦めている。
 が。
 尖った先端がクレインに到達するまで後数ミリと言うところで、いきなりそのアームが叩き落とされた。
 …と言うか、高周波仕様の銃剣で横合いから叩き落すようにそのアームは切断されていた。強力な摩擦で金属が削られた時のような匂いが鼻を衝く。一丁のアサルトライフルに装着されていたその高周波銃剣――持っていたのは「見た事のある二人」の内小柄な方、テスカトリポカ。彼女はクレインの前まで来るなり、クレインの腕を掴んでその場を離脱――クレインを連れ離脱しながらたった今アームを切り落とした個体へと片手でアサルトライフルを短連射。シンクタンクの装甲に弾痕がぽつぽつ穿たれたかと思うと、その個体は数秒置いて爆発。その爆発からクレインを庇うようにしながらテスカトリポカは少し離れた場所へと転がり込んで伏せている。クレインもテスカトリポカの反応からやや遅れ自分から伏せていた。
 爆発の後、二人の側では一時的に戦闘が止んでいる。
 そこで、顔を上げたテスカトリポカはクレインを見た。
「済まんな。だがこうなってしまった以上、少し手を貸してくれ」
「…はぁ。それは構いませんけれど」
 と言うか、手を貸すも何も――既に敵には二人と自分がひとくくりにされているような気がしないでもない。なので選ぶ余地は無し。まぁ、素直にそうした方がまだ幾らかは安全に帰れそうだろうと言う思惑はある。
「ですが、御承知の通り私はあまり戦闘面ではお役に立てないと思いますよ」
「気にするな。そこは大した問題じゃない」
「…そうでもないと思いますが」
 と。
 クレインが返したところで轟音がした。新手。爆発の影響が粗方収まったところでこちらに突っ込んでくるまた別の形のタクトニム・シンクタンク。突っ込んできながらバルカン砲で闇雲に弾幕を張ってくる――その時にはクレインとテスカトリポカは既にまた別の遮蔽物――上部が崩れ掛けている壁の影に転がり込んでいた。先程爆発を逃れた時のようにぎりぎりでだったが、取り敢えず蜂の巣にはならずに済んでいる。
 とは言え咄嗟に隠れたその壁もあまり長く持つとは思えない。敵の銃弾が尽きるのと壁が崩れてしまうのとどちらが先か。その程度の強度にしか見えない。次に移動する先を考える。と、そこでいきなりバルカン砲の弾幕が止んだ――かと思ったらまた別の爆発が弾幕を張っていたシンクタンクの居ただろう方向で起きている。爆風。…まだ壁は保った。…恐らく爆発したのは弾幕を張っていた当の個体。
 一拍置いて、最早白衣と言えない白衣の裾を爆風で靡かせつつ人影がこちらに飛び込んで来る。
 その人影はサブマシンガン二丁を当然のように両手に装備した状態で、にこり。ある意味物凄く場違いな微笑みを見せて来たその人影は、クレインにとって「見た事ある二人」の内――背の高い青年の方、ミクトランテクトリ。
「まだ生きてらっしゃいますね?」
「ええ、まぁ。…申し訳ありませんが」
「…クレイン。ミクのペースに合わせようとするな」
「でも今は助けて頂いた事になるようですので、一応」
 …ミクトランテクトリさんの場合、「もう生きてらっしゃらない」方が嬉しい、と言う事もあるようですので。クレインはそう含み、言葉の上くらいではと軽口がてら迎合。…まだ生きてる事を謝ってみる。
 と、ミクトランテクトリに嬉しそうに頷かれた。
「お気遣いどうも。ともあれとっとと行きますか」
 新手が来ない内に。
「まだ次が来ると?」
「ああ。来る」
 と。
 テスカトリポカが応えている間にも足音が――機械の駆動音が聞こえて来た。爆発させた先程の個体よりはまだ離れた位置関係になるが、新手のタクトニム・シンクタンクがまた現れて索敵している――前の状況から考えて、明らかにテスカトリポカとミクトランテクトリの二人を追っている。
 改めて思う。この二人は何をして来たのか。クレインはさりげなく二人の姿を確認――テスカトリポカの背負っている大きな鞄、その中身。…これかと思い至り、問うように小首を傾げつつそれを指差す。頷くテスカトリポカ。それからミクトランテクトリは銃を持ったまま器用に自分たちの背後をちょいちょいと指す――つまりはあのシンクタンク連中からこの鞄の中身を強奪して来た、と言う事らしい。
 それで、シンクタンク連中のこの執拗な追跡振りを考えると。
 実はテスカトリポカの背負っているこの鞄の中身、非常に重要な品物なのではと思う。少なくともシンクタンクたちにとっては。
 と、なると。
 …何だか先が思いやられる。



 持久戦になられると、困る。
 元々体力が無い為、クレインの方針としてはそれが第一義。だがそうは思っていても、まず持久戦になってしまいそうな気がひしひしとする。まず敵方の威勢がある。数も多い。クレインとの合流前の時点で、潰しても潰してもまだ追い掛けてくる…と言う状況になっているらしいとはざっとだが一応聞いた。それに彼らが強奪して来たテスカトリポカの鞄の中身、万が一にも破壊されたら困るだろうともクレインは思う訳で。
 何と言うか…折角手間暇掛けて盗って来たのだろうそれ、もし破壊されでもしたら――彼らの場合もう一度戻って盗って来るとかそういう話になりそうな気がしてならない。…今のこの状態にも拘らず――本意ならずも巻き込まれた人物が居る事にも全然構わずに。となると、このまま極力安全にヘルズゲートまで――都市マルクトまで帰還する為にも、直接戦わないで罠を張る方向にした方が良いのでは。そんな風に思い、進言してもみる。
 まぁ元々、テスカトリポカもミクトランテクトリも正面切って戦ってはいない。殆どの場合で崩れ掛けた建物の壁、折れた柵、内部機械が抜かれ最早使い物にならない大型キャリアの残骸――幾らでもある遮蔽物の影に転がり込んではそこからゲリラ的に迎撃、後続を確実に一体一体潰している。一つ所に留まって――固まってしまう事のないように、出来るだけバラバラにそれでいてお互いをカバー出来る位置にこまめに動いてはいる。…但し、クレインがその動きに普通に付いて行けているかは微妙に謎である。
 実際、現在のクレインは自発的に彼らの動きに付いて行けていると言うより、テスカトリポカに引き回されていると言った方が正しい状況にある。別に動いているミクトランテクトリの方はと言うと、極力陽動に出ている――何処にでも居そうな普通の日系人青年いや服装からしてマッドサイエンティスト気味のインテリな兄ちゃんにしか見えないが、一応傭兵の名を持っているだけあってこんな場面で陽動が出来るだけの戦闘能力に度胸も持ち合わせているらしい。彼の方はシンクタンクから見てなるべく自分の方が目立つように身を置いている。…同行者にクレインが加わった事で、わざわざクレインの居る側に余裕を作る為そうしてくれているような気はする。実際にクレインを連れているテスカトリポカよりミクトランテクトリの方が攻撃を仕掛けている回数も――敵側に姿を晒している回数も多い。
 ミクトランテクトリが陽動に出ているその間、テスカトリポカはアサルトライフルに装着した取付型40mmランチャーで各種の弾薬を織り交ぜて使っている――炸裂弾や閃光弾、煙幕弾等で攪乱、何処から手を出しているのか敵側からわからないような方法で密かにミクトランテクトリをカバーしているような形。
 …なので、テスカトリポカとクレインの方は――少しは話をする余裕も出来ている。

「罠を張る…か。出来るなら楽だが」
 私たちはこのままシンクタンク連中を適当に振り切ってくつもりだったんだがな。
「ってこの様子だと…下手するとヘルズゲートまで付いて来そうじゃないですか?」
 シンクタンクの皆さん。
「その時はその時。門番でも巻き込めばどうとでもなる。…と言うよりそれを狙っていたりしたんだが」
 あっさり言いながらテスカトリポカはまた後方に炸裂弾を撃ち込んでいる――どうやら今のはミクトランテクトリのサブマシンガンの銃弾が尽きそうになったところをカバーする為に撃ったらしい。
 クレインが見る限り、彼我の位置関係を覗いていると結構無茶な行動に思えなくもないのだが――呼吸は合っているようでミクトランテクトリもすかさず炸裂弾が齎す破壊から上手い事逃れつつ、当然のように弾倉を交換している。…周囲の状況さて置いて、この二人の姿「だけ」を見ているならば何処にも危なげはない。
 …だからと言って、ヘルズゲートまでこの状況だと…彼ら二人はともかく他ならない自分が一番危ない目に遭いそうな気がしてならないとクレインは思う。…何度も言うが戦闘能力にも体力にも自信は無いのだ。思いながら周辺、少々広い範囲までを見渡す。自分が塔内のどの地点に居るかの詳細――座標的な位置を確認。頭の中に叩き込んである周辺地図と照らし合わせる――戦闘中故に埃や煙にマズルフラッシュ、瓦礫がたくさんで視界が利かず照会がちょっと難しい。視覚の代わりに遮蔽物にしている建物の壁に軽く【マシンテレパス】など試みてみる――運が良ければその建物の電気系統やセキュリティから建物の構造が拾えて場所の把握に役立つ事もあるので。…まぁ勿論、沈黙している事もまた多いのだが。壁に配線が内蔵されているとも限らないしあったとしてもそもそも配線が生きているとも限らない。
 が。
 運の良い事に――試みてすぐ、【読め】た。知っている建物だった。以前来た事がある。…この崩れ掛けた建物のこの部分に自分たちが居て、ミクトランテクトリが交戦している位置があそこ。距離はどのくらいか。後続の追っ手が来る方向はこちら。私たちが向かっている――つまりはヘルズゲートに至る方向はあちら。位置関係と方向を把握する。その上で、この近辺で何処か使えそうな箇所もしくは物。相手方の戦力を削げるような何かが無いか。
 少し考え、クレインは答えを弾き出す。
 道路を隔てた向こう側にある建物――今となっては元が何の建物だったのかいまいち判断出来ない大きなビルを指差した。位置関係としては、クレインたちが今居る地点よりややヘルズゲート側にある建物――すぐ脇を通り過ぎて行くつもりだった建物。その中を通って経由した場合、本来考えていたルートより少々迂回する事にはなるが――それでもヘルズゲートへ向かう為の通り道にはなる位置にある。
「そこの建物、使えます」
「か?」
「はい。そこの建物なら【マシンテレパス】でセキュリティをすぐ支配下に置けます」
 なので、あまり労せず敵の皆さんの力も削げるかと。
「…乗った。頼む」
「了解しました。…ただ一つ問題が」
「何だ?」
「今の状況を考えると、ここから道路を横切って無傷であの建物に入れる自信があまり無いんです」
 私には。
 と、クレインがぽつりと返したところで――またクレインはテスカトリポカにぐいと腕を引かれていた。そのまま問答無用で移動する――当然のように道路を横切りクレインが示した当の建物に向かい、途中の瓦礫を弾除けにし、動き出したこちらに反応して来たタクトニムへと適確にアサルトライフルの銃撃を行いつつも――殆ど一気にビルの入口へと駆け込んで、と言うより転がり込んでいる。
 入口の外では思い出したように派手な爆発音が連続している――恐らくは今テスカトリポカが撃破してきた個体のなれの果て。
 クレインは目を瞬かせている。
 テスカトリポカは何処か面白がっているような顔をしつつクレインをちらと見た。
「無傷で建物に着いたが?」
「…えーと。鮮やかなお手並みです」
「では次はそちらのお手並みを拝見と行こうか?」
「あ、はい。…ってミクトランテクトリさんにもこの件お伝えしないと――」
「気にするな。…今私は『奴にもわかるように』ここに来たからな。問題無い」
 と、テスカトリポカがすぐ返したところで、入った建物の外からまた別の轟音がした――そこでも数体のシンクタンクが破壊されている。恐らくはその破壊を為したのだろうミクトランテクトリの姿も確認できる――個体識別には適しているかもしれない目立ちまくる元白衣な長衣を翻しつつ、こちらに向かって来ている。
 それを確認してから、クレインはしみじみとテスカトリポカを見返した。
「…御二人は以心伝心なんですねぇ」
「…きっとそれは褒め言葉のつもりなのだろうがあまり嬉しくないな…」
「…そうですか? 凄いな、と思っているだけなんですけれど」
「まぁそうなんだろうが…だがなぁ…他の奴が連れの時ならともかくな…ミクじゃなぁ…」
「…悪い事を言ってしまいましたかね? うーん。あまりお気になさらず。それよりまずは上階に向かいます」
 一時的なベースキャンプに良さそうな場所があるので、取り敢えず。



 案の定、前に来た時と建物の内部はあまり変わっていなかった。
 クレインが示したこの建物、はっきり言って旨味のある物資は殆ど残されていない――と言うより、物自体があまり置かれておらず元々片付けられているような節がある。あるのは建物と言うハコだけのような。だからこそ内部があまり荒らされておらずビジターからもタクトニムからも殆どの場合で見過ごされている、と言う事もあるのだろうが、何故かセキュリティシステム自体は確り完備されている。
 ただ、完備されてはいるのだが、それらがすべてオフにされてもいる――壊れてシステムダウンしているのではなく、本来の方法でセキュリティが切られてもいた。それらの状況を考えると、何と言うかまだこのセフィロトが普通に都市として稼動していた時点で、既に廃棄予定の建物だったのか――もしくはその逆、これから何らかの施設になる筈の新しい建物だったのか、そんな風に思えてくる。…今見る限りではどちらにしろ廃屋、新旧の区別は付かないのでどちらとも言えないが。
 ともあれそんな状況だと言う事を以前ここに訪れた時に確認してはあるので、クレインはこの建物を使ってタクトニム・シンクタンクの追っ手から逃げる為の罠を張る事を思い付いた。まずはテスカトリポカに言った通り上階に向かいつつ――その途中幾らか配線が集まっている場所で【マシンテレパス】を展開、直接細かい状況を確認する。以前ここに来た時と違っている事はないか、あれば何処が違っているかを見る。…変わっていない。相変わらず以前通りのまま。システムのメイン部分を捕まえるのも難しくなかった。
 なのでシステムを把握したところで、クレインは取り敢えず幾つか命令を下している。

 …それから程無く、ミクトランテクトリが二人に追い付いた。
 追い付くなり、クレインを見て苦笑。
「これは貴方の仕業ですか? クレインさん?」
「一応そうなります。…それより大丈夫でしたか、ミクトランテクトリさん?」
「ええ。セキュリティシステムに味方に付いてもらえればこれ程心強い事は無いですよ」
 ちょうど連中の殆どを遮れる良いタイミングでシャッターが下りて来てくれたので。玄関でも、途中の通路でも。結果としてこの建物に入ってからはほんの数体だけを倒せば良かったので凄く楽でした。
「お役に立てたなら良かったですが。しなくて済む余計な戦闘はしないに越した事は無いですし」
「ですね。弾もタダじゃないですし――人型の個体は殆ど居ませんでしたしねぇ」
「…。…それは貴方にとってはつまらなかったかもしれませんね?」
「そうなんですよ。オールサイバーみたいな完全な人型が居てくれたら結構燃えたんですけど。百歩譲って人工皮膚コーティング無しでも構わなかったんですがそれすらも望めなくて」
「…。…クレイン、今連中はどの辺りまで来ている?」
「こちらで見る限り三手に分かれて我々を捜し始めましたね。まだ数は少ないです――ところで、追っ手の皆さんの後続は…どのくらい来ると想定してますか?」
「さぁ。わからん」
「…ちょっと見当付きませんねぇ」
「それは『多い』と言う意味で?」
「「勿論」」
「…。…と言う事は…出来るだけ多くここに追っ手の皆さんを引き付ける必要がありますね。それもこの場所の構造を把握されないようにしながら…。それらを何とか両立させて、追っ手の皆さんを充分引き付けた後で密かにこの建物を脱出すれば――安全に逃げ切れないでしょうか?」
「やりようだな。タイミングも重要だ。…出来れば私たちも現状を確認したい」
「そう仰ると思ったので、今【マシンテレパス】でなくともシステムが覗ける端末のある部屋に向かっている、って事なんですけどね」
 一時的なベースキャンプに良さそうな場所と言うのは、そこです。



 クレインの言う当の部屋に辿り着いて、暫し後。
 セキュリティシステムが覗ける端末の方もクレインは直接の操作と【マシンテレパス】併用であっさり起動させ、三人はディスプレイで現状を――建物の構造にその中にある彼我の位置関係、セキュリティの作動している位置を確認、思案している。
「今連中が来ている進路だと、南側ブロックのこことここのスペースに誘い込めそうだな」
「じゃあ、今こちらの通路を移動している最後尾の個体までがそこに入ったらキーをロックするよう設定してみます。…あ、また別の後続が増えましたね。いい具合に誘い込めています。…では――ここの通路を行き止まりにしたら、どちらに行くでしょう?」
 クレインが言葉通りシンクタンクが移動しているだろう一つの通路を行き止まりにしてみる――セキュリティシステムを操りシャッターを閉めてみると、シンクタンクたちは暫くその場に留まっているようだった。それ以上の動きはディスプレイ上では――セキュリティシステムでは読めない。
 何となく不自然な動きに見えた。
「…これひょっとして、今閉めたシャッター破ろうとしてたりするんでしょうか」
「…そうっぽいですね? この様子ではどうやら追っ手のシンクタンク同士で連絡を取り合えてないのかもしれません。別の小隊間で戦術的な連携が取れている動き方とは思えない」
「となると。二人で行った甲斐があったな?」
「ですね」
 と、テスカトリポカの軽口めかした科白に対し、にこりとミクトランテクトリが笑って同意。
 クレインはちらりとそんな二人の様子を見る。
「どういう事でしょう?」
「いやな。機械の頭を混乱させる為にこそ今回は二人だけで行ったんだ。機械の精密さで連携を取られたらまず勝てないからな。…反面、プログラムに書いてあるパターンから外れた行動を取ってやれば、機械はまともに判断できない。そうなれば人間でも衝ける隙が出来る」
「そうです。普通に考えたらほら。タクトニム・シンクタンクの巣にたった二人で他に援護も無く奇襲掛けるとは誰も思わないでしょう?」
「まぁそうでしょうが…それで、そう上手く行くものですか?」
 戦術的に。
「それは勿論、結構無茶な博打ですよ? でも、こちらの思惑通り上手く行きました」
「…。…では折角ですからここから先も上手く行く事を願いましょう。と言う訳で」
 適当なところの警報を囮代わりにタイマーでセットして鳴らす形にしてみたんですが、どうでしょう。
「こことこことここなんですが…」
 と、クレインは建物の構造が表示されているディスプレイ上の三点を示して二人の反応を見る。
 示されたそれらの点を見るなり、すぐテスカトリポカもディスプレイ上の別の一点を指差した。
 その一点から描線――通路を示すそれをなぞって見せる。
「…なら逃走経路はこの通路、だな」
「はい。そこから北側に抜ける形で考えてました」
「充分行けそうですね。最適な経路だと思いますよ」
「そう言って頂けると心強いです」
 では、後はこの建物に入ってくる追っ手の皆さんの動向をもう少し見極めてから――行ってみましょう?



 と、そんな訳で。
 端末のディスプレイ上で追っ手のタクトニム・シンクタンクを南側の頃合なスペースに粗方止められ――まだ新たな後続がこの建物に入ってくる様子を――今建物の中に入ってきている連中のみならず後続のシンクタンクもまたここに目的の強奪者が居ると判断している様子を確認して。
 クレイン、テスカトリポカ、ミクトランテクトリの三人はセキュリティが作動しないようにクレインが開けておいた通路――逃走経路を移動していた。あまり音を立てないように気を付けながら駆けている。…時々クレインが立ち止まる事を求め、途中の配線から【マシンテレパス】でセキュリティシステムを読んで状況確認。追っ手であるタクトニム・シンクタンクはどう動いているかを確かめている。今のところ、逃走経路にしているこちらの通路に気付いた様子も――こちらに移動してくる様子もない。
 止まったり進んだりと暫くそんな調子で走り抜け、三人はその建物の北側――物凄く大雑把に言えばヘルズゲートに近い側に漸く出られた。出たその場所もまた、瓦礫や内部機械が粗方抜かれた大型キャリアが転がっているような場所で遮蔽物は多い。それらで身を隠しつつ三人は取り敢えず索敵。敵に限らず自分たち以外に動いているものが無い事を確認、それから元来た方向を振り返る。
 ずっと追って来ていたタクトニム・シンクタンクの姿も今は見えない。誘い込んだ建物の中からこちらに気付いて追って来そうな様子もない。
 警報らしい耳障りな音がやや離れた位置から聞こえてきた。…先程タイマーで鳴るようにセットしておいたもの。それを自分の耳でも実際に確認したところで、クレインは誰にともなくぽつりと零す。
「…上手く行きましたかね?」
「ここまでは、な」
 …但しここから先、最後まで気付かれずに――追い付かれずにヘルズゲートまで行けるかどうかはまだわからない。
 そう含んだテスカトリポカの声が返って来る。
 まぁ、その通り。

 ここから先ヘルズゲートまで無事辿り着けるかどうかは、また別の話。
 …この先でまだ何か危険な目に合うようだったら、その時は御二人に頼らせて頂く事にして。
 と、クレインは密かにそう考えつつ、早く行きましょうと二人を促してみる。

 Fin.


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/クラス

 ■0474/クレイン・ガーランド
 男/36歳/エスパーハーフサイバー

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 …以下、登場NPC

 ■テスカトリポカ
 ■ミクトランテクトリ

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 そんな訳で「気が付けばいきなりの事」の方、漸くのお渡しです。
 何だか…やってる事は殺伐としている筈なのにどうも呑気な感じの話になりました。
 …いつもの事のような気はしますが。

 結果のノベルとしてはこんな形になりましたが、如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。

 では、次は「まいごのおこさまをさがせ 〜 feat. SATYR HEART」の方にて、サイコマはラストになります。…納期が日曜なのでその前の金曜営業時間内までに納品したいところではありますが…何だか無理そうな気が…お渡しがそれ以降になってしまいそうな気がひしひしとしております…。

 深海残月 拝