<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
強王の迷宮【地下3階】
●オープニング【0】
『強王(きょうおう)の迷宮』と呼ばれる場所がある。エルザードから3日ばかり北へ向かった岩場の地下にある3層からなる迷宮だ。それを作り上げたのは、自らをある日『強王』と呼び始めたドワーフ・ガルフレッド。
この迷宮の地下1階と地下2階を同じ5人の冒険者が探索した。その甲斐あり、この迷宮が作られた目的を知ることとなった。ガルフレッドは勇者の育成を目的とし、この迷宮を作り上げたのだ。
冒険者たちは闇に覆われた空間を通り抜けた後、物理攻撃と魔法攻撃の両方の攻撃方法を複数同時に受けないと破壊されない灰色の球体を倒し、無事に地下3階へ続く階段のある部屋へ辿り着いた。
そして、階段のそばには次の文章が書かれた金のプレートが架けられていた。
『よくぞ第2の試練を打ち破った。それでこそ我が元へ来るにふさわしい者たちだ。この下にて我は待つ。だが、しもべたちと影がその前に立ちはだかることだろう。見事それらを乗り越え、我が元へ来るがよい! 強王・ガルフレッド』
地下1階と地下2階にスケルトンが居たことが気になりつつも、冒険者たちは地下3階の探索に挑もうとしていた。
しかし……影とはどういう意味なのだろう?
●待ち受けるのは【2】
探索行も3度目ともなると、もう慣れたものである。ましてメンバーも同一とくればなおのことだ。
「再びお会いできて光栄ですよ。恐らく、この件も今回の探索で片付くはず。どうです? 終わったらボクとゆっくり食事でも」
道中、アルフレート・ロイスは同行する女性2人、エルドリエル・エルヴェンとレティフィーナ・メルストリープにそんな誘いをかけていた。相変わらず迷宮探索に行くには見えない格好ではあるが、似合っているのだからこれはこれでまあいいのだろう。
「あら、そうなの? んー……いいんじゃない?」
エルドリエルは指先を唇にあて思案してから答えた。
「これが終わったら、皆で酒盛りでもしたいって思ってたし」
くすっと微笑むエルドリエル。腰には普段より多めに水袋がついていた。
「そうですね。地下3階が最終フロアなんでしょうから……全て終わったら」
レティフィーナも小さく頷いた。その表情が少し緊張しているように見えたのは気のせいだったろうか。
「では約束ですね」
アルフレートは優しい微笑みを2人に向けた。
一方その少し前方では、スイ・マーナオと紅飛炎が難しい表情で話をしていた。
「ヴァンパイア?」
スイからその単語を聞いて、飛炎は眉をひそめた。
「……確か『理性ある不死者』とも言われる者どもだったと記憶しているが」
ヴァンパイア――生前の知性と理性を保ちながら、アンデッドと化した者のことだ。ヴァンパイアは吸血行為により相手から生気を奪う。そして奪われて生命を落とした者は、ヴァンパイアのしもべ――すなわち新たなヴァンパイアと化すのだ。
「ああ、記録とかではそうなってるな。あいにく俺はまだ会ったことねぇけど」
スイは飛炎に前回入手した日記を見せた。中身ではない、表紙の裏をだ。
「よく考えたもんだ。表紙の裏に文章を書いて、その上に紙を張り付けて隠そうだなんてよ。まさしく盲点って奴だよな」
感心したように言うスイ。なるほど確かに表紙の裏には文章が書かれていた。日記を調べていたスイも、偶然の出来事がなければ発見は難しかったかもしれなかった。
「しかし、その『誰か』がヴァンパイアだとすれば日記の辻褄が合う」
飛炎は日記の内容を思い返しつつ言った。強王は『誰か』に出会ってからおかしくなったのだ。つまり、『誰か』のしもべになった可能性が高い。
「だとすると、強王もやはりアンデッドに……」
いつの間にか2人の背後にやってきていたレティフィーナが口を挟んだ。迷宮にアンデッドが居たことから気になっていたのだが、どうやらその想像は当たってしまったようだった。
「妥当だろう」
飛炎が短く答えた。
「それからな、あのプレートにあった内容だが、『しもべ』ってのもやっぱりアンデッドで、『影』ってのは自分のドッペルゲンガーじゃねぇかと思う」
スイが自らの考えを口にした。だがそれは他の4人も思っていたようで、各々がスイの言葉に頷いた。
「だったら、まずはお互いの弱点なんかを確かめ合っておいた方がいいんじゃない? 自分対自分は嫌だし、せっかくのパーティだからね」
そう提案したのはエルドリエルだった。確かに一理ある話で、弱点や互いの癖等に注意することに決め、迷宮に着くまでに頭に入れておくことになった。
「何にせよ、しもべたちといっても所詮は雑魚でしょう。影も同じく、所詮は影。永遠に本物を越えることはできませんよ」
アルフレートは笑みを浮かべて、きっぱりと言い放った。
●影、現る【3】
迷宮の地下2階――ここまではもう難なく来れた。モンスターも居ない、迷宮に響くのは自分たちの足音だけ、平穏なものである。
一行は階段にかけた結界の呪文を解くと、飛炎を先頭に慎重に階段を降りていった。
「…………?」
階段の途中で違和感を感じ、レティフィーナが足を止めた。が、首を傾げはしたものの、再び階段を降りてゆく。
ともあれ心配していた待ち伏せもなく、無事に地下3階の床を踏み締める一行。部屋の安全を確かめてから、今までと同様に地図の写しを開いた。
部屋は地図に描かれているのと変わらない形をしていた。スイが予め鑑定していたが、これも地下2階までと同じ者が描いているらしいことが分かっていた。ちなみに面白いことに、この階の地図には扉が見当たらなかった。つまり向こうに誰か居たとしても、位置によっては丸見えになってしまうということだ。もっともそれはこちらも同じなのだが。
「また転移の魔法かかってんだろうな」
うんざりするようなスイの口調。その可能性は否定できない。隣ではエルドリエルがマッピングの準備をしていた。
「これで地図もパーフェクト。終わったら……ふふっ」
そんなことをつぶやきながら笑みを浮かべるエルドリエル。指折り数えている様子からすると、何かの算段をしているように見えた。
「……来たぞ」
飛炎は短く警告を発すると、剣に手をかけた。通路から足音が近付いてきていたのだ。身構える一行。
部屋に飛び込んできたのは、一行と同様の姿形をした5人組――ドッペルゲンガーだった。恐らく並んだら見分けがつかないだろう。
「これが影ですか。さてどこまで似せたのか、確かめさせてもらうとしましょう」
アルフレートがすっと一行から離れた。するとアルフレートのドッペルゲンガーもそれを追うように移動した。
「先手必勝!」
スイが言葉通り先手必勝とばかりにドッペルゲンガーたちに飛びかかってゆく。飛炎がそれに続いた。エルドリエルとレティフィーナはひとまず様子を見ることにした。
スイのキックがドッペルゲンガーに命中する。するとどうだろう、たった1発受けただけでドッペルゲンガーは崩れ去ったではないか。飛炎の方も同様だった。剣での攻撃を一撃加えただけでドッペルゲンガーは崩れ去ったのだ。
アルフレートは自らのドッペルゲンガーを壁際に誘導し、動きを先読みしてナイフを投げた。やはりこちらもナイフの一撃で崩れ去る。
「他愛ねぇ……手応えねぇなあ、おい」
崩れ去ったドッペルゲンガーたちを見下ろし、スイが言い放った。
「……手応えがなさ過ぎはしないか」
ぽつりつぶやく飛炎。どうやら何か引っかかるようだ。
「姿形しか似せることができなかったんでしょう。所詮は偽物ですから」
いつもと変わらぬ口調で言うアルフレート。だが、その表情に笑みはなかった。
●うんざりする程に【4】
一行は地図を見ながら地下3階の探索を始めた。飛炎は今まで以上に注意深く通路や部屋を歩いていた。
スイが危惧していた転移の魔法がかかった場所は見当たらない。しかしその代わりなのかは知らないが、やたらとモンスターの来襲が多かった。例の3色の球体やドッペルゲンガーたちが代わる代わるやってくるのだ。
ドッペルゲンガーは相変わらず一撃で倒れてくれたし、3色の球体ももう対処法が分かっていたので倒すのも楽だった。が、とにかく数が多いことが一行を困らせていた。
一行が十字路に差しかかった時に、3方向からモンスターたちがやってきたのがそのピークだっただろう。エルドリエルとレティフィーナが、2方向に対し弓矢を放ち続け、残る1方向から来るモンスターを飛炎とスイが交互に相手していた。アルフレートは各方向を援護する形で、合間合間にナイフを投げていた。
最後はいい加減うんざりしたエルドリエルが、ドッペルゲンガーたちに風の魔法である『ライトニング』を放ったことで決着がついた。通路のような直線の場所では、これ程威力を発揮する魔法はない。
一行はモンスターの来襲が途切れた頃合を見計らって、先へと急いだ。
●しもべ、現る【5】
地下3階も残すエリアが僅かとなった。地図では途中に部屋が1つあって、その向こうにもう1つ部屋がある。奥に強王が待っているとして、その手前の部屋にも何かが待っていると考えていいだろう。
一行は気を引き締めて手前の部屋へ向かった。そこに待っていたのは、3人の戦士姿のドワーフと、5人のドッペルゲンガーたちだった。ドワーフたちは手に斧を持っていた。
「待っていたぞ」
ドワーフの1人が一行に向かって言った。口元にはちらりと牙が見えていた。
「ヴァンパイア……」
レティフィーナがごくりと唾を飲み込んだ。あの3人は文字通り『しもべ』なのだ。
「ガルフレッド様はこの奥でお待ちだ。ガルフレッド様に謁見できるのは我らを乗り越えし者だけだ」
「乗り越えられなかったらどうなるというんだい?」
アルフレートが尋ねた。
「その時は、我らのしもべとなってもらうだけだ」
ニヤリと笑うドワーフ。
「何だかな……」
呆れたようにつぶやくスイ。勝とうが負けようが、こっちをしもべにしようという向こうの腹は読めていたのだ。
「ここでしもべになるつもりはない。強王には色々と聞かなければならないこともあるからな」
すらっと飛炎は剣を抜いて身構えた。レティフィーナもこっそり聖獣カードを手に取り、ヴィジョンの召喚を始める。
と、その時だ。エルドリエルのドッペルゲンガーが、『ライトニング』の魔法を放ったのだ。エルドリエルに対して――。
●思いがけぬ一撃【6】
「きゃあぁぁぁっ!!」
稲妻に傷付き、衝撃で後方へ倒れるエルドリエル。アルフレートが駆け寄って、エルドリエルを抱え起こそうとした。
また魔法を放とうとしているエルドリエルのドッペルゲンガー。しかしレティフィーナの召喚したパピヨンのヴィジョン『黒髪の舞姫フェステリス』が、寸前でエルドリエルのドッペルゲンガーに対して『錯乱』を試みた。エルドリエルのドッペルゲンガーの魔法は発動しなかった。
「こ……んの野郎っ!」
頭に血が昇ったスイは、エルドリエルのドッペルゲンガーに向かっていった。その前に自分自身、スイのドッペルゲンガーが立ちはだかった。
「手前ぇも一撃で終わりだ!」
スイのドッペルゲンガーが放った拳をかわして、スイが腹部に拳を打ち込んだ。ドッペルゲンガーは一撃で崩れ……去らなかった。
「何ぃっ?」
スイに驚きの表情が浮かぶ。そんなスイを見て、スイのドッペルゲンガーは再び拳を繰り出してきた。かわすスイの脇腹を相手の拳が僅かに擦る。
飛炎は『炎の矢』をレティフィーナのドッペルゲンガーや、エルドリエルのドッペルゲンガーに何度も放った。まずは相手の数を減らす、そう考えたのだ。そしてその判断は正しく、3度放ったらドッペルゲンガー2体は崩れ去ってしまった。飛炎は自らの剣に『炎の剣』の魔法をかけると、スイの援護に向かった。
エルドリエルはアルフレートの手を借りて身体を起こすと、まずは自らに『命の水』の魔法を使って傷を癒した。そして腰につけていた水袋を片っ端から開いていった。
「……魔法使ってくるだなんて思わなかったわ」
エルドリエルは悔しそうにそうつぶやくと、雪の精霊を召喚した。
「あいつらの足を止めなさい!」
雪の精霊がドッペルゲンガーやドワーフたちの周囲を舞った。冷ややかな空気と共に、敵の動きがやや鈍くなったように思える。
アルフレートはエルドリエルを起こした後、自らのドッペルゲンガーを壁際に誘い出した。わざと大きな動きを見せてナイフを投げ付けるアルフレート。アルフレートのドッペルゲンガーはそれを最小限の動きでかわした。
あえて大きく余計な動きを続けるアルフレート。アルフレートのドッペルゲンガーは動きを先読みして次々とナイフを投げてくる。だがアルフレートは巧みに足を使ってかわす。
そしてアルフレートのドッペルゲンガーがまた動きを先読みしてナイフを投げた時、アルフレートはそちらへ向かわずにバックステップで反対側へ動いた。すかさずナイフを投げ付けるアルフレート。立て続けに4本だ。
4本のナイフは見事にアルフレートのドッペルゲンガーを捉えた。崩れ去るドッペルゲンガー。
「ほら、本物を越えることはできなかった」
アルフレートはくすりと笑みを浮かべると、前髪を掻き揚げた。
●強王の部屋へ【7】
残るドッペルゲンガーは2体。うち1体、飛炎のドッペルゲンガーも自らの剣に『炎の剣』の魔法を使おうとしていた。しかし効果が表れない。それもそのはず、レティフィーナの召喚したヴィジョンが飛炎のドッペルゲンガーにも『錯乱』を試みていたのだから。
飛炎は自らのドッペルゲンガーに向かっていった。そして慌てることなく自らの苦手とする部分を攻めた。飛炎のドッペルゲンガーはその攻撃をかわそうとしたが、やはり動きが鈍くなっているのかぎりぎりでかわすことができなかった。炎をまとった飛炎の剣が、いい角度で叩き込まれた。
当然相手も反撃をしてくる。飛炎は相手の剣をかわすと、再度同じ場所に剣を叩き込んだ。たちまち崩れ去るドッペルゲンガー。
最後の1体、スイのドッペルゲンガーはスイと激しいパンチとキックの応酬を繰り広げていた。決定打が出せず、長引いていたのだ。しかしそれも間もなく終わりを迎えることになった。スイがフェイントをかけて、自らのドッペルゲンガーのバランスを崩させたのだ。その機を逃さずすかさずキックし、これが決定打になりドッペルゲンガーは崩れ去った。
ドッペルゲンガーが全て倒されたのを見て、ドワーフたちは強王の待つ奥の部屋へ走り出した。恐らく一行を手強いと感じ、強王を守らねばと思ったのだろう。
一行はすぐにその後を追い、奥の部屋へ雪崩れ込んだ。そこには玉座があり、年老いたドワーフの姿があった。年老いたといっても鎧に身を固めており、目は紅く光っていた。傍らにはドワーフ3人が年老いたドワーフを守るように立っている。奥に目をやると、さらに部屋があるようだった。地図には描かれていない部屋だ。
「よくぞ我が元に来た……わしが強王、ガルフレッドじゃ」
老ドワーフ――ガルフレッドが口を開いた。
●強王の目的【8】
ガルフレッドは一行の顔を見回した。
「皆いい顔をしておる……勇者としてはもってこいじゃ」
満足そうに頷くガルフレッド。レティフィーナはそんなガルフレッドに尋ねた。ちなみにヴィジョンは聖獣カードへと戻っていた。
「何故勇者を必要としたんですか」
「愚問じゃな。勇者が必要じゃと感じたからこそ、わしは強王と名乗りこの迷宮を作り上げたんじゃ。理由なぞ分からぬままにな。じゃが……あの方と出会って、その理由が分かったんじゃ」
「ヴァンパイアか」
スイの言葉にニヤリと笑みを浮かべるガルフレッド。
「その呼び方はいかん、あの方にはレイドという名前があるのじゃからな」
「そのレイドとやらはどこに居るんだ」
飛炎が周囲を警戒しつつ口を挟んだ。
「あの方はもうここには居らぬ。世界を救いに行かれた。だからこそわしも勇者を集めてあの方を追いかけねばならぬのじゃ……世界を救うためにな」
「何が世界を救うよ。どうせ世界をヴァンパイアの支配下に置こうって考えなんでしょう。……あんたなんかこの迷宮で熟成でもしてなさい!!」
エルドリエルがガルフレッドをびしっと指差して言い放った。ガルフレッドは何も答えなかった。
「……まあよい。何にせよ、お主たちもしもべとなるのじゃからな。安心するがよい、あの方の親衛隊になれるよう取りはからってやるからの」
ガルフレッドはゆっくりと立ち上がると、傍らにあった大斧を手にした。
「いいか、殺すでないぞ。しもべにする必要があるでの」
ガルフレッドはドワーフたちにそう指示を与えた。事実上の戦闘開始の合図である。
●最後の戦闘【9】
ドワーフたちが一斉に襲いかかってきた。エルドリエルが雪の精霊を召喚し、ドワーフたちに対して吹雪を起こした。ドワーフたちの足が止まる。
飛炎とスイはそれを見逃さず、ドワーフたちの鎧の弱い部分を狙って攻撃を与えてゆく。そこにガルフレッドが大斧を振り回して突っ込んできた。
「ぬおおおおおおっ!!」
ガルフレッドの大斧が飛炎とスイの腕に傷を負わせる。2人の腕から血が流れ出した。互いに利き腕でなかったのが幸いだった。
アルフレートにドワーフの1人が向かってきた。すかさず『ミラーイメージ』の魔法を使い、幻を作り出すアルフレート。ドワーフは幻に気を取られ、攻撃に失敗した。
そんな最中、レティフィーナはエルドリエルに何やら耳打ちした。小さく頷くエルドリエル。そして2人は弓を手にし、放つ準備を始めた。
ガルフレッドが要所要所で突っ込んでくるため、ドワーフたちに深い傷を与えることのできない飛炎とスイ。逆に2人に浅い傷が増える始末だった。
エルドリエルとレティフィーナは2人並んで弓矢を放ち始めた。弓矢はドワーフたちを外れてはいたが、放たれていることにより自然とドワーフたちの動く範囲が制限されてきた。
その2人の妙な行動の意図に最初に気付いたのはアルフレートだった。アルフレートはフェイントをかけつつ、上手くドワーフたちを集め始めた。
こうなると飛炎もスイも気付く。2人は適度にドワーフたちに攻撃を加えつつ、次第に1列になるよう並んでゆく。そしてガルフレッドがレティフィーナの弓矢を避けて玉座の前に来た時――エルドリエルが叫んだ。
「今よ!!」
その声に飛炎、スイ、アルフレートの3人が左右へと大きく飛んだ。ガルフレッドを含むドワーフたち4人がちょうど1列に並んでいた。
エルドリエルの手から『ライトニング』、稲妻が放たれた。4人が1列に並ぶこの瞬間を待っていたのだ。そして1列に並ばせるために弓矢を放って誘導していたのだ。
しかしさすがにドワーフ。4人ともしぶとく立っていた。
「もう1発!!」
エルドリエルは再度『ライトニング』を放った。ドワーフたちの身体を稲妻が貫いてゆく。さすがにこれが致命傷となり、ドワーフたちはその場に倒れた。
「む……無念じゃ……!」
胸元を押さえ、後ろへよろめくガルフレッド。大斧が床に落ちる。そしてガルフレッドの身体は玉座へ沈み――そのまま動かなくなった。
●謎は残る【10】
傷付いた者がエルドリエルの『命の水』により癒されると、一行は奥の部屋へ向かった。
奥の部屋は今までと様子が異なっていた。今までの迷宮には人為的に作られたという感触が残っていたが、奥の部屋にはそれが全く感じられなかった。まるで最初からその部屋が存在していたかのような、そんな感じだ。
奥の部屋にあったのは、虹色に輝く金属の箱だった。表面には複雑な紋様が刻まれていた。詳しいことは分からないが、何やら魔力があるようには感じられた。
もう1つある。何とさらに下へと降りる階段があったのだ。飛炎が階段を調べに行ったが、すぐに戻ってきた。
「……途中で崩れている。いや、崩されたと言うべきか」
飛炎の言葉を確かめに、他の者たちも代わる代わる階段を調べに行った。なるほど、階段は途中で崩れており岩等で塞がれていた。表面には人為的に崩された部分も見受けられた。
「わざと崩したってことは、見せたくない物でもあったんだろな」
スイが不機嫌そうに言った。そう考えるのが妥当だろう。
「ヴァンパイアが強王に崩させたんでしょう、きっと。何にしても、強王は利用されているだけだろうなとは、予想していましたけど……」
さらりと言い放つアルフレート。
「最初からそう思ってたの?」
エルドリエルが何気なく尋ねた。アルフレートは無言で微笑みを返した。
「……そういえば、地図が我々の手に入ったのは必然だったのでしょうか?」
思い出したかのようにレティフィーナが言った。誰が何のためにエスメラルダに手渡したのか、まだ解決はしていない。
ともあれ――色々と謎を抱えたまま一行は街へ戻ることになった。その前にヴァンパイアと化した4人のドワーフの遺体を、炎で焼き浄めてからだが。
「ヴァンパイアとなった奴を葬るには、差し当たってこの方法しかないからなあ……」
強王の遺体と玉座を包む炎を見つめながら、スイがぽつりとつぶやいた。
●報酬と……【11】
一行は街へ戻ると、すぐに魔法ギルドへ向かった。エルドリエルがそう主張したこともあったが、ヴァンパイア絡みなだけに報告はしておかねばならないだろうという判断が働いたからだった。
報告と共に、今まで記録してきた地図を魔法ギルドに高値で売り付けてから数日後――一行はエスメラルダに呼ばれ黒山羊亭に集まっていた。他に客の姿は見当たらなかった。
エスメラルダは一行が揃うや否や、革袋を取り出した。
「魔法ギルドから言付かったの。追加報酬ですって」
革袋には金貨が詰まっていた。エスメラルダの話によると、一行から地図を買い取った魔法ギルドはさっそく迷宮の調査へ向かったらしい。そしてそこを鍛錬の場とすると共に、地下4階以降の調査にも乗り出すことになったそうだ。もっとも実際に調査に乗り出すのは、それなりに後のことになりそうだが。
「もう1つあるわ」
エスメラルダは革袋をもう1つ取り出した。大きさは先程の物と変わらない。
「お城からの使いでね……あなたたちに渡してくれですって」
その言葉に、一行は互いに顔を見合わせた。どうしてここに王城が関わってくるのか?
「そういえばこれを持ってきた使いの人、地図を持ってきた男の人によく似てたわ」
くすっと笑みを浮かべるエスメラルダ。それを聞いた一行の反応は……語るまでもないだろう。
【強王の迷宮【地下3階】 おしまい】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別
/ 種族 / 年齢 / クラス 】
【 0128 / 紅 飛炎 / 男
/ 朱雀族 / 772 / 族長 】◇
【 0270 / アルフレート・ロイス / 男
/ 人間 / 24 / 怪盗 】◇
【 0065 / エルドリエル・エルヴェン / 女
/ エルフ / 60 / 魔法使い 】◇
【 6314 / レティフィーナ・メルストリープ / 女
/ エルフ / 19 / ヴィジョンコーラー 】☆
【 0093 / スイ・マーナオ / 男
/ 人間 / 29 / 学者 】◇
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■ ライター通信 ■
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・『黒山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、☆がMT12、○がMT13、◇がソーンの各PCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全11場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通されると、全体像がより見えてくるかもしれませんよ。
・大変お待たせしました、『強王の迷宮』これがひとまずラストとなります。地下4階の冒険は、気が向いたら出すかもしれません。魔法ギルドの調査進展具合にもよりますが。
・ドッペルゲンガーですが、実はこの迷宮の奴は学習型でした。相手の情報を学習して学習して……最後にはとんでもなく成長しているという訳です。ゆえに本文のようなことになるんですね。敵に関する読みは、皆さん鋭かったですね。
・さて、ガルフレッドと出会ったヴァンパイアですが、地上に居ることは確かです。そのうち、このヴァンパイア絡みの冒険に関わることもあるかもしれませんね。ともあれ、迷宮探索お疲れさまでした。
・紅 飛炎さん、5度目のご参加ありがとうございます。大物の姿は迷宮にありませんでしたが、強王はなかなか手強かったんですよ。迷宮を作ったことに関する読みは鋭いかも。ドッペルゲンガーへの対処法もあれで正解ですね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。
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