<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


Summer Snow
●はじまりの疾走
 メイド服を着たちっちゃい女の子が通りを走っていた。前を見ているようで、まったく見ていないのか、あっちこっちに体当たりをしながら。
 だが、露天の八百屋の荷台に体当たりをしたところで、とうとう芋の山に埋もれて動けなくなった。
「嬢ちゃん、何をそんなに慌てて走っていたんだ?」
 通りすがりの通行人たちが芋の中から救出した少女、ミーナの言うことには。
「お山に行くの!」
「何をしに?」
「雪を取りによ」
「雪?」
「おじょうさまがお熱なの。『雪が食べたい』っていうの。でね、たかーいお山には、まだ雪が残っているんですって。庭師のトムくんに聞いたの」
「そう……でも、たかーいお山に行けば、確かに雪はまだあるかもしれませんが、持って帰って来るまでには溶けてしまいますよ?」
「えええーっ!?」
 ミーナは本当にびっくりした様子で叫んだ。本気で持って帰ってこれると思っていたらしい。いや、それ以前に『一人でたどり着けると思っていたらしい』という問題もあるのだが。
「じゃっ……じゃあ、どうしたらいいの?」
 どうしたらいいのと言われても、と一同、顔を見合わせる。
「どうやったら溶けちゃわないようにできるの?」
「ええと……雪の精霊を召喚できるとかいうことはありませんよねぇ……?」
 雪の精霊を使役する者がいれば、雪を溶かさずに運んでこれるかもしれない。
 だが、ミーナは首を振る。まあ、ミーナは見た目からしてそういったことの出来そうな様子には見えない。せいぜい特技は掃除とか洗濯とかなような気がする。
「ものすごく速く、空を飛んだりとかは?」
 やっぱり、ミーナは首を振る。それはそうだ。そんなことが出来るなら、はじめっから地面を走って荷台にぶつかったりしてないだろう。
「お嬢様に他の物で我慢して貰うってのは、どう?」
 ミーナは泣きそうな顔をした。
 さて、どうしたらいいんだろう?

●四人寄ったら文殊の知恵
「……みっ」
「み?」
 鈴々桃花はきちんとスーツを着こんだ妖精、フィフニア・ヴィンスの足の下を走り抜けた。その小さい人間にはぶつからなかったはずだった。その代わり、途中で大きい人間を一人引っかけた気がするが、とりあえずそれはどうでもいい。
「ミーナ、カワイーっ!!」
 桃花は飛び出して、そしていきなりぎゅむっと力一杯ミーナを抱きしめる。
「みゃ!?」
「ミーナ、けなげ!」
 すりすりとほおずり。桃花はすっかり愛玩モードだ。
 髪の毛もふわふわで、何か、とっても柔らかい……
 うーん、これは相棒の黒猫、梅花の触り心地と同じ……
 と思ったところで、ふと思った。
 なんで、ヒトが猫の肌触りと同じ?
 顔を離すと、すぐにわかった。猫の耳が出ている。
「ミーナ、猫耳」
「あっ……びっくりすると出ちゃうの」
 ミーナはペコペコと耳を上から叩いて、引っ込めようとしている。そんなことで引っ込むのかと思って見ていたら……本当に引っ込んだらしい。
 それから掌を確認した。肉球とか爪とかが出るのだろうか。
 最後に尻尾がないかどうか。
 今回は耳だけだったようだ。
 これで、普通の女の子だ。
 ……ちょっと普通とは違うかもしれないが。
「桃花、ミーナ好き♪」
 桃花には、特に関係はなかった。足元で梅花が可哀想になあとでも言いたげな目で桃花に抱かれているミーナを見ていたが……それもとりあえずは問題ではない。
「桃花、悪魔」
 まずは自分を指さして、自己紹介だ。
「アクマさんなんですか」
 だが、ミーナもよくわかっていなさそうだった。
「でも、ミーナ助ける♪」
「じゃあ、雪、とりにいける!?」
 だが、桃花はにこやかに首を横に振った。
 さすがのミーナも困惑顔で、なんと返事していいかわからなさそうだ。
「……嬢ちゃんがた」
 いきなりのこの展開に付いていけなくなりかけていた周囲の中で、フィフニアが最初にこのままではいけない思ったのか、声をかけてきた。
「少し、道の端に寄らぬかの。往来の邪魔じゃて」
「ご、ごめんなさい〜」
 慌てて、ミーナは道の端に走っていこうとする。
「あああ! 急がぬでよい! また……!」
 また転がっていた芋を踏んづけて、ミーナはひっくりかえった。
「……いわんこっちゃないのぅ」
 フィフニアは目を覆う。そしてフィフニアは、ひっくり返ったミーナの上まで飛んでいった。しかし褐色の肌の妖精が失神したミーナを起こそうと手を伸ばすと、ミーナを抱き上げる手がある。
「端に寄せれば良いな」
 翠藍雪はミーナを抱き上げて、露店の裏側まで運び込んだ。
 ライオネル・ヴィーラーはこの騒ぎを店の主に代わりに謝りながら、場所を借して貰えるように頼んでいる。
 そして八百屋の荷台にも芋が戻され、営業妨害な少女の話は露店の裏で続けることになる。その時点で野次馬も三々五々散っていって……最後まで残っていたのは桃花とフィフニア、そして藍雪とライオネルの四人だけだった。

「んー……」
 桃花はミーナが目を覚ますまで、考え込んでいた。
 桃花は精霊が使えるわけではない。
 桃花は飛べるけれど、そんなに速くない。
 桃花はミーナを手伝ってやりたいのだが、野次馬の言っていたような正攻法の方法は何もできないのだ。自分にできることに何があるだろうかと、唸りながら考え込む。
 走馬灯でも見えたら、何か良い案が浮かぶだろうかと壁を見つめてみたりもしたが……そんな微妙に危険な考えを悟ったかのように、梅花が肩に飛び乗ってきた。やめとけ、と言わんばかりの顔で桃花の顔を覗き込む。
 そんな梅花の顔を見て……
「そだ!」
 桃花は一つ思いついた。
 その時ちょうど、ミーナが目を覚ました。
 フィフニアにもらった水を飲んでいるミーナのところに飛んでいって、顔を突き合わせる。
「桃花、アマゴイする!」
 雨乞い……それは、降雨祈願の儀式魔法である。とか言うと晴天を祈願するてるてるぼうずも儀式魔法に分類されちゃったりするかもしれなくて難しいところもあるが、大規模な雨乞いは確かに儀式魔法なのだ。
 だがしかし、ここで桃花の言っている雨乞いはそーゆー真面目なものではなかった。なにしろ、桃花は雨乞いのやり方を知らない。
「雨乞い……?」
 ライオネルは、ぼんやりと言った。
 今のこの状況と、雨乞いという言葉が繋がらなかったせいだった。
「アマゴイ、踊ればいい?」
 しかし既に桃花は、踊り始めている。
 あ、そーれ♪
「一人じゃ足りない。皆踊る!」
 ライオネルの手を取って、桃花はライオネルも無理矢理踊らせ始めた。
「あ、ソーレ♪ ミーナも踊る。ソコのヒトも」
 ミーナは訳がわからないままにも、素直に踊り始めている。
 ただ踊れと言われても、フィフニアと藍雪はちょっとそれはできなかったが……さすがに、ここまで何も考えずに馬鹿はできない年齢だ。
「ちょちょ、ちょっと待ってください!」
 無理難題に巻き込まれる体質が染みついているライオネルだけは、律儀に踊りながら、桃花を止めようとしている。だが、話を聞いてはくれそうもない。
「あの、雨乞いってこういうのでしたっけ!?」
 仕方がないので、踊り続けつつライオネルは騒ぎを見守る二人に半ば叫ぶように訊いた。
「どうじゃろうな。わしは雨乞いの経験はないのじゃが」
 と、フィフニア。
「違ったと思うぞ。確か壇を作って火を焚いて……後はなんだったか……よく憶えていないが」
 とは、藍雪。
「それよりもじゃ。なぜ雨乞いなのじゃ?」
「雨を降らせても、この季節では雪にはならないな」
 二人はそんなことをのんびり話している。
 桃花の突飛な行動に、毒気を抜かれた節はあるようだ。
「……そう思ってるなら、止めてください!」
 そう思うなら自分から踊るのを止めろとライオネルは二人に切り返されたが、ミーナも一緒になってずっと踊らせておくわけにもいかないので、桃花を藍雪が、ミーナをフィフニアが止めにいく。
「そのぐらいにしておけ。踊っても雨は降らんぞ」
「そなの?」
 きょとんと桃花は藍雪に聞き返した。
 そうだ、と簡潔に藍雪は答える。
「おぬしもじゃ。大体の、雨が降っても駄目じゃろうが。雨と雪は違うぞ。それぐらいはわかっておろう?」
 フィフニアの言葉にミーナは、はっとしたように両頬を押さえる。
「雨じゃだめなのー!」
 欲しいのは雪なのだ。
「アマゴイだめかー」
 桃花は再び考え込むモードに入ってしまった。
「急いでおるのではないのか?」
 うん、とミーナは頷いて、それからきょろきょろした。持って帰ってこれないという問題を忘れてミーナがまたどこかに走っていきそうだったので、フィフニアは機先を制してミーナの顔の前を塞ぐように移動する。
「他に方法はないのじゃろうかの」
 そこでそうフィフニアが訊いたのは、藍雪とライオネルにだった。
「ならば、俺が運んで……」
「なら、私が運んで……」
 そう答えたのも同時だったので、二人は顔を見合わせる。
「おぬしたちは、飛べるのかの?」
 フィフニアの問いに、二人は再び同時に答えた。
 だが、今回は補足が少々違う。
 ライオネルはグリフォンで、藍雪は自身が龍に変身して、だ。
 速さではどちらがというのは難しいだろう。自分のことだけに気持ち無理ができる藍雪の方が速いかもしれない、というところか。
「それでも途中で、溶けてしまうかもしれませんが」
 ライオネルはそう言った。ライオネルは元々の生まれが寒冷な地方なので寒さには強い方だが、人間が耐えられる高度には限界がある。それにミーナを連れて行くのなら、少々高度を下げて飛ばなくてはミーナが凍えてしまうだろう。上空は、実は夏でも凍えるほど寒い。
「では、ちょうど良かろう。どちらかが雪を持って空高く飛び、どちらかがミーナを連れて低い空を飛べば良い」
 二人いるならば手分けすればいいのだ。藍雪はそれでどうかと提案する。雪は溶けにくくできるし、ミーナは凍えずにすむ。
 ……ミーナを置いていく、という選択は自然に彼らの中にはなかった。これは気持ちの問題だったからだ。ミーナが大切なお嬢様のために雪を取ってきたいのだ。ミーナが行かないと意味がない。たとえ途中で溶けてしまったとしても、その気持ちが『お嬢様』に伝わることが大切だと二人は考えていた。
 もちろんミーナ自身も、誰かが雪を取ってきてくれるのを待とうなんてことは、これっぽっちも考えていない。
「連れていってくれるの!?」
 行く気は満々だ。
 ではどちらがミーナを運ぼうか……と思った時に、
「じゃ、桃花も!」
 桃花もそこに参戦した。
 ……二人? と、ライオネルと藍雪は眉根を寄せて視線を交わした。

●甘い雪
「ずるいー!」
「ずるくはないぞ、二人乗せると重くなって遅くなるのじゃ」
 あきらめよ、と暴れる桃花をフィフニアは諭して押さえた。
 一番近い雪の残っている山を調べ、藍雪とライオネルは飛んでいった。往きはともかく、帰りは限界まで速度を上げて帰ってくるだろう。だが人一人分の重さが加われば、相当その速度は落ちる。
「むー」
 と膨れて、桃花はふてくされている。だが、しばらくするとけろりとした顔で梅花に囁いた。
「お皿、シロップ」
 雪が着いたら、ご相伴に預かろうというわけらしい。
 一番近くの雪の残る山まで、普通に歩いたら二日はかかると言う。登るのに、もう一日。そこへ往き、そこから帰ってくるのに、限界まで彼らが速度を上げて飛び続けたと仮定して……約半日弱。空を翔けるなら、片道は2〜3時間だ。だが、これは、限界に挑戦した数字。
 だから桃花には、フルーツのシロップを売っている露店を探す時間はたっぷりあった。

 蒼空に陰が注したかと思うと、龍は地面に落ちるほどの速さで降りてきた。
 その手には、大きな雪玉がある。いや、表面は凍っているので氷玉か。
 街中ではあんまりなので街外れで待っていた二人も、龍に駆け寄る。すぐに龍の形は崩れて、人に戻った。さすがに息は上がっている様子だ。
「雪玉ー!」
 桃花はその雪玉に走り寄る。大きな雪玉だ。
「おお……! よくぞ溶かさずに持ち帰ったものじゃ」
 遅れて、地平線にグリフォンの陰が見えた。
「おぬしはもう無理をするでない。大八車を用意しよう」
 グリフォンが到着するまでに戻ってくると言って、フィフニアは飛んでいった。
 ちょっと味見……と桃花は思って、雪玉の欠片を口に含んだ。
「しょっぱい!?」
「……それは回りに塩をふって、固めてあるのだ。中身はともかく、回りを食べては塩辛かろうよ」
 息を整えながら、藍雪が説明する。
 グリフォンの陰も、近づきつつあった。

「ご主人さま!」
「どこへ行っていたんだい、ミーナ」
 こぢんまりとした、しかし上品な屋敷の庭に、一行は雪玉を運び込んだ。
 そしてミーナが屋敷の中に走って行くと、まだそんな年でもない黒髪の青年が顔を出した。いかにも魔法使いという雰囲気ではある。
「その雪玉は?」
「これは、そちらのお嬢様のためにミーナが山まで取りに行ったのですよ」
 ライオネルが説明すると、青年は驚いた様子だった。
「それは……」
 ミーナ一人でそんなことができるわけがないとはわかっているようで、丁寧に着いてきた四人に礼を言った。
「何もありませんが、中でお休みになっていってください。大変だったでしょう」
「ソレホドデモ!」
 桃花が胸を張って答える。
「おぬしは何もしておらぬじゃろが」
 フィフニアの言う通りだった。

「わあ……本当に持ってきてくれたの……?」
 割った雪玉の真中を削り取り、こっそり桃花の用意していたフルーツのシロップをかけて、雪はお嬢様の前に差し出された。
「冷たい? お嬢様!!」
 朝方は本当に起きられない程だったらしいが、帰って来た時にはミーナのお嬢様はベッドに起き上がれるぐらいにはなっていた。それで、ミーナがいないので心配していたと言う。
「冷たい! それに美味しいわ。ありがとう、ミーナ」
 ありがとう、皆さん……とミーナよりも幼そうな少女は、しっかりと礼を述べる。意外に、ミーナよりは大人びているような様子だ。朝方は余程熱にうかされていたのだろう。
 雪はグラスに盛られて、シロップをかけて、四人にも振舞われた。
「わーい♪」
 桃花も、しゃくしゃくと雪のデザートを食べる。これが楽しみだったのだ。
 雪のデザートは、頭が痛くなるほど冷たい。
「んー! おかわり!」
「これ、はしたない」
 フィフニアに叱られながらも、桃花は二杯目にとりかかる。
 それを笑って見ながら、ライオネルと藍雪も今回の労働の対価を口に含んだ。
「こういうのも、良いものですね」
「そうだな」
 そうして更に暑い季節に向かう前の、ささやかな涼味に皆で舌鼓を打ったのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【SO01_0122/翠藍雪(つぅい・らんしゅえ)/男/518歳/族長】
【MT12_5730/フィフニア・ヴィンス/男/29歳/旅芸人】
【MT12_6310/ライオネル・ヴィーラー/男/18歳/グリフォンナイト】
【SO01_0078/鈴々桃花/女/17歳/悪魔見習い】
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■         ライター通信          ■
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 ご注文ありがとうございました、そして本当に大変お待たせいたしました……執筆いたしました黒金かるかんです。ぼんやりしていて、書きかけのファイルを消す(しかも完全に)始末……なんとも、申し訳ありません。
 今回はぎりぎり間に合っているはずですが、このままではいつか〆切を破りそうなので、これではいけないと反省しました。少しお休みして態勢を立て直します。パワーが戻ったらOMCにも戻ってきて、また書き始めますので、よろしくお願いします……うーん、1〜2ヶ月ぐらいで戻ってこれるといいのですが(苦笑)。