<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
輝け! 第一回ナパタ杯!
●緊急募集のこと
炎と熱の大陸、フレイアース大陸。
そのカフーン地方にある巨大なオアシス都市ナパタでは今日も領主見習いの少女の溜息があった。
「ふう、これで一週間‥‥静乃さん達に負けては居られないけれど‥‥」
愁いを帯びて項垂れる少女の名はヘルメス・シーナー。
火の巫女、遠藤静乃とは友人である彼女は、古代王朝ナパタの末裔であり、アニ高地に出現したオアシスの管理と、周辺の統治を任されている。
そんな彼女の目下の悩みは、ナパタ自身の主たる産業が存在しないという点だった。超常魔導師として学んできたヘルメスも、街の活性化に基づく産業振興や人の流れの呼び込みなどと言う、難しい問題は今までに習ったこともない。
当然、と言えばそれまでだが、ヘルメスは簡単に諦める訳にはいかなかった。彼女は静乃と一つの約束をしていたからだ。
「必ず、静乃さんが帰るまでに‥‥」
きゅっと、噛みしめた唇が薄い桜色に染まる。
それは彼女の決意の証し。
たった一つだけ、この地に人を呼ぶ方法がある。
それは彼女に、いやフレイアースに住まう少女達にとって非情な選択なのかも知れない。しかし、地球人達の多く住まうようになった今、世界は徐々に変革の時を迎えている。
そう、『水着コンテスト』で人を呼ぶ以外に僻地であるナパタに未来はないのだ!
‥‥‥と、ヘルメスは教え込まれていた。
ギルドに張られた広告が、砂上船や甲殻列車でフレイアース中に広がったのは、ほんの数日の時差だったといわれる。
ティエラ世界、フレイアース発の水着コンテストが、今まさにナパタで行われようとしていた。
●○●○●依頼内容●○●○●
●ナパタで行われる水着コンテストの警備
●水着コンテストにサクラとして参加
●主催者でもあり参加者でもあるヘルメスの護衛
●ノンビリ観光(のサクラ)
●ナパタにて
フレイアースカード大陸。
ティエラ世界の火の世界で、一角を担う大国フレイアースのある大陸だ。
カード型の大地の上は、強い火の精霊力が災いして大陸のほぼ全てを荒野が支配し、砂漠の中に点在するオアシスのみが人々の生活する場所となっている。そんな過酷な大地の中で、星歴1350年に生まれた巨大なオアシスがあった。
カフーン地方ヨギ砂漠の南部。
一つの都市はあろうかという、平たい頂を持つアニ高地には満々と枯れることのないオアシスが湛えられている。
周囲には小さな村があるだけであったが、先の大戦で自治権を得たナパタ自治領がこのオアシス周辺を統括している。
その初代領主には、かつてこの地にて栄えた王国ナパタの末裔、ヘルメス・シーナーが就いて、今日も忙しそうに職務について‥‥‥昼寝していた。
「ヘルメス、起きろ。客が来て居るぞ」
ヘルメスと結ばれ、じきに国として興る予定であるナパタの未来の国王、齋木亮は今日も妻を起こすのに一苦労だ。
「‥‥ん‥‥んん〜〜」
寝相は良い方だが、低血圧なのか彼女はなかなか目覚めが悪い。おまけに、連日の仕事疲れの為か、最近では妙な癖も出来てしまった。
「亮さん‥‥」
ゆっくり、伸ばされる両の腕。
「いや、だからな、お客が‥‥」
『おねだり』で、抱き上げてくれないとヘルメスは最近起きないのだ。
放っておいてもその内起きて午前中はふくれ面なのだが、今日はそういう訳にはいかない。カード大陸マグリブの諸国で構成されるシーア・ハス。そのアシュエル王国から王女と国王がお忍びで来ていたからだ。
「ベル=バ・アールは聞いたことはあるが、アシュエル‥‥?」
唸った亮の耳元に、ヘルメスの柔らかい吐息が掛かる。
「歴史ある国です。先頃、長く行方不明でした王女様が帰還して、無事に戴冠されたとか‥‥」
「そ、そうなのか?」
抱き上げて立たせせようとしていた亮の頬が朱に染まる。
彼女はわざとしている訳では無いのだが、時々恐ろしい位に亮を刺激してくるのだ。彼女に亮も王族という意味では王族なのだが、元来その辺りを意識しない亮と、気負った風でもないヘルメスでは、威厳という物が身に付くのはまだまだ先のことの様である。
「初めまして。今回は何やら面白そうな事をされるとかお聞きしましたが」
座して、アシュエルの儀である礼をすると、リュタン・シュファースの隣で衣擦れの音でネルシュも共に頭を垂れているのが判る。
「初めまして、火の精霊と共に生きる友よ。今日は国王として来られたとは聞いておりませんよ?」
椅子を勧め、自らが注いだ茶を手に分けて飲んでカップを渡す。
同じ杯で喉を潤すという、砂漠の民ならではのもてなしだ。
リュタンは目の前の女性が自分と同じ超常魔導師であり、懸命に国の為にと活動していることを聞き及んでいた。その傍に影に、日なたにある地球人、齋木亮のヴィジョンコーラーとしての噂も。
「カードを失ったと聞いていたけれど。流暢に会話が出来ていたな‥‥」
それも地球人の持つ力なのかと、リュタンは紹介された宿に向かう途中で気が付いた。
「いよっ! 久しぶりだね皆さん」
シーナ・リュートの明るい笑顔が、ナパタには半年ぶりの『厳島』の面々に目映く輝いている。
「変わらなないどすな、シーナはんは」
長い髪をまとめていたジェニファー・カーディナルが髪留めを解いて柔らかい風に髪を流している。
「レアリィちゃんは? あたし達に内緒でつまみ食いしたんじゃないでしょうね?」
にやりと、期待感を込めてパールディ・カーディナルが当たりを見渡すと、愛馬ラグラスを連れた女騎士、レアリース・フェンドラが獲物のモルゲンステインを片手に歩いてきた。
「はっはっはっはっは」
乾いた笑いがスカルホースナイトから漏れる。
手を出したいことも自叙伝にして数100ページ分は優にあったこの半年なのだが、レアリースの一撃となけなしのプライドとがそれを邪魔していたのだ。
意外なことに彼女の寝相は‥‥すこぶる良すぎて身動き一つしないのでシーナの手が止まらなかったり、無防備に着替えるのでこっちが慌てるまで気が付かなかったり、信用してくれているのかどうか知らないが、風呂上がりに無防備だったり‥‥これは彼女の叔母との付き合いがかなりの原因を締めているのだが、そんなことはシーナには関係ないし、まだ教えられてもいない。
「あらあらあら。殿方がそれでは、困りものですわねぇ」
「相変わらず、恐ろしいことをさらっと言いますねクリスさん」
微笑みと友に小首を傾げる女性に、流石に背後の気配を感じながら返しているシーナ。
「お久しぶりです。ティエラ世界の旅はいかがでしたか?」
少しずつ習っているテンプルム語で3人に話しかけるレアリース。
彼女の髪は肩口で切った後に少し伸びてきている。新しい生活と想いと共にだが、その手のことは既に経験済みの3人には目配せ一つで理解されてしまっている感が無い訳ではない。
「あれ? そういえば、そちらの旦那3号は?」
「トマはんなら先に宿を決めてくるって言わはれて。うちらは少し様子が変わったから、街を見て歩こうって言うことなんどす」
「変わりましたね、本当に。私としてはまた皆さんの『お好み焼き』が食べてみたいのですが‥‥」
ホウと、溜息混じりに今まで何回か挑戦して失敗していることを白状するレアリース。
「全部、シーナのお腹に消えましたけれど」
「その意気どす、レアリィはん」
ぐっと、両手でレアリースの手を握るジェニファー、その手に重なるリーとパールディの手で女性陣の固い絆が再確認される。
「私なりに出来る様になったので、もう少しシーナには手伝って貰いますが‥‥」
表情を変えずに続けたレアリースに、うんうんと頷く女3人。
「ひどっっ! 俺、レアリィちゃんに何かしたぁ?」
「‥‥‥‥」
無言でシーナに微笑むレアリースが怖い。
「えーと‥‥しましたか? ‥‥‥‥あ、いや‥‥しちゃったかな〜〜? ‥‥‥おう! 旦那2号発見!」
必死で話題を変えようとしていたシーナの視界に、赤いブルゾンに白鉢巻の男性が飛び込んできた。
「おーい! 日明! お前も帰ってたのか。彼女はどうしたんだ?」
駆け寄ったシーナに、やれやれといった表情で肩をすくめる女性陣。
「またか? さっきもバンダナの男に‥‥確かに俺は日明だけど、あんた達のことは知らないぜ?」
溜息と共に肩を落とす新城日明。
と、そこにトマ・ホークが騒ぎを聞きつけてきた。
「シーナ、久しぶりだな。‥‥あんたも間違えたんだな?」
「よっホーク。あんたも奥さん達に尻に敷かれてるねぇ。あれ?」
「‥‥‥」
相身互い。
と、言う言葉がトマの脳裏をかすめたが、それは言わないことにした。余りに情けなさ過ぎるからだ。
シーナはと言えば、厳島の女性3人達とトマ、そして日明と瓜二つの青年との会話に微妙に差異を感じていた。
「ところで、俺は連れと合流したいんで急ぐんだけれど‥‥シルフィンっていって、長い金の髪の女の子は見かけなかったかい?」
「あら、シルフィンちゃん? やっと年貢を納めはるんどすな?」
ジェニファーの一言に慌てて首を振る日明。
「ち、ちがうっ! 俺はそんな事、誰とも‥‥」
「いけませんよぉ。瑠那ちゃんも待ってるんですからねぇ」
にじり寄る様にして見上げるリーに、思い切り顔をしかめて日明が後ろに下がった。
「あ、あんたたち、何で俺やシーフィ‥‥それに瑠那のことを知ってるんだ? い、いっておくが、瑠那は追っかけ弟子であって、そんなんじゃないんだからな!」
「ほほぉぅ? この期に及んでしらを切る。切りまくると来た‥‥トマ! シーナ! そこの朴念仁2号を捕まえなさい!」
「はーい!」
「‥‥‥」
パールディの鶴の一声。ジェニファーとリーの無言の後押し、更に言われなくても進み出たレアリースと、既に日明の包囲網は完成していた。そこに加わるシーナの弓と、トマの筋肉の壁。
「俺が、何をしたって言うんだーーーーーーーーーーーーーーー!」
何もしていないからこそ責められる。
そういう事態を、生まれて何百度目か味わう日明だった。
●大会の朝
晴れて大会当日。
第一回ナパタ杯と名付けられた水着コンテスト会場は、広大な湖面を渡ってくる風が心地よい場所に設置されていた。
「昨日も来てみたけれど、本当に日本の物と似ているよねぇ。これは、言い出しっぺは‥‥あのコみたいねぇ」
薄い茶の髪を風になびかせ、受付を済ませた少女が自前の水着を袋に持って会場に入る。
「うーん、やっぱり要チェックなのはヘルメスさんにレアリースさんに‥‥うっわぁ。お姉様方までっ!」
天幕で区切られた部屋に入った瀬里沢詩緒は、思いも寄らない敵陣に目を丸くした。
「あら、どさ周りはどうだったの?」
「大変ですねぇ。静乃さんと間違われてしまうのですからねぇ」
「‥‥少し、お腹にお肉が着いてはりますで?」
「うひゃっ! あうあうあう〜〜」
早速目を付けられて、遊ばれる詩緒。
自分ではそんなに付いていないと言い切りたいけれど、本職一筋10年増しの年季があるだけに、厳しいものがある。しかし‥‥
「脱落一名はっけーん」
キラーンと、詩緒の瞳が輝いた。
その視線の先では、与えられた水着の上からマントを纏って恥ずかしげにうずくまっているレアリース。
やはり、コンテストと言うからには出場、出場するからには町内喉自慢からミス石鹸、果てはミスユニバースまで、戦って勝つことに意義があるのだ。
「ふっふっふっふっふぅ〜『う゛ぃ』ですね」
「詩緒、あんたキャラ変わった?」
何とも不気味な笑みに『V』サインの詩緒に思わず後ずさるパールディ。深紅のビキニが慎ましやかに彼女の肢体に引っかかっていると言った方が良い位、たわわに実った膨らみは他の者達を圧倒している。
「いえいえ〜これが本当の『地』ですよぉ。鬱屈した一年でしたが、ようやく羽目を外せますから、巻き込ませて頂きますわ」
「‥‥やっぱりどすな」
この子も女優だったかと、察して頷くジェニファーは青いツーピースの水着で、チューブトップにパレオが曲線を鮮やかにしている。
「演じて、演じることが日常になってはるなら‥‥狙うは優勝」
もし、詩緒が自分達と同じ位に先を考えて動くとすれば、次に狙われるのは‥‥
「レアリースはんどすな」
視線だけで向いた先に、相変わらず水に落ちた仔猫の様に震えている少女が居るのだが、ジェニファーは知ってる。サクラとしてとある目的を秘めて登録した彼女達3人と違い、レアリースは何も知らずにたまたま登録してしまったというある意味の猛者なのだ。
その上、実に彼女達に比べて10才若い健康美を誇っている。ヘルメスと言い、優勝は若い子達と相場は決まっているのだろうが‥‥それでも『女』の部分でムクムクと『ぢぇらしぃ』が頭をもたげてくるのだ。
「レ・ア・リ・イさん」
何時の間に包囲網を突破したのか、リー達3人の輪から詩緒が消えてレアリースに迫っている。
「「「やはり‥‥」」」
どうしてこの地の赤い髪の女性は逞しいのかと、白のハイネック型ワンピースのリーとジェニファーはパールディと詩緒、そしてこの場にいない一人の女性を思い出していた。
「あ、詩緒さん‥‥お帰りになっていたんですね?」
「そうでーっす。レアリースさんも参加されるんですね? うーん、まいったなぁ。ヘルメスとレアリースさんで優勝戦ですか?」
チクチクチク。
無言のプレッシャーがぶつけられているのだが、レアリースにそれを感じる余裕はない。ヘルメスから水着を渡され、その身にまとって初めて実感したのだ。
『これは恥ずかしいっ!!』
嫁入り前の娘が肌も露わに人前に出るなど、フレイアースでは考えも付かない。ましてや、それが衆目の視線を集める為の手段などとは、正気の沙汰ではない。
だが、レアリースには引くに引けない理由があった。
「私が出なければ、誰が壇上でシーナの魔の手から少女達を護れるというのですかっ!」
フルフルと震える拳は怒りかそれとも羞恥からか、それさえ判らない程に今の彼女は混乱している。
「そんなに緊張しないで下さいよレアリィさん」
「あ、ありがとうございます‥‥」
歯の根があっていないレアリースと、笑顔の仮面の下でしてやったりの詩緒。
「と・こ・ろでぇ。優勝者は豪華賞品授与の他、『ナパタキャンペーンガール』として、一年間フレイアース内外を水着姿で練り歩くって知ってますか!?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
硬直するレアリース。
ざわめく周囲の少女達。
「ふ‥‥‥勝った」
一人余裕の詩緒に、奇妙な高笑いに近い声が聞こえてくる。
「天幕の外から?」
新しい参加者が来たのかも知れない。油断ならない相手ねっと、臨戦態勢を整える詩緒を、物好きねといった風に苦笑してみるパールディとジェニファー、全て知った上で笑顔を崩さないリーと、出場者控え室は悲喜こもごもを呈していた。
「私のぷりちーでべりきゅーなとこはコンテストに出ろっていうようなもんじゃないの。えへへー楽しみだなぁ♪ 優勝商品って何だろうなっ?」
フェイルーン・フラスカティがスキップしそうな勢いで天幕まで来たのに、付き人宜しく荷物を持っていた日和佐幸也が溜息混じりで突っ込んだ。
「つか、水着コンテストに出て入賞できるようなナイスバディじゃないだろ?」
「んもう! 幸也ちゃんてば慎重すぎるんだからっ!」
ベキッツ!
「この私が出場するんだから、もう会場の視線は私に釘付け間違い無しっ! この砂漠の国じゃ、結婚前の女の子は肌を見せるのは恥ずかしいんでしょ? もう、ぶっちぎりの優勝よっ!」
「そ‥‥そう‥‥か‥‥なっ?」
胸を押さえてうずくまる幸也。
フェイルーンが振り回した拳が見事に裏拳になって、彼の息を止めていたのだ。『息の根』が止まらなかっただけましなのかも知れないが。
「ちょっとぉ。幸也ちゃん、これ以上は乙女の花園よっ?」
「う? う、うん」
思い切りダメージを負わせていることなど感じていないらしい。手甲の一番厚い部分にでもぶつかったのかなと、首を傾げながら退散する幸也だが、実際はコンテストに舞い上がったフェイルーンの勢いが周囲の状況など彼女の目に一切入らない様にしているだけだった。
「君も大変だな。ほら、俺達付き添いは外で見物だってさ」
「あなたは?」
同じ日本人らしい青年に声をかけられて、幸也が並んで歩きながら尋ねた。
「俺か? まぁ君と同じだよ。知り合いが参加していてね、その付き添いさ。せめて静かな時間は目の保養だよな」
新城日明と名乗った青年は、ステージ脇に集まっていた仲間らしい男達に手を挙げて歩み寄って行く。
「ふっふっふ。見たかっ! 警備員ならこんな前方も自由自在!」
「マテ、こら!」
席取りの結果を不敵な笑みで告げるシーナに突っ込む亮。こめかみがヒクついているのが遠目にもよく分かるのが抜群に公然の秘密だ。
「同じ地球人の‥‥日本の方が多いんですね?」
少し驚いたという表情の幸也に苦笑するトマ。
「そうだな。この地はかつて火の巫女が仲間達と共に訪れた土地だからな。その過半数が日本人だったしな」
「へぇ」
判った様な、判らない様な。それでもステージの幕が開かれて一人ずつ女性達が歩み出てくるのは幸也だけでなく席の男性陣が息を呑むのが判った。
「まさかネルシュも出てみたいと言い出すとは‥‥」
嬉しいやら恥ずかしいやらのリュタンに、判るぞっと拳を固める亮。フレイアースにこのような文化がない為に、現地の者で参加者は少ないのだが、その者達が醸し出す羞恥への照れが会場全体に見慣れない雰囲気を与え、普通なら高校生の学芸会以下の運営でしかないコンテストにも異常なまでの興奮が満ちている。
「を? 次は旦那の奥様方だね」
「言うな」
むっつりと、一瞬壇上を見て視線を外すトマ。見ないと怖いし、見続けるのは彼の精神には耐えられない。
「‥‥‥やっぱり、亮と日明、そっちのとトマの声って違うんだよな‥‥聖獣カード、持ってる?」
首を傾げていたシーナに問われ、亮は持っているぞと【フェンリル】のヴィジョンカード『静謐なる餓狼シェルディス』を見せる。
「数日前に声がして『聖域』に行ったらシェルディスとシャインロード、ダイモニオン、アスラが復活していた。グラファリトは相変わらず自分の仕事が終わるまでだって言い張って戻ってきていないそうだが、召喚者の手元にカード化する力は回復したらしい。後少しで『理の創世』も完成しそうだ」
「ほう。では、徐々に呼びかけは成功しているのだな」
自分達の出した答え、その行く末を見守る者達にとって少しずつでも進んでいくことが判るのは非常に有り難かった。
「っをーーーーー! ヘルメッスちゃん! かぁい〜ねぇ!」
「見るなっ!」
「シーナッ!」
ザンと、亮の立ち上がる音とステージ上をモルゲンステインをふるって疾走する黒い水着とパレオの少女の怒号が重なった。
「良いね、あの子達」
「そうですね、でも、あのシーナって人もよくよく自爆するタイプみたいですね?」
こそこそと、耳打ちする日明と幸也。
「そうみたいだな。うん、シーフィか。昨日買った水着は丁度良いみたいだな、うん」
「‥‥‥この人は、自分でそうと知らずに墓穴を掘るタイプなんだ‥‥」
白いワンピースの水着の少女に、軽く手を挙げるだけで、視線を直ぐに騒ぎの中心である主催者の女性達に向ける日明。少女は明らかに落胆しているのだが、日明は全く気づかない様子で、妙齢の女性陣をじっくり観察中。
彼の横で幸也は気付かれない様に呟くのみで、壇上からの無言の圧力に負けまいと懸命な褐色の肌の男性を見て、自分はああなのだろうなと溜息。
「不幸‥‥でもそれも幸せなんだって知ってる‥‥諦めてる様で諦めきれないって言う‥‥何だかな‥‥‥う、わっ!」
やれやれと肩をすくめていた幸也が視線をステージに戻すと、ステージ縁で幕を握りしめながら肩を振るわせているフェイルーンの姿が飛び込んできた。
「ダメだっ! 俺の危険が大ピンチッ!」
幸也の脳裏に火焔剣を握って大暴れのフェイルーンの姿が鮮明に浮かび上がる。聞こえぬ阿鼻叫喚、燃え上がる湖、出動する自衛隊‥‥少し規模は違えど、怪獣大決戦の様相を呈している彼の想像の中で、フェイルーンは破壊の限りを尽くしている。
「‥‥何だか、何処かで聞いたことがあるぞ、それ‥‥」
拳に汗を貯めて立ち上がった幸也を見上げながら、日明とトマは溜息を吐いた。
「しかし、このままにしておく訳にもいかないな! 俺はドラゴンで行く! トマとか言ったな、エイにするか? それともバットにするか?」
「何の話だ? 俺の聖獣はドラゴンだが‥‥」
首を傾げたトマに、外されたといった表情で日明が視線をずらした。
「良い、気にしないでくれ‥‥」
どうやら、物凄く恥ずかしい事だったらしい。
暴徒と化した男性達がもっと前で徒歩を進めたそのとき、筋肉の塊が立ち上がり、常人の胴回りはあろうかという二の腕が哀れな子羊を吹き飛ばした。
「伝家の宝刀‥‥受けてみるか?」
筋肉のひしめく音が聞こえてきそうなトマの横で、シーナが撃ち放った矢が地面に一筋の杭となって突き刺さる。
「野暮だなぁ。折角俺が静かにしてるのにな」
「あらぁ? レアリィさん大暴れ」
これは困ったと、腕組みの詩緒の目の前で、新たに燃え上がる闘士の少女が一人。
「私だって出来るんだからっ!」
片手に剣をかざし、突っ走ってゆくフェイルーン。
壇上で女性達の大立ち回りが始まったのを、詩緒は控え室から持ち出したチャイを飲みながら観戦開始。
「流石ナパタ‥‥ただでは済みませんねぇ」
韜晦してあらぬ方角を見る詩緒。
湖から吹く風がとても心地よい。
レアリースを追い込んだ元凶の一人であるとは、判っていても自分では言わないのは流石に詩緒だった。
●準備は万端
混乱の中でステージは騒然としているのだが、既に自分のペースで暴れているフェイルーンと完全に勢いを飲まれて端に隠れてしまったシルフィンのような一部を除き、大半がどう動けばよいのか判らないといった様子だった。
「さ。扇動扇動っと〜」
すでに、遊び倒すことを主目的として動き始めた詩緒にとって、面白そうな餌をまく準備が整った日明と幸也は絶好の獲物だった。
まずは、最大の障害を取り除け。
と、先人も言っていると、自分に言い聞かせて詩緒はステージの上から日明の様子を探っていた。
「はっけーん! 鼻の下が馬並み!」
日明に聞こえれば、そんな事はないと慌てて否定したかも知れないのだが、実際に彼の目の動きは鬼の居ぬ間の大洗濯だった。
(良いよな。ここには瑠那も綾華も麗亜も居ない! 竜也だって居なければ、最後のシルフィンなんか段の上! ま、あいつらしい水着だけどな)
彼に見せたいが為に買う前に1時間、買い物に出かけて1時間、商品を買い求めて1時間、悩みに悩み続けた乙女心は彼の鉢巻き程の重さにもならない様子で、全く日明の視線を動かしようがなかった。
「シルフィンちゃん、あれをっ!」
詩緒の知る彼女はもっと幼かったはずだが、そんな些細なことはこの際構わない。目的の為に有効な物を最大限に利用するのが詩緒の怖い所だとも言えよう。
「あーーーっ!」
指さされた方角を見れば、ヘルメスにレアリース、果てはトマだけを目標に囲っているお姉さん方にカード大陸マグリブからの来訪者の肢体に反応している日明の姿がある。
「ア・キ・ラ・兄さ〜〜ぁ〜ん!!!」
「をお!」
怒髪天をつくという言葉があるが、今のシルフィンがまさにそれだった。
彼女の様子を見ながらも、内心で頑張れだの、男なんかぶっ飛ばせーと、無用の茶々を入れている詩緒だが、表情は全く変化無し。
乙女の怒りも明らかに、シルフィンがステージ横から駆け出すのをハンカチを振りながら見送って、さて後はと振り返った詩緒の腕を掴む物が一人。
「ほらっオバさん! そんなトコに立ってないで私とステージの中央に!」
「え? オバ?!」
一瞬、流石の詩緒も思考が停止した。
人間、まさかと言う時に予想もしない言葉を聞くと脳髄が全く動かなくなるものだ。安全弁が降りた核融合炉の炉心の様に、詩緒の脳内は高熱を持ったまま出口のない循環不全状態で次の行動をただひたすら荷待ち続ける状態に陥ってしまった。
「はっ! いけないっ! ここで考えることを止めたら、また私はしがない通行人Aに逆戻りじゃない!」
一番恐ろしいことを考えて自分に活を入れる。
「いくわよっ!」
「‥‥あ〜あ。あのお姉さんもフェイルーンの餌食か‥‥ナンマンダ〜ナンマンダ〜」
手を合わせて詩緒を拝み始める幸也にぞっとしない日明。
「何だ、今の悪寒は‥‥」
己の身に迫る敵以外の驚異を、彼は感じてもそれに対処できる程に器用ではなかったのだった。
●戦の後に
「やったわっ! 私が初代のミスナパタなのねっ!」
「冗談みたいだねぇ」
ドゴッ!
「雉も鳴かずば撃たれまいに‥‥」
南無と、祈る日明と亮。フェイルーンの蹴りが入った場所は、大の男でも悶絶しそうな『鍛えられない』場所だった。
ナパタ杯の優勝者は『未婚』であり『若く』『文武に長けた』人物という注釈が主催の元にあった開催要項にあった為に、ヘルメス、パールディ、ジェニファー、リー、ネルシュは早々と『既婚』であるとして資格を失ってしまった。
「旦那、コメントは?」
「‥‥‥ノーコメントだ」
いわくありげな視線を投げかけるジェニファー達とトマを見比べながら笑うシーナに、元凶であるトマは苦笑するばかり。
「これって、絶対あの子の趣味よね!」
文武両道という観点で落とされた詩緒がふくれ面。
最後まで争ったのはレアリースとフェイルーンだったのだが、流石に若さという一点ではレアリースに分が悪かった。
「面白かったですねぇ」
「ヘルメスはそう言うけれど‥‥私は‥‥不本意ですっ!」
沈む夕日に叫びたくなるレアリース。
そもそも、ヘルメスやリー達にシーナが色目を使うから私の仕事が増えるのですと、背中越しに棘のある言葉を同僚にぶつけている。
「いかがでした? 奥様には失礼な結果になってしまったのだが‥‥」
どうにもしゃちほこばった会話に慣れない亮が四苦八苦しながらリュタンに話しかけると、苦笑してリュタンも互いの労をねぎらった。
「お互い、忍耐の時でしたね」
「‥‥ああ」
互いに、惚れた弱みと十二分に魅力的な妻という存在が判る。
だが、国政を執るという意味ではまだまだ亮には学ばなければいけないことが多いようだ。
「先ずは、無事に終わったことを喜ぶさ」
肩の荷が下りたと、風を身に受けながら佇む男達だった。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 /性別/年齢 /クラス】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15歳 /魔法戦士】
【0402/日和佐 幸也 /男/20歳 /医学生】
【0420/新城 日明 /男/24歳 /アトランティス帰り】
【5212/齋木 亮 /男/20歳 /地球人】
【6176/シーナ・リュート /男/19歳 /スカルホースナイト】
【6313/リュタン・シュファース /男/20歳 /超常魔導師】
【6444/トマ・ホーク /男/34歳 /地球人】
【6446/パールディー・カーディナル/女/32歳 /地球人】
【6447/ジェニファー・カーディナル/女/31歳 /地球人】
【6449/リー・ジュファ /女/31歳 /地球人】
【6894/レアリース・フェンドラ /女/18歳 /スカルホースナイト】
【7503/瀬里沢 詩緒 /女/18歳 /地球人】
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■ ライター通信 ■
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今回皆さんを担当させて頂きました本田光一です。
ソーン白山羊亭の依頼、遂行おめでとうございます。ソーンでの事件は世界を超えて集ったキャラクター達によって紡がれる物語ですが、いかがでしたか?
第2弾が何時出るかは判りませんが、もしも宜しければまたのご参加を心よりお待ちしております。
では、最後に各個に。
・フェイルーン・フラスカティさん。本シナリオの本質を巧く突いていました。遊んだ者の勝ちのシナリオで、正統派で遊ばれていたお一人でした。
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