<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
東方が赤く燃えている
(プロローグ)
「これだけ明るいと、ランプ無しに読書出来るね…」
魔道士ウルは、持っていた魔道書を開きながら言った。
真夜中。街の中央にある、冒険者の酒場前だった。
「うん、ここまで盛大に燃えてると、むしろ楽しいかも…」
ウルの連れ、盗賊娘のルーザは、東の空を見上げて答える。
街の東部で燃え盛る炎のおかげで、月も出ていないのに周辺は明るかった。
大火事だ。火の回りの早さから考えて、おそらく放火である。
「どーすんの?」
東の空を見上げたまま、ルーザがウルに尋ねる。
酒場に居た何人かの冒険者達は、すでに火事の方へ向かっていた。
「どうしようか…」
ウルは、少しだけ悩む。
火事が起こっている地域は『幼い子供が多い住宅地』や、街を燃やし尽くせるだけの油を貯めこんだ『油商人の倉庫』などが近くにあり、危険な地域だ。
炎はますます勢いを増している。優柔不断なウルにも悩んでいる時間は無い。
結局、ウルのルーザへの返事は…
(仕事内容)
真夜中に街の東部で起こった大火災に対する対応です。
特に依頼者はいませんので、
・消火や住民の救助活動
・火事場泥棒
・放火犯の捜索
・ウルとルーザについて行く。
などなど、PCの判断で行動して頂いて結構です。
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(本編)
真夜中。大きな炎の柱が、街の東方で高々と上がっている。火事だ。
住宅地になっている場所である。逃げ遅れた人も多い事だろう。
『私は逃げ遅れた人を助けに行く!』
幸也の相棒のフェイルーンは、そう言って、さっさと現場へ行ってしまった。
『兵は神速を尊ぶ。』なるほど、大急ぎで現場に行くのは正解だ。
ただ、物事には誰にでも共通の、ただ一つの正解があるとは限らない。
医学生の俺が火事場で出来る事は何か?
日和佐幸也は考える。
やはり、怪我人の治療だろう。そして、それには薬が是非とも必要だ。
一度、家に帰って薬を取ってくるのが正解。
そう判断した幸也は、家に帰って薬を取ってきた。
失った時間は大きいけれど、その分、多くの怪我人の治療をしてやるさ。
そう思いながら、幸也は火事の現場へと急ぐ。
幸也の他にも火事の現場に向かっている冒険者達は多かった。おそらくは酒場に居た冒険者で、火事に気づくのが遅かった者達だろう。
剣士や魔道士、盗賊など、様々な冒険者がいたが、その中に、黒ローブの男と町娘風の女という、二人連れが居た。
ソランの魔道士か…
火事場へ急ぐ幸也だったが、黒ローブの男に目を向ける。
ソラン魔道士協会という、古風な魔道士が集まった団体の事を幸也は聞いた事があった。男が着てる黒いローブは、ソラン魔道士協会のものである。
色々、面白い連中だと聞いているので、幸也は前から彼等に一度会ってみたかった。
なので、幸也は黒ローブの男と町娘風の女に、近づいてみた。
二人の話声が聞こえてくる。
「火事場に向かってる人、結構多いよ?
あたし達なんかが行かなくても、関係無いよ。」
「いや、それはそうかも知れないけど…」
二人は火事のことについて、何やら口論をしているようだった。
「横から、すいません。
ソラン魔道士がやる事に興味があります。
良ければ話をきかせてもらえませんか?」
単刀直入に話しかける幸也。自分の知識欲に関する限り、大胆な男だった。
「え、ああ、別に構いませんけれど。」
「へー、ウルのファンなんて珍しいね。」
二人連れは驚いた様子だったけれど、幸也に答えてくれた。
黒ローブの男はソラン魔道士のウル。街娘風の女は盗賊のルーザと名乗った。
ウルは、幸也や多くの冒険者と同様に火事場の人達を救助するつもりだという。
ルーザは、放火犯に心当たりがあるので、そっちへ行きたいと言う。
「なるほど。」
幸也は一通り話を聞き終えて、つぶやいた。
「横から口を挟むのは失礼かと思いますが、俺はウルさんに賛成です。」
幸也は言う。
「何で?」
ルーザが口をとがらせる。
「居るかどうかわからない放火犯よりも、確実に居る火事の被害者を優先したい。そうれだけです。それに、俺はあんまり肉体労働向きじゃありませんからね。」
幸也は静かに言う。
「ま、確かに正論ね…」
一応、筋は通っていた。ルーザは言い返せない。
「でも、もし放火犯を見つけたら許せないな。ぼこぼこにした後、傷薬を使ってやるさ。やたらとしみるやつをね。それ位の事は許されると思いませんか、ウルさん?」
幸也はウルに尋ねる。
「別に問題無いと思うよ。」
ウルは苦笑しながら答えた後、
「そいじゃあ、ひとまず火事場に行ってみて、大丈夫そうだったら放火犯捜索に行ってみるってのはどうかな?」
と、ルーザに尋ねる。
「そんな、のんびりしてたら逃げられちゃうよ…
ま、別に良いけどさ。」
ため息混じりに答えるルーザ。一応納得したようだ。
「じゃ、いこーか。
君も一緒に行くよね?」
幸也に尋ねるルーザ。 幸也は頷く。
こうして、3人は火事場に向かった。
幸也はフェイルーンを探しつつ、ひとまずウル達と一緒に火事場で救助活動をして回る事にした。
そして、逃げ遅れた子供がいるという家の前に、3人は来た。
「水の鎧!」
ウルが魔法を使い、ルーザの体が水の膜に包まれる。
こうして火に対して抵抗力を付けたルーザは、手慣れた動きで家屋に忍び込んでは、逃げ送れた人を助け出す。
幸也はそういった人達の手当てをして回る。
幸也達の他にも、多くの冒険者が火事場で救助活動に当たっていた。中には、10歳位の女の子の姿をした、不思議な人形の姿もあった。この世界には色んな奴がいるもんだなー、と幸也は思った。
そうして3人でしばらく火事場を回った後の事である。
「あんたたち、ちょっと助けておくれよ。」
おろおろした、中年の女性が3人に声をかける。
子供が火事場に取り残された母親か。おなじみだな。幸也は思ったのだが、
「うちの子供を助けに行った女の子まで、帰ってこないんだよ…」
母親は、大分あわてているようだった。
女の子?
幸也は嫌な予感がして、その娘の事を尋ねる、
母親の話だと、その娘はどうやら自分の知り合いのようだった。
「フェイルーンか…」
幸也がつぶやく。
「それってもしかして、あんたの相棒って言ってた人?」
ルーザが言って、
「行こう。」
ウルが問答無用で走り始める。ルーザが寄り添うように付いて行った。迷いの無い二人の態度は、幸也には嬉しかった。
3人はすぐに、フェイルーンと子供が中に居るという建物に着いた。
「やばいな…」
建物を見上げて、ウルがつぶやいた。
火の上がり方が尋常でなく、建物自体の片側は崩れていた。
確か、子供が取り残されているのは、その崩れている側の2階だった。
「ウル、火に強くなる魔法よろしくね。」
ウルに援護を求めるルーザの声も、多少うわずっている。
「俺も行きます。」
幸也が言う。
「ありがと、助かる。」
短く言う、ルーザ。
「いや、礼を言うのはこっちです。」
幸也が答える。
ウルは水の壁よりもさらに炎に強い、氷の鎧の呪文を2人に使った。
氷の鎧は、冷たい氷の膜で体を包む魔法である。凍えるような寒さを感じながら、幸也とルーザは建物に向かった。
建物はあっちこっちから火が上がっている。かろうじて入れそうなのは、崩れた側の2階の入り口だけだった。
ルーザは器用に建物の壁を登り、幸也にロープを投げ落とす。
幸也も2階に上がる。
煙がすごい。幸也の準備したマスクが無かったら、2人は何も見えず、呼吸も出来なかったに違いない。
幸也とルーザは煙の中で子供とフェイル−ンを捜す。
「下!
人が埋まってる!」
すぐにルーザが、1階で瓦礫に埋まってる人影を見つけた。
幸也は無言で1階に飛び降りた。ルーザが後に続く。
1階で埋もれていたのは、間違い無くフェイル−ンと子供だった。
二人ともピクリとも動かない。
幸也とルーザはあわてて瓦礫をかきわけるが、その間にも火勢は強くなる。
そして、二人を助け出した頃には、幸也達の逃げ場は無いように思えた。
ルーザは火勢の弱い所を探して、辺りを見渡したがどこも火は強かった。
フェイル−ンを背負った幸也は、あんまり肉体労働は得意じゃないんだけどな、と思いながら、一番炎が上がっている側の壁を向いた。
一番燃えてるって事は、一番脆くなってるって事だ。
こうなったら、これが一番現実的だろう。
炎の中でニヤリと笑う幸也。
「ルーザさん、上手くいったらついて来て下さい。」
彼はルーザにつぶやくと、フェイル−ンを背負ったまま炎に飛び込み、壁を思いっきり蹴りつけた。
炎で脆くなっていた壁は、轟音ともに崩れた。
何とかなるか!?
幸也は炎に包まれながらも、外に転がり出る。
氷の鎧はほとんど溶けきり、幸也を包む炎が彼を襲った。
文字通り、体が燃えるように熱い。そして、
「南国の通り雨!」
ウルが魔法を唱える声が聞こえた。
途端に幸也の頭上から、滝のような雨が降り注いだ。
幸也の頭の上だけの集中豪雨である。
「君の事だから、多分ここから来ると思ったよ。」
ウルが言った。
「あんたなら、ここにいると思いましたよ。」
幸也が答えた。
遅れて、火にまみれて子供を背負ってきたルーザを、ウルは同様にして助けた。
そして、幸也達は少し離れた所まで子供とフェイルーンを連れていく。
「平気なのかい?」
動かないフェイル−ンと子供を見て、ウルが自信無さ気につぶやく。
「心配無用。」
幸也はそう言って、倒れた二人の様子を見る。
火傷はたいしたことない。問題は煙の吸いすぎだ。肺と体の中をきれいにしなくちゃいけない。
幸也は二人の口に薬を含ませた。
地球で学んだ医学なんて、たかがしれてるさ。
次に、肺の機能を活性化させる念をこめながら、治療の魔法を使う。
こっちの世界でちょっとかじっただけの俺の魔法なんて、フェイル−ンにも及ばない。
幸也は薬と魔法を使いつづける。
けれど、俺はその両方を知っている。
医術と魔術の組み合わせ。両方を効率よく組み合わせれば、何倍も効率がいい治療が出来る事を幸也は知っていた。
これが、俺のやり方だ。
治療を続ける幸也。子供の方が息を吹き返したので、安全な所まウルが連れていった。
「大丈夫なの?」
いまだに動かないフェイルーンに目をやり、ルーザが心配そうに言った。
「なあに、そんなにひどい怪我じゃありません。
ちょっと煙を吸って気を失ってるだけだから、すぐ目を覚ましますよ。
こんなもんでくたばる程、こいつは可愛らしくないですしね。」
幸也が言う。
それを聞きつけたのか、
「可愛らしく無いとはなによぉ!」
と言って、フェいルーンが起き上がった。
「ほらね。」
幸也はそう言って苦笑する。
きょとんとする、フェイルーン。
もう、火事場は大分落ちついていた。幸也は一息つく。
ウルとルーザは、放火犯を追うと言う。元気になったフェイルーンも付いていくと言った。
だけど幸也は、まだまだ怪我人の多い火事場を離れる気にはならなかった。
「俺は、このまま火事場に残るよ。」
走り去るフェイルーン達3人を、幸也は見送った。
「これが、俺にとっての正解だ。」
怪我人の集まっている所に向かって、幸也は歩き出す。
結局、街の東部を襲った大火事は、多くの冒険者のおかげで、被害が少なくてすんだと言う。
そんな中、医術と魔術を組み合わせて怪我人の治療にあたる医学生の姿を目撃した人は、多かったそうだ。
(完)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】
【0376/スゥ・シーン/女/10才/ドール】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、MTSと申します。
締め切りすれすれになってしまって申し訳ありません。
現実主義でクールな医学生のイメージで幸也の事を書いてみたんですが、いかがでしたか?
こんな感じの文章しか書けませんけど、また機会があったらよろしくお願いします。
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