<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


-白山羊亭冒険記-もしも世界が下町だったら
<オープニング>

「世界が違ってたら、どうなってたんだろう?」

たとえば、ここの世界はファンタジーの世界だけれど
これが…たとえば東京の下町だったりしたら?
想像をたくましくしつつ、夢の中でそういう世界が
見れたら良いなあとベッドへ入る。

…目が覚めたとき、本当に下町だったらどうする?

*と、言う訳で夢ネタです。
基本的に世界は寅さん的、古きよき下町の世界として考えてます。
締め切りは特に考えていませんので、発注してみようかと言う方も
のんびりと、どうぞです。

◆夢の中―バルバディオス・ラミディンの場合・1―

俺が居たんじゃお嫁にゃ行けぬ、解っちゃいるんだ妹よ♪と言う
訳のわからない音楽が流れていた。
何故、何故っ。
「俺が居たんじゃ、妹が嫁にいけねーんだよ!!」
「……あ?」
バルバディオス・ラミディンこと、バリィは、少々…いや、かなりぎょっとした。
いつもの寝台とは違う、固い布団とい草を編んだかのような床。
洗濯物も妙な物に挟まってぶら下がっており、驚くべきは天井の低さだ。

「んだよ、これ!! 一体ここは何処なんだ?…いや、待て。
確か寝る前にこんな世界だったらなあ…とか考えてたような……?」
そうか、これは夢なのかもしれない。
ぽん!と手を叩くとバリィは夢の世界の詳細さを見極めるかのように
あたりの物を手当たり次第触って見た。
い草の様なものは6枚、床に敷かれている。
枕も布団も嫌に固く、そのままで寝ていた所為なのか身体が妙にかたくなっている様な…。
…こう言う手触りやら身体の疲労がちゃんとある夢と言うのも実在するらしい。
んー、起きたら覚えてないかもしれないのが意外に勿体無いかも、しれない。

ドアと思われる物を開け、床を歩いていると階段らしきものが見えたので降りる。
すると、妙に食欲をそそるような臭いが何処かから漂った。

「おはよー!! バリィちゃん居るかいっ」
「お、おう!居るけど…えっと…誰だっけ?」
「やだねえ、いつもお宅の食卓に一品増やす恩人の名を忘れるなんざ。
となりの萩原のおばちゃんの顔も忘れちまったのかい?」
「いや、そういうわけじゃあ無いんだけどなっ。んで、それはなんだ?
やたら美味そうな匂いだが・・・・・・」
「だろ?今日はね、いい大根と鰤が手に入ったんでね、鰤大根だよ。
後で鏡花ちゃんと一緒にお食べ」
「鏡花?」
「…バリィちゃん、アンタやっぱ熱あるんじゃないのかい? アンタと一緒になってくれた
女の名前まで忘れたわけじゃないだろ?」
「…へ?」

いつの間に!?
バリィは、そう叫びそうになった。
が、これは夢なのだから、突如としてそうなっていてもおかしくないのかもしれない。
そうか…夢では結婚までしてたか、俺!と言う妙な納得の仕方でもってバリィは
首を振る。

「いやいや、忘れてたわけじゃないんだけどよッ。
ちょっと、寝惚けてんだよ俺。あんま寝起きいいほうじゃねえし!!」
「…そうだね、確かに寝起きが良いとは言えないね。
ま、鏡花ちゃんに宜しく伝えといておくれ?」
「はいよっ」

バリィは隣の「萩原」さんと言うおばちゃんから鰤大根を受け取ると
もう一つ、まだいい匂いのする方向へと足を伸ばした。
多分、ここにその「鏡花」さんと言う女性が居ると思うのだが……?


◆夢の中―フェイルーン・フラスカティの場合・1―

「…ここは何処ッ? なんで、こんな所に私来てるの〜!! ……もしや、いつも相棒の幸也のいた世界のことを考えてた所為でこんな所にッ?」

フェイルーン・フラスカティは、少々狭いとさえ思えるような部屋の中で、叫んだ。
いつもいつも、不思議だった相棒のいた世界はこのような所だったのかという妙な納得もしつつ。
しかし……。

「どーしたもんかなあ…ま、いいやとりあえず外に出てみて……」

が、これが大いなる間違いだったと後にフェイルーンは何度か思った。
何故ならッ。
目立つのである、彼女の外見は!
黒目黒髪の日本人の中では彼女のもつ金の髪も、海を映したような青い瞳も
細く華奢で折れそうな身体、全てに「異国の人だ……」と思わしめる雰囲気があるわけで。
じろじろと見られ続ける苦痛に耐えながらフェイルーンは歩き続け、時にここいらに
住んでいる人たちに何処かに食べ物屋がないかと聞いたりもしてみたのだが……。
「あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅー」と言う妙な返答ばかりが返ってくるばかり。
なんじゃいな、そりゃ!と叫びたくなってしまう。
…と言うより実際叫んでしまって「セインさん?」と聞き返されてしまったが
セインって誰、セインって。
からくりなんたら、言われたってフェイルーンが解る筈も無く。
ここは日本だ日本語を話せ!と逆ギレされても、どう言い返せと言うのやら……。

ぷちっ。
…頭の中で、辛抱―――と言う名の糸が音を立てて切れた。
愛想良くしても外見だけで判断されると言うのならば!

「…いいもん、いいもん!」

もう、なんでもかんでも勝手にやってやる〜!! 
名物だって幸也の話では、多くあるはずだから探しちゃうし、困ってる人見つけたら
助けに行っちゃうし、思うとおりに行動しちゃうもんねっ。
心の赴くとおりにやって何が悪いって〜のよ、ふふ〜んだッ。

◆夢の中―バルバディオス・ラミディンの場合・2―

「あら、おはようございます。もう起きてたんですね」
「うわぁっ」
バリィは少々と言うか、かなり驚いた。
気配も無く、こちらにい擦り寄ってくる女性に、ではなくその女性の声が
あまりにも通りがよく大きかった所為だ。
…これは、この町に住んでいる人特有の声なのだろうか?
響くが、けれど耳障りではない声。
「? どうしたんですか?」
「い、いやなんでもないッ。ところで萩原さんから、これ貰ったんだが……」
「あら、美味しそうな鰤大根! …後で家のほうから送られてきたお野菜おすそ分けしましょう♪
あ、そうそうそれと朝ご飯できましたから食べておいてくださいねっ」
「へ?そういう、お前は何処に行くんだ?」
「…それも忘れちゃったんですか?もうじき、パートの時間なので出るんですよ」
「あ、ああ、成る程な」

どーにも会話がかみ合わない事を歯がゆく思いながらバリィは頭をがりがりと掻いた。
その仕草を見て鏡花、と言う名の女性がにこりと微笑みながら肩に落ちた髪の毛をはらって行く。

「では、行ってきますね?」
「ああ、行ってらっしゃい」

…こんな世界も微妙にいいものかもしれない。
さて、ご飯が出来てますから、という鏡花の言葉通りにご飯をよそい、
お味噌汁を温め直していると奇妙な物体が妙な音を立てた。
取り上げてみると威勢のいい男の声。

「もしもし?今日の仕事だがな、雨が降りそうだってんで休むことになったから
今日は出なくていいわ、じゃな!」
「は?あ…あのう、仕事って……?」
「お前、最近変だ変だって聞いちゃ居たがまさか仕事まで忘れたのか…?
大工だよ、大工仕事! とにかく今日は休みだから、来てもなんもねーぞ!」
がちゃんっ。
つーつーつーつー………。
笑い声と威勢のいい声を響かせた男はそういい終わると一息に電話を切ってくださった。
…そーか、職までありついてたか、俺。
妙に納得しながらバリィはご飯を食べるべく椅子に座ると、
先ほどの人物が言っていたように、暫くすると大粒の雨が窓へ叩きつけられるように降り出した。

◆夢の中―フェイルーン・フラスカティの場合・2―

その頃、同じように夢だと思う世界へ来ていたフェイルーンはと言うと……
「…んー美味しい物、美味しい物♪あ、あそこの人だかりなんだろうッ。行ってみようっと♪」
…と言う、食道楽を大いに満喫していた。

今、フェイルーンが来ている所は東京の「浅草」と言うところだが……。
まあ、ここは本当に美味しい物が沢山あるのである。
…ハッキリ言ってどれが浅草名物なのかわからないくらいだが……フェイルーンは
名物、といわれるもの全てを食べて見ることにした。

まずは舟和の芋羊羹や餡子玉。
一応浅草に来たら、まず食べてみたい物だが、少しばかり面白い形にビックリしつつ恐る恐る食べてみると…。
「やだ、これ美味しいじゃない♪甘さ控えめだし…餡子玉、もう一つ食べようっ♪」
と、餡子玉の種類を全て食べ、お茶を飲みつつ一息つくと次は仲見世へと歩き出した。
『雷門』と大きく書かれた提灯が目印の、あそこである。
色々な物が売られている店々を興味深く回っていると、
「お嬢ちゃん、美味しい人形焼試食しない?試食だからタダだよっ」
「タダ?」
「そう! まあ食べて美味しかったら買っていってくれればいいからねっ。どう?」
「食べてみようかな……」
「はい!出来立てで熱いから気をつけてねっ」
「うん♪頂きますっ」
出来立ての人形焼をぱくつく。
ふわりと甘い香りが口の中で広がり、中にはいっている餡子共に絶妙の甘さ加減だ。
…出来立てって、こんな甘いんだ…とフェイルーンは感動した。
「どう? お土産に一つ買ってかない? お嬢ちゃん可愛いから、少しオマケしちゃうよ?」
「ホント? じゃあ買っていく!」
「はい、毎度! 家へ帰ったら出来るだけ早めに食べてね?」
「うんっ」

そうして再びフェイルーンは仲見世を歩き出し……美味しそうな匂いのするお店で
また同じような買い物をしてしまい、仲見世を通り抜け浅草寺に辿り着く頃には
両手がお土産でうまっていたことは、言うまでもないが、当の本人は気にすることなく、
「んー♪美味しい物一杯買えて、満足満足♪」
と、幸せそうな顔で浅草寺名物かもしれない、人懐っこいハトに餌をやり妙な恐怖体験を味わっていた。
…餌をやるときは出来るだけ均一にやるべきなのかもしれない。
フェイルーンは、自分へ襲ってきたハトと喧嘩をしつつ餌を奪い合うハトを見ながらつくづくそう思い深い、溜息を、ついた。

◆夢の中―バルバディオス・ラミディンの場合・3―

「さて……メシ食い終わったしどうするかな……」
外を見ながら、バリィは誰に言うでもなく呟いた。
中々、こう言う風に過すのも悪くないと先ほど思ったばかりなのに
何故かもう、元居た世界を懐かしく思ってしまう。
…夢なのだから醒めたいと思えば醒めるのだろうが、一向に醒める気配もない様に思うのは何故だろうか…。

(まあ、こう言うのは向かないって事なのかもしんないな……)

温かい家庭、優しい隣人に、やはり優しくよく出来た感じの女房。
いい環境なのだとは思う。
だが。

「…やっぱ、俺の居場所はあっちなんだよな……」

目を閉じ、居た筈の世界を思い描く。
気持ち良く吹く風。
高い、何処までも続く空。
冒険者として過す日々………。
こうして、思い描くだけでも今すぐにでも白山羊亭へ行きたいほどの。

夢は、醒めるだろうか。

「…らしくないな…おし!一つ気分転換に外へ行くことにしようっ。
雨だがそれも乙なモンだろう♪」

そう、言いバリィは席をたち、外へと出て行った。
外の風景は、なんと言うか雨の所為だからかもしれないが妙にモノクロームで統一されているように
バリィの瞳には映る。
やはり、何かが違うなあ…とバリィは思ってしまう。
比較するのは止めよう止めようと思うのだが………。

(ふぅ…)

「あれ?バリィじゃねえか、なんでんなところ歩いてんだ?」
「ああ、いや今日は仕事が無いって言うからな…ちょっと散歩しようと思ってさ」
「なんだなんだシケてんなあ。それなら、家来いよ。丁度さっき親戚のおばちゃんから
スイカ一個丸ごと貰ったんだよ、切ってやっからさ、なっ?」
”スイカ”というものがどんな物か解らないが美味しそうな物なのだろうと思い
その人物の優しさに感謝しつつバリィは大きく頷いた―――その時。
「ああ、そうだな…。あ、あれ……?」
「どうした、バリィ」
「いや…何だか目の調子が……」
妙に眩しく、チカチカと洪水の様な物が押し寄せてくるようで堪らずバリィは目を閉じる。
すると―――見慣れたはずの自分の部屋で。

「…マジ?…ああ、でも夢で良かった…うん。悪くは無かったがやっぱこっちの方がいいしな♪」
そう、バリィは自分以外誰も居ない部屋へと呟くと、いつもの、自分の服へと着替えだした。

◆夢の中―フェイルーン・フラスカティの場合・3―

「♪いやあ、さっきの「アサクサ」って所は面白かった〜!! なんてったって
ちょっと外れたところに遊園地まであるんだもん! さて…と次は…何処に行こうかな…この電車だと
ウエノって所に行けるのね?じゃあそこにしようっ…あ、すいませんウエノってどんなところですか?」
フェイルーンは一人浮かれつつ、ちょうど券売機にて切符を買っている人物へ問うた。
初老のおじさんの様だが、先ほどのお店の人たち同様、にこにこと逃げることなくフェイルーンを見つめ、やがてゆっくりと口を開いた。
「どんなところ?お嬢さん、外人さんのようだがここいらに来るのははじめてかい?」
「はい、だから何があるのか気になって♪」
「なら、アメヤ横丁へ行くといいよ。御徒町まで延びる巨大なショッピング街と言うようなところだが
お嬢さんなら十分に楽しめるだろう。後は…そうだな上野なら公園が名物だから、そこも忘れずに行くといいな」
「ありがとう、おじさんっ」
「ああ、また困ったら誰かに聞いて良い思い出を作るんだよ」
「勿論!何かさっきまでは話し掛けても誰からも逃げられていたんだけど、こっちは良いね楽しくって」
「誰からも話し掛けられても愛想良いのが下町の人間には多いだけの話さね」
「それの方がいいよ。じゃっ」

急ぎ、改札へと入りタイミングよく電車へ乗り込むフェイルーン。
この電車は、終点が上野なので少々上野に着くには時間を要するのだがそれすらも楽しく
フェイルーンは暗闇を走る電車を辿り着くまでの間飽きることなく見ていた。

『次は終点上野。上野でございます、お忘れ物の無い様お気をつけてお降りさい……』

車内のアナウンスがかかった―――その時。
地面…いや、フェイルーンの足が置いてあるところが突如としてぐにゃり、と言うような音を立てて歪んだ。

「げっ。…な、何コレ!?ま、まさかっ」

全てを言い切る暇も無いほど素早く、フェイルーンは地面…もとい、ぐにゃりと歪んだ空間へと
落ちていった―――そう、元居た世界へと。

「…ったた……ああ、もうっ。醒めるんなら醒めるってもうちょっと、ちゃんと言ってよね―――ッ!!」
床に打ち付けたかのような痛みが走る身体をさすりながらフェイルーンは大声で叫んだ。
自分の夢の筈なのにコントロール出来ないなんて…っと思いつつ、手元に買っておいたお土産が残ってるのを見て
「ま、いっか。幸也に渡せる物も持ってこれたし♪うん…幸也だって懐かしがるかもしんないし!」
と、笑顔に変わった。

今日もソーンの世界は、何処までも果てしの無い青い空が広がっていた。



もしも世界が下町だったら-End-

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0401 / フェイルーン・フラスカティ / 女 / 15 / 魔法戦士】
【0046 / バルバディオス・ラミディン / 男 / 27 / 冒険者】
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■         ライター通信          ■
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初めまして!新米かけ出しライターの秋月 奏と申します。
今回はソーン作品に発注して下さり誠にありがとうございました!
なんと言うか趣味に走った作品でしたが、フェイルーンさんのも
バルバディオスさんのプレイングも楽しくて本当に書くのが
楽しかったです。有難うございます♪
拙い作品ですが少しでも楽しんで貰えたら良いのですが……。
もし、またどこかで会うことがありましたならその時はどうか宜しくお願い致します。
では、またいつかの日に♪