<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
子供たちに演劇を☆【後編】
●オープニング【0】
街外れにある孤児院で働く銀髪長髪の妙齢女性、アロマ・ネイヨットが白山羊亭へやってきたのが先日のお話。何でも孤児院の子供たちに演劇を見せてあげたいので手伝ってほしいのだという。
その話にほぼボランティアで協力する冒険者たち。まずはどのようなお話を見せるのかを相談し、無事に脚本が出来上がった。一種のヒーローショーである。
後は誰がどの役を演じるのかを決めて、練習して本番を迎えるだけ。ああ、舞台の設営準備も忘れちゃいけない。忙しい、忙しい。
ともあれ、人手はいくらあっても困りはしない。看板娘のルディアが、興味を持ちそうな客に声をかけていた。それもあって、孤児院での演劇の話はじわじわと街に広まっていた。当日見に行ってみようかなんて話を耳にする程に。
さて、本番当日の舞台では何が起きるのやら――。
●配役決定【1】
先日の話し合いから3日が経った白山羊亭。アロマを囲み、先日の面々が集まっていた。いや、先日よりも3人ばかり増えている。
「わ〜い、人が増えたね〜♪」
可愛らしいシフールの少女、ディアナ・ケヒトが嬉しそうに皆の頭上を飛び回っていた。
「あの……こちらの方々は?」
エルフの少女、レティフィーナ・メルストリープは、エルフの騎士、ウィリアム・ガードナーの両隣を手で示した。
ウィリアムの右隣では黒衣の騎士服がよく似合う青年が複雑そうな表情を浮かべて座っている。オールバックの髪型から少しだけ垂れた前髪を一房だけ白く染めているのと、左目下に傷があるのが印象深い。
反対に左隣では金髪のエルフ女性がにこにこと笑顔を皆に向けて座っていた。
「それと、こちらの可愛らしいお嬢さんも紹介してほしいな」
くすりと微笑み、アルフレート・ロイスは目の前に座っていた茶髪短髪の小柄な少女を指差した。少女の傍らには兜金の部分に鈴のついた紐をつけた日本刀が立て掛けられていた。
「姉と知人だ」
ウィリアムはそう言った後、2人を紹介した。左隣のエルフ女性はヘレン・G・ウィングベル、右隣の青年はアーシエル・エクスト。2人共、ウィリアムに誘われて参加することになったそうだ。ただ、アーシエルの表情を見る限りでは、こちらは強引に誘われたという感じがしないでもない。
「あ、この娘は高坂由希さん。こういうのに興味があるみたいだから、声をかけてみたんだけど」
飲み物を運んできたルディアが、小柄な少女――由希の肩をぽんっと叩いた。ぺこんと頭を下げる由希。おとなしそうな印象のある少女である。
「皆さん、本当に申し訳ありません。こんなに大勢の皆さんに手伝っていただけるなんて……」
「そ、そんな! 気にしないでください! お手伝いしたくてしてるんですから!」
アロマの言葉に対し可愛らしい顔立ちの青年、ノエル・マクブライトが慌てて答える。その頬は少し紅い。
「そうそう、深く気にすることないから。困った時はお互い様ね」
エルフ女性、ベータリア・リオンレーヌも力こぶを見せつけながら、ノエルと同様の言葉をアロマにかけた。
そうこうしながらも始まる話し合い。皆が希望の役を口にしてゆく。それを記録するのはパラの青年、ナトリ・ウェザリー。黙々と羽根ペンを動かし羊皮紙へ記してゆく。
「これでいいかな?」
一通り希望も出尽くした所で、ナトリは羊皮紙をアロマに手渡した。話し合いの中では当然希望が重複することもあったが、最終的にはアロマの判断に委ねようという流れになっていた。演劇を見るのは孤児院の子供たち、その子供たちのことを一番よく知っているのはアロマなのだから。
アロマは羽根ペンを受け取ると、少し思案した後にさらさらとナトリの記した部分に筆を入れていった。
「あの……こんな感じでどうでしょうか?」
羽根ペンを置き、羊皮紙を皆に見せるアロマ。そこには最終的な配役が記されていた。
・お姫様:由希、アロマ
・勇者(リーダー):ノエル
・勇者(その他):ウィリアム
・魔物ボス:アルフレート、ベータリア
・魔物:アーシエル
・妖精:ディアナ
・ナレーター:ナトリ
・音楽:レティフィーナ、ナトリ
・その他裏方:ヘレン、ベータリア
一部調整はあったものの、皆の希望はほぼ順当に通っていた。魔物ボスが2人居ることに関しては当然のことながら質問が出た。それに対しアロマはこう答えた。
「ええ、魔物ボスは悩みました。ですが、1人ではなく2人の方が意外性があってよいような気がしたので、このようにしたのですけれど……」
なるほど、アロマの言うことにも一理あった。皆からも特に異論も出ない。どうやらこれで決定のようだ。
次いでアロマから日取りの話があった。10日後に劇を行いたいのだという。
「ぎりぎりだね。でもまあ、何とかなるかな?」
ナトリが指折り数え言った。
「ボクは別に明日でもいいけれど」
ふふっと自信ありげに笑うアルフレート。
「……やる以上は万全を期してやりたいものだが、まあ仕方あるまい」
アーシエルはそう静かに言うと、目の前の飲み物をくいっと飲み干した。
「じゃあ10日後だね、忙しくなるよ〜」
ぱたぱたと飛び回るディアナ。本番まではかなり忙しくなることだろう。
「あ、そうだ!」
ルディアが思い出したようにテーブルに近付いてきた。
「今回の話を聞いて、及ばずながら協力させてほしいって言ってきた方が居るんですよ、アロマさん。ガーナルさんという、元騎士の方で……」
ルディアの言葉に、皆が顔を見合わせた。
●剣術指南【2】
街外れにあるやや大きな屋敷。その裏手から、剣同士を打ち付け合う音が響いてきていた。
「うわぁっ!!」
相手の勢いに弾き飛ばされるノエル。芝の上をごろごろと転がってゆく。
「やはり最初の踏み込みが甘いな」
そう冷静に言い放ったのは相手をしていたアーシエル。鍔が翼型の長剣を鞘に仕舞うが、その顔には汗1つ浮かんでいなかった。
「確かに。踏み込みが浅いからこそ、相手に主導権を握られ後手へと回ってしまう。先程からその繰り返した」
2人の手合わせの様子をじっと見ていたウィリアムが、立ち上がったノエルへアドバイスをする。
「はあ……」
うなだれるノエル。剣術の心得があるとはいっても、まだ見習い。騎士であるアーシエルにはまだまだ及ばない。
「心許ないなあ。本番でもキミがその調子なら、アドリブで魔物たちが勝利するように変えたっていいんだよ。ともあれ、本気でかかってきてくれていいから」
アルフレートが笑みを浮かべ、挑発するようにノエルに言った。むっとするノエル。そして剣を握り直すと、アーシエルに言い放った。
「もう1度お願いします!」
「うむ……いつでもいい」
長剣を鞘から引き抜くアーシエル。間合いを少し詰めた後、ノエルは大きく踏み込んでアーシエルに躍り掛かっていった。
そんな2人を横目に、ウィリアムはアルフレートのそばへ歩いていった。
「……発奮させようとしたな」
「さあ、何のことかな?」
ウィリアムの質問にとぼけるアルフレート。真意はどうあれ、アルフレートの言葉でノエルが発奮したのは間違いない事実だろう。
「お茶の用意が出来ましたにゃー☆」
猫耳娘なメイドさん、マオがそこへお茶を持って現れた。その背後には、大きな袋を抱えたヘレンの姿があった。
さて――5人の居るこの場所だが、ここは元騎士であるガーナルなる者の屋敷の裏庭である。今回の演劇の話を聞き付けたガーナルは、メイドさんたちを通じてルディアにこう話していたのだ。『及ばずながら協力させてもらいたい』と。そしてルディアはこのことを先日の話し合いの席でアロマに話した訳だ。
「人の縁というのは奇妙な物だな」
休憩中、カップを片手にウィリアムがつぶやいた。それはそうだろう。ここのメイドさんたちには先日のとある一件で関わり合っていたが、まさか今回このような形でまた関わることになるとは思いもしなかったのだから。
「そうですわね……あなたにはこの青の衣装が、あなたにはこちらの紅いマントがお似合いですわ」
ヘレンは袋の中から様々な衣装を取り出し、ノエルとアルフレートの身体にあてがっていた。最初は真っ当な衣装が出ていたが、そのうちにどんどんと怪し気になってゆく。アルフレートは面白がっていたようだが、ノエルは明らかに困惑していた。
「……在庫処分のごとく見えるのだが」
ウィリアムの傍らに居たアーシエルが小声で尋ねた。
「本人は『寄付』だと言い張っている」
こめかみの辺りを押さえながら答えるウィリアム。寄付といえば聞えはいいが、どう見ても押し付けのような気がするのだが……考え過ぎだろうか。
「まあ仕立ての腕は確かだ」
ウィリアムがそんなフォローをしたからか、それともノエルたちの相手に飽きたのか、ヘレンは今度は2人の方へと袋を抱えてやってきた。
「ねえ、ウィリアム。せっかくの舞台なんだから、この桜色のドレスを着て……」
そう言ってヘレンが桜色のドレスを出すなり、ウィリアムは無言でヘレンの頭を小突いた。
「きゃあっ!」
ヘレンは痛みに頭を押さえた。その様子を見て苦笑するアーシエル。するとヘレンがじっとアーシエルの顔を見た。
「……私の顔に何かついているか?」
気になったアーシエルがヘレンに声をかけた。ヘレンは桜色のドレスを袋の中へ仕舞ったかと思うと、今度は深紅のドレスを引っ張り出してきた。
「ねえ、あなた。あなたにはきっとこのドレスが似合うと……」
最後まで言い終わらぬ内に、ヘレンはダブルで頭を小突かれた――。
●舞台袖にて【4A】
本番当日、その日は朝から快晴であった。孤児院の庭に舞台があるということもあり、天気だけが心配だったのだが、もうそれも心配しなくて済む。
完成した舞台は高床造りで、左右に開く幕もついている本格的な物だった。よく10日間でここまで出来たものだ。
庭には孤児院の子供たちをはじめ、噂を聞き付けた子供たちや大人たちの姿が大勢あった。その合間を擦り抜けるように、眼鏡っ娘やエルフ娘、猫耳娘なメイドさんたちがお菓子や飲み物を配って歩いていた。この3人は協力者ガーナルの屋敷で働く者たちだ。
「わ〜、お客さんが一杯だよ〜!」
舞台袖からこっそり覗いていたディアナが驚いたように言った。時間の都合上、宣伝らしい宣伝はあまり出来なかったのだが、それでもこれだ。今回の試みは、かなり注目されているといってよかった。
舞台袖にはアロマを中心に、今回のメンバーが勢揃いしていた。役のある者はすでに衣装に着替えている。アロマも由希とお揃いの純白のドレスに身を包んでいた。
「ついに本番ですね……」
アロマは大きく息を吐いた。緊張しているのだろう。少し身体が震えている。
「大丈夫、落ち着いて、練習通りにゆけばいいさ」
アルフレートがそんなアロマに優しい声をかけた。
「そ、そ、そうですよっ! な、何があっても、ぼっ、僕がフォローしますからっ!」
「……勇者である貴様がそう緊張していてどうする」
緊張しているのが丸分かりなノエルに対し、アーシエルが呆れたようにつぶやいた。思わず皆から笑いが起こった。
「じょ、冗談ですよっ!」
顔を真っ赤にして反論するノエル。冗談には思えなかったが、今ので緊張は吹き飛んでしまったようだ。
「私は客席の方で、子供たちと見させていただきますわ。皆さん、頑張ってくださいまし」
ヘレンの言葉に、ウィリアムが小さく頷いた。
「そろそろこっちも準備かな?」
「ええ。子供たちに最後の指示を与えましょ」
音楽パートを担当するナトリとレティフィーナが顔を見合わせた。
「私たちも頑張ろうか」
ベータリアはぽんっと由希の肩を叩いた。
「頑張ります、精一杯」
由希は静かに答えると、ゆっくりと頷いた。
さあ、間もなく開演だ――。
●緊張を吹き飛ばせ!【4E】
(大丈夫かなあ……)
ノエルは舞台袖から何度も客席を覗いていた。誰の目から見ても、ノエルがそわそわとしていたことは明らかだった。
そんなノエルにアロマがそっと近付いていった。
「あの……」
「はっ、はい?」
急にアロマに声をかけられ、半オクターブ上がった声で返事するノエル。
「勇者役、頑張ってくださいね」
アロマは胸の前で両手を組むと、ノエルの目をじっと見つめた。
「は……はい! 頑張ります!」
びしっと背筋を伸ばし、返事するノエル。それを見ていたアルフレートが、由希やディアナ、そしてベータリアにひそひそと話しかけた。
アロマと入れ違いに由希がやってきた。
「勇者役、頑張ってくださいね」
由希は胸の前で両手を組むと、ノエルの目をじっと見つめた。
「あ、はい……頑張ります」
今度はディアナがやってきた。
「勇者役、頑張ってくださいね〜」
ディアナは胸の前で両手を組んだまま、ノエルの回りをくるくると舞った。
「う、うん……」
そして最後にベータリアがやってきた。
「勇者役、頑張ってくださいね!」
ベータリアはノエルの手をぎゅっと握り締めた。
「いたたたたたたたたっ!!」
ノエルの顔が苦痛に歪んだ。
「今度こそ緊張は吹き飛んだよね」
くすっと笑いながら、アルフレートがつぶやいた。方法はあれだが、アルフレートなりの気遣いなのだろう、きっと。
●第1幕・勇者登場【5】
ざわつく会場。しかし舞台の上にナトリが姿を見せた時、そのざわつきは次第に治まっていった。
ナトリは会場が静まった頃を見計らって口を開いた。
「さて――これより皆様にお目にかけます物語は、遠い世界の、しかしこの世界とも決して無関係とも言えない世界での物語。邪悪なる魔物に攫われし姫君たちを救い出さんと、妖精の加護を受けた勇者たちは冒険の日々を過ごしていました。しかし魔物たちの罠により、勇者たちは1人、また1人とその数を減らしてゆき……魔物の皇帝が住まいし城へ辿り着いた時には、ただ2人を残すだけとなっていました。果たして勇者たちは姫君たちを救い出せるのか……」
そう言い残しナトリは舞台を降りた。それを待っていたかのように、幕が左右へと開かれてゆく。
哀しい笛の音が聞こえてきた。30秒程してから、笛の音にリュートの音が混じり出す。何か胸騒ぎを感じさせる、そんな音楽だった。
「こっちだよ、こっちだよ〜っ!」
左手から半透明の衣装に身を包んだ妖精――ディアナが、ぱたぱたと飛び出してきた。
「姫様たちの気配はこっちだよ〜!」
舞台の上を飛び回るディアナ。そこへ2人の勇者たち――ノエルとウィリアムが左手から姿を見せた。客席から大きな拍手が起こる。
「姫、どちらに居られるのですか!」
ノエルが大声で叫んだ。しかし返事は返ってこない。
「おかしい……」
周囲を警戒しながら、ぽつりつぶやくウィリアム。
「何がです、ウィリアム?」
怪訝そうな表情でノエルが尋ねた。
「ノエル、この城はあまりにも静かすぎる。これは何かの罠ではないだろうか」
ウィリアムは眉をひそめた。
「フッ……さすがは勇者といったところか」
と、そこに右手から黒衣の男が姿を現した。左目には大きな傷がついている。
「誰だ、お前は!」
ノエルは黒衣の男をびしっと指差した。
「死に行く者に名乗る名前は持ち合わせてはいないが……まあいい、教えてやろう。我が名はアーシエル、皇帝を護りし者。皇帝に刃向かおうとはその罪、万死に値する。皇帝の手を煩わせるまでもなく、私が貴様らを断罪してやろう」
そう言うと、アーシエルはすらりと長剣を抜き放った。同じくノエルが剣を抜こうとしたのだが、ウィリアムがそれを止めた。
「姫君を頼む……彼奴は俺が食い止めよう」
すらりと片手剣を抜き放ち、アーシエルに対峙するウィリアム。じりじりと動いてゆき、ノエルとアーシエルの距離を広げてゆく。
「す……済まない!」
ノエルは苦汁の表情を浮かべ、ディアナと共にアーシエルの脇を擦り抜けていった。
「逃さぬ!」
アーシエルがノエルを阻止しようとした瞬間、ウィリアムが斬り掛かっていった。
ウィリアムの攻撃を長剣で受け流すアーシエル。その間にノエルの姿は右手へ消える。
「フッ、貴様の実力はこの程度か? そんな力で私に勝てると思うなよっ!」
不敵な笑みを浮かべるアーシエル。そして何やら呪文をつぶやくと、何と板金鎧がアーシエルの全身を包んだではないか。子供たちの歓声が聞こえてきた。
「何っ!」
驚きの表情を浮かべるウィリアム。そんなウィリアムに対し、今度はアーシエルが攻撃する番だった。
「案ずるな、貴様を葬った後に、あの者もすぐ後を追うことになる!」
勇まし気な音楽に混じり、剣と剣がぶつかり合う音が会場に響き渡る。
「……少しはやるようだな、では私も本気を出すことにしようっ!」
剣を交えている間に、アーシエルがそう言い放った。アーシエルの剣筋がなお一層鋭くなる。
そして2人の戦士が戦いを続ける最中――幕が閉まった。
●第2幕・囚われの姫君【6】
「妖精ディアナに導かれ、勇者ノエルは城の中を彷徨い歩きました。やがて大広間に出た勇者ノエルが見付けたのは……」
そんなナトリのナレーションと共に、左側の幕が開かれた。
ディアナに続き、ノエルが姿を現した。ノエルはしばし周囲を見回していたが、突然何かを見付けたように叫んだ。
「ひ……姫!」
右手を見つめるノエル。そこで右側の幕が開かれた。そこには純白のドレスに身を包んだ裸足の姫君が2人、姉のアロマ姫と妹の由希姫が椅子に腰掛けていた。子供たちから歓声が上がった。
2人の姫君に駆け寄るノエル。それと共に、音楽は明るい曲調へと変わった。
「アロマ姫、由希姫、分かりますかっ! 助けに参りました!」
大喜びするノエルだったが、やがて2人の姫君の様子が妙なことに気付いた。
「姫……どうされたんですか、姫!」
「姫様〜」
情けない声を出すディアナ。そこへナトリのナレーションが入った。
「姫君たちは何の反応も示しません。それもそのはず、姫君たちの心は邪悪なる皇帝によって奪い去られていたのですから!」
明るい曲調は一転して暗い曲調へと変わった。いくつか楽器も抜け、その移行は何ともスムーズであった。
「姫……」
ノエルは2人の姫君たちの前で苦悩の表情を浮かべた。
「ははははは……ようこそボクの城へ」
その時、どこからともなく笑い声が響き渡ってきた。
「誰だ!」
周囲を見回すノエル。すると、舞台の中央がパカッと開き、リュートの音と共にそこから1組の男女が迫り上がってきたではないか――。
●第3幕・皇帝登場【7】
舞台に姿を現したのは、紅いマントを羽織った優男と、毒々しいビキニ鎧を身につけ炎をまとったハンマーを手にする筋骨隆々な女だった。ざわつく会場。
「私の身体を見てぇ〜〜っ!!」
女は威圧するようなポージングを取り、開口一番そう叫んだ。たちまち会場が静まり返った。
「はっはっは、私は力の女帝エキドーナ! よくぞここまで来た、勇者よ!」
エキドーナはすっと男から離れた。
「そしてボクが智の皇帝アルフレート」
アルフレートは静かに言い放つと、つかつかと姫君たちに近付いていった。
「まさか皇帝が2人居たなんて……」
悔し気につぶやくノエル。ノエルとディアナは反射的にアルフレートから距離を取っていった。
「よく来たね。と言いたいところだが、少々遅かったようだ。すでに彼女たちの心はボクの虜さ。ねぇ、アロマ姫、由希姫」
アルフレートはくすくすと笑いながら言った。小さくこくんと頷くアロマと由希。特に由希の方には感情は感じられなかった。
「そんなことっ……僕がお前たちを倒して、姫の心を取り戻す!」
ノエルは皇帝たちにそう言い放った。しかしエキドーナはニヤニヤとノエルを見ている。
「あはは……アロマ姫、由希姫。彼らがボクを倒すと言っているよ。もし、ボクがキミのそばに居なくなったら、キミはどうするんだっけ?」
楽しそうな表情のアルフレート。姫君たちの口が小さく動いた。
「私もアルフレート様の後を……」
「……後を追って死にます」
姫君たちの言葉に衝撃を受けるノエル。
「そういうことさ。少し喋り過ぎたかな……まあいいや、死に行く者へのせめてもの贈り物だよ」
「姫君の前で死ねるのなら、勇者として本望だろう? ははははは!」
そしてアルフレートとエキドーナは、同時にノエルに襲いかかってきた。エキドーナの炎をまとったハンマーを剣で受け止めるノエル。そこにアルフレートの魔法により、ノエルの衣服が切り裂かれる。
「ええいっ!」
ノエルはハンマーを押し返し、アルフレートへ斬り掛かっていった。だがアルフレートは紙一重でそれを避ける。
「どうした、勇者の力はその程度のものなのかい?」
挑発するようなアルフレートの言葉。ノエルはさらに斬り掛かろうとしたが、そこへ再びエキドーナのハンマーが振り降ろされた。
おどろおどろしい音楽と共に、繰り返されるこの光景。そのうちにノエルは防戦一方となってしまう。
●第4幕・妖精の加護【8】
「ノエル!」
そこへ舞台の左手からウィリアムが姿を見せた。
「ウィリアム、無事だったのかい!」
驚き叫ぶノエル。子供たちは仲間の登場に沸き上がる。しかしそれも長くは続かなかった。何故なら、すぐにアーシエルが姿を現したからだ――。
「貴様の相手はこの私だと言っただろう! 邪魔立てはさせん!」
アーシエルが即座にウィリアムへ斬り掛かっていった。それを片手剣で受け流すウィリアム。仲間を助けたいのに助けられない、何とももどかしい状況である。
「あ〜ん、勇者ノエルたちが苦戦しているよ〜!」
ディアナはそう叫ぶと、舞台を飛び出して客席の上、特に子供たちの上を飛び回り出した。音楽は徐々にテンポが早くなり、それが余計に観客の不安を煽る。
「みんな〜、悪い呪いを破るために力を貸して〜!!」
ディアナは子供たちに向かってそう言い放った。
「勇者の名前を呼んで、みんなの力を集めるんだよ〜!!」
さらに言い放つディアナ。そうすると、子供たちの間からぽつりぽつりと声が聞こえてきた。
「頑張れノエル!」
「ウィリアム、頑張って!」
「アロマお姉ちゃんを助け出してよ!」
「皇帝なんかやっつけちゃえ!!」
その声は少しずつ大きくなってくる。
「さあ、もっともっと応援するんだ!! そんなんじゃ悪い呪いは破れないよ!!」
ナトリが観客を煽った。その甲斐あってか、子供たちのみならず、大人の声も混じり始めた。やがて応援の声が最高潮へ達した。
「勇者ノエル、勇者ウィリアム、このみんなの力を受けて〜!!」
ディアナは舞台へと戻ると、ノエルとウィリアムの身体へ次々と触れた。するとどうだろう、2人の剣はたちまち炎をまとったではないか。そして時を同じくして、エキドーナのハンマーから炎が消えた。ディアナはそのまま姫君たちの元へ向かい、頭上を舞い始める。
「何ぃっ!」
驚きを隠せないエキドーナ。ノエルはその隙を突いてエキドーナのハンマーを弾き飛ばし、さらに大きく踏み込んでエキドーナを切り捨てた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
苦悶の表情を浮かべ、エキドーナはバタリと舞台上に倒れた。そしてアルフレートへと向き直るノエル。
「はっ……ボクを殺すと姫君たちも死ぬことになる。それでもいいのならボクを倒すがいい!」
先程までと変わらず、自信たっぷりに言い放つアルフレート。だが――。
「ノエル様! ウィリアム様!」
「どうかその者を倒してください!」
突然姫君たちが口を開いたのだ。先程までの虚ろな表情とは異なっている。それは呪いが破られた瞬間だった。
●第5幕・皇帝の最期【9】
「何! ボクの術が……」
困惑するアルフレート。まさか術が破られるとは予想だにしていなかったのだろう。
「とどめだ!!」
ノエルは剣を構え直すと、大きく踏み込んでアルフレートの身体を貫いた。
「ば、馬鹿……なっ……!」
アルフレートの姿は徐々に薄れてゆき、やがて舞台上から消え失せた。子供たちは沸き上がり、拍手が起こった。
舞台ではウィリアムとアーシエルの戦いが続いていた。ほぼ互角の戦いであったが、それでもいつか戦いは終わりを迎える。ウィリアムの片手剣が、アーシエルの長剣を弾き飛ばした。
「くらえ!」
ウィリアムが最後の一撃を加えようとした時、アーシエルはすんでの所でそれをかわした。そして弾き飛ばされた長剣を拾うと、ウィリアムとノエルから距離を取った。
「……皇帝が倒された今、ひとまずこの場を去ろう。だが覚えておくがいい! 光ある限り、闇もまた存在する……決して滅びはせん! いつかまた……どこかで相見えることもあるだろうがな」
アーシエルは不敵な笑みを浮かべると、舞台の左手へとその姿を消した。
「何を勝手なことを……。美しい心に導かれた剣が、希望への道を切り開くのだ」
ウィリアムがアーシエルの消えた方向を、苦々しい表情で見つめていた。
●第6幕・勇者の帰還【10】
ゆったりとした明るめの笛の音が流れる中、ノエルは荷物から紅い靴を2足取り出した。
「姫……これを。王家に伝わる紅い靴です」
ノエルは姫君たちの足元に、紅い靴を揃えて置いた。姫君たちは紅い靴を履くと、静かに椅子から立ち上がった。
「ああ……ありがとう、ノエル様!」
「ありがとうございます、ウィリアム様!」
アロマがノエルに、由希がウィリアムへとぎゅっと抱きついた。ノエルの頬が少し紅い。
「勇者ノエル、勇者ウィリアム、王様が待ってるから帰らなきゃ〜」
ディアナがぱたぱたと4人の頭上を飛び回り言った。そして4人はゆっくりと舞台の左手へ歩き出す。
「――邪悪なる皇帝を倒した勇者たちは、無事に姫君たちを救い出し、王城への帰路へ着きました。しかしこれで悪が滅びた訳ではありません。勇者たちは待っています、皆が悪へと立ち向かうことを。それが勇者たちの力となるのですから……」
最後にナトリのナレーションが入り、左右から舞台の幕が閉まった。惜しみない拍手と大きな歓声が会場を包んだ――。
●カーテンコール【11】
少しして再び幕が開き、そこには出演者たちが横1列に並んでいた。各出演者の名前が客席から聞こえてくる。ノエルやウィリアムの名前が中心だったが、中にはアーシエルやアルフレート、そして由希の名前も混じっていた。
客席へとおじぎする出演者たち。そこへコミカルだが勇ましい音楽が流れ出し、ディアナが歌い始めた。驚く他の出演者たち。それもそのはず、ナトリとレティフィーナを中心とする音楽パートの者が、皆を驚かそうとしてディアナを交えてこっそりと練習していた曲なのだから。
ディアナの歌に合わせて、子供たちがコーラスを入れる。時折アドリブを入れ合うナトリとレティフィーナ。やがて一通り歌い終えた所で、ディアナは他の皆にも歌うよう促した。
再び最初から歌い始めるディアナ。他の出演者たちや観客からも歌声が聞こえてくる。そして1つとなった歌声が会場を包んだ――。
●打ち上げだっ☆【12】
演劇を無事に終えた面々は、打ち上げと称して白山羊亭へとやってきていた。
「素晴らしい演劇でしたわ」
ヘレンが満面の笑みでアロマに言った。
「私は特に何も……あれもこれも、全て皆さんのおかげです。本当にありがとうございました」
アロマは何度も何度も頭を下げた。
「何だか、今回の演劇を見て、孤児院への支援をしてくださる方も現れまして……」
「それはよかったですわ! 私も主人と相談してみますわ……」
ヘレンはアロマの手を握ると、ぶんぶんと上下へと振った。
「本気だったね。劇だってこと、忘れてなかった?」
「うんうん、本気だったよね。あの踏み込み方は」
アルフレートとベータリアは、ノエルを挟むように座っていた。2人共、からかい口調である。
「えっと……つい夢中に……」
どうやらノエル、最後の方はかなり入り込んでしまっていたようである。酒も飲んでいないのに、顔が紅かった。
「本気といえば……アミュートを使うとは聞いていなかったぞ」
「フッ、手加減はせんと答えたはずだ。それに子供たちの受けはよかったようだが?」
ウィリアムの責めるような言葉に対し、アーシエルはさらりと答えた。
「貴様……話を持ちかけた時は、渋っていなかったか?」
アーシエルはその質問には何も答えず、無言で目の前のワインをぐいっとあおった。
「楽しかったね〜♪」
ディアナはワインを舐めるように飲みながら、ナトリに言った。
「ほんと、楽しかったよ。たまにはこういうのもいいよ。他の人とセッションも出来たからね」
ちらりとレティフィーナを見るナトリ。
「いえ、こちらこそありがとうございました。楽しかったです、勉強にもなって」
笑顔で答えるレティフィーナ。今回のことで、何かしら得る物があったようである。
「ね、楽しかった?」
料理を運んできたルディアが、黙々と食べていた由希に声をかけた。由希は食べる手を止めて振り返ると、静かにこう答えた。
「……はい、とっても」
その時の由希の表情には、しっかりと笑顔が浮かんでいた。
【子供たちに演劇を☆【後編】 おしまい】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別
/ 種族 / 年齢 / クラス 】
【 5127 / ベータリア・リオンレーヌ / 女
/ エルフ / 29 / 焔法師 】☆
【 6314 / レティフィーナ・メルストリープ / 女
/ エルフ / 19 / ヴィジョンコーラー 】☆
【 0698 / ウィリアム・ガードナー / 女
/ エルフ / 24 / 騎士 】○
【 0829 / ナトリ・ウェザリー / 男
/ パラ / 32 / 旅芸人 】○
【 1248 / アーシエル・エクスト / 男
/ ヒューマン / 26 / 騎士 】○
【 1891 / ディアナ・ケヒト / 女
/ シフール / 18 / ジュエルマジシャン 】○
【 0160 / ヘレン・G・ウィングベル / 女
/ エルフ / 29 / 専門家(仕立屋) 】◇
【 0217 / ノエル・マクブライト / 男
/ ヒューマン / 15 / 見習い魔術剣士 】◇
【 0270 / アルフレート・ロイス / 男
/ 人間 / 24 / 怪盗 】◇
【 0298 / 高坂 由希 / 女
/ 人間 / 17 / 生徒/剣士 】◇
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■ ライター通信 ■
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・『白山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、☆がMT12、○がMT13、◇がソーンの各PCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全16場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通されると、全体像がより見えてくるかもしれませんよ。
・今回の参加者一覧は、MT12・MT13・ソーンの順番で、かつ整理番号順で固定しています。
・大変お待たせしました、『子供たちに演劇を☆』の後編をお届けします。演劇は皆さんの頑張りもあって、大成功に終わりました。立場は様々でしたが、本当にお疲れさまでした。アロマも子供たちも大変喜んでいますよ。
・プレイングによって、前編で書いていたシナリオに若干変更が入っています。比べてみると面白いかもしれませんよ。
・あ、孤児院の舞台は壊すのが勿体無いということもあって、当面はそのままのようです。何気に、雨対策もしてある立派な舞台だったりします。
・後はそうですね……高原担当の冒険の場合、色々と繋がっていたりします。以前の冒険で登場したNPCが不意に顔を出したりしますので。
・アルフレート・ロイスさん、6度目のご参加ありがとうございます。希望通り、魔物ボスとなりました。台詞、とてもよかったと思いますよ。とてもらしくて。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。
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