<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


「夏の奇怪学園話」 

▼発端
それは夏休みも間近な蒸し暑い午後。
夏。
夏と言えば、怪談話!
ここ、エルザード王立魔法学園にもどこからか奇怪な話が広がっていった。
話の内容はどこも似たようなもので、やれ放課後にいる筈のない子供の笑い声がしただの、
体育館で勝手にボールが動いただの、飾られてある肖像画が動いただのと様々。
別段、害などは無さそうで、学園側はしばらくは事態を静観していたが、そうも言ってられなくなってきた。
生徒の中でその得体の知れないものを見た、と言い寝込んでしまった者が現れ、
中には怖がって登校を嫌がる者まで出てきてしまったのである。
これは学校側としては由々しき事態。
だが、問題の解決はやはり生徒が行うべし!
との先生方の満場一致のご意見により、掲示板には次のような張り紙が出されたのであった。
『学園内で発生している奇怪な事件の真相究明及び問題解決をする者を募集します。
我こそはと思うものは担任か学園の先生へ申し出る事。』

▼調査開始(16:00)
「君達か。事件の調査志願者は」
そう言い、エルザード王立魔法学園の教師はイスをくるりと回転させ、やって来た人物達と向かい合った。
「はい」
はっきりとした心地よい返事をしたのはニール・ジャザイリー。
その横で無言で頷いたのが式堂迦瑠羅。
今回、原因究明に名乗りをあげたのがこの二人である。
「今回の事態の調査方法は自由だ。なるべく早期解決して欲しい。それから、経過報告は進展の有無に関わらず毎日する事。何か質問は?」
「特にありません」
ニールの言葉に教師は頷くと、手振りで退室の意を示し、再びイスを戻して机に向かった。
迦瑠羅とニールはお互いに目で頷くと、教官室を後にした。

「まずは、聞き込み調査から始めますか」
「そうだな」
ニールの提案に迦瑠羅は依存は無かった。
こうして調査に志願したものの、ほとんど今回のことに関して知識がなかった。
他人との付き合いが少ない、というのもあるだろうが、学園内で流れている話事態あやふやなものできちんとした情報がなかったのだ。
「まず、どこへ行きましょうか?式堂さんは今回の事件。どんな話を知っていますか?」
ニールの問いに迦瑠羅はしばし考え、体育館でボールが動いた事、学園内の肖像が動いた事など、噂話程度の事を口にした。
それはニールも同じだったらしくしきりに頷いていたが、話が終わるとその育ちの良さそうな顔を引き締めて言った。
「話の場所を全部回りましょう。・・・何か、掴めれば良いんですが」
そう、最後に呟いたニールの横顔はどこか思い詰めているように見えた。

噂話で出てきた場所を回り、二人は聞き込みをしていった。
だが、どれも同じ話ばかりで進展ナシ。
調査は難航していた。
「今回の事件、おまえはどう思う?」
「・・悪戯、だと思います」
控えめながらも、はっきりとした口調で言ったニールに迦瑠羅は意外といった風な表情を浮かべた。
「何故そう思う?」
「何故って・・・僕思うんです。これって風系の魔法を使った悪戯じゃないかって」
まだ幼さの残る顔を迦瑠羅に向けながら、更にニールは続ける。
「魔法ならボールも肖像画も動かせる事が出来るし、居ない人間の声だって聞かせる事が出来るから」
「なるほど」
迦瑠羅はこの少年の推理に感心した。
実は、ニールが興味本位だけの志願者だと内心どこかで思っていたのだ。
それは良い意味で裏切られ、本当に今回の事件を解決しようとする真っ直ぐな瞳に目を細めた。
「なるほどな・・・だとしたら、教官室へ戻って風の魔法を操れる者を訊ねよう」
「はい!」
ニールは元気よく笑顔で頷くと教官室へ歩き出し、迦瑠羅もその後に続こうとした。
が、不意に呼び止められた。
「ちょっとちょっと。そこのお二人さん」
なんとも気の抜けるような声に振り返ると、この学園の制服を着た少女が廊下の曲がり角でちょいちょいと手招きしながら立っていた。
「・・・ニール。教官室へ行くぞ」
「・・・・・はい」
「ちょ〜っと無視はイケナイよ。無視は」
あまりの怪しさに見ないフリをして立ち去ろうとした二人に少女はすすっと近づく。
「旦那方、例の噂を調べてなすってるんでしょ?」
「旦那って・・・なんでそんな事知ってるんですか?」
苦笑しながら言ったニールに彼女は得意気な笑みを浮かべた。
「ま、人は三度の飯より噂好き、ってね」
「・・・それはお前の事じゃないのか?」
呆れたような迦瑠羅の口調にも少女は肩を竦めてとぼける。
どうにも苦手なタイプに迦瑠羅は内心、やれやれと首を振った。
「それより、器楽室の話は知ってる?」
「器楽室?」
それは聞き込みでも何度か出てきた場所だ。
顔を見合わせた迦瑠羅とニールの顔にはまたか、というような表情が浮かぶ。
「それなら知っていますよ」
「へぇ〜ホント?じゃ、満月の晩の話も知ってるんだね?」
満月の晩の話は初耳だった。
今度は驚きで顔を見合わせた二人に、少女は更にその笑みを深くして言った。
「満月の晩に器楽室から音楽が流れてくるんだって。美しい悲しげなメロディーが」
迦瑠羅は突然の情報に驚く反面、彼女の話の信憑性を量りかねていた。
「それは本当の話か?」
「さぁ?本当かどうかは行って見てのお楽しみ♪なにせ明日は満月なんだから」
と、さも楽しそうにそう言った彼女は調子の外れた鼻歌を歌いながら二人の脇をすり抜け、暗くなり始めた廊下をスキップして行った。
「あ、ちょっと!あなたの名前は?!」
呼びかけたニールだが、彼女の姿は廊下の角へ消えてしまった後で、声は石造りの壁に吸い込まれていった。
「なんだったんだろ・・・」
唖然と佇むニールに迦瑠羅は首を横に振った。
不思議な少女の消えた先を見れば、だんだん傾きかけた夏の日差しで濃い影が長く伸びていた。
「・・・とりあえず、今日のところはこれで終わろう。明日、あいつの言っていた事を確かめれば良いさ」
「そう・・・ですね」
まだ、釈然としない様子のニールの背を押し、迦瑠羅は今日の報告を行う為、教官室へ向かった。

▼調査二日目(20:00)
夏の長い昼も終わり、陽が落ちてもその気温は下がることはなく、今夜は熱帯夜になりそうだと迦瑠羅は思った。
こんな時は長い髪が鬱陶しい、などと考えながら待ち合わせである学園正門前へと歩いていた。
待ち合わせの人物は時間前に着いていたらしく、迦瑠羅の姿を見つけると大きく手を振った。
「こんばんわ、式堂さん」
にっこりと挨拶をしてきたニールに軽く手を上げて答える。
そして、東の空を見上げれば昇り始めた金色の月。
昨日、あの少女が行っていた通り、満月だった。
「綺麗な満月ですね」
目を細めてしばらく月を眺めていたが、視線を学園へと戻す。
「あの人の話は本当なんですかね?」
首を傾げて言うニールに迦瑠羅は学園内へ入りながら言った。
「さぁな。何にしても確かめれば良いだけの話だ」
そう、何にしても手がかりと言えるだけの情報が無いのが現状。
ならば、どんな些細な事でもしらみつぶしに当たる以外今のところ方法は無いのだ。
暗い火の消えた学園はあまりに昼間との差がありすぎる為だろう。
物寂しく、孤独な感じがした。
だが、何故か自分と似ているように感じ、迦瑠羅は自嘲気味に口の片端を上げた。
問題の器楽室は学園の二階に位置していた。
学園の中でも奥の場所で、すぐ近くには体育館が見えた。
「ここが器楽室ですね」
迦瑠羅は扉に近づき、中の気配を窺うが何の気配も感じられなかった。
「中には、誰もいないようだな」
迦瑠羅は扉に手をかけた。
もちろん、昨日の内に事の次第は報告してある為鍵はかかっていない。
暗い器楽室内はきちんと整理され、ガラス棚の中には様々な楽器や楽譜が収められている。
ニールに目で合図し、迦瑠羅は奥の器楽倉庫へと隠れた。
ちらっと見ると、ニールはその小柄な体をガラス棚の陰へと滑り込ませたのが見えた。
そして、二人はじっと待った。

時は来た。
器楽室に一人の人物が入って来たのだ。
辺りを窺いながら、やって来たのは幼い少女だった。
少女は満月の見える窓際へイスを持っていくと、ちょこんと座り、窓を開けた。
すると、ゆっくり風が流れ始めガラス棚の戸が開き、風がフルートやホルンなどを演奏し始めたのだ。
風の魔法の演奏は、美しくもどこか哀愁を帯びていた。

「こんばんわ」
極力驚かせないよう優しい口調で声を掛けたニールへ、少女が振り返る。
「あ、あ・・・」
少女には突然現れたように見えただろう。
驚きで強張った顔を向けた少女に、だがニールは優しい笑顔を向けながら目線が同じになるように屈んだ。
「こんな遅くにどうしたの?」
「あの・・・お月様、見にきたの」
「そうなんだ。さっきの音楽は君が?」
ニールの質問に少女はちょっと躊躇ったものの、頷いた。
「上手だね。なんて曲?」
怒られると思っていた少女は予想外のニールの言葉に大きな目を瞬かせながら答えた。
「あの、ね。ニナの住んでたとこの歌なの。ニナね、ここじゃないところから来たの!」

たどたどしい少女の説明にもニールは優しく頷き、今までの事を辛抱強く訊ねていった。
迦瑠羅はいまさら自分が出て行って驚かせるのもいけないと思い、倉庫の陰で話を聞き続けた。

少女、ニナ・ルーフェンは異世界からの留学生である。
だが、まだ幼い子供。
故郷を懐かしむのは当然の事だった。
ニナの故郷では満月の夜、よく親しい者で集まり歌や踊りを催していた。
その為、ニナは満月の夜に故郷を思い、この器楽室で懐かしい歌を奏でていたという訳だ。
それが今回の事態の真相だった。

▼報告
「だが、何故肖像画やボールが動いたのか・・・」
教師への報告を終えたあと、迦瑠羅は呟いた。
ニナは今回の事はお咎めなし。注意だけとなった。
迦瑠羅の呟きにニールは笑いながら言った。
「あの子の魔法はまだ未熟ですから、風が洩れたんでしょう」
ニコニコと嬉しそうなニールに迦瑠羅は何故だか笑みが零れた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 種族 / クラス】


【5569/ニール・ジャザイリー/男/13歳/ヒュムノス/風喚師】
【0564/式堂迦瑠羅/男/428歳/ハーフエルフ/エタニティーキーパー】

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■         ライター通信          ■
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*この度は私にお仕事をくださり有難うございました!
これが私の初仕事となります。如何でしたでしょうか?

*怪談話と依頼書にありましたが、結末は・・・
シリアスともコメディとも取れないどっちつかずな感になってしまいましたが
謎の噂少女はいずれまた会う事ができる、かもしれません(笑)

*各タイトルの後ろについているものは時間となります。
時間の経過を感じていただければ幸いです。
また、参加者ごとに内容が若干違っていますので、読み比べて頂けると楽しいかと思います。

*今回の話はニールさんのプレイングを取り入れさせて頂きました。
私の考えていたものの中に近いものがありましたので、とても書き易かったです。
有難うございました!
 
*では、またどこかで会える事を信じて・・・