<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
飛べ!ペットボトル
聖都エルザードの魔法使いと言えば、由緒正しいエルザード王立魔法学園の魔法使いが有名だが、他にも魔法使い達は居た。
例えば、未だに古風な黒ローブを身にまとい続けるソラン魔道士協会の面々である。
怪し気な黒ローブとは裏腹に、地域密着型の魔道士協会というスローガンを掲げる彼らは、街で火事が起これば消火活動に当たり、祭りがある時は会場設営の為に作業用のゴーレムを提供し、道のごみ拾いなどは見習い魔道士が物理的に手を貸すなど、常に人気取り…もとい、地域社会に貢献してのイメージアップに努めていた。
そんなソラン魔道士達の次の大きなイベントは、街の夏祭りである。
そして、ソラン魔道士の一人、ウルは魔道ペットボトルロケット大会の運営を担当していた。
大会は、少年少女の部と一般の部の2部に分けて開催される。
水と空気の力で空を駈けるペットボトルロケットに魔法の力を加える事で、さらに高く遠くへ美しく飛ばす。その楽しさを通じて、子供達に魔法の楽しさを教えるのが最大の目的の大会だった。
「運営を手伝ってくれる人は、どうしても欲しいな。子供達にペットボトルロケットについて指導する人手も必要か…」
ウルは独りつぶやいた。
(仕事内容)
・魔道士のウルが、夏祭りのペットボトルロケット大会の運営を手伝ってくれる人、大会の参加者などを募集しています。
・大会に参加希望の方は、『子供達の指導をする』か『自分で参加する』かを教えて頂けるとありがたいです。
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(本編)
昔は、夏祭りにも行ったもんだけどな。
エルザードの夏祭りの日。
日和佐幸也は街をふらふらしていた。
地球にいた頃、子供の頃は近所の盆踊りにも行った。
確かに楽しかった。だけど、それも昔の話だ。
もう、祭りではしゃぐほど子供でもないさ。
そう思いつつも、賑やかな雰囲気に誘われるように、街を歩く幸也だった。
「あなた、もしかして日和佐幸也さんですか?」
痩せた男が声をかけた。
無表情で冷たい目をしている。
「ああ、そうだよ。」
答えながら幸也は身構える。
男が近くに来た気配に、幸也は全く気づかなかった。
盗賊か暗殺者か。ともかく、この男は普通の男じゃないと幸也は思った。
「あなたに伝言があります。そのまま伝えますので聞いて下さい。
『祭りでね、ウルが魔道ペットボトルロケット大会ってイベントやってんだけどさ、フェイが手伝いに駈けつけてくれてね…
何ていうか、もう、言わなくてもわかるわよね…
ウルが、頼むから幸也君に来てくれってさ。』
と、ルーザ様から言いつかっています。」
ルーザという女性のしゃべり方を感情を込めて再現する痩せた男。
幸也は、その場にうなだれた。
「君、ルーザさんの盗賊協会の人?」
良く見れば、痩せた男はまだ若い。幸也よりも年下に見えた。
「使いっぱしりのメッセンジャー君と思って頂いて結構です。」
心なしか、目に涙を浮かべてるように見える。無表情な顔も、単に疲労でやつれているだけにも見えてきた。
「暑いのに君も大変だね。
まあ、これで何か飲んで…」
幸也は痩せた男に、2リットル位は飲み物が飲める位の小銭を渡した。
「あ、ありがとうございます…」
痩せた男は泣きそうな顔で小銭を受け取り、何度も頭を下げながら去って行った。
幸也は男を見送る。
子供向けのペットボトルロケット大会。
頼んでもいないのに手伝いに来たフェイ。
子供並みの知能で暴走力は並みの大人以上である。
収拾のつかなくなったイベントとフェイの笑顔。
泣きそうな顔のウルと、他人のふりをするルーザ。
色々な情景が幸也の頭をよぎる。
…さて、そしたら祭りに行くかな。
幸也は歩き始める。
(まあ、はしゃぎたくなる気持ちもわかるな。)
夏祭りの会場についた幸也は、賑やかな雰囲気を肌で感じた。
綿菓子や水飴などのお菓子や、様々な小物などが出店で売られている。
一見すると地球の祭りと同じかと思いきや、盗賊協会が扉の鍵開けの実演&空き巣対策講座を開いていたりして、微妙に雰囲気が違っていた。特に目を引くイベントは、盗賊協会のイベントが多いようだった。
ひとまず通りすぎて、フェイやウル達がいる魔道ペットボトルロケットの会場へ向かおうとする幸也だったが、
…ちょっと待て。
思わず足を止めた。
見覚えのある男が、盗賊協会の出店で商売をしていた。
「よう、兄ちゃん、宝箱開けてかねぇか?
今日は祭りだからな。安くしとくぜ。」
男は中身入りの宝箱を売っているようだった。幸也の視線に気づいて声をかける。
「無料キャンペーンは終わったのか?」
苦笑しながら問いかける幸也。
「ぬお、てめえ、あん時の医者くずれじゃねぇか!」
男は幸也の事を思い出したようである。
彼は無料宝箱を法外な手数料と共に幸也と仲間達に売ろうとして、返り討ちにあった男だった。
「いや、医学生なんだが…」
くずれちまう程、俺はまだ老けてないぞと幸也は思った。
「まあ、そういうわけよ。
今売ってる宝箱は盗賊協会が祭り用に作ったおもちゃでな。
子供だましの罠とか鍵とかを開けると、中に子供だましの代物が詰まってるって寸法さ。」
そう言ってにやりと笑う男は、かつて幸也達と会った事件の後、盗賊協会の一員になったようである。
どうぜ盗賊協会でも、微妙な商売を続けてるんだろうと幸也は思った。
「悪いがあんたと遊んでる暇もないんでな。
ウルさんの魔道ペットボトルロケット大会を手伝うんだよ。」
幸也はそう言って、その場を離れようとする。
「…フェイルーンって言いやがった?あの馬鹿娘。
『ウル君のお手伝いするのー!』とか言って、やたらはしゃいでたぜ。
まあ、がんばれや…」
宝箱売りが言った。
意外とカンの良い奴だった。
ため息をつきながら場を離れる幸也である。
その後は、まっすぐに魔道ペットボトルロケットの会場についた。
入り口では幸也の知り合いの盗賊娘が、渋い顔をして会場を眺めていた。
「ルーザさん、景気はどう?」
まあ、大体聞かなくてもわかっていた。
「手伝いに来てくれた子が一人しかいなくてさ、それもアノ子なのよね…」
結局、ウル、ルーザ、フェイルーンの三人だけでイベントを運営しているとの事だった。
一般の参加者も集まらず、結局、完全に子供向けのイベントになってしまったようである。
まあ、それはそれで良いんじゃないかと幸也は思った。
「幸也君、とりあえず、アレ何とかしてくれるかな…」
ルーザは会場の中を指差す。
楽しそうに跳ね回るヒュムノスの少女の周囲で、ペットボトルが空を舞っていた。
「あはは、とりあえず飛べば何でも良いからさ!」
彼女は風の魔法で無理矢理ペットボトルを飛ばせてるようだった。それも、ランダムな方向に。
だが、豪快な飛び方が子供達には受けているようで、笑い声は絶えないようではあった。
やっぱり、こんな事になったか…
いつもながらしょうもないなと思いつつも、楽しそうに体の周りにロケットを舞わせているフェイの姿は、絵になってると言えばなってると幸也は思った。
「まあ、何とかしますよ…」
幸也はそう言って、会場に入っていった。
そして、渋い顔でフェイの近くに立ってみる。
「ゆ、幸也…」
彼を見つけたフェイルーンの笑顔が凍りついた。
風の魔法が途切れて、ペットボトルがカラカラと地面に落ちた。
「子供に指導する事と、子供と一緒になって遊ぶ事は違うと思うぞ…」
呆れたように言う幸也。
フェイは幸也にこういう風に言われるのは苦手だった。
「ごめんなさい…」
突然、しゅんとなるフェイ。
幸也は幸也で、フェイにそういう風に対応されるのは苦手だった。
子供達はと言うと、喜んでいる事には違いない雰囲気だった。
まあ、祭りさ。意外とこんなんで良いのかもしれないな。
「まあいいさ。続けようぜ。」
幸也は微笑んだ。
「いいかい、本当はこうやるんだよ。」
そう言って、幸也は風の魔法を使う。
「微風。」
幸也の声と共に、優しく吹く風がペットボトルロケットの中に空気を送り込んでいった。
「こうやって空気を詰めたら、栓を締めて…」
彼は空気の詰まったペットボトルを、発射台に垂直にセットする。
空気の詰まったペットボトルの底には、行き場を無くした水が貯まっていた。
「栓を開ける!」
シュン!
水が吹き出す小気味良い音と共に、ロケットは空へと飛びあがる。
『おおー!』
子供達とフェイが歓声を上げる。
「まあ、風船の口を開けると風船が飛んでくのと同じだよ。ただ、水を吹き出す事で勢いをつけてるんだ。ともかく、上手く空気を入れられるように風の魔法を練習してごらん。」
きれいに飛んでいくロケットの光景は子供達にとって印象深かったようで、子供達は先を争うように風の魔法の練習を始めた。
「幸也、そんな魔法も使えるんだー」
フェイがやたらに感心している。
「いや、お前に教えてもらった魔法だぞ、『微風』は…」
幸也の使える魔法は、
『私でも使える初歩の魔法だよ!』
と、フェイに教えてもらった魔法がほとんどだった。
「そうだっけか?」
そういえば、そうだったかもとフェイは思った。
しばらく、子供達の魔法の練習に付き合う幸也とフェイ。
ふいに、珍しく真面目な顔をしてフェイが言った。
「あそこに金髪の天界人の女の子、いるでしょ?
あの子、上手く魔法が使えなくて悩んでるみたいなんだけどさ、幸也、なんかアドバイスしてやってくれない?
なんか好きな男の子がどうとか、色々悩んでるみたいなんだ…」
10歳位の地球人の女の子がいる事は幸也も気づいていた。
なるほど、そういう事なら、同じ地球人の俺の出番かも知れない。
何かアドバイスをしようと思った幸也の所に、少女の方から近づいてきた。
「幸也さん、天界人の方ですよね?」
少女はマリアと名乗った。
幼なじみの少年の為に、魔法を覚えたいと言う。
幸也は、ゆっくりと話し始める。
「魔法…かぁ。
俺は地球で医学生だったから、こっちの世界でも医者やりたくてね。
だったら魔法を使った方が効率も良いと思ってフェイに少し教わって、後は独学かな。
天界人が魔法を使うのに不利なのかは、ちょっとわからないけど、ただ、少なくとも魔法を使える天界人はここに一人いるよ。」
幸也の話を、マリアは神妙な顔で聞いていた。
何かを考えこんでいるようである。
フェイが、ふっ、と笑った。
「マリアちゃん次第だよ!」
そう、マリアに声をかけるフェイの姿が、幾らか大人っぽく幸也には見えた。
フェイも少しは成長したかなと、幸也は思う。
「はい!」
マリアは元気に答える。
「フェイのくせに、生意気言うなよ。」
幸也が苦笑して、
「なによぉ!」
フェイがつっかかった。
しばしにらみ合う二人。軽い火花が散る。
マリアは微笑みながら幸也とフェイの元を離れ、子供達の輪の中に戻る。
満足した様子だった。
「あの子、吹っ切れたみたいだな。」
幸也が放った軽い左ストレートを、
「良かったね!」
フェイは難なく受け流し、カウンターの全力肘打ちが幸也のみぞおちに入る。
「少しは…手加減…しろよ…」
崩れ落ちる幸也。息が出来ない。
「ご、ごめん!」
あわてて介抱するフェイ。
フェイは所詮フェイかと思いつつ、幸也は気が遠くなる。
数分後。
「何だか、いつもいつも悪いね、幸也君。」
あたふたと幸也を介抱するフェイの所に、ウルがやってきた。
「いえ、なれてますから…」
もう、なれたさ。ソーンにも、フェイにも…
「うう、ごめんねー…」
うそ泣きをするフェイルーン。
「余裕があったらウルさんの手伝いでもしようと思ってたんですけど、子供達の世話で精一杯ですね、こりゃ。」
幸也が言う。
子供達の相手を、フェイ一人にやらせておくのは色々な意味で心配だった。
「そいじゃ、行こうぜ。」
そう言って、幸也はフェイと一緒に子供達の方へと行った。
その後は、特に波乱も無くイベントは続いた。
やがて、ロケットを打ち上げる時間になる。
先程の天界人の少女、マリアちゃんはどうしたかなと、幸也が彼女の方を見ると、彼女は器用に風の魔法を使い、ロケットに空気を詰めていた。
あれなら大丈夫かな。
他の子供達も特に問題無く作業を進めて、次々とロケットを打ち上げていた。
やがて、マリアもロケットを打ち上げる。
ロケット自体の製作がしっかりしていたせいもあるのだろう。
マリアのロケットは、他のどの子供のロケットよりも高くきれいに飛んでいた。
「上手く飛んだじゃん!」
フェイルーンがマリアに声をかける。
彼女もマリアの事を大分気にかけていたようだ。
そうして、最後に、みんなで飛ばしたロケットなどの後片付けをしてイベントは終わった。
「幸也君、フェイルーン、もうここまでで良いよ。助かった。」
もう、後は俺とルーザだけで充分だとウルは言った。
「これ、うちの協会で発行してるお祭りのチケットだからさ、これで遊んできなよ。
どうせ、有効期限は今日一杯だし。
一応、夏祭りの会場内ならどこでも使えるよ。」
ルーザがひょいっとやってきて、幸也とフェイルーンに盗賊協会のハンコ入りのチケットを手渡す。
現金だったら受け取る気にはならないけど、こういうのなら歓迎だった。
幸也とフェイルーンは礼を言いながらウル達と別れた。
「ねえ幸也、マリアちゃんも連れてこうよ。」
フェイルーンが言う。よほどあの子に思い入れがあるようだった。
「ああ、そうだな。」
幸也も別に異論は無い。
辺りを見渡すと、満足げに会場を去ろうとする金髪の少女はすぐに見つかった。
「マリアちゃん、私達これから祭り見物行くけど、一緒に行かない?」
フェイがマリアを誘った。幸也も一緒である。
「あ、行きます!」
マリアは嬉しそうに返事をする。
「お、両手に花だねぇ。
良かったね、幸也!」
「子供二人のおもりって感じかな。」
「あら、失礼ですね。
私だってレディですよ?」
マリアがクスクスと笑って答える。
祭りの夜は、まだこれからだった。
(完)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】
【J394/マリアローダ・メルストリープ/女/10才/エキスパート】
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■ ライター通信 ■
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毎度ありがとうございます、MTSです。
相変わらず締め切りぎりぎりで申し訳無いです…
格好が良いのかそうでもないのか
いまいちわからないのが幸也の魅力かなーって思うんですけど、
いかがでしたか?
また、機会があったらよろしくお願いします。
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