<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


危険なおつかい?!

ベルファ通りの黒山羊亭は今夜も酒と陽気な喧騒で包まれていた。
そんな中、一人の人物が入って来た。
その人物は頭から足の先までまっ茶色。
見えてるのかと疑問に思うほど目深に被ったツバの広い帽子。
麻のゆるい長袖に同じ麻のズボン。
それにだいぶ擦り切れているマントはすべて土埃で茶色く変わっていた。
なんとも奇妙な客が来たな、と思いながらエスメラルダはカウンターに座ったこの客に声をかけた。
「いらっしゃい」
「コンバンワ。こちらは、冒険の依頼を受け付けてるって聞いたんですが?」
顔の部分で唯一見えている口をにっこりと笑みの形に曲げ、客は言った。
「えぇ、まぁね。でも、受ける人がいれば、の話よ?」
エスメラルダの言葉に頷き、客は言った。意識して周りにも聞こえるように。
「実は、西の山脈までおつかいを頼みたいんですよ」
「おつかい?」
「はい。想双樹という植物を取ってきて欲しいのです。もちろん、お礼はします。誰かいませんか?」
と、客は最後にぐるりと顔を店内に巡らせた。

◆おつかいするのは・・・
「想双樹たぁ聞いた事ねーな」
店内のテーブルの一つで酒を飲んでいたバルバディオス・ラミディンは立ちあがりながら客に言った。
「想双樹は特定の場所にしか育たない植物なのですよ。知っている人の方が少ないでしょうね」
「ふぅん。で、その特定の場所が西の山脈ってワケかい」
バルバディオスの言葉に客はにっこりと頷いた。
そんな客にバルバディオスは不敵に笑うと言った。
「よし!俺が行ってやるよ」
「僕も行きます」
声の主はカウンターの端で夕食のハンバーグをつついていた少年だった。
ニール・ジャザイリーを振り返り、客はしばし黙る。
「・・・子供は早く帰った方が良いよ」
「・・・子供だからと決めつけないで下さい」
むっとして言うニール。
それを見、バルバディオスは笑う。
「はっはっは。威勢の良いガキだな〜」
不機嫌に黙るニールに客はポリポリと帽子の中に指を突っ込みながら、ぼそりと呟いた。
「ま、いいか」
そして、立ち上がり店内を見渡すと言った。
「他には、いないですね。・・お二人のお名前は?」
「俺はバリィだ!」
「・・・ニールです」
豪快という言葉が似合うバルバディオスといまだ不機嫌そうなニールに、客はにっこりと笑む。
「私の名前はギサ。明日、開門時刻に西の門の前でお待ちしておりますよ」
それだけ言うと、ギサと名乗った人物は来た時と同じ様に周りの注目を集めながら去って行った。
「・・・怪しい人だ」
「ま、確かに胡散臭いがな。さて、明日の準備でもするか」
鼻歌交じりに店を出て行くバルバディオスを見送り、ニールは冷めかけたハンバーグを口に運んだ。


◆いざ、西の山脈へ!
太陽に町が照らされ始める中、ゆっくりと門が開かれる。
三人の人影が門の外へ数歩進み出し、朝靄でその姿を今は隠している西の山脈へと顔を向けた。
「これをどうぞ」
ギサが二人に手渡したのは一枚の羊皮紙。
それは細かく描かれた植物の絵だった。
「へぇ、上手いもんだな。これ、あんたが描いたのか?」
「はい。口で説明するより早いと思いましてね」
と、笑いながら言ったギサに二人は心の中で納得する。
それくらいギサの絵は良い出来だった。
「普通の木のようですけど・・どのくらいの大きさなんですか?」
「そうですねー大きいものでも高さは1メートルくらいです」
ニールの問いに手で高さを示しながら言う。
「想双樹は山頂近くのイーグルの巣の近くによく生えています」
そして、マントの中から皮の小袋をひとつ取り出し、手渡す。
「二枝、取って来て下さい。切った枝はその皮袋に入れて下さいね」
「わかった。じゃ、行くとするか」
バルバディオスの言葉にニールは頷き、二人は揃って朝靄の中を歩き出した。
「頑張って下さいね〜」
背中にお気楽なギサの声援を受け、ニールは息を吐いた。
「何を頑張るんだか・・・」
「いや、頑張る事になるぞ」
意味深なバルバディオスの台詞にニールが見上げると、嬉しそうに笑う彼と目があった。
眉をひそめるニールに
「あの山は磁石が効かんらしい」
と、昨夜冒険者仲間から仕入れた情報と共に、楽しみだとバルバディオスは呟いた。

◆山・中腹
バルバディオスの仕入れた情報は正しかった。
地質のせいなのか、方位磁針はぐるぐると回り続けるだけで、なんの役にも立たなかった。
おまけに起伏が激しく、岩や石で足場が悪く、最悪の山登りだった。
だが、そんな状況でも冒険者バリィは楽しそうに、ナイフで目印をつけたり、ロープで道を作ったりとどんどん進んで行く。
「ま、待って下さい!」
引き離されつつあるバルバディオスの背になんとか声をかけるニールだが、その小さな肩は激しく上下に揺れていた。
体格に差のあるバルバディオスになんとか離されまい、とここまで頑張っては来たものの如何せん体力の差はどうしようもない。
「おっ、わりーわりー。つい先走っちまったな」
呼吸を整えているニールの所まで戻り、バルバディオスは笑いながら言った。
「少し休憩するか?」
「・・・いえ、大丈夫です」
「ムリすんな。上手く休みを取る事も良い冒険者になる秘訣さっ」
そう言って、どかりと手近な岩に座ったバルバディオスに、ニールも大人しく座った。
「バリィさんは、なぜ今回の仕事を受けたんですか?」
「決まってるだろ?」
ニールの質問にぐっと拳を突き出しながら、バルバディオスはさも当然といった風な
「そこに珍しいもんがあるからさっ♪」
の言葉に、ニールは軽く額を抑えた。
きっと、目の前のがたいの良い男と自分の常識というか、感覚の差を感じたのだろう。
「・・そういう、ものですか?」
「そういうもんだ!」
堂々と言い放つバルバディオスにニールは小さく首を振った。
「でも、バリィさんは凄いや。ここに来るまでだって全部あなた一人でしてしまったし・・・」
僕は何もしていない、と続けようとしてニールは黙った。
そんなニールをしばらく見つめ、バルバディオスはにっと笑った。
「まだ若いんだ。気にすんな!ガッツはあるんだ、坊主は良い冒険者になれるぜ!」
「・・・冒険者になる気はないんですけど、ね」
複雑な表情を浮かべ、ニールは苦笑する。
「そうか?楽しいぜ〜冒険は!・・・と、そろそろ行くか」
深い緑の木々の間から空を見上げ、バルバディオスは立ち上がった。
ニールもひとつ気合を入れ、立ち上がる。
山頂まではあと一息。
二人は再び歩き出した。

◆山頂・イーグルの巣
「なるほど。特定の場所ね」
バルバディオスは納得したように呟いた。
山頂は生えている草木はなく、剥き出した岩肌のくぼみにイーグルの大きな巣があった。
ただ、例外を除いて・・・
細い枯れ木のような枝を伸ばす想双樹は、まるでイーグルの巣を守るように生息していた。
「あの木に間違いないようですね」
貰った絵と遠目に見える木とを見比べながら、ニールは言った。
「しかし、これは大変ですよ?どの木も巣から1メートルも離れてない」
そう。
想双樹はイーグルの糞など巣からのおこぼれで育つ高山植物。
その為、巣から離れた場所で自生するのは稀であり、また時期の悪い事に今は子育て中。
二人が隠れている岩場の陰にもひっきりなしにヒナが親鳥を呼ぶ声が聞こえていた。
「さて、どうするかな・・・」
まだ可愛い二匹のヒナを見ながら、バルバディオスは頭を掻く。
「あの、こういうのはどうでしょう?」
と、ニールは考えた作戦を耳打ちした。

◆作戦遂行
「来たっ!」
晴れ渡る青空にひとつの大きな影がよぎる。
親イーグルが帰って来たのだ。
優に2メートルはこす巨体をゆっくり巣の中へと沈めた。
それを確認し、二人は頷いた。
「よっし!頼むぜ〜!!」
「はい!」
力強く返事をし、ニールは飛翔の術を使い岩陰から飛び出した。
そして、イーグルからよく見える岩のてっぺんに降り立つ。
もちろんイーグルは突然の侵入者に警戒、攻撃の意を示し、巣から飛び出しニールに威嚇攻撃をしかけようとする。
「よ〜し。いい子だ」
ニールは獰猛なイーグルの性格を大気の乱れで大人しくさせると、優しい笑顔を向け、敵意が無い事を示す。
術は上手く掛かった。
大人しくなったイーグルの様子を岩陰から確認すると、バルバディオスはその体から想像できないすばやさで手近な想双樹の枝を切り落とし、またさっと風のように山頂から駆け下りて行く。
・・・はずだった。
だが、現実はそう上手くいかず、枝を切り落としている彼を見つけたヒナ達が一斉に鳴き始めたのだ。
性格が変わっても親は親。
突然の我が子達の異変の声に、イーグルは体を反転させ、バルバディオスめがけて急降下をかける。
「バリィさん!危ない!!」
鋭い爪の攻撃はなんとかかわし、バルバディオスは転がる。
すぐさま体制を立て直すが、イーグルの猛攻にただ逃げるのが精一杯の様だ。
「くっ・・・!」
足場の悪い場所がまた、バルバディオスに不利だった。
と、イーグルの叫び声が響く。
その巨体をふらつかせながらも、なんとか空中に留まってはいるが、その体毛にはうっすらと血が滲んでいる。
「大丈夫ですか?!さ、早く逃げましょう!」
バルバディオスの側に降り立つのと同時に、ニールは彼の手を掴み山頂を駆け下りた。
「一体何をしたんだ?!」
身軽な動作で岩を跨ぎながら、バルバディオスはイーグルとニールを見比べながら言った。
「かまいたちです。イーグルには可哀相でしたが・・・仕方ありません」
表情を曇らせながら言ったニールに、バルバディオスは驚きの声を上げた。
「お前、風喚師だったのか!」
頷き、ニールは速度を緩めた。
巣からはだいぶ離れ、もうイーグルの追ってくる気配も無かった。
「バリィさん。想双樹は?」
「あぁ、それだったらちゃんとあるぜ!ほら」
懐から取り出した二つの枝を見せ、にっかりと笑うバルバディオスにニールもつられた微笑んだ。
「さ、帰るとするか」
「はい」

◆おつかい終了
「お疲れ様です。どうでしたか?」
疲れた体を休めようと入った黒山羊亭には先客がいた。
「ほらよ。ちゃ〜んと取ってきたぜ」
皮袋に入れた枝を振ってみせるバルバディオスにギサは嬉しそうに手を叩いた。
「いや〜素晴らしい!今の時期は手に入れるのが困難なのですよ」
「そりゃそうだろうな」
山頂での出来事を振り返り、バルバディオスは苦笑した。
「では、お約束の報酬の方を・・・」
「その前に!」
割って入ったニールを二人は振り返る。
「この植物、一体何に使うのか教えて貰えますか?」
口調は丁寧だが、有無を言わせない力強さで言ったニールにギサはのほほんと答えた。
「村の祭事に使うんですよ」
「祭事?」
「そうです。前に立ち寄った村で頼まれましてね。でも、この時期でしょ?いや、どうしようか困ってたんですよね〜」
はっはっはと笑うギサにニールは脱力したような溜息を吐いた。
「何、がっかりしてんだよ」
「いえ、別にがっかりなんて・・・」
「そうかい?顔に書いてあるぜ。苦労して取ってきたもんが大した価値の無い物だったなんて・・ってな」
「そ、そんな事は・・・っ!!」
慌てて否定をするニールだが、どこか心の中ではそう思っていたのだろう。
気恥ずかしそうに黙った。
そんなニールにバルバディオスは
「例え、どんなチンケなお宝だとしても、お前と冒険出来た事の方がいい宝さ!ニール」
そう言い、バンっとニールの背を叩いて笑った。
ヒリヒリと痛む背中に顔をしかめながらも、胸の奥がほんわり暖かくなった気がしてニールは照れた笑みを浮かべた。
「よし、今日はパ〜ッと行くか!あんたの奢りでな」
ガシっとギサの肩に腕を回して言ったバルバディオスにニールも頷く。
「いいですね。パ〜っと行きましょう!」
「ちょ、ちょっとー?!」
慌てふためくギサに、二人はにっと悪戯小僧の笑みを浮かべ声を揃えて言った。
『報酬はそれで!』

本来払おうとしていた報酬と食事代。
どちらが高かったのかは、ドンちゃん騒ぎの黒山羊亭のゴミ箱の中に眠っている。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス / 種族】

【0046/バルバディオス・ラミディン/男/27歳/冒険者/ヒューマン】(SN01)

【5569/ニール・ジャザイリー/男/13歳/風喚師/ヒュムノス】(MT12)

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■         ライター通信          ■
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今回は同一シナリオとなっております。
まだまだ未熟ものなので、これからも書き方や描写など変えていくかもしれませんが
どうぞ、よろしくお願いします。

《バルバディオスさんへ》
初めまして。ひよっこライターの壬生ナギサと申します。
如何でしたでしょうか?
私としては上手く書けたところと、書き足りないところと
半分半分といった感じです。
でも、好きなタイプのキャラなので動かし易かったです。
また、機会がありましたらよろしくお願いします!

※怪しい旅商人、ギサは今後も出す予定です。