＜聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記＞
世紀の大馬鹿犯罪者
■オープニング■
カウンターに腰掛けたティアは堅い顔で呻いた。
馴染みの少女のその妙な緊迫感に、ルディアは小首を傾げる。ティアの生業は賞金稼ぎ。と言っても大物賞金首をハントできるほど腕が立つわけではない。専ら小物の保革や、個人的な依頼を請け負っている。まあつまり何でも屋だ。
客商売と言う所もあるのか、賞金稼ぎにありがちな居丈高な所はない。普段はにこにことよく笑っている。
そのティアが馴染みの店へやってきてむっつりと黙り込んでいる。少々妙だ。
ややあってティアは低い声で吐き出した。
「…逃げた」
「え？」
思わずルディアが聞き返すと、ティアは手にしたグラスをだんっとカウンターに叩き付けた。
「だから！ 逃げたんです！ バーク・ウィリアムズが！」
「…食い逃げ犯の？」
「そうです！」
バーク・ウィリアムズはティアが捕まえた食い逃げ犯だ。宿代の踏み倒しでも著名である。食い逃げと宿代踏み倒しで著名と言うのは大げさに過ぎるようだが、そーでもない。店を襲って売上を頂戴するでもなく、旅人相手に追い剥ぎを働くでもなく、こそ泥さえしない。だと言うのに被害総額が下手な盗賊団より高いのである。既にその存在は伝説に近い。
笑い者として、だが。
「まだあんなのに関わってたんですかあ？」
「依頼はとっ捕まえて借金払わせるですもん。労働させてたんです」
ルディアはなるほどと頷きを返した。
「街道も歩けない犯罪者が！ 真人間なれるチャンスから逃げてどーするっていうんですか！」
「因みに何させてたの？」
「朝は農家の家畜小屋の掃除、昼は石切場の荷運び、夕方に羊飼いの手伝い、夜は酒場で下働きして貰ってました」
…そこまでさせればバークでなくとも逃げる。
喉まで出かかった声をルディアは無理に飲み込んだ。今のティアに何を言っても無駄である。
ティアはカウンターにだんっと数枚の銀貨を叩き付けた。
「とっ捕まえて下さい、バークさんを！」
現金一切持たせてませんし基本的に常識に乏しいですからそう遠くへは行けないはずですときっぱり言い切るティアにルディアは世紀の大馬鹿犯罪者が流石に気の毒になった。
■本編■
センリ・ユーフォルビアはルディアと気炎を吹き上げるティアとの会話を聞くともなしに聞いていた。
バーク･ウィリアムズの名前は知っている。店を構えているものなら大概は知っているのだその名前は。
だからティアの話の内容になんとはなしに興味を引かれた。
捕まったという話も聞き及んでいたが、それからどうなったと言うところまではまだ噂にはなっていなかった。
『朝は農家の家畜小屋の掃除、昼は石切場の荷運び、夕方に羊飼いの手伝い、夜は酒場で下働きして貰ってました』
聞こえてきた声に、センリは飲み物を吹き出しそうになった。きょろきょろと慌てて周囲を見渡すと、どうやら似たような状況の客の姿がちらほらと見える。ティアも気付いてはいないようで、センリはほっと息を吐き出した。
「…にしたって…」
それはないんじゃないかな、というのがセンリの正直な感想だった。
下手な盗賊団より被害総額が多いと言う話は聞いているが、だからと言ってそんな凄まじい労働をさせることはないだろうと思うのだ。普通の懲役刑だとて、もっと甘い。
「バーク･ウィリアムズ、か…」
センリは呟いて席を立った。
勿論飲み物の代金は置いて。
翌朝、ちょうど店の開く頃合を見計らって、センリは自宅を出た。営んでいる薬屋には『本日休業』の張り紙を出してある。
「よしっと」
パタパタと背中の羽を羽ばたかせて、センリは大通りへと急いだ。手にはバーク･ウィリアムズの手配書。人間用なので少々重いが、まあ仕方がない。
「どうせどこかの店で無銭飲食してるんだろうし」
目指すはバーク･ウィリアムズ！
気合を入れたセンリは、バークを求めて街を彷徨い出した。
「……」
センリは頭を抱えたくなった。
勿論予想はしていた、そうに違いないと狙いを定めて、こうして大通り沿いの食堂を覗いて回っていたのだ。
「いくら予想できた展開とはいえ…」
手配書を片手に、センリはうめいた。
ちょうど昼食時、街の食堂が賑わい出す時間帯だ。その店もまた例外ではなく、何人かのウエイトレスが忙しなく店内を動き回り、どのテーブルにもぎっしりと客がついている。テーブルと言わず厨房と言わず、店内からは香ばしい食物の香りが漂ってくる。中々繁盛している店のようだ。
その一角に、その男はいた。
まだ若い、精悍な印象の男である。皮の鎧姿で、テーブルの下には同じく皮の袋、そしてテーブルに立てかけられた剣。旅装と一目で見て取れる。
その男はテーブルに所狭しと食物を並べ立て、それを妙に泰然と口に運んでいた。
「これはちょっとあんまりなんじゃあ…」
バーク･ウィリアムズ。堂々無銭飲食の最中であった。
予想済みであっても、情けなさに頭を抱えたくなる。
「でも誰も気付かないなあ…」
手配書と本人を見比べ、センリは肩を竦めた。無理もないと、すぐに思った。
黙々と食事を続けるバークは余りにも堂々としている。
懐に金がないなどとは到底思えない落ち着きぶりだ。自分とて手配書とティアから聞いた情報がなければ気付きもしなかっただろう、あの男が『無銭飲食王のバーク』であるとは。
ふっと息を吐き出したセンリはそのまま込み合う店内へと入った。小さな体と背中の羽はこういう時にはとてもありがたい。人でごった返す店内を避け天井すれすれを飛んでセンリはふわりとバークの背後へ舞い降りた。
「食べた分は働こうね〜」
「んな！？」
耳元で囁いてやると、バークは血相を変えてセンリを振り返る。
その顔を見て、センリはふうんと呟いた、手配書で見たときから思っていたが、食逃げ犯とは思えない真っ当な外見だ。
「なんだお前は！？ 脅かすな！」
「脅かすつもりはなかったんだけどね。僕はセンリ、センリ･ユーフォルビア。バークさんでしょ？」
名前を出されて、バークの顔色が変わる。
「…まさかお前…ティアの使いか！？」
成る程悪いことをしていると言うか、まずい立場にあるという自覚くらいはあるらしい。
そう思いつつ、センリは首を振った。
「違うよ。ティアさんに引き渡すつもりはないから、安心していいよ」
にっこりと笑ったセンリに、しかしバークは無言で立ち上がった。
「わー、ちょっと待ってー！」
はたはたとセンリはバークの後を追って飛ぶ。しかしバークは止まらない。
「誰が待つか！ あの小娘の使いなんぞ！」
「だーから、ティアさんに引き渡したりなんかしないってば！」
「人を安心させておいて奈落に突き落とすのが特技なんだあの小娘は！」
バークの肩口を飛び回り、センリは必死で皮鎧の端を引っ張る。
「だからティアさんの使いじゃないってば！」
「あの小娘の名前を出した時点でお前は俺の敵だ！ 絶対敵だ、究極に敵だ！」
「…あのね…」
センリは思わず天を仰いだ。
なんというかこー、骨の隋まで警戒心が染み込んでいる。ほとんど家畜並に酷使されていたようだから無理もない話なのかもしれないが。
かと言ってここで逃がしてしまうとまたしても家畜な日々にバークは落ちるのだろう、あのティアの剣幕からいって。
センリは焦った様子でバークの周囲をひゅんひゅん飛び回った。
「待ってってば、バークさん！」
「あ…！」
入口付近に立っていた二人組みのうちの一人が声を上げる。それに続いて、ざわめきが店中へと伝播した。慌ててウエイトレスが奥へと駆け込んでいく。
センリもまたはっと口元に手をやる。
「うわ、マズ…」
バーク･ウィリアムズの名を知らない店はない。少なくとも飲食店や宿屋には絶対にない。そんなものの名を出せば、そこから先の展開など誰にでも読める。
店主が包丁片手に店内へ飛び出してくるのと、バークが走り出したのは、ほぼ同時だった。
入口付近に立っていた二人組みを突き飛ばしてバークが走り去っていく。
一瞬二人は棒立ちになったものの、次の瞬間には我に帰ってその背を追った。
「あーもう！」
センリは羽音をさせながらバークを追う二人に並んだ。どうやらこの二人はティアにバークの捕獲を頼まれたものらしい。
「もうって…あなたが名前なんか呼んだからでしょ？」
少年の声と、青年の無言の抗議に、忙しなく羽を動かしながらもセンリは憮然として答えた。
「ごめんなさい、迂闊だったよ。でも、僕だって必死だったんだから！」
「…なら、必死で追いかけて捕まえよう」
きっぱりと言い切った青年は、センリと少年を置き去りにする勢いで足を速めた。センリは少年と顔を見合わせてそれを追う。
流石に食逃げ常習だけあってバークの足は速い。追い始めたときよりも背中が小さくなっている。
少年がその背中を見据えて精神を集中させる。何らかの魔法を使うつもりらしい。
「か…」
少年が呪文を唱えかけた、その時だった。
「あ…」
「え？」
センリと青年が同時に小さな声を上げる。バークの行く手、人垣が割れたその先に、どこかで見たような姿がある。
「げ！」
バークの声が響いた。
そこに、小さな胸を精一杯反り返らせて、ティアが仁王立ちしていた。
場所は件の食堂。ティアが店主に平謝りしている間、三人はバークを取り囲んでいた。憮然とした表情に、反省の色など欠片もない。
少年はニール･ジャザイリー、青年はヒルダ･ナユタとそれぞれ名乗った。白山羊亭でティアの話を聞いて依頼を受け、バークを追っていたという。
「やっぱりお前あの小娘の使いだったんじゃないか！」
「違うってば。まあ寧ろそっちの方に味方した方が良かったとは思うけどね」
「…そうだな」
「全くですね」
ヒルダとニールが重々しく頷く。そこへ店主に頭を下げ終わったらしいティアが顔を出した。途端にバークが表情を険しくする。
「ティア！ てめえ、卑怯だぞ！」
「やるべき仕事を放り出して逃げた挙句に懲りずに食逃げ働いてる人の方が卑怯です」
きっぱり言い切ってバークをいなしたティアは、三人に向直ってぺこりと頭を下げた。
「お手数おかけしました」
「…石切り場は？」
ヒルダの問いかけに、ティアは肩を竦める。
「私じゃ無理だろうってことで勘弁してもらえたんです」
どうやらティアは逃げたバークの変わりにそれぞれの仕事場へ行っていたらしい。それだけでもどちらに理があるかは分かりそうなものだ。
「テメエじゃ無理な事を俺にやらせてるのかお前は！」
怒鳴るバークに四人分の冷ややかな視線が投じられた。
「…本気で反省してないんだね」
はあと息を吐き出すセンリに、ニールも重々しく頷いた。そしてヒルダは緩慢な動作でバークの前に膝を付く。
本姓は幼体だが、見た目にはヒルダは大きいしかも迫力ある風体の若者に見える。バークは冷や汗を流して身を引いた。
「な、なんだ？」
「金、ないなら、店に入らない。注文、しない」
「へ？」
「復唱」
大真面目に言われて、しかしバークはふんと鼻を鳴らして反り返った。
「毎日させられてるわい！ んなもん！」
「効果ないですけどねー」
ティアの溜息に続いてもう三人分の溜息が店内に妙に大きく響いた。
「もう少し人生真面目にやったほうがいいと思うけど」
センリはふよふよとバークの周りを飛び回りながらこんこんと諭した。
「俺は至極真っ当に人生をやっていたつもりなんだが」
「過去形じゃない」
「だから、あの小娘に捕まるまでは…！」
「……それまでの方がよっぽどまともじゃないでしょ」
はあと溜息をつき、センリは肩を落とした。
同情した自分が馬鹿だった。そう思わざるを得ない。
しかしまあ、こんなロクデナシでも家畜扱いは哀れと言えば哀れだ。
「いつまでも食い逃げして生きてるわけにもいかないんじゃない？ 薬草の知識で良ければ教えるし、なんなら僕の店で雇ってもいいし」
「ああ、それいいですね！」
「へ？」
「ああ？」
いつの間にやらやって来ていたティアがぽんと手を打ち鳴らす。
「あの、ティア、さん？」
「手に職があるのはいいことじゃないですか」
にっこりとティアが笑う。意見そのものには頷けるので、センリは素直に頷いた。だがバークの顔からは血の気が引いている。
「ちょっとまてティア！ お前この上…」
「ね、センリさん？」
身を乗り出すバークを片手で押しのけて、ティアはセンリの顔を覗き込んでくる。
「えーと、なに？」
「とりあえずお給料は結構ですから、バークさん使ってやってくれませんか？ 石切り場は週に一日お休みですから、その日にでも」
「え？」
「ティア！」
バークが怒鳴るがティアは頓着しない。バークに向直ってにっこりと微笑む。
「これで借金返した後も安泰です。良かったですね、バークさん」
「良くないいいいいぃ！！！！」
バークの絶叫が天に轟いた。
センリは週に一日、バークの雇い主兼師匠となる事に、なんだか決まってしまった。
厄介なものを引き受けてしまったのかもしれないとセンリが頭を抱えたのは言うまでもない。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ クラス】
【0592 ／ ヒルダ・ナユタ ／ 男 ／ 600 ／ 迷いビト】
【0416 ／ センリ・ユーフォルビア ／ 男 ／ 18 ／ 精霊魔導師（地）兼薬剤師】
【5569 ／ ニール・ジャザイリー ／ 男 ／ 13 ／ 風喚師】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、発注ありがとうございます、里子です。
思い切った馬鹿を出そう。そう思って出してみた依頼です。いかがなものでしょうか？
食い逃げというのは犯罪の中で一番間抜けな気がするんですけども。
今回はありがとうございました。機会がありましたらまたよろしくお願いいたします。ティアとバークはまたＮＰＣとして使っていこうかな、と思ってマス。
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