<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
エルザード、仁義無視の戦い(準備編)
●オープニング【0/9】
聖都エルザードの街角に、1枚の貼り紙。
そこに書かれた文章に、人々は息をのんだ。
『エルザードで1番の大食いは誰だっ!?
その名誉ある称号を決定する為に、今、ここに、大食い大会を催す事を
宣言する!!
優勝者には望みのものを 授与!!
我と思わん強者は、ぜひとも参加されたし!』
平和な街角を吹き抜けた熱い風が、人々の心を否応なしに燃え上がらせる。
「えー、なになに? 続きがあるぞ。『‥‥つきましては、大食い大会、料
理人の選考会を執り行います。腕に覚えのある方は、料理3品を携えてご参
加下さい。選考会で最も好評を得た方の料理を、大食い大会本戦で使用致し
ます』‥‥‥だと?」
こちらもこちらで熱い戦いが期待出来そうであった。
「こりゃあ、エルザードっ子なら、見るっきゃねぇってか?」
●Ready‥‥【1/9】
壇上に並ぶ者達に熱い視線が注がれる。
彼らは、己の食の道を信じ、それを極めんとする者達。
これから始まる熱い戦いへの期待で、会場の熱が一気に高まる。
「さァ! とうとう始まった料理人対決! 今日、この日を迎えるマデに、彼らが流した汗と涙がその味を磨いたと言っても過言ではナーイッ!!」
くるくる巻いた金色の髪が強風に揺れた。
「己の技量と誇りと情熱と‥‥その全てをぶつけ、しのぎを削る戦いが、まさに今ッ! 始まろうとしているぅぅぅぅぅッ!」
陶酔しきったシャウトと共に、壇上の者達を指し示す手(?)、そして、
「彼らの漲る闘志は天高く馬肥ゆ‥‥‥‥」
不自然に途切れる声。
「あー☆ 納豆だぁ〜! なつかしー☆」
「お‥‥俺、納豆はちょっと‥‥」
「好き嫌いは駄目だよ、直人くん」
「‥‥納豆とは、何だ?」
和気藹々な参加者達からは、対決前のピリピリとした緊張感は微塵も感じられない。
司会は、額に青筋を書き込んだ。ノーテンキな表情も、そうすると一応、怒って見えるから不思議だ。
「とっ‥‥ともかくッ! 大食い大会前哨戦ッ! 料理人対決ッ! とっとと始めるにゃ〜ッ!」
●GO!【2/9】
さて、と颯爽と壇上に上がったのは、口ひげにネコミミ、ネコシッポのだんでぃな紳士。
即座に反応したのは、藤木結花が連れていた白猫、真白であった。
「どうしたの? 真白‥‥って! スフィンクス伯爵ッ! どうしてここに!!!」
宿敵(?)スフィンクス伯爵の登場に、結花は包丁を持ったままで身構える。
「ふふふ‥‥。どうして? どうしてと聞くかね? そうか、聞きたいかね」
司会から「まいく」なるものを奪い取ると、彼は胸を張ってそれを口もとに当てた。ぴんと小指を立てるのは本能のなせる技か。
「ふははははは‥‥。諸君もよぉぉく聞きたまえ。私は」
大きく息を吸い込んで、ためる事数秒。
「本大会のッ! 選考委員なのだァァァァァァッッ!!!」
ザシャアアアアッ!!
腹の底からのシャウトに、彼の背景に轟き渡る幻の稲妻と効果音。
「な‥‥なにぃっ!?」
参加者と観客の頬に一筋が流れる。
「‥‥まいくをかえせぇぇぇぇ〜っ!」
ぴょんぴょんと足下で跳ねる指人形に気付きもせず、フィンは続けた。
「料理人達の行動は会場からは見えにくいだろうて。じゃが、安心するがよい。この! スフィンクス伯爵が、逐一ッ! 解説して進ぜよう!」
「‥‥‥‥‥‥おい」
ぺし。
そのネコミミが燦然と輝く頭に軽く突っ込みを入れられて、フィンは憮然とした表情で振り返った。
「なんなんじゃ、一体」
「何をやっている‥‥スーちゃんよ」
む? と目を眇めて、フィンはそこに立つエルフの青年を見た。
−記憶にあるような、ないような‥‥?
はてと首を傾げたフィンに、青年の額に青筋が浮かぶ。
「兄弟子にいい度胸だ‥‥」
「あっ‥‥兄‥‥? お前さんが!?」
「‥‥うむ。1日違いだがな」
無表情なエルフの青年は頷くと、フィンの横を通り過ぎた。そのまま、用意されていた選考委員の椅子に腰掛ける。
「兄弟子よ、もしや‥‥お前さんも?」
「‥‥選考委員だ」
あっさりと告げて、青年は足を組む。
「それから、私の名前はサフィーア。2度も名乗るつもりはない。忘れるな」
「サ‥‥サフィーア‥‥?」
考え込んだフィンを、大会進行そっちのけで見守る参加者と観客達。
やがて、難しそうに寄せられていた眉が解かれた。
「そうか!」
なにかを思い出したのか‥‥。会場に緊張が満ちる。夢と現実の狭間の世界とは言え、現実の出来事を全ての者が覚えているわけではない。ソーンでは全く違う者として暮らしている場合もあるのだ。
息を詰めて、会場中の目と耳がフィンへと注がれた。
「お前さんの名がサフィーアだとすると、つまり‥‥お前さんのあだ名はサッちゃんじゃな。うむ、そうに違いない」
「‥‥‥‥‥」
沈黙。
呆れたのか、はたまた怒ったのか。
何の感情も浮かんでいない、その面からでは窺い知る事は出来ない。
そして‥‥‥先に音をあげたのは、白過ぎる場の雰囲気に耐えきれなかったフィンであった。
「そッ‥‥それでは、大食い対決前哨戦、料理人対決‥‥調理開始じゃあああ〜‥‥‥」
動き出し、活気に満ち始めた会場の中、フィンのネコミミだけは下がったままであったという。
●料理対決、第3ステージ【8/9】
とんでもない事態になってしまった。
フィンは、もはや冷や汗を拭う事も忘れて最後の参加者の元へと歩み寄った。
食欲をそそる薫りがフィンの鼻孔をくすぐる。
あまりに壮絶な光景ばかり見てきたからか、並べられているまともな料理が実物よりも大きく見えているに違いない。
「この薫りは、樹海エビじゃなッ!」
そういえば、先ほども樹海エビの残骸を見たような気がするのだが‥‥、恐らく、それは彼の思い違いだろう。
ぴぴんと、フィンのネコミミとネコシッポが好物の匂いに反応する。
「おお、うまそうじゃ!」
心からの言葉が溢れ出す。選考委員として、この料理対決に参加して初めての、素直な感想だ。
「地域的、前衛的と色々あったが‥‥うむ。この芳醇なかほり‥‥たまらんのぅ」
早速味見とばかりにフォークを取り上げたフィンの動きが止まる。
「‥‥‥‥‥‥‥サッちゃんよ。巨大な幻が消えんのじゃが」
困惑したように相方を振り返るフィン。
「安心しろ、スーちゃん。私の目にも、巨大なままで映っている」
あっさりきっぱりと言い切ったサフィーアに、フィンはフォークを手にしたまま硬直した。
でかい。
でかいのだ。
並べられた料理は、何人前か分からぬほどに巨大な樹海エビの香草焼きと、これまたでかいふわふわのオムレツ、そして、バケツほどもあろうかと思われるプリン‥‥‥‥‥‥‥。
「愛、だね」
突如として聞こえて来た声に、製作者のリタが過敏に反応する。
いつの間に現れたものか。
リタの肩に手を置いた男は、きっぱりと言い放つ。
「その料理の大きさは愛の現れ。‥‥そうだろ? 君‥‥」
「おお、怪盗Mではないか。久しぶりじゃのぉ」
ひらひらと手を振って来るフィンに苦笑いで返して、男はリタの顎を上げさせた。
「誰の事を想って、あの料理を作ったのかな‥‥?」
ふ‥‥と、リタは分かるか分からないかの薄い笑みを作る。
「‥‥馬鹿者‥‥」
「はいはい、壇上でいちゃつくのはやめような。おいちゃん、目のやり場に困ってしまうじゃあないか」
やってられんとフィンは料理にフォークを入れた。
樹海エビの身の感触を味わいつつ、感涙に噎ぶ。
「ふむ‥‥、うまい。うまいのぅ‥‥。じゃが勿体ない。これは大食いなどでガツガツ食するのではなく、じっくり味わって食べる品じゃ」
だがしかし、この料理の数々が「大食い向き」である事も、フィンには分かっていた。
丁寧に口元を拭うと、フィンは再びまいくを手に取った。
「参加者全ての料理を吟味した結果を、発表する」
サフィーアとアイコンタクトで頷き合って、フィンは一層、声を張り上げる。
「大食い大会本戦では、まず、ヴォルフガング・イェーガー作、納豆三昧で文化の違いを攻略し、リーズレッタ・ガイン作、超巨大愛情いっぱいセットでフィニッシュじゃっ!」
大食い大会本戦出場者は、未知の食材納豆と格闘した後、胃袋の限界を試される事になる。
もっとも、納豆を食べられる者にとって、納豆三昧コースは随所に施された工夫と味のハーモニーに舌鼓を打つボーナスステージになる事だろう。
こうして、前哨戦は恙無く犠牲者を若干名出しながらも終了したのだった。
「‥‥おやおや、君の手料理を他の者にも食べさせるのか‥‥。ちょっと、悔しいかな」
言葉のわりに、何やら楽しそうだ。
「何を、考えている」
「何も?」
屈託ない‥‥風に見える笑顔がくせ者である事を、リタは十分に承知している。
大食い大会本戦に感じる波乱の予感に、リタは微かに表情を険しくしたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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0520 / スフィンクス伯爵/男/34/ネコネコ団総帥/Sorn
5419 / リーズレッタ・ガイン/女/21/戦士/MT12
6089 / 藤木結花/女/15/地球人/MT12
6736 / 笠原直人/男/12/地球人/MT12
1182 / マリアンヌ・ジルヴェール/女/14/エキスパート/MT13
1506 / ヴォルフガング・イェーガー/男/25/エキスパート/MT13
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■ ライター通信 ■
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遅れてしまいまして申し訳ありません。
今回は皆に置いていかれて周回遅れの桜です。
無念‥‥。次こそはっ!
★フィンおいちゃんへ
おいちゃん、選考委員とは‥‥なかなか美味しい所を持って行きましたね(笑)
さて、いつの間にか、サッちゃんまで登場しておりますが‥‥何故だろう。
気がついたら、おいちゃんの隣にいたのですよ、彼。
付録と思ってお納め下さいませ‥‥。
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