<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


■ ほげっチョめらー助っ人依頼 ■


■ オープニング

 城から半日程の距離にある2つの村の間で、村同士の境界線を巡って対立が起きているらしい。
 日増しに対立は激化し、このままでは流血の事態も起こりかねないと判断した両村の長老達は、古来よりその地方に伝わる競技で雌雄を決し、これ以上の揉め事を収めると同時に、その勝負の勝ち負けにより、新たな境界も定める事にしたそうだ。
 そこで、その試合に助っ人として参加する者を広く一般より募集している。
 競技の名は「ほげっチョめらー」
 古の神々の時代から伝わる神事に由来があるという、非常に由緒正しいものなのだそうだ。
 ルールは単純なものであり、子供でもできるという。
 が、なにぶん今回は対立する村の間で行われる事ゆえ、かなり過激な事態となるのは容易に予想できる。
 希望者はその所も踏まえた上で望んでほしい。


■ 結集・競技者達

 エルザード城から半日程の距離に、2つの村があった。
 上空から鳥の目でもって見ると、広大に広がる森という名の木々の海の中に、その2つの村だけがぽっかりと浮かんだ小島のように映る。
 この森を抜ける旅人や冒険者達の多くが訪れ、ひとときの憩いを得る──そんな場所だ。
 隣接する2つの村は、それぞれに"ヘバ"と"マイネ"という名だった。

「──と、いうような説明でよろしいですな、おふたかた」
 ヘバの村の村長が、そう言いつつ背後へと振り返る。
 年の頃は40から50前半といった所だろうか。ごく普通の人間の中年である。
 綺麗に禿げ上がった頭と、鼻の下のちょび髭が多少のユーモラスさをかもし出していた。
 彼のすぐ脇には、ヘバ村の掲示板がある。
 通常これは、村人ややってきた旅人達のために、村での出来事や、各種知らせ、決まりごとなどを記しておくためのものである。ヘバ村の場合、入口の門を入ってすぐの広場に、これは立てられていた。
 今、その掲示板には、一枚の大きな紙が貼られている。
 一番上には、こう書かれていた。

『ほげっチョめらー基本ルール』

「──了解した」
 村長の顔のずっと上で、重々しく頷く頭がひとつ。
 重々しい……というか、実際それは物理的に非常に重いに違いなかった。
 なにしろそこにいたのは、身長3メートル、重量2トンを誇る機動ロボットだったのだから。
 彼の名はND3013。
 土木作業向けの装備とプログラムを持つが、もちろん戦闘もこなせるという汎用型の性能を持っている。
 人工知能──AIもまた優秀であり、人と同じか、それ以上の知能、理解力、判断力を備えていた。
 彼が今日ここに訪れたのは、無論この競技に参加するためである。
 今しがた村長から受けた簡単な説明を復唱するかのように、モノアイが説明書きの文字を追い、動いている。
「俺も大体、わかりました」
 ND3013の隣で、もう1人がニッコリ笑ってそう言った。
 こちらはごく普通の人間の男……に見える。
 彼の名前はメイ。自己紹介によると18歳で、紅茶屋を営んでいるとの事。
 足腰が丈夫で、走る速度とジャンプ力には自信があるらしい。
 言うまでもないが、彼もまた、ヘバの村の助っ人として、この競技に参加することとなった1人である。
「うむ、大変結構」
 両名の返事に満足そうに笑う村長だった。
「競技者は6名ずつとなっておる。当方はお前さん方2名と、後ろにいるうちの村きっての元気者共だ」
 言われてメイが後ろを向くと、そこにはいつのまにか、思い思いのポーズを決めた筋肉のカタマリが3名立っていた。女性が2名に、男性が1名だ。
 皆とにかく鍛えに鍛えた筋肉をしており、その上で水着姿、おまけに全身にオイルでも塗っているのか、陽光に反射してテカテカと輝いていた。
 とどめとばかりに全員が不自然な程の笑顔を浮かべており、白い歯までもがキラリと輝いている。
「ほう……」
「ひぇぇっ!」
 ND3013は興味深そうな声を上げたが、メイは思わず機械の腕にしがみつく。
 いきなり目の前に暑苦しいのが現れたら、そうなっても仕方がないのかもしれない。
「しかし村長、6名と言ったが……1人足りないのではないか?」
 と、ND3013。確かにその通りだった。
「ふっふっふ。何を言っておるか、ちゃんとここにおるわ」
「……え、じゃあ、あの、まさか……?」
 メイがNDの腕の影から顔を出すと、
「ふっ! 左様、このワシだ! ぬぅん!!」
 言うなり、気合を込めてポーズを取ると、村長の上着がビリビリと裂けて空中に散った。
 その下から現れたのは……背後の3名以上に鍛え上げられた赤銅色の筋肉。
 やはりオイルでテカテカと光っており、白い歯も「これでもか!」とばかりに健康を訴えて輝いている。
「わーーーっ!!」
 悲鳴を上げてNDの背後に隠れるメイであった。


■ 試合直前・敵チーム

 それぞれの村の競技参加者12名が揃って姿を見せると、会場は天を突くばかりの歓声に包まれた。
 試合会場となるのは、ちょうど村の境界に当たる場所に設けられた特設会場である。
 ほどなく、目立つ場所に造られた壇上に両村の長老達が上がり、この競技の意味と歴史を語り始める。
 村の今までの歴史はおろか、神話の物語から始まるそれは、しばらく続きそうであった。
 その間を利用して、2人と村長が小声でこっそり話し始める。
「……向こうの村も、助っ人は2名だそうだ」
「ふむ」
「そうなんですか?」
 言われて相手チームへと目を向けると、確かにこちらと同じようなムキムキ軍団の中に、明らかに異質な人物が2名混じっていた。
 1人は肌もあらわな魔道服──というか、もうビキニと見分けがつかない程の露出度の衣装を身に着けていて、手には先にドクロのついた杖を持っている。年は大体20代半ばくらいだろうか。毒々しい原色のメイクが、顔といわず全身をくまなく覆っていた。杖を持っていなければ、他の変な職業だと言われても仕方がないかもしれない。
 もう1人は、小柄でいささか太めの男だった。こちらは普通の黒の魔道服に身を包んでいる。が、特に杖の類は何も持っていない。
「女の方はオルティナ・メイムード。凄腕の死霊術師との事だ」
「死霊術師、だと?」
「それって……どういうんですか?」
「つまり、ゾンビやスケルトン、ゴーストといった死霊を自在に操る術だな。ネクロマンシーとも言うそうだが」
「ほう」
「……こ、こわいですね、それ」
「一方の男の方は、ガイラス・メイムード。土石傀儡創造術師──マッディゴーレムクリエイターという肩書きを持っているらしい」
「マッドゴーレムというと、つまり泥のゴーレムということか?」
「左様、あやつはその使い手というわけだ。そして両名とも、それぞれの術においては、魔道協会認定の第1級施術免許を持っておるそうだよ」
「……ひぇぇ、すごそうですね……」
「だが、相手にとっては何の不足もない。それでこそ腕が鳴るというものだ」
「ふっふっふ。わしも血が騒ぐ。おまけにあの2人、苗字が同じという事は、どうも夫婦らしいの。さぞや息も合っている事だろうて、ふっふっふ」
 そう言いつつ、不敵な笑みをこぼす村長である。
「私も持てる能力の限りを尽くして、両村の秩序と安寧のために貢献させていただこう」
 ND3013は生真面目に宣言し、
「俺は……あの、できるだけ邪魔にならないように頑張ります。あの、と、とにかく皆さん、怪我のないようにしましょうね、ねっ」
 メイは心の底から正直に、そう言うのであった。

 そして──いよいよ試合が始まる。


■ 試合開始・異次元バトル

 試合開始の銅鑼が高らかに鳴らされる。
 第1投目は、まず相手方へと球が渡された。
 それを受け取って仁王立ちになった男が、こちらを指差し、叫ぶ。
「ヘバ村の外道共め! 正義の鉄槌を喰らうがいい!!」
 負けじと、こちらの村長が言い返す。
「なにをほざくか! そもそも貴様のような腑抜けが村長なぞをやっておるからいかんのだ!!」
「やかましい! その台詞、そっくり返してくれるわ!!!」
 ……どうやら向こうにもマイネ村の村長が加わっているらしい。
「も、盛り上がってますね」
「うむ、戦いとはかくあるべきだ」
 NDとメイがそんな言葉を交わし、そしてサイは──球は投げられた!
 おおまかなルールはバレーボールと同じだが、サーブだのトスだのアタックだのという決まりは何もなく、掴んで投げても別に構わない。とにかく相手陣地の地面に球が接地すれば、それが点数となる。
「おおおおおお……うりゃああああぁぁぁぁぁっっ!!!!」
 大きく振りかぶって、マイネ村の村長が投げる!
 球はこの地方に生息する黒いスライムだ。
 素晴らしいまでの弾力性と伸縮性を誇るこの生物は、ドラゴンが上に乗って地団太を踏んでも壊れず、死なないとさえ言われている。
 しかもその特殊性からか、より強い衝撃を身体に受けると大変に喜ぶという、かなり変わった性質を持っていたりもするのだ。
 ──ピギィィィィィィィ♪
 楽しそうな声を上げて、黒スライムが空気を切り裂く。
 ……が、

 ──ガン☆

 硬い音と共に、あっさりとそれは弾き返されていた。
 それはそうである。
 ヘバ村の陣地には、ネットのすぐ前にND3013が仁王立ちとなり、完全に塞いでいるのだから。
 身長3メートルの巨体は伊達ではない。
「くっ! なんの! 攻めろ! 攻めて攻めて攻めまくるのだ!!」
「おおーーーっ!!」
 マイネ村は全員が一丸となり、止められたボールを再び受け取ると投げ返す。
 投げる、投げる、投げる、とにかく投げる!

 ──ガン☆ ガン☆ ゴン☆ ガン☆ ギン☆

 しかし、それらは全て、同じ結果となった。
 NDは2本の腕だけではなく、背中にある伸縮自在の副腕マニピュレーターまで動員し、都合4本の太い腕でもって、完全な壁を形成している。球の軌道、スピード等も全て事前に計算してしまっているのだから、敵6人全員が相手でも、まったく余裕なのだった。
「おお、やるな!」
「すごいです! ND3013さん!!」
 村長とメイが、揃って感嘆の声を上げた。
 そしてもう1人、
「きーーーっ! なによなによこのデカブツ! みてらっしゃい!!」
 マイネ村の陣地の中で、金切り声を上げる人物が約1名。
 死霊魔術死のオルティナだった。
 空中に何かの印を結ぶと、古代言語らしい呪文をつぶやき、
「いでよ! 我が下僕達!!」
 天に向かって杖を突き上げる。
 瞬間、その場に一陣の妖しい風が吹き、明らかに場の空気が変化した。
「な、な、なんですかなんですかなんですかっ!?」
 尋常ではない雰囲気に、メイが1人の村人の影に隠れる。
 と──ボコボコと地面が盛り上がり、次々とスケルトンやゾンビが這い出してきた。
 さらにマイネ村の陣地の中では無数の人魂が乱れ飛び、幾人ものおぼろげな人影、ゴースト達も現れる。
「ひぇぇぇ! 出たぁぁああぁぁ!!」
 とたんに青くなって、コートの端まで逃げていくメイ。
 何故かその時は両手をついて4つ足になっていた。
 これにより一気に人員(?)が増えたマイネ村の攻撃は、極度に苛烈なものと変化した。
 何しろ陣地のどこにボールが飛んでも、そこには人かアンデッドか幽霊がいるのだ。
 投げる→跳ね返る→投げる→跳ね返る→投げる──というループのテンポがどんどんと際限なしに加速していく。
「……む」
 さすがに、NDでさえも難しい声を漏らした。
 彼にだって、作業効率には限界というものがある。
 さらに──
「あんた! やーっておしまい!」
「おぅよ母ちゃん!!」
 メイムード夫妻の声が飛ぶ。
 そして今度は、夫のガイラスがその場にしゃがみ込み、地面に手を当てると、
「地の精霊達よ、盟約に従いて我が声にこたえよ!!」
 鋭い声で、精霊を召喚する。

 ……ズゴゴゴゴゴゴゴ……

 呼びかけに呼応して、低く鳴動を始める地面。
 やがてガイラスの目の前の地点を中心として、四方八方に地割れが走った!
 その中心から、ぬっと太い腕が突き出される。
 岩石の破片をバラ撒きつつ、続いて頭が、もう片方の腕が、胴が、足が……と続き、全身が現れると、それはNDと互角か、それ以上に大きな身体を持つ岩のゴーレムの姿となった。
「ゆけ! 奴を押さえるのだ!!」
「の゛の゛の゛の゛〜」
 主に命じられるがままに、NDへと襲いかかる岩石巨人。
「くおおっ!!」
 ND3013も、真っ向からそれに応じた。
 鋼の腕と岩の腕──異なる豪腕が互いを掴み、押し倒そうとする。
 力は、ほぼ互角であった。
 がっちりと組み合ったまま、両者は微動だにしない。
 ただ、どちらのものとも知れないきしみの音が、低く響いてくるのみだ。
 一体どれだけのパワーがせめぎ合っているというのか……
 空気までもが、低く振動しているようであった。
 しかし、これにより実質ND3013は、完全に動きを封じられた事となる。
 後は……ヘバの村には5人、マイネの側は6人プラス無数の死霊軍団。
「ふっふっふ、こうなればこちらのものだ。一気にカタをつけてくれる! おい! アレを持ってこい!」
 球を手にしたマイネの村長が、低い声で命じた。
 ややあって、配下の者らしい村人が走り寄り、うやうやしく何かを差し出す。
 それは、見たところ何かが入っているらしい小瓶のようだったが……
「なに!? あれはまさか!!」
 その品を目にしたヘバの村長が、驚きの声を上げた。
「な、なんなんですか、一体?」
 おそるおそる、メイが聞く。
「あれは……代々我等2つの村の長の一族のみに製法が伝わるという、力の秘薬!!」
「力の秘薬、ですか?」
「そうだ。それをひとたび口にすれば、素手で一国の軍隊全てを相手に戦えるとすら言われておる」
「な、なんて滅茶苦茶な……」
「そうだ、確かにアレは常識外れた力を得る事ができる。が、同時に恐るべき副作用をもその身に受ける結果となるのだ」
「……え? なんです、それって?」
「そ、それは……」
「それは?」
 タラリと、村長の額に汗が流れる。
 その間にも、マイネの村長は瓶の封を取り去り、迷いもせずに口をつけると、一気に中身を喉へと流し込んでいた。
「あの薬を飲むと……」
「飲むと、どうなるって言うんです?」
 そして……彼は言った。
「──笑い上戸になってしまう」
「…………………へ?」
 目をパチクリさせて、聞き返すメイだった。
「ふははははははははは!!! 身体に力が溢れてくるぞ! 素晴らしい! 素晴らしい〜〜〜!!!」
 マイネ村の村長が、吼えた。
 髪の毛が逆立ち、全身から立ち上るオーラの輝きが、その場にいる全員にはっきりと見る事ができる。
 筋肉はさらに一回り太くなったように感じられ、目の輝きも猛々しさ……というより獰猛さが付加されていた。
「ゆ〜〜く〜〜ぞ〜〜!! これで貴様らは終りだぁぁああぁぁ〜〜〜!!!」
 叫んで無造作にスライムを放ると、右手を振りかぶり、落ちてくる球体へと打ち込む。

 ──ゴッ!!!

 空気が唸り、悲鳴をあげた。
 弾丸と化した球は、凄まじい勢いで上空へと飛び、すぐに見えなくなる。
「あれが落ちてきたとき、貴様らはその衝撃でケシ飛ぶ!! それで我が方の勝利だ!! うははははははははは!!!!」
 ふんぞり返り、哄笑するマイネ村長。
「そんな、あ、あの、逃げなくていいんですか?」
 慌ててメイはもう1人の村長に言ったが……
「いや、それはできん。仮にも村の長たるもの、決して退く事は許されんのだ」
 敢然と、彼は言い切った。
「で、でも、このままじゃ危ないですよ」
「いいや、村長の言う通りだ」
 そして、もうひとつの声。
「……え?」
 そちらを見ると、未だにゴーレムと組み合っているND3013だった。
「負けを認めれば、その瞬間に負けだ。戦士として、それは許される事ではない」
「……えと、俺は別に戦士というわけじゃ……」
「ここは任せて頂こう──ジェネレーター出力最大!! おぉぉぉおおぉおぉぉーーーっ!!!!」
 NDのモノアイが激しい光を発する。
 そして次の瞬間、
 ──メキッ!!
 岩石の腕の片方が、根元からヘシ折れていた。
「でぁぁぁあぁぁっ!!」
 続けざまに、鋼の拳が打ち下ろされる。
 ずごぉぉおぉん!!
「の゛の゛〜」
 もう片方の腕も粉砕されたゴーレムは、感情のない声を上げつつその場に倒れた。
「馬鹿な!? 俺のゴーレムが!!」
 間をおかず、傀儡はただの岩石へと還っていく。純粋なパワーが術者の魔力を打ち破ったのだ。
 そして、その時にはもう、モノアイが次なる獲物を求めて、遥か天空に向けられていた。
「……目標、高度7000mまで上昇、なおも上昇中……」
 人の目にはもう見えない対象を確実に捉え、追う。
「出力の96%をスラスターに転換。到達時間──420秒……」
「あの……一体何を……?」
 おっかなびっくり、といった様子で、メイが尋ねる。
 その返事は……
「作戦を開始する」
 という言葉だった。
「はい?」
 もちろん、メイには何のことやらさっぱりだ。
「出力臨界……発進!」
「えと、その──うわぁっっ!!!」
 足裏のブースターが一斉に火を噴き、ND3013の巨体が空へと舞い上がる。
 煙の尾を引いて、彼は一直線に球の元へ!
 追いついたのは、高度約1万メートル。その時にはもちろん、既に落下時の軌道計算は全て終了していた。
「目標確認。速度、及び角度微調整──アタック!!」

 ──ゴン!!!

 マニピュレーターが唸り、黒い弾丸を直撃。
 ピキュゥゥゥゥゥ〜♪
 やっぱり嬉しそうな声を上げつつ、逆戻りしていくスライムであった。


「……見えた!」
 一番最初に見つけたのは、ヘバ村の村長だった。
 天空の黒い点が、どんどんこの地へと向かってくる。
「あの、本当に逃げなくていいんですね?」
「うむ、安心するがいい」
「そ、そうですか……よかった」
「もはや逃げる時間などないからな」
「……って……ちょっとちょっとぉーーーっ!!」
 自信たっぷりに言い切る村長の言葉に、メイの顔が真っ青になった。
 そして……本当に遅かった。


■ 更なる戦い・復活

 ──ドコォォォォオオォォォオオオォオオオオォォォォン!!!!!

 破滅的な音、振動、舞い上がる砂煙。
 競技者のみならず、その場にいた観客をも全て巻き込んで、とにかく全員が吹き飛ばされる。
 ……ND3013が再び降り立ったのは、きっかりその1分後だった。
 相手コートのど真ん中に巨大なクレーターが口を空けているのを見ると、満足げに頷く。
「うむ、私の計算通りだったな」
「……計算通りじゃないですよぉ〜、まったくもぉ〜……」
 そう言いながらヨロヨロと立ち上がったのは、メイである。
「戦いに犠牲はつきものだ。たとえそれが仲間であってもな」
「……じゃあ俺は中立でいいです」
 心の底からそう告げて、倒れている人の近くに言っては抱き起こし、時には彼の使える魔法「命の水」で体力を回復してやる。
 それは仲間に対してだけではなく、敵側に対しても同様だった。
「うひゃひゃひゃひゃ! あんな手を使いおって、許さん! 許さんぞうひゃひゃひゃ!」
 秘薬の効果で笑い転げているマイネの村長を横目で見つつ、地面に座り込んでいる女死霊魔術師にも「命の水」をかけるメイ。
 すると、彼女はジロリと恩人を見て、
「あたしは敵よ、なにやってんのあんた」
 冷たく、そう言ってきた。
「関係ないですよ。それに、俺は敵とか味方とか、そんなのよくわからないですし」
「……そう、変わってるわね、あんた」
「ええ、よく言われます。あの、ところで……」
「何よ?」
「もし知っていたら、ひとつだけ教えて欲しい事があるんですけど……」
「はあ? 一体何をよ」
「え、えとですね……」
 メイは、とある人物の名前と特徴を告げた。
 魔法を使える人ならば、あるいは知っているかとも思ったのだが……残念ながら彼女は知らなかったようだ。
 旦那の方にも同じ質問をしたが、こちらも同様だった。
「力になれなくて悪かったわね……さて、じゃあ試合の続き、しましょうか」
「へっ? あの、まだやるんですか?」
「あたりまえでしょ、決着はまだついてないし」
「で、でも、こちらの村長さんはあんな状態ですし……」
「そんなのもうどうでもいいわ。あたし達夫婦のメンツの問題よ。ここまでやられて、黙ってられないわっての」
「……はあ……」
 チラリと自分のチームの方へと目を向けると、村長が重々しく頷いているのが見えた。どうやら今の会話を聞いていたらしい。
「じゃあ、早速球を探して頂戴。今のでどっかに行っちゃったのよ」
「……はい」
 ため息をついて、首を縦に振るメイだった。
 ……やれやれ、なんだか考えていたより、大変な事になっちゃったな……
 内心でつぶやきつつキョロキョロとあたりを見回すと、案外それはすぐに見つかった。
 試合開始前に長老達がなにやら話していた壇上、その上にさらに一段高い祭壇のようなものが造られており、そこに黒い球体がぽつんと乗っている。
 ここまで飛ばされでもしたのだろうか。
 あまり深くは考えず、メイはそれに近づくと、手に取って皆へと振り返った。
「みなさーん、球がありましたよー!」
 見えやすいように、頭上に抱えて振ってみせた。
 と──
「そ、それは違いますぞ!!」
 いきなり、ヘバ村の長が緊張した声を上げる。
「え……?」
「それはかつて2つの大陸と6つの国を滅ぼしたと言われている魔王が封印されている玉で──」
 そこまで聞いたとき、ふいにメイは手を滑らせ、玉を落っことした。
「今は村の守り神として祭り、こういった時だけ神聖な意味を儀式に込めるために人前に出しているのです!」
 玉はゆっくりと地面に落下し、ごす、と重い音を立てる。
 ちょうど村長の説明も終り、あたりがしん、と静まり返った。
 これで何事も起きなければよかったのだが……

 ──ぴし。

 小さな響きと共に、玉に入る無数の亀裂。
 同時に昼間だというのにあたりが急に暗くなり、遠くで雷まで鳴り始めた。
 玉からは、強烈極まりない邪気が煙のようにゆらゆらと立ちのぼり始める。
「……あ、あの、こ、これ、あ、あの……俺、えと……えとえと……」
 あまりの事に、メイはどうしていいのかわからない。
 とどめの言葉は、すぐにやってきた。
「……なんという事だ……まさか魔王が復活してしまう日がこようとは……」
 震えを帯びた村長の声。
「ふむ、つまり我等の次の相手はその魔王というわけか?」
 と、これはND3013。
「なりゆき上放っておくわけにもいかないから手を貸すけど……あんた、えらい事したものね」
「……まったくだ、伝説の魔王の復活とはな……」
 メイムード夫妻も戦闘態勢を整えつつ、そんな事を言ってくる。
「こうなれば仕方ありません。世界の平和のためにも、魔王を再び封印せねばなりませんぞ、メイ殿」
「え? ええっ?? あの、お、俺もですか?」
「今更何をおっしゃる。復活させたのは誰ですか!」
「え、えと、それは……」
 救いを求めるように全員を見るメイだったが、その全員の目が「お前だ」と言っていた。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! なんでこうなるんですかーーーっっ!!!」
 響き渡るメイの悲鳴。しかもすでに涙声だ。
 が、それはすぐに、完全復活を遂げた魔王のおたけびにより、あえなくかき消されてしまうのであった──


■ 試合終了・それぞれの道へ

 ……戦いはそれから丸一昼夜に及び、さまざまな困難、苦労はあったものの、なんとかそれらを乗り越えて、ついに魔王を封印する事に成功した一行であった。
 が、激戦の舞台となったヘバとマイネ、2つの村は、そのほとんどの家が壊れ、あるいは燃え、あるいは氷漬けになるなど、まるで超弩級の天変地異に襲われたかのような惨状となってしまったが……まあ、魔王の復活は、やっぱりこの場合充分過ぎるほどの天変地異かもしれない。
 そして──

「うははは! 飲めー! 歌えー! 踊れー皆の衆!!」
「酒だー! 酒持ってこーい!! がははは!!」
 共通の敵である魔王を倒すという目的により一致団結して戦っため、2つの村の間にわだかまっていた憎しみは、この激戦の果てに友情へと変化してしまったようだ。
 今では村長同士が仲良く肩を組んで座り、一緒に酒を豪快にあおっている。
 他の村人達も皆、笑顔で歌い、踊り、思い思いに魔王を倒した喜びを表現していた。
 建物こそ軒並み崩壊したが、他に得られたものは、それ以上に大きいと言えるだろう。奇跡的に、犠牲者も皆無だ。
「よかった……ですよね。物凄く疲れましたけど」
 と、メイ。隣の鋼の戦士を見上げ、言った。
「ああ、そうだな。あの魔王とやらは、久々に骨のある相手だった」
 ND3013が、真面目な調子でこたえる。
「……いえ、俺が良かったっていうのは、そういう事じゃないですけど……」
 それを聞いて、ため息をつくメイだ。
 彼らももちろん、魔王を倒した功労者である。
 もっとも、常に矢面に立って闘ったのはND3013と魔道士夫婦であり、メイなどは魔王を復活させた張本人とも言えるわけだが……まあ、それはこの際置いておくとして。
 とにかく、彼らも今は、お祭り騒ぎの中心にいた。
 ちなみに魔道士夫婦はというと、その辺で仲良く手を取って、ダンスに興じている。元気なものだ。
「やあやあ、おふたかた、調子はどうかな? うは、うはははは!」
 などと言いながら、ヘバ村の長がやってきた。
 既に顔は真っ赤で、吐く息すらも酒臭い。
「ええ、まあ、ほどほどに楽しんでますよ」
「そうかそうか、そりゃ結構! がはははは!!」
 豪快に笑いながら、メイの肩をすぱーんと叩く。
「わっ!」
 既に力の加減などなくなっているらしく、思わずメイがよろける程だった。完全に出来上がってしまっている。
「あー、ところで、お前さん方に、是非新たな依頼をしたいのだがな」
「……新しい任務?」
「な、なんですか、一体?」
 2人が聞くと、村長は相変わらず笑いながら、
「うははは。うむ、実はこの度、いっそのこと2つの村を統合して、ひとつにしてしまおうという話が出てきてな」
 と、言う。
「ほう」
「あ、それ、いいじゃないですか」
「そうだろうそうだろう、が、そうするためには、ひとつ決めねばならん重要な事がある」
「ふむ、何だ?」
「村の名前だ。ヘバかマイネ、どちらかにせねばならん。新しい名前をつける事も考えたが、やはり古くからある名には愛着があるでな」
「……なるほど、それで?」
「そこで、どちらの名前にするか、それもまた試合で決めようという事になったのだ」
「えぇぇーーー? ま、またあれをやるんですか!?」
 村長の台詞に、メイが目を丸くする。
「でだ、2人には、是非また我が方の助っ人として、一緒に闘ってもらいたい。やってくれるな?」
 そう問われて、2人は、
「喜んでやらせて頂こう」
「謹んでお断りします」
 180度違った返事を、まったく同時にするのだった──


■ エピローグ・メイ

 それから数日の間、村の復興を少し手伝った後、メイは約束よりもやや大目の報酬をもらい、帰途につくことになった。
 店をあまり空けるわけにもいかないし、それに何より、長居していると、またややこしい事に巻き込まれるかもしれない。
 彼は基本的に、優しい平和主義者なのだ。
 村を出るとき、村人達から今回の気持ちを込めた感謝状をもらったのだが、当然のようにそれは紙だったので、あやうく食べてしまいそうになったりもしたが、それ以外は特に何の問題もなかった。
 自分の身体に魔法をかけた相手の手がかりは、今回も結局得られなかったが……
 ……これでまた、新しいお茶を仕入れる事ができるな。よかった。
 なんて考えて、すぐに気を取り直す。
 良く言えば、切り替えが早く、楽天的。
 悪く言えば、あまり深く考えない。
 それがメイであり、そのどちらもが彼自身の"よいところ"だと言えるのかもしれなかった。


■ END ■


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】

【0653 / ND3013 / 男 / 25 / 工作重視型戦闘ロボット】

【0595 / メイ / 男 / 18 / 紅茶屋】

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■         ライター通信          ■
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 どうもです。ライターのU.Cです。
 メイ様、ND3013様、この度は当クエストにご参加頂き、まことにありがとうございました。
 最初、我ながらかなり変わった依頼を立てたものだと思い、参加者が来てくれるかどうか多少不安だったりもしたのですが、お二方に出会えて良かったです。
 しかも、なんと戦闘ロボットとちょっと秘密のある気弱な青年という組み合わせ。
 正直どんな方が来てもなんとかする気ではいたのですが、そこまでバラエティーに富んでいるとは思いもせず、なんだか困ったり嬉しかったり、こちらも楽しませて頂きましたですよ。
 相手チームの応募が来るまで待とうかとも思ったのですが、いろいろと想像しているうちにムラムラと書きたくなり、早々と依頼を閉めて書き出してしまいました。我ながらこらえ性がありません、困ったものです。

 ご両名の活躍、心ゆくまでお楽しみ下さい。
 気に入って頂ければ、幸いです。

 それでは、ご縁がありましたら、またどこかでお会いしましょう。

 ではでは。