<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 エルザード野球大会

 ------<オープニング>--------------------------------------
 天上人がソーンに持ちこんだ野球というスポーツは、エルザードでもブームになっていた。
 そんなある日、エルザードで最強の野球チームを決めるリーグ戦が開かれる事になる。
 現在の参加予定チームは以下の通りだ。

 ソランライオネルズ。
 ・打撃力C、守備力B、投手力C(?)、走力C
 ・有力選手:キャッチャー、ウル
 
 ・体力の劣る魔道士チーム。
 全選手中最高の能力を持つウルのワンマンチームで、他の選手の能力は低い。
 ただ、心の病を治療中の魔道士が近々ピッチャーとして復帰するとの噂がある。

 シーフガイアンツ。
 ・打撃力B、守備力C、投手力B、走力S
 ・有力選手:センター、ルーザ
       キャッチャー、『宝箱売り』

 器用で足の速い者が揃った盗賊チーム。
 外野を一人で守れる守備力を持つルーザ、悪どいリードをするキャッチャー、『宝箱売り』がいる。
 走力は最高であり、器用な為にバッティングの技術も高いのだが、そそっかしい者が多くエラーが多いため、守備力はいまいちである。

 白山羊タイタンズ。
 ・打撃力A、守備力A、投手力B、走力B
 ・有力選手(?):監督、ルディア

 ルディアを慕って白山羊亭に集まった、野球のプロチーム。
 野球のプロの集まりだけに能力は高い。強いて言えば、乱闘に弱い事が弱点である。

 ・ルール
 それぞれのチームが1回づつ対戦するリーグ戦で順位を決める。
 試合は9回までで3アウト制。
 チームは先発9名と控え選手8人の17人で構成。
 不慮の事故や乱闘などでメンバーが足りなくなったチームは、その時点で敗北。
 ヴィジョンなどを召還する事は禁止。
 
 大会前日の、白山羊亭の片隅。
 「とりあえずウルを潰せば、ソランには勝てるわね。」
 ルーザは連れの魔道士、ウルに微笑みかけた。
 目は笑ってない。
 「勘弁してよ…」
 この娘は本気だろうなと、ウルは思う。
 勝つ事よりも生きて帰る事を考えようとウルは思った。
 
 (依頼内容)
 ・それぞれの野球チームが助っ人を募集しています。我こそはと思う人は、参加希望チームとポジション、作戦などを教えて下さい。 
 ・観客、ダフ屋、三塁ベースコーチ、チアガールなど、選手以外での参加もOKです。

 (本編)
 
 エルザード最強の野球チームを決める大会が来週末に開かれるという。
 参加3チーム中、最も弱いと思われるソランライオネルズに参加するべく、一体の戦闘ロボットがソランライオネルズのある場所、ソラン魔道士協会へと進んでいた。
 2トンの体をゆっくりと魔道士協会へと進ませるND3013
 魔道士協会の魔道士達は、もちろんそんな事は知らない。。
 「まあ、たまにはスポーツも良いのかな…」
 魔道士ウルは、協会内の自室でため息をついた。
 エルザードで何かイベントがあると、売名行為…いや、地域社会との交流の為に何らかの形でイベントに関わるソラン魔道士協会だったが、今回は何のひねりも無く関わるつもりらしい。
 こういう時、企画運営を押しつけられるのがウルだった。
 ウルはともかく野球好きな魔道士をかき集めて、一応の形を整える。
 こうしてソランライオネルズは結成され、参加した魔道士達は各種仕事のかたわら野球の練習に励んでいた。
 だが、練習は順調ではなかった。
 ウル本人は得意の風の魔法を野球に応用するめどを立てていたが、他の魔道士達はそんな器用な真似は出来ず、苦戦していた。
 大会まで残り1週間。果たしてまともに試合が出来るのだろうか?
 ND3013がソランライオネルズの前に姿を見せたのは、そんな時期だった。
 「初めまして、ND3013と申します。
  こちらのソランライオネルズという野球チームがメンバーを募集してると聞いて来たのですが、担当の方はおられますか?」
 身長3メートル、体重2t。
 彼の金属製の体は、人間には見えなかった。
 だが、礼儀正しく誠実そうなその態度は、並の人間以上だと受付の見習い魔道士は思った。
 「しょ、少々お待ち下さい。」
 なんにせよ、自分の手に負えない事は確かである。
 見習い魔道士は担当者、つまりウルを呼びに行った。
 コンコンとウルの部屋がノックされる。
 部屋で仲間の盗賊とのんびりしていたウルは、やれやれとドアを開ける。
 こうやって誰かが自分を呼びにくる時は、大概面倒を押し付ける時なんだ。
 「あの、ウルさん、何か来ました…」
 見習い魔道士は泣きそうな顔で言った。
 「いや、何かって言われても困るんだけど。」
 やってきた見習い魔道士の様子からして、よっぽど凄いのが来たんだろうと思いつつ、ウルは受付まで向かった。
 「なんか面白そうね。あたしも行っていい?」
 ウルの部屋で暇つぶしをしていた盗賊娘、ルーザが言った。
 彼女の所属する盗賊協会も今回の野球大会に参加する。
 なので、ウルのチームにどんな助っ人が来るのか興味はあった。
 「好きにすれば?」
 とだけ、ウルは答えた。
 ウルはルーザと受付の見習魔道士を連れて受付まで行き、ND3013と会う。
 そりゃ、見習い君が逃げ出すわけだ。
 ウルはND3013の容姿を見て納得した。
 「どうも、担当のウルです。
  うちの助っ人になってくださるのですか?」
 だが、ウルは動じずにND3013に話しかける。
 「はい、エルザード最強を決める野球大会の噂は聞いていました。是非ソランライオネルズに入れて下さい。」
 ND3013は礼儀正しく語る。
 知能(?)はかなり高いようだ。
 「失礼ですが、野球のルールはご存知ですか?」
 「野球ですか?
  …高い戦略性と優れた運動能力があって初めて成り立つ高度なスポーツですね。
  機械である私のような者でもお役に立てるのなら、力を尽くしましょう!」
 どうやら、やる気も充分のようである。
 まあ、少なくともうちの魔道士よりはよっぽど役に立つだろう。
 ウルはND3013に助っ人を頼む事にした。
 「しかしウル様、私を見てもあまり驚かれていないようですね。」
 「いえ、俺も何だか色々見てきたんで…」
 ため息をつくウルの様子を見て、彼も色々苦労してるんだなーとND3013は思った。
 ともかく、まずはチームに合流して練習しなくてはならない。
 ND3013は次のチーム練習の時間を聞き、魔道士協会を後にした。
 静かに歩き去っていく3メートル2トンのロボットを見送り、ウルはルーザと一緒に部屋に帰っていった。
 「もの凄い助っ人が来て、良かったわね。」
 他人事のように笑うルーザに、ため息で返事をするウルだった。
 翌日から、ND3013はソランライオネルズの練習に参加を始めた。
 一通りのポジションの動きを練習した後、彼は言った。
 「私は物を投げる事と高く飛ぶ事が得意なので外野をやるのが良いと思うのですが、いかがでしょう?」 
 なるほど、足は遅いものの背中に積んだロケットで長距離を移動出来る彼の特性は外野向きかもしれない。ただ、内野守備ではロケットを使う間もなくボールは彼の脇をすり抜けてしまうだろう。ジャンプロケットで飛べばホームランも早々出ないはずだ。
 ND3013は、レフトのレギュラーで出場する事になった。
 「ND君、大分器用みたいだからバッティングは問題無さそうだね。」
 次に彼のバットさばきを見たウルが言った。
 「ですが私は足が遅いので、ホームラン以外では出塁できそうにありません。」
 確かにNDの足は遅かった。背中のロケットも長距離移動やジャンプには向いているものの、器用な動きが求められるベース間の移動、ベースランニングには向いていない。
 「それじゃあ、一発狙いの6番バッター辺りで良いかな?」
 「はい、その辺りが適任かと思います。」
 ND3013は、6番バッターで出場する事になった。
 6番レフト。私には適任だとND3013は思った。
 ソランライオネルズに参加する事が出来、ポジションも決まった。
 後はチームの勝利の為に全力を尽くすのみである。
 それから大会当日まで、ND3013はソランライオネルズの面々に混ざって練習を続けた。
 大会前日、
 「どうやら皆さん、余り野球は得意ではないようですね。」
 ND3013がウルに声をかけた。
 慣れてくるに従って、ソランライオネルズの選手達の動きが大分悪いことが彼にもわかってきたのだ。
 「基本的にみんな魔道士だからね…
  野球に魔法を応用するって言っても簡単な事じゃ無いし。
  ND君にがんばってもらいたいよ。」
 ウルの返事にND3013は無言で、しかし力強くうなずいた。
 闘志を燃やす彼の体は、心なしか2〜3℃温度が上昇したようである。
 こうして大会前の練習は全て終了し、翌日、エルザードの広場に設立された野球場で本番の大会は開始された。
 参加チームは三チーム。
 ND3013が参加したソランライオネルズの他に、盗賊協会の『シーフガイアンツ』と白山羊亭のルディアが面子を集めたプロ選手チーム『白山羊タイタンズ』の二チームが参加している。
 大会は3チームがそれぞれ1試合づつ対戦するリーグ戦で行なわれる。
 試合の順番は抽選の結果、
 第1試合、シーフガイアンツvs白山羊タイタンズ。
 第2試合、白山羊タイタンズvsソランライオネルズ。
 第3試合、ソランライオネルズvsシーフガイアンツ。
 という順番で行われる事になった。
 そこそこに集まった観客を前にして、野球大会が始まる。
 ND3013は、ひとまず第1試合をウルと一緒に見物する。
 シーフガイアンツもがんばってはいるようだったが、やはり前評判通りにプロチームは強いようで、点差は少しづつ開いていく。
 「なるほど、さすがにプロの皆さんは野球が上手いですね。
  動きが洗練されています。
  ただ、シーフガイアンツのセンターの人、この前ウル様と一緒にいらした方も上手ですね。
  ほとんど一人で外野を守っている様に見えます。送球も正確さにおいては私より上かもしれません。」
 ND3013が言うように、ルーザの動きは良かった。
 「うん。まあ、どっちのチームもうちよりは強そうだね。」
 「私もそう思います。」
 ウルの言葉に、全くその通りだとND3013はうなずく。
 結局試合のほうは、7−4で白山羊タイタンズの勝利となった。
 次はソランライオネルズの番である。
 ND3013達はグラウンドに降り立つ。
 一回表、白山羊タイタンズの先攻で試合は始まった。
 先頭バッターに対して、ソランライオネルズのピッチャーが放った初球は、あっさりとレフトのはるか上空へと運ばれる。
 ゆったりと飛んでいく打球。
 どう見てもホームラン性の当たりなのだが、ND3013が飛んだ。ジャンプロケットである。
 5メートル程上空で、ND3013は淡々とボールをキャッチした。
 ゆったりと上がったボールなら、彼は決して後ろに逸らさないつもりだった。
 彼はグローブにボールを収め、選手、観客一同が唖然とする中で地面に着地する。
 「何なのよ、それは…」
 白山羊タイタンズの監督、ルディアは目を点にしていた。
 こうしてソランライオネルズとしては、なかなか景気の良い開幕だったのだが、やはり基本的な野球技術の差はどうしようもないようだった。
 地道に、白山羊タイタンズに点数を重ねられていく。
 そんな中、打撃面ではND3013とウルだけが頑張っていた。
 人間で言うと肩の部分から伸びている2本の主腕と、背中の部分から伸びる2本の福腕を用い、4本腕でバットを持つND3013のバッティングは独特だったが、4本腕で持つ分安定感があった。
 この試合、ND3013は4度打席に立ち、ホームラン2本を打った。
 残りの2打席もフェンス直撃の当たりだったのだが、残念な事に彼は余りに足が遅い為、ファーストまで行く事が出来なかった。
 ウルはウルで野球の技術は皆無だが、魔法で全てをカバーしていた。
 彼は打席に立つ時、バットを地面に置いたまま打席に立つ。
 そして、ボールを対象に風を操る魔法を使い、丁度ホームベース上でボールを止めようと試みる。
 上手く成功した時は地面に置いたバットを拾い、静止しているボールを打つわけなのだが、高速で飛んでくるボールを空中で器用に静止させるのは簡単な作業ではなく、速度や軌道を微妙に違うだけで失敗してしまう。今回参加している魔道士の中で、ウルだけがどうにか出来る作業だった。
 それでもウルは4度打席に立ち、2本のヒットと1本のホームランを打っていた。
 だがソランライオネルズの得点は、ND3013とウルが打った3本のホームランによる3点だけだった。
 結局、12−3の大差でソランライオネルズは負けてしまった。
 「申し訳ありません、私の足がもう少し速ければ…」
 「い、いや、君のせいじゃないから。」
 控え室でうなだれるND3013に、ウルはあわてて声をかけた。
 「まあ、もう一試合残ってるから、みんながんばろう…」
 2試合終わった時点で白山羊タイタンズが2連勝して優勝を決めてはいたのだが、ソランライオネルズとシーフガイアンツの2位争い(最下位争い)がまだ残っていた。
 一方、シーフガイアンツの控え室では、
 「やっぱ、最下位だと恥ずかしいよね。」
 センターの盗賊娘、ルーザが周り選手に言った。
 ルーザは何よりも自分の所属する盗賊協会の面子を大事にする。
 その通りだ!
 と、シーフガイアンツの選手一同、盗賊協会の野球好き達はルーザに同意する。
 相手のソランライオネルズはもともとウルのワンマンチームだったが、外野に一人ロボットが加わって戦力増強に成功したようだ。
 侮る事は出来ないが、ルーザはウルとND3013の対策をすでに考えていた。
 「まあ、あたしに考えがあるから任せといてよ。」
 彼女は自信ありげにチームメイトに言う。
 それから1時間ほどの休憩の後、試合は始まった。
 「そいじゃ、約束通りウル潰しの方向で行くから。」
 試合前のあいさつついでに、ルーザはウルに言う。
 「いや、別に約束はしてないよ。」
 「卑怯な振る舞いはいけません。ルールに乗っ取り正々堂々と試合をしましょう。」
 ウルは苦笑し、ND3013は心なしなモノアイをいつも以上に光らせ、ルーザに言った。
 ND3013は卑怯な振る舞いには、ルールに乗っ取った制裁をもって答えるつもりだった。
 「野球のルールは破らないよ。大丈夫。」
 ルーザは意味ありげに言うと、シーフガイアンツのベンチへと消えて行った。
 「あいつは悪い意味で頭良いから、多分野球のルールは破らないかな…」
 ウルは、ふっとため息をついた。
 「なるほど。」
 たしかに、『卑怯なふるまい』と『作戦』は紙一重かとND3013は思った。
 ND3013とウルもソランライオネルズのベンチへと消えて行く。
 一回表。
 ソランライオネルズの先攻で試合は始まった。
 何事もなく、一回表の攻撃は三人で終わる。
 「すいません、ウルさん…
  我々がふがいないばかりに…」
 ソランライオネルズの選手はウルに言うが、
 「俺達はそもそも野球の選手じゃないしね。」
 ウルは気にせず笑顔を見せた。
 「その為に、私のような助っ人がいるのです。」
 ND3013が淡々と言った。
 一回裏。
 シーフガイアンツの打撃は明らかにレフト方向を狙っていた。
 それも、打球を余り上空に上げないようにゴロを打とうとしているようである。
 「なるほど、私の弱点を見破られましたか。」
 ND3013は思わずつぶやいた。
 彼はロケットジャンプと強肩が売りだったが足自体は遅い為、中間距離にゴロを打たれると弱かった。
 だが、シーフガイアンツの狙いにすぐに気づいたキャッチャーのウルは、右バッターに対してはボールを外角に集め、左バッターに対してはボールを内角に集める事でレフト方向に打ちにくいように対策を立てた。
 しびれを切らしたシーフガイアンツのバッターがライト方向に打ったゆったりとした高い打球。
 高くてゆったりした球に対する私の守備範囲は外野全体!
 ND3013はロケットジャンプでキャッチした。
 「確かにはまると凄いわね、あのロボット…」
 そんなND3013の様子を見て、ルーザは呆れるしかなかった。
 2回表。
 四番のウルがバッターボックスに立つ。
 ピッチャーの交替が告げられた。
 ピッチャーマウンドに立ったのはルーザだった。
 「そいじゃウル、そういうわけでよろしく。」
 ルーザはウルに微笑みかける。
 「なるほど…
  それは仕方ないか。」
 ウルは言うと風の防御魔法を唱える。
 「柔らかい風よ。」
 彼の声と共に、穏やかな風の流れが彼を包む。
 ルーザは3球、ストライクを投げた。
 ウルは黙って見送った。
 「そいじゃ、またね。」
 ウルの打席が終わるとルーザはセンターに帰って行った。
 「あの、今のは一体?」
 やり取りの意味がわからないND3013はウルに言う。
 「ルーザは、『デットボール投げられたくなかったら、おとなしく防御魔法を唱えて立ってろ』って言いたいんだよ。
 あいつ、体力無いけれど、物投げるの上手いからね。あいつのボールを空中に静止させるのは俺にも無理だからさ。おとなしくしようと思ってね。」
 ウルは淡々と言う。
 「脅迫ですか?
  なんと卑怯な。」
 ND3013は声を荒げる。
 「いや、でもあいつの事だからね。
  俺がおとなしくしてればそれ以上は何もしないよ。
  きれいな試合をしようよっていう意味もあると思うんだ。
  実際、風の魔法で無理矢理ボールを打つ俺のやり方もある意味反則だしね。」
 ウルは苦笑する。
 「それにしても、脅迫してボールを打たせないのは卑怯と思います。これ以上彼女が何かするなら、私にも考えがあります。」
 納得のいかないND3013だったが、ひとまずはウルの顔を立てて静観する事にした。
 などと話すうちに6番のND3013の打順が回ってくる。
 シーフガイアンツのピッチャーは、ボーリングでもするようにボールを地面に転がした。
 「敬遠…ですか?」
 地面を転がるボールは、さすがのND3013もホームランは出来ない。
 憮然と、キャッチャーをにらむND3013。
 「ああ、悔しいがあんたの打力はプロクラスだ。勝負になんねーんでんあ。
 『敬って遠ざけさせてもらうよ』」
 キャッチャーは悪びれもせずに言った。
 敬って遠ざけると書いて敬遠。
 これも作戦のうちかと、ND3013は納得するしかなかった。
 塁に出たND3013は、ただの鈍足なロボットだった。
 こうして、試合は進んでいく。
 卑怯と作戦の狭間のような戦術に不快感を覚えながらも、ND3013は我慢していた。
 こつこつと守備でチームに貢献するND3013。
 試合は0−0のまま九回を迎えた。
 ノーアウトで、打順はウルからだった。
 例によって、ピッチャーマウンドに立つルーザ。
 ストライクが2球、投げられる。
 「ねえルーザ、一打席位、本気勝負してみない?」
 ウルがルーザに声をかけた。
 「ん?
  別に良いけどさ、あたしの球、空中に止める自信あるの?」
 ルーザが意外そうに答える。
 嫌味でなく、もしそんな器用な事が出来る奴がいるなら見てみたいと彼女は思った。
 確かにウルなら出来るかもしれないという気もする。
 本気勝負も面白いかも。
 「いや、わかんないけど、ちょっとやってみたい。」
 ウルは言う。
 「オッケ。そいじゃ、やってみよっか。」
 ルーザはそう言うと、キャッチャーミット目がけて全力投球する。
 「柔らかい風よ。」
 ウルの声と共に舞いあがる風と砂埃。
 スパン。
 乾いた音と共に、ボールはミットに吸い込まれた。
 「おしゃ、あたしの勝ち!」
 ルーザが楽しげに言う。
 「うん、残念。」
 あんまり悔しそうじゃない様子でウルは言った。
 ウルはベンチに帰り、ルーザはセンターに帰る。
 「残念でしたね。」
 ND3013がウルに声をかけた。
 「いや、実はね…」
 ウルは微笑むと、ND3013に耳打ちをした。
 「そういう事ですか、わざわざすみません、ウル様。」
 ウルの言葉を聞いたND3013は、ウルに頭を下げた。
 「後は君次第。任せたよ。」
 彼にしては力強く、ウルは言った。
 「お任せ下さい!」
 ND3013も力強く答えた。
 2アウトランナー無し。
 ND3013がバッターボックスに立つ。
 例によって、地面を転がるボールを放るピッチャー。
 だが、これが狙いだった。
 ND3013は、地面の近くで一度大きく空振りをする。
 途端に地面の土が舞った。
 ぽっかりと地面に穴が開く。
 「ちょ、何よアレは…」
 センターのルーザは穴の開いた地面を見て声を上げる。
 ウルは先ほどの打席で風の魔法を使ったとき、地面の土をもろくして、すぐに崩れ去るようにしていたのだ。
 「ウル様、あなたの気持ちを無駄にはしません!」
 バッターボックスの手前、穴の開いた地面にボールが落ちるところをND3013は全力で打った。
 はるか遠く。
 会場の外まで消えるボール。
 文句無しのホームランだった。
 「くー、騙された…」
 さっきのウルの打席は、ND3013の為に地面を崩すのが目的だったのだ。
 本気勝負と言うウルの言葉に釣られた自分に腹が立った。
 結局、試合はそのまま1−0で終わった。
 「ND君、ご苦労さん。おかげで最下位にならなかったよ。」
 大会が終わり、ひとまず魔道協会へ帰るソランライオネルズの面々。
 「全く、負けた事よりウルに騙された事が悔しいわよ…」
 ルーザは不機嫌そうにウルに連れ添っている。
 「これも作戦のうちですよ。」
 ND3013がルーザに言った。
 「まあ、それもそうかもね。
  んじゃ、ともかく今夜は『負けて可愛そうなルーザちゃんを慰める会』って事で白山羊亭までウルのおごりで飲みに行きましょう。」
 ルーザが言う。
 「それは素晴らしい考えです。お酒は飲めませんが私もご一緒します。」
 ND3013の言葉に、
 「いいね、行こう行こう。」
 ルーザが同意した。
 「ほんとはシーフガイアンツが勝って、『ウルのおごりで祝勝会』とかやる予定だったんでしょ…」
 ウルはため息をついた。
 「なるほど…」
 ND3013は納得した。
 こうしてエルザード野球大会は、
 1位、白山羊タイタンズ、
 2位、ソランライオネルズ、
 3位、シーフガイアンツ
 という事で幕を下ろした。
 その夜、白山羊亭は各チームの選手に占領され、騒ぎは朝まで続いた…
 (完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0653 / ND3013 / 男 / 25才 / 戦闘ロボット】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、MTSです。
 今回はご参加ありがとうございまいした。
 こんな話しか書けないのですが、もしお気に召しましたら、
 またよろしくお願いします。
 では、おつかれさまでした。