<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


ヌイグルミ誘拐事件
●はじまりはヌイグルミ
「あら、ご無沙汰だったわね? 元気にしてた?」
「すみません……屋敷の方に一度帰っていたので」
 と、白山羊亭に入ってきた白いクマのヌイグルミは答えた。
 どこから見ても白いクマのヌイグルミ……チャーリーは、一応そろそろこの店の常連と言ってもいいくらいにはこの店の馴染みだが、しかしその姿故にまだ人に驚かれることもある。
「うわ! ヌイグルミ!?」
 その日も、溜息をつきながら出て行こうとしていた中年の男と入口近くでぶつかって、驚かれていた。
「す、すみません……」
 だが、気弱なチャーリーと、それで喧嘩になるようなことはない。
「今の人……元気がなさそうでしたね」
「なんかねえ、娘さんの誕生日プレゼントに無理難題を言われたらしくて」
 かえって相手の心配をするようなタイプなのだ。チャーリーは。だが、この白いクマのヌイグルミの姿は仮の姿で、本当の姿は別にあるらしい。それはとても恐ろしい姿だからと言って、チャーリーはけして他人に見せようとはしない。ちなみに人の姿にもなれるが……それだと、別の方向で危険な美少年風になる。
 しばらくチャーリーは知り合いに挨拶しつつ、食事をしてから、店を出ていった。
 扉からチャーリーが出ていって、すぐ……
「うわあぁぁ!?」
 悲鳴がした。
 店の入口近くにいて、すぐに飛び出すことが出来たあなたが見たモノは……

●はじまりをリフレイン
 飛び出したのは飛び出したのだけれど、鈴々桃花が白山羊亭を飛び出したのは、ちょっと奇縁のある大きな白いクマのヌイグルミが横を通り過ぎたからだった。白いクマのヌイグルミのチャーリーは気がついた白山羊亭の常連客には声をかけていたようだったが、入口のすぐ手前で後ろを向いていた桃花は見逃してしまったらしい。出ていく時まで桃花も気づかなかったのだから、この辺はお互い様というところで。
 慌てて昼食のシチューの残りを頬張ると、桃花はがたがたと椅子を鳴らして立ち上がった。そしてお勘定を手に、看板娘に向かって手を振る。
「ん〜! んん〜!」
 一応呼んでもいるのだが、まだ口いっぱいにシチューのイモが入っていて、言葉はまったく意味を成さなかった。
「んんん〜〜、んんんんん〜」
 これを理解できる言語に訳すと「お勘定、ここ置いとく」となるわけであるが……
 それで何を言っているか理解しろなんて無茶を言うな、と言わんばかりの顔で、使い魔(なつもり)の飼い猫……黒猫の梅花は足下で桃花を見上げている。ちなみに桃花は悪魔見習い(のつもり)である。
「はいはい、おいといてくださいー」
 しかし悪魔の奇跡か才能か、はたまた店員の経験なのか!? これでも桃花の言いたいことは店員に理解されたらしい。
 そして、桃花は扉の前に出る。梅花も、しょうがないな、という顔をしながらも足下にぴったりついて移動してきていた。
 そこで……扉を出る前に、確かに桃花も悲鳴は聞いたけれど……それが、チャーリーのものだとは思わなかった。
 なので扉を開けて店を飛び出した最初の時には、まだ扉のすぐ目の前にいたチャーリーの姿しか桃花の目には入っていなかった。

●つづきもヌイグルミ
 ずんぐりむっくりした白いふわふわに、扉を飛び出した桃花は迷わず、ばふん! と体当たりをかます。
「チャーリー!!」
「ぅわぁぁ!?」
 というわけで二つ目の悲鳴の原因となりながら、桃花はお久しぶりの挨拶を。
「元気元気!? 桃花元気!」
「たったた……たおほぁさんっ!?」
 一度は嫁に欲しいと誘拐した娘さんに向かって、この驚きようは失礼じゃないかい……と、誰かが見ていたら言われそうな程あたふたとチャーリーは慌てて振り返る。だが、すぐにもう一度、また慌てて振り返り直して……そう、それは正面にいるモノを警戒しているかのように。
 桃花も、ここでチャーリーの白い毛並みの向こう側をひょいと覗き込んだ。
 すると、そこには……
「……黒クマさん」
 クマのヌイグルミがいた。ただし、チャーリーと違う点が一つ。
 黒い。
 いや、もう一つ違う点があるか。
 目つきが悪い。
 ヌイグルミだと言っても馬鹿にしてはいけない。ちゃんと顔立ちというものはあるのだ。不細工な顔も端正な顔も、愛嬌のある顔も……そして、ちょっと怖い顔も。
「チャーリー、友達?」
 桃花が黒クマを指をさすと、ぶんぶんぶん! とチャーリーは全力で首を振った。
 黒いクマのヌイグルミはニヤリと笑った……ように見えた。気のせいかもしれないが。そして、こう言った。どうやら黒いクマのヌイグルミがチャーリーの知り合いであることは間違いないらしい。
「ふふ、確かにお友達ってわけじゃないかしら。久しぶりね」
 ね? と、桃花は首を15度ほど傾けた。
「やっと見つけたわ……」
 わ? と、逆に向かって30度。
 見た目からではまったく判断がつかないが、この喋り方は……
「メス?」
 再度指差し確認で、桃花はチャーリーに訊ねる。
「え? いいえ、そんなはずは……」
「だまらっしゃっいっっ!!」
 だがチャーリーが言いきるのを遮るがごとく、黒いクマのヌイグルミが吼えた。
 以上の情報を加えて、再計算中……

 ちーん。

「オカマ」
 三度指差し確認、びし。
「ちぃがぁうぅ〜〜っ!!」
 ヌイグルミとしては全力で凶悪な造作の顔で、ずずずぃっと桃花に迫ってくる。 この大きな顔に迫られると、けっこう怖かった。
「……」
 メスではなく、オカマでもない……? 謎は残るが、とりあえず……
「ええと……桃花、悪魔」
 初対面なら、自己紹介はしなくちゃいけない。おじいちゃんも、そう言っていた。
「悪魔ぁ?」
 桃花の簡潔な自己紹介を聞くと、黒いクマのヌイグルミは胡散臭げにジロジロと桃花を見た。
 言うなれば、嘘だぁ、と言う顔だ。
 チャーリーは、おろおろと黒ヌイグルミと桃花を交互に見ている。それ以上白くならない顔が、何となく白くなってるんじゃないかという感じだ。黒クマに怯えているのは間違いなさそうだった。じりじりと下がっているような気もする。
 こういう時は。
 ぺこりと桃花は頭を下げ。
「えーい! 虫突撃!」
 頭を上げた瞬間に桃花は、ポケットの中のカブトムシをべしん! と黒クマのヌイグルミの鼻先に叩き付けた。
「なっ……!」
 そして梅花の突然の行動に黒クマの……いや多分チャーリーも梅花もだが……驚いた瞬間に、がしっとチャーリーの手を掴んで桃花は走りだす。
「た、たおほぁさん〜」
「チャーリー、走る!」
 問答無用である。
 しょうがないなーと言う顔ながら、梅花も並んで走り始め。
「なにするのよ! あんたー!」
 そして当然かもしれないが、黒クマのヌイグルミも追いかけてきた。
「おまちぃ〜!」
 待てと言われて待てるものではなく、スタコラ逃げる桃花たちだったが……
「チャーリー遅い! 梅花速いー!」
 チャーリーは構造上の問題で、さほど足は速くない。ちなみに構造上の問題とは「足が短い」ということである。軽いので瞬発力はあるのだが、一歩の歩幅が狭いのだ。
 それを桃花は引き摺るように、梅花を追って走る。
 一方梅花はと言えば、とっとこ先に行ってしまう。……猫に協調性を求める方が間違いかもしれないが。いや、梅花は主人が主人なので、多分かなり協調性はある方だ。今もとりあえず、一緒に走ってはいるし。
「チャーリー!」
「な、なんでしょう!? 桃花さん」
「黒クマ追ってくる」
「は、はい」
「捕まったら、どうなる?」
「……ええと……どうなるのかな……」
「連れてかれる?」
「多分」
「食べられる?」
「……わかりません」
 聞く桃花も相当だが、チャーリーも否定しないところがミソである。
 ちなみに桃花の故郷、中国大陸のある地方では、猫は普通に食材である。旬は冬らしい……
「……食べる。梅花、美味しい」
 不穏な発言が耳に届いたのか、梅花のスピードがこころなし上がった。
「梅花、冗談! 速すぎ! 止まる!」
 梅花にしてみれば、止まれと言われても、というところだろうか。
「だいじょぶ、遊ぶだけかも……」
 自分で言って、桃花はハタと思った。あの面構えだし、黒いクマには絶対友達はいないに違いないと。
 もしかしたら、同じクマのヌイグルミ同士遊びたいだけかもしれない。いや、そうに違いない。
 ……チャーリーとはオトモダチじゃないとか、最初に黒クマがなんか根性悪そげに言ったことなどは、この時にはすぽーんと桃花の頭から抜けていた。
「梅花! 桃花止まる」
 そして、きききぃー! と桃花は急ブレーキをかける。チャーリーも振り回されるようにしながらも、そこで立ち止まった。
「た、桃花さんっ!? どうしたんです!?」
 梅花はしばらく先で止まり、怪訝そうに戻ってきた。そして、その時には黒クマのヌイグルミはぐんぐんと追いついてくる。
「黒クマ、友達いない?」
 そう訊くと、チャーリーは、はぁああぁと深く深く溜め息を吐いた。
「……いないんじゃないかと思います。我ながら、性格悪いと思いますので……」
「我?」
「あ、ああ、いや、えーとっ」
 わたわたっと白いクマが慌てているところに、黒いクマは到着した。
「ちょっとっ……逃げるんじゃないわよっ」
 なので、とりあえず追求は後回しにして。
 黒クマがチャーリーの首を今にも締め上げよう、としているところで桃花は言った。
「黒クマ寂しい?」
「……は?」
 突然だったので桃花の話の展開についていけなかったか、黒クマは毒気を抜かれたように桃花を見た。
「なら遊ぶ。梅花暴れたいって」
 ふにゃあああ!(そんなこと言ってない!)と梅花が抗議の声をあげているのもお構いなしに、桃花は梅花を抱き上げて差し出す。
「……」
「……」
「……」
 そこで見つめ合うこと、一分。
 沈黙に耐えかねたように最初に口を開いたのは、黒クマだった。
「何を勘違いしているのか知らないけど……あたしはこいつに用があるのよ」
 黒クマのもっこりした手がチャーリーを示す。
「友達いなくて寂しい、違う?」
 そして桃花が首を傾げると……
「ふ、ふふふふふふふふふ……」
 地の底から轟くような笑い声を黒クマは響かせた。
「そおぉねえぇ! 寂しいわねぇぇぇぇ! こんなヌイグルミの姿だと、ちゃんと相手にしてくれる人が少なくってねぇぇぇ」
 そして、きっ! と黒クマはチャーリーを睨み付ける。
「あ、あの……」
「あんたね! この変身いい加減にしなさいよーっ!? 人型になれるんだから、なりなさいってのぉー!! 変身能力はあんたの方に行っちゃったんだから、あたしじゃ変えられないのよっ」
 黒クマはチャーリーの首を締め上げて、がくがくがく!! とシェイクするように揺すっている。
 さて……一体、これはどういうことなのか。とりあえず、そろそろちゃんと説明を聞かないことには桃花と梅花には謎が多すぎるようだった。

●たねあかしはドッペルゲンガー?
「話せば長くなるので、ちょっとはしょりますが……実は僕たちは元は同じモノなんです」
 一行は白山羊亭に戻ってきた。
 そして現在、チャーリーは人型……美少年モードで話をしている。ちなみに、黒クマの方はと言えば……チャーリーが美少年に変身すると、同時に同じ容姿の美少年に変わった。ただし髪の色は黒い。
 便宜上と注釈をつけた上で、黒髪の美少年に変わった元ヌイグルミは、名を「シャルル」と名乗った。そして今も桃花たちの前にいて、偉そうに踏ん反り返ってお茶なぞ飲んでいる。
「色々あって……僕たち、元々一人だったのが、分裂しちゃったみたいなんです」
 気弱なチャーリーと強気のシャルル、二人合わせれば平均ぽいかもしれないなぁ、と確かに桃花も思うが……
「それでそのとき、元々持ってた力とかも二人にバラバラになって……変身の力は僕に来たんですけど」
 ここで問題が一つ。元々同じモノであった二人は、二つに分かれてもやっぱり同じモノのようで、色を除いて異なる容姿になることはないらしいのだ。つまりチャーリーが望んだ姿が、そのままシャルルの姿にもなるということ。
 チャーリーがヌイグルミになれば、シャルルもヌイグルミに……
 チャーリーは二人に分かれた後、シャルルが怖くて逃げ出していたらしい。そしてシャルルは逃げたチャーリーを探して、長らく彷徨っていたということである。
 森の屋敷にしばらく戻っていたのも、シャルルが近くに来ているらしいことを小耳に挟んだからだった。チャーリーが街に戻って来たのは、シャルルをやり過ごしたと思ったからだったが……どうやら、今回はチャーリーの読みが甘かったようで。
「ヌイグルミの姿なんて、冗談じゃない」
 というシャルルの主張は、もっともだろう。チャーリーはシャルルに捕まると、脅しに負けて、変身し直したというわけだ。
 だがそれでも、まだシャルルには不満が残っているようだった。それは……
「やっぱり、オカマ」
 と、桃花が指摘する通り、シャルルも今は『美少年』の姿である。しかし言葉遣いは、やっぱり女言葉。
「ちっがーうって言ってるでしょーー! あたしは女なの!」
「いやでも僕、男ですから……」
 実際『元』がどういう生物かは誰も知らないのだが、チャーリーは男だと主張して、シャルルは女だと主張している。これも分裂した時の弊害らしい。変身してどちらにもなれるらしいので、元々はどっちだったのか、二人の話からはわからなかった。
 さすがにこればかりは譲れない、とチャーリーも頑張っている。
 桃花もお茶をすすりながら、白黒二人の争いを眺めていた。
 性格の問題からすると、勝敗は決まっているような気もしたが……

●おまけのエピローグ
「あ、チャーリー♪」
 数日後。白山羊亭で、桃花はまた白いヌイグルミを見かけた。
「桃花さん、これからお昼ですか? 良かったら一緒に」
「是、座る」
 と、チャーリーに勧められるままに席に着いたところで……ふと、数日前の顛末を思い出した。確か、チャーリーはシャルルとの勝負に負けて、女の子に変身していたんじゃなかったっけ? と。
 桃花がそのことを聞くと……シャルルはとりあえず満足して街を去っていった、とチャーリーは照れ臭そうに話し始めた。
「それで、もうそろそろ遠くまで行ったんじゃないかと思って」
 しかしシャルルが遠ざかったのを見計らって、チャーリーはちゃっかりとヌイグルミに戻ったらしいのだ。
「ズルイ!」
「いや、でも、この姿が一番落ち着くんですよぉ……」
「シャルル、戻って来ない?」
「ええと、なので、またしばらく森に戻って隠れてます。ほとぼりが冷めたら、また来ますね」
 白いクマのヌイグルミは、ニコニコとスープを口に運んで言った。
 既に黒い影がものすごい勢いで白山羊亭に迫っていることは……彼は、まだ知らない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【SN01_0078/鈴々桃花(りんりん・たおほぁ) /女/17歳/悪魔見習い】
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■         ライター通信          ■
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 お久しぶりです〜。久々で、なかなか勘も戻ってきませんで……〆切ぎりぎりになっちゃいました……(汗)
 タイトルが微妙に偽りありなような気がしますが、ご容赦ください(苦笑)。黒いクマのヌイグルミという新キャラも生まれまして、なんだか謎が深まったようなチャーリー(&シャルル)ですが、また機会がありましたらよろしくお願いします〜☆