<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


【禁断の玉】繁栄と成功の藍玉石
「いや〜ここは今夜も賑わってますね」
喧騒と酒気の溢れる黒山羊亭。
エスメラルダは不意に隣で聞こえた声に顔を向けた。
そこには頭から足の先までまっ茶色の人物が目深に被ったツバの広い帽子から、楽しそうに半月状に曲げた口を見せていた。
「あら……確か、ギサとか言ったわね?また来たの?」
「いけませんか?」
カウンターに座り、そう言った自称・旅商人にエスメラルダは軽く肩を竦める。
「コーヒー下さい」
注文を受け、コーヒーを作っている間、ギサは静かに店内を見ていた。
やはり顔の上半分は帽子に隠れ、何を見ているのかまでは分からなかったが、雰囲気からエスメラルダはギサが店の客を観察している、と思った。
「はい。どうぞ」
「有難う御座います」
また、にっこりと歪めた口を見せ、ギサはコーヒーカップを受け取った。
動いた袖口やマントから、パラパラと土埃が落ちるのを、エスメラルダは内心眉をひそめながら見ていたが、ギサが口を開いた。
「あなたは禁断の玉をご存知ですか?」
「え?何ですって?」
突然の問いに聞き返したエスメラルダにギサはいえ、と首を振った。
一口、コーヒーを飲み、ギサは再び口を開いた。
「今夜は傭兵を雇いたくて来たのですよ。それも腕の立つ人」
懐から一枚の紙を取り出した。
「これに依頼内容と条件が書いてありますので、貼っていただけますか?」
「えぇ、構わないわ」
「有難う御座います」
そう言うとギサは席を立ち、無言のまま去って行った。
エスメラルダはギサから受け取った紙に目を落とす。
「フェリゲン山脈の鍾乳洞奥の探索と藍玉石の確保。成功報酬、一人金貨20枚?!……また高額ね」
だが、彼女は知っていた。
成功報酬の値段の高さはその依頼の危険の高さを意味している事を……

■傭兵選抜
「おいおい。これホントかよ?!」
一人の男の声に黒山羊亭の中が騒然とし始める。
皆の視線の先はエスメラルダが貼った、ギサの依頼内容。
「成功報酬、金貨20枚か……おいしい話だな」
「よっし!俺ぁ、受けるぜ!!」
活き上がる男たちの間に冷めた声が割って入る。
「止めときなさいな。金貨20枚なんて普通の仕事じゃないわ。生半可な実力だと死にかねないわよ?」
そんなエスメラルダの助言も金に目が眩み始めている男たちには、神経を逆なでする結果となってしまった。
「なんだって?!そりゃあ聞捨てならねぇな〜」
「そうだぜ!俺たちが弱いってのか?え!?」
エスメラルダに詰め寄る男たちの間に、今度は別の声が割って入る。
「人の忠告はちゃんと聞いとくもんだぜ?」
「バリィ!」
黒山羊亭の戸口に、がっしりした小麦色の肌をした青年が立ち、にっと無邪気な笑顔を向けていた。
「で、皆して何の話してんだ?」
笑顔でエスメラルダの側へと歩みよって来たバルバディオス・ラミディンに、エスメラルダは呆れたように笑い、貼り紙を指差した。
「これよ。コレ」
「何々……フェリゲン山脈の鍾乳洞、か。ん?依頼主はギサ!?ギサってあのにーちゃんか?」
驚きの声を上げ、エスメラルダを振り返ったバルバディオスに彼女は頷いた。
「へぇ〜。どっかの物好きな富豪から探査依頼が来るんじゃねーかと思ってたが……まさかこのにーちゃんから来るとはなぁ」
ポリポリと頭を掻き、バルバディオスはくるりと周りにいる男たちを見た。
「だったら、エスメラルダちゃんの言うとおり、中途半端な奴ぁいかねーほがいいな」
「なんだと?」
「命あっての物種っていうだろ?死んだら大金もクソもねーだろが」
バルバディオスと男たちの間に緊張感が走る。
「なんでテメぇにそんな事言われなきゃならねーんだ?」
「ちょっと、止めときなさいよ」
エスメラルダの声を抑え、バルバディオスはにっと彼らを見渡した。
「だったら実力、試してみるかい?」
その後ろでエスメラルダは諦めの溜息と共に、首を振った。

■傭兵・バリィ
「…傭兵志願者はあなただけ、ですか?」
数日後、やって来たギサはバルバディオスに尋ねた。
「おう!」
元気の良いバルバディオスの返事に、店内の嫉妬とも羨望とも取れる視線が集まり、ギサは首を傾げた。
そんなギサに、エスメラルダが事の次第を話す。
数日前の一悶着で、男たちとバルバディオスは拳を交えた。
結果はバルバディオスの一人勝ち。
誰もバルバディオスの強さには敵わず、男たちはバルバディオスとエスメラルダの意見を渋々受け入れ、傭兵を辞退したのだった。
その話を聞き、ギサは頷いた。
「それはあり難い。余計な死体は増やしたくありませんからね」
あっさりと言ったギサの言葉にバルバディオスは真顔になる。
「やっぱり危険みてーだな」
「えぇ。何せ鍾乳洞内はロクな地図もありませんしね」
「俺も冒険仲間から情報を仕入れたが、役に立つような話はなかったぜ」
「そうでしょうね」
何度も茶色い帽子のつばが上下に揺れ、ギサは立ち上がった。
「ま、何にしてもあなたなら大丈夫でしょう。頼りにしてますよ、バリィ」
「任せとけ!腕力、脚力にだけは自信あるからな」
そう言ってぐっと力こぶを見せたバルバディオスにギサは笑むと、頷いた。
「じゃ、エスメラルダちゃん、ちょっくら行ってくるぜ〜♪」
手を振り、エスメラルダにウィンクをしながらバルバディオスはギサと共に黒山羊亭を後にしたのだった。

■フェリゲン山脈・鍾乳洞
フェリゲン山脈へはバルバディオスの地図のお陰で難なく着く事が出来た。
山脈の南の森の中へ少し入ったところに、大きく暗い洞穴がぽっかりと口を開け、足場の悪いごつごつした湿り気のある岩場をゆっくり二人は降りて行った。
鍾乳洞の内部は結構高さがあるが、ところどころ鍾乳石や石筍が大きく成長し、壁を作り、道を分岐させていた。
「……こりゃ、想像以上だな」
ランプの灯りを上に掲げ、バルバディオスは感嘆の言葉を漏らした。
鍾乳洞の天井には小さな蝙蝠たちが寄り集まり、黒い塊となって天井を埋め尽くしている。
「上ばかり見ていて滑らないで下さいよ?」
後ろに付き、入口からずっと石筍などにロープを結んでいたギサの言葉に、バルバディオスは再び灯りを前に向けた。
鍾乳洞の床は湿潤していて滑りやすい。
バルバディオスとギサはゆっくり、足元を確かめながら先へと進んだ。
「ところでよぉ……」
よく響く自分の声を聞きながら、バルバディオスは言った。
「にーちゃん、どっからそんなネタ仕入れてくるんだ?」
前を向きながらの会話は後ろのギサの姿は見えない。
「そもそもアンタ何者だ?1人辺り金貨20枚、そう簡単に出せるもんじゃねえ。……っと」
黙ったままのギサに、バルバディオスは自分の質問が今は傭兵の身であり僭越な事だと、思った。
「依頼主の素性を探るのはご法度だな」
バルバディオスの言葉に背後のギサがふっと笑んだ気配がした。
「…ま、いろいろ事情というものがあるのですよ。それから…」
「?」
「目に見える事だけが真実とは限らない。欺きや偽りの先に隠れている事が世の中、多いのですよ。バリィ」
「……そりゃ、どう言う事だ?」
立ち止まり、振り返ったバルバディオスにギサはただ見える口唇を半月状に歪めただけで何も言わなかった。
「さぁ、もうすぐです」
そんなバルバディオスの肩を叩き、ギサは天井が低くなった洞穴の奥を示した。

■藍玉石の間
そこは小さな部屋のようだった。
だが、どこよりも天井は高く、冷たい冷気が身体を纏うが今まであった湿り気を帯びたものではなかった。
「ここは……」
バルバディオスはぐるりを見渡した。
ごつごつとしたいびつな壁に囲まれた部屋は見上げれば、先の見えない暗い穴の底にいるような錯覚を与え、部屋の一番奥にまるで何者かが造ったように岩の台座が鎮座していた。
ギサは担いでいた茶色の麻袋から金色の不思議な円盤を取り出した。
金属製の円盤には12もの穴が開いていて、また、それぞれの穴の大きさも異なっていた。
ただ、その中心に取り付けられた透明な水晶が淡く、何かに反応するように緑青色の光を放っていた。
「なんだ?それは」
興味深げに覗き込んできたバルバディオスの問いに答えず、ギサは小さくだが緊張した声で呟いた。
「…ロビンエッグ・ブルーか…!」
「おい。一体、なんだってんだ?」
眉をよせ、尋ねるバルバディオスだが、ギサは聞こえていないのか岩の台座へと近づいた。
台座の上には駒鳥の卵のような天然石が静かに、そこにあった。
「それが、藍玉石……」
ギサがゆっくり藍玉石へと手を伸ばす。
手袋を取った形の整った手が小さな石を包み込んだ。
「これが…禁断の玉のひとつ……!」
感極まったようなギサの言葉と共に洩れる溜息。
だが、すぐにギサは藍玉石を円盤のひとつの穴に填め込むとバルバディオスと振り返った。
「さぁ、すぐに出ましょう!」
「おいおい、何もそんなに急がなくても……」
不思議そうにギサに言ったバルバディオスだったが、すぐにその理由が分かった。
鈍い大地の振動が起こり、石室内に奇妙な圧迫感が膨れ上がる。
警戒し、周囲の様子を伺っていたバルバディオスはギサの後ろ、岩の台座が形を変えるのを見た。
鉄色をした岩が粘土のように形を変え、地面から二つの怪しい輝きを放つガラス球のような眼が現れ、ぎょろりと睨んだ。
途端にバルバディオスが感じる言い知れない胸騒ぎ。
刹那、ギサのすぐ斜め後ろに大きな石柱が沸き起こり、ギサの上へと襲い掛かる。
「あぶねぇ!!」
すぐにバルバディオスの身体は動いていた。
自慢の脚力でギサの身体を掴み大きく跳んだ。
すぐ後ろで弾ける砕ける音と石飛礫。
だが、石柱はゆっくり立ち上がった。
いや、それは石柱ではなく、一体の岩で出来たゴーレムの太い腕だった。
「ゴーレムか……分がワリィぜ」
冷や汗が流れるのを感じながら、バルバディオスはナイフを構えた。
「ダメです!戦ってもムダです。一刻も早く、鍾乳洞から出るのです!」
「もちろん、そうするさっ!」
そう、言い放つと同時に持っていたナイフをゴーレムの眼に投げる。
見事にナイフは突き刺さり、乾いた破裂音と低い地響きのような唸り声が石室内に轟く。
その虚を突き、バルバディオスとギサはもと来た道へと走った。

出口へと印として張って来たロープを辿り、走る。
湿った石灰石に足を取られながらも、二人は走る。
すぐ後ろにはゴーレムが音も無く、だが洞内からは絶えず不気味な低い振動が鳴り響き、迫っていた。
跳ぶ様に駆けるバルバディオスの目に外の光が差し込んだ。
「出口が見えたぞ!!」
更に速度を上げ、真っ先に出口を飛び出したバルバディオスは鍾乳洞内を振り返った。
滑る岩に足を取られながらも走ってくるギサ。
すぐ後ろにまで迫り、ギサを捉えようと腕を伸ばすゴーレム。
「来い!!」
バルバディオスはギサに向かい、手を差し出した。
その手を取ろうと伸びたギサの腕を掴み、バルバディオスは力一杯引き寄せた。
それを逃すまいと一気に伸びたゴーレムの身体が、ギサに触れるか触れないかで洞窟内から飛び出すと同時に、日の光に当たったゴーレムは意志を持たぬ岩へと変わり、手を伸ばしたままの形で鍾乳洞の入口を塞いでいた。

「……助かりました」
しばらく、バルバディオスの腕の中で肩で息をしていたギサはぽつりとそう言った。
バルバディオスもギサを引き揚げた勢いで大地に倒れこんだまましばらく空を見上げていた。
起き上がったギサは自分のマントの端が不自然な形で岩に取り込まれている事に、今更ながらぞくりと恐怖を感じ、留め針を外した。
「……これで依頼は無事終了か?」
仰向けに寝転んだまま言うバルバディオスに、ギサは帽子の角度を直しながら答えた。
「そうです。報酬はエルザードに戻ってからお支払いしますよ」
「報酬なんかより、その石の事が知りてぇな」
起き上がったバルバディオスの目は真っ直ぐギサを捉えていた。
二人の間に流れる沈黙。
「………残念ながら、今はお話する事は出来ません」
そのギサの言葉にバルバディオスはふっと視線を外し笑むと勢いよく立ち上がった。
「そう言うと思ったぜ!ま、気が向いたら話してくれや」
「……えぇ」
微笑し、立ち上がったギサにバルバディオスはにやっと何かを得たように笑んだ。
「お前さんの『欺き』とやらも分かったしな」
「どう言う事ですか?」
首を傾げるギサにバルバディオスはくるりと背を向けながら、どこか悪戯小僧のような顔で街の方を示した。
「さ!さっさと帰ろうぜ。エスメラルダちゃんが待ってるからな♪」
すたすたと歩き出したバルバディオスの背を見ながらギサは肩を竦めると、彼に追いつく為に駆けた。

藍玉石の填め込まれた金円盤の水晶は一際大きく輝き、そして静かになった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】

【0046 /バルバディオス・ラミディン/男/27歳/冒険者】 

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■         ライター通信          ■
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バルバディオス様
二度目のご参加、誠に有難う御座います。
今回のお話、如何でしたでしょうか?
【禁断の玉】シリーズとして、これからちょくちょく出したいと思っております。

えーバリィが知った『欺き』についてですが
それはギサが女であるという事です。
ま、前回のお話でもギサは男である、とは明記していませんし
砂まみれの薄汚れた格好からは男としか認識されないでしょうから
それはそれでギサの思惑通り、という事なので(笑)
ですが、今回の事で直感的にバリィは「女だ!」と分かった事にしました。
でも、その事は是非ご内密に(BY:ギサ)

感想や指摘などお気軽にお教え下さい。
では、次回も都合が宜しければご参加下さいませ。