<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 裸の盗賊 

 (オープニング)
 エルザードで冬に毎年行なわれる、雪の神の祭り。
 その、前日の事だった。
 エルザードの郊外にある小さな家に、二人連れの男女が居た。
 男は黒いローブを着ていて、魔道士風の格好をしている。
 「こんな大きな物、よく家まで持って帰って来たね。」
 彼は連れの若い娘が抱えている大きな箱を見ながら言った。
 古ぼけた金属製の箱は、どうやら宝箱のようである。
 「余裕の無い時に宝箱開けて、罠でもあったら危ないからね。
  こうやって家まで持って帰ってきてから開けたほうがいいの。」
 黒ローブの男に答えた娘は、エルザードの街の盗賊協会で働いている盗賊だった。
 ウルとルーザの二人である。
 二人はちょうど冒険から帰ってきて、娘の家で一休みしている所だった。
 目的の物は手に入らなかったものの、いじけて乗りこんだダンジョンでこうして宝箱を拾ってきたというわけである。
 「さてと、それじゃあ開けてみるね。
  魔法の気配とか、なんかあったら教えてね。」
 ルーザは言いながら、宝箱と向き合う。
 「ああ、そうするよ。」
 言いながら、ウルも宝箱を見つめる。
 「うん、箱自体からは、やっぱり何も感じない。
  ただ、中身は間違い無く魔法の品物だと思うよ。」
 ウルは頷いた。
 「ふーん、そいじゃ調べるわね。」
 そう言いながら、ルーザは宝箱をゆっくり調べる。
 「罠も無いみたいね。開けるよ。」
 彼女は箱を開けた。
 カチャリと金属音が響いて、箱は何事も無く開いた。
 「…なんか、地味な人形ね。」
 箱の中には、小さな人形が入っていた。
 人形には目も鼻も描かれておらず、男性の人形なのか女性の人形なのかもわからなかった。
 ただ、のっぺりとした顔の部分で、鼻だけが赤く輝いている。
 鼻だけ赤くて、後は何も無い。何を表現したいのか理解に苦しむ人形だった。
 「この、いかにも押してくれっていう鼻は何なのよ…」
 誰の目にも、鼻が怪しく映る。
 ルーザは人形の鼻に手を伸ばした。
 「いや、そういうのは押さない方が良いと思うよ。」
 ウルが言う暇も無く、ルーザは鼻を押す。
 途端に人形が光り輝き始めた。
 「なんか、やばそうじゃない?」
 「うん、とりあえず逃げた方が良いと思うよ。」
 二人は光り輝く人形を放っておいて、部屋の反対側まで移動する。
 彼らが見守る中、人形は光ながら巨大化して人間程のサイズになった。表面も人間のような色艶である。
 やがて、光も収まって人形の様子は落ち着いた。
 等身大になった人形は、若い女性のように見える。ただ、良く見ると鼻だけは元の様に真っ赤だった。
 「ていうか、あたしじゃん…」
 娘は目を丸くして、目の前に立っている等身大の人形を見つめる。
 人形は、まばたきをしながらルーザの方を見返した。
 「ま、まあ、とりあえず服でも着せてあげたら?」
 ウルは違う意味で人形から目が離せない。
 人形はあくまで人間の姿になっただけで、服は着ていなかった。
 「なんなのよ、あんた!」
 ルーザは目の前に立つ裸の人形に向かって、不快感をあらわにする。
 自分と同じ姿の者が裸で目の前に立っていて、良い気分のする人間は少ないだろう。
 ルーザの声を聞いた人形は急に不機嫌な表情になると、部屋の隅へと走って、落ちていたコップをルーザの方に向かって投げた。
 顔面に向かって猛スピードで飛んでくるコップを、しかしルーザは避ける。
 「何すんのよ!
  …って、こら!」
 ルーザの返事など全く聞かず、人形は家を飛び出していった。
 「物投げて逃げるパターン、ルーザと一緒だね。あの人形。
  逃げ足も速いし…」
 ウルは走り去る人形を見ながら、特にあわてずに言った。
 「…悪いんだけどさ、あの裸人形捕まえるの手伝ってくれない?」
 ルーザが疲れた表情で言った。
 「行こうか。」
 ウルは微笑むと、ルーザと共に歩き始めた。

  (依頼内容)
・投石と回避が得意な女盗賊のコピーロボット(?)が、裸で石を投げながら街を走り回っています。
・余り大した被害は無いのですが、子供の教育に良くない恐れもあるので、誰か何とかして下さい。
・ウルとルーザの2人は冒険帰りで疲れていて、あまり役には立たなそうです。


 (本編)

 1. 日和佐幸也とフェイルーン

 ある冬の日。
 日和佐幸也はエルザードの街を歩いていた。
 「だから、別に実家に帰ったわけじゃないって言ってるだろうが…」
 彼が話しかけるヒュムノスの娘はフェイルーン・フラスカティ。幸也の相棒である。
 「そっかー。
  幸也、私の事が嫌いになって実家に帰っちゃったのかと思ってさ。私、毎日泣いてたよ!」
 フェイは元気良く、幸也の肩を叩く。
 「…お前、嘘ついてるだろ?」
 幸也が冷ややかな視線でフェイを見る。
 「何でわかったの?」
 フェイは首を傾げた。
 ありふれた、エルザードの光景だった。
 さて、久しぶりにフェイと会ったけど、どうしようかな?
 たまには何かおごってやるかなーとも思う幸也だったが、ふいに足を止めた。
 「どしたの?」
 フェイが幸也の方を振り向く。
 「おい、あれって…」
 幸也は道の向こうから、人目を集めて走ってくる若い娘を指差す。
 フェイは幸也が指差した方を見る。
 「え?
  あー、ルーザちゃんだ!
  なんか久しぶり。
  でも、この寒いのに、ルーザちゃん何で裸で走ってるんだろうね?
  …ていうか服着てないよ!?」
 道の向こうから裸で走ってくる人影は、幸也とフェイの共通の知り合いに見えた。
 「あれ、やっぱりルーザさんだよな?」
 「うん、私の記憶が確かなら。」
 幸也とフェイは顔を見合わせて、首を傾げる。
 ルーザはどんどん近づいてくる。
 やはり、どう見ても裸だ。
 幸也は気まずそうに目を背ける。
 「ルーザちゃーん!
  服着ないと、風邪引くよー!」
 フェイは、とりあえず声をかけてみた。
 彼女の声を聞いて、ルーザの足が止まる。
 フェイとルーザの視線が合う。
 ルーザは何も言わない。
 フェイはルーザにどうやって声をかけるべきか、悩む。
 幸也が目を背けたまま、『とりあえず着て下さい』と言おうとした時、ルーザの手が動いた。
 放たれたのは得意の小石。目標は幸也。
 「ちょ、ちょっと何すんのよ、いきなり!」
 よそ見をしている幸也の代わりに小石を剣で叩き落したのはフェイだった。
 ルーザは返事をせずに背を向けて、そのまま走っていく。
 幸也とフェイはしばらく追いかけようとしたが、とても人間が追いつけるスピードじゃなかった。
 「あんなの追いつけないよー…」
 「人間には無理だ。気にすんな…」
 幸也とフェイは、ぜいぜいと息をつきながらルーザを見送った。
 しばらくその場で休む二人。
 「ルーザちゃん、ウル君と旅に出てたみたいなんだけど、旅先で何か変なものでも食べたのかな?」
 「お前じゃあるまいし、そんな事無いだろう。」
 などと話していたのだが、
 「ねぇ、あっちから歩いてくるのってウル君とルーザちゃんじゃない?」
 フェイがこちらに向かって歩いてくる人影を指差した。
 「服は着てるな。」
 幸也の目には、ウルもルーザも服を着てるように見えた。
 「とりあえず、事情を聞いてみよう。」
 幸也が言った。
 やがて近づいてきた人影は、ウルとルーザに間違い無かった。
 「あ、フェイに幸也君ひさしぶり!
  …もしかして、裸のあたしに石でも投げられた?」
 幸也とフェイに気づいて話しかけてきたルーザだったが、不機嫌そうな2人の様子に気づいたようだ。
 「やっぱり、何かわけありか。」
 言ったのは幸也だった。
 「いや、それがね…」
 そう言ってルーザが事情を一通り話す。
 「なるほど、結局全部ルーザさんのせいか。」
 話を聞き終えた後、ぼそっと言ったのは幸也だった。
 彼は、なんだか浮かない顔をしている。
 「相変わらずクールだな、幸也君は…」
 苦笑したのはウルだった。
 「でも、ルーザちゃんのコピーって性格悪くてさ、よそ見してる幸也狙って石投げるんだよ!」
 フェイはフェイで、機嫌が悪そうだった。
 「その辺りの性格は、見事にルーザをコピーしてるね。」
 ウルが言う。
 「まあ、フェイも最近退屈してたみたいだし、丁度良いかもな。
  その人形の捕獲、手伝うよ。」
 幸也は語り始める。
 「…でも、さっきから気になってたんだけど、その人形によく似た人形の話を天界で聞いたというか見た事があるんだよな…」
 地球で見たアニメの事を思い浮かべる幸也。
 「天界から来た人形…なのかな?」
 神妙な顔のウルだが、
 「い、いや、そういうわけでも無いと思うんだけども、うーん、何て言ったら良いのだか…」
 幸也は説明に困る。
 余り詳細に説明する意味も無いと思った。
 「とにかく天界の話に出てくる人形だと、もう1回鼻を押してみると元に戻ったから、試してみる価値はあるかと思います。」
 とりあえず結論だけをいう幸也だった。
 「おしゃ、じゃあルーザちゃんの鼻を押しに行こうよ!」
 フェイが言う。
 「そうだな。ところでウルさんに聞きたいんだけど、何かルーザさんの逃げ込みそうな所で心当たりはありますか?」
 幸也がウルに尋ねた。
 「なんであたしに聞かないのよ。」
 逆ギレモードで不機嫌になっているルーザが、幸也に突っかかるが、
 「いや、真面目な話、こういう事って本人に聞くよりも、本人の生態を知り尽くした第三者に聞いたほうが良いかと思って。」
 幸也は真顔で言う。
 このさいだから、関係無い事まで色々聞いてしまおうともちょっと思った。
 「それはそうだね。
  うーん、とはいえあんまり心当たりも無いなぁ。
  その辺、結構ルーザって秘密主義だし。」
 ウルは幸也に同意したものの、困ってしまう。
 「そりゃ、女の子だから秘密の逃げ場所は幾つかあるけどさ。
  さすがにそんなの、ウルにも教えらんないって。
  そんな事より生態を知り尽くしてるって、何なのよ。あたしは動物か。」
 ルーザはいじけまくっていたが、そんな彼女に構わずウルが言った。
 「でも、一つだけ秘密の隠れ場所知ってる。
  俺の部屋だ。
  ルーザ、よく転がり込んでくるよね。」
 ウルは微笑みながら言った。
 「ばらすな!」
 ルーザがウルの頬を殴る。
 なんにせよ、心当たりの場所が1箇所見つかった。
 「じゃあ、ウルさんとルーザさんは大分疲れてるみたいだし、休息も兼ねてひとまずウルさんの部屋で待機っていうのでどうかな?
 コピーが現れたら、それはそれでラッキーだし。
 その間に俺とフェイが他を探すよ。」
 冒険帰りで疲れ切った様子のウル達を見ながら、幸也が言った。
 「そうだね。
 幸也君達と会わなかったら、待ち伏せも兼ねて俺の部屋で休もうかと思ってたからね。
 そうしてくれると助かるよ。」
 ウルがルーザに殴られた頬をさすりながら言う。
 「そだ、それならちょっと待ってよ。うちの聖獣のケルロン君に追跡させてみたいからさ、なんかルーザちゃんの匂いでも付いてる物貸してよ。」
 フェイが言ったが、
 「あたしの匂い?
  気持ち悪い。やだ。」
 ルーザは即答した。
 「そんなワガママ言わないでよ、ルーザちゃん…
  私じゃないんだから…」
 フェイは言ったが、
 「それなら、ルーザの匂いよりコピーの匂いを追わせた方が良いんじゃないかな?
  コピー人形は、この布に包まれて宝箱に入ってたから、これ使いなよ。」
 ウルが懐に入れてた布を取り出した。
 「あんた、そんなの持ち歩いてたの…」
 「いや、人形を封印する効果でもないかなーと思って。」
 ひそひそと話し合うウルとルーザをほっといて、フェイは布を受け取る。
 「おし、じゃあこれで何とかしてみるよ!」
 フェイは元気に言った。
 「じゃあ、俺達はそろそろ行くから。何かあったら来てね。」
 「悪いけどよろしくね。」
 ウルとルーザは去って行った。
  
 2. 幸也&フェイvsコピー人形

 ウルとルーザを見送った後、幸也とフェイも行動を開始する。
 「よし、俺達も始めるか。
  お前の聖獣、ケルベロスだっけか。
  犬とは大分違うと思うんだけど、一応試してみるか?」
 幸也は言った。
  「そうね。
  それで、ケルロン君がだめだったら適当に走り回ってみようよ。
  裸の女の子なんて目立つから、すぐ見つかるよ。」
 そう言って、フェイは聖獣カードを取り出す。
 幸也に異論は無かった。
 「ケルロンくん、出てきてー!」
 フェイの求めに応じて出てきたのは、勇壮なケルベロスだった。
 幸也のグリフォンとは違って、見た目はたくましい。
 「ほー、ヴィジョンコーラーでもないのにたいしたもんだ。」
 幸也はちょっと感心したが、ヴィジョンコーラー以外の者が扱う聖獣は問題を抱えてる事が多いんじゃなかったかと、疑問に思った。
 「おしゃ、ケルロンくん。
  君って犬みたいだから、ちょっとこの布の匂い嗅いで、この布に包まれてた人形を追っかけてみて!」
 フェイ自分の聖獣に向かって言った。
 だが、ケルロンは動かない。
 ギロリとフェイの方を睨む。
 「な、何よ、なんか文句ある?」
 ケルロンの目は、『俺は犬じゃないぞ』と訴えてるようだった。
 おもむろにケルロンがフェイに飛びかかる。
 「こらー、なんで私に飛びかかるのー!」
 と言いながら、フェイはケルロンと取っ組み合いを始める。
 「お、おい、大丈夫なのか?」
 幸也はあわてて言うが、
 「う、うん。
  この子、どうも暴走癖があるのよね。
  別に狂ってるわけじゃないから大丈夫。」
 とフェイは言った。
 「なるほど、さすがお前の聖獣だ…」
 聖獣は持ち主を写す鏡であると、そういえば幸也は聞いた事があった。
 しばらくして、フェイもケルロンも疲れきったようで、おとなしくなった。
 フェイが聖獣になって、もう1人出てきたようなもんだなと思いながら、幸也はフェイとケルロンの傷を癒す。
 「なんか、幸也の魔法医学もひさしぶりだねー。
  やっぱり幸也の治療が1番だよ。」
 フェイがはぁはぁと息をつきながら言った。
 「あんまり無駄な治療させるな、疲れるんだから。」
 幸也が微笑みながら言った。
 その後、機嫌を直したケルロンはフェイの言う事を聞いてくれた。
 『俺について来い!』
 と言いたげなケルロンに、幸也とフェイはついて行った。
 「おい、本当に大丈夫なのか?」
 幸也が言う。
 「多分…」
 フェイが首を傾げながら答える。
 そして、
 『ここで待ってろ!』
 と言いたげにケルロンが止まった。
 「ど、どーもありがとねー。もう帰っていいよー!」
 聖獣を呼びっぱなしで消耗したフェイは、ひとまずケルロンを返す事にした。
 「…おい、本当に大丈夫なのか?」
 再び尋ねる幸也に、フェイは返す言葉が無かったが、
 「うお、お前の聖獣もやれば出来るな!」
 遠くから、こっちに向かってくるルーザ・コピーの姿を見て、幸也は思わず言った。
 「でしょ!
  だって私の聖獣だもん!」
 フェイは喜んだが、そういう場合でもなかった。
 「よし、フェイ。とりあえずルーザさんの悪口言いまくれ。
  あの人のコピーだったら、怒って向かってくるかもしれない。」
 幸也は言った。
 本当は、とりあえず服でも着せてやって話し合いで解決したいのだけれども、どうもそういう雰囲気でも無かった。
 「うん、わかった!
  ルーザちゃんの馬鹿―!
  実はルーザちゃん、私と頭のレベル大差無いでしょー!
  性格は私の方が多少は良いもんねー!」
 一生懸命に悪口を言い始めるフェイ。
 やけに自虐的な悪口だなーと幸也は思ったが、とりあえず効果はあったようで、ルーザ・コピーは二人の方に向かってきた。
 「おしゃ、真っ向勝負なら負けないもんね!」
 フェイは剣を抜いて、ルーザ・コピーに切りかかった。
 難なくかわすルーザ・コピーだが、ルーザ本人同様、接近戦になると避けるしか取り柄が無い事も事実である。
 幸也は、あまり近づいて巻き添えで切られたら困るので、少し離れた所に居たが、ルーザ・コピーが逃げ出さないように、逃げ道を塞ぐように動いていた。
 やがてフェイの剣を避けそこねたルーザ・コピーは、胸の辺りを切られて倒れこむ。
 血は出ない。
 やはり、人形は人形だった。
 「く、なんで邪魔するのよあんた達!
  あんた達には関係無いでしょ!」
 ルーザ・コピーは、ようやく口を開いた。
 「なんだ、しゃべれたのか。
  とりあえず服を着ろ。」
 幸也は持ってきた服を差出したが、ルーザ・コピーはそれを投げ捨てた。
 「むか。
  鼻押してやる!」
 ルーザ・コピーの態度に腹が立ったフェイは剣を放りだし、彼女の鼻を押した。
 すると、ルーザ・コピーは光を放ち、元の人形に戻った。
 「うーん、もうちょっとコピーと話してみたかったが、これでひとまず解決か?」
 幸也が赤い鼻の小さな人形を見ながら言った。
 「んじゃ、私のコピーでも作って、話聞いてみようか。」
 何気なくフェイが言った。
 「お、おい、ちょっと待て!」
 幸也が止めるまでもなく、フェイはコピーの鼻を押してしまう。
 たちまちコピーはフェイの姿になる。
 「ま、まあ、とりあえず服でも着て、お話しようよ。」
 うわぁ、あんな所まで私にそっくりだよと思いながら、フェイはコピーに服を差出す。
 「さすが、私の本人。
  馬鹿だね!」
 だが、フェイ・コピーはそんなフェイを相手にせず、先ほどフェイが地面に置いた剣を拾いあげ、フェイに切りかかろうとする。
 「おい、やめろ!」
 幸也が殴りつけてそれを止めるが、フェイ・コピーはひるまない。
 「ほー、ペット君の分際でやったわね。」
 フェイ・コピーは幸也の方を見ながら言った。
 「お前、そういう目で俺を見てるのか…」
 幸也が目を細めながらフェイ本人の方を見たが、
 「ちょ、そんな事言ってる場合じゃないって!」
 フェイは言いながら下がって、予備の短剣を抜いた。
 うーん、困ったなー。
 フェイはコピーと切り結ぶが、愛用の剣はコピーの手の中にある。
 形成は不利だった。
 「幸也、何とかして!」
 フェイは言うが、幸也もあまり良い手は思い浮かばない。
 しょうがないから殴りかかってみるかと思ったが、
 「あー、やっぱりいいや。
  こんなのに巻きこまれたら死んじゃうよ!」
 幸也の様子に気づいたフェイが言った。
 一体俺にどうしろと言うんだ…
 幸也は思う。
 フェイのコピーだけに、暴走モードに本気で入られると手がつけられない。
 …ん?
 ちょっと待て。
 そういえばあのコピー、内面もある程度はフェイのコピーなんだろうか?
 ルーザさんのコピーだった時も悪口を言ったら襲ってきたし…
 幸也が考えてる間に、フェイ本人は一度幸也の方に飛びのいて間合いをとった。
 幸也はフェイに、何かをささやく。
 彼の言葉を聞いてフェイはきょとんとしたが、頷くと幸也の後ろに回る。
 「ちょっと聞いてよ、私のコピー!
  おとなしくしないと幸也をいじめるよ!」
 フェイは幸也を控えめに羽交い締めにして、喉元に短剣を向けて言った。
 幸也は、『俺を人質にしてみろ』と言ったのだ。
 フェイ・コピーは少し困ったような様子を見せる。
 「幸也、頭良いね!
  それ、良い考えだよ。」
 しばし悩んだ末にフェイ・コピーは言うと、背中を向けて走り去っていった。
 「行っちゃったね…」
 「ていうか、短剣食いこんでるぞ…」
 いつのまにか、フェイの短剣は幸也の喉を薄く切っていた。
 「ああああ、ごめんなさい!」
 フェイは速攻で命の水の魔法を唱えた。
 「なんか、俺の事をペットだとか奴隷だとか言ってたから、こういう手もありかと思ったんだけどな…」
 幸也は憮然とした表情で言った。
 もし、コピー人形がフェイの内面までコピーしているなら、自分で言うのもなんだが、俺を人質に取ったら動けないはずだと幸也は思ったのだ。
 「あ、あのね、別に私そんな風に思ってないからね。」
 フェイはリアクションに困る。
 「ああ、まあそれはもう、どうでもいい…
  ただ、あのコピー、『ある程度』本人の内面をコピーするみたいだな。」
 幸也は言った。
 「ああ、それは私もわかったよ。
  確かにコピー見てたら、中途半端に私な感じだったね。
  私だったら幸也を人質に取られたら、とりあえず土下座するか、暴走するかどっちかだもん。」
 フェイは真顔で答える。
 「暴走って、お前…」
 多分フェイは本気で言ってるんだろうと思い、幸也は少し背すじが寒かった。
 「あー、でもごめんね。
  私がまた余計な事したばっかりに…」
 「いや、鼻を押してみたくなる気持ちは良くわかる…
 とりあえず、もう1回コピーを探しに行こうぜ。」
 幸也とフェイは、疲れた体を引きずって再び歩き始めた。

 3.レアル・ウィルスタットとコピー人形

 幸也とフェイは、フェイ・コピーを探してエルザード中を探し回ったが有力な情報は得られなかった。
 夕方、くたくたになった二人は、白山羊亭で一休みする事にした。
 「お、二人とも大変だったみたいだね。」
 白山羊亭にはウルとルーザも来ていた。
 「うー、ごめんなさい…」
 と言って、フェイは事情を話し始めた。
 「そっか、あんたもボタンを押しちゃったのね。」
 ルーザは仲間が出来て、何やら嬉しそうだった。
 「こっちは完全にハズレだった。
  コピーは現れなかったよ。
  まあ、でも、部屋で休んで体力も回復してきたし、白山羊亭で情報でも集めようかと思って着た所さ。」
 ウルが言う。
 どうしたもんかと四人はしばらく悩むが、良い考えは浮かばない。
 そんな時、
 「あなた、フェイルーン・フラスカティクンよね?」
 見知らぬ若い娘が、フェイに声をかけた。
 踊り子スタイルの薄着をしていて、手には体に不釣合いな大剣を持っている。
 「あ、それ、私の剣!」
 フェイは彼女の持っている剣を見て声を上げた。
 「これ、レアルっていう聖獣使うのが上手い人に頼まれて持ってきたよ!
  あ、ごめん、レアルって名前は内緒だった。
  忘れてね!」
 踊り子はフェイに剣を渡しながら言った。
 「あ、そっちの人はウルクンにルーザクンでしょ?
  レア…じゃなかった、謎の覆面クンから例のコピー人形もらわなかった?」
 次に踊り子は、ウルとルーザの方を見ながら言った。
 「レアル君…何か色々やってるみたいだね…」
 ウルは苦笑しながら言った。
 踊り子はレイニー・ハーヴェストと名乗った。
 彼女はレアルと共にフェイ・コピーを倒してコピー人形を手に入れたという。
 その後、レアルはコピー人形をルーザの所に返しに行き、レイニーはフェイの所に剣を返しに行く事になったそうだ。
 「なんだか変ね。
  レアル君、なんで覆面なんか被ってるのかしらね。」
 ルーザは首を傾げる。
 「『隠密で事件を解決するようにルーザさんに頼まれた』って言ってましたよ!」
 レイニーは言うが、ルーザはそんな事を頼んだ覚えはなかった。
 「とりあえず、レアル君の所に行ってみた方が良さそうだな。」
 幸也の言葉に、みな賛成だった。
 その頃、レアル・ウィルスタットは自宅に居た。
 「レイニーさん、私の事をちゃんと内緒にしておいてくれるんだろうか…」
 彼はかなり不安だった。
 どうにかウル達を出し抜いて人形を手に入れる事は出来たが、自分の正体がばれては意味がない。
 最悪、なんとか言い訳を考えておく事として、今はコピー人形を試してみようと彼は思った。
 レアルはコピー人形の鼻を押す。
 やがて、人形は予想通りレアルの形になる。
 色々と癖のある人形のようだが、交渉次第で言う事を聞かせる事は出来るかもしれないと彼は思っていた。
 「まあ、とりあえず服を着て下さい。」
 レアルはコピー人形に服を差し出すが、コピー人形はそれを断わる。
 「それは出来ません。
  私は、私がコピーした人間の評判を落とすために、本人の振りをして奇行を行なうコピー人形ですから。」
 レアル・コピーは落ち着いた態度で言った。
 「は?」
 レアルは思わず聞き返してしまう。
 「おそらく、私は造り主の目的に合わない存在だったのでしょう。長年ダンジョンに封印されていましたよ。
  …そうですね、あなたの記憶によると、1番効果的なのは、あなたの愛するエルストリアの所まで、私が裸で求愛にでも行く事のようですね。」
 レアル・コピーは言った。
 「そ、そんな事は絶対させません!」
 レアルが、彼にしては珍しくあわてて、コピーにつかみかかって鼻を押そうとした。
 それだけは、絶対させるわけには行かなかった。
 しばらくもみあうレアルとコピー。
 肉体的には互角なのだが、目的意識が違う分、コピーよりも本人の方が優勢だった。
 どうにかコピーを押さえつけて馬乗りになるレアル。
 鼻のボタンを押そうと手を伸ばすが、
 「く、やめて下さい。」
 コピーはまだ抵抗する。
 そこに、
 「な、何やってるの、レアル君…」
 フェイがやってきた。
 「なんか、物音がしてたから勝手に入っちゃったんだけど…」
 レイニーが言った。
 レアルが振り帰ると、フェイ、幸也、レイニー、ウル、ルーザの5人が居た。
 「レイニーさん、みんなにバラしましたね…」
 そう言ってレイニーを見つめるレアルだったが、
 「そ、そんな事してないよ!」
 レイニーは目をそらした。
 「なるほど、覆面被って内緒で人形を持っていったのはこういうわけか。」
 嫌がる自分のコピー(裸)の上に馬乗りになっているレアルを眺めながら、幸也が言った。
 「ある意味、究極のナルシストね。」
 クスクスと笑いながら言ったのはルーザだった。
 「い、いや、これは…」
 本当の事を言うわけにもいかず、レアルが言葉に困る隙に、コピーはレアルを跳ね飛ばして逃げ出そうとした。
 「おし、レアル君を手伝うよ!」
 むしろ嬉々として言って、レアル・コピーを取り押さえようとしたのはルーザだった。
 「ル、ルーザちゃんがやれって言うなら仕方ないや!」
 「裸の男の子と格闘するのなんて嫌だけど、仕方ないね!」
 フェイとレイニーが言って、ルーザと一緒にレアル・コピーを取り押さえようとした。
 結局、
 「あれ、人形壊れちゃった…」
 つぶやいたのはレイニーだった。
 もみ合ううちに、人形は壊れてしまった。
 「ああ、気にしなくていいわよ。
  こんな変態人形、別にいらないから。」
 ルーザはパタパタと手を振った。
 「ごめんね、レアル君。せっかく良い物手に入ったのに壊しちゃって…」
 レアルから目を逸らしながら謝ったのはフェイだった。
 「ま、まあ、みんな本気でレアル君の事を変態だって思ってるわけじゃないから。」
 リアクションに困り果てているレアルに声をかけたのは、ウルだった。
 「人形を取り押さえようとしてただけなんだよな?」
 幸也も気まずそうに声をかける。
 「あ、そーなんだ。てっきりレアル君そっち系の人かと思ったよ!」
 「私も!」
 フェイとレイニーが、はっはっはと能天気に笑っている。
 幸也は気まずそうに立ちつくし、レアルはもっときまずそうにしていた。
 どうもレアルは何か裏で色々やってる雰囲気だけど、今回は知らない振りをしていてやるのが良いかなと幸也は思った。多分、ウルとルーザもそのつもりなんだろうと思う。
 ともかく人形は壊れ、裸のコピーロボット騒ぎはひとまず終わる事となった。
 (完) 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】
【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】
【5007/レアル・ウィルスタット/男/19才/ヴィジョンコーラー】
【0798/レイニー・ハーヴェスト/女/999才/踊り娘・歌姫・格闘家】

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■         ライター通信          ■
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 とてもお久しぶりです、MTSです。
 今回は後半3分の1で全員合流するものの、
 それまでは幸也&フェイ組とレアル&レイニー組の2組に分かれて展開する話になってしまいました。
 別組のリプレイも、今回は読んでみると良いかもしれません。
 また、当然と言えば当然なんですが、今回は多くのPLさんが人形の鼻を押そうとしていたのがライターとしては印象的でした。
 幸也に関しては、ウルに色々取材するというのが良い感じのプレイングで、その辺をもうちょっと描写しても良かったかなーと言うのが、今回、ライターの1番の反省です。
 なんだかんだ言って、幸也とフェイは二人揃ってる方が絵になるなーと思う今日この頃です。
 また、気が向いたら遊びに来てやって下さい。
 おつかれさまでした。