<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
約束の指輪
●オープニング【0/10】
聖都エルザードに浮かない顔をした花嫁が1人。
薔薇色に上気しているはずの頬から笑みは消え、さくらんぼ色をした唇から零れるは溜息ばかり。
そんな花嫁の元に届いた1枚の予告状‥‥。
『月のない夜、約束の指輪と共に、花嫁を頂きに参上致します。
怪盗M』
花婿となるべき男は、怒りも顕わにその予告状を集まった者達の前へと投げ捨てた。
「全くふざけている! 人を馬鹿にするにもほどがあるぞ!」
檻に入れられた猛獣のように、部屋をぐるぐると落ち着きなく歩き回り、男は苛々と爪を噛む。
「王族に連なる方も招待した。披露の宴は、エルザードで語りぐさになるほど盛大なものを用意した。花嫁のドレスは銀の糸で作らせた。なのに、だ!」
今にも湯気を吹き上げそうな男に詰め寄られて、思わず、一歩後退る。
「なのに、だ! 花嫁を奪われては私はエルザード中の笑い者だ! それだけは耐えられん!」
男は、集まった者達を鋭い視線で見回した。
「そこで、だ。このふざけた怪盗とやらから、私の大事な花嫁マリナを守り通して欲しいのだ。礼金は弾む! ‥‥分かったな!?」
最後の念押しは、彼らに向けられたものではなかった。部屋の片隅で静かに座っていた花嫁が、小さく頷きを返す。
「くれぐれも、頼んだぞ!」
言い捨てると、男は足音も荒く部屋を出て行った。残された者達の視線は、自然と花嫁となるべき少女、マリナへと向かう。
「あ‥‥あの‥‥よろしくお願い致します」
少女は、夫となる者が連れて来た見ず知らずの者達に、深々と頭を下げたのだった。
●愛と猫の使者【2/10】
「勝手にお邪魔しておりますよ」
自分の部屋のドアを開けた途端にかけられる声。
マリナは一瞬、硬直した。
「ああ、驚かないでくれたまえ、お嬢さん。わしは怪しい者じゃない」
勝手に部屋に上がり込んでいる時点で、十分怪しい者だと思うが。
だが、マリナはすぐに緊張を解いた。
部屋の中、自分の椅子に座って優雅にお茶している男の足下に、ごろごろと転がっている数匹の猫達に、マリナの頬が緩む。
「そう! そうじゃよ、お嬢さん。お嬢さんに悲しい顔は似合わない。笑っているのが一番じゃ」
我ながら使い古された言葉じゃの‥‥。
苦笑しながら、ティーカップを机に戻し、彼は立ち上がった。
さりげなくダンディにマントを払うと、翻る裾に何匹かの猫が飛びついてぶら下がる。
「はじめまして、お嬢さん。ワタクシは貴女の結婚式に招かれた者」
恭しく淑女に対する礼をキメて、彼は1枚の小さな紙をマリナへと差し出した。
「‥‥ネコネコ団総帥‥‥スフィンクス伯爵‥‥?」
書かれた名と押された肉球印に、マリナは首を傾げる。
ネコネコ団という名を、箱入り娘として育てられた彼女は知る由もなかったのだ。
「そう。わしは秘密結社ネコネコ団総帥。以後、お見知りおきを‥‥」
「その総帥さんが、私に何のご用でしょうか?」
マントにじゃれつく構成猫を1匹抱えると、椅子に深々と腰を下ろし直し、フィンはわざとらしく足を組んだ。
膝に乗せた構成猫を撫でながら、フィンは何かを企んでいそうな笑みを口元に浮かべる。
「‥‥お困りですね? お嬢さん」
ふふふふふふふふふふ。
盛大な(?)含み笑いに合わせて、構成猫達もにゃにゃにゃにゃにゃにゃと一斉に鳴き始める。
「このスフィンクス伯爵、お嬢さんの窮地を知り、お力にならんと馳せ参じた次第ですよ」
馳せ参じた‥‥という男に、マリナは戸惑いを隠せなかった。
結婚式に招待されているとなれば、あの男が招いた者のはず。そんな相手が何の力になってくれると言うのだろうか。
「まぁ、そう警戒なさらずに。時に、お嬢さん、貴女は何か愛らしい生き物をお持ちですかな?」
「ペット‥‥ですか? 両親が生きていた頃にはいつも犬と一緒でしたが‥‥」
小さな小さな犬は、両親に代わって彼女の後見人となった伯父が気に入らなかったらしく、いつの間にか、誰かの手に渡っていた。
「おや‥‥そうですか」
それは残念と呟きながら、フィンは壁際に灯された蝋燭の灯りを見つめる。
「あの‥‥」
沈黙に耐え切れず、先に声をかけたのはマリナであった。問いかけようとする彼女の言葉を遮って、フィンは指先を揺らした。
「いやいや、何もおっしゃらなくとも大丈夫。わしは全て存じ上げておりますぞ?」
抱き上げた構成猫の頭を撫でて、フィンは独り言のように呟く。
「怪盗Mの予告状が届いた事とか、ご両親を亡くされた後、後見人となった伯父上が、多額の結納金に目が眩んで貴女とあの輩との結婚を許可した事とか‥‥」
「伯父が、あの方との結婚を決めたのでしたら、私は従うしか‥‥」
俯いたマリナに、フィンは猫頭を象ったステッキヘッドを口元へと宛がった。
「後見人だから?」
「はい‥‥」
面白くなさそうに、構成猫が不満の声で鳴く。それを押し留めて、フィンは言葉を続けた。
「まだまだ、色々と存じてますよ。例えば、貴女が交わした”約束の指輪”の話とか」
はっと、マリナが顔を上げた。その表情に浮かぶ恐怖と失意。
「やれやれ。貴女にそんな顔をさせる為に伺ったのではありませんが‥‥」
言いつつ立ち上がると、フィンはマリナの頬に手を伸ばした。
「どうして、全てを諦めておられるのかな?」
「伯父は、決して許してはくれませんから」
「それは分かりませんよ? もしもお望みとあらば、このスフィンクス伯爵、貴女をこの屋敷から連れ出して‥‥」
「いいえ。屋敷を出ても、すぐに連れ戻されてしまいます」
大きく息を吐き出して、フィンは丁寧に撫でつけられた髪をもどかしそうに崩す。
「しかしですな、お嬢さん。それで貴女が幸せになれるとは、わしには思えないのですが」
いいんですと頭を振ったマリナに、フィンは続けて問う言葉を持たなかったのだった。
●共謀【6/10】
昼寝にはもってこいの、心地よい木の上にあぐらをかいて、フィンは思案気な表情で屋敷を眺めていた。
庭には、彼をライバルと呼ぶ勇太少年の姿も見える。怪盗M対策として、あの花婿となる男が呼んだのであろうか。
「‥‥怪盗Mなんぞよりも、問題はもっと別にあるんじゃがなぁ」
彼の脳裏に浮かぶのは、全てを諦めきったマリナの寂しそうな表情。
「あのお嬢さんの憂い顔、何とか晴らして進ぜたいものだ‥‥」
「では、ご協力頂けますか? スフィンクス伯爵」
ふむと腕を組んだフィンに、突如として声がかけられた。
聞き覚えのある声に、フィンの猫耳がぴくりと動く。
「‥‥お前さんは、花嫁を奪うよりも侵入する方が難しいじゃろう」
張り切って警備につく勇太少年とその師匠、美猫、真白の友人である娘(フィン認識)、M‥‥に縁の深い女戦士の目を掻い潜ってマリナに近づくのは無理だ。
「ですから、貴方にご協力頂きたい」
両肩に2匹の猫を乗せた男が、フィンの潜む枝へと降り立つ。
エルザード城で出会った怪盗だ。その顔を見た覚えがあるのは、現実世界のフィンが持つ記憶だろう。
「屋敷の外に、彼女の”約束の指輪”が待っている。彼女を屋敷から連れ出した後、エルザードから出る算段になっているのですが‥‥」
どうやら、Mはマリナの”約束の指輪”を知っていたようだ。
ふむと、フィンは考え込んだ。
「しかし、2人を逃がしても、根本的解決にはならんのではないかね?」
すぐさま、追っ手がかけられるであろう。見つかれば連れ戻されて、再び2人は引き裂かれる。
「そうかもしれない。だが、時間稼ぎにはなる。彼女を攫ったのが「怪盗M」である事も、追っ手の目を誤魔化してくれる」
時間を稼いでどうするのだと、フィンは聞かなかった。
花婿となる男の噂は、構成猫から聞き及んでいる。猫を蹴り飛ばし、犬を打つ男はロクな者ではあるまい。叩けば埃がもうもうと舞い上がるに違いない。
「なるほど。‥‥で、具体的にわしはどうすればよいのかな?」
「構成猫をしばらくの間、貸して頂きたい。貴方のおっしゃる通り、警護をしている者達のヴィジョンとまともにやり合っては、侵入もままならない」
喉の奥で笑うと、フィンは指を鳴らした。
葉ずれの音と共に、次々に顔を出す構成猫達。無数の猫の視線の中で、フィンは怪盗Mを名乗る男へと向き直った。
「それで? ネコネコ団の構成猫を貸し出す見返りは何かな?」
「ここの向かい通りにいる大蛇のロザンナ‥‥」
ぴくりと、耳が反応する。
「‥‥最近、彼女にご執心だそうですね」
フィンのこめかみに汗が伝う。Mが次に何を言い出すつもりなのか、見当もつかない。
―も‥‥もしや、ロザンナちゃんの身柄を拘束し、その身の無事と引き換えに‥‥いやいや、ロザンナちゃんであれば、拘束(絞め)されるのはMの方じゃが‥‥。
だが、フィンの脳裏に過ぎった嫌な想像は容易に離れてはくれない。
『協力して頂けない場合は、このロザンナちゃんで鞄を作って差し上げましょう。ふふふ‥‥』
―あああっ!! いかん!! それだけは絶っ対にいかんっ!!
頭を抱え、苦しげに振るフィンを訝しみながらも、Mは協力の交換条件を口に乗せた。
「彼女の飼い主の女性とは懇意にしているので、貴方がいつでも彼女に会いに行けるよう、話を通すというのはいかがですか?」
「乗った!!!」
即答‥‥であった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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0520 / スフィンクス伯爵 / 男 / 34 /ネコネコ団総帥 / SORN
5078 / アッシュ・ハーミット / 男 / 24 / ヴィジョンコーラー / MT12
5106 / 広瀬勇太 / 男 / 12 / 地球人 / MT12
5419 / リーズレッタ・ガイン / 女 / 21 / 戦士 / MT12
6089 / 藤木結花 / 女 / 15 / 地球人 / MT12
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■ ライター通信 ■
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この度は、ご参加ありがとうございました。
例によって例のごとく、話は分割されております。
一応、ナンバリングを振っておりますので、繋いで読んでみて下さいね。
タイトルの「約束の指輪」は結婚指輪ではなく、マリナが好きな相手と交わした約束の事でした。
字数の関係で真っ先に詳細を削りましたので、こちらで補足しておきます。
さてさて、ライター通信のネタというと、やはりこれだろう! と、この話にまつわるエピソードを少々‥‥。
一部の方には広まっている「桜の不幸」が、今回、この話にクリーンヒットしてしまいました。
正確に言えば、桜のポカなのですが(笑)
この話を受注した後から納品するまでの間に、MTの仕事があった事を、皆様はご存知だと思います。
桜は、この話を途中で中断して、MTに取り掛かったわけですが、その真っ最中に逝ってしまいました。パソコン‥‥(遠い目)
ここしばらく調子が悪かったので、予備を用意しておいたのが功を奏し、MTにはほとんど影響が出なかったのですが、書きかけだったこの話をバックアップ取り忘れておりまして‥‥。
気がついたのは、MTが終わり、WTが終わった後。
しばらく放心状態でした(苦笑)
というわけで、書きかけ版はパソと共にメーカーへ入院中。急遽書き直した今回のお話と、少し違っているかも?←確認も出来やしない(笑)
以上、笑い飛ばして欲しい桜のポカ話でした!
皆、バックアップはこまめに取ろうね!
☆フィンさんへ
フィンさんを書かせて頂くのは、本当に久しぶりですね。それだけ、黒白山羊から離れていたという事でしょうか‥‥。
ロザンナちゃん(汗)は、当初、思っていた以上に出張ってしまいました。
桜は苦手なんですよぉぉぉぉ! 長くてにょろにょろした奴らがっ!!!
なのに、桜は現在、ソレと同居中。
そろそろ眠りから覚めますな‥‥(乾笑)
せめて親しめるようにとソレに名前もつけました。「ミルクヘビ」と言います。名付け親は秋山MSです(いや、由来が‥‥)
名前をつけたのに、ちっとも親しみはわきません。困ったものです。
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