<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


冒険に行こうぜ!

 白山羊亭の表階段の前で、子供達が何やら寄り集まりひそひそとやっている。
「だから、本当だって。町外れのキャラバン倉庫の中にあるんだ」」
 話の中心はどうやら真ん中にいるそばかすの少年らしい。一生懸命仲間達に何か説明している。
「本当なのは分ったさ、信用するよ。でもココの実を盗もうなんてやっぱりまずいよティバ」
 ティバと呼ばれたそばかすの少年は、憤慨したように叫んだ。
「ココの実だぞ! あれがあればチョコがたーっくさん食えるんだ」
 冬の終わり。町ではチョコと呼ばれる甘い菓子を日頃お世話になっている相手へ感謝を込めて贈る催しが行われる。チョコは普段食べられる焼き菓子などより高級で、年に2回も食べられれば良いという貴重なものだ。ココの実はチョコの原料で、南方の、一抱えもある大きな木の実だ。
「ティバはチョコに目がないからなぁ…」
 少年達の中から呆れたような声が上がる。ティバだって、彼の姉や母からチョコを貰えると分っているのにそれでも足りないって言うんだろうか。
「それに俺は盗むなんて一言も言ってねえ。ココの実一個いくらか知んないけどさ、俺こないだ作った弓矢を代わりに置いてくる」
「あのすっごく良く出来てた弓か? 勿体無い!」
「ああ。それならきっと大丈夫だろ。俺と一緒に行くやつは今日の月が昇ったら、ココの実の代わりになるもの持って、天使の広場の外門前に集合だ!」
「でも夜は門が閉まってるし、キャラバンにはすっげえ怖い大男が沢山いるって聞いたぞ」
「う…う〜ん……。そ、それっくれえ誰か考えてきてくれるさ!」
 町育ちの彼らにとって外門より先は未知の世界だ。一体どうするつもりなのか。
 そんな彼らが三々五々散っていった後。ひょい、とおさげ髪の少女が白山羊亭の窓から顔を出した。どうやらずっとそこで彼らの話を聞いていたようである。
「面白そうな話だなー。けどそれってやっぱりドロボー? ま、楽しそうだし、色んな人に話しちゃお」
 白山羊亭のルディアは、にこっと笑ってそう言った。

 空に漂う厚い雲の切れ間から、時折満月がのぞいている。
 薄暗い晩。天使の広場の端に、足音を立てず飛ぶように走る小柄な人影がひとつ…と一匹現れ、
噴水の前まで辿り着くとぐるりと辺りを見回した。夜目の利く2対の瞳は目の利く微かな月吸い込んで青く煌き、あっという間に目的のものを見つけ出す。
 外門の傍、壁に背中を貼り付け身を隠すようにそばかすの少年が立っていた。夜に慣れていないのか、桃花たちの姿には気づいておらず、どこと無く不安そうな顔をしている。暗闇の中で人影はニッと微笑むと足音を立てずに少年の背後に近づき「わっ!!」 少年の背中を両手でどんと押した。
「ひゃっ!」
 辺りに気を配っていた筈が、背後に忍んだ気配に全く気付いていなかった少年は、飛び上がらんばかりに驚き、悲鳴を上げそうになった口をぎゅっと押さえて降り返った。
 そこには、少年の驚き様を見てコロコロと笑いながら、黒のスリップドレスをほっそりした身に纏い、一人の少女が立っていた。彼は自分が彼女に脅かされたのだと気付いてむっとした顔をしたが、彼女が自分を指差し
「桃花。よろしく♪」
 と言って無邪気に微笑んだのを見て、気を削がれた。
 桃花と名乗った少女は、彼のあからさまに不審気な視線を気にも留めず、懐を探り出した。
 そしてぽかんとしている彼の前に、いきなり大きなムカデを取り出したのである。
「桃花の大切、これ!」
「わぁっ?」
 驚いた少年はとっさに壁に飛び退った。大ムカデが女の子の胸元から引っ張り出されるなんて! 有り得ない。だが彼女は大ムカデを平気で手のひらに乗せて、自分の目の前に突き出してくるではないか。「こ…、このティバ様を脅かそうったってそうはいかないぞ!」
 少年は威勢良く言ったが、体は逃げ出す寸前だ。しかし桃花がその青い瞳でまっすぐ彼を見詰めると、急に大人しくなり、それから少し頬を染めた。
「桃花、梅花大切て思った。けど桃花、梅花ダメ」
 桃花の視線を追ったティバは、漸く彼女の足に体を寄せる黒猫に気付いた。
「だから今までで、いいっっっちばん、上手に作れた、ムカデ」
「…へっ? このムカデ作りもんなのか?」
少年の目が不審から尊敬に色を変え、桃花からムカデを受け取りためす返すし始めたのを見て、桃花は得意げに頷いた「俺もこんなの欲しいなぁ!」
 誉められたことに気を良くした桃花は、大きく笑って頷いた。
「いいよ♪ ティバ、桃花と悪魔する。楽しい!」
 桃花の片言にティバは首を傾げたが、どうやら桃花がルディアから話を聞いてここに来たこと、彼女が悪魔見習いと言うことは理解した。そして、鼠を捕まえ意地悪ばあさんの背中に入れただとか、今まで桃花が巻き起こした騒動を聞いて目を輝かせた。「桃花ってばすっげえな! 俺も今まで沢山悪戯したけど桃花には勝てねえよ」
 足元の梅花が『こら桃花、いい加減になさい』という目をしたけれど、桃花は相好を崩す。
「だから行こ ココの実沢山、チョコいっぱい♪」
 倉庫の中にあると言うココの山。想像するだけでほっぺたが落ちそうだ。桃花は頬を手で挟み、チョコの甘さやら香りやら、チョコでできた数々のお菓子を思い浮かべた。
「桃花、よだれ、よだれ」
「はっ!? …じゅる…桃花、ちょっと夢見てた…」
 すでに月は中天にかかろうとしていたが、仲間は来る気配は無い。桃花の武勇伝を聞かされたティバは、心を決めた。
「でも俺、ホントはどう門を越えてキャラバンに入り込むかも全然考えてねえんだ」
「任して!!」
 桃花は不敵に笑って背をかがめ、足元の梅花を抱え空に舞い上がった。この世界には時々、いずこから来たのか不思議な力を身につけた人間がおり、だが滅多に見られぬものゆえひそかに噂になっていた。ティバは噂に聞いていた飛翔魔法を生まれて初めて目の前にして、ぽかんと口をあけた。
 空を覆っていた雲が、一瞬途切れた。満月の晩、外門の上まで飛んだ桃花の細くしなやかな背中と、毛先を紫色に染めたピンク色の髪、すらりとした手足が初めてティバの目に飛び込んでくる。
「ティバ!」
 桃花は外門の上に難なく着地すると梅花と降ろして背負っていたディパックから縄梯子を取りだし素早くおろした。言葉こそたどたどしく性格は天然だが、流石いたずら上手であるだけあって、行動は素早いのだ。
「う、うん…」
 桃花に見とれていたティバははっと我に返って頷き、縄梯子を攀じ登り、二人は門を越えた。

***
 外門と街の間を流れる川を渡ると、もうそこは聖都エルザードでありながら、半分は違う自治の世界になる。何公里も離れた場所からやってくるキャラバンの馬車は、どこまでも南へ続く草原の始まりに列をなして並んでいた。白い帆がまた雲に隠れ始めた月明かりに白く輝いていたが、人気はない。
「ここが町外れかぁ…」
 ティバは胸を高鳴らせて一言囁き、一方桃花はティバの服裾を引き東を指した。
「あっち」
 海からの荷を運び入れる倉庫は川の傍。頑丈なレンガで作られ、鉄の扉がついていることを桃花は知っていた。なぜならば、以前もいたずらをしようとこの倉庫に入ったことがあるからだ。 闇に隠れて移動すると、倉庫の前にすっかり寛いだ様子の3人の倉庫番達が見えた。
「ちぇっ、あいつら俺の3倍くらい背があるぜ。…体重は4倍くらいかな」
影から覗きティバは言った。「でも俺は行く! なんてたってココの実だもんな!」
「桃花も! おー!!」
 二人は声を潜めてガッツポーズを決め、桃花はつややかに塗った唇をちろりと舐め、笑みを浮かべて足元の梅花を見下ろした。
 梅花はなぜか身の危険を感じ、黒い毛並みを逆立てたが……
「いけっ、梅花♪」
 桃花の高らかな宣言とともに梅花はげしっ! と蹴飛ばされて倉庫の前まで転げ、驚き顔のティバの手を引いた桃花も後から颯爽と倉庫番達の前に姿を現した。
「こんな夜中に子供がどうした?」「町の子じゃないか。夕暮れの閉門に間に合わなかったんじゃ…?」
 親切な倉庫番達は口々に言い合っていたが、桃花はぴしっと指を梅花に向け一声命じた。
「狼に戻れ、梅花! おっちゃんたち、脅かす!」
 次の瞬間梅花の変化が始まった。黒い背中が盛り上がり、低い鼻がぐいと伸びはじめ、四肢がたくましく伸び始めた。そして呆気にとられるティバと倉庫番達の間に一匹の黒狼がのそりと立ちあがるのには、数分もかからなかった。
 少し億劫そうな表情を見せた梅花は、しかし桃花の睨みに負けて威嚇の唸りを上げて倉庫番達に踊りかかった。装備といえば軽い棍棒のみだった倉庫番達は、抵抗する気配も見せたが、狼にも梅花の変化にも肝をつぶしたようで、あっという間に逃げ去った。
「梅花」
 桃花の呼びかけに頷き、梅花が黒猫に戻る姿を見たティバは、死にそうな程胸を高鳴らせて桃花の元に駆け寄った。
「すっげぇ! すっげえよ!! 俺、街に帰ったら滅茶苦茶自慢する!」
 梅花は手の平を舐め顔を拭いつつお褒めの言葉を受け止め、一方桃花は我関せずで、ココの実がたっぷり詰まっているはずの扉にもう夢中だった。
「ウーン…開かない!」
 取っ手に手を掛け扉に取り付いて足を踏ん張る桃花。扉には頑丈な鍵がかけられていた。
「へっへっへっ。ここは俺、鍵屋の息子ティバに任せろって! 見てろ、桃花」
彼は擦り切れたズボンのポケットから針金を取り出した。器用に曲げて幾度か錠穴に差し込んで捻り……程なく錠前は音を立てて地面に落ちた。「やった!」
 鉄の扉は二人の力で漸く開くほどに重く、倉庫の中は明り取り光だけで薄暗かった。
 桃花は全く夜目が利かないらしいティバの手を取り奥へ進む。その奥にあった籠の中には、一抱えもある大きな実が詰まっている。
「あっ、これチョコ? チョコチョコ?」
「そうだよ、ココだ!」
 触って形を確かめたティバは言った。茶色くごわごわした皮と周りを包んだ棘は甘いチョコを連想するには少し難があったが、桃花は早速ココの実の変わりに大切なムカデを置き、重い実の棘を抜き硬い皮を剥がしにかかっていた。
「……チョコ?」
 剥き終えた実を眺め、桃花は首を傾げた。いかにも硬くて不味そうな茶色い果肉が露になっていたからだ。でもきっとこう見えてすごく美味しいに違いない。しかし桃花の形のよい眉は、その実を噛んだ瞬間、思い切りしかめられた。
「に、ににに……苦い!!」
 桃花の反応を見る前に、ティバも食べてしまっていた。このまま川へ飛び込んでたらふく水を飲んでもいい、それ位まずかった。…そのとき。
「こらぁ! 誰だ!!」
 雷のように太く恐ろしい声がして、闇の中から太い腕が桃花とティバの首筋を捕まえた。宙づりにされ恐ろしくて声も出ないティバ。その脇で、桃花がじたばたと手足を振る。
「離せ、離せ!」
 だが太い声の主は勿論二人を離そうとなどしなかった。先程梅花に追われた倉庫番達がランタンを持って入ってきて、辺りが明るくなる。
「ココの実を盗み食いしようなんて、間抜けな……おや?」
腕の主は不思議そうに吊り上げた桃花の顔を覗き込んだ。「桃花じゃないか」
大男は二人を地面に降ろして言った。「おまえさんが鼠を取りに来るのは嬉しいが、何もこんな時間に、皆を脅かしてまで頑張る事は無いだろう」
 どうやら彼と桃花は知り合いらしいと、地面に下ろされたティバは思った。
「桃花、今日は鼠いらない。チョコ食べに来た」
吊り上げられても離さなかったココの実を桃花は男に差し出す。「これ違う。チョコ出せ!」
 地団駄を踏み始めた桃花を見、腕の主…倉庫番の頭は困ったようにティバに目を向け一体何のことなのか、と目で尋ねた。

「泥棒じゃないことは判ったが…」
ティバからすっかり話を聞き終えた倉庫頭はまだ憤慨している桃花をよそに、籠に置かれたムカデのおもちゃと弓矢を取り上げた苦笑した。「ココの実は砂糖を入れて加工するから甘く美味しくなるんだ。さぞかし渋かっただろうな」
「じゃ、じゃ、桃花、チョコ無し!? ……くすん…」
「あっ…でもそれなら俺の弓矢返してよ」
 出された手を見て、倉庫番は首を振った。
「本当ならこのまま倉庫に閉じ込めて叱る所だぞ。あのな…たとえばお前が桃花にと、苺を摘んでどこかに隠しておいたとする。でもそれを誰かが『自分の大事にしているものと引き換えなら、きっと大丈夫』なんて、夜の内に弓矢やムカデのおもちゃと変えていたら、その出来がどんなに良くても、苺をあげたかったおまえの気持ちや、摘んだ時のわくわくは持って行かれたままで、無くなってしまうだろ」
 悪戯好きでも、二人は決して悪い子ではなかった。寧ろまっすぐで純真で、人の気持ちの良くわかる子だった。目の前の事だけしか頭に無くなる事はよくあったが。
 兎も角倉庫番の例え話をゆっくりと想像してみた結果、自分たちの間違いに気付いたのだ。
「俺…わかった。ごめん…」
「桃花も…」
 倉庫番は二人の頭を大きく分厚い手のひらでぽんと撫でた。
「良い子達だ。次に来る時には手ぶらでな」
 そしてムカデを桃花に返そうとしたのだが、桃花は首を横に振った。
「桃花、それあげる。ココの実、もうない。だから」
「しかし」
「あげるの!」
 とても気に入っている一番の傑作だが、手放したくない気持ちを押さえ込んでの一言だった。 倉庫番はティバの手を引いてあっという間に居なくなった桃花の背中を見比べ、仲間を振りかえった。
「誰か、これいるか?」
 男たちは肩を竦め、残念ながら誰も名乗り出はしなかった。

***
 次の日。桃花とティバは白山羊亭のカウンターに並んで座っていた。昨日の計画は大失敗だったが、毎年この日、白山羊亭では常連にチョコを配ってくれるのだ。勿論桃花たちの分もある。
「今年はきっとびっくりするよ。はい、これ」
 待たされた挙句目の前に出された包みの大きさに、桃花とティバは目を見張った。
「も……もしかして、これ」
 ティバには包みの形に見覚えが合った。桃花も頷いて、急いで包みを解く。
 すると中から出てきたのは……夕べ置いてきたはずの、桃花のムカデのおもちゃと弓矢だった。
「倉庫頭のダンさんが持ってきてくれたんだよ」
ルディアがカウンターから身を乗り出して、二人に囁いた。「ダンさんに聞いたんだから。夜中に街を抜け出したんだって? すっごい冒険だね! 話を聞かせてよ」
 ティバは大切なものが返ってきたのを無邪気に喜んでいる桃花を横目に見て、一度肩を竦めると、ルディアに囁き返した。
「実を言うと夕べはさ、ココの実なんかより桃花の方が、ずっとずっと刺激的だったんだぜ!」
 そして彼は夕べの冒険を、ルディアに向かって話し始めた。
 桃花と梅花は一緒に入っていたチョコにもう夢中で、口の周りをチョコだらけにしていた。

 数日後、この冒険話はルディアの口から町の子供達の間に広まっていた、ということである。

<END>

■登場人物■
【0078/鈴々桃花(リンリン・タオホワ)/女/17/悪魔見習い】

■ライター通信・蒼太より■
2度目のご依頼、ありがとうございました桃花さん。
舌足らずで可愛らしく、かつ天然ボケというのが本来の魅力である桃花さんですが、今回はNPCが年齢的には桃花さんより子供だった為もあって、いつもに加え、少し頼れるお姉さん(?)と言う役割も担って頂きましたが、いかがでしたでしょうか?
今回、飛翔呪文や黒狼召還などあり、また活発に動いてくださるPCさんなのでとても楽しませていただきました。書いている私も元気になります。
また次回機会がありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。
では、また!