<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


 メランコリア 1

■act1 【依頼がふたつ】
「こまったな」
 そう呟きながら可愛く首を傾げたルディアの両手には、一枚づつ合計2枚の依頼書が握られていた。
『○日の深夜、町外れの四季の館まで同行してくださる護衛を募集しています。ご同行下さる方はアムール・ポッセまでご連絡下さい……』
『○日の深夜に町外れの四季の館までの護衛を募集中。連絡先:フェデリア・スティル……』
 文体と依頼主こそ違えど、同じ内容にしか見えないわけで。
 最初の方は町で有名な商家の娘で、後のは剣豪で知られる女性騎士。
 二人とも美人で知られているあたりも一緒、だ。
 ついでに依頼の際の文言も「相手がどう仕掛けてくるか分からないから、護衛がいるんです」と、これまた一致していたりするのだ。
「結局二つとも一緒だし、どうしたものかしら」
「へぇ、それ面白いね」
 ため息をついたルディアの横から、にゅっと依頼書を覗き込んだのは、常連客なエルフのセイン。ルディアの大きな独り言を聞いていたのか、興味深そうに眺めている。
「そうなのよ〜」
「この行き先ってさ、絵画収集家だって言う老人が住んでるところだろ? そんなところに美女達が深夜徘徊しに行ってどうするんだろな」
「でしょ?」
「どうせならさ、隣り同士に張っちゃえばどうだい?」
「そうね」
 勢いよく頷いてペタぺたっと壁に貼り付けたルフィアは、にっこりと微笑んだ。
「どちらの依頼を受けるかは、この人次第だしね」

■act2 【物騒な話】
「街では今の時期に越年祭を行うんだけど……」
 屋敷にふさわしい装飾品が並ぶ応接間に通されたバルバディオス・ラミディンは、そう話し始めた依頼人をまじまじと見ていた。あの依頼で『こりゃまた珍妙な』なんて考えたけど、夢追い人の直感は”面白い”と告げてた訳で。取り敢えず訳わからん事で体を張る訳にゃいかんから、詳しい説明を先に求めたのだ。
「越年祭の前夜に『メランコリア・1』と言う題名の絵を、その年選ばれた女性が見に行くと、天使が舞い降りて春の到来を告げる、という言い伝えがあって、今年は私と幼なじみの騎士が選ばれたのだけど……」
「見に行くだけならたいした事ないんじゃないか?」
「それが何かが襲ってくるみたいなの」
「……は?」
 思わず聞き返したバリィに、アムールは困ったように頷いた後説明を続けた。
 その話だと、元々その絵はこの街の教会の壁を飾っていた物なのだが、三年前に教会が火事で焼け落ち、何とか無事に持ち出された『メランコリア・1』は絵画収集家である老人の館に、教会が復旧するまで預けられることになったらしい。
「それから二年、館のご主人にお願いして深夜にお邪魔させて貰っていたのですが、行った子が怪我をして帰って来て……私は何も出来ないから、幼なじみと相談して、それぞれ護衛を雇おうと言う話になったんです」
「ふーん?」
 競り合ってる訳じゃないんだな、とバリィは小声で呟いた後、小首を傾げているアムールの顔を見つめる。
「で、そのじーさんは現場を目撃してないのか?」
「毎年冬は静養の為に南に行かれてて。留守番を雇っておられるんだけど、その人も、怪我をした本人も何故かその時の事を覚えてないって話で……」
「ふーん」
《ちょっと面白いことになってきたな》
 そう考えたバリィはアムールに軽くウインクする。
「何か出てきた時はボーナスくれるよな? それなら受けてやるぜ」
「本当? ありがとう!」

■act3 【思わぬ出来事】
 越年祭の前の夜。
 準備に明け暮れている人々のざわめきと数匹の野良犬や酔っぱらい以外に出会う者はなく、アムールとバディオス・ラミディン、そしてディアナ・ケヒトの三人は、無事に四季の館までたどり着いていた。
 ここからが本番だよな、と気を引き締めようとしていたバリィの、頭の上でひらひら飛んでいたディアがクリスタルソードを抱えたまんま、
「え〜、なにも出ないじゃな〜い」
と言いながら、ぷ〜っと頬を膨らませた。
「せっかく退治してあげようと思ったのにぃ〜」
「まだ何も始まっちゃいないぜ、お嬢ちゃん」
 そう言いながらバリィはウインク。
「気ぃ抜かんようにな」
「ふ〜んだ」
 まだふくれっ面のディアはほっといて、バリィは「行くね」と言うアムールの周囲を警戒しつつ、そっと待ち合わせ場所だという玄関横の部屋へ移動した。
 そこには、先客らしい三人がなにやら話をしていた。
 エルフの野郎一人に、東洋風と騎士風の女性二人。
「あれがそうか?」「ええ」
 バリィの問いに頷いたアムールは
「フェデリア」
 と小声で呼びかけた。
 と騎士らしい女性が振り返る。
「アムールね?」
「ここまでは何もなかったわ」
 と話すアムールに、フェデリアも同意を示した。
「で、その絵はどこにあるんだ?」
 まさか外に飾っているわけでもないだろう? とバリィは周囲を見渡してみる。その問いにフェデリアと雷歌(らいか)が同時にセインのほうを見る事で答える。
 白山羊亭でリュートを弾いてるのを見かける奴だ。
「はいな、こっちだよ」
 軽く肩を竦めたセインは、テラスへと続く階段をひょいひょいっと昇っていく。
「不法侵入でもするのか?」
 バリィは横に来た雷歌に声を掛けた。
「彼はこの家の留守役で、案内してくれるらしいわ」
「ほーう?」
 小首を傾げるバリィの横をディアが通り過ぎる。
「いいじゃん、さっさといくよん☆」

 その部屋は、何本かのロウソクで照らされている。
 大窓からお邪魔した五人は、目的の絵を捜すのにそう時間は掛からなかった。
「これが?」
 雷歌が指さした先、部屋の中央の壁に飾られていたのは、背中に純白の翼を持つ女性が、左膝に右肘を突き、空を見つめている様子が描かれている絵。
「そ、これが『メランコリア・1』だよ」
 しばらくテラスで周囲を見回していたセインが、ようやく中に入ってきた。
「人間の気質は多血質・胆汁質・粘液質・憂鬱質の四つに分けることが出来る、って言う四性論てのがあってね、この絵はその内の憂鬱質(メランコリア)を表してる絵だって。季節は冬に対応するらしいんで、この絵はいわば冬の女神って所だね」
「へぇ、絵の事くわしいんだね〜」
 芸術家見習い中のディアは、真剣に感心中。
「まぁ一応は吟遊詩人だからねぇ」「ほーう」
 一応ねぇ、と言いながらセインを見たバリィに、当のセインは軽く肩を竦めてみせた。
「でも、どうして見に来るようになったの〜?」
 と聞いたのはディア。興味津々で絵を見ている。
「天使が舞い降り、春が来たのを知らせるのを確認する為だと言う話だけれど……」
「そうよね」
 二人の答えを聞きながら、雷歌は周囲を見回す。
「でも、ここ二年は怪我人が出ているのよね……そう言えば、教会に飾ってあった時って、周囲に何か絵などは飾られていたの?」
「向かいがステンドグラスで、何人もの天使が飛んでる姿が描かれていたわ」
 アムールはそう言うと、心配げにバリィの顔を見る。
 大丈夫だせ、と言おうとした時、日が変わる事を告げる鐘の音が遠くから聞こえてきた。
 ふと目をやった絵中の女性の翼が、光ったような気がしたバリィが、思わず目を擦った時だった。
 全員の頭の中に響く声。
『春を呼びし使者が来ぬ
 邪魔者のみが現れる  』
 その悲しげな声に反応するかのように『メランコリア・1』の向かいにある絵が輝き始め、そこから現れたのは……なんと、全長一メートル程のドラゴンらしい奴!
「ちょっと、待てい!」
 硬直しているアムールを庇うように前に出たバリィは、すぐ横にいたセインの胸ぐらを掴んだ。
「なんで、ここにこんな奴がいるんだ!」
「僕に聞かれても困るっ」
 そう叫んでからセインは、あっと小声で呟いた。
「あの絵は竜退治がモチーフだったけど……え?」
「……実体化してるって言うのか?」
《それって、とってもまずくないか?》
 そんな事を考えたバリィは、ディアの「いやぁん」と言う声で我に返った。
 ぼわ〜とドラゴンの口元から炎が現れている。
「なんだ、これは!」
 ディアの叫びを聞きつけ、窓辺で様子を伺っていたウィリアム・ガードナーが飛び出してきたのを見て、ごちゃごちゃしてきたじゃねぇか、とこめかみを押さえたバリィだが、他の絵の幻獣が出てこないことに気付いた。
違う事と言えば『メランコリア・1』絵中の有翼女性の視線の先にあること、か。
《ひょっとしたら、向かいの絵をひっくり返せばドラゴン(?)は消えるかもしれない?》
 バリィは、横で唸っているセインの肩を掴んだ。
「おい、にーさん。その腰の獲物は伊達か?」
 と言うと、バリィはまだ硬直しているアムールを、剣を構えるフェデリアの方にウインク付きで押しやった。
「あの絵んとこに行く。ねーさん達怪我させる気?」
「……ダメだよねぇ」
 ため息をついた後、やけくそ気味に二本差しの剣を両手で抜いたセインを横目に、バリィは問題の絵に向かって走り出した。セインも雷歌に二言三言声を掛けた後、
ドラゴン(?)に向かって走り出す。
「ディアも足止め☆」
 ビルの陰にいたディアはアムールの側に移動すると、声高に呪文を唱えた。
 同時にドラゴン(?)の動きがゆっくりになる。
「間に合えばいいけどなっ」
 剣や爪の切り裂く音を耳に、バリィは向かいの壁までたどり着き、額縁に手を掛けた。
 同時に、剣の切り裂く音に獣の叫び声が重なる。
 バリィが振り返ると、ビルの剣がドラゴン(?)の目を突き刺したところだった。
 ゆっくりと消えていく獣。
 呆気にとられていると、急に手の中の額縁ががたがた揺れだした。また出ようとしているらしい。
 バリィはすぐに壁から額縁をひっぺがし、絵をひっくり返すようにしてその壁から離れた。
 ようやく、静かになる。

 やれやれ、と安堵のため息をついたバリィだったが、本来灯りがない方から光が射してきた事に気がついた。
 顔を上げると『メランコリア・1』から抜け出てきたような半透明の女性が部屋の中央に立っている。胸元で両手を広げた彼女は、絵にはない笑みを口元にたたえ、
『使者は来ぬ。
 我、春をまといに行こう』
 と呟き、そのままゆっくりと翼をはためかせ、窓を通り抜けると、外へと羽ばたいていってしまった。

「あれが、天使?」
 雷歌のその呟きで、皆が我に返った時。すっかり空は白み、夜が明けようとしていたのである。

■act4 【役得?】
 何とか部屋の中を荒らさずに、怪我人も出さずに夜明けを迎えた一行は、執事に頼んで、幻獣の絵を外し、今度は天使の絵を向かいに掲げて貰うように頼む事になった。
 今度からは邪魔者もなく、ちゃんと天使が舞い降りてくるようになるだろう。

「本当にありがとう!」
「……おや?」
 みんなの見ているところでアムールに抱きつかれたバリィは、一瞬目を丸くしたが、役得かな、とそのままにして置いた。

 みんなの笑顔が報酬の上乗せ。
 きっと今日は、いい越年祭になるだろう。

                 おしまい


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
《ソーン》
【0068/バルバディオス・ラミディン/男/27歳/冒険者】
【0652/雷歌/女/21歳/異形者】

《MT13》
【1891/ディアナ・ケヒト/女/18歳(シフール)
               /ジュエルマジシャン】
【0698/ウィリアム・ガードナー/女/24歳(エルフ)/騎士】
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■         ライター通信          ■
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 皆様 はじめまして!
 へっぽこライター、小杉 由宇と申しますです。
 今回は参加していただき、ありがとうございました!
実はソーンでは初仕事だったりします、はい(ひや汗)
 このシナリオ自体は「そう言えば暦上は春になったな」
なんて所から思いついたものだったのですが……お越し
下さった皆様のプレイングやデータやイラストを拝見し
ているうちに、いつの間にやらドラゴン(?)退治の話
になってしまいました(爆死)。

 さて。
文中に出しました「四性論」てのは、中世欧州で実際
に流行していた血液型占いみたいな奴です。
そして『メランコリア・1』と言う絵画、実在したりし
ますです(おい)。

 あ、数字は何に使ったんだ?って事ですが、サイコロ
を二つ振って、その数出目より数字が小さいか大きいか
で、分かる分からない等の判断をさせていただきました。
 ちなみにNPCの簡単なデータは以下の通り。
【アムール・ポッセ/女/17歳/商人の娘】
【フェデリア・スティル/女/19歳/騎士】
【セイン・ファバージ/男/28歳(エルフ)/兼業吟遊詩人】

 物語自体は、出来る限りそれぞれの視点で書くように
してみています。
他の方の分にも目を通して下さると嬉しいです(^^=

◇◆◇◆◇◆
バルバディオス・ラミディン様
今回は参加ありがとうございました!
プレイングからかっこよさがにじみ出ていましたので、
そのイメージを壊さずにいけるか、そればかり苦心して
おりました。
戦闘にはサイコロの目が悪く参加していただけませんで
したがこういう参加もありなのでは? と思いました。
気に入っていたあけるかどきどきです。

 最期になりましたが、感想や「こんなのうちの子じゃ
なーい」など苦情や文句等々小杉由宇宛でお伝えいただ
けると、ものすごく嬉しいです。

 それではまた、お会いする機会がありますことを!
                小杉 由宇 拝