<東京怪談ノベル(シングル)>


よりみち

 とある草原の真ん中にぽつんと位置するこの宿場に、ユリウス達は既に十日余りも留まっている。常宿にしているこの宿屋の居心地がいいと言うこともあるし、元より当て所のない旅であるから、と言うのも理由だが、本当の所は、ユリウスが少し健康を害してここ数日臥せっているからであった。

 「……すみません」
 今日何度目だろう、寝込んでからは数え切れないぐらいに聞かされた、ユリウスの謝罪の言葉。彼はいつも通りの笑みでそれに応えるだけで、言葉では何も言わない。確かに、あからさまに暴言で罵られても、好きで病になった訳ではないユリウスにとっては致し方ないのだが、こうやって何も言わずに献身的に介護されるだけと言うのもどうにも居たたまれない。せめて少しぐらいは、不摂生だとか自己管理がなってないとか、怒ってくれてもいいのに、と妙な不満が湧く。それもこれも全部病気の所為だ、と一方的に決めつけた途端、ユリウスは噎せて咳き込んだ。

 「ほら、謝ってなんかいるから、風邪の病魔がつけ上がるんだ」
 傍に寄って来た彼が、苦しそうに咳き込むユリウスの肩をそっと撫でる。ついでに掛け布を引き上げて両肩を包み込み、首筋まできっちりと覆った。その、子供にしてやるような行動に僅かに照れてユリウスの顔が赤くなる。その変容が、発熱の所為ではないと知っていながら、彼は大きな掌をユリウスの額に当て、逆の掌を自分の額に宛った。
 「…熱は下がったみたいだけど。まだ怠いかい?」
 「少しだけ……でももう大丈夫ですよ。明日にはここを発てます」
 「無理しないでいいんだよ。この街から次の宿場まで、かなりな距離を歩かないといけないんだよ。じゃないと野宿する羽目になる。気候のいい時ならまだしも、今の季節は急な雨も多いし、用心するに越した事はない。ちゃんと完治させて、体力を回復させてからにしよう」
 頷き、そうユリウスに告げると、彼は宿泊期間の延長を頼みに、階下へと降りていった。そのリズミカルで聞き慣れた足音が徐々に遠ざかり、やがて消えてしまうまで、ユリウスはじっと耳をそばだてていた。静かになり、半分開けた窓から吹き込む微かな風の音だけになると、ユリウスは細く息を吐き、そっと眼を閉じる。
 瞼越しにも、昼下がりの暖かな日差しの明るさが薄紫の瞳に届く。緩く寝返りを打ち、差し込む日光からは顔を背けた。が、すぐに陽光と明るさが恋しくなってまた逆の方向に寝返りを打つ。身体の側面を下にして横たわったまま、ベッドの位置からは青い空しか見えない窓の外をぼんやりと眺めた。

 幼い頃はどちらかと言えば病弱な方で、良く熱を出してはこうして日がな一日ベッドで過ごす時も少なくはなかった。いつしか身体は丈夫になって、こんな旅すがらの生活にも身体は馴れたが、それでも根っこではまだ弱いと言う事なのだろうか。…それとも、私は彼に甘えているのかも知れない。
 目を瞬いていると窓の外、恐らく宿屋のすぐ脇の道路を、子供達が嬌声を上げて走り抜けていった。その元気のいい声が遠ざかってしまうのをどこか遠くで聞きながら、ユリウスはふと、小さな時にもこうやって友達の声をベッドで聞きながら、元気に遊び回る友達を羨ましく思ってた事を思い出し、小さく唇の形で笑った。
 置いてかないで、といつも願っていたような気がする。誰にとか何にとか何処にとか、目的も理由も、それははっきりとはしないのだが、ただひたすら『置いてかないで』と。
 そう願わなくなったのはいつの頃からだろうか。もうすでに遥か遠くの昔の話のような気もするが、何故かこう言う時には昔のそんな気持ちを思い出す。病は人を、心から弱くするのだろうなぁ、とユリウスは他人事のように考えた。

 いろんな街を巡り、いろんな人と出逢い、いろんな人と別れて。エルフの血がもたらした、人よりは長い寿命のお陰で、恐らくユリウスは、その見た目以上に魂は老成しているのだと思う。それが結果的に、どこか人生を達観してしまっている感を醸し出す時もあり、それを彼がどう捉えているか、さすがのユリウスも、そこまでは考えが及んでいなかったらしい。時折彼が、眉を顰めた歯痒さを感じているような表情をする時が、多分その事を感じて思案している時なのだが、それを目の当たりにしてもユリウスは、彼が残して来た国の事や宿命などを憂いているのだと、それ以外の可能性など疑いもしなかったのだ。
 そうして、幾度となくユリウスが、その事に付いて悩み後悔する事があるのを、彼は気づいていた。ただ、何も言わないだけだ。無視と無言を保っているだけ、もしかしたら彼の方が懐が広いのかも知れないが、それもただ一片の事。互いの良さと欠点を認め合い受け止め、それでもなお一緒にいたいと望んだから、今こうして共に歩む旅の伴侶としている。それ以上でもそれ以下でもなく。

 そよそよと柔らかく吹く風に頬を撫でられながら、いつしかユリウスは心地好い眠りに誘われ、そして深い眠りの淵に落ちていった。直前に飲んだ薬水の効能もあっただろう。彼の指が、ユリウスの額に絡んだ細い金糸を撫で梳いても、ユリウスは目覚める事はなく静かな寝息を立て続けていた。
 そんなユリウスの髪を、そっとそっと撫でながら彼が寝顔を見詰めている。病で気弱になり少々悲観的になり、いつも以上に遠慮深くなった上、そしてどこか子供染みた所も出て来るユリウスを、彼が心の中でカワイイ等と思っていることは、内緒の話。

 早く治ろう、と心の中で思う。彼に負担を掛ける事が心苦しいと言う事もあったけど、本当はなによりも、ユリウスは看病されるよりもする方が好きだったから。




おわり。


☆ライターより☆
再度のご依頼、ありがとうございます!碧川桜です(ぺこり)
今回、おまかせと言う事で何となくこんな感じで仕上げてみましたが如何だったでしょうか?もしイメージと外れてしまったのなら申し訳ありません(汗)
そうして、前回、彼のご先祖様を彼の父親と勝手に勘違いしてしまい、すみませんでした(平伏) しっかり把握し切ってなかった事がばれてしまいました、私の努力不足です、本当に申し訳ありません。以後気をつけますので、お許しくださいませ。
重ね重ね、ご依頼本当にありがとうございました、またお会い出来る事をお祈りしています。最後に、この二人のような関係の系統……全然平気です。ではなくて大好き(声を大)です。最初にこの依頼を頂いた時、何故私の嗜好がバレて!?とびっくりしましたもの(笑)
それでは、また。