<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
新米冒険者―適正試験―
「ボクと一緒に冒険に行く奴はいるか!?」
腰に手をあて、胸を張り高々と言った声の主に白山羊亭内の視線が集まる。
肩幅に足を踏ん張り、カウンターに立つ赤髪をざんばらに短く切った少女はどう見てもまだ15かそこらにしか見えない。
時々いるのだ。好奇心旺盛で冒険者に憧れる子供がやって来る事が。
「あの…君。カウンターに上らないでもらえる?」
盆を持ったルディアに少女はおおっ、と大袈裟なリアクションをするとひらりと床に降りた。
「ごめん。ごめん。だけどさ、やっぱ最初はビシっと決めなきゃね!」
と、ぐっと拳を握る少女は再び亭内に向かって声を上げた。
「ボクの名前はロバート。さぁ、誰かいないか?心躍る冒険に旅立つ仲間は!」
ロバートの瞳はきらきらと輝き、頬は紅潮している。
彼女の思考はすでに血肉沸き踊る冒険の世界に旅立っているのだろう。
どこか視線は遠いところを向いている。
「……だから、いる訳ねーだろが」
ぼそっとルディアの横に何時からいたのか、覇気のない青年がカウンターに肘を突き低く呟いた。
「げっ。兄貴!」
「まったくよぉ……何度言えば気が済むのかねぇ。お前に冒険なんざ早いんだよ。マーガレット」
「ちっがーう!ボクはロバート!!勇敢なる冒険者、ロバート・ブリンダムとはボクの事だ!」
大袈裟に胸を張り、笑う妹に兄のティムは無言でルディアの盆を取ると妹の頭に向かって投げた。
「……勝手に親から貰った名前を変えるんじゃねぇ」
「ぐげっ?!」
これまた大袈裟にポーズを取ってロバート…いや、マーガレットは床に倒れた。
「だ、大丈夫なんですか?」
冷や汗を垂らしながら、倒れているマーガレットとティムを見比べるルディアにティムは面倒臭そうに手を振る。
「あー大丈夫。……ったくよぉ…どうにかこいつを諦めさせねーとなぁ……」
ぼやいていたティムは目を少し開き、白山羊亭内を見渡した。
そして、ルディアを見た。
「なぁ……ひとつ頼まれてくれねーか?」
「はい。なんでしょう?」
首を傾げたルディアにティムは妹が冒険に出るのを諦めるように一芝居してくれ、と頼んだのだった。
【第三問】……囮
「困りましたー」
辺りに響く声。
「ん〜困りましたね〜」
ソウセイザーは困っていた。
ちょこんと街道に正座する姿はどこか可愛らしい。
だが、それは遠目から見たら、の話。
56mあるソウセイザーの身体で街道は完全に閉鎖されているが、ソウセイザーは気付かない。
正座をし、腕を組み、首をゆっくり揺らしブツブツと呟く。
「やっぱり私だと逃げちゃうな〜」
唸り声を上げ、天を見上げる。
「やっぱり、誰かにお手伝いをしてもらうしかないですね〜」
よいしょと立ち上がったソウセイザーはまるでミニチュアの箱庭の山間の街道にいるように、白山羊亭へと歩き出した。
白山羊亭。
そこには看板娘のルディア、マーガレット、ティム、それからイルディライにエレアがカウンターを占領していた。
「だーかーらーボクは行くの!!」
「だーめーだ!」
もう何度このやり取りがされたのか……ティムとマーガレットは言い合いをしている。
「あらら。……で、結局お二人とも諦めたんですか?」
苦笑しながら兄妹を見ていたルディアはイルディライとエレアの方を向いて聞いた。
ただ黙って酒を飲むイルディライの隣でエレアは苦笑を漏らした。
「えぇ。わたくしが思っていた以上に彼女は真剣なようだから……」
そう言ってエレアはイルディライはどう?と視線で問いかけたが、彼はただ黙っていた。
エレアとイルディライはマーガレットの冒険心を諦めさせる為に、それぞれ『護衛』と『山賊狩り』という芝居を(イルディライは芝居では無かったが)したのだが、どちらも逆に彼女の好奇心といおうか自立心に火をつけたのだった。
「……まだまだ実力不足だがな」
ぼそり、と誰に言うでもなく低く呟いたイルディライの言葉を耳聡く聞いたティムはしかめっ面を向ける。
「だったらこいつを止めてくれ」
「……獅子の子落としという言葉を聞いた事はないのか?」
「可愛い子には旅をさせ、っても言うよね!」
イルディライの言葉に同調するように身を乗り出したマーガレットをティムは一睨みした。
「お前の場合は急がば回れ、だ。冒険に出るにしても早すぎるんだよ」
「いーやーだ!ボクは行くの!!」
再び、兄妹の言い合いが始まろうとした時、そこへ大きな明るい声が割って入って来た。
「あの〜すみませ〜ん」
声に皆が辺りを見るが、声の主は見当らない。
だが、ルディアは声の主に心当たりがあるのか、もしかしてと呟くとお盆を持ったまま外へと出て行った。
「なんだろ?」
好奇心旺盛なマーガレットも後に続き外へと出る。
「あ、どうもです。ルディアさん」
「こんにちはーソウセイザーさん!」
声を張り上げルディアの見上げる先に目をやったマーガレットの口があんぐりと開かれる。
そこにはマーガレットの何十倍もある大きな無機質の顔が、にっこりと優しそうな笑みを形作って見下ろしていたからだ。
マーガレットにとって巨大ロボットを見るのは初めて。
今まで見たことのある一番大きな生き物は近所の鍛冶屋のおっちゃんか、牛くらいのものだった。
だが、そんな事も露知らず、ソウセイザーはルディアに丁寧な口調で話し掛ける。
「あの、すみませんがーお仕事を手伝ってくれる人を探してるんです」
「お仕事、ですか?」
「そうです。今、オナガアカハナトカゲの捕獲しなきゃならないのです〜」
と、ここでマーガレットはやっと我に返った。
「はっ!仕事ならこのボクが手伝うよ!!」
声を張り上げ、お気に入りの腰に手を当て胸を張るポーズを取ろうとしたマーガレットの後頭部を硬いものがぶつかり、マーガレットは前につんのめった。
「……この木瓜」
「……ってえ?!何すんだよ、兄貴!」
かかと落としをして来た兄に涙目を向け、訴える妹にティムはガシガシと頭を掻いた。
「お前は〜……」
「お手伝いしてくれるんですか?」
ティムが何か言おうと口を開く前に、天からソウセイザーの声が降って来た。
上を見上げ、自信満々で請負おうとしたマーガレットの口を塞ぎ、ティムは逆にソウセイザーへ問い掛けた。
「あ〜ひとつ、聞いてもいいか?」
「はい。なんでしょ〜?」
「仕事ってのは具体的に何するんだ?」
不安交じりのティムの疑問はすぐに解消された。……不安的中という形で。
「はい。トカゲさんを誘き出す囮ですー」
にこにこと爽やかにそう言ったソウセイザーの言葉に、ティムはやっぱりと呟き、マーガレットはまた口をぽかんと開けたまま、更に言葉を続ける巨大ロボットを見上げた。
「私だと近づくと逃げちゃって困ってるんですよ〜」
少し照れたような顔で言うソウセイザー。
ちなみに、そのオナガアカハナトカゲは体長約6mで尻尾が太く長く、身体に赤い模様があるオオトカゲである。
それでもソウセイザーにとっては、手の平に乗る大きさなのだが……
「モガ……ボふが……!」
抑えられた口で何かモゴモゴ言っている妹の耳元でティムはトカゲの外見特徴を言い、更に付け加えた。
「オナガアカハナトカゲはな〜別名『死の花蜥蜴』ってんだよ。身体にある赤い模様が獲物の血なのか模様なのか判らない程の獰猛さで有名な爬虫類さ」
ごくり、とマーガレットの喉がなった。
「馬より速く5キロくらい全力で走れる方っていますでしょうか?」
「は?」
人間には到底無理な事間違いなしの問いにルディアと兄妹の声がはもる。
「殺すのは可哀想なので捕まえたいんですー」
と、言いつつソウセイザーはその巨体に見合う大きな剣――ソウセイブレードを取り出して見せた。
いや、見せようとしたのだが、如何せんここは街の中。
周りの建物に被害が及ばないようにソウセイザーは注意を払っているが、20mもあるソウセイブレードを扱うには窮屈すぎる場所だ。
「あっ」
剣の先が近くの屋根縁に当たり、ソウセイザーは思わず取り落としてしまった。
響く鈍い音。
響く振動。
「すいません。真っ二つになりませんでしたか?」
のんびりとした声も聞こえてないのか、目の前に降って来た巨大な剣にマーガレットは目を見開き、口をパクパクさせて鈍い光を反射する刀身に映る自分姿を見ていた。
「すみませんー」
もう一度謝り、ソウセイブレードを収めたソウセイザーはまだ地面にへたり込んでいるマーガレットを見下ろした。
「で、手伝ってくれますか?」
「……え?」
ソウセイザーの足音が聞こえなくなった頃、カウンターに座り押し黙ったままだったマーガレットがぽつりと呟いた。
「……負けた……」
何に負けたと思ったのか?
それは判らないがこれでしばらく冒険に出る来はなくなったようで、ティムはほくほく顔で一人小さく突然現れた救いの手にコーヒーで乾杯したのだった。
こちらは奥深い山の中。
ひょっこり木々の間からソウセイザーが上半身を出して何かをしている。
遠くから見れば、茂みで何か探しているような感じだ。
「ん〜トカゲさん。トカゲさん。逃げないで出て来てくださーい」
唄うようにそう呟きながら、長く這った木の枝を避け、葉の間に目を凝らしていた。
「ん〜あっ!」
声を上げたソウセイザーの目にしっかりと動く赤いもの。
深緑に湧いて出たような赤は見逃す事がなかった。
「待って下さいー!」
ずん……
ソウセイザーの手が大地に跡をつける。
が、その手の中にはトカゲの姿は無く、目の端に逃げる長い尻尾が見えた。
「もう……逃げないでくださいよ」
そう言って手にした鞘のついた剣を振る。
一気に何本もの樹がなぎ倒され、地肌が見えた。
いきなり現れた太陽の光と空き地にオオトカゲの足が一瞬止まる。
「つっかまえましたー♪」
むんず、と嬉しそうに捕まえたソウセイザーの手の中では逃れようともがくオオトカゲ。
だが、どうしたって逃げられる訳がないのだが、本能のままに暴れ続けるトカゲ。
それを更に嬉しそうに見ながら、ソウセイザーは持っていた大きな大きな麻袋を取り出すと、その中へオオトカゲを放りこんだ。
「元気が良いですねー。きっと、喜ぶわ」
誰が喜ぶのか……それは判らないが、ソウセイザーは足取りも軽く一足で山を降りると街へと向かって歩いて行った。
後に残された半分禿げた山に、このあと人々がなんと噂するのか、当の本人は気にとめる事はないのだろう……
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/クラス/種族】
【0811/イルディライ/男/32歳/料理人/人間】SN01
【4077/エレア・ノーア/女/24歳/貴族/ヒューマン】MT13
【0598/ソウセイザー/女/12歳/巨大変形学園ロボットの福祉活動員/超巨大変形ロボット】SN01
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■ ライター通信 ■
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初めまして。
へたれライターの壬生ナギサと申します。
どうぞ、以後お見知りおきを。
今回の作品は【第一問】【第二問】【第三問】と
それぞれのPC様ごとにお話が異なっており
時間の流れと致しましては、【第一問】→【第三問】となっております。
全てを読まなくとも個別でも充分に楽しめるようになっております。
今回、締め切りより一日遅れのお届けになってしまい
申し訳ありませんでした。
初めての巨大ロボット(笑)で、大きさの感覚が掴めず、苦心しましたが
いかがでしたでしょうか?
お客様のイメージと私のイメージと少しでも合うところがあれば幸いです。
何か意見やご感想などがあればお教え下されれば幸いです。
では、またご縁と機会がありましたらお会い致しましょう。
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